PandoraPartyProject

イラスト詳細

三周年記念式典の帰路、君と。

作者 洗井落雲
人物 マリア・レイシス
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
登録されているアルバム
納品日 2020年11月15日

4  

イラストSS

 幻想の街。穏やかな月明かりと夜のとばりが支配する街路を、マリアとヴァレーリヤの二人が、手を繋いでゆっくりと歩いている。
 その身を包むのは、些か着慣れないドレス。心に浮かぶは、お互い慣れなくも楽しい舞踏(ステップ)。三年目の夜に訪れた、ささやかながら幸せな時間。シンデレラたちの舞踏会は終わり、でも魔法が解けることは無くて、夜風にあたっての散歩の時間。
 二人は恋人という訳ではない。でも、友達だ、などととそっけなく言うには、少しばかり距離は近い。
 絡む二人の手。それは愛を謳うほどに濃密ではなく、しかし友情を語るほど緩くもない。
 微妙な距離。でも心地よい距離。踏み出したくなる様な、維持し続けたくなるような、そんな距離が、二人の間柄だ。
 頬が上気しているのは、飲み込んだアルコールの力だけではない。でもそれを、恋の力だと自覚するには、マリアは些か、鈍すぎた。
 傍から見れば、マリアの行動とは、恋する乙女の熱烈なアピールに映るのかもしれない。でも、それをそうだと自覚することを、マリアはしない。できない。
 鈍感だ、と一言で片づけられるものではないだろう。かつての世界では軍人として、己を律し、殺して生きてきたマリアにとっては、おそらく芽生えたこの感情を、恋心だなどと自覚できるほどの経験を、積んではいないのだ。
 いうなれば、まだまだ幼いのだ。マリアは自身を年相応か、あるいはそれ以上の精神年齢だと思っているのかもしれないけれど、そっち方面に関しては、とんと、疎い。
 疎いものだから――恋だなどと自覚することなく、己の感じるままに、ヴァレーリヤへと接するのだろう。それは、子供が大切なものに接する様に似ているのかもしれない。
「今日はありがとう、ヴァリューシャ」
 マリアが笑って言った。
「付き合ってくれて――ダンス。あんまり、その。上手くエスコートできなかったけれど」
「いいえ、とても楽しかったですわよ?」
 笑顔から苦笑へと変わる、マリアの表情。ころころと変わるそれを好ましく思いながら、ヴァレーリヤは頷いて見せた。
 お互い、着慣れないドレス。お互いのためにと、着て見せたドレス。その裾を二人、ゆらゆらと揺らして、夜の散歩は続く。
「でも……ふふ、慌てるマリィも可愛らしかったですわね」
 少しだけ意地悪く、ヴァレーリヤが言う。マリアはわたわたとした表情を見せて、
「え、え? そんなことないよ! 私はいつも通り! 冷静沈着だったはずさ!」
 ぐっ、と胸を張る――いや、嘘だ。ぐるぐると目を回しそうなくらいにドキドキしていたのは覚えてる。冷静だなんて、そんなことはなかった。でもちょっと、見栄を張りたい。自分を良く見せたい――無自覚な恋心から生まれる、ささやかな見栄。
「ふふ、そうだったかしら」
 くすくすと笑うヴァレーリヤに、むぅ、とマリアは唸ってみせる。
「――あら」
 そんな様子を楽しげに眺めていたヴァレーリヤだったが、ふと、その身体がぐらついた。倒れるようなことは無かったが、
「いけませんわね。少し酔ってしまったかも」
 と、苦笑する。少しばかり、飲み過ぎたかもしれない――普段のヴァレーリヤからすれば抑えた方だが、おそらく、強い酒が混ざっていたのだろう。
「大丈夫かい? ……そうだ、ちょっと失礼」
 名案を思いついた、と言った表情で、マリアはヴァレーリヤを抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこの状態。しっかりと抱きしめて、マリアは笑った。
「君は羽のように軽いね! ちゃんと食べてるかい?」
 その言葉に、ヴァレリーヤは苦笑で返した。細かい数字は伏せるとして、普通程度に体重はあるはずだ。それを易々と持ち上げてしまうのだから、マリアは頼もしい。それに、そう言われて――そしてこのように抱きしめられて、ヴァレーリヤも悪い気はしない。
「人並みには……ありがと、マリィ。でもすこし、照れますわね」
「人の目が気になるかい? だったら、良い場所があるよ」
 マリアはそう言って、ヴァレーリヤを抱きしめる手に、力を込めた。とん、と高く、軽やかに跳躍する。きゃあ、と小さく声をあげて、不意を突かれたヴァレリーヤが、マリアの首へと腕を伸ばして、抱き着いた。
 まずは近くにあった建物の屋根の上。そこからさらに跳び、今度は飛んだ。中空へ、夜の空へ。黒――いや、月明かりと星明りに照らされ、ほんのりと薄青い、夜の空へ。
 夏と秋の狭間、涼しさと温かさの同居する季節。その空の上。ゆっくりと飛びながら、マリアは腕の中のヴァレーリヤへと声をかける。
「此処なら誰にも見られないし、涼しいからね。酔い覚ましにもなるよ」
「強引ですのね……でも、そうですわね、確かに、心地よい風……」
 くすりと、ヴァレーリヤが笑った。
 世界の間に、二人はいた。空に輝く星と、地上に輝く街の明かり(ほし)。キラキラと輝くそれらの光が、上下に輝いていて、まるで二つの宝石が輝く世界の真中を、二人で泳いでいるかのような気持ちだった。
 世界――美しい世界。マリアが訪れた世界。ヴァレーリヤが生きてきた世界。それは決して、美しいだけのものではなかったはずだけれど、だが、今この瞬間だけは。確かに世界は、あまりにも美しい。
「ヴァリューシャ。聞いてくれるかい?」
 マリアは言った。高揚が、胸の中で渦巻いていた。
「この世界に来て、君に出会えたことが一番の幸運だよ……。いつもありがとう……」
 頬が熱くなるのを、マリアは感じていた。それは、とても大切な言葉だったからだ。
 姉の残した言葉に、縛られて生きてきた。ただ強くあろうとした。己を律し、己を殺し――強く、強くあろうと。
 この世界に来て、それは変わった。変わったのは、変えてくれたのは――腕の中に在る、彼女の存在。
 その自由な姿は、どれほどの衝撃だっただろうか。その楽しげな姿は、どれほどの驚愕だっただろうか。
 自分らしく生きる。自分に無縁だと思っていたその生き方を――それを実践しているであろう彼女を見た時、どれだけ――それまでの自分が揺らいだことか。
 でもそれは、決して不快な事ではなかった。そして、自分もそうありたいと思ったのは。
 だから、その人へ、ありがとう、と伝えたかった。雰囲気とアルコールの力を借りたのは事実だけれど、これは紛れもない本心だった。
 その想いが通じたから、ヴァレーリヤは静かに頷いた。
「ありがとう! ……でも、そう言われると、ちょっと照れてしまいますわね」
 二人は少しの間、見つめ合った。星々に負けないくらいに輝く瞳、その視線が二人を繋いでいた。
 やがてどちらともなく視線を外すと、二人は同じものを見た。眼下に広がる、人々の営み。地上の星。輝く世界。
「綺麗……あの明かりの一つ一つが、誰かが生きている証ですのね。こんな時間が、ずっと続けば良いのに……」
「続くよ……続く、君が望むなら、私がずっと、ずっと――」
 マリアの言葉に、ヴァレーリヤは微笑んだ。
 月と星と人々の光が、二人を包みこんで穏やかに輝いている。
 それは、今この瞬間だけは、二人だけの世界だった。他に誰もいない、二人だけの宝石の海。きらきらと輝く世界。ただ幸せだけが胸いっぱいに広がる、穏やかな世界だ。
 幸せな世界は、月と星と人々の営みの生み出す明かりに包まれて、確かに二人の行く末を、祝福しているように感じられるのだった。

PAGETOPPAGEBOTTOM