鮫は魚を食べる。
弱肉強食たる基本原則そのままに。

故に、彼女が市場を「捕食者」たる立場で廻るのも当然至極のことで。

活気ある港近くの市場に、店先にならぶ獲物とにらめっこをしながら歩く。

これはそんな、ある日の従者の記憶。

足が八歩もあると、動かすのが面倒そうですね。
ただ、便利そうですけれどもこう、店先に並べられると……食べ出がありそうで。
すみません、此方足のバラ売りはしておりませんの？

えーと、ホラ、あれだよ。
（その横で蒼い鉄の男が店員に問いかける）
生で食べるには難しくて……そう！　蒲鉾の材料とかすり身に使う魚！
（視線を横に向けて）
……なかったら、八本足のアレでもいいよ。シャブシャブするから。
（店員の方に戻した）

（声のした方を見上げれば、見慣れぬ風貌にやや目を開いて）
（また静かに顔を店員に戻してから）
ほら、丁度良いではありませんか。
私が二本もらって、残りをそちらの方にお渡しになれば綺麗に捌けるでしょう？

ですので、この値段の1割でお売りになってくださいません？

なるほど、俺が9割で買えば交渉成立というわけだね。

…………
（指を折って計算して）

割合、おかしくない？
そっちが3割でこっちが7割じゃないかな？

あら、どこか不可解なところがございまして？
だって、8本ある足を2本だけですもの。
生き物は足のみに生きるにあらず。
全体の比率で言うならば2割以下が良いところでございましょう？

加えて、店の方は私が可愛いので1割オマケするので結果として1割です。
私1、貴方8、お店1の割合ですね。
（悪びれなく耳ヒレを動かしながら）

なるほど、可愛い。今度ギフトしておく。

ところで、足以外って食べられるんだっけ？
北の方からやってきたから海産物は詳しくないんだ。
ヒレがついて可愛いなら詳しいだろう？
（のぞき込むように頭を傾ける。クリスタルな鉄の頭に太陽の光が照り返して若干眩しいかもしれない）

仰っている意味がよくわかりませんが、そうです。可愛いのです。

おや、左様でございましたか。
では価値をご理解いただけた以上サービスでお教え致しましょう。
足以外も食べられるはずですよ。中身は中身でトマトやニンニクと一緒に煮込んでも。
私は海の中でも捕食者寄りなので詳しいのです。
（帽子のツバをつまみ、光を遮るようにしながら）

ありがとう、煮込みでもいけるのか。
助かったよ、今度やってみることにする。

（考えこんで、ちょっと頭が輝くと）
では足を6本もらおうかな、残りはそこのお嬢さん……名前なんでしたっけ？
とりあえず、そちらに渡してやってくれ。
値段はそっちの相場相応で。
（困ってそうな店員に助け舟を出しつつ）

あらあら、情熱的なアプローチですけれど……
名前を訊く際は先にお名乗りになるのが約束ではありませんか？
（眩しさに目を瞑りつつ、店員へ催促の手を差し出すのを忘れず）

まあしかし、ご理解が早い方に意地悪をするのは本意ではありません。
私は鮫なる従者、Remoraと申します。
貴方はどんなお名前で？
（流し目で名乗りつつも、アラがあればおまけしてくださってもいいのですよ？ と店員に）

これはこれは、とんだ失礼を。
俺の名はペーション、小さいお人形に騎士見習いにされたりしてる、ただの無職さ。
そちらは鮫の従者ってことは、だれかご主人様でもいるのかな？

あ、思い出した。サメかタラがあったらそれもカマボコっていうのを作ってみたいんだ。
（鮫という言葉で忘れかけていたものを思い出して店員へ）

ペーション様。
……成程。無職で、お人形ですか。
いえ、なんでもありません。なんでもありませんよ。
（代金を支払い、店員から包みを受け取れば）
それはもう、従者ですもの。いろんなご主人様がいらっしゃいますわ。
大きい方から小さな方まで。種族も多種多様にございます。
ですがそこは企業秘密でして、お酒でも入りませんとお話しすることはできませんの。

あと鮫よりタラの方がオススメですよ。
鮫は自らが食われる立場となると、死してなお捕食者に抵抗するもので。
鮮度の問題ですけれどね。

いや、言葉の意味はよくわかる。うん。
何とか特異点なのに、特に仕事してないければ無職だからなあ。

（タラを勧められると）
ああ、そう言えば鮫の従者だったね、これは失礼した申し訳ない。

（タコ足とタラを選び、代金を支払うと）
ご主人様が一杯……専属というわけでは無いのだね。
色々と忙しそうだなあ。
その辺りは……奢らないとだめってことなのかな？
（酒というキーワードからなんとなく察して）

まあ、特異点というだけで目の色を変える貴族もおりますもの。
なにもしなくとも、自らの売り込み方を考えておくのも経済活動の一つにございますわ。
それに、海の世界は弱魚強食。
すでに市場に並んでおりましたら、私も特段感想は抱きませんからお気になさらぬよう。

ええ、主人の多さが従者としての能力の高さでありますから、手広く行なっておりますわ。
ただ、毎日用事があるという主人は今日日少なくなっているようで。最近は逆に暇なのですよね。
（つまらなそうに、道端の石ころを蹴ると）
いえいえ、日中誰かの耳があるところで内緒話はしないというだけのお話で。
おごれ、だなんてそんなそんな。とてもとても。

自らの売り込み方かあ……この光る身体くらいしか思いつかないけれど、何かは使い道があるかもしれないなあ。
それにしても若いのに色々とタフに生きてるねえ。
（感心しつつも、視線は石ころへ）

まあ、確かに昼間から商売の話を大っぴらにするもんじゃないよな。これは失礼した。
とはいえ、最近少なくなってきてるっていうのはアレかい？
ここ最近の街角で噂されるゴタゴタが関係してるとかなのかな？

光るのならば夜道の案内役等が向いてそうですけれども。
小さい者は小さいなりにタフに生きないと潰されてしまいますもの。

ああ、最近はローレットもその話で持ちきりですね。
反乱やら凶行やら。出歩くよりも屋敷の方が安心できるんだとか。
イレギュラーとしての仕事は増えても、本業は減っている状況ですね。

まあ、理想の主人探しの機会が増えると思えばトータルで見ればプラスでしょう。

何だか、頭光らして「コチラデスヨ」とかやってそうなイメージだなあ？
なかなか面白そうだけど、遠慮しておく。

まあ、孤児院とか教会とか村が焼かれると聞いたらみんな引きこもるさ。
次は自分かもって。

ふむ、理想の主人探し？
それでメイドをやってるわけなのかい？

あら残念。
夜中に歩いてらしたら、夜更かしするお子様の教育に役立ちそうですのに。

まあ、引きこもりたい気持ちはわかりますけれども、
焼かれるのが怖いというくせに、貴族の方々は野次馬根性ばかりは達者なようで。
余所の火事のこととか、事件のこととか、知りたがりが多すぎまして……
私がイレギュラーであることをいいことに、知ってることを話せと居丈高に来るものですから。
つまらない人に仕えるとつまらないものだと、しみじみ実感した次第ですわ。

ええ、仕えていて面白い、それでいて私を正しく評価してくださる方を探し続けておりますの。

教育以前に子供が泣くよ（笑って）

イレギュラーだと色々と不便もあるんだねえ。

（理想の主人の内容を聞いて考え込み）
ふむ……正しく評価するのは難しそうだね。油断したら煙に巻かれてしまいそうだもの。
仕えていて面白いというか色々と大変そうなのは一人心当たりはあるんだけどなあ……。

泣くから記憶に残るのです。
記憶に残るからこそ学びとなりましょう。
……見た目に反してお優しいのですねえ。
（瞳の色が混ざるかのようにまじまじと見つめれば）
（飛び出た心当たりの言葉に早速食いついて）

へえ、心当たり。心当たりでございますか。
それは近くにお住まいの方で？　容姿は？　今からお会いすることは可能で？

おじょうさん、それはトラウマといいませんか？
優しいと良い人とはよく言われるよ、それで30年以上一人で生きてきたからね。

住んでるところはちょっと分からないけれど。
容姿はビスクドールとかお人形さんみたいな感じで服装もそんな感じのドレスだね。
で、大きさがこれくらい……ウォーカーだからね。
（本当にお人形サイズに手を広げてみる）

……ウォーカーでお人形。
ビスクドール。
そのぐらいの大きさ。

うぅーん。
あの、その方はもしかして時々キリキリと音を立てませんか？

うん、立てる。
特に首を回すときにキリキリとまるでゼンマイを巻くような音で。

（なんとなく、違和感を感じつつ）

……心当たりが私にもできました。
どうやらそのお方は、私も存じ上げている方でいらっしゃるようで。
有名な方ですものね。こういった巡り合わせもございましょう。

ともすれば先ほどおっしゃられていたお人形とは、お人形遊びのことではなかったのですね。

あらー、お知り合いか。
まあ確かに有名だから、そう言うところもあるよね。

（頭をぶんぶん振って）
流石にお人形遊びの趣味も特殊な人形を使った趣味も持ってないよ！
日がな一日、釣りをして、酒を飲んで、風呂に入っている人生さ……そろそろ貯金がやばいけれど。

有名とはいえ、こういった形でお知り合いのお知り合いと知り合うことになるとは思いませんで。

（悪びれなく、欠伸をしながら）
おや、そうでございましたか。
いえいえ、無職ということでしたので少々推理をきかせてみたのですが、なかなか探偵の真似事はうまくいかないもので。しかし、特殊な人形を使った趣味というのは寡聞にして存じ上げませんけれども、そのあたりはお伺いしない方が良さそうですね。

貯金がやばいならばやはり働かれるのが良いのでは？
闇市で掘り出し物を見つけて売り捌くのも手ですが、ああいうのは大体ぼられますからねえ。
やはり街灯のアルバイトでも……。

世の中にはお伺いしない方が良いこともあるとは思うから、そこは正解だと思うよ・

ふむー、やっぱり労働か。
闇市も興味惹かれるけど、賭博はどうも苦手らしいからなあ。
……いや、街灯のアルバイトから離れようよ。っていうか反射はするけど光らないし。

ふむふむ、やはり世の中というのは広いのですねえ。かしこまりました。

光らない？ ではでは真面目に労働するほかございませんね。
どうしても自分が良い案だと思ったものには固執してしまうタイプでして。
しかし他に労働のアテはおありで？

真面目な労働……一応、機械職人に徒弟に出されていたから、そういう細工はできるけれど……
うーん、お姫さんに雇ってもらうべきかしら。

それは妙案。
ただし将来性はありますけれど、現時点でお給金が支払われるほどの国家規模かどうか。

未来への投資が目的ならば、あるいは。

知己であるから就職率は高そうだけど、賃金が確かに心配そうだねえ……あの子金銭感覚合ったかしら？

未来への投資？
（ふと、考え込んで）
…………即物的なリターンはなさそうだなあ。もっと大きいものは得られるかもしれないけれど。
（苦笑する）

まあ、その辺りはやがて身につけていかれることでしょう。

こんなご時世ですもの。
理想の主人を探すよりも、理想の主人を育てる方が手っ取り早いとも考えられまして。
そういう意味では、きっと大きな可能性でしょう。

なるほど、なるほど……理想の主人を育てる。
つまりはプリンセスメーカーというわけだね。

とりあえずは騎士辺りで雇ってもらうかー、まずは履歴書を書かないとね。

プリンセスメーカー、言い得て妙ですね。
育てたつもりがいつのまにか成長に追いつかれないよう、私も努力しなければなりません。

ああ、履歴書……そういえば私も出してませんでしたね。
昔話のタネに、私も一度まとめて見ても良いかもしれません。
（軽く伸びをすると、小さく欠伸をもらして）

さて、私はそろそろ失礼しますよ。
そろそろ帰らないと凶悪な黒い獣が家で騒ぎ立てている頃ですので。

仕事ぶりから考えると、君の履歴書は一枚で足りるのかい？？？

ああ、久しぶりに普通の女性と話をする機会があったから、ついつい話し込んでしまったよ。
長々と付き合わせてしまってすまないね。
魚、ありがとう。
また会う機会があったら、今度は魚を肴で一杯やろう。

ふふっ、どうでしょうね。
履歴書に書けないお仕事もあるやもしれませんもの。
（それは冗談のようで、されどどこか可能性を感じさせる微笑）

お気になさらず。こちらこそお得な買い物ができて大助かりですもの。
……あら、お誘い頂いたということはご馳走していただけるということで？
ならばいつでも歓迎です。またお会いする日を楽しみにしていますわ。
（歯を見せて笑えば、答えを待つより先に手を振りながら背を向けて）

なかなか、図々しいメイドさんだなあ。
（頭をぽりぽりと掻くと）

それじゃ奢るってことにしておきますか。
（相手の背中を見て、こちらも身を翻すと、魚を小脇に抱えて歩いて行った）

（互いに背を向ければ、やがて市場の喧騒は遠く。天に昇った日が、暖かな1日を彩り始めていた）

ー終ー