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特別授業【人体模型と現実の乖離、及び正しき真実について】

登場人物一覧

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
ロジャーズ=L=ナイアの関係者
→ イラスト
ロジャーズ=L=ナイアの関係者
→ イラスト

●とある少女『Y』の記録
 このビデオを見ているあなたへ。
 ……いや、このビデオはできれば自分で回収して笑い話にしたいな。それからどれだけ不安で怖かったかも、なにもかもを嘘にして、ただのお遊びだったんだって思いたい。
 私の名前は山下萌黄。ただの普通の女の子。なんてね、そんなことはないんだけど……人よりスクープが大好きな新聞部員、なんてね!
 まぁ、さっそく本題。
 私の大切な友達だったゆいが少しずつ壊れてしまったの。変わった、それならよかった。でも、壊れた。変わったじゃない。壊れた。だから私はそれを調べたい。
 もちろんただの興味だけじゃなくて、それ以上に、あの子が大切だから。興味本位で首を突っ込んで良いような案件じゃない。そう思っているの。
 だから……私は、ゆいを救う。
 じゃ、このビデオを見つけるのは私だけでありますように。


「……」
 結構は月曜放課後。ことは早い方がいい。そう考えてのこと。どうするかなんて単純だ、単刀直入に聞くしか無い。
「……なるべく使いたくないんだけどなあ」
 ポケットの中で疼く小さな刃――カッターがかちりと音を立てる。一歩間違えずとも犯罪だと解る。ひりりとひりつく心臓には目を伏せる。これが正しい選択なのだと己を必死に言い聞かせて。
「まぁ……なるべく使わない方針で行けば良いわけだしね」
 カメラは置いてきた。高いし、壊れるといけない。それに証拠を取るには手軽さが足りない。
「今日は頼むぞ~……」
 ので。傍らに潜ませておくのはスマートフォン、録音機能が仕込まれたペンなどなど。絶対に何もない、なんてことはない。そんな勘が働いている。
(……よし、)
 ぱん、と己の頬を叩いて鼓舞する。頑張らない訳にはいかないのだ。
 そうは思っていても、もう数分は扉の前を右往左往していたのだけれど。
「あれ、萌黄?」
「ゆい?」
「どしたの、補習?」
「いや、先生に用があって……」
「え? なんで? ゆいのせんせーなんだけど」
「いや、あの人には近寄らないほうが良いって……」
「萌黄、前にも言ったと思うけどあのひとは私のせんせーなんだよ。取らないでよ、萌黄は闃ク陦灘ョカじゃないでしょ」
「なんて……?」
 闃ク陦灘ョカ。聞き取れない。初めて英語を聞いたときのあの興奮にも似ている。未知だ。
「……いいや、とにかく。ぜええええったいに、来ないでよね。萌黄は絶対邪魔するから」
「ゆい?」
 親友だった。
 そう、思っていた。
 儚くも散っていく友情に似たなにか。ぱりんとひび割れた心は戻らない。
 長かった髪をばっさり切って。ネイルをしていた指すらももう面影はなくて。彼女が彼女なりに大切にしていた繋がりをすべて捨てて。彼女は変わってしまったのだ。
「……何?」
「あんた、ゆいじゃないでしょ。……ゆいを返してよ」
「何言ってるの? 私は、萌黄の――」
「親友だよ。親友だったよ。だけど、だけどゆいは言葉遣いが荒くなったってそんな言い方はしなかったよ……」
 変わっていくことは止められない。
 でも、壊れる前に支えることは出来た。
 ひとの心が壊れていくときは絶対に予兆がある。そして親しい人間ならば、少しずつその変化に気づくことが出来る。そういうものだ。だけれどもゆいは一夜にして壊されてしまった。
 悔しいし、苦しいし、救えなかった。だからこそこれ以上取り返しのつかないことになる前になんとかしてみせたい。
(……私が、ゆいを救わなきゃ)
 それは一種の英雄願望でもあり、そして使命感にも似ている。
 ……今更救ったところで、もう元通りになるとも限らないのに。
「――失礼します!」
 恐れを知らず。怯えることも知らず。否、正確には怯えては居たかもしれない。だけれども、その背中を押したのは皮肉にもゆいだった。
 萌黄の震えを止めて、その背中を押したのはかつてのゆいだった。取り戻したいと強く願わせてしまった。だからこそ萌黄は進むのだ。己のやり方が正しいとなんて思っていないけれど、それでも先生――オラボナは間違っていると思うから。
 押し付け染みた正義感だ。そんなこと分かっているけれど。
 これ以上彼女の被害に誰かが会わないために。

「よく来たな、山下萌黄」
「ゆいに何をしたんですか、先生!」
「――貴様、素敵な貌だ」
「は……?」
「――我等が主人公の如く、此処まで話に入り混むとは」
「な、何を言っているんですか」
「貴様のことだ。山下萌黄」
「わけがわかりません。伝わるように説明してください!」
 萌黄はあくまで真剣だ。
 けれどオラボナも真剣。真面目。本気だ。故にお互いの真剣さが伝わらない。
「まぁいい。貴様は知りたがっているのだろう? 私が赤城に何をしたか」
「なっ――認めるんですか?」
「ああ、この際だからな。貴様は期待以上だ」
 しっかりと捉えることは出来ないオラボナの顔を食い入るように見つめる萌黄。後ろ手で録音、カメラアプリを起動して。
「貴様は、知りたいのだろう?」
「ええ、萌黄にもしちゃうんですか?」
「ゆい、来ないで!」
「萌黄、怒っちゃだめ。スマイルだよ、にゃはは!」
 嗚呼、ゆいが笑っている。あの日とは違う笑顔で。
(助けなきゃ)
 それがより一層英雄願望を強く焚きつける。
 刺激する。自分が、彼女を、なんとかしなくては、なんて。どうしようもないとわかっているだろうに。

「ならば全部話してやろう」

 そこからの記憶は定かではない。

「嗚呼、手本が欲しいといったではないか。ならば見せてやろう。私は闃ク陦灘ョカである。嗚呼、此れは別世界での『芸術家』を指す言葉であり貴様らに聴き取れなくとも私の興味の範疇などではないがな。Nyahahahahahaha!!」

 ――→悲鳴と殺戮――→

 ――→愛憎と動揺――→

 ――→最後の笑顔――→

 そうだ。
 あの日はちょうど補習に呼び出されていたのだ。
 何も知らない私はゆいをただ見送ったのだ。付き添うことだってできたはずなのに。
「嗚呼、これだ」

「赤城ゆいの今の姿」

「どうだ」

 からからと回るフィルム。
 黒板に写し出されるゆいだったはずの何か。
 それはぴくぴくと蠢いていたのに、あまりにも気持ち悪かったのに、目をそらすことができずにいた。
「も、萌黄……大丈夫?」
 恐怖でへたりこむ私を支えるゆいは、一体なんなのだろう。
 大丈夫? と笑って差し出された手のひらはたしかに人間のそれなのに、あんなにも【縺舌■繧?$縺。繧?〒縺ゥ繧阪←繧阪〒莠コ髢薙↓縺ェ繧薙※繧ゅ≧謌サ繧後▲縺薙↑縺?$繧阪@縺?b縺ョ縲√◆縺上&繧難シ】で。もう、ゆいは、ゆいじゃない。

「せんせー、明日も私、ここに来てもいいですか?」
「構わんがもう一日に二度も特別授業をするつもりなど微塵もないわ。貴様の心構え一つ準備してこい」
「え、特別授業なんてしてもらったっけ? 嘘、ええ、レアじゃん、あんまり覚えてないのなんでだろ……また特別授業ってしてもらえますか?」
「貴様次第だな、Nyahahahahahaha!!」
「にゃはは! うーんうーん、わかりました、良い子にしてるんで絶対やってくださいね!」
「話を聞いていたか?」
「え、はい!」

 パレットに水分をたらさず塗りたくられた原色純色の数々は混ざり合って溶け合って黒に堕ちて。けれどその黒ですら不完全だというのならば、ゆいの瞳が写しているこの世界は一体何色だというのだろうか。
 先生のきれいな化粧の下に、純粋な黒が見えたような気がして、ゆいは思わず目をこすった。

 ゆい

 ゆい

 ゆい

 水から空気の中へと放り出された魚のように、ぱく、ぱく、と口を動かすことしかできなかったわたし。
 ぷつん、と理性が途絶えた。

●特別授業【粘土の粘り気と脳髄の酷似性について】


 嗚呼そうだ此の瞬間がたまらなく痛くて苦しくて楽しくてふわふわして理解ができなくてあははははははは。


 ?


 ごりごりと聞いたことのない音がする。次に目をさますとき私は『どうなっているんだろう』?
 せんせーは優しいからなんだかんだ手を貸してくれる。私がわからないっていったら手伝ってくれる。あはは、せんせーはやさしいな、にゃはは。
 ふわっとした浮遊感の中で血の気が引くような、なにか大切なものが消えていくような感覚がする。まあ別になんだっていいんだけど。
 それにしても授業中に寝ていいなんてせんせーは太っ腹だなあ。まあ放課後の特別授業だし。そういうものなのかな。


 ?


 ふわふわとろとろぐちゅぐちゅ。


 !


 ゆいをたすけなくちゃ


 !


 ゆいをとりかえすの



 !


 でも、ゆいってなんだっけ


 !


 ゆい


 !


 ゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆい


 !


 さようなら


 !

「骨は飴細工だ、肉は絵具、皮は頁に違いない」
「……っ、なに、なにこれ、何するつもり!!?」
「正気で在るならば貴様、愉快なほどにマトモなのだよ。奴は最初から此方に染まっていた」
「は……?」
 わからない。わかりたくない。わかっちゃいけない。
「まあ、解らずとも構わない。どうせ貴様は生まれ変わる!」
「え……?」

 がたん、と大きな音が鳴る。くるくるくると回る視界は眩暈よりもずうっと過剰。
 くらくらするような世界のなかできゅいんと唸るはチェーンソー。
 叶わなかった勇者ごっこ。さようなら、愛しいゆい。

 がっ、ご、っぎがぎぎぎがぎぎぎぎぎ

 あは、あ、あ、あ、あ、いあああああ

 びちゅ、ぶちゅ、ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ

 ぴくん

 とくん

 あ、はは、

 ぱたり

●うみなおし
「あ、せんせー出来ました?」
「うむ……だが、しかしな」
 黒はせせら笑う。
 赤は楽しげに。
 ならば、黄色は?
「今日は『これ』を元に戻す事、残念ながら私は『はじめの姿』を忘れたのだ。Nyahahahaha!!!」
「うーん……こりゃ難しい。彫刻とかって専門外なんだけどなあ」
「何、これも特別授業のひとつに過ぎない。『やる』だろう?」
「もっちろーん、大好きなせんせーのお願いですもの! にゃはは!」
 おさとう、生クリーム、ホイップクリームをいっぱい。
 かわいくてきらきらで素敵なものを『中心』に、じゃまな血管は引きちぎってさようなら。
 萌黄が悪いんだよ。
 だって私達をちゃんとみようとしてくれなかったじゃない。
 だから私が救ってあげるね。萌黄を毒していた要らなくてじゃまでかわいくないもの、全部全部取り出してあげる!
「うーんせんせー」
「何?」
「これ、泊まり込みになっちゃう」
「……特急で仕上げるのも芸術家の仕事だ」
「えー!!!」

 ――→ぐちゅぐちゅ――→

 ――→ぐちゃぐちゃ――→

 ――→べちょべちょ――→

「だいぶ上手く行ったんじゃないですか?」
「嗚呼そうだ、こんな姿をしていたに違いない!」
 萌黄ったらどうしてあんな姿をしていたんだろう。何も温度が伝わらない。芸術家って爆発的なこころが必要なんじゃなかったっけ?
「でもせんせー?」
「ふむ」
「動いてないのはやっぱり失敗ですか?」
 参考に用意しておいた人体模型。中身はあまりにも乖離している。例えばそう、臓器の羅列だとか血管だとか。彼女の気に入らないすべてを入れ換えて満足げな赤いゆいとは裏腹に、一応は教師であるオラボナは思案する。
 そして、結論。
「……保健室だ!」

「ちょっ、ちょっと、それって……」
「萌黄が!! 先生助けて!!」
「何があったんですか……!??」
「電動ろくろが降ってきてな、まるごと下敷きだ。止血はしたが解らん」
「早くこちらへ!」
 ――白石恭子。保険医の名前。
 鍵と共にちゃりんちゃりんと揺れる名札はじんわりと赤に染まる。
「せんせー……」
「いや、大丈夫。あれは成功だ。……心配いらん」
「すみません、先生は状況の説明をお願いしたいので救急車に同行いただけますか。赤城さんもありがとう……なにか困ったことがあったら教えてね」
「ふむ、構わん。ついていこう」
「はい!」
 少しずつ壊れていく。
 少しずつおかしくなっていく。
 少しずつ明かりがついた意識のなかで萌黄は呟いた。
「ゆい」



「このビデオを見ているあなたへ。
 ……いや、このビデオはできれば自分で回収して笑い話にしたいな。それからどれだけ不安で怖かったかも、なにもかもを嘘にして、ただのお遊びだったんだって思いたい。
 私の名前は山下萌黄。ただの普通の女の子。なんてね、そんなことはないんだけど……人よりスクープが大好きな新聞部員、なんてね!
 まぁ、さっそく本題。
 私の大切な友達だったゆいが少しずつ壊れてしまったの。変わった、それならよかった。でも――――――」

 ――――――壊れた?
 それは作品への冒涜か。
 気付かないわけがないだろう。混沌とは即ち隣にあるもの。貴様の玩具遊びにも些か興が冷めた、仕上げといこう。

 ひび割れた録音データ、まっしろになったパソコンのファイル。
 隙間から入り込んだ彼女はご満悦に三日月を輝かせた。
 ふわふわのホイップクリーム、甘い甘いイチゴタルト。
 楽しい楽しいパーティーをはじめよう。
 きっと美術室はいつか芸術で満ち溢れる。

 心電図が音を鳴らす。
 少女は騒がしい頭を叩き調整して、言葉を話した。
「繧?>」

 繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>繧?>

 ――險?闡峨′荳頑焔縺剰ゥア縺帙↑縺?シ

おまけSS『赤点』


「あ、萌黄が動いた!」
「ゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆい」
「(何も言わずになにかをへし折る)」
「ああ!! お気に入りの定規をいれたのに!!!」

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