PandoraPartyProject

イラスト詳細

グドルフ・ボイデルの芳董による三周年記念SS

作者 芳董
人物 グドルフ・ボイデル
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

2  

イラストSS

『山賊グドルフ・ボイデルの豪快な日常』


 朝日は女のように我儘だ。受け入れる準備が終わる前にいきなり現れ、眩い光で目覚めを誘う。
 ある朝"彼女"の洗礼を浴びて『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が目覚めると、目覚めたばかりの死者のように体がガチガチに固まっていた。原因を問われれば明白で、地べたに布のひとつもまともに敷かず、寝転んでいたせいだろう。
 緩慢な動作で起き上がると、枕替わりにしていた酒瓶がごろり、支えを失い転がっていく。

「ああ、くそ……痛え」

 疲労感の拭いきれない身体。そこへ追い打ちをかけるように二日酔いの頭痛まで加わって、強面の顔が一層凶悪にになる。
 再び意識を夢の底に沈めたい衝動にかられかけながらも、彼は重い体を引きずりだした。

 飲んで食って、遊びまくって。楽しめる時は豪快に使い、足りなくなれば、ふんだくる――ローレット・イレギュラーズが活躍しはじめてから三年の時が過ぎようと、未だその生活が変わる事はなく。

 光から逃れるように路地の奥へ歩き出し、ほの暗い闇の方へ。トラブルだらけのスリルに満ちた山賊人生。それがグドルフにとってあたりまえの日常だ。
 刃物を向けられた経験も沢山。しかし、刃を向けて来る相手が身なりのいい子供となると少し話が変わってくる。

「オウ、坊主。その玩具でおれさまをどうするつもりだあ?」

 暗い路地の奥で鈍色に光る刃は小振りで頼りない。一突き程度でグドルフをどうにか出来る代物ではなく、治安の悪いこの場で護身用として持ち歩くには、どう見ても力不足の一振り。
 例えどおり"玩具"でしかないそれを、少年は手が白くなる程に強く握りしめている。

「ゲハハハッ! 変な気起こそうってんなら止めとけ。この辺りは一人でウロついてちゃアブねえって、ママから教わらなかったかい? 大人しく大通りの方に――」
「お、おじさんは山賊なんですよね!」

 カラカラの喉から絞り出された声は、少し擦れて上ずっていた。
 震える膝を制御しきれず、及び腰の少年。彼は一呼吸置いた後、意を決したように口を開いた。

「僕を、弟子にしてくださいっ!!」


 嘶きと共に、馬が前脚を上げて立ち止まる。その隙にわらわらと物陰から現れる屈強な男達を見て、さぁっと御者が青ざめた。

「ひぃっ! さ、山賊!?」
「へっへっへ、積荷をありったけ降ろしていきな! そうすりゃ命は助けてやらぁ!」
「ありゃあ積荷をありったけ降ろさせた後、サパッと殺すクチだな」
「そんな! どうにかならないんですか?」

 後ろから聞こえて来た声に思わずグドルフは二度見する。
 出会った場所からここまで何度も複雑な道を通り、撒くたび何故か見つかって。これはまさに執着心がなせる業だ。

「へっ……。ガッツのあるチビは嫌いじゃねえがよ。ここが何処だか知ってるかあ?」

 襲撃騒ぎを見渡せる、少し離れた崖の上。『山賊峠』にはこういう峠道の死角となる場所が無数にあり、無法者達の"狩場"と化している。
 隠れ場所はあるものの、常に危険と隣り合わせ。おまけに街と街の中間地点であるがゆえに、増援が来る保障もない。

「『山賊峠』ですよね。それと、チビじゃなくてセブです。僕の名前!」
「へぇへぇ。どういう事情で山賊に憧れたのかは知らねえが、おれさまの授業料は高いぜ?
 なにせ、そこらの山賊とは格が違う。強ェ上にハンサム。おめえさんの見る目は大正解だが、そんなヒョロっこい体じゃついて来れるとも思えねえが」
「体はこれから鍛えますッ! お金は……すぐには難しいけど、屋敷に戻ったら……」

 話の途中で片手で制され、目を丸くするセブ。グドルフは襲撃現場の方を向いたまま、伏せていた身を立ち上がらせた。

「それならコイツは最初の授業だ。おれさまが戻るまで、此処で静かに待ってろよ。守れねぇなら、それで終わりだ」
「……! はいっ!」

 静かにと言った矢先の元気な返事に、グドルフは欠けた歯を見せながら少し困ったような笑みを見せた。得物を手に、遠のいていく大きな背中。その姿にセブは既視感を覚えて息をのむ。

「やっぱりあの時、僕を助けてくれた人だ……!」


「おうおう、ひと様の庭で随分と派手にやってんじゃねえか、なあ?」

 積荷があらかた降ろされて、山賊達が気を緩めた隙に、その男は嵐のようにやってきた。
 無骨な山刀を振り下ろし、敵がこちらへ気づく前に……まずは一人、豪快に仕留める。鮮血を浴びながら刃を翻し、場に響かせる下卑た笑み。

「このグドルフ・ボイデル様の縄張りで好き勝手するたあ、いい度胸だ。褒美を選びなァ! 斧でぶった斬られるか、山刀でバッサリいかれるか!!」

 後はもう、なし崩し的に泥仕合の始まりだ。複数人を相手取り、グドルフは血塗れになりながら武器を振るう。受け止められれば頭突く、噛みつくは当たり前。
 どんなに卑怯と罵られようが、全ては命あればこそ。あらゆる手段を使い、多勢に無勢の不利な状況を覆していく。

「あと二人……いや、一人だったかあ?」
「それ以上近づくんじゃねぇッ!」

 叫び声の方へグドルフが振り向くと、混乱の最中で逃げ遅れた商人に銃口を当て、人質に取る山賊の姿があった。

「ハッ! そいつの首が飛ぼうが、おれさまには関係な――」
「やあぁーっ!」

 挑発しながら、隠し玉のクロスボウを取り出そうとした瞬間だった。
 叫び声と共に小さな影が飛び出して、手元のナイフを踊らせる。腕を切られた山賊は痛みに悲鳴を上げ、思わず人質を手放した。

「ごめんなさいっ! どうしても助けたくて、僕……」
「このクソガキがぁっ! 死にさらせやァ!!」
「うわああぁーーっ!?」
「――セブっ!!!」

 避けきれず、迫る刃に身を固くしたセブの前でパッと夕空へ散る鮮血。
 絶望感から視界がぐにゃりと歪み、そのまま意識を失って――。


 倒れた荷馬車、刃で脅す山賊達。そこへ今日のように、たった一人で殴り込んだ大きな背中。

『こんな状態でも大人しくしてるたあ度胸あるじゃねえか。賢いガキは嫌いじゃねえぜ。ゲハハハ!』

 何度も見た懐かしい夢に揺り起こされ、セブはゆるりと身を起こした。

「お礼したかったのに、迷惑かけちゃったな」

 死を恐れて気絶して、気づけば見知らぬ宿屋の一室。グドルフの姿は無く、窓の外には父の商会の馬車が停まっている。このまま屋敷に連れ戻されれば両親に怒られカンヅメだ。しかしセブは諦めず、むしろ意志を固くした。

「山賊になれなくても、いつかお役に立ちに行きます。それまでどうか、お元気で……!」

 時を同じくして、酒場『燃える石』のカウンター。

「オイ、ちっとも足りねえぞ! 樽で持って来い、樽で!」

 今宵何杯目かのおかわりを催促しながらグドルフはべろんべろんに酔っていた。
 切り傷、擦り傷、その他諸々。縄張り争いで負った傷は数知れず、特に最後に負った横っ腹の傷は気を抜けば意識を失いそうな程の痛みだが――酒に溺れている間は、幾分かマシになるものだ。

「にしてもよォ、ラッキーな事もあるモンだぜ。商売敵にヤキ入れるつもりで殴り込みに行ったら、襲われてた商人からたんまり礼金を貰えるなんてなあ!」

 樽は止めとけ、と渡された酒瓶をラッパ飲みで浴びるように飲み干してから、唐突に立ち上がるグドルフ。瓶を抱えたまま千鳥足で退店する彼の背中を見送りつつ、店主は既視感を覚えて溜息をついた。

 夜が過ぎれば朝が来て、山賊の日常はまだまだ続く――。

PAGETOPPAGEBOTTOM