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【一周年記念SS】遺品博物館館長の報告書、7/29

『一周年、だね』
「はい、ノラも知ってるのです」
 朝食を済ませた館員の多くを食堂から見送った後、この場に残るのは大体二人。 一人は僕、もう一人は館長代理である猫の子、ノラ・グース。
『何の一周年か、分かるんだ』
「はいなのです、特異運命座標こと、イレギュラーズのみなさんがいーっぱい召喚された日なのです!」
『それもそうだけど……僕が言いたかったのはもう一つの方だよ』
 もう一つ? と首を傾げている茶虎模様の猫の子はいつ見ても愛らしい仕草を見せてくれる。 なにかと物騒な事件を耳にすることが多いこの世界において、彼の存在は僅かながら、僕の心に平穏を与えてくれる気がしてならない。 さて……もう一つ、と呟きながら髭を撫でる館長代理を悩ませ続ける趣味はないので、答えを提示してしまおう。
『“彼”を館員に迎えた日だよ。 そして今日は、』
「あぁ! そうでした! 面会の日なのです! ヒツギさん、ちゃんと覚えてるといいのですが」
『流石に覚えてると思うよ。 足取りも少し軽かったし……顔つきもちょっとだけ、明るかった気がしたから』
 食後のアップルティーを口に運びつつ、空いた左手で今日の面会予定時刻を確認する。 無機質な数字は昼頃を示していた。
『あぁ……そうだ、ノラ。 やってほしいことがあるんだけど』
「はい、なんでしょう?」


ーーーーーーーーーー

 『遺品博物館』。
 そう呼ばれている施設が幻想国の片隅にある、僕はその小さな建物の館長を勤めている。
 訳があって外出をしていることが多いけれど、今日は一日ここで過ごす予定だ。
 今日は特に、気にかけていることが、あるからだ。

 遺品博物館はその名から察される通り、亡くなった人の持ち物……遺品を回収、保管、開示している施設だ。
 そして開示されている遺品をあるべき所、持つべき人の元へ還す活動をしている。
 そして今日もまた、遺品を引き取りたいとして、面会を希望した人がいる……僕はその面会に立ち会う予定だ。

 遺品の名は、ヒツギ・マグノリア。
 年齢は40代後半、種族は獣種、外見特徴は狐の獣人型。 目が不自由で、いつも度のキツい眼鏡をかけていて、物音……特に人の声に敏感だ。 遠くから知らない人の声が聞こえてくるだけで、酷く怯えてしまうくらいに。 彼が怯える事情を僕は知っているし、たぶん遺品博物館の館員なら全員知っている、はずだ。

 遺品博物館は、時に人をも遺品として扱う。 何らかの理由で滅んだ村、町、国……地図から消えてしまった地が残した遺品、そういう名義でだ。
 ヒツギ・マグノリアもまた、既に滅んだ村の遺品としてここに運ばれてきた。 と、言えば彼こそがなんらかの事件や事故に巻き込まれた哀れな人と思う人が多いのだろうけど、真相は逆。
 村を滅ぼしたのは、ヒツギ・マグノリアその人だという。 彼もまた、巷で広く噂になった「魔種」だったのだ。
 “だった”のだ。 今は“原罪の呼び声”から逃れて、正気に戻っている。 心はたぶん、半分ほど壊れてしまっているが。

 ともあれ、今日はヒツギにとって記念すべき日になってくれるといい。 彼と面会し、その身を引き取りたいと申し出た人が現れたのだ。

 その人の名は、ラデリ・マグノリア。
 ヒツギ・マグノリアの実の息子だ。

ーーーーーーーーーー

 ノラはこういった仕事をいつも完璧にこなしてくれる。 面会のために用意した部屋は万全の状態だ。
 であれば、僕も僕の仕事を完璧にこなそうと思う、緑色の賢者を思わせる衣装を着た狐人ーーラデリを面会室まで案内した。
 先に面会室に入ったヒツギも少し緊張した面持ちだったと思うが、その息子はやけに表情が固いな、と感じた。 両の手を開いたり閉じたりと、落ち着こうとしているのか、それとも。
「……二人で話をしたいんだ」
 ラデリは静かな声で、しかししっかりと聞こえる声で僕に言う。 しかし僕は首を横に振る。
『規則です。来館者が遺品の引き取りを希望された場合、館員はその一部始終を見届けることになっています』
「二人きりに、なりたいんだ」
『規則、ですので』
 ラデリの口調が少し強まったので、僕も規則を強調させて返す。 獣種の表情は分かりにくいと言う人は多いけれど、僕はそうは思わない。 特にイヌ科に属する人の表情は分かりやすい。 ラデリは、怒っていた。
「……貴方に迷惑をかけたくない」
『規則を破られると迷惑なんです、ご理解いただ』

ーーーーーーーーーー

 ……あぁ、もう。

『……油断した』

 人が喋っている途中に手を出せと、あの狐は父親に教わったのだろうか。 覚えているのは、手を翳された瞬間の強い衝撃と、背中と頭に打ち付ける打撃。
 衝術か、なら意識が飛んでいた時間もそう長くないはず、僕は急いで面会室に飛び込んだ。

 そこで目にしたのは。

 「父さん……」
 「ラ、デ……リ……」

 向かい合う狐人の親子、両手を伸ばす息子、その手を掴む父親。

 「なんで……なんでだ……!」
 「ガッ、ア……ァァ」

 息子は泣いている、その感情は怒りと嫉妬。
 父親も泣いている、その理由は酸欠と苦痛。

 「なんで間違えた!!? なんで、どうしてだよ、父さん……ッ!」

 ぎりぎりと絞まる父親の首、絞め殺すどころか引き千切るんじゃないかと思えるくらいに力を込められた息子の手。
 どう見ても殺人の現行だった、感動の親子対面はどこへ行ったんだろう。

『規則をお忘れですか、ラデリ・マグノリアさん』
 微熱のように痛む頭を撫でつつ、狐達の方へと歩み寄る。 息子狐はやや驚いたように、皺を寄せた鼻先をこちらに向けてきた。 先ほどまでの賢者風な佇まいもどこかへ吹っ飛んでいるし、獣独特の唸り声まで聞こえてくる。 完全にキレている……理由はどう見ても父親なんだろうけども。
「遺品をどう扱おうと俺の自由だろう、貴方の好きな規則にはそう書いてあったぞ」
『最後まで読んでから言っていただきたかった。 遺品が人種だった場合、それの破壊は禁ずるとも記載があったはず。 口頭でも伝えましたよね?』
「“これ”が人種であるものか!」
 親の首を持つ手が持ち上がり、大きく横に凪ぎ払われた。 父親の体はテーブルやら椅子などにぶつかりながらフローリングの床を転がっていく。 あのインドア風な息子のどこにそんな腕力が存在したんだろう。
『私には人種……あぁ、獣種と申し上げた方が宜しかったですか? 当館では、獣種も飛行種も海種もすべて人種としているので』
「そういうことを言いたいんじゃない……“これ”は魔種だ、人なんかじゃない……人であるはずがない!」
『……ではこうしましょう、当館において魔種も人種で』
 ある、と言いかけた辺りで僕も身構えた。 同じ手は二度も食わないと、急接近しては衝術を使おうとしたラデリの突進を避けて、隙だらけの腹に蹴りを突き刺した。 よかった、この狂乱狐は至近戦闘を得意としていないらしい。 カウンターが上手く決まったようで、咳き込みながら後退していくラデリ。 流石にこれ以上暴れられては大変だと、取り押さえようとした所で。

 あぁ、足を掴まれている。 さっき転がされた父親狐に。

「止めないで、下さい……。 私、私が、頼んだんです……殺してくれと」
『ヒツギさん。 息子さんを庇いたい気持ちとかはなんとなく分かるんですが』
「貴方に何が分かると言うんだ!!」
 何でアンタまで怒るの、と思ってる暇さえ父親狐は与えてくれず、僕の足に焼けるような痛みが走る。 というか、焼けている。 忘れていた、この父親は炎術師で、その手から炎を出せるのだった。 慌てて足を引っ込めて、火を消そうと試みる僕も耳になお怒声は響く。
「貴方に分かるはずがない! 私が聞いた声のことも、私が犯した罪も! 私が受けるべき罰も!」
『……前の二つは報告書である程度は知ってます。 受けるべき罰、と言うのは……嫌だけど察しが付きます。 息子に殺されることが、貴方にとっての贖罪だと?』
 すっかりヒートアップしている狐達の前でも、僕はなんとか冷静を保って言い返す。そのおかげだろうか、受けるべき罰、それを分かるわけがないと断じた父親狐は滝に打たれた松明のように、その勢いを失っていく。 ただ、静かに頷いて、それからまた泣き出してしまった。
 嫌な予感がして、体勢を直した息子の方を見る。 鬼の形相、とはきっとああいうのの事を言うんだろう。しかもそれが酷く歪んでいて、狂ったみたいに笑っているようにも見えた。

 嗚呼、まるでこう言われてるみたいだった。
「“これ”は俺に殺されたがってるんだ、だから邪魔をするな」と。

『…………あんたら、すごく迷惑ですね』

 あぁ、つい、ついうっかり本音が出た。 この迷惑をどう終わらせよう。 迷ったのは一瞬だった。

『ご退館願います、ラデリ・マグノリアさん』

 ベルの代わりに拳銃を取り、高らかに鳴らした銃声は、二つだ。



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「……………………」
『今さら「反省しています」って顔をされても迷惑なんですよ、ラデリ・マグノリアさん』
「……済まない」
『済んでたまりますか、こんなこと』
 所を無理矢理変えて、遺品博物館の正門前。 来館時よりも小さくなったような息子狐に対して僕は頭を抱えていた。
『あぁ、もう。 とにかく今日は帰ってください。 後の処理は私がどうにかします』
「……通報しないのか?」
『五月蝿い。とにかく、帰って。ローレットにも行かないで、まっすぐ帰る。他言せず、僕からの連絡を待つ。貴方にできるのはそれだけ、口答えしない。オーケー?』
「………………あぁ」
 口調が崩れてるとか、もういい、とにかく帰ってほしい、僕は疲れている。それだけ伝わればいい。
 そしてそれはなんとか伝わったようだ、大変迷惑な息子狐はなんとも言えない、まだもやもやしているような顔つきをしたまま、遺品博物館に背を向けた。まぁ、無理もない。自分の手で殺したかったであろう父親を、他人に殺されたと思っているだろうから。

 やがてその背中が見えなくなった辺りで、僕は正門を潜って館内の椅子に腰かける。 目の前には、父親狐がいる。
「どうして」
『五月蝿い』
「……どうして死なせてくれなかった、どうして殺してくれなかった、私は、許されてはいけないことをしたのに、どうして……」
『あぁ、もう』
「ラデリ……ラデリ……私の、私の……小さな光……どうか……どうか私を……」

 鳴らした銃声は、また二つ。
 音だけをバカでかく鳴らす音爆弾で、父親狐に二度目の気絶をしてもらった後、僕は救急箱を探しに医務室へと向かう。

 狂った父親と、狂いたがった息子。
 感動の親子対面には程遠い二人の行く末を、僕は見届けなければならない。
 あるべきモノは、あるべき場所へ、それが遺品博物館の目的である限り。

あぁ、そうだ。
「……音爆弾だって、バレなくてよかった」
 やっぱり面会室から植物を全撤去していてよかったと思い、貢献者であるノラへのご褒美は何にするかを考えた。

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