PandoraPartyProject

イラスト詳細

ロクとカエルと森の楽園

作者
人物 ロク
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

10 

イラストSS

●楽しい雨模様

 ──たん、たたん。たたたたん!

 幻想の石畳を雨粒がはねる。
 あ、と空を見上げる間もなく、それは勢いを増して、今度はざあざあと降りしきる。
 突然の雨に通りを行き交う人々は慌てて建物へ駆け込み、また家路に向かって足を早めた。
 そしてすぐに、雨にけぶる通りは無人となった。
 そこに、ひとりぽつんと歩く小さな影。
 濡れた毛並みはぴたりと身体に張り付き、常よりもひとまわりも小さく見える。
 彼女はブルーブラッド。オオカミに憧れ犬として育てられた雌のコヨーテ。それから、特異運命座標(イレギュラーズ)のひとり──『脳内お花畑犬』のロク。
 本犬はこの雨の中、今日も警戒心薄く愛嬌あるイエイヌのごとし性格をいかんなく発揮して、この突然の雨の散歩を楽しんでいた。
「わあ、すてきだね!」
 ヒンヤリと冷えた空気、突然顔を変えた幻想の街並みをロクは好奇心いっぱいに楽しんでいた。
 ところどころレンガの欠けた、あまり水はけのよくない石畳、灰色の雨模様。それが、足取り軽く進むロクによって素敵な世界へと変わっていく。
 灰色と黒のまだらの曇り空も彼女にとっては渦巻き表情を変える大理石のよう。暗くなった空に慌てて灯した光が窓から漏れて、軒から滴り落ちる雨垂れを輝やかせている。
 ロクの耳はぴんと真直ぐに立った。
「きれいだね! ふああ、冷たい!」
 うきうきと歩くロクの足元で跳ね上がる水。街の匂いが雨に流されて変わっていく。静かなのに賑やかな雨滴が奏でる音楽が、適度に冷たい雨粒が、心地よい。
 ──楽しいな!
 大きく跳ねて、着地した前脚がびしゃんと大きめの水たまりに突っ込んだ。
 勢い良く跳ね上がる水飛沫。
 それと一緒に飛び上がる青緑のなにか。
「あっ、カエル!」
 よくのびた脚とくりんとした目がロクの瞳に映った。
 けろ、と大きく口を動かして小さく一声。危なげなく着地した蛙は首を傾げる。
 一歩……、ロクが近づけば、ぴょんとカエルは飛び上がって遠ざかる。
 ぱしゃり、ぴょん。
 ぱしゃり……ぴょん!
「まってまってー! あそぼうよ!」
 わっと嬉しそうにロクはカエルを追いかけた。もう遠慮なしだ。
 水飛沫が小さく大きくぱしゃぱしゃとロクの周りを飛び散って、時折、濡れた石畳につんのめったり滑ったりしながらも追いかけっこが始まった。
 近づく、逃げる、近づく、逃げる……走る、跳ぶ、走る、跳んでいく!
 どれくらい走っただろう。
 気付けば足元は濡れた石畳ではなく短い下草を生やした地面へと変わっていた。
 はたと足を止めるロク。
 カエルは緑の草むらに隠れて見えなくなってしまった。


 そこは、どこでもない森。
 少し緩んだ雨の音に紛れて森の息遣いが聞こえる気がした。
 おーい、とカエルを呼ぼうとして、ロクはぴくりと耳を動かした。
 白雨の向こう、ぼんやり見えるは大きな大きな蓮の葉と、小さな池。

 ──ケロケロケロ、クワァクワァクワア、ゲーコゲーコゲーコ!

 突然、響き出した歌声。
 ぐるりとロクを囲む、数多のカエルたちの合唱の声だ。
 絶えず波紋が描かれる水面。そこから伸びる蓮の茎も葉も池を囲む下草も、皆、輝く若草色緑色。そこにカエルたちがちょこんと顔を出して歌っている。
 ──うわぁ! すごい!
 どこでもない緑の森の奥、ここにあったのはカエルたちの楽園だったのだ。
 変わらず雨脚は絶えないけれど空の雲も少し薄くなり、ところどころに僅かな光の柱が降りた。
 一筋の薄明光線の差し込む先には一際大きな蓮の葉があって、ロクは目を輝かせた。なんとその蓮の葉の上には小さな金の冠をチョコッと乗せた王様カエルがふんぞり返っているではないか。
 カエルの王を囲んだ小さな平民カエルたちは恵みの雨を乞うように歌を歌い、飛び跳ねる。
 それはなんと楽しい光景だろうか。
 トン、タン、トト、タン!
 カエルが跳ねる足元で蓮の葉が太鼓のようなコミカルな音を鳴らす。頭を垂れた草がカサカサ鳴って、花たちが花弁からまあるい水滴を弾き出した。
 カエルたちの歌のようなダンスのような合奏のようなそれは、あっちでこっちで交互に同時に鳴り響く。
 トントン、タタタン! トン、タタタタン!
 カエルたちが歌い上げる、どんどんどんどんその声は大きく楽しくリズムに乗っていく。
「ケロケロケロ、クワアクワアクワア!」
 小さなカエルたちは、自分たちを見て嬉しそうに尻尾を振るロクを気にする様子はない。
 特に歓迎されているわけじゃないけど嫌われてもいないようなので、ロクは気にせず楽しんだ。
 タンタン、タタタン!
 トン、ケロ、クワクワ!
 どんどん彼女の尻尾が身体が、歌に合せて大きく揺れ始める。
 ──たのしい、たのしい、楽しいね!
 そして、陽気なコヨーテはついに我慢できなくなった。
 音に合わせて尻尾を振って肩を揺らして、ロクは平民カエルの歌声にあわせて一緒に元気いっぱい歌い出した!
 だが、ロクは小さなカエルではなくコヨーテだ!
 ケロケロ、ゲコゲコ、波のような歌声に合せて、彼女の口から飛び出した歌声は元気に大きく!
「ウ……オオーン!」
 高く空気を震わすような遠吠え。
 重なった歌は一瞬とても綺麗なハーモニーを生み出したけれど、カエルたちは一気に静まり返った。
 ぴたりと、歌声がやんだ森には静かな雨音だけが響き渡る。
 驚き顔で元々ぎょろりとした瞳を丸めて、王様カエルは寝転がった身体を更にガクンと崩した。
 しとしとと雨降る中で、冠を直す王様カエル。それを囲む平民カエルたちはロクを見上げた。
 ロクの両耳がしゅんと、しおれかけた。
 ──ケロ。
 ぴくり、とロクの耳が動く。
 ──ケロケロケロケロ……!
 静かにゆっくりと、波紋のように森に広がる嬉しそうなカエルたちの歌。
「う、わおーん!」
 徐々にまた楽しく、弾むようなカエルの歌声。今度はそこにロクの嬉しそうな歌が混じる。
 重なり交じり合って広がる彼女達の歌の波。
 リズムと一緒に浮き立つ心はわくわく飛び跳ねて、ロクの周りでカエルが跳ねる。カエルたちの表情は解らないけれど、そこに「楽しい」は満ちていた。
 止まらない歌はどんどん大きく騒めきだして、それに呼応するように雨も強くなっていった。
 強く強くつよく──……。
 それはもう、雨とは言えなかった。
 それはもう、嵐のようで。
 ざああああああ──どんどん強くなる、どんどんどんどん大きくなる、騒めき出す。
 それが、もうカエルたちの歌声なのか雨の音なのか、ロクにはわからない──。



 ──ふと。
 ロクは眼前が灰色に覆われていることに気付いた。
 いや、違う。
 これは、閉じた瞼が明るい光を通して輝いているのだ。
「……あれ……?」
 ゆっくりと瞼を押し上げて、ロクは自然と身体を震わした。
 明るい太陽の光が差し込んでいた。のどかな一日の空気、青空と優しい風を感じる。
「ん……」
 もう一度身体を揺らして、今度は大きく手足を伸ばした。
 そこはいつもの、慣れた彼女のねぐら。
 外は快晴、さっきまで降り続いていたはずの雨の気配はさっぱり感じられなかった。
 ──夢か?
 呟くロク。
 その傍で小さな気配がした。
「あっ!」
 ロクを見上げるくりっとした瞳。鮮やかな青緑。
 ……ケロケロ!
 小さなカエルが元気に答えた。

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