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【明日の私は】一周年記念SS
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●明日の私は
「ほら、早くー!」
ここは【幻想】内にある町。
往来が行き交う真ん中で、金髪の少女が【ヤオ・リウシェン】にそう言い放つ。
「そんな急いでは、はぐれてしまいますよ!」
ぐんぐん先を行く少女を追いかけ、ヤオは少し歩を早める。
何故ヤオがこの少女と行動を共にしているのか。
事の起こりは数時間前に遡る。
~~~
「お嬢様の護衛……ですか?」
「いかにも」
この辺りでは名の知れた貴族の男が、自慢のカイゼル髭を触りながらそう言った。
「儂はこれから我が屋敷にて開かれる会合にて、他の貴族をもてなさねばならん。じゃが、孫娘はどうにも会合の空気が気に入らんようでのう」
小さくため息をつくと、男は話を続ける。
「会合の間、屋敷を出ていると言って聞かんのだ。孫娘の面倒を見るメイドは風邪なんぞひいとるし、儂の護衛はここを守る必要がある」
「なるほど。それで女の私に話が回ってきたという訳ですね」
「うむ。お前さんのギルドには世話になっとるからのう。日頃の礼も籠めてな」
その言葉に、ヤオは若干顔を曇らせた。
彼女は森で倒れていたところをあるギルドに発見され、保護されたという経歴がある。
意識を取り戻した後も、名前などを除く記憶のほとんどを失っていた事もあり、現在もそのギルドに籍を置いていた。
お世話になっているという気持ちから、ギルド内メンバーを始め、これまで関わってきた人達とは良質な関係でいられるよう、配慮してきたつもりだ。
だが、いくら配慮をしたとしても、結果がそうであるという保証は何処にもない。
自身がずっとギルドにいる事は迷惑ではないか?
こうして依頼を斡旋するなど、配慮することに嫌気がさしていないだろうか?
そんな事を考えるときと同じ気持ちが、彼女の心を駆け巡った。
「……なんじゃ? 何か不服か?」
「…・・いえ。どんな事に注意しなければならないか、思索しておりました」
「まぁ良い」
大男の貴族は、ヤオに向かって重量感のある手のひらサイズの麻袋を投げ渡した。
「あの、これって……」
「依頼料と孫娘が何か欲しがった時用の資金じゃ。よいな? 会合が終わる頃には必ず一緒に屋敷へ戻ってくるように」
歩き去る背中を、ヤオは必要以上の重みを握りしめながら見送るのであった。
~~~
そして現在。
件の孫娘は雲間から指す太陽の光に照らされていた。
「ねぇあんた! これ、これ買って!」
そしてキラキラとした瞳でヤオを見つめている。
「……人参のヘアピン、ですか?」
彼女の指さす先には、雑貨屋の飾り棚に置かれた中古品の装飾物があった。
色あせているのは当然のこと、デザイン性などから考えても、とても貴族の娘に合う代物には思えない。
普段は遠慮がちなヤオも、少女のために似合う物を探す。
「えっと……あ、お嬢様には、あちらなんか似合いそうですよ」
ヤオは、混み合う店内に入ると、一番奥に陳列された物を取って、少女に見えるよう掲げて見せた。
シンプルなデザインの中に小さな宝石の輝きが目を惹く、上品な一品だ。
「や! こっちじゃないとダメー!」
「分かりました、ではこちらは戻しますね」
だが、少女は握りしめて離さないほど、人参のヘアピンが大事らしい。
ヤオは先にその分の代金を定員に支払うと、自分のとった物を戻そうと振り返った。
だが運悪く、近くにいた客の緩んだ靴紐を踏んでしまう。
「うわぁ?!」
踏まれている事に気づかず歩き出そうとした客の男性は、バランスを崩し倒れかかってきた。
「なっ!」
咄嗟に男性を支えるも、いきなりの出来事に体勢を崩してしまうヤオ。
「大丈夫ですか? すみません、私のせいで……」
なんとか店内の物に被害を出すこと無く、ヤオは男性客ごと体勢を立て直す。
こうした些細な不運は、彼女に取って日常茶飯事であった。
だが強いて言うならば、タイミングが悪かった。
「むぅ!?! うううぅんー!!?」
「チッ! 黙れこのクソガキ!」
ヤオが目線を店の外へ移すと、丁度少女が口を塞がれ、連れ去られようとする光景がそこにはあった。
どうやら護衛である彼女が少女から離れる瞬間を狙っていたらしい。
「……しまった?!」
ヤオは客をかき分け、急いで店内を出ると、人混みに紛れて誘拐犯と少女の姿は見つけられなかった。
「くっ。それなら!」
彼女は、自身の持つヘビクイワシの翼を広げると、持ち前の脚力を活かして思い切り空へ飛び上がる。
舞い上がった彼女は素早く周囲を確認すると、裏路地に止められていた馬車に向かって走る誘拐犯と少女の姿が確認出来た。
恐らくあの馬車に乗っている男もグルであろう。
「やらせない……!」
翼を大きく一度はためかせ。
彼女は一陣の風となって、誘拐犯と馬車の間に降り立った。
「うぉ!? テメェどっから沸いて来やがった?!」
「沸いた? 仮に私が沸いているとするならば……それはこの身などでなくっ!」
ヤオは一瞬の内に誘拐犯へと間合いを詰めると、少女に当たらない絶妙な位置目がけて蹴りを放つ。
「少女に恐怖を与える貴方達への怒りに、沸いているんですよ……!」
まるでナイフで突き刺されたかのような鈍痛に、誘拐犯は崩れ落ちるように倒れた。
本来ならば、このように怒りを表に出したくはない。
戦闘だってなるべくしたくはない。
だが、先程までとは違う悲しみで光る少女の瞳を前にして、押さえる事が出来なかったのだ。
正義に燃える心も。失態を悔やむ心も。
「そこの馬車の方! 私も人を傷つけることは本意ではありません。今回は未遂ですし見逃しますが……次は容赦できませんから」
ヤオは振り返りもせずにそれだけを言うと、少女を御姫様のように大切に抱き上げ、その場を飛び去るのであった。
~~~
「すみません。私がしっかりしていなかったから、お嬢様にケガを……」
夜もそこそこに更けた頃。
ヤオは、自室で執事からの手当を受ける少女を前に、力なく呟く。
「いえいえ。ケガも、ふくらはぎを近くの屋台か何かに擦った程度。少々血は出ておりますが、もしそのまま連れ去られてしまった場合を考えれば……これだけで済んで幸運だったと言えましょう」
執事は包帯を巻き終えると、食事を用意するから待てと言い残し部屋を後にしてしまった。
怖い思いをさせてしまった少女に対し、合わせる顔がないと感じるヤオにとっては気まずい状況だ。
「ねぇ……」
だがそう思ったのも束の間、少女の方からヤオに話しかけてきた。
「な、なんでしょう……?」
「嬉しかった」
「……え?」
「あんた、ずっとよそよそしかったのに、助けてくれた時は、本当に怒ってくれてた」
子供ならではの感性と言ったところであろうか。
一緒にいる間、ヤオが何かと自分に気を遣っていた事を感じ取っていたようであった。
「誘拐されたのは怖かったけど、あたしは、そっちのあんたの方が、す、好きだから!」
それだけ言うと、少女はベット上にあった人形を掴み嬉しそうに顔を埋める。
兎を模したそれの耳には、あの騒動の中でも大切に握りしめられていたヘアピンが淡く輝く。
自分の気持ちをさらけ出すことは、相手に自分をぶつけてしまう事である。
それは往々にして、相手に迷惑をかける事である。
それが彼女の中に存在する掟。
今日、ヤオは確かに自分をさらけ出してしまった。
だが、目の前にはそれを迷惑と感じず、喜んでくれた人がいる。
迷惑をかけたくはない。
誰かを守りたい。
どちらも人を想う心なれば、きっとそこに根本的な違いなど存在しない。
笑顔を浮かべる少女を前に、ヤオは自身の心がほんの少しだけ暖かくなった事も、
雲が晴れた夜空に流れ星が流れたことも、今はまだ気づかないのであった。