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イラスト詳細

Memory

作者 久部ありん
人物 Solum Fee Memoria
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

8  

イラストSS

Solum Fee Memoria

●夢
 ――夢とは、理想で出来ている。

 甘い幻想が蜜のように浸る。そこに在るのは偽りの安寧と、ただただ確かな安らぎである。
 そこに確かに在ったことを確認する行為。あるいは、そこにそんな可能性が起因することがあった、という自分のための理由。
 誰のためでもない、ただ、ひたすらに自分を愛でる行為を、人は夢と信じていた。
 
 ――だからこれも、所詮は一欠片の夢に過ぎない。
 
「ゆうしゃ!」
 背の低い少女、Solum Fee Memoria(p3p000056)が笑いながら駆けていく。猫のような耳をぴんと立てて、これからの未来全てが希望に満ち溢れているかのような微笑みを作り出して走っていた。
 その先には青年がひとり。
 青年が振り返ると、ソフィーはその腰元に抱きついた。青年は少しばかり慌てたが、すぐに苦笑へと表情を移ろい、やがては笑顔でその少女の頭を優しく撫でた。
「ゆうしゃ! ねぇねぇゆうしゃ! あそんであそんで!」
 少女は青年の服をぐいぐいと引きながら、顔を真上に上げ、満面の笑みで駄々をこねる。
 仕方ないな、と青年は微笑んだ。
 そっと彼女を抱きしめて、頭を撫でた。
 とても優しい手付きだ。愛しい、が内包された仕草。
 その仕草だけでも、世界中の全てのひとびとが幸福という象徴であるかのようだった。
 そう、夢はいつだって優しい。
 それが、夢という本質だということも知らずに、ソフィーはただ無邪気にも笑っていた。
「えへへ! ゆうしゃは、ずっといっしょにいてね!」
 今度はぎゅう、とソフィーが青年を強く抱きしめる。青年はもう一度優しくソフィーの頭を撫でた。
 それから抱きしめていた腕を離すと、青年は懐から猫じゃらしを取り出した。予め用意しておいた、彼女と遊ぶための必需品だ。ひょいひょいと軽くソフィーに向かって吊り下げてやる。それに反応して、嬉しそうに少女が跳ねる。ぴょんぴょんと身軽に猫じゃらしに向かって猫パンチを繰り出した。しかし青年の動作も慣れたもので、なかなか猫じゃらしに当てさせない。たくみに手首を動かして、それを自由自在に操っていた。
「むう……!」
 なかなか思うように当てられない不服さに、尻尾を揺らしながら悔しそうにソフィーが唸る。本気と本能で一生懸命に猫じゃらしと戯れるその姿を見て、青年は思わず笑ってしまった。
 やがて青年が猫じゃらしを捨てて、草原へと寝転んだ。腕を頭の後ろで組んで、ぼんやりと空を眺めている。ソフィーもそれにならって、青年の傍へと寝転んだ。同じような仕草で空を見つめていた。何が楽しいのだろう、と少女が青年の方へ無言で顔を向けると、青年はその視線に気付いてくすりと笑ってみせたが、それだけだった。
 爽やかで涼やかな風が吹いている。優しい風だ。こんなにも優しい風は、きっとどこかで誰かの涙を拭いている。
 空は青い。薄い雲が少しだけ浮いていた。日差しは強くない。気温は暑くもなく、寒くもなかった。あれだけ飛び跳ねたけれど、ソフィーの息はあがっていない。あれくらいならば、ちょっとした運動、程度のものだ。
 のんびりとした時間が流れる。
 世界中に自分たち2人しかいないような気分だった。この青空を眺められることが、どれほどの幸福だろう。それくらい、この青空を二人占めしている。近くに人の気配はない。この場所には、自分たち2人しかいないのだ。そう、2人しか。

 やがて、ソフィーがうとうとと船を漕ぎ出した。そして青年に身を寄せて丸まると、すでに重そうな目蓋を閉じる。
「ゆうしゃ……」
 寝言か否かの小さな言葉をこぼして、すうすうと少女は寝息をたてる。
 青年は横向きになって、肘をついて頭を支えた。自身にくっついて眠る少女の髪に触れる。愛おしそうに、それは何よりも大切なもので、誰にも傷つけさせたくなくて、ずっとずっと傍に居て欲しくて――ただ、恋しかった。
 少女の髪をさらさらと撫で続ける。
 やがて、青年も眠りに落ちた。

「ん……ゆうしゃ……?」
 ソフィーが目を覚ます。目元をこすりながら、身体を起こした。

 ――いけない。

 何かが電流のように身体を走った。

 ――いけない。

 青年の姿がない。どこに行ったのだろう。

 ――それ以上は、いけない。

 振り返ると、遠く離れた場所に青年の姿が在った。
 少女は笑顔でそちらへ駆け寄る。

「ねぇ、ゆうしゃ!」

 少女の声に答えて、青年がゆっくりと振り返る。
 
 ……信じていたのに。

 その絶望に染まった瞳が、ただソフィーを見つめていた。

「――――――――――――――――――――…………」


●現
 ――夢とは、感情で出来ている。
 
 夢は現実を忘れ、逃避し、仮面を被って悪を絶つ。
 淀み腐った現実の成れの果て。
 毒のように苦く、果実のように甘い。
 それはひどく残酷で、幸福で、無慈悲で、慈悲深い。
 その夢が幸福なものならば幸いだ。君はそれ以上苦しまずともよい。
 その夢が不幸なものならば絶望だ。君はその荷重に押しつぶされて溺死する。
 幸福と不幸の区別が出来ないのならば、君は世界で一番の幸せ者だ。
 救済を与えられ、のちに夢に溺死するだろう。

 ソフィーが目を覚ます。
 テーブルに並べられたカトラリィのように、目覚めると現実が陳列していた。現実と思考回路を定着させるために、少しばかり時間を要した。傍に置いてあった水差しからコップに水を注いで一気に飲み干す。ひどく喉が乾いていた。

 何か、夢を、見ていたようだ。
 遠い遠い、帰らない過去の夢。
 懐かしい、というのだろうか。
 それとも、狂おしい、というのだろうか。

 夢のことを思い出す。まだ起きたばかりだったのが幸いしたか、細部まできちんと思い出せた。これを幸いと呼ぶのであれば、名の通り不幸中の幸いだ。
 壊れた心が思い出す。あれはもう過去のことだと。
 きっとあの時の感情に、あえて名前をつけるのであれば、ソフィーは"ゆうしゃ"が"すき"だったのだ。誰よりも大切で、傍にいるだけで嬉しかった。脳裏をよぎるのは彼の笑顔や困った時の顔。今でもどこかで、彼は生きているのだろうか。
 だが、"ゆうしゃ"が"すき"だったあの頃は、もう、戻ってこない。
「……ゆうしゃ」
 そっと小さくつぶやく。
 もうきっと会えないけれど。
 もうきっと笑ってくれないけれど。
「……"すき"」
 両手で顔を覆う。涙なんて出やしないのに。
 言葉にしても、その言葉は自身の中に染み渡らない。
 理解が出来ないのだ。
 わからない。その感情の意味も、理由もわかっているのに。
 でも、わからないのだ。
 どうしても、どうしても。
 もう、失ってしまったから。
 迫害を受けたあの時に、全て消し去ってしまったから。
 その優しすぎる過去の告白は、朝露と共に溶けていく。
 窓の外は白んでいる。じきに朝日が昇るだろう。
 そんなことを感じながら、もう一度だけ目を閉じる。

 ……ゆうしゃ。あなたはいま、どこにいますか?

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