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イラスト詳細

閠の屋守保英による三周年記念SS

作者 屋守保英
人物
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

3  

イラストSS

『穏やかなれ、健やかなれ』

 カラン、と店のドアに括られたドアベルが鳴る。
 閠はゆっくりとドアを開いて、週に一度顔を出す町の商店の店主に頭を下げた。
「お邪魔、します」
「ああ、いらっしゃい閠さん」
 掠れるような声、おどおどとした態度、目元を隠す黒布。しかし店主は慣れっこだ。彼か彼女か、どちらでもいいが、いつもそんな調子で話し、そんな調子で振舞うから。
 近隣の村に住む、週に一度顔を出しては日持ちのする食料と出来合いの食事を買っていく小柄な若者。町の人々は閠を、そう認識していた。
「今日もパンと干し肉、野菜でいいかい?」
「はい、それと……出来合いのお料理で、お勧めがあれば、それを」
 このやり取りも慣れたものだ。一週間分にしては若干少ないパンと、干し肉、日持ちのする野菜。あとは今日に食べるための、出来合いの総菜類を一食分。
 買っていく量がそこまで多くないにせよ、一週間分だ。大変だろうに、しかしちっともつらい素振りを見せない。
「毎週大変だねぇ、隣の村から来るにしたって、距離があるだろうに」
「いえ……いつもの事です、ので」
 店主の言葉に、薄っすら笑みを浮かべながら閠は返す。人とのやり取りには慣れないものだが、見知った声の主相手なら多少は話せるようになってきた。いい傾向だ。
 ともあれ、買った品を麻袋に入れて、入れられないものは鍋に入れて、代わりに金を支払って。袋と鍋を抱え、閠はぺこりと頭を下げる。
「それでは、失礼、します」
「はい、まいど」
 そうして短く言葉を交わし、閠は店を後にした。
 他にいくつか買いたい食品やら小物やらを手に入れて、閠は静かに家路につく。と言っても、街の人に話したように、近隣の村には行く訳ではない。
 閠が向かうのは、その村に向かう道中、細い脇道に逸れた先に広がる森の中。鬱蒼とした森の中にたたずむ、崩れかけた石造りの教会。
 町民が「歌う廃墟」と噂するその廃墟が、閠の真のねぐらだった。
 廃墟の中に立ち入れば、ざ、と腐りかけた床板を踏む音が空間に響く。
「……ただいま」
 そう呟く声は誰に向けてのものだろうか。人魂? 霊魂? それともこの空間にかつてはおわしたという神様だろうか。
 既に朽ち果て、崩れかけた教会に、いまさら訪れようという人はいない。近隣の村人も町民も、近づいたとして恐ろしいものを見るようにして遠目に見るだけだ。
 十字架は屋根から落ちて床にざっくり突き刺さり、正面の扉は錆びついて開きっぱなしのまま動かせない。窓という窓は全てが割れて、壁には蔦がのたうっている。
 そんな廃墟からは、日ごと閠の歌声が聞こえている。たどたどしく、つたない歌声が。故あっての、「歌う廃墟」だ。
 この最早拝むものも無いような教会で、人目を惹くものがあるとすれば、庭に設えられた細やかな花壇と、元は庭木だったはずのユズリハの大樹だ。
 教会の建物の中まで入り込み、屋根を突き破って枝葉を茂らせる大樹。これが、唯一この廃墟の中で、閠が寄る辺とするものであった。
 寝床であり、生活の中心であり、大事なものを隠すための場所でもあり……大事なものと言っても、数えるほどしかないけれど。
 庭に石で簡易に組み上げた炊事場に火を点し、町で買ってきた鶏肉と根菜の煮込みを温め、パンを焼く。美味しいものや甘いものは勿論好きだが、美味しさや味の良さに拘らず執着せず、質素に謙虚に細やかに……それが閠の信条だ。
 飢えない程度に、細々と。閠の日々の食事は、基本的にそんな感じだった。
 パンが焼け、煮込みがいい具合に熱を持ったら火を小さく抑える。森の中にあるこんな場所だ、あまり煙が立っていては良くないし、人の目にも着く。火のないところには何とやら、とも言うのだし。
 そうして布切れを間に挟み、閠は炊事場の傍の丸太に腰を下ろした。いつのまにやらついてきていたのか、人魂のシロと黒狼の霊魂のクロが、いい香りを立てる鍋の周りを興味深げにくるくる回る。
 こんな場所だから、当然のようにテーブルセットなんてものは無いのだ。切り株の上がテーブルがわりであり、丸太が椅子である。
 切り株の上に買ってきた布を敷き、そこを皿代わりにして焼いたパンと、煮込みの入った小鍋を置く。傍らにスプーンを添えれば、それでここは立派な食卓だ。
「じゃあ、シロ、クロ……食べましょう、か」
 閠の声かけに、シロもクロも揃って嬉しそうに飛び跳ねた。霊魂ゆえに食事の必要はないが、宿主である閠が美味しい思いをすれば、それはこの二体の生きる糧となる。
 だから閠は、質素倹約を心がけても、食べることは欠かさなかった。
 あんまりこだわりや執着が強くなったら、この二体の欲求も留まることを知らなくなる。自分も自然と、より良いものを、より多いものを、と求めるようになってしまう。
 生物の欲求とは際限がないものだ。際限がないことを知っていればこそ、閠はそれを少なく、軽く生きて行こうとする。
「穏やかな、今、この時があれば、ボクは……ええ、十分です、よ?」
 ぽつりと点り、仄かな熱を湛える火にあたり、煮込みを口にしながら、閠はそう呟いてうっすらと笑った。
 十分だ。十分な生活だ。しかし心が満ち足りていようと、閠は幸せだとは、決して口にしない。
 口にしてはいけないのだ。
 自分には、きっとそれを享受する資格が無いのだろうから。
 閠はそう、心の中で呟きながら、煮込みに入った赤い根菜を、もう一切れ口に運んで笑みを見せた。

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