PandoraPartyProject

イラスト詳細

日々徒然

作者 夏あかね
人物 かんな
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

3  

イラストSS

日々徒然


 真白い壁には小さな時計が飾られ、かちりかちりと音を立てる。
 開け放った窓からは楽しげな子供達の声が聞こえた――幻想王国。首都を外れれば長閑な風景の広がる街は煉瓦を叩く馬車の音が時折過ぎる以外は平和そのものである。
 白いワンピースを揺らしたかんなはサイドテーブルにちょこりと座っていたカピブタのマスコットをつん、と指先で突いた。
「おはよう」
 静かな声でそう告げて。返事は返らなくとも毎日の始まりに僅かな満足を覚える。
 世界の枠を集めた心に、死者の体。異世界(そと)の人間であるかんなはローレットの住居斡旋により、幻想王国に小さな一軒家を手に入れた。広々と生活が出来そうだと手に入れてみた配意が娯楽には余りに疎く、『不器用』な事も相俟って家具はお世辞にも揃っているとは言えなかった。
 アンティークの椅子とテーブルは引っ越した際に最低限必要だろうと買い揃えたものだ。朧気な本棚には少しずつ借り物の本が増えた。返すのはゆっくりで良いと言われているものだから、ついついゆっくりと読んでしまっている――が、本を読む以上にかんなが楽しみにしているのはローレットの依頼の中でも特に大きな依頼になりがちな報告書に目を通すことだった。
「ふふ……そういえば、ローレットの依頼も見に行かないと行けないかしら?」
 首を傾げ、ティーカップに紅茶を注ぐ。桜の花や草をモチーフにした柄が施されたパステルカラーのカップは仕事の報酬の『おまけ』であった。
 受ける依頼はもっぱら戦闘依頼に偏るかんながこうして『おまけ』を貰ったのは偶然だったのだろう。カピブタが好きだという貴族は賊の討伐を喜ぶと共にカピブタやパカダクラを可愛がってくれたかんなにお礼を、とカップと茶葉をプレゼントしてくれたのだ。
「貴族の女の子は、こうやって紅茶やコーヒーを飲むのよね。
 街に出てブディックを見たり、可愛らしい雑貨を集めたり……やってみようかしら?」
 そう呟いた後、彼女は花瞼を伏せってから一気に紅茶を呷った。
 普通の暮らしや普通の女の子に憧れないわけではない。寧ろ、憧れ続けて、有り得ないと思った安寧に喜ばしいとさえ感じている――だと、云うのに戦うばかりの自分がそう考えている事が理想とは懸け離れている気がして酷く困惑するのだ。普通の女の子は戦わない、と云われてしまえば「そうね」と頷く事しかできない。けれど『憧れる』事は悪くは無いから。
「今日は報酬を使って家具を買おうかと思っているの。
 どんなのが良いかしら? ……そういえば、昨日の依頼の男爵は『カピブタなら簡単に飼える』と教えてくれたの。貴方のお友達もできるかしら?」
 つん、とマスコットを突いたかんなは柔らかに笑みを零した。
 キュィーと鳴いて、てこてこと後ろを歩いてくる小さな生き物はカピバラとブタが合わさった混沌生物らしい。ぷるぷると尾を震わせてアピールする様が酷く愛らしくて気に入っていた。
 男爵邸で飼育されていたカピブタの『ジョナサス』と触れあった事を想い出せばペットというのも悪くはないのかも知れない――でも、血を浴びて返ってきたならばカピブタは怖がるかと思い止まる。
 首を小さく振った。そろそろお買い物に行ってくるとマスコットを撫でてから小さな籠バスケットを手にして街へと繰り出した。

 ――――
 ――
 幻想の街である程度の食糧を――もう少し食べたいけれど、あまり食べれない。少量で構わないのが良いところかもしれない――買い込み、雑貨屋を眺める。可愛らしい小物が並ぶ中にはスノードームや小さな少女人形の姿も見て取れた。
「可愛いわね……」
 小さく呟き、笑みを零す。雪色の髪を揺らして歩を進めるかんなは見ているだけでも楽しいものだとウィンドウショッピングを楽しみ歩く。
 キュィー。

 何処からか聞こえた声にぴたり、と足を止める。

 キュィー。

 確かに聞こえた。それはつい最近聞いたばかりの声だ。
「カピブタ……?」
 首を傾げて周囲を見回せば広場の近くにはペットショップが新規開店したばかりだったのだろう。猫や犬、そしてカピブタがずらりと並んでいる。
 一際大きめのカピブタは尾をぴるぴると揺らしながら「キュィー」とアピールしているのだろう。その声に引き付けられるように幾人もの客がペットショップに足を運んでいることに気付いた。
 どうしようかしら、と迷うように視線を揺れ動かせたかんなの手をくい、と引いたのは小さな子供。
「おねえちゃん、あれなに?」
「え? ええ、あれはカピブタと言うのよ」
「いっしょにみにいこう?」
「……ええ」
 親とはぐれたのか目の周りを赤くしていた子供はカピブタを一緒に見に行って欲しいと懇願していた。きっと、子供の両親が血眼になって探しているだろう――これ以上動かさずに、カピブタを見ていた方が子供のためかも知れないとかんなは「行きましょう」と頷いた。手をぐいぐいと勢いよくひっぱる子供に引き摺られるように店内へと踏み入れれば様々な動物が存在する。
 靭やかに地を蹴ってキャットタワーを昇る子猫に、その尾を追いかけるように地面からぴょんぴょんと跳ねている小さな子犬。ゲージの中でびょこびょこと真似る様に跳ね上がるカピブタはそれはそれは『大き』かった。
「……おっきい!」
「そ、そうね」
 子カピブタと比べれば三倍くらいはあるのではないだろうか。大型犬程度の大きさであるそのカピブタは子犬や子猫ばかりの空間ではより目立ち、異質にもみえた。
「触っていただけますよ」
 カピブタの傍に立っていた店員に促されて、子供がそうっと撫でる様子をかんなは微笑ましそうに眺める。こうしてペットショップを見て心を和ませるのも普通の女の子らしいのかもしれない。
「おねえちゃん! なでてみて!」
「ええ。この子、とても跳ねていたけれど大人しい子なのね?」
「撫でられるのが好きなんですよ」
 微笑む店員にかんなは「そうなのね」と頭を撫でる。毛並みは決して柔らかくはない。独特のごわごわした感触が掌に伝わってくる。ひなたぼっこをしてブラッシングをして、丁寧に丁寧にケアをすればとても柔らかな毛になるのだと店員は巨大なカピブタを撫でながら微笑んだ。
 そういえば、男爵邸のジョナサスはそれはそれは柔らかな毛並みであった。ふわふわとしたその毛に埋もれたままうたた寝出来そうな程の柔らかさだ。
「そうなのね。……また、この子に会いに来てもいいかしら?」
「勿論!」
 にこりと店員が微笑んだと同時、背後から「ミハエル!」と呼ぶ声がし、子供の迎えが到着したことに気付いた。

 その後はと言えば、雑貨屋や家具屋を見て回りふわふわとしたクッションを一つ購入した。
 ぎゅう、と抱き締めれば昼間に触れあった動物のことを想い出す。
 明日も朝早い。久々の休暇をのんびりと楽しめたことに笑みを零してから部屋の灯を消した。
「さて、おやすみなさい」

 ――そうして、明日も続いていく。明後日も。ずっと、ずっと。
 変わらぬ日常に「おはよう」と「おやすみなさい」を重ねながら。

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