PandoraPartyProject

イラスト詳細

あの頃のままに

作者 乃科
人物 ドラマ・ゲツク
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

4  

イラストSS

 秋晴れの空は高く澄んで、幻想の上に広がる。王都のメフ・メフィートの中心部にほど近いルミネル広場は陽気なざわめきに満ちていた。秋の装いに身を包んだ人々は明るい表情で通りを行き交う。露店からは香ばしい匂いが漂い、吟遊詩人の奏でる明るい音楽がどこからともなく流れてくる。
 穏やかな――なんてことない秋の昼下がり。
 雑多な人混みに混じって、幻想種の少女達が歩いていた。血の繋がりを伺わせる整った顔に笑みを浮かべ、白い指を絡めた仲睦まじい姿だ。
「アカツキちゃんはどこへ行きたいですか?」
 少女の片方、ドラマ・ゲツク(p3p000172)が目的地の希望を尋ねる。もう片方のアカツキ・アマギ(p3p008034)は得意げな顔で答えた。
「もちろん本屋じゃ! 最近のドラマちゃんは依頼尽くしで本屋に寄る暇もなかったじゃろ? ならば新刊チェックは欠かせまいて」
 昔からの知り合いで、友達で、身内。そんな大切な相手の好きな物ぐらい知っている。ついでにアカツキの希望があれば、それを優先してくれる優しい少女であることも。だからドラマの好きな場所を真っ先に希望したのだ。
「……では、まずは本屋へ行きましょう」
「了解なのじゃ」
 二人はぎゅっと手を握り直して、広場から延びるラドクリフ通りへと向かった。



 ラドクリフ通りはこの辺りでもっとも広く、賑やかだ。可愛らしいアクセサリーや軽食、道具屋なんかの露店がぎゅうぎゅうと並んで、多くの客でごった返している。
「甘くてサクサクのクッキー、お一ついかが!」
「うちのイヤリングを買っていかないかい? お嬢さんの長いお耳に付けたら、可愛いと可愛いの掛け算で最強に可愛いよ」
「季節の味は今だけ、りんごのジュースが冷えてるぜ!」
 目を引く可憐な二人組に呼び込みの声は止まない。それらに適当に手を振って、二人は目当ての店にたどり着いた。
 通りで一番大きな本屋の軒先には、平台が出ていた。擦りたてのインクの匂いも新しい本が山と積まれている。
「これは……!」
 ドラマは思わず駆け寄った。本棚に続編のスペースを空けて待っていた冒険譚の新刊だった。前巻の発行は十年前。幻想種には短いけれど続きを期待するには長すぎる時間が経って、また出るなんて思ってもいなかった、のに。
「アカツキちゃん、続きが読めます……」
「やったなドラマちゃん! しかしそれで終わりではあるまい。次は店内じゃ」
「見て、みましょうか」
 新刊をそっと手にしたドラマは、吸い寄せられるように入店した。
 久しぶりの店内はすっかり様子が変わっていた。平積みの本はほとんどが入れ替わり、書棚に刺さった既刊も入れ替わりが目立つ。小説、辞書、料理本にゴシップ雑誌。ドラマの知らない本が無数に生まれてここに有る。
 端から端まで読みたい欲をぐっとこらえて、ドラマは二冊を選んだ。
「これと、これにします」
「もっと選んでもいいのじゃぞ?」
「二人で過ごすのに荷物が重かったら邪魔だもの」
 だから名残惜しいけれど、少しだけ選び抜いて会計を済ませた。
 店を出るとひゅう、と冷たい風が頬を撫でた。だんだんと深まる秋の気配を肌で感じる。
「次は……」
「古書店なら三軒隣にあったのう」
「今日は本屋はおしまいですー、買い物しましょう!」
 ほらほら、と看板をさすアカツキの指をぎゅむっと握って繋ぎ直して、軒先にランプを吊した雑貨屋へと行き先を決めた。

「柔らかくて撫で心地のいい膝掛けですね」
「こっちもモコモコじゃ」
 前にこの店に立ち寄ったのはいつだったか。しばらく見ない間にレイアウトも品揃えもがらりと変わり、今は秋冬向けのぽかぽかグッズが目立つところに陳列されている。
 二人は無数の膝掛けの手触りを比べながら、目移りしていた。ついでに言えば色や柄も違うし、ボタンが付いて羽織った時に落ちない仕掛けや、ポケットに懐炉や飼い猫を入れられる物など、バリエーションも豊かだ。
 上の方には豊穣渡来の綿入れが飾ってあり、ローレットの足跡が民間にも伝わっているのが知れた。
 いくつか撫で比べたドラマは、次にマフラー類の棚へ移る。そこで出会ったのは毛織物のティペットだ。白地に細い糸で幾何学模様が織られ、光の加減で浮かび上がる。太めのベルベットリボンが胸元で赤い蝶々になる仕様だ。
「アカツキちゃん、ちょっとちょっと」
「なんじゃ?」
 呼び寄せた従姉妹の首に巻いてみると、色味が似合った。こっくりした深い赤は真夜中に灯すランプのようだ。
「可愛い……いつも可愛いアカツキちゃんがもっと可愛い……」
「んふふ、ドラマちゃんに褒められるのは嬉しいのう。ドラマちゃんにはこれが似合うのじゃ」
 お返し、とアカツキが選んだのはココアブラウンにネイビーリボンの色違いの品。店員もお似合いですよ、ご姉妹ですか? なんて言うものだから、従姉妹ですと訂正して支払いを済ませた。



 いくつか店を回ってウィンドウショッピングを満喫した後は、一本隣のジルバプラッツ通りへと場所を変える。
 こちらは露店が無く、美しい舗装の道と綺麗な街並みが広がる。身なりのよい人々がゆったりと歩く。立ち並ぶ商店も、本物の宝石を扱うジュエリーショップや艶やかな光沢の布から仕立てるテーラーなど、裕福な層に向けたものが中心だ。
 気取った通りを目で楽しみつつ、ドラマは青い鳥の看板が揺れるカフェへとたどり着いた。
「ここよ。アフタヌーンティーが美味しいって噂なんです」
 ただし受付は二名様から。誰を誘おうか迷って――師匠の顔が浮かんだけれど、誘い文句をシミュレーションするだけでいっぱいいっぱいになってしまった――ちょうど休日が合った従姉妹と楽しもう、と思ったのだ。
 体に沿う曲線の椅子に腰を下ろしてすこし待つと、給仕がワゴンを押して現れた。
「ただいまの季節は、ファントムナイトの特別メニューとなっております」
 とのことで、三段のティースタンドは騒がしいデコレーションが施されていた。幽霊マカロンに、南瓜お化けプリン。棺桶を模したチョコケーキからは青白い手がはみ出ている。黒猫がお皿からぶら下がり、コウモリが支柱に止まってお祭り騒ぎだ。
「挨拶はトリック・オア・トリート! かしら。いただきます」
「トリック・オア・トリート! なのじゃ」
 ファントムナイトの魔法にかけられたお菓子に乾杯して、透き通った琥珀色の紅茶を口に運んだ。ふわりと広がる温かさが、気づかず冷えていた体にしみる。
 二人のスタンドは間違い探しのように少しだけ違った内容で、見比べるのも楽しい。ドラマの皿にある魔女の釜は緑色が詰まっていて、味見をすると葡萄のムースだった。アカツキは、といえば釜は紫色。
「そちらの魔女は何味を煮ているの?」
「それはのう。ドラマちゃんの舌で確かめるのじゃ」
 差し出されたスプーンを口にすれば、広がる紫芋の味。
「アカツキちゃんもどうぞ」
 お返しに葡萄のムースをすくって、アカツキにあーんする。もぐもぐと味わっては笑みこぼれる姿に、ドラマもつられて笑った。
 なんでもない日に大切な人の笑顔を眺める時間は心が温かくなる。一緒に笑うともっとだ。
 乙女達の休日はそうして、穏やかに過ぎてゆく。

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