ギルドスレッド 路地裏のねこだまり 【一周年記念SS】夏空 【安寧を願う者】 クラリーチェ・カヴァッツァ (p3p000236) [2018-07-25 17:03:39] 空はどこまでも青く遠く。私はそれに向かって、手を伸ばす。***「また、空の夢」寝台から抜け出し、支度を整えて捧げる祈り。いつもと同じ過ごし方。今日も祈りと奉仕の時間を過ごし、夜になれば眠るだけ。「今日も同じ夢を見るのでしょうか」何故手を伸ばすのか。伸ばしても、何も掴めないと知っているのに。***ある日突然手を引かれ、この教会に連れてこられたのは6歳の頃だったか。「クラリーチェ。今日からここが、君の家だ。君は今から修道女となり、一生をここで過ごして貰う」「どうして?」「それが神様の思し召しだからだよ」「かみさま…?」住んでいた村は、貧しいながらも空気と水の綺麗なところだった。皆が助け合いながら畑を耕し、家畜を飼い、得た糧は皆で分け合い、笑い合っていた。両親と兄は村の教会で信仰の道を歩んでいた。教師、医師の真似事をしつつ、村の一員として過ごしていた。その姿は幼い私にも眩しく…誇らしく見えた。そんな貧しくもあたたかい村は、暴徒によって廃墟と化したという。教会も燃やされ、家族はその時に死んでしまったらしい。私はたまたま熱を出し、兄に連れられて町の病院にいたから助かっただけで、生き残りは殆どいなかったらしい。兄は両親の亡骸を弔うからと村に戻ったが、そのまま行方不明になったそうだ。両親の亡骸に会う事も、村に戻る事も出来ず。兄にも会えず。私の家族は、突然消えてしまった。身寄りのない私の扱いは、隣村の神父に一任された。神父は私を、見知らぬ土地の教会へ連れて行き、修道女になれと告げたのだ。「この地にはご両親と同じ信仰の道を歩んでいる物が多くいる。おまえはその人達の光となりなさい。ご両親も兄君も、それを望んでいるよ」納得できなかった。「祈って何になるの?祈ったら村は元通りになるの?お父さんたちはかえってくるの?」かみさまとやらに祈っても、みんなしんじゃったんでしょう?かみさまは、なにもしてくれないじゃない。「そうだね。死んでしまったものは、還らない。それはいかな存在でも叶えられない願い。私達にできるのは、その魂が安らかであるようにと祈る事。そして、いま生きている者が幸せであるようにと祈る事」「わたしのしあわせは?」「お前の幸せは、ここで祈りの日々を過ごす事だ。皆の柱となり、祈りの道を歩むことが幸せなのだと、分かるときがくるよ」神父の教えが、幼い私の心に響く訳もなかった。けれども他に生きる術はない。私の残りの生は、教会という名の檻で祈りをささげる為にあると決められてしまった。***幸い、諦めてしまえば修道女としての生活は悪いものではなかった。信者さんと教会関係者以外の人物との接触はかなり制限されていたし、祈りの日々は窮屈でもあった。それでも「変わらない日常」を送れるのは、幸せなのだろうと思っていた。「お世話になりました、シスター」「貴方の旅が、よきものとなりますように」教会の宿舎に住まう人を送り出す、いつもの台詞。中には、行かないでほしいと思う人もいた。けれど個人の願いを口にすることは叶わず。全て祈りと笑顔の中に飲み込んで、同じ台詞で思いを殺す。個人としての幸せではなく、人の幸せを祈るもの。皆の信仰を集めるもの。それが、私。シスターと呼ばれ、名を呼ぶ人もいなくなり。このまま静かに朽ちる日を待つだけだと思っていた。***空はどこまでも青く遠く。私はそれに向かって、手を伸ばす。今日も同じ夢。心のどこかに、まだ自由への憧れが残っているのだろうか。とうの昔に置いてきたはずなのに。(え?これは…?)伸ばして握り込んだ手の中に、何かがある事に気づく。驚いて掌を見ると、白くひび割れた十字架がそこにはあった。***「あれは、予知夢だったのでしょうか」膝の上の猫を撫でながら、1年程前の出来事を思い出す。「空中庭園でしたか?いきなり飛ばされて何が起きたのかと思ったのですよね」特命運命座標としての役割を与えられたことをきっかけに、私は教会から外に出る自由を得た。関係者は相当苦い顔をしていたが、これも神の思し召しだからと納得させた。今の私は、教会の仕事をこなしてさえいれば自由に外に出、人と出会い、縁を結ぶことができる。更に、祈りの中朽ち果てるのを待つだけだった私に、戦いの中で命を落とす可能性を手に入れた。なんと、幸せな事だろう。「人の役に立ちたいとか崇高な目的はありませんが、出来る範囲で力をお貸しするくらいなら」衣服の下に普段は隠している、白くひび割れた十字架。あの日、一人村に戻った兄が私に残した、肉親と繋がる唯一の品。「お兄様。今の生活になって、嬉しいことがあるのです」掌に乗せていたそれを首にかけ直し、空を見上げて報告する。「ローレットで出会う人たちは、私の名前を呼んでくださるのですよ。シスターだけではなく「クラリーチェ」と」***見上げた空は今日も青く。2度目の夏の到来は、私に何を齎すのだろうか。 →詳細検索 キーワード キャラクターID 検索する キャラクターを選択してください。 « first ‹ prev 1 next › last » 戻る
私はそれに向かって、手を伸ばす。
***
「また、空の夢」
寝台から抜け出し、支度を整えて捧げる祈り。
いつもと同じ過ごし方。
今日も祈りと奉仕の時間を過ごし、夜になれば眠るだけ。
「今日も同じ夢を見るのでしょうか」
何故手を伸ばすのか。伸ばしても、何も掴めないと知っているのに。
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ある日突然手を引かれ、この教会に連れてこられたのは6歳の頃だったか。
「クラリーチェ。今日からここが、君の家だ。君は今から修道女となり、一生をここで過ごして貰う」
「どうして?」
「それが神様の思し召しだからだよ」
「かみさま…?」
住んでいた村は、貧しいながらも空気と水の綺麗なところだった。
皆が助け合いながら畑を耕し、家畜を飼い、得た糧は皆で分け合い、笑い合っていた。
両親と兄は村の教会で信仰の道を歩んでいた。
教師、医師の真似事をしつつ、村の一員として過ごしていた。
その姿は幼い私にも眩しく…誇らしく見えた。
そんな貧しくもあたたかい村は、暴徒によって廃墟と化したという。
教会も燃やされ、家族はその時に死んでしまったらしい。
私はたまたま熱を出し、兄に連れられて町の病院にいたから助かっただけで、生き残りは殆どいなかったらしい。
兄は両親の亡骸を弔うからと村に戻ったが、そのまま行方不明になったそうだ。
両親の亡骸に会う事も、村に戻る事も出来ず。兄にも会えず。
私の家族は、突然消えてしまった。
身寄りのない私の扱いは、隣村の神父に一任された。
神父は私を、見知らぬ土地の教会へ連れて行き、修道女になれと告げたのだ。
「この地にはご両親と同じ信仰の道を歩んでいる物が多くいる。
おまえはその人達の光となりなさい。ご両親も兄君も、それを望んでいるよ」
納得できなかった。
「祈って何になるの?祈ったら村は元通りになるの?お父さんたちはかえってくるの?」
かみさまとやらに祈っても、みんなしんじゃったんでしょう?
かみさまは、なにもしてくれないじゃない。
「そうだね。死んでしまったものは、還らない。それはいかな存在でも叶えられない願い。
私達にできるのは、その魂が安らかであるようにと祈る事。そして、いま生きている者が幸せであるようにと祈る事」
「わたしのしあわせは?」
「お前の幸せは、ここで祈りの日々を過ごす事だ。皆の柱となり、祈りの道を歩むことが幸せなのだと、分かるときがくるよ」
神父の教えが、幼い私の心に響く訳もなかった。
けれども他に生きる術はない。私の残りの生は、教会という名の檻で祈りをささげる為にあると決められてしまった。
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幸い、諦めてしまえば修道女としての生活は悪いものではなかった。
信者さんと教会関係者以外の人物との接触はかなり制限されていたし、祈りの日々は窮屈でもあった。
それでも「変わらない日常」を送れるのは、幸せなのだろうと思っていた。
「お世話になりました、シスター」
「貴方の旅が、よきものとなりますように」
教会の宿舎に住まう人を送り出す、いつもの台詞。
中には、行かないでほしいと思う人もいた。けれど個人の願いを口にすることは叶わず。
全て祈りと笑顔の中に飲み込んで、同じ台詞で思いを殺す。
個人としての幸せではなく、人の幸せを祈るもの。
皆の信仰を集めるもの。
それが、私。
シスターと呼ばれ、名を呼ぶ人もいなくなり。
このまま静かに朽ちる日を待つだけだと思っていた。
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空はどこまでも青く遠く。
私はそれに向かって、手を伸ばす。
今日も同じ夢。
心のどこかに、まだ自由への憧れが残っているのだろうか。
とうの昔に置いてきたはずなのに。
(え?これは…?)
伸ばして握り込んだ手の中に、何かがある事に気づく。
驚いて掌を見ると、白くひび割れた十字架がそこにはあった。
***
「あれは、予知夢だったのでしょうか」
膝の上の猫を撫でながら、1年程前の出来事を思い出す。
「空中庭園でしたか?いきなり飛ばされて何が起きたのかと思ったのですよね」
特命運命座標としての役割を与えられたことをきっかけに、私は教会から外に出る自由を得た。
関係者は相当苦い顔をしていたが、これも神の思し召しだからと納得させた。
今の私は、教会の仕事をこなしてさえいれば自由に外に出、人と出会い、縁を結ぶことができる。
更に、祈りの中朽ち果てるのを待つだけだった私に、戦いの中で命を落とす可能性を手に入れた。
なんと、幸せな事だろう。
「人の役に立ちたいとか崇高な目的はありませんが、出来る範囲で力をお貸しするくらいなら」
衣服の下に普段は隠している、白くひび割れた十字架。
あの日、一人村に戻った兄が私に残した、肉親と繋がる唯一の品。
「お兄様。今の生活になって、嬉しいことがあるのです」
掌に乗せていたそれを首にかけ直し、空を見上げて報告する。
「ローレットで出会う人たちは、私の名前を呼んでくださるのですよ。
シスターだけではなく「クラリーチェ」と」
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見上げた空は今日も青く。
2度目の夏の到来は、私に何を齎すのだろうか。