イラスト詳細
クラリーチェ・カヴァッツァの影浦による三周年記念SS
イラストSS
『ある雨の日の教会』
「あぁ……どうしましょう」
『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は困ったように目の前の光景を見た。
ここは路地裏にある小さな教会。
この教会では猫が陽だまりを求めて集まっているのはいつものことだが、今日は少し様子が違っていた。
ポカポカの陽にあたってにゃあにゃあと、いつものように猫たちが教会の庭で日向ぼっこをしていたが、数分前に雨が急に降り出した。
当然、日向ぼっこどころではない。
猫たちは雨から逃げるように慌てて教会に入り――そして今に至る。
雨に濡れ、水を吸った毛をどうにかしようとブルブルと身体を振る子に、泥の付いた足のまま歩き回る子に……綺麗だった教会の床が水と泥で汚れていく。
「せっかく掃除しましたのに……まぁ仕方ありませんね」
シスターとしてこの教会の管理をしているクラリーチェにとって、掃除は彼女の仕事の一つだ。
今朝掃除したばかりのそこを汚されていっているが、猫たちに言ったところで通じはしない。
それよりも、このまま猫たちを放っておくほうがいけない。
ずぶ濡れのままでは猫だって風邪を引いてしまう。
まずは風呂に入れて泥を落として、それからタオルで拭いて毛を乾かして……あぁ、床の掃除もしなくてはいけない。
でも、どうしましょうとクラリーチェは悩む。
猫たちは十五匹もいるのだから、流石に一人でやるのは大変だ。
まさに猫の手も借りたい状況である。
目の前の猫の手は泥だらけなので……できれば泥だらけじゃないほうがいいし、人がいい。
「何やら騒がしいわね? どうしたのよ、クラリーチェさん」
「エンヴィさん!」
そこへ『ふわふわな嫉妬心』エンヴィ=グレノール(p3p000051)がやってきた。
エンヴィは教会の宿舎に住んでいる。
猫たちの鳴き声がするのはここに住んでいれば普通なことだが、いつもと違う声に気が付いて様子を見に来たのだ。
エンヴィはクラリーチェの話とずぶ濡れの猫たちの姿を見て、状況をすぐに理解した。
「一人じゃ大変そうだから、私も手伝うわ」
「ありがとうございます、エンヴィさん」
頼もしい協力者を得て、いざクエスト開始。
今回の内容は猫たちをお風呂に入れることと床の掃除。
まずは好き勝手歩き回る猫たちを確保し、一匹ずつ泥を落として洗わなければならない。
「はいはい、いい子なのですよ。まずは綺麗にしましょうね」
ずぶ濡れの猫をクラリーチェが抱き上げ、用意した湯を張った桶に入れて洗っていく。
洗い終わった子はタオルでしっかり拭いた後に別室へ。
「あー! ちょっと待ちなさい! 待ちなさいって!」
エンヴィが洗っていた子がするりと彼女の腕を抜けて、逃げていった。
おとなしい子であればすぐに終わるのだが……中には洗われるのを嫌がって逃げていく子もいる。
そんな猫たちを二人で協力し、なんとか洗い終わった。
逃げる猫を追いかけて走り回ったせいか疲れたが、まだ終わりじゃない。
「エンヴィさんはそちらをお願いしますね」
「ええ、任せなさい」
今度は猫たちによってできた水たまりと泥まみれになった床の掃除だ。
先程洗う途中に逃げ出した子を追いかけたせいか、あちこちに水が跳ねたのでそれも追加されている。
さて、掃除を始めよう……とした所で作業を妨害するものがあった。
「これを消すのはちょっと惜しいですね」
「本当ね、とても惜しいわ……」
モップを片手に二人は揃って床を見つめる。
床に残っているのは泥でできた小さな猫の足跡だった。
正直言ってスタンプを押したみたいで可愛い。
できればこのままにしたいところだが、どんなに可愛くてもこれは汚れの一つである。
二人は惜しみつつもモップを掛け、床掃除を終えた。
「やっと終わったわね」
「お疲れさまでした、エンヴィさん」
「あなたもね、クラリーチェさん」
ピカピカとなった床を眺めて二人で達成感を味わう。
猫たちを風呂に入れ、掃除をしてだいぶ疲れた。
……この疲れを癒やすなら一つだろう。
「にゃー」
ある部屋の前に移動して扉を開ければ、実にのんきな鳴き声が二人を出迎えた。
「さて、ちょっと遅くなりましたがおやつの時間ですよ」
クラリーチェがそう声をかけると猫たちは一斉に群がった。
「みんないるでしょうか、エンヴィさん?」
「十四、十五……うん、猫たちは全員いるよ」
エンヴィがおやつを食べ始めた猫たちを確かめるように数えた。
今日の猫たちのおやつは蒸した魚の切り身だ。
教会にやってくる信者の一人が猫たちに、と置いていった物の一つである。
それを二人は猫たちが食べやすいように置いたり、手から食べさせてあげた。
「いつもありがとうございます。うちの子たちもすっかりエンヴィさんに懐いてますね」
「ふふ、最初は懐いてくれなかった子もいたのにね」
先程エンヴィから逃げていた猫も、今は彼女の手から与えられるおやつをぺろりと食べている。
もっと頂戴と言うようにねだる子もおり、その子のしっぽは揺れていた。
「慌てなくてもたくさんありますから」
クラリーチェはまた一つ切り身を出してあげていく。
こんな可愛い姿を見れば床を汚した犯人であっても思わず許せてしまうし、疲れも癒されていく。
「私は餌じゃないわよ」
気付けばエンヴィの大きな鱗のしっぽにじゃれ始めた猫がいた。
餌じゃないと冗談を言いつつ、エンヴィはじゃれ始めた他の猫たちも相手するように、大きな猫じゃらしとしてしっぽを揺らし始める。
クラリーチェは猫たちとじゃれ合う彼女を微笑ましく眺めた。
お腹いっぱいになった猫たちは段々と眠気に誘われるように、一匹、また一匹と眠りに落ちていった。
雨に降られたり、動き回って体力を使って疲れたのもあるのだろう。
とても気持ちよさそうに部屋の中で寝ていた。
「それにしても……自分たちの座る場所がないですね」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
部屋のクッションを占領した猫たちは気持ちよさそうに丸まって寝ている。
寝ている猫たちの様子を見ていると、不思議とこちらも眠くなってきた。
二人もまた、掃除などで疲れていたのもあったので。
「せっかくですし、私たちもお昼寝をしましょうか?」
「妬ましいくらいの名案ね」
クッションはないが代わりに猫たちのふわふわの毛という、上質なものがそこに待っている。
しかも洗い立てで、いい匂いまでするのだから……。
窓の外を見れば、雨は止んでいた。
通り雨だったようで嘘のように晴れた青い空には、綺麗な虹が架かっていた。
だけど部屋の中の者たちは誰一人、気づかない。
みんな揃って、夢の中。
白に黒、それから茶トラ、色々な毛並みをした猫たちに囲まれて。
クラリーチェとエンヴィはすやすやと、幸せそうな寝顔を浮かべて寝ていた。
――これは雨が降ったある日の、小さな教会での出来事だった。