PandoraPartyProject

イラスト詳細

心の在り方

作者 ふみの
人物 バーデス・L・ロンディ
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

3  

イラストSS


「アナタは誰デスか?」
 『忘却の神獣』バーデス・L・ロンディ(p3p008981)は尻尾の根本辺りで寝息を立てて丸まっている影に戸惑いながら問いかけた。
 否、アナタは誰カ、などという感情よりも先に考えるべきことは沢山ある。
 まず、自分の首が一本だ。冗談みたいな話であるが、ロンディは元々3つの首を持っていたのだ。それも悠久の時を隔てた今――そもそも今この環境がどれだけの時間を経てどこなのか――となっては1つだけ。長い眠りに就いたのは覚えているが、それだけ。
 目の前でロンディと赤子の姿を不思議そうに眺めていた女は、ロンディらをローレットへと送り出す。
 ……そして、赤子はとてもおとなしくすやすやと眠っている。
「誰デショウか……」
「あうー」
 もう一度呼びかけるようにロンディは赤子の頬に頭を押し付け、すりすりと擦りつけた。赤子はようやっと目を覚ますとその毛皮に手を伸ばし、ついと引っ張る。
「痛イ、イタい」
 頭をぶんぶんと振るって拒絶の反応を示すロンディに、赤子は不思議そうな視線を送った。獣が喋っているという疑問、ではない。単純に人の声に慣れていないような反応だと思った。
「アナタはワタシの『半身』、ですカ」
「あう? うー、あうっ!」
 ロンディは直感的に脳裏に浮かんだ言葉をそのまま赤子に投げかける。赤子は何を言われているのかは分からないが、遊んでくれる相手だ、とロンディを認識したらしい。その小さな手を再び伸ばすと、ロンディの毛皮を力いっぱい撫で始めた。
 決して心地よい力加減ではない。むしろ引っ張られて痛くないとはいえないくらい。
 けれど、この赤子、いわば『半身』が赤子なりに親愛の情を込めて行っているだろうことは理解できた。同時に、ロンディの胸中に『親愛』と『喜』という感情が湧き上がったことも、本人は気づいている。
 己の半身がこんな形で、あまりに無防備な姿を晒している理由は分からないが、人間の赤子を傷つけたいとは思わないし、傷つけてはならないという強い決意だけはその身に去来する。
(けれド……)
 けれど、身を包む薄着と布おむつだけの赤子を背中に乗せて行脚するわけにもいかないのは確かであり。
 最初の課題は、イレギュラーズとして依頼をこなしつつ赤子の世話を熟すことだったのは言うまでもない。


「あー♪」
「美味シイですか。よかっタ」
 赤子が嬉しそうにミルクを飲み干す様を、ロンディは我が事のように喜んでみていた。
 ローレットに来て最初に直面したのが『子育て』であったのは非常な驚きが伴ったが、幸い仲間達は想像以上にロンディに優しかったのだ。
(ワタシのコトが怖くないのデショウか……)
 ワタシは〇〇であるのに。××な感情を持つ者で、かつて旅をしてきた古い古い歴史のなかで、〇〇に――である者など1人としていたことがなかったのに。
 既にそれらをどう呼び習わすのであったか、ロンディは言葉を思い出せなかったし。
 優しくされることは慣れていないが、お返しに誰かに、或いは『半身』に優しくしようと思える程度には人々の優しさはロンディの心を解きほぐすのに役に立った。
 『仲間』は言う、手のかかる子供がいたのよ、と。昔は家族に迷惑をかけたからこれくらいはやらせてくれ、と。
 或いは非常に口の悪い仲間ですらも、子供のために買い出しに向かうロンディに文句を言いながら付き合ってくれもした。
 決まって彼らはロンディの左側について歩き、その死角をカバーするように立ち回ってくれた。
 赤子もまた、(半身なのだから当然だが)ロンディによくなつき、イレギュラーズ達に明け透けな笑みを振りまいた。
 人の姿をとりながら、おむつの交換に四苦八苦し。
 永い眠りのなかで失ったものは、その身を焼き焦がすような感情で、得た『半身』は、その想いの穴埋めをしてくれる存在なんだろう、と。ロンディはなんとなく理解する。
 遠い昔、記憶すらも曖昧な昔にたどった足跡を覚えていない。感情の意味を覚えていない。何を求め、なんと呼ばれ、どんな末路を迎えようとしていたのかを覚えていない。
 だがロンディは、世界を救う者として新生した。赤子と、自分とを繋ぎ止める赤い糸は、そのまま世界を支える一よりの綱として、2人と世界を繋いでいる。
「温カイですね」
 『ワタシ』だけではわからないものがある。
 その最たるものは、この身を包む温かさ。『半身』が寄り添ってくれるから感じる熱量は、体のみならず心をも温める。
 そして、『半身』は、人の姿しか取り得ない相手がいかに弱く不便で手がかかり、そしてその事実ひとつひとつがどれほど『愛おしい』のかを教えてくれた。
 めぐる季節と共に入用になるものが増える。成長とともに必要な知識が増える。子供は、いつまでも子供ではいられない。


 ロンディは夢の残滓を抱えて目を覚ます。
 すやすやと毛皮にくるまって寝る『半身』の姿に安堵しながら、『なぜ安堵したのか』を自問する。
 疲労と年月の経過に耐えきれず膝を屈した昔の話を。眠りに就く前に願ったことは何だったのかを。そして、居なくなった首のことを。
 自分『達』はいつ道を違えたのだったかどうにも思い出せない。最後の記憶に、夢には残っていなかった。
 それらも同じように『半身』を得たのだろうか? それとも、自分だけで体を支えて立って歩いていけているのだろうか?
「zzz……」
(愛おしいデスね、いつまでもこうしていたイ)
 眠る『半身』の頬に鼻先をすりよせ、柔らかい頬の感触を味わう。少しだけ表情を歪めた赤子はしかし、眠気の方が勝ってそのまま再び寝息を立てた。
 秋の星空を窓から眺め、野生の日々を過ごした過去とはちがう、1人のイレギュラーズとしての人生を歩みだしたことはロンディにとってとても不思議なことだ。
 『半身』と寄り添って寝ている時、何度は人の姿で添い寝しようかとしたことはある……が、『半身』はその度に大泣きするので結局のところ獣の姿を取り続けている。
 『半身』がここにいる理由も、自分がその赤子の世話をすることで得られる感情の意味も、今はまだ確かな形で理解出来ているわけではない。
 この子と一緒なら、きっと世界ですらも救えるのだろう。そんな根拠のない自信だけはこの胸にあるけれど。
 ……とりとめのないことを考えながら、ロンディは晩秋の夜気から『半身』を包み込むように丸まり、再び眠りに就いた。次の目覚めを決意した眠りを。

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