PandoraPartyProject

イラスト詳細

RAVEN

作者 もみじ
人物 レイヴン・ミスト・ポルードイ
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

3  

イラストSS

 その日。
 幻想国レガド=イルシオンの町並みは何処か活気に溢れていた。
 行き交う人々は皆、顔を綻ばせ浮き足立っている。
 何かお祭りでもあるのだろうかと、レイヴン・ミスト・ポルードイは、視線を上げた。
 艶やかなオニキスの瞳は通りに向けられる。其処にはローズピンクやサンイエローのガーランドが飾られていた。そして、何らかの三周年を祝う幕が掲げられている。
 人通りが多い方へ歩を進めるレイヴン。深い海色の髪が穏やかな風に靡いた。

 ルミネル広場は沢山の人で溢れ返っていた。
「三年かあ。早いもんだな」
「ああ、でもローレットが居てくれるお陰で俺達の生活は安定してる。魔物が出ても助けてくれるしな」
「そうだな。最初は知らない人がいっぱい流れて来てびっくりしたが」
 ローレットが居る限り安心だと過ぎ去っていく男達が会話しているのが耳に入ってくる。
「そうか。ローレットが発足してから……いや、大召喚の日からもう三年になるのか」
 ぽつりと呟いたレイヴンはこの三年の間の出来事を反芻していた。
 それは楽しい思い出ばかりではない。
 この国で起こったサーカスの魔種。砂蠍との戦い。天義の大戦と。そして海洋での大乱闘。
 特にレイヴンにとって出身地であるリッツパークが危機に晒されるとなれば駆けつけぬ訳にはいかなかったのだ。海洋にとっての宿敵、冠位アルバニアの打倒と、リヴァイアサンの封印。
 其処にはポルードイの家督を継いだ長男、ファルケ・ファラン・ポルードイの姿もあった。
 名門と名高いポルードイの当主で、『次男』であるレイヴンが特異運命座標として活躍するのを見守り、サポートしてくれる頼りがいのある人物。レイヴン自身でさえ、兄には敵わないと思ってしまうほどの才覚を持ち合わせている。彼の信頼を裏切ってはならぬと、レイヴンは意を決して海洋大戦に赴いた。
 冠位と龍神を前に己の小ささを噛みしめるレイヴン。しかし、一人一人の力は微量なれど、イレギュラーズは可能性を秘めた輝きを持つ。幾重にも重なるパンドラの色彩は奇跡を引き寄せた。
 何人もの仲間を失った。名も知らぬ船員が海の底に沈んだ。
 されど。イレギュラーズはつかみ取ったのだ。海洋国民の悲願である絶望の青の先を。
 そして、新天地神威神楽の発見。本当に沢山の出来事があった激動の渦中という所だろう。

「……」
 そんなイレギュラーズの活躍を凄いと褒め讃える街の住人たち。
 まるで自分の事のように誇らしげに胸を張る人々を見つめるレイヴン。
 街中のお祭りムードを余所に、レイヴンは思考の海に囚われていた。
 ルミネル広場の片隅にあるベンチに腰を下ろす。
 行き交う人々はレイヴンの目には灰色に見えた。見上げる空の色も薄く水の中から見て居るみたいに。
 原因は分かっているのだ。
 近年確認された、魔種の情報を閲覧していた時の事である。
 ――VERAN。
 ヴェランと識別名の書かれた報告書を手に取ったレイヴンは驚愕に目を見開いた。

 ――――
 ――

 大召喚の日より更に時は遡る。
 ネオ・フロンティア海洋王国の名門貴族ポルードイ家の次男をレイヴン・ポルードイといった。
 生まれたときより魔力の素質に溢れ、己の知識欲の侭に海洋から練達に渡った男は、科学者に師事するようになる。科学や魔術といった研究に身を窶し、無から有を生み出す錬金術も嗜んでいた。
 練達においてもレイヴンは腫れ物扱いだった。要らぬやっかみや疎まれる環境に嫌気が差した男はラサ傭兵商会連合の『アカデミア』と呼ばれる遺跡へ旅立った。
 己が師事した『博士』が罪人として追われる事となり、講義が打ち切りとなったことに肩を落としたレイヴンはそのまま海洋王国へ帰還することに決める。
 ポルードイの次男が突然帰還した事に驚く者も関係者の中にはいただろう。
 しかし、彼が貴族としての責務を果たすというのならば、これまでの放蕩を不問とするという土地柄の大らかさによってレイヴンは迎え入れられた。

 されど。レイヴンは日に日に貴族としての振る舞いや制限を苦痛に思うようになっていった。
 練達やラサで探究心のまま自由に研究に打ち込めた日々が懐かしい。
 あの頃のように――人を媒介にして。己の錬金術を貪りたい。まだ知らねばならないことがある。
 市井の民を錬金術の生贄とした事を咎められ。
 レイヴン・ポルードイは『処刑人』によって殺されたのだ。
 そのはずだった。しかし、彼は反転し魔種(デモニア)となり、生き延びた。

 ポルードイの次男は死んだ。そう、世間では騒がれるはずなのにもかかわらず、そんな噂はレイヴンの耳には届かなかった。何ヶ月経っても誰もポルードイの次男が死んだ事を知らないのだ。
 不可解な事だと調べて見れば、レイヴン・ミスト・ポルードイという男がポルードイの次男なのだと親切な老婆が教えてくれた。
 遠目から見た顔には見覚えがあった。
 あれは、己の首を刎ねた『処刑人』に違いない。
 何の意図があってそうしているのかは分からないが、理由さえ分かればもう興味など無い。
 親切な老婆に美しい最期をプレゼントしてレイヴン――否、VERANはその場を後にした。

 全てを投げ出し、研究に没頭出来るのは好都合だ。
 VERANの心は竜へと向けられている。そして、その強大な存在が魔種へと転位する可能性だ。
 更には混沌肯定『不在証明』の破壊により死霊の力を顕現させる。
『竜より生じるエネルギーの吸収』とはどのような力を秘めているのだろうか。
 想像するだけで心が躍るようでは無いか。
 魔種となったVERANは自分自身に、そんな無限大の力があるように思えた。
「力が欲しい。竜に成り代わるために」
 その為ならば、幼い子供の泣き叫ぶ声も。地の繋がった家族であろうとも。
 親切な老婆だろうと。何人だって儀式の供物や錬金術の媒介にしてみせる。
 この研究は崇高なものなのだから。

 ――人を殺すことを罪だと思うか。

 誰かがそんな事を問いかける。
 必要な犠牲に罪などあるものか。VERANが求める竜へ至る路の糧となりうるのだ。
 光栄という他無いだろう。お悔やみぐらいは言葉に乗せることはできる。
 さようなら。すぐに忘れてしまうけれど、今此処に抱いた気持ちはほんものだ。
 これが、果てなき竜の力を求めるVERANの目録。

 ――
 ――――

 思考の海からオニキスの瞳を上げた『処刑人』――否、レイヴン・ミスト・ポルードイは溜息を吐いた。
 VERANという名の魔種はきっと己が手を下したポルードイの次男レイヴンなのだろう。
「分かりやすい名前をつけたものだ」
 この識別名が自分自身で名乗ったものかそうではないのかは定かでは無いが。
 レイヴンは眉を寄せてVERANという名を噛みしめる。
 己が向かうべき場所は決まった。
「レイヴン・ポルードイは死なねばならない」
 自分が自分であるために。自分が唯一であるために。
 VERAN(レイヴン・ポルードイ)には死んで貰わなければならないのだ。
 その為ならば、竜の力さえ求めるだろう。
 それは行き着く先にVERANが居るから。
 滅ぼさんとする存在が求めるものを追いかければ、おのずと道は交わる。

 レイヴンは降り注ぐ陽光に手を翳した。
 何処にいるかも知れない魔種を追いかけるのは、広大な青空に浮かぶ鳥を掴むようなものだ。
 だが、成さねばならぬ。
 決意を込めて青空に向けた拳を握りしめた。

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