PandoraPartyProject

イラスト詳細

運命を手繰る女

作者 いかるが
人物 リノ・ガルシア
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

7  

イラストSS


 逃げ惑う一組の男女。
 追うは黒衣の影。
 やがて分かたれる二人。
 男の影に、白銀に煌めく刃先が重なる。
 叫喚する女。
 意識を失い逝く男。
 何故、何故、何故―――。
 女はいずれ、鳥籠へと戻される。
 やがて羽を手折られた彼女に、次こそは飛び立つ希望を、もぎるがままに。


「身分違いの恋ほど、無駄・無益なものはない。何のために娘を作ったと思うのだね。
 全ては我が一族の繁栄の為……。小汚い村男と一緒にさせる為ではない」
 「まったくです」と頷いた男は、ベルベロッテ伯爵の顏を見、口角を上げた。
「で、御令嬢の意を射止めた馬の骨は、始末をされたのですか」
「元より、死んだところで何らレガド・イルシオンに不利益を与えぬ男だ。
 何処かの川底でも探れば、腕の一本くらいは見つかるかもしれぬがな」
 ベルベロッテは琥珀色の液体で唇を湿らせた。
「徹底していらっしゃる。御令嬢は、さぞ、失意されましたでしょうに」
「さあね。こそこそと逃げ回るという事は、本人にも後ろめたさはあったのだろう。
 それに、私の手引きかどうかは計りかねているだろう。“強盗”のていで死んで貰ったからな」
「それでは、本命の御相手は……」
 言った男の相貌を、ベルベロッテがじろりと睨み付けた。
「ふん、分かっておるくせに。まあ良い。貴殿が私に利益を齎せばそれでよい。
 そうであろう? 我が“息子”よ!」


 ―――夜ごと密やかに開かれる享楽の宴。
 その日、ベルベロッテはとある催しに招かれていた。
 静かに流れる弦楽。
 五十人は入れるだろうか、その豪奢な部屋は、後ろめたいような薄暗さの視界に調整されていた。そして、参加している全員が仮面を身につけ、その下の素顔を覆い隠している。
 身分を明かさぬことだけが約束事の色狂いの≪仮面舞踏会≫(マスカレイド)。
 即ちそれは、極めて貴族らしい、お遊び事。
 只々快楽に溺れる為の口実。
 誰が誰で、誰で誰が。
 ―――“息子”は、ベルベロッテのその純粋なまでの貴族主義を見抜いていた。彼はベルベロッテの嗜好を理解している。だから、此処へ呼んだ。
 ベルベロッテは口の端を歪める。お互い様だ。ベルベロッテも彼の思惑などは百も承知なのだから。こうやって腐敗は病魔の如く進行していき、そして、レガド・イルシオンは今日も平和な外面を維持し続ける。それでいい。少なくとも、自分が存命の間は。
 何人もの女が、ベルベロッテを誘う。
 だが、彼は一向にそれを無視し続けた。
 只の女に、興味は無い。
 大抵のモノは手に入れてきた。女だって例外では無い。
 そんな己の、忘却されてしまった強烈な飢餓を―――想起させる、そんなモノを。
「ほう」
 ふとベルベロッテの視界が一点に集中する。

 薄暗い部屋の更に照度の低い片隅。
 艶やかな舞踏を披露する―――異国の女。

 扇情的なベリーダンスの衣装と黒猫のマスク。
 露わになった皮膚は、褐色の絹の様にきめ細かく。
 何より女の、その動作が、指の動き一つに至るまで。
(―――美しい)
 ベルベロッテは吸い込まれる様にその女の元へと足を進める。
 辺りは同じように、魅入られた仮面の男達が、好色の視線で女を見入る。しかし、女は気にも留めず、只々踊り続ける。
 ぴたり。
 突如、女の舞踏が終わる。すらりと伸ばされた美しく、そして程よく細い腕が、指が、ベルベロッテを一線に捉えていた。
 眼には見えぬ視線が、交錯する。女の口元に、微笑が携えられた。
「わたくしの舞踏、気に入って下さって?」
 ヴァイオリンのA弦が鳴る様な、落ち着いた美しい声色が滑らかに響く。周囲の男達は興が削がれたかの様にその場を離れていき、そして、ベルベロッテだけが残った。
「レガド・イルシオンのものではないな」
「貴族様は、純潔以外は御嫌いでございますか?」
「私は美しいものであれば何でもいい。その上、私の飢餓を呼び起こすならば尚更だ。
 ―――貴女の踊りは、酷く私の喉を渇かせる」
「懐の深い貴族様だこと。ええ、実は、わたくしも……とても、喉が渇いておりますの」
 じろり、と仮面に隠されたベルベロッテの瞳が蠢く。
「場所を変えようか。極上の酒を用意させよう」
 女が伸ばしていた美しい手を、ベルベロッテが取る。
「それは嬉しゅうございます」
 女は、妖しく頷いた。


 別室は、この宴の為に用意されたものだ。その中で何が行われようと”主催者”の知った事ではないし、もっと云えば、―――それこそがこの舞踏会の目的であれば。
 ベルベロッテは給仕に持ってこさせた酒を、そのままグラスに注ぐ。受け取った女は薄い唇を蠱惑的に開いて、「乾杯」とベルベロッテのグラスに合せた。
 装飾の施され、純白のシーツに覆われたベッドに腰掛ける女。ベルベロッテは彼女の躰を見回し、改めてその完成された美しさに舌を巻いた。
 ―――欲しい。
 それがベルベロッテの純粋な感情。金で全てを手に入れてきた彼でさえ手を伸ばす妖艶さが、その女から滲み出ていた。
 二言三言の言葉を交わすうちにベルベロッテは不意に立ち上がる。そのままベッドの淵に腰かけた女を押し倒すと、ベルベロッテの直下から薫る煽情的な香水の匂いが、また彼を強く揺さぶった。
 女とベルベロッテの顏は三十センチ程しか離れていない。無言のままベルベロッテが女のマスクを取り去ると、金色の瞳が凛と彼の視線を射抜き返した。
 艶麗なその顔立ち。ベルベロッテは思わず、動きを止めた。
 止めざるを得なかった……それ程の美貌を前に、彼は。
「連れていって差し上げますわ、”向こう側”へ」
 ベルベロッテの頬に、女の冷たい掌が添えられる。
 そして。
 暗転。

「―――は?」

 気が付けば、互いの位置は逆転。
 ベルベロッテの上には、馬乗りになった女。
 妖しく微笑むその婉前さはそのままに、女の表情には違う表情が孕まれている。
 ―――豹。
 ああ、それは獲物を前に舌なめずりする狩人の”それ”に違いない。
「そういう趣向かね……」
 そう呟きかけたベルベロッテは、しかし、首元の冷徹な痛みに意識を奪われる。
 短い悲鳴。
 ベルベロッテの首元には一つの血筋。
 女の手には、煌めく短刀。
 抵抗しようとしたベルベロッテ、しかし、音はすぐさま彼の腕、足を絡め取り、
「―――っ!」
 形容しかねる叫び声が、ベルベロッテの口から溢れだす。仕様も無い、四肢を一瞬にして手折られたのだから……。
「大丈夫。外には誰も居ないから、存分に貴方を甚振ってあげられるわ。
 ―――そういう契約なの」
 脇腹に鋭い痛み。次のナイフが刺されていた。
 絶叫。
 命乞い。
 罵倒。
 謝罪。
 あらゆる感情がベルベロッテから流れ出しても、女の貌色は何も変わらない。
 ベッドを中心に、同心円状に広がる凄絶な血飛沫。
「そろそろね」
 ベルベロッテの様子を見た女は呟く。
「だ―――だれに」
 断末魔の様に、ベルベロッテは吐き出す。
 女は一つの溜め息を吐く。
 知らなければシアワセなままで逝けるのに。
 何故、ヒトは知りたがってしまうのか。
 それがヒトの業か。
 自分も業か?
 ぐいと女はベルベロッテの貌を近づける。
 吐息は限りなく甘く。
 言葉はこの上なく毒だ。
「クライアントは、貴女のお嬢様よ」

「―――残念だったわね、”パパ”」

 猛然と振り返ったベルベロッテの視線の先には。
 部屋の隅に立ち尽くし。
 壊れた様に笑う、自身の娘が立っていて―――。

 次の瞬間。
 女はベルベロッテの首を鮮やかに刎ねた。

 ―――そして、女は男の最期の恋人となる。


 父親の醜悪な頭部を抱えて、高らかに笑いながら娘は部屋を飛び出して行った。
 女は自身の衣服だけ取り換えて、すぐに部屋を出る。
 仕事は終わった。
 ……ふと、隙間から花弁が堕ちる。
 枯れかけの花。
 コルチカムの花。
 ひょいと一片摘み上げ、女は思わず破顔する。
 思い出した。
 確か、私も……。
 “あのヒト”の首を刎ねて……。
 頭を抱きかかえていたんだっけ……。

「ふふ、どうしてヒトって―――」

 こんなにも貌を、欲しがるのかしら?


 そして、女たちは飛び立っていった。
 
 ―――黑豹の優艶なる女、その名を、リノ・ガルシアと云う。

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