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鵜来巣夕雅という男

登場人物一覧

鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
鵜来巣 冥夜の関係者
→ イラスト


 これは数年前の話である。
 鵜来巣朝時が反転して、泥を噛むように成長した冥夜がようやく青年から男へと変じるかという時の話。まだ、特異運命座標というものが存在しなかった頃。
 練達、再現性歌舞伎町が、現在よりもまだひそやかに騒めいていた時代の話だ。






「お願いします!」

 とある店の奥の奥、店長室に二人はいた。
 二人ともぴしりと皴一つないスーツを着込んでいるが、其の上下差は明らかだった。頭を下げているのは鵜来巣冥夜。後にこの歌舞伎町街にホストクラブを開く男であるが、今は何の肩書もない、ただの秘宝種の男。
 そして其の頭を冷ややかに見下ろしているのは――

「なぁ、ジャリガキよぉ」
「はい」

 男の言葉に、冥夜はジャリガキという呼ばれを敢えて受け、頭を上げずに答える。
 この調子では、諾というまで頭を上げないだろう。昔からそういう強情な所のある“ガキ”だからだ。

「俺はガキ同士の喧嘩に口を出さねぇってずっと言ってたよなぁ。そう、ずっと前から、ジャリガキが本当にジャリガキだった頃からよぉ。俺は名字を考えるのも面倒臭いから“鵜来巣”を名乗っているだけで、あの家とは今は何の関係もねぇんだ」
「……知っています。でも」
「でももクソもねぇよ。俺は口をださねぇって言ったらださねぇ」

 鵜来巣夕雅。
 其れがこの男の名前である。傍らの灰皿に積み上げた棒付き飴を一つ取ると歯で包みを切り、口に咥えた。冥夜と同じく秘宝種である彼は飲食を必要としないから、きっと娯楽のつもりなのだろう。

「朝時のクソガキが何を考えているかなんて知らねぇ。俺と鵜来巣の家は、埋葬してやった時点で終わったンだよ。そんな俺をまた喧嘩に巻き込む気か?」
「……叔父上には本当に、ご迷惑をかけ続けていると思います。でも、其れでも! 俺は兄上を倒さなければならない、兄上を越えたいんです! 反転(あんなこと)をしなくとも世界平和はもたらせると、兄上に教えたいんです!」
「……世界平和ね」

 ぽつりと呟く。ちらりと見下ろした冥夜は此方を見返している。綺麗すぎる目だ、と夕雅は思った。この再現性歌舞伎町で生きていくにも綺麗すぎるし、魔種となった兄を打倒するにも綺麗すぎる。

「もう少し目が濁ってりゃ、楽に生きていけそうだったのになぁ」
「え?」
「こっちの話だぁ。――……なあジャリガキよぉ。本当に俺に師事して、何とかなると思うかぁ?」
「……」
「相手は鵜来巣の中枢をめちゃくちゃにした男……しかも反転していると来た。そいつの喉元に食らい付けるって、本気で思ってンのかぁ」

 全く、俺もつくづくジャリガキに甘い。
 こんな判り切った覚悟を聞いて、最後通牒じみた儀式を行っている。きっと冥夜は言うだろう。研ぎ澄ましてみせると。兄を倒す為ならと――
 だが。

「……俺一人では、出来ません」
「は」

 夕雅はあくまで知られぬように、冥夜には判らない程度に目を見開いた。

「俺一人では、兄上には追い付けません。ですが……ですが! 出来る事なら何でもします! こうして叔父上にも頭を下げて、誰にだって頭を下げて、其の力を教わって……! でも、今の俺には辿る伝手がないんです! お願いします叔父上、俺に其の強さを、少し分けては下さいませんか!」

 顔を上げて懇願して来た冥夜は、矢張り綺麗な目をしていた。
 これから“兄殺し”をするとは思えない瞳。兄を救うのだと信じてやまない瞳だ。

「……」

 がり、と飴を噛んでいた。
 鵜来巣の家は嫌いだ。お綺麗なモットーがこの世界に何処まで通じるかなんて、成長したら嫌でもわかる。綺麗事はへし折れて、ほどほどに綺麗なものばかりが罷り通るこの世の中を、夕雅は良く知っている。ことに、此処歌舞伎町では尚更。
 だが、今。或いは、と思ってしまった。冥夜の瞳の奥に、光を見てしまった。そんな自分を夕雅は笑う。俺にもまだ、鵜来巣のお綺麗さが残っていたっていうのかねぇ。

「……ジャリガキ」
「はい」
「行くぞ」

 夕雅は立ち上がって、店長室を出ていこうとしていた。
 慌てて後を追い掛ける冥夜が、何処へ行くのですかと問う。

「まずは店の掃除からだぁ。開店時間までのあと30分でこのフロアを綺麗にしてみせろぉ」

 そうして、この世界を知れ。
 この世界の昏さを知れ。
 そうしたら次は、俺から技を盗んで見せろ。
 教えてなんてやらねぇ。あくまで自分の力で強くなれ。ジャリガキが何処までいけるのか、……ほんの少し、見てみたくなっちまった。








「……」

 あれから数年。
 冥夜は少しだけ“瞳を濁らせながら”歌舞伎町に店を構えた。
 そうしてついに朝時の足取りを掴み、自分に傭兵として働いて欲しい、と金まで用意して来た。
 金を積まれれば断る理由はない。戦場へと向かった夕雅だったが、……戦いの折に冥夜が見せた技に己の影を見て、成る程と笑い、棒付き飴を咥える。
 ジャリガキは判っていないようだ。俺に成長の成果を見てくれと技を見せるという事は、俺の闘争欲を駆り立てるという事に。俺に向けた挑戦状も同じだという事を、あのジャリガキは判っていないらしい。
「……今度、少しひねってやるかぁ」
 今日の獲物は余りにも物足りなかったから。丁度良い。あれだけの気骨があるのなら、倒し甲斐もあるだろう。
 久し振りに数年前を思い出した。ジャリガキが何処まで行けるのか、また……見てみたくなっちまったなぁ。

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