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灯るいのちと、満ちゆくこころ
イラストSS
咲き誇る花々は美しい。白いテーブルクロスの上に、色とりどりの花を飾って。
勿論、黄色と赤と青はお忘れなく。はぐるま姫はテーブルの上に人形用の小さな机を用意して、ふんわりとしたソファに身を沈めた。
対するRemora=Lockhartはクッションの置かれたソファに腰かけ、小さなティーカップに紅茶を注ぐ。
「姫様、スコーンのお代わりは?」
「そうね、いただこうかしら。わたしだけじゃなく、レモラも」
ね、と微笑むはぐるま姫にRemoraはありがとうございます、と柔らかに笑みを溢した。
そうして、居ればはぐるま姫にとって『いのち』を得て、動き始めてみた世界の彩がその心に感じられる。
空っぽだったこころに水を差す様に、ゆっくりと満たされていくのは感情と知識。
初めは笑うことも出来なかった――けれど、今は。
「レモラ」
呼ぶ言葉にはい、と微笑みが返される。レモラだって、ね。
手垢だらけの言葉を口にする事ははぐるま姫にとっても、レモラにとっても、命(あかり)に集うかのようで。
だからこうして二人で穏やかなアフタヌーンティーを楽しんでいるのだ。
Remoraの許にこうして訪れる事にもずいぶん慣れた。黒いからだを丸めた猫に視線を送り、「あなたも一緒ね」と微笑むはぐるま姫はレモラ、レモラ、と何度も繰り返す様にその名を呼んだ。
「わらえるのって、すてきね」
月並みかしらと。陶器の如き雪色の肌に煌めく紫水晶の瞳を細めて。
ふんわりとした金の髪が柔らかな夏風にふわりふわりと揺れている。ティーカップで揺れた水面が美しい。
「両手を合わせて笑う事も。いのちを冒涜する者に対して滾る感情がある事も。
……『おじいさん』が死んでしまったことが、悲しかったのだという事も」
きりり、きりりと音立ててはぐるまが回る如く。はぐるま姫はそう口にする。
「悲しい事は――感情(こころ)とはどうして、こうも不便なのでしょうね。
薄い硝子の様な、膜を張った心で居られれば、傷付く事も知らなかったはずなのに」
「そう、そうね。わたしもそう思う。
感情(こころ)が無ければ、こうして傷付く事も、悲しい事がこの世界に満ちて居ることも知らないで済んだのに。
けれど、歩みを止めることは出来なかったの――『姫君』らしくなるため」
生まれたこころを染め上げるように。いのちの歯車を回し続けて。
Remoraの瞳を覗き込んではぐるま姫は口にする。何処までも歩いて行ける。
「悪辣な傭兵団に脅かされる村を奮起させるために、演説を学んだの。
身に着けた話術はね、幻想蜂起における民草の説得で実を結んだの。それって、素敵でしょう?」
「そうですわ。素敵で、とても尊くて――」
「ええ、ええ。最近デビューした社交界でも優雅な仕草、上目遣いの愛らしさでひとの心を射止められたの。
すべての学びは、どこかに繋がっているのね」
空っぽな心を満たす様に。はぐるま姫の心の中には満たすものがある。
Remoraの色違いの瞳はゆるりと細められる。テーブルの上のスコーンに添えられたクロテッドクリーム。
このお茶会の為に用意した林檎とアプリコットのジャムと共に齧れば、その豊かな味わいが嬉しいとはぐるま姫はほうと小さく息をついた。
「花が咲く様に、花が枯れる様に、世界はゆるやかに変わっていくのね。
わたしはそれすら知らなかった――この世界がどんな場所なのか、いのちを得て、笑う事も知らなかったわたしは」
こうして、スコーンがおいしい事を知った。
こうして、思い出を口にする事を知った。はぐるま姫は柔らかに目を細める。
「わたしはうれしいの。サーカスとの決戦……身を呈して庇ってくれたレモラがいたからこそ、さいごまでたたかえたの」
「姫様」
「ええ、あの背中に対して感じたのは確かな信頼だわ」
貴女が居たから。そうして口にすれば何処までも陳腐だと笑われるだろうか。
こうして繋がっているのだと。目に見えない絆というものがあるのだと知れたそれだけで、この心はどれ程までに喜んだことだろうか。
「うれしいわ。うれしい。わたしはこの感情が何よりも宝物よ」
「ええ、ええ。姫様の瞳は雄弁に思いを語ってくださりますので、私にとっても嬉しいものです。
信頼――その言葉は主従にとってなによりも嬉しい事。ふふふ。こうして幸福だと口にして笑えるそれだけで何よりもうれしい事でしょう?」
主君を多数持つ従者という立場であれど、主人からの信頼は何よりも幸福に感じられる。
Remoraは何処か自信を溢れさせ「素敵でしょう」と瞬いて見せた。
鮮やかな花を飾って、主人の喜ぶアフタヌーンティーを楽しむこの一時で、麗しの姫はもう一度口にするのだろう。
「ねえ、陳腐な感情と笑ってちょうだい」
それでもいいのよ、とはぐるま姫はころころ笑う。
お気に入りの紫の瞳も、おじいさんが与えてくれた優美な姿も。今は彼女を形作る全てなのだから。
「レモラ、笑って」
「いいえ、姫様。私は姫様らしくて素敵だと思います。
何、私にとっては信頼というものはかけがえのない報酬ですわ。その瞳が見たものを教えてくれるのも、そのこころが関z似た全てを教えてくれることも。
ああ、また――あの『ゲーム』の時の様に喋りすぎてしまったでしょうか」
帽子に手を添え、紅茶を口元に運んだRemoraは何処か照れた様に視線を揺れ動かせた。
咲いた花々が風で揺れている。ほら、この素敵な空間でのティータイムはどうも雄弁にしてしまうから。
「姫様は灯台よりも明るい光に照らされているかのような気持ちをくれますから。
私は姫様にふさわしい従者になれたでしょうか? ええ、その報酬の信頼だというのならとても、とても嬉しく思いますわ」
「レモラ、お姫様はこういうのよ。
素敵なお話に対して『嬉しいわ』と華の様に微笑んで――そして、堂々とドレスを揺らして言うの」
――お姫様の物語は、ありきたりのハッピーエンドぐらいで。丁度いいのだもの。