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サーシャ・O・エンフィールドの一周年記念SS
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●『Closed』
慣れたものだ。扉が開く、鈴の音にも。
「――おいおい。始めるにはまだ少しばかり、早いんだが?」
手に持っていたカップをテーブルの上へ。Closed。そのようにしていた筈の開かれた扉へと目を向けるパーセル・ポストマン(p3p000075)は『茶会』には早いと来訪者へ言葉を述べた。
ここは喫茶店。隠れ家の如く街の中に佇む――キャリー喫茶店だ。そこへ訪れたのは。
「いやー今日はつい早く出ちゃった次第でして。あっここに座っても?」
「聞きながら座るなよ。ま、構わないけどな」
サーシャ・O・エンフィールド(p3p000129)である。キャリー喫茶店では毎週日曜に知り合いでの集い『茶会』が行われている。普段は使われていないテラス席も解放されて――と言ってもそこは冬には閉められるのだが。大層賑やかになる集いなのである。
ともあれそれは始まって以降の話。サーシャはカウンターの席へと腰を落とせば。
「そろそろ一年、ですか……色々ありましたですねぇ」
静かなる店内で時の流れを振り返るものだ。
一年前、と言うと思い出すのはまず『スクランブルハロウィン』の事だろう。あの魔法が降りかかった日。サーシャはハーピィの仮装にてお菓子を配ったり――
「食べたりもしてたよなサーシャの嬢ちゃんは」
「『トリック・オア・トリート』してればそういう事もありますですよ。配るだけが専門じゃないです!」
転がした飴の愛しさが今をも思い返せる。トリック・オア・トリート。トリック・オア・トリート――唱えた言葉は、唱えられた言葉は誰しもに。菓子を持って巡りまわった夢の日が、確かにあの日あったのだ。
「ポットに茶が入り用か聞かれたのは新鮮だったわ……その後は、と」
「すぐにクリスマス、でしたね。シャイネンナハト――サンタクロース伝説の日」
白い袋を抱えた日。己がサンタクロースとなった日。
あの日は、そう。手編みのマフラーや手袋を準備したのだった。冬の寒さに温もりを分ける為に。
「国を挙げての行事……ええ、配り歩きましたとも! 王都の路地を歩いて一軒一軒!」
子供達の枕元へと置いてきた。あの時は、ああ。他にも知り合いがいたか。幽体の者に、陽気な骸骨に。
「赤い服を着て、皆で一緒に」
笑顔と共に。
「喫茶店に戻ればパーティだったな。去年の12月24日は日曜日だったし……」
「その日も平常運転で『茶会』でしたね! 皆さんも集って……ええ、相も変わらずの喫茶店です」
外は凍えるような寒さであったが、暖炉の温かさが喫茶店の内を包んで。
ああ思い出すものだ。大きな袋を持ったまま店に入り――パーセルには赤に緑と白の模様の手編み手袋を渡した事を。真正面から渡したあの時、微かなれど照れの感情が彼に出ていた。思わず頬を掻いていたあの様を、忘れてはいない。
「知り合いからはコートとかも頂きましたねぇ……でも。シャイネンナハトが終わって、それから一週間もすれば早くも年が超えてしまって」
あっという間に春になった。冬を過ごして恵みの季節を迎えて。
「ああ、なんかその頃に熊鍋パーティした記憶があるな」
思わず眉間を抑えるパーセル。熊を獲ってくる。そのような旨の言を頂いてその後本当に熊肉を店に持ってきた時は思わず天を仰いだものだ。マジかよ神様と。しかも下処理済み。森育ちのサーシャの手際を甘く見ていた。
「美味しかったですねあの時の熊肉のシチュー! 流石マスターさんでした!」
「お褒め頂いて光栄だが寸動鍋持ち出した俺の身にもなって欲しかった」
「それを持ち出す事になるだろうと想定して下処理済みだった私を褒めて欲しいです」
まぁ確かに。そのおかげで思ったより楽に調理出来たのは確かだが、と苦笑気味にパーセルは言葉を紡ぐ。結果としてはその時の茶会で中々に好評だったので良しとするべきか。わざわざ空き地を手配した甲斐もあった。
「いやーあの時は本当に絶好の機会でした。上空からこう、狙えたので弓を構えてですね……」
サーシャは頭頂部を軽く叩く。この辺りを狙ったのだと。
彼女にとっては難無き事である。森で育ち、森に住み、森で家計を立て――生きている、彼女にとっては。弓を引き絞る様をパーセルへ。こうするのですと身振り手振り。さすればパーセルは『いつもの』だと彼女へ一杯。呼吸の間を作ってやって。
「あー有難うございます! で、なんでしたっけえーと」
そうそう夏にはバーベキューをしたと。河川敷。携帯式の椅子やら机やらを持って行って。
「サーシャの嬢ちゃんはクーラーボックスに肉入れて持ってきてたっけか」
「そうでしたね! 豚に羊に牛に鳥、それから兎。ええ――狩ってきましたよ。新鮮なのを」
買ってきた、の誤字ではない。文字通り『狩って』きたのだ。
先述したように彼女は森の民なのだから。当然の様に下処理も済ませた上で、皆に振舞う肉、肉、肉――数多の種類があれば好みに合うのもあるだろうと。肉自体が苦手でなければ。
「魚は近くに川がありましたし現地調達制にしましたが。デザートもアイスも持ち込まれて、丁度良かった感はありましたね」
正しくバーベキュー。皆で楽しんだ一時。口の中で蕩けたアイスはこの上なく至高で。
「いやぁ――あの時はホント楽しかったですね『パーセル』?」
「またそれ、やめろやめろ、あれはちゃん付けがむず痒かっただけだ」
普段『マスター』と呼ばれる事ばかりなパーセルだが……あの時ばかりは喫茶店の外にいた故かマスターと言う呼称が極端に減った。ある少女の言を始まりとして、知り合いの男が調子に乗って己を『ちゃん』付けで呼ぶものだから――ああソイツは肘でどついてやったが。
後頭部を掻く。如何にサーシャが早くに来すぎたからと言って過去話に花を咲かせては。
「いらん事まで思い出してしまうな」
「楽しんでいた癖に」
照れてこそいたが不快ではなかったでしょう――と。サーシャは言葉を紡ぐ。
色々あった。ここに皆で集って。秋を冬を、春を夏を。騒いで楽しみ。過ごして過ぎて。
「今日も、また」
皆と一緒にまたここで。
「お茶会ですね。そろそろ皆、来ると思うんですけれど」
視線を表へと巡らせる。些か早く来てしまったが、パーセルと言葉を交えている間にそれなりの時間が経った筈ですが、と。
されば丁度感じた。表に一人か? 二人か――人の気配が近付いてきている事に。
誰ぞが来たか。いつもの誰かがやって来たか。
「サーシャの嬢ちゃん、悪いんだが扉の看板裏返してもらえるか?」
「はいはい。お任せあれ、ですよマスターさん」
パーセルは茶会の最終準備に。サーシャはカップの中を飲み干し、扉へ駆ける。
「さて」
今日も皆がやってくる。今日も日曜がやってくる。
「今日も開店ですね!」
キャリー喫茶店に風が吹き込む。茶会の始まりを告げる合図は、すぐそこに。
慣れたものだ。扉が開く、鈴の音にも。
――『Open』