イラスト詳細
レオ・カートライトの塩魔法使いによる三周年記念SS
イラストSS
大規模召喚から3年。そんな祝いの名目と共に救世主(イレギュラーズ)達に与えられた束の間の休息もすでに夜を残すのみとなり、西日が屋内にオレンジのグラデーションを作る時。
悠来紀 うつつ(p3p009024)の質素な部屋には果物が灼ける様な甘い香りが漂っていた。
「……さあ、ミンスパイが出来たよ」
香ばしく焼けたドライフルーツの丸く小さなパイを皿に綺麗につみあげ、うつつは自身の来客の待つテーブルの上にことりと置く。
「わ、すごくいい匂い……それにこんなに」
更に積まれたパイの山を眺めるレオ・カートライト(p3p008979)を前にうつつは微笑を浮かべ、こう答えるのだ。
「せっかく、友達が泊まりに、来てくれた、からね……奮発、しちゃった」
レオとうつつは仲の良い友人である。旅人にとっては貴重な同じ世界同士の知り合い同士という事もあり、友好関係を築く事にそう時間はかからなかった。
そしてレオはうつつに招待され、彼の住む家での『お泊り』に行く事となったのだ。
「それに、沢山、料理がある方が……長く話せる、からね」
「それもそうかもな、それじゃあ」
レオの言葉にうつつは頷き食事を促す。「いただきます」とレオは一つ焼きたてのミンスパイを手に取り、口に含む。
歯切れのよい音と柔らかさがレオの口内に広がり、部屋に空腹を促すドライフルーツの匂いが広がる。
「……どうだい?」
「美味しいようつつ、ありがとう」
確かにこれは山ほど作って良かったと二人は思ったかもしれない。そう思わせるほど、そのミンスパイは食欲をそそる甘さと美味しさ、そしてなつかしさを持っていた。
「さあ、どんどん食べて……その為に、作ったから」
うつつがそう促すのだ、食べない方が失礼という物だろう。口内に広がる風味をレオは愉しみ……ふと、気が付けば手が止まっていた。
(この味、どこかで……)
ふと、レオの表情が固まり、彼は記憶を探る、ああ、そうだ、これは――父さんの作るパイと同じ味だ。
「レオ」
(そういえば、あの時もそうだっけ。あの時も珍しく家に帰って来た父さんとテーブルを挟んで、ミンスパイを食べていたあの時も――)
「レオ。どうかした? 手、止まってる」
「え――」
気が付けば向かい合うように座っていたうつつの顔が目の前にある。彼の右目が心配そうにこちらを見ている。
どうやら随分とミンスパイを手に物思いにふけっていたらしい。レオは慌てて半分食べかけていたパイを小急ぎに頬張ると幾度か咀嚼し、嚥下して……友人に若干恥ずかしそうに首を振る。
「なんか、この味、父さんが作った料理と似てるなって」
「……ああ、それで」
うつつはその言葉を神妙に聞き、寸刻の後に自然に笑みを零してしまう。
「レオのお父さんに、料理、教えたの……うつつだから、ね」
そううつつが言うほど、レオの父とうつつは歳の近い仲の良い友人であった。だがテーブルで向かい合ったレオとうつつの顔つきに歳の差は見られなく、むしろ儚い雰囲気もあるうつつの方がレオよりも若く見えると言う人もいるかもしれない。
それもその筈、『うつつの認識が正しければ、彼にとってのレオはまだほんの数歳であったのだから』。
元の世界と無垢なる混沌。二つの世界の時間の流れが違う故に差が生じたのか、あるいは並行世界から似たそっくりさんなのか。
全ての世界を内包する混沌は『その程度の歪み』など息をするように許容し、成人になったレオとうつつの存在を同時に受け入れる。
改めて数奇な再会をしたものだ、そう感慨深く語るうつつの様子にレオもふと思い出す。
「父さんも、パイを妬く時にいつもいってたんだ。『大切な友人から教えてもらった』って……あれ、うつつの事だったんだね」
「ああ、そうさ……学園ぐらしでも、少しは、できるように、料理を伝授してあげよう……なんて、言ったりしてね」
「なんだよそれは」
「しょうがない……じゃないか、なんだって、あの人は――」
冗談めかすように微かな思い出を語るうつつ、父の若き頃の姿を想起し興味深く聞くレオ。そうして笑い合う二人には同じ世界から来た奇妙な男同士の友情が確かにあった。
「ああ、そうだ」
パイでいっぱいだったお皿も綺麗に平らになり、しばらく後。レオは何かを思いついたように立ち上がると、持ち込んだ一つの楽器を取り出した。
「それは……」
ギターを持ったレオの姿に、どこか彼の父の姿を幻視するうつつ。その様子を察してかレオははにかむと幻想的な音色をかきだして。
「お礼に一曲、さ。父さんみたいにうまくないけど……」
それはうつつも良く知るレオの父の若き頃の一曲。アイドルとして輝いていた彼が幼き頃から歌い続けてきた、レオの憧れ。
心地よくも激しい旋律が部屋に反響する。そして部屋中の全ての物が息をするのを忘れてレオの楽器と歌声に耳を傾けていたかのように静まり返る。
「どうだった、かな」
静かな興奮と期待、そして不安の混じった顔でレオはうつつを見つめる。彼はゆっくりと腕を振り上げると――静かな拍手でその出来栄えを讃えるのであった。
「流石はあの人の息子だ、そうでなくたって、とっても良かったよ」
右目を細め、満足な笑みを浮かべるうつつにレオは恥ずかしそうに首を振る。
「うつつはいつだってそういうじゃないか……」
「いやいや、これは本心さ。おかげで、ほんの、少しだけ……あの頃を思い出せた」
どこか夢心地でそう語るうつつにレオは首を傾げ、意味を問うもうつつは「……ちょっとだけ、ね」とだけ語り。
「……そうだね、レオにも少しだけ、話そう、じゃないか――レオが子供だった、その頃よりも前の話。あの世界の、過去の話を」
「じゃあ俺は代わりに未来の話を――うつつも父さんの話、聞きたいよね?」
ギターを腿に乗せたまま座るレオは競い合うようにそう答えると、レオはゆっくりと頷いた。
「うん、夜は長いんだ……語り合おう、友達同士で」
身の回りのとりとめのない変化の話から世界の大きなニュースまで、思わず夜更かししてしまうほどに。それが良き友人という物なのだから。
時計の針は刻み、12の刻を回る。思わず話の途中にレオの口が大きく開き、うつつは思わず軽く噴き出した。
「いやいや、楽しい時は……本当に、時間が短く感じるね」
「でも、流石に少しだけ眠くなってきたかな」
レオは若干拗ねる様にそう答えると、また一つ大きな欠伸。
「それじゃあ、話の続きは、明日にして――今宵は夢の世界と……洒落こもうじゃないか……ってね」
少しだけ気取ったそぶりをうつつは見せて、レオに夜の挨拶を済ませるのであった。
微かな蝋燭の灯漂う質素な寝室に静かな寝息が響く、すっかり眠りに誘われたレオの傍らに、静かに触れる様にうつつが優しく声をかける。
「よく、ねてる……ほんとうに」
彼の夢が少しでも優しいものになりますように――祈りを込めたうつつの子守歌が静かに部屋の空気に広がっていく。
「本当に」
その歌がどこか寂し気に聞こえたのは、きっと曲調のせいだけでは、ないだろう。
「寝顔まで、本当に……オリバーそっくり、なんだから――」
表情が和らいだレオの寝顔を眺め、うつつはそっと友の元を離れる。今夜は、自分もいい夢が見れそうだと、そんなことを考えながら――
「おやすみなさい、いい夢を」