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ポテト チップの一周年記念SS
イラストSS
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金の光を讃えた琥珀色の瞳を瞬かせたポテトは、窓から見えるアジュールブルーの空を見上げていた。
暖かな調度の室内からは、カタカタと湯の沸く音が聞こえてくる。
テーブルの上にはベリーが添えられたカップケーキと、しっとり柔らかいクッキー。
開け放った窓から流れる風は涼しく。ポテトの薄茶色の髪を優しく揺らした。
「お茶の用意が出来たよ」
「ああ、ありがとう」
振り向けば朗らかな笑顔を向けた最愛の人。瞬く星の名を冠した青く優しい瞳。
差し出された手に誘われてソファーに座れば、隣に腰を下ろす彼の横顔が見えた。
慣れた手付きで紅茶を用意するリゲルを見つめていると、じんわりと胸の奥が温かくなってくる。
同時にふわりと茶葉が香り立った。
遠国、霧深い山で採れた高山紅茶。夏摘みといえばこの茶葉のクオリティシーズンで、淡い青味のある白茶のような春摘み、そしてどっしりとふくよかで香ばしい秋摘みの、ちょうど中間に当たる。
ポットの中でたっぷりのお湯に茶葉を躍らせて。コジーを被せてしっかりと保温する。
上品なポットの中で、ゆったりと揺蕩っているであろう茶葉の様子を伺い知ることはできないが。
「次はどこに行こうか」
ふいにこぼれた呟き。
「そうだな……」
どこがよかろうか。
これまで二人が積み重ねた一年という歳月は短くて、けれど密度は高い。
胸に過った二人の回想は、葉を蒸らす五分の時間を瞬く間に奪い去り――
「そろそろだな」
「ありがとう」
こぽこぽと小さな湯音を立て。
明るい色合いの茶をカップに注げば、マスカテルフレーバーが鼻腔をくすぐってくれる。
幻想の一部では紅茶の渋みというのは歓迎されない向きもない訳ではない。
だがこの茶葉は別だ。
爽やかな渋みが、甘味と実に良く合う。
そういえば――と。クッキーをひとかじりしたポテトが答えた。
夏の日差しの中で漣を聞きながら揺蕩った記憶は、まだ鮮明な彩りで二人の瞼に焼き付いている。
ホリゾンブルーの空に真っ白な入道雲。程よいあたたかさの温泉に、パライバトルマリンの海の色。
纏わりつく熱気も体を攫う波の満ち引きも。どの場面だって眩しく輝いていた。
ならば今度は。
「紅葉を見に行くのも良いな」
春よりも濃い秋の彩りはあたたかい。
リゲルが手に取ったカップケーキ。それを彩るアンゼリカの緑にドレンチェリーの赤が想わせた光景――
緑の中に、ただ一枚だけ赤くなった葉を見つけるのも心を擽られるだろう。
それからもう少し山奥へ。あるいは秋が深まった頃。エンバーラストに色づいた紅葉が山を染める風景は、きっと圧巻に違いない。
「また一緒にお弁当を作って持って行こうか」
バスケットの中はみずみずしいレタスとツナを挟んだサンドイッチだろうか。
それとも、タコさんウィンナーと黄色い卵焼きに、のりを巻いたおにぎりだろうか。
清爽な風は二人の髪を揺らし、少し冷えた手を握り会うのかもしれない。
「楽しみだ」
リゲルが微笑んでポテトの肩に手を回す。左肩に感じる手の暖かさに指先を合わせれば、応えるように彼の指が動いた。
少しだけ触れて、追いかけるように指を絡め、遊ぶ。
誰にも憚られる事のない二人だけの時間。
お互いだけを見つめていられるこの一瞬が嬉しくて、そっとリゲルの頬に頭を寄せた。
それを自然に受け止める彼も同じようにポテトの頭に寄り添う。
「秋に着けるカバーは何色が良いだろうか?」
ソファに掛かった夏色のカバーを撫でながら、ポテトは顔を上げた。
二人で選んだ真っ白なソファーには四季の彩りが乗る。
「カボチャのオレンジ色もしっとりとした栗色もいいな」
ほっこり暖かい色合いのカバーを掛ければリビングに秋が広がるだろう。
シンプルなカフェテーブルも、ダイニングにあるペアの椅子と可愛らしい小さな椅子も。
季節の移り変わりは足早に掛けて行くようで――
「もう、一年か……」
大召喚のあの日、ローレットの片隅で、歪な均衡の上で回る世界の破滅さえ願ったリゲル。
あるいは本当にほしかったモノは。絶望の先――割れたパンドラの箱から最後にこぼれ落ちるであろう綺羅星の欠片だったのではないかと。
青い瞳は大勢の人の中に、野菜を抱えた少年めいた中性的なポテトを捉えていたのかもしれない。其処に聞こえたのは誰かを模した様な繕った声音だったのだろう。
さりとて。
二人は出会い。共に惹かれ合い。『変化』を遂げた。
破滅からの自由を。ありのままの自分を。
広がる茜色。夕焼け染まる街を覚えている。
髪攫う風と輝くペリドット。真剣なシリウス・ブルーの瞳を覚えている。
共に歩むと誓った言葉を。
忘らるる事なぞ出来はしない。
―――
――
「落ち着いたらルビアさんに挨拶行かないとな」
ポテトは紅茶を一口転がして、リゲルに視線を向けた。
聖教国ネメシスにてアークライト家を一人で支えているリゲルの母、ルビアは気品があり大層美しいと聞く。リゲルが紅茶を嗜むのも母の影響が強いのだろう。
「その時はちゃんと紹介するよ」
いつか元の世界に帰る事が叶うのなら。兄達に最愛の人を紹介すると紡いだあの日と同じように。
「私もちゃんとリゲルを幸せにすると約束する」
琥珀色の瞳は真剣な色合いを帯び。リゲルは楽しみだと微笑んだ。
いつもの様に優しく笑みを零す彼を驚かせたくて――
ポテトはリゲルの肩を掴んでソファに押し倒す。
「おっと! どうしたんだポテ……」
さらりと少女の髪がリゲルの頬に落ちて、柔らかな唇が小鳥の喋みの様に重なる。
「それで」
間近に感じる金の瞳。リゲルの耳にまで届く鼓動と、オパール・ローズに染まる頬。
改まって伝えるのには、きっと勇気がいるから。
いつもより大胆に。唇に想い乗せて。
「一緒に幸せになろう」
屈託のないポテトの笑顔。幼さの残る、ありのままの『少女』の姿。
内側に隠れていた『素』のポテトを見つけ出したのは、他でもないリゲルなのだ。
青き輝きは未発達だった精霊の心を揺らし、震わせ変化を齎した。
あたたかい温もり。優しい笑顔。己が道を切り開く騎士としての矜持。
心から安心できる場所はリゲルの側なのだと、少女の瞳は語る。
愛おしさが溢れ。リゲルの耳も赤く染まっていた。
静かなリビングにお互いの鼓動と吐息。ポテトの肩を抱きしめれば、柔らかさが心地よい。
「あぁ、二人で一緒に幸せになろう」
指先に落ちるキス。次は手の甲。肩と首筋。
鼓動は高鳴り。
「リゲル」
恥ずかしさから彼の名前を呼べば。抱きしめられた腕に力が籠もる。
もう片方の手はポテトの頭を撫でていた。
ふいに、頭を引き寄せられて、唇が重なる。
「ポテト」
耳元で囁かれれば、頬に朱が増した。
逞しい胸板も。青い瞳も。銀の髪も。優しく名前を呼ぶ声も。
全てが大切で、愛おしい。
「好きだ」
いくら伝えても伝えきれない。
溢れる愛情。
絡まる指先に感じるのは、いつもより熱を帯びた鼓動。
二人だけの時間。
甘くて切なくて。
収まらない心臓の音。
紅く染まる頬。
大地の琥珀は空の青星を見つめていた――――
――――
――
開け放たれた窓から、小さな精霊の声が聞こえてくる。
二人を呼ぶ愛らしい声に。今日は迷子にならなかったのかと安心して。
きっと友人たちが近くまで送り届けてくれたのだろう。
マジョリカ・オレンジの夕日を連れて玄関を開ける小さな背を。
――――おかえり
手を広げて迎えるのだ。