PandoraPartyProject

イラスト詳細

上谷・零の灯火による三周年記念SS

作者 灯火
人物 零・K・メルヴィル
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

3  

イラストSS

『愛しき日々のひとかけら』

●あの日から
 初めて無辜なる混沌と呼ばれる世界に召喚されてから、どのくらいの時間が経ったのだろうとふと考えることがある。
 空中神殿に喚ばれて、俺が特異運命座標だと知らされて。帰る手立てもなくて、とにかくここで生きていかなきゃなって思った。
 それから暫く頑張ってみたものの、仕事も上手く見付からず、生活に困窮して行き倒れた。その時にギフトが発現し、ギリギリのところで命を繋いだ。
 その出来事は、まるで遠い昔のことのようで。俺がいた世界よりも濃密な時間がそう感じさせているのか。
「……もう混沌へ来て三年くらいか」
 たくさんの出会いもあり、別れも確かにあった。喜びがあり、楽しみがあり、悲しみもあって。そうして育んだ絆が確かにあった。
 愛しい彼女と出会い、共に歩んだ日々があった。そうして重ねてきたものがあって、『今』を歩ける自分がここにいる。
 そして。そんな日常の一つを、俺は今日もまた繰り返していく。

●上谷・零の日常
「うっ……!」
 暗闇の中で唐突に息ができなくなって、浮上した意識と共に上体を起こした。顔に張り付いていた何かがぽよんと跳んで床に落ちた。
「はぁ、はぁ……なんだ、お前か」
 床に落ちた犬のような姿をしたスライムが俺を見上げている。ライムと呼んでいるそれは俺の相棒だ。
 表情はあまり変わらないが、長く一緒にいるため、何となく何を伝えようとしているかわかる。
『朝だ。お腹空いた』ということだろう。
「わかったわかった。ちょっと待て」
 頭を掻いてベッドから抜け出して、顔を洗い、歯磨きをしながら朝食の仕度を済ませる。自分と相棒の分、それから数匹の家族の分をそれぞれの食卓に置いて、いただきますの合図で一斉に食べ始める。
 めちゃくちゃ腹減ってたみたいで、ライム達は勢いよく食べている。このままだと早く食べ終わって俺の分まで食べに来そうだと思ってさっさと食べ始める。
 ずっと前に比べれば、彩りの増えた食卓が少しずつ片付いていく。俺が食べ終わる頃には案の定ライム達の食器は空で、じっとこちらを見つめていた。
 もう食べ終わったからないぞ、と手を振って訴えると抗議の眼差しを向けた後にそっぽを向いた。
 そしてライムが家の戸までぽてぽてと歩いて行き、ぽとりとお座りをした。
「はいはい、仕事な。今行く」
 食器を片付けて、戸を開けばライムがさっと出ていく。残るやつらの昼メシと夜メシを準備した後、戸締まりをしっかりして、後を追う。
 ライムは借家の隣に停めている屋台の側に座って待っていた。ほら行くぞという感じで俺の方を見ている。
 俺の仕事はパン屋だ。ギフトで出せるから竈は必要ないし、いつでも好きな量を好きな硬さで出すことができる。それで商売をしていた。まぁフランスパン限定だから飽きられるかもしれないけど。
 それでも。それを美味しいと言ってくれる人がいて、店で出したいと言ってくれる人もいるから何とか食いっぱぐれない程度には稼いでいる。
 もっと有名になってたくさん稼ぎたい欲はあるから、納品が終わったらいつも違う町に足を運んで宣伝している。
「じゃあ行くか」
 屋台いっぱいのフランスパンを出して、屋台を引きながら相棒と一緒に仕事に出発しよう。
 空は快晴だった。

「毎度どーも!」 
「いつもありがとうね」
 いくつかの贔屓にしている店にフランスパンを納品して、他にも客がいないかと町を練り歩き、そして辿り着いたのはちょっと広めの公園。
 太陽はもうほぼ中天。お昼時だ。
 そこに屋台を止めて、自分の出したフランスパンを最後に納品した店の店主にバゲットにしてもらったものを半分に割って、一つはライムに渡す。
 ずっと動いていてお腹が減っていたからか、凄い勢いで食い始めた。これじゃ朝食の時みたいに俺の分まで狙ってきそうだし、俺も食うか。
 バゲットにはシンプルに塩漬けされたハムとレタスが挟まれ、オリーブオイルがかかっている。それにかぶりついて口いっぱいに頬張る。
「んー! やっぱ俺のフランスパン美味い! 店主も最高!」
 俺も結構腹が減っていたから、ペロリと平らげてしまう。水筒の水を飲み干して、少し一息ついて下を見たらライムもバゲットを平らげていた。
「美味かったか?」
 そう聞けば尻尾をぷるぷると振るので美味かったのだろう。それを見るだけで俺も満足だ。
「んじゃ、そろそろ始めますか」
 俺は最近やり始めたことがあった。
 大切な人を守るために戦う力を身に付け、強くなるためにすること。そのために師匠に魔術回路を埋め込んでもらった。そこから流れる魔力を身体に流して、魔力に身体を馴染ませる。
 最初は慣れずに流しすぎて痛くなったりしたけど、そこはもう慣れて流す作業は滞りなく進むが、気を抜くと回路から魔力が多く流れ込んで痛みが走る。
「あって!?」
 こんな風に。
 すぐ気付くから大事には至らないが、やりすぎると危ないらしい。
 こういうのを苦もなくできるようになれば、愛しいあの人を守れるのだと心に刻みながら。少し心配そうに見ているライムに大丈夫だと手を振り、同じ動作を反芻する。
 呼吸を落ち着けて、もう一度。魔術回路を意識して、そこから水が流れるようなイメージで身体に通していく。今度は溢れすぎないように制御をして。
 全身に魔力を流してしばらくそれを維持する。口で言うのは簡単だが、これがかなり難しい。
 少しして限界が近付いて、息を吐き出すように流した魔力を外に流出させる。少し魔力で空気に色が付いたが、それもすぐに霧散する。
「はぁー、やっぱきつっ」
 弱音を軽く吐いて、それでも今後も辞めることはしないだろう。強くなるという覚悟をしてきたのだから。
 ふと、ぷにっとライムが鼻先で振れてくる。それに気付くと今度は公園中央にある時計を見る。つられて視線を向ければ。
「おっと、やべ! そろそろ午後の納品の時間か!」
 慌てて屋台を引き、ライムと一緒に次の場所へ向かう。
 少し疲れてはいるけど、この仕事は好きだから頑張れる。
 さぁ、あと少しだ。

●夜は焦がれて
 仕事を終えて、少しだけ恋人のところに顔を出すつもりだったのが、たくさん話しているうちに夜になって、夕食を一緒して帰って来た。
 もう時間は深夜に差し掛かるところ。帰ってくるとライムは所定の寝床につき、他のやつらはすでに寝てしまっている。
「おやすみ、ライム、みんな」
 俺もさすがにもう眠かった。上着を脱いでそのままベッドに潜る。夜になってシーツは少しひんやりしていたが、それが逆に心地良い。すぐに気持ちは微睡みの淵に落ちてしまう。
 明日は何をしようか。いつも通りフランスパンを納品して、時間が空けばあそこに行ってみようか。明日はライム以外も皆連れていっても良いかもな。恋人にも会いに行きたいし、魔術のことで師匠に色々聞いてみたい。
 疲れて眠たいはずなのに、早く明日が来ないかと待ち遠しくなる。眠って夢を見るだろうか。見ないぐらい深く寝てしまえば、朝はあっという間かもしれない。
 明日は良いことがあるだろうか。嫌なことには出会いたくないな。ああでも、もし誰かが困っていたら助けて上げたいな。
 皆、笑って過ごせる明日が来れば良いのに、と。朧気な思考で思う。
 そうやって、『明日』を考えながら眠りにつく。
「おやすみ」
 と、小さく漏らして。

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