イラスト詳細
アンナ・シャルロット・ミルフィールのpipiによる三周年記念SS
イラストSS
『ゴールデンロッドの花影に』
晩秋の風に、背の高い黄色い花が揺れている。
聖教国ネメシスは冠位魔種との決戦により負った傷痕を、今も癒やし続けていた。
そんな国におけるアンナ・シャルロット・ミルフィールは、些か難しい立場を有している。
彼女は貴族であり、罪人の娘、不肖の孫、国家の英雄、更にはこの領土を経営する立場にもあり――
実のところ、それらの点と点は明確な線で結ばれる。だが細かな経緯については、きっと彼女自身が語りたがらないだろう。
ともあれ決戦の前よりも、更に云うならば『幼き日の想い出』よりも幾分か寂れたこの土地で、人々は懸命に生きているのであった。
豊かに色づく大きな楡を目印に角を曲がり、背の高い石のアーチをくぐると、そこが目的地の教会だ。
この教会は身寄りの無い――主に戦没者の遺族である――子供達を育てる孤児院でもある。
前に立ち寄った際には些かうらぶれて見えた石壁も、真新しいニッチが塗り込まれていた。
着実な復興が垣間見え、アンナは微かに口元をほころばせる。
だって、質素ながらも見違えるほど綺麗になっていたから。
きっと執政官も目をかけてくれたに違いない。
「アンナねーちゃんだ!」
「ほんとだ!」
胸の奥をざらざらと撫でていた感傷は、元気の良い声に破られた。
壁の影から、数名の子供達が勢いよく飛び出して来たのだ。
「マチアス、ノエル、壁を蹴ったら駄目よ。久しぶりね、ジョルジュ。リゼットはかくれんぼ?」
柱からちらちらと顔を覗かせていた幼い少女――リゼットがはにかみながら駆けてくる。
「ルークはずいぶん背が伸びたのね。って。あ、あなた達、ちょっと! ……もう」
ドレスにまとわりつく子供達を前に、零れたひとひらの溜息は、けれど温かく――
「これはアンナ様。ようこそいらっしゃいました。あなた達、お客様を困らせるんじゃありません!」
「逃げろマチアス! 院長先生だ!」
「やべー! 逃げろ!」
「んじゃ、あの楡んトコまで競争な! 負けたら院長先生に食われるんだぜ!」
「食べません! そんなことを言ってると、オバケに食べられちゃいますよ! ……っと、失礼しました」
ころころと表情を変える院長と、子供達の元気な様子に、アンナは微笑む。
丁寧に腰を折った院長は両手を組み、小さく祈りを捧げた。
「……本当に元気になってくれたものです」
この日アンナが孤児院を訪れたのは、食料の寄付が目的であった。
家族を失った子供達と自身を重ね合わせた所もあり、こうして度々行っている。
いくつかの署名に記載する。簡素な手続きを済ませていると、窓の外では数名の男達が荷車を引いてやってきた。乗っているのはカボチャやサツマイモ等の日持ちする根菜類。たっぷりの干し肉やチーズにバター、それから塩の樽――いずれも子供達の成長を考えた品々で、もちろんアンナが手配したものだった。
小麦粉と砂糖もたっぷりあるから、アドベントやシャイネンナハトに向けて、ジンジャークッキーやシュトレンの他に、ケーキだって作れるだろう。それに今回はココアパウダーもおまけにつけたのだ。
お砂糖の存在に、子供達が早速はしゃぎ回っている様子も見える。
「いつもありがとうございます、アンナ様。それで実は、申し上げにくいのですが……」
どうやら院長はこれから地区内会議の議長役を頼まれているらしい。
破損したままになっていた堤防の修繕と工期に関わる話だとかで、さすがに外せない。
院長は予定を空けていたのにとぼやくが、大切な仕事を邪魔する訳にはいかない。
アンナは快く送り出し、留守を預かることになったのだが――
「やったー! アンナねーちゃん! あそぼー!」
「アンナおねーちゃん! おままごとしよ!」
「かくれんぼしようぜ!」
「やーだー! 聖騎士ごっこがいい!」
そんな訳で夕刻まで、アンナは子供達の相手をすることになったのだ。
「うん。……私の体は一つしかないから、順番にやるか皆でやれる遊びをしましょう?」
「オレいちばーん!!」
「ずーるーいー! あたしがおねーちゃんと遊ぶの!」
「話を聞いてたの!? 引っ張っても私の体は分裂しないから!」
「おねーちゃん、分裂するの!? すごい! みせてみせて!」
「しないったら!」
「おねーちゃん!」「ねーちゃん!」
「あーもう。わかったかわ。今日はずっと居て全部やるから。だから落ち着い――」
――突如、裾がばさりとめくれあがる。
涼やかな秋風が太ももを撫でて。
「……今誰かスカートめくったでしょう!? 神様が怒るわよ!」
はてさて。
「それじゃあ一人ずつ何を為たいか教えて。みんなで遊べるものにすること」
「はい!」「はいはいはーい!」
「じゅーんーばーんー!」
ひとまずはくじ引きで順番を決める。
具体的な遊びの内容は子供達自身に考えて貰うことにした。
「ねーちゃんはずっと鬼な!」
「ずっと鬼……いいわ。全員捕まえてあげるから覚悟しなさい!」
マチアスが提案した鬼ごっこだったが、最後まで逃げ回り、勝ったのはジョルジュだった。
ほんの少し前までジョルジュは咳がちでよく熱を出していたが、いつの間にか逞しく育ったものだ。
「次はねーちゃんが聖騎士で、ノエルがデモニアだ!」
「アンナねーちゃんはイレギュラーズだよ! そっちのがかっけーもん!」
「じゃあ聖騎士でイレギュラーズだ! それだと強すぎでずりーから、全員で攻めるぞ!」
「あーもう、じゃあまとめてかかってきなさい!」
イレギュラーズ屈指の剣士『舞蝶刃』のアンナが、子供達に遅れなど取るはずがない。
それからままごとは、人数が多かったせいか、何だかスゴイことになってしまった。
院長役――ママとパパではなかった――と子供の役が決まり、他の子供達はなぜだか狩人や衛兵、そしてなぜかイレギュラーズ役等というものも出来て、アンナはそれらを監督することになった。
まるで領地経営だと苦笑する。
「アンナおね……アンナさま! 敵を倒しました!」
「アンナさま! しちめんちょうがとれました!」
「アンナしゃま! ごはんできたよ! たべてってください!」
「はい。順番ね」
それから。それから。
ほんの数時間、されど数時間。
子供達は想像力豊かに次々と遊びを提案してくる。
パワフルな子供達の熱量に振り回されっぱなしで、さすがのアンナも疲労の色が見えてきた。
身体が……というより、もうなんか色々としんどい。
子供達を公平に飽きさせぬようにしながら、皆の安全を見張るというのは、やはりとても気を遣うのだ。
夕陽が落ちて辺りが薄闇に染まり始めた頃、院長は二人の領民と共に戻ってきた。
どうやら狩人から、お肉をたっぷりと頂く事が出来たらしい。
二人の男達は荷物の量を見かねて、手押し車で手伝ったそうな。
「それじゃ俺達はこの辺で!」
院長はお礼に、教会で手入れしている柑橘の実を渡しており――上手くやっているようで安心する。
「それではアンナ様、この通り量も多いので、今日は是非夕食もご一緒に」
「アンナおねーちゃん、帰らないで! うぇ、ぶえーー!」
「ちょっと、泣かないで」
「おねーちゃん、おままごとのときみたいに、おゆはんも、いっしょにたべよーよ!
「じゃあさじゃあさ! とまってってよ!」
「ねーちゃん!」「アンナおねーちゃん!」
「こら! アンナ様を困らせてはいけません。皆台所にいらっしゃい!」
「そうね。それじゃ、私も手伝うわ」
せっかくだと、アンナもまた席を立つ。
ただ座っているのも、それはそれで落ち着かないものだから。
――こうして夜は更けてゆく。
この国が。天義が。子供達にとって希望が持てる国となるように。
アンナは自分が出来ることを積み重ねていこうと決意しているのだった。