PandoraPartyProject

イラスト詳細

オーガスト・ステラ・シャーリーの染による三周年記念SS

作者
人物 オーガスト・ステラ・シャーリー
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

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イラストSS

 凩吹きつける秋の街。冷え込み始めたこの時期ならばあたたかいものが食べたい、そんな時期である。石柱の魔女、オーガストは出来立てだと店主直々に勧められたバケットを買いご満悦。人参にブロッコリー、コーンにバジル、肝心の牛乳も買ったので今晩のシチューは確定、少しばかり奮発して買った鶏肉は上質な油をほくほくと頬を赤らめ、さて家に帰ろうと荷馬車に足を掛けた、その時だった。

「う、う、うわあああああああぁぁぁぁぁぁん!!!」

 幻想、人の往来、泣き出す子供の声。なんだなんだと野次馬根性でその声のする方へ足を進めてみれば、やはり泣き声の主は子供。『ママぁ、パパぁ、どこぉぉぉぉ』と大きな瞳に涙をためぽろぽろと降らし、握っていたソフトクリームは恐らくぶつかったのであろう、無残に飛び散りレンガ張りの床と熱烈なキスを交わしている。
 その子供が泣いている理由は簡単。恐らくは六割七分九厘『迷子』である。片手のソフトクリームに熱中しているうちにあれよあれよとはぐれ、『ママ』と声をあげたところでぽつんと孤立していることに気づき……までが恐らくは模範解答だろうか。きっと間違ってはいないのだろうけれど。
(ふうむ、それにしても誰も声を掛けないというのはなかなかに、よろしくありませんねえ)
 お人好し、あるいは年下好き。困っている人が居るならば助けるのは特異運命座標である以前に、この世界に生きる人として当然の行いである。オーガストは慌て見守る人々が踏み出すよりも先に、一歩、踏み出した。
「もし、僕。お母さんやお父さんとはぐれてしまったのですか」
「お、お姉さん、誰」
 警戒心を丸出しにし、思わず一歩後ずさった少年。それに傷つくことはない。当然だと理解しているからだ。代わりに、オーガストは少年の目線まで目の高さを合わせると、こう告げた。
「私はオーガストと言いますよう。ふーふふ。少年の親御さんのところまで、魔女の私が連れて行ってあげましょうねえ」
「でも、知らない人にはついていったらだめなんだって、学校で習ったもん……」
「おーまいがー。でも大丈夫ですよう。私、ギルド・ローレットの特異運命座標の一人ですので。しかも名前もお伝えしています。
 もしも私が貴方に危害を加えるようなことがあったら、きっとローレットの皆さんが私をしばきに来ると思いますよう」
「わぁ、それなら安心……! お姉さん、よろしくおねがいします!」
 オーガストの心のデリケートな部分に何かが突き刺さったような気がしたが、とりあえず、オーガストは進むことにした。家に帰って早くほかほかのクリームシチューを作るために。

 息も白くなる季節。今度ははぐれないようにと、オーガストと少年は固く手をつないで昼過ぎの幻想の街を歩く。何とも言い難い沈黙が二人を包んだ。けれどそれに耐えられなくなったのは、まだまだおしゃべりしたい盛り、元気いっぱいな少年の方だった。
「ねぇねぇ、オーガストお姉さん、おれね、まだ幻想のお外に行ったことがないんだけどね、幻想のお外のお国はどんな国なの? 行ったことある?」
 夢いっぱい、きらきらと輝く少年の瞳をみては答えずにはいられまい。最も、話しかけられたらなんでも話すつもりではあったのだけれど。オーガストはふむ、と咳払い一つ、少しばかりの誇張も混ぜて少年に語り始めた。
「まずは海洋、がわかりやすいでしょうかねえ」
「うん! この間絶望の青をこえたんだよねえ」
「ええ、正解ですよう。あの国はその呼び名の通り、海に面した国です。それから、海賊なんかもいますねえ」
「かいぞく?! こわいなぁ……」
「ふーふふ。海賊には優しい海賊もいるから安心するといいですよう」
「ほんと?」
「ほんとうです」
 『海洋はかいぞくさんのくに』と小さく反芻し飲み込んだ少年。可愛らしい様子に思わずくすくすと笑みがこぼれた。
「あとはそうですねえ。ラサなんかも面白いかもしれませんねえ」
「ラサ?」
「ええ。別名は傭兵、です。砂漠の多いところだったりしますが、ダンジョンや市場……それこそ闇市なん、ぐぇっ?!」
「お、お姉さん?!!」
 コケる。見事にずっこける。何事もなかったかのように躓いた石を拾い、眼鏡をくいっとあげ、繋いだ片手の先の少年が巻き込まれてコケていないことを確認してほっと息を吐いた。
「こういう石とかも出てきたりする闇市があります」
「う、うん」
「さー進みましょう。痛くなんてありませんからね」
「うん」
 『ラサにはいしがある』と反芻する少年。間違いではないが少し斜め上の覚え方になってしまったと苦笑するオーガスト。
 空はだんだん夕に満ちていく。人も少しずつ入れ替わり、冷えていく気温にぎゅっと手を握りなおして。
「あとは、そうですねえ。先日の戦いがあった深緑なんかも、記憶に新しいでしょうかねえ」
「うん! 深緑は、幻想種がいるところなんでしょう?」
「ええ、その通り。森が国になったようなところなのですよ。火を使ったらお仕置きされます」
「マッチはおいていかなくっちゃ!」
 だんだんと少年も打ち解けて、次第に話は和やかに進んでいく。何度か足元がもたついて躓いたオーガストを心配し、少年が足元の石を見つけては蹴飛ばし、『やみいいちぼうし!』と叫んでいるのには思わず吹き出さずにはいられなかったが。

 そうして、別れの時は訪れる。

「あ、ママ、パパ!!」
「……っ、もう、どこに行ってたの!!」
「危ないだろう……この度愚息が迷惑をおかけしました、」
「いえいえ、お話楽しかったですよう。こちらこそ助けていただきましたからお相子なのです」
「せ、せめてお礼に夕食を」
「いえ、それには及びませんとも。人助けは人の務め。
 私、魔女ですから」
 ではまた、と手を振ってオーガスト、気付く。

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