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イラスト詳細

リュグナーのそうすけによる三周年記念SS

作者 そうすけ
人物 リュグナー
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

2  

イラストSS

『とあるケース』


<「X医大のこの情報、いくらで買ってくれる?」>
「学部ぐるみで新種のドラッグを製造……か。だが、いまの話だけでは噂の域を出ていない。それじゃあ金は出せないな。また連絡してくれ」
<「待て。これは内部――」>
 通話を切って程なく、雨が降りだした。何日ぶりの雨だろうか。頬で雨粒を受けながら、再現性東京とあってはこれもまた再現されたものかもしれないな、と独りごちる。
 我が名はリュグナー。
 情報屋――文字通り、情報を扱う者だ。我に集めることのできない情報はない……と思う。言い切るには混沌の世はあまりに広い。
 ふいに背中から光を浴び、自分の影が大きく、黒く染め濡れたアスファルトに伸びるのが見えた。右手側、建築用の防音壁がギラリと光る。続いて車が静かに止まる音を聞いた。
 今いるのは裏通り。ネオン煌めく新宿の繁華街から遠く離れた、オフィース街の暗く狭い路地だ。普通、こんな路地に車は入らない。依頼人だ。
 フードを被り直して振り返ると、黒塗りのベンツがいた。正確には混沌で作られた偽ベンツだ。雨に滲む窓にはスモークフイルムが貼られている。後部座席の窓がゆっくりと下がっていき、そこから五十代ぐらいの男が顔を出した。
「アンタが情報屋か」
 冷えた声だった。こちらの肌を粟立たせるような、危険なものを含んでいる。
 黙っていると、荒々しくベンツのドアが開き、降りて来た二人に挟まれた。胸を突きだすようにして、パーソナルスペースに押し入ってくる。典型的ヤクザのそれだ。
「てめー、耳が聞こえねーのか、おお? 若頭の質問に答えろや、コラ」
 見目麗しいグラマラスな女にされたならいい気分になるかもしれないが、鼻の潰れた髭面と頬傷のあるハゲに迫られたところで嬉しくとも何ともない。はっきりいって鬱陶しいだけだ。
 さて、どうするか――。
「よさねーか」
 倦んだ声。舎弟をとがめる男の声が、雨の中で虚ろに響く。
「そいつは『イレギュラーズ』だ。余計な怪我をしたくなかったら車に戻れ」
 わかっているなら初めから確認などしなければいいものを。こういう不要なやり取りは時間をロスするだけで、誰の利益にもならない。
 男たちは素直に身を引いた。乱暴にベンツのドアが閉じられる。
 後部座席の窓に寄った。
「それで、我に何を望んでいるのだ?」
「組長のイロの周りをチョロチョロしている、ストーカー野郎のことが知りたい。確実にいるのはわかっているんだが、どうしても捕まえられねぇで困ってる」
 知ってどうする、とは聞かなかった。渡したあとの情報をどう使おうが、それによってよからぬことが起きようが、情報屋が関与することではないからだ。かわりに色のない声で、「我は探偵ではない」と言ってやった。
「どっちも同じようなもんだろうが。男の名前、住所、職業。情報が細かけりゃ細かいだけ助かる」
 男は一方的に、ストーカーされている組長の情婦について喋りだした。名前は凛華、年齢は18歳。昼は大学生、夜は組の息がかかったキャバレーで働くキャバ嬢だった。組長に見初められてからはアルバイトをやめて、買い与えられたマンションから大学に通っているという。
「つきまとわれだしたのは先月、店を辞めてからだ。ストーカー野郎は、店の客かもしれねえし、同じ大学のガキかもしれねえ。ああ、そうだ。手間省いてやる。凛華さんはX大医の学生で演劇――」
 ほう?
 それにしてもこちらに拒否権はないとでも思っているのか。たぶん、思っているのだろう。黙って聞いていると凛華のスリーサイズまで言いだしそうだったので、窓からスマートフォンを突っ込んでやった。
「写真。転送しろ」
 男は舌打ちすると、懐に手を入れて自分のスマートフォンを取りだした。写真を転送し終えるとスマートフォンを返してきた。
「期限は?」
「一週間。ここで現ナマと情報を交換だ」
 若頭は膝に置いたアタッシュケースを開いて中身を見せた。調査費込としても、報酬はかなりの金額になりそうだ。
 雨脚が強くなってきた。
 若頭が窓から吹き込む雨を厭おうて、アタッシュケースの蓋を乱暴に閉じる。
「最後にひとつ聞く。どうして我に情報を求めた?」
 他に情報屋はいくらでもいる。組お抱えの情報屋だっているだろう。警察の中にも協力者がいるかもしれない。それなのに、なぜ、我なのか?
「あ? どうでもいいだろう、そんなこと」
 スモークフイルムが貼られた窓がするすると上がり、ベンツが発進した。
 我は情報を扱うが故に、誰よりも情報の価値を知っている。金を受け取れば大抵の情報は流すが、『偽り』の情報だけは絶対に売らない。噂程度の情報も同じく。売るのは相応の根拠のあるものだけだ。
 買う情報も然り。
「さて……」
 スマートフォンの中の凛華は、いかにも男好きする顔と体をしていた。白衣を纏っていても。だが……。
 胡乱な目の下にできた病的なクマは、学業が忙しいだけが原因ではなさそうに見える。肌も髪もくすんで艶はなく、カサついているようだ。画像でそう見えるのだから、キャバ嬢を続けるのは無理だろう。
 画像を消して電話の画面を表示させる。
 雨に打たれ続けたまま、リダイヤルボタンを押した。


 一週間後、リュグナーは約束通り裏路地にいた。薄雲が月を隠し、左手のビルには明かり一つない。時間は深夜近く、隣の建設現場も静かなものだ。
 右と左。両端を曲がる車の音に続いて、路地に光が溢れた。
 リュグナーは二台のベンツの間で、背にした防音壁に裏拳をひとつくれて音を立てた。壁の裏から音が帰ってくるのと、ベンツのドアが開くのは同時だった。黒ずくめの、いかにもといった悪人面が、開いた七つのドアからぞろぞろ出てくる。
 残った後部ドアの窓がするりと落ちて、若頭がかけているサングラスにリュグナーの顔が小さく映った。
「ストーカー男の正体、聞かせてもらおうか?」
「我、リュグナーである。いや、『密告者』と言ったほうがよいか。ちなみに彼はローレットが保護している。情痴のもつれに格好つけて始末はできんぞ。我も、な」
 若頭は瞬時に顔をこわばらせた。
 ストーカー男など端から存在していなかった。
 リュグナーに凛華の周辺をうろつかせることで、リュグナーと背恰好がよく似ているX医大ドラッグ密造を告発した『密告者』をストーカーに仕立てあげる罠だったのだ。
 若頭の描いた絵はこうだ。
 組長の気持ちを忖度した組員が勝手に、情婦をストーキングしていた『密告者』を殺したことにする。あとは組の命令で、組員が自首すれば一件落着。凛華に同じ学部の『密告者』につきまとわれているような演技させておけば完璧だ。ドラッグの情報が広まる前なら、密造と関連付けられることはない。一連の工作に『裏』でかかわっていた情報屋の失踪は、ニュースにもならないだろう。
 かくして密告と密告者は闇に葬られ、X医大で作られる新種のドラッグによって組は莫大な利益をあげ続ける……はずだったのだが。
「我を選んだのが、貴様の運の尽きだ」
「――やれ!」
 若頭が怒鳴ると同時に、じっと身を潜めていたイレギュラーズが防音壁を跳び越えてきた。
 限度を越えたドーピングで異常能力を得たヤクザたち相手に、苦戦を強いられる瞬間は多少あったものの、そこは百戦錬磨のイレギュラーズ。数分で圧制、全員を倒した。
「ど……うして、気づいた?」
 若頭が割れたサングラスの奥からリュグナーを見上げる。
「情報屋にとって一番大切な“信頼”――貴様にはそれがなかった……ただ、それだけのこと」
 雲が流れ、月が出た。

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