PandoraPartyProject

SS詳細

Sweets Bouquet

登場人物一覧

劉・雨泽(p3n000218)
浮草
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

●雨の日に
「やあ、ニル。今度また甘いものを食べに行かない?」
 雨の続くある日にローレットへと顔を出したニルへ、雨泽はいつものように誘った。『いつも』と言えるほどに、このやり取りは既に幾度も交わしている。『おいしい』が感じられないニルが度々尋ねたり知りたがるから、それならと雨泽は自分が美味しいものを見付けたら自ら紹介するようになったのだ。
「はい、ニルは雨泽様と食べに行きたいです」
『この後空いている?』では無い時は、大抵が店が遠いか予約が必要な場合だ。今回は後者だったらしく、雨泽が手帳を開いた。
「それじゃあいつがいいかな」
「ニルは――……」

 それから数日後のある日、ふたりは練達で待ち合わせた。巨大な液晶画面に人を映し出す高いビルの間を人々が大勢歩いていく。きっと高いフロアからだと、色とりどりの傘が花束のように見えているだろう。
 繁華街を通り抜け、最近新しく建ったといつ商業施設へ向かう。細い道は傘を差して並び歩けば狭いくらい。aPhon片手にすれ違うスーツ姿の男性を避けてから、雨泽は足を止めた。
「ニル、ここだよ」
 どこにでもあるような雑居ビル。店の入り口は半地下で、庭にあるような小さな白い格子扉を抜けて階段を下る。
「わあ」
 ガラスの嵌った木枠の扉前。ドアノブへと手を掛けようとしたニルの動きが止まり、頭上を見上げた。
「花の雨に降られているように見えるね」
「はい……!」
 入り口の天井にセットされたライトは、花の形の灯りをくるくると降らせていた。掴めない花を手のひらに載せてニルが咲えば、後ろからドアノブへと手を伸ばした雨泽が扉を開けた。
 ドライフラワーが吊るされた天井から、いくつもの花の灯りが降り注いでいる。ニルが口を開けて見上げている間に雨泽は店員と軽く会話をし、ニルの名を呼んで先を促してくる。案内する店員に続いて席へと着けば、テーブルにも花明りが散っていて。自然と目で追ってしまうニルの姿に雨泽が小さく笑った。
「ニルは何を食べたい?」
「雨泽様は何になさるのですか?」
 質問に質問で返してしまったけれど、ニルは雨泽が思う美味しそうなものが知りたくて。
 その意図を正しく受け取った雨泽はメニューを開き、「僕はね……」と思案するように文字を指で辿った。
「このお店の一番人気はエディブルフラワーのゼリーなんだ」
「食べられるお花のはいったゼリー、ですか?」
「そうだよ。ケーキもあるけど……ケーキは上に乗っていて、ゼリーは中にぎゅって閉じ込めた感じ」
 この店がケーキよりもゼリーのほうが人気なのは、季節ごとのゼリーが美しいからだろう。
 春は花筏の池のようなゼリー。
 夏は雨の日の池のようなゼリー。
 秋は落ち葉の絨毯のようなゼリー。
 冬は雪降る日のようなゼリー。
「蓮池のようなゼリーには寒天の鯉が泳いでいて……後は沢山の花を閉じ込めたようなゼリーとかもあるよ」
「お池のゼリーに、花束のようなゼリー……」
 どちらにしようかとても悩ましい。
 ニルが真剣な表情をしたから、雨泽は小さく笑った。
「それじゃあ違うのを頼んで、シェアしようか」
「はい!」
「ニルはどっちがいい?」
「ニルはお花がたくさんだとうれしいので、花束のようなゼリーにしたいです」
 良いですかという窺う視線に、雨泽は顎を引く。
「じゃあ僕は池のにしよう」
 そうと決まればと早速雨泽が店員を呼び寄せ、注文をした。

「ごゆっくりお楽しみください」
 暫く待てば、店員がニルと雨泽の前にゼリーと飲み物を置き、お盆を抱えて一礼をして戻っていった。
「はい、ニル」
「ありがとうございます」
 ニルの前には、夏らしいオレンジや黄色のビタミンカラーの花々をたくさん、ぎゅっと詰め込んだようなゼリー。それから、水滴をつけたグラスには、甘いシロップとキューブ状に凍らされた色とりどりの花々が幾つも浮かぶレモンスカッシュ。
 対する雨泽の前には、蓮池を鯉や金魚が泳ぐ涼し気なゼリー。丈夫には波紋がいくつも描かれており、雨が降っているのだと想像に易い。飲み物は水色から紫のグラデーションのバタフライピーソーダに、砂糖漬けのスミレが浮かんでいる。
「飲み物もゼリーも、お花がいっぱいです。全部食べられるお花、なのですか?」
「そうだよ。僕が食べてもお腹を壊さないお花。……気に入ってくれた?」
「はい、とっても。連れてきてくださってありがとうございます」
「僕もニルと来られてうれしいよ」
 ニルは嬉しげににっこり笑って、いただきますねとスプーンを握った。
 きりりといつもより少し眉を上げた真剣な表情でスプーンをゼリーへと近付け――
「どうしたの、ニル」
 そのまま動きを止めてしまったニルに、雨泽が首を傾げる。
「えっと、どこからスプーンを入れようかと……なやんでいます」
「確かにそれは大問題だ」
 このゼリーはもうこの状態で芸術品のようなものだから、崩してしまうのは惜しい。けれど食べに来たのだから、見た目だけでなく味わいも楽しみたい。
「お花、上手にすくえるでしょうか」
「頑張って。僕は金魚からにしようかな」
「金魚すくい、ですね」
「上手なことを言うね。ニルは金魚すくいは得意?」
「ニルは……どうでしょう」
「じゃあこっちの金魚は残しておくから、後からすくってみて」
「ふふ、はい。ニルはとっても上手にすくってみせます!」
 小さく笑い、せーのでゼリーへとスプーンを潜り込ませた。
 ニルのスプーンの上にはプルプル震えるゼリーに、閉じ込められた黄色の花。ゼリーは二層にになっており、下の方はパイナップルとパッションフルーツの果肉がゴロゴロのゼリーになっているようだ。
「ん、ラムネ……ソーダ味だ」
 上手に金魚をすくい上げた雨泽は早速ぱくり。透明な池の水を現しているゼリーはソーダの味で、寒天で出来た金魚は「何か果物の味がするけど何だろう」と首を傾げた。
 何味か悩む雨泽を見てから、ニルもスプーンを口へと運ぶ。口の中には爽やかな甘さが広がって、ぷるんとしたゼリーの食感と柔らかな葉物のような食感にもごもごと頬を動かした。
「あ、わかった。マスカットだ」
 寒天だと思った金魚は小さな琥珀糖で、味はマスカット。正解を見つけた雨泽はパッと楽しげな笑顔を咲かせた。
「雨泽様、おいしいですか?」
「うん、美味しいよ。ニルは……どう? 口にあった?」
 美味しいかどうかは正しく感じられないニルだから、雨泽は少し言い方を変えて。
「はい! 雨泽様と食べるごはん、ニルはとってもとってもおいしいです!」
「そう。よかった」
 雨泽が静かに笑ってスプーンを動かす。その姿を見ながら、ニルもスプーンを動かした。
 皆と一緒に食べる時の雨泽はどちらかと言うと賑やかだけれど、ふたりきりだと少し静かだ。
(それはきっと、雨泽様がニルとのふたりきりのごはんを楽しんでくれている、から?)
 無理に話題を探したり、会話を繫げる必要もなくて。
 ただふたり、美味しいものを食べる時間。
 そんな時間を雨泽は好いてくれているから、こうしていつも誘ってくれるのだろう。
「雨泽様」
「ん。なぁに? 交換する?」
 そうじゃないけど、そうでもあって。はいとゼリーのお皿を交換こ。
「ニルは雨泽様との時間も大好きです」
 ごはんだけじゃなくてと素直に告げれば、灰色の眸が僅かに丸くなり――
「僕も好きだよ」
 ぴちょんと跳ねた雨粒みたいに、穏やかに細まった。


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