PandoraPartyProject

シナリオ詳細

朽薔薇の暇潰し

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「”お嬢”は外には行かないのかい?」
 紅色の絨毯の敷かれたその部屋の中で艶やかな金の髪を整えるように切り揃える青年は楽しげな声音で問うた。
「此処が安全なのさ。最もそれが『いつまで』なのかは分からないけれどね」
 眉を吊り上げて囁いたのはベルナデット・クロエ・モンティセリ――『奇しき薔薇(ローザミスティカ)』と呼ばれるこの監獄の女主人である。
「おいそれと此処に手出しする人も居ないと思うけれど。子飼いの看守は?」
「見回りさね。……まあ、それが一番だよ。そういう柵から抜け出そうとして彼の名前を捨てたんだ。
 今のアタシはモンティセリ辺境伯夫人であって、決して黄金の竜に連なる者じゃあない」
「『元』を忘れてる」
「縊られたいのかい?」
「頸筋なら僕の方が近いけれど」
 ベルナデットが眉を吊り上げれば青年は鋏で美しい金の髪を整えてからそっと両手を挙げて離れた。
 此処は監獄島と呼ばれる幻想の離れ小島である。
 孤立したその場所は数々の滞在人が収容されており、アーベントロートの暗殺さえ届かないと囁かれている。
 貴族達が睨み合う『治外法権』のこの場所に捕えられているベルナデットは『貴族殺しの罪』の烙印を背負っていた。
 モンティセリ辺境伯。
 フィッツバルディ派貴族であった青年は『妻となったフィッツバルディ家の娘』に殺害された。
 フィッツバルディ公の姪御であるベルナデットが夫を殺して資産を奪うような真似をするわけがない。資産も、地位も何もかもを『フィッツバルディ』として生まれた女は有していたからだ。
 冤罪であると言われようとも彼女は社交界の花として知られたその全ての栄光を置き去りに監獄島に幽閉されることとなった。
 それが現在の実質的な監獄島の『支配者』となった女の全容である。
「外の様子は知りたくは?」
「知ろうと思わなくたって誰かが運んでくるだろうさ。けど、アタシはこう答えるよ――何も知らないとね」
 外が騒がしいことは知っている。それでも、女は監獄島では『ローザミスティカ』だ。ベルナデットではない。
 だからこそ、何も知らぬ振りをして今日を謳歌する――
「まあ、イレギュラーズは勝手に入ってくるしね。監獄島には依頼もたんまりだ!
 薔薇のコインを外の仕事で換金できるほどの財力を持ってるモンティセリ元辺境伯夫人に乾杯」
「やっぱりアンタを縊ってやろうか」
 ローザミスティカはゆっくりと立ち上がってから来客を眺めた。
「良く来たねぇ、チェレンチィ」
 其処に立っていたのはイレギュラーズの一人であり『監獄島の元囚人』であった少女であった。


 チェレンチィ (p3p008318)がローレットに提出した依頼書には一枚の『願い事』が書いてある。
 ラサでの一件で刻まれた烙印の進行を受け、その左目は水晶と化した。烙印の進行がストップしても喪われた瞳は戻っては来ない。
 伽藍堂になった眼窩には水晶が嵌まり続けており、チェレンチィの瞳には『何か』が映るようにも為ったという。
「烙印後遺症を治療してくれる腕利きの医師がいるのですが……監獄島の囚人なのです。
 彼の治療を受けるには対価として薔薇のコインを要求される。それは誰に対しても同じです」
 チェレンチィは左目を眼帯の上から撫でた。医師ムナガは気ままに活きているがローザミスティカの頼みは断らない。
 それは彼女が鮮やかな蒼い瞳をしている事と、彼女が監獄島ではある程度の口利きをしてくれているからだ。
「ムナガという医師は蒼い瞳を盲目的に愛しています。何か事情があるようですが、詳細には聞いていません。
 ……彼ならば後遺症の治療や現状の診察もしてくれるはずです。それだけ腕が良いのは確かですから」
 ローザミスティカからも信頼を受けているというならば、その言葉も確かなものなのだろう。
 共に手伝ってくれる者を募集するというチェレンチィは監獄島で待っていたローザミスティカに驚き目を瞠った。

「困りごとがあってねェ……。最近入った囚人だが、喧しくってありゃしない。アタシにまで楯突くんだから『オイタが過ぎる』のさ」
 ローザミスティカは幻想の片田舎で領主を殺害し金品を奪ったという男の名を上げた。
 殺人鬼ゴーチェは仲間達と徒党を組み領主を殺害し金品を奪った。駆け付けた夫人や娘も惨たらしい有様であったらしい。
 逃走の最中、追っ手を殺害し王都にまで遁れたがお縄になった――という訳だ。
 だが、その性根は捕縛後も変わらず、ローザミスティカにまで楯突く有様だという。
「流石にねェ……見過ごせないのさ。だから、こうした。
 ムナガの診療が受けたいのなら、アタシの願い事も叶えてくれるかい? ムナガがどうでも良いなら『此処でのことを口止め』しよう」
 幾つかのGoldを指先で手繰り寄せてからローザミスティカが意地悪く笑った。
「普通に殺すだけじゃあつまらないからね。目に見える形で殺して貰おうか。見世物としてってのはどうだい?」
「いいね」
 手を叩いて喜んだ青年こそがムナガだろうか。ローザミスティカは「黙ってな」と青年を後方へと押し遣った。
「どちらかが死ぬまで……とは言いたいが、アンタ達が死にゃあ流石に馬鹿王も此処に踏み入るかも知れない。
 それは避けてやるけれどね、相手のことはちゃんと殺しな。
 何、元から罪人しかいないのさ。力試しにどうだい? 暇になりゃアタシと茶でもしていきゃ良い」
 ローザミスティカは喉を鳴らしてくつくつと笑った。
 こんな場所に法もなければ倫理もない。だが、後ろめたい事情の在る者達は山ほど居る。
 少しばかり、しがらみから離れて遊んでいけば良いだろう――?

GMコメント

夏あかねです。お久しぶりのベルナデット様。今回は見ています。

●成功条件
 『殺人鬼』ゴーチエの殺害を行なう事

●フィールド情報
 監獄島に存在する監獄棟の最下層アリーナ。囚人達の暇潰しの場所です。
 ローザミスティカは最近、粗相を繰返す『殺人鬼』ゴーチェに飽き飽きしています。ですので、薔薇のコインを渡す事を条件に皆さんに殺害を依頼したようです。
 と、言っても『面白くなけりゃね』との事で、アリーナでは試合めいたセッティングが為されています。数々の囚人が観客として眺めており、ゴーチェとイレギュラーズの何方に対しても横槍を入れてきます。(止めろと言って聞くわけがありません)
 上から様々な攻撃が降り注ぎますが注意しながら標的を殺害して下さい。どちらかが死ねば試合は終了です。
(流石にイレギュラーズが死んだ場合は調査が入るのでローザミスティカはイレギュラーズが敗北しそうになれば止めるようです)

●エネミー
 ・『殺人鬼』ゴーチェ
 仲間と共に領主を殺し金品を強奪し、妻子をも惨たらしく殺害した上で追っ手を殺し一度は王都へ逃げ込みました。
 其の儘、出国しようとした所を捕縛され監獄島に居ます。金を集め、ゆくゆくは脱出しどこか他の国へ渡る算段のようですが……。
 根っからの悪人です。イレギュラーズを殺せと言われて「なら殺したら俺の願いを叶えろ」とローザミスティカへと交渉しています。
 大ぶりの山賊刀を手にして戦います。非常に残忍です。

 ・ゴーチェの仲間達 ×7
 ゴーチェに指示される仲間達です。皆、顔を隠しており性別や年齢は分かりません。
 ゴーチェを支援するように立ち回り、彼の手脚となって戦います。

●NPC
 ・『ローザミスティカ』
 本名をベルナデット・クロエ・モンティセリ。レイガルテ公の姪でありフィッツバルディの血族ですが監獄島に居るため「アタシは何もしらないさ」と首を振ります。
 監獄島の実質的統治者ではありますが、時折自身を女だからと舐めて掛かる『クズ野郎』に手を焼いているようです。
 ムナガは「お嬢(ローザミスティカ)」の言う事を聞いてくれれば治療して遣っても良いと口にしています。

 ・ムナガ
 本名不詳。監獄島に収容されている罪人です。過去に『蒼い瞳』の女性を狙った連続殺人を犯しています。
 しかし、その罪を犯す前には優れた医者でした。眸を集めています。過去にチェレンチィさんの眸を『オシャレ』にした経歴があります。
 またローザミスティカの眸を気に入ってますが、彼女には色々と融通して貰っているため狙わないと約束してるほか、尽くしているようです。自らの詳細な事情は話しません。ただ、「治療して欲しいんならいいよ」との事です。
『烙印』後遺症の修復が可能な他、様々な治療を行えます。流石になくなったものは治せませんが、義手を用意したり傷を消したり……そうした事ならば何でも『薔薇のコイン』次第で受けてくれます。

●薔薇のコイン
 監獄島で実質的な通貨として扱われているコインです。
 囚人のみならず看守たちですらこれを用いて贅沢品を手に入れたりしています。
 口止め料として多少の『金銭報酬』が上乗せされる可能性があります。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

  • 朽薔薇の暇潰し完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年08月08日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
シラス(p3p004421)
超える者
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
冬越 弾正(p3p007105)
終音
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
※参加確定済み※
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

サポートNPC一覧(1人)

ベルナデット・クロエ・モンティセリ(p3n000208)
奇しき薔薇

リプレイ


 その監獄は孤島に存在して居る。故に、立ち入るにも出来うる限りの準備が必要とされているが実質的権力者たるローザミスティカから見れば此度の客人はVIPに相応すると言っても過言ではないだろう。
「来たねえ」
 彫刻の施されたアームチェアに悠々と腰掛けていたのはベルナデット・クロエ・モンティセリ――『奇しき薔薇(ローザミスティカ)』その人だ。
「ご無沙汰しております」とひらひらと手を振ったのは『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)。常ならば飄々とした態度をとることほぎの丁寧な言葉遣いを笑ったのはローザミスティカの側仕えの娘であった。
「シャム。笑ってやるんじゃないよ、アレも礼儀を弁えてるんだ」
「あなた様が仰るなら」
 ナスターシャムと名乗る旅人の娘をじろりと見たことほぎは「笑え笑え」とさも興味なさそうに手をひらひらと揺らした。
 看守コルク・トゥル・モンティセリが快く迎え入れた八名のイレギュラーズはローザミスティカとの謁見後、アリーナへと向かう手筈になって居る。
「要するに、ローザミスティカ様の御前試合っつーコトだろ?
 報酬も気前よく貰えるらしーし、ワリの良い仕事だよなァ。まーその分手は抜けねェが」
「そーそー、戦って勝ったらコインもらえるとか気前がいいじゃん。どしたん? いいことあったん?」
 何時もの如く明るく声音を弾ませる『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)へローザミスティカは「『分からせ』てやるのも飼い主の仕事だろう?」と笑った。嗚呼、成程、『仕事の代行』としての手間賃という事か。
「怪我をしたら多少は見てあげるからさ」
「……ムナガさん」
 ローザミスティカの背後から顔を出し、剰え彼女の肩に手を置いたムナガに対してナスターシャムが「手を退けなさい」と苛立ったように声を上げている。気にする素振りもないムナガの常ながらの態度に『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は小さく笑みを零した。
「ムナガさんを頼ろうと思ったら、ローザさん……ローザミスティカ様まで出迎えて下さるとはね。
 困り事を解決すればこの目を診て貰えるのなら、やるだけです。まぁ、お眼鏡にかなうように頑張ってみましょうか」
「分かってるね」
「勿論」
 ムナガが悠々と頷けばチェレンチィはほっと胸を撫で下ろす。その眸の『具合』を調整して欲しいというオーダーはムナガにも了承されているらしい。
(チェレンチィちゃん、ね)
 何か思うように考えてから『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)は「あんたの治療の為なら悪趣味な見せしめでもせいぜい盛り上げてやるよ。家族が世話になったからな」とその肩を叩いた。
「まあ、アタシにとっちゃ暇潰しさね」
「いや、お嬢にとっては刹那の暇潰しでも、ここが俺の勝負所だ。
 フィッツバルディの深淵。マサムネ殿の力となる為に、心を殺して敵を屠るさ」
 マサムネの名にぴくりと指先を動かしたのは『ベルナデット』がフィッツバルディであったからだろう。『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)はその気配を察知しながらも、恭しく『フィッツバルディの血筋を有する女』に傅いた。
「せいぜい頑張る事だね」
「ああ。暇潰しになるように尽力するさ」
『竜剣』シラス(p3p004421)はひらひらと手を振った。「普通じゃつまらないとさ、刺激的にいこうぜ」と声を掛ければ『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)がやれやれと肩を竦める。
「相変わらず良い趣味してるんですから。ま、精々クライアントを退屈させない様に張り切って働くとしようじゃない?」
 ただ始末するだけならば容易だ。シラスにとっても薔薇のコインを補充し監獄島である程度活動しやすいように整えて起きたいという意図がある。だが――
「見せしめにしろ、って意図よねぇ。其れも、当分誰もオイタする気がなくなるぐらいにって、ね」
 少し『考えてやらなければ』とその顔に貼り付けた笑みはぞっとする美しさだ。対照的に表情を変えることのなかった『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は「成程」と頷いた。
「故郷に於ける俺のようなものの本来の『使い道』には沿うだろう。
 生き永らえる事でどれだけの『無用の』死者が出るか、それが判断の大きな基準……らしい。まあ、俺は末端で、詳細は知る立場にはないがな」
 アーマデル自身は罪人の処刑に対して思うところはないと宣言して見せたが『恋人』は何らかの決意を胸に秘めている。
 出来る事ならばその荷物を少し担ぎたいが、何が出来るのかは未だ見えやしない。コルクの案内を経て、辿り着いたアリーナは無数の『観衆』の目があった。そして、現れた男に――
「って、やべーぞゼファーパイセン!殺人鬼とデスマッチだ!
 マジでヤバいやつだって! 映画的なやつだって、絶対! そりゃもうバイブスぶち上げで自然とワクワクしてくるってゆーか、とりま行っとけ的な?」
 秋奈が『その状況には似合わないほどに明るいテンション』で声を弾ませて、二刀を構えたのであった。


 オーダーはシンプルである方が良い。ゴーチェとは、よく居る罪人である一報で罪人として裁かれるに相応しい罪状を有している。
 しかし、司法の元で裁かれるのではない。あくまでも私刑という形でゴーチェをイレギュラーズが『処刑』するのだ。詰まり手を汚すことには変わりない何てことの無い悪事の片棒を担ぐことになるのだろう。
「ローレット、ねえ」
 べろりと舌を見せた男は、そのまま自身の唇をなぞる。そそる響きだ。外で活動して居たときには耳にした事がある『英雄様』の凱旋らしい。ゴーチェも情報通である。眼前のシラスが勇者としてフィッツバルディ派に認められた男であることも、そんな彼を『利用』しているのがフィッツバルディの血を引く女である事も。
「よォ、お姫様。叔父サマとやらにおんぶに抱っこされて楽しいか?」
「生憎、『縁も切れちまったジジイ』のこちゃ何も知らないんでね。アタシャ、外から遣って来た友人に聞き分けのないガキの始末を付けて欲しいって可愛くお強請りしただけさ」
 鼻を鳴らしたローザミスティカに友人と呼ばれた事にことほぎはやや面食らった。だが、やる気は溢れる。元から『やり方』は翌々考えて居た。
「オイオイ、観客の前でマイクパフォーマンスするたァ、余裕勝手いいな? けどよ『監獄島の主には向かった』んだぜ、分かってるだろ?」
 ことほぎがにぃと唇を吊り上げた。観客達は思い思いに野次を飛ばし合っているが投げ込まれた本がことほぎの頭に落ちて彼女はぎろりと其方を睨め付けた。
「顔は覚えたからな! 次はテメェだ!」
「アハハハハ――! 威勢が良いだろう? ゴーチェ、残念だねェ。テメェはそろそろ終いだよ」
 ローザミスティカは本を投げ入れた囚人が怯えて後方に下がったのを眺めてから揶揄うようにそう言った。ぱちんと指を鳴らす。その音に反応し、秋奈が走り出す。
「いやあ、こういう生き残りをかけた戦いにワクワクなるのもまたをかしなんだよなー。
 なんかこう、もっと痛みをくれ! 生きる実感をくれ! 的な? んま、今日はやんないけど! ウチらでデスマ演出しちゃう?」
「余裕ぶっこいてると死ぬぜ、ガキ!」
「は? やばたにえん! や、やめてください……わ、わたし、そんな無理でェ……」
 秋奈がゴーチェの至近へと飛び込んだ。戦うだけでは味気ない。演技してやれば良い人畜無害な哀れな女の子を演じれば良い。
 ほら、ココが狙い目だと敢て弱々しい少女を気取った秋奈に向けてゴーチェが山賊刀を振り上げる。
 ゴーチェの仲間としてアリーナへと『ぶち込まれた』者達は挙ってイレギュラーズに狙いを付ける。ここで倒さねば自身等が殺されるのだ。
「さあ皆様、ご注目。美しき薔薇の園を汚す者は、手折られるだけでは済まされない――!」
『音』とは即ち弾正にとっての得意分野だ。叫ぶかのように、声でトラウマを焼き付ける。恭しい礼をし、上から飛んできたバケツの位置を特定し、逃がすまいと手を伸ばす。
「さて、……お嬢は特異運命座標の死のみご警戒されている。この意味が分かるか?
 貴様らの命はこの場において紙切れだ。せいぜい観測者としてお行儀よく過ごすといい」
 弾正をライトアップしていたアーマデルがぱちぱちと手を叩いた。真っ向からの戦いではない、だからこそ裏方へ徒入るように影へと潜む。
 対照的な二人の様子が上からはよく見えた。口上に苛立つ男達を嘲るような眼で弾正が眺めて居る。
 ローザミスティカの唇が吊り上がった。しん、と静まり返ったアリーナで「まあ、お行儀良いわけじゃないものね」とゼファーが囁く。
「お楽しみは『あと』にしましょうか……んで。こいつらも其れなりに面白可笑しくしてあげたほうがいいのよねえ?」
 師より授けられた技と業は、確かにこの場の囚人に劣ることはない。長身の女だと嘲る男の声音を遠ざけるかの如く、ゼファーは舞うように身の丈ほどの一振りを叩き着けた。軽やかに、地を蹴り飛ばす。跳ね上がるように突き刺す。そして、引き抜いた勢いの儘に男の視線を一閃し、奪い去る。
「全く、此処の地下はなんでもあるわね。お客さんも無駄に多いですこと」
 数が対等と言えども1:1になど拘るわけもない。現に「女だぞ」と言わんばかりに襲い来る二人の大男は『青い眼をしていない』のだから興味など無く。
「ああ、蒼ではないですしね」
 ぽつりとチェレンチィは呟いた。世話になっている医師ムナガは蒼い瞳が好きだ。ことほぎは「ついでに蒼なら奪っとくか」と言っていたがぎょろりと動いた黒はどうでも良いの極みでもあった。
「『見せしめ』だっただろう。ならば、長く苦しむ方が良い――が、往生際が悪いのも斯うした奴らの特色だろう」
 足元を掬われぬように気を配り、慢心はしないとアーマデルは苛む呪いを口にした。彼岸此岸の境の果実はさぞ美味である事だろう。最も、それが死へ誘う酩酊であることは確かなのだが、『蛇巫女』はその甘美な味わいを言霊として届続ける。それ以上の拷問(みせしめ)はその手では行なわない。
「なーるほど」
 うんうんと頷いた牡丹は秋奈が相手するゴーチェを一瞥してから叫んだ。
「『オレを護れよ! なあ、女からやっちまえ!』」
 それはゴーチェの声音だった。真似た牡丹は『上からの横面』など見えていると嘲りながら敢て投げ入れられるナイフや本を受け止めた。楯突くならば痛みは承知の上だろう。人を呪わば穴二つ。そう言わしめるように痛みは相手へと跳ね返る。
 牡丹にゼファー、ことほぎと巨漢の男達は周囲を取り囲む。少年染みた外見をしていたチェレンチィは『偽の指示』の標的から外れ、困惑した様子のゴーチェの前に居た秋奈がからりと笑う。
 魅せるような戦いをしてほしい、暇潰しになるとはまあ、『勿体ないオーダー』だ。その言葉の通りではないともシラスは知っている。
「礼儀ってやつはよ、寧ろこんな島でこそ死活問題だぜ? なあ、ゴーチェよぉ」
「だからあの姫様に分からせてやんだろうが、なぁ、竜に飼われてる犬ッコロ勇者様よ」
「へえ」
 シラスの唇が吊り上がった。ああ、『この態度』だからこそ、殺せというのか。分かり易いこととシラスはことほぎの周りに集まろうとした男の顔面を殴りつける。ローザミスティカという『主人』に楯突く無法者の末路を此処で魅せ付けてやれば良い。
 飼われているのは『お前等こそそうだろう』とことほぎの唇は吊り上がった。主人は寛大だ。この島を牛耳っているくせに何処か弁えた顔をして居るのだ。イレギュラーズが誰の遣いでやって来たのかを直ぐさまに理解する利口さも、自身が『外に出る危険性』さえ理解している。
(まあ、だからこそ――悪人にとっちゃあこの島は良い場所だ)
 女がフィッツバルディであるからこそ、権力を誇れよう。女が利口で弁えているからこそ、島はイレギュラーズにとっても『利用価値』がある。
 ならば、存分にその価値を分からせてやれば良い。
「ボクは殺し屋ですから、魅せるとか、派手なことは不得手です。
 ……監獄島の支配者に楯突こうものなら、影が忍び寄り確実にお前の息を止めるのだ――と、周りに分かって貰えたらそれで良いのですが」
 ゆっくりと振り向いたチェレンチィの手には『監獄』で手にした慈悲が握られていた。だが、今は慈悲の気配など帯びる必要も無い。
 生き延びるには、殺さねばならない。それは外も『此処』も同じだ。だからこそ、切り刻む。刻んで、刻んで、刻んで、繰返す。
「さあ――待たせたのう、度胸は認めてやんよ。この秋奈ちゃんからタゲチェンしなかった事だけはのうー!」
 秋奈の眸がきらりと輝いた。いい声で泣いて貰わねば困るのだ。何せ、相手は『甚振る使い道』があるのだから。
「無用に拷問に何ざかけるつもりはないけれど、弁えなくちゃならないだろう?」
 シラスは酷く冷めた瞳でゴーチェを見た。ゼファーは背後から遣ってきた生き残っていた男の顔面を壁にめり込ませて嘆息する。
「ステージを彩るのがオッサンの血、ってのはイイ光景じゃありませんけど。出来るだけぞっとする画をクライアントがお求めなのよね」
 肩を竦めるゼファーにゴーチェが引き攣った声を漏した。ことほぎは「酷い様だな」と嘲る。
「ま、呪い殺される準備は出来てんだろ?」
「な、何を――」
 ゆっくりとことほぎが迫る。のろのろと立ち上がった男達が引き攣った叫びを上げ、遠巻きに見ている。
「さあ、てめえの手脚はオレのもんだ! 頂こうか!」
 にぃと唇を吊り上げた牡丹にゴーチェが「貴様」と叫んだ。その声音が『被る』。
「「この女を殺れえええ――――」ってな?」
 真似た牡丹が楽しげに笑った。ゴーチェの引き攣った声音と振り上げられた山賊刀を弾いたのはチェレンチィの素早い一撃。きん、と音を立ててからその眸がゴーチェを見詰める。
「な、なんだ――!」
「いいえ」
 それ以上の言葉が必要あるだろうか。この男は『此処での立場を間違えた』のだ。何方が勝者になるのかは歴然だ。
 必要以上に痛めつけずに殺す事が慈悲であるならば、時間を掛けて嬲り殺すことは悪人の所業だろうか。
「……ま、貴方本来ならとっくに処分されてて良いヤツなんですけど。折角お目こぼしを受けてたってのに……オイタが過ぎたわね?」
 やれやれと肩を竦めたゼファーにその身を横たえてゴーチェは乾いた笑いを零す。
 どちらにしたって――終わりは傍らで嘲り笑っているのだ。


「有り難う、頂くわね」
 薔薇のコインはこの地でだけ利用されるが少々の足しにはなるだろうとローザミスティカはイレギュラーズに『握らせた』。
 報酬のコインを手にしていたシラスは『幻想の揉め事』について聞いて回ろうと考えて居た。
 眼前の女はフィッツバルディだ。だが、この島に居る事で自身の安全を担保しているのだろう。「アタシが外に出る時にゃ、アンタは味方に付くのかい?」とローザミスティカは問うた。何も知らないの一点張りである彼女に対して何らかの意見を求めた場合は巻込むことになるだろうか。
(何も知らない、と言うのだって利口な判断なんだろうな)
 そんな様子を眺めて居た秋奈はその掌の中でコインを握り込む。弾正もシラスも、思う事があるのは確かだろう。それだけ『外』は自体が動いているのだから。
「で、この子だけで良い?」
「ああ。俺は保護者が医療技師でな。故に治療すべき個所は無い……と思う。
 ……解けきらない洗脳は残るが、あとは俺自身が打ち破るべきもので、それが独り立ちの試練であるそうなのでな」
 アーマデル、と弾正が切なそうに眉を寄せたが、アーマデルはチェレンチィを見てやって欲しいと静かな声音で言う。
「ほらよ、眼だ。ゴーチェのやつが丁度良かったな」
 今後は世話になるかも知れないと刳りだした目玉を渡すことほぎに「有り難う」とムナガはへらりと笑って見せた。それを好む時点で性根が曲がっているのは確かだ。
「はい、で?」
「ああ……治療というか、この水晶は別にこのままで良いんです。……ボクの弱さの証ですから」
「へえ……」
 意外だというようにムナガはチェレンチィをまじまじと見た。此処で治すことは別人の目でも宛がえば出来ただろうに、彼女は首を振る。
 自身のコインを押し付けて「経過観察をしてやってほしい」と頼んだ牡丹の事もある。ムナガは「分かった」とだけ返してから治療具を手にした。
「まぶたの内側を傷付けないように軽く削って、生活に支障のないようにして貰えたらそれで。
 たまに来る痛みもきっと、何かに反応してのことで、止めることは出来ないでしょうしね」
「あー……まあそうだろうね。じゃあ、また来た時はお嬢にでも何か集りなよ」
「おい、聞こえてるよ」
 ローザミスティカの非難めいた声を聞きながらムナガはチェレンチィに「少し眠くなるよ」と囁いた。『腕は良い』のは確かなのだ。その様子を眺めて居た牡丹は何事もなかったことにほっと胸を撫で下ろす。
「アンタ達、外のことは『また聞かせておくれ』よ」
 そう囁いたローザミスティカは固く閉ざされた鉄の扉を見詰めてから目を伏せた。
 この監獄は楽園だ。もう二度とは苦しみたくはないのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。外は物騒ですねえ。

PAGETOPPAGEBOTTOM