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イラスト詳細

イシュトカ=オリフィチエという人物について、あるいは一枚の絵と商人のお話

作者 田辺正彦
人物 イシュトカ=オリフィチエ
イラスト種別 一周年記念SS

9 

イラストSS


 ──結局のところ。
 彼、イシュトカ=オリフィチエ(p3p001275)は、純然たる善性とはさして縁のない存在と言えるのだろう。

「お願いしますっ!!」
 某日。
『ちょっとした手伝い』の為、友人に家へと呼ばれたセレネ(p3p002267)は、扉を開けるや否や聞こえてきた大声に目を丸くした。
 視線の先には若い男性の姿。深く頭を下げて懇願し ている様子の彼へと、イシュトカは困った様子で言葉を返す。
「何度も言うが、既に決まっている商談だ。今更反故にはできないよ」
「少しの間だけで良いんです! きっと、あと少ししたら、母は……」
 忸怩たる表情で言葉の先を噤んだ男性に、イシュトカはしかし、きっぱりと言葉を返す。
「お引き取り願おう。君の母上には似通った代わりの品を贈ってある。
 『君は嘘を吐くことが苦手なようだが』、どうにかそれで納得して貰うよう、母上を説得することだな」
「……っ!!」
 激情に圧されながらも、去り際「失礼します」と言った分、男性は良くできた人間と言えた。
 事情も解らず呆然と立ちつくすセレネを過ぎって、玄関から出て行った男性。それを見送ったイシュトカ は、其処で漸く気付いた様子で彼女に声をかけた。
「来てくれたか。早速だが、荷運びを手伝って欲しい」
「……今の方は?」
「道中、説明しよう」
 苦笑混じりに、イシュトカはセレネに応えた。


 要は、単純な話だった。
 先ほど訪れた男性の父親は、嘗て高名な画家として幻想で名を馳せていたらしい。
 その画家が晩年、自らの妻──要はあの男性の母親に向けて描かれた絵を、偶然からイシュトカが手に入れ、さる幻想貴族が彼から買い取ったというわけだ。
「調べてみれば、件の画家の家族がその絵を手放した理由も幻想貴族にあったらしい。
 公私に及んで金銭面で圧力をかけて、絵を金に換えることで手放さざるを得なくした、という形でね」
「… ……………それは」
「幻想貴族らしいやり口、そうだろう?」
 今現在、一つの絵が梱包された箱を前に、それを守るイシュトカとセレネは荷馬車の中で会話をしていた。
 美術品や衝撃に弱い薬品等を運ぶことを目的に作られた荷台は、首都の石畳の上を歩きながらも大きく揺れることもなく、それだけに周囲の喧噪と──イシュトカの声が良く響く。
「……先ほどの男性の母親は、病気にかかって長くはないらしい。
 それ故、彼は今運んでいる絵の『レンタル』を申し込んできた。せめて母が亡くなるまでの間、と」
 だが、それは到底受け付けられなかった。
 既に男性が来た時点で幻想貴族との商談は済んでおり、更に期間の分からない貸し出しなどはリスクが大きすぎる。それが一点 物となれば尚のことだ。
「ゆえ、彼の母親には代わりの品を贈らせて貰った。せめてそれを末期の慰めにして欲しい、とね」
「……私には、絵のことも、それに込められた想いも分かりません、けど」
 ──イシュトカさんは、それでいいんですか?
 殊に付き合いの長いセレネは、イシュトカの判断に対して疑問を呈した。
 その発言の裏にある意図を察したイシュトカは、淡々とした声で言う。
「……例の幻想貴族は、この絵を一目見ていったよ。『流石はかの画家の絵だ、見る者全ての目を奪うだろう』とね。
 相応しい審美眼を持つ者には、相応しい絵が必要だ。だから私はこれを売ることにした」
 ……その言葉に、セレネは少しだけ首を傾げる。
 何かが発言から抜けている。 その違和感が掴めそうで掴めない。
「イシュトカ、さん。えっと、その絵は──」
「良い商談だったよ。つい先日見つけた二束三文の贋作が、こんな高額で売れることになろうとは」
 ──セレネの思考が、そこで漸くかちりと嵌った。

「今運んでいる絵の」
「この絵を一目見て」
「相応しい審美眼を持つ者には、相応しい絵が」

 そうだ。確かに、彼は。
 眼前の友人は、この絵が真作だとは一言も言っていない──。
「待、ってください! それじゃあ、あの男の人に渡した『代わりの品』って……!」
「ああ」
 その言葉に、イシュトカは再び苦笑を浮かべて答える。
「逆に、あちらは大損だったね。
 ともすればどれだけの高額も吹っ掛 けられたろう品物を、タダで譲ることになったのだから」


「……ごめん、母さん」
 その『代わりの品』を贈られた男性の母親は、実際にそれを目にしてふと微笑む。
 気落ちした様子で、『贋作しか譲って貰えなかったと思いこんでいる』息子に、母親は静かに言った。
「いいえ。あなたのその努力だけでも、私には十分に嬉しいわ。
 それに、この絵だけでも十分。あの人が描く様を思い出せるくらいよ」
「……俺、もう一度話してくるよ!」
「お止めなさい。それより、水を持ってきてくれないかしら。少し喉が渇いて」
「……分かった」
 悄然とした様子で部屋を出た息子を見送った後、寝台から身を起こした母親は、少しばかり手を伸ばし、絵画の裏面のあ る部分をそっとなぞる。
 目に見えないほど小さく、薄く傷つけられた其処には、贈り主である画家と、贈られた自身の名前が描かれていた。
「……変わった方もいるものね」
 くす、と笑んだ母親は、再び寝台に身を預けた。
 符丁としてはあまりにも安易なこの傷を、普通の鑑定人が見落とすとはどうにも考えにくい。
 ならば、意図して自分達にこの絵を贈ったのだろう。それも、わざわざ贋作だと偽ってまで。
 嘘を吐けない性分である息子が、真実を知って周囲に漏らすことがないように。
 ──その為に、自らが恨まれることを気にも留めず。
「何時の日か、その商人さんにも会ってみたいものだわ」
 息子が近づいてくる足音を耳に、母親は瞼を閉じて考える。
 きっと、 その商人は計算高く、時として偽悪的で。
 それでもきっと、誰かの幸福のために行動できるような、そんな人物なのだろう、と。

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