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シナリオ詳細

<月だけが見ている>造獣アンベシル

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 イルナス・フィンナの母親は魔種だった――

 イルナスの母は傭兵だらけの村の中では珍しく、弓を握る事は無かった。
 彼女の母であるレミナスは医者だった。深緑で生まれたレミナスは信心深いファルカウの信仰者であったが、家族と連れ添って森を後にして砂漠にまでやってきたという。
 偶然にも親族にレナヴィスカの傭兵がいたこと、その親族が病に苦しんでいるという話を聞いたからだ。
 レミナスは医者として移り住み、レナヴィスカの傭兵達を助けた。
 彼女がいたことで救命率が上がり続け、結果的に『死なずの長耳乙女』と呼ばれる程にレナヴィスカの地位は向上した。
 弓の名手の集まり、女性ばかりの砂漠の幻想種達。
 彼女達を支える医師レミナスはイルナスとエリナスという姉妹を産んだ。
 イルナスは傭兵達に育てられ幼い頃から弓にも親しんだ。将来はレナヴィスカの傭兵になると決めたのだ。
 対するエリナスは母の後を継いで医者になる夢があった。イルナスと比べれば線が細く非力であったエリナスらしい選択だった。
 イルナスに聞けども、それ以上のことは教えてくれないだろう。
 とある夜のことだった。
 レミナスはエリナスと共に薬草を採りに行くと行った。イルナスは眠気眼を擦りながら弓を手に二人の護衛を仰せ付かった。
 どうせ、普段から行く場所だ。大して問題は無い――筈だった。
 見たことのないモンスターが目の前に居た。
 それはエリナスの腹を裂き、命を直ぐに奪い去った。呆気もない事だっただろう。
 母は泣き叫び――そう、何かがあったのだ。イルナスは『それ以上は覚えて居ない』

「……結果だけ、お伝えしますね。私の母は魔種でした。私が母の喉を矢で穿ち、殺したのです」
『レナヴィスカ』の団長であるイルナス・フィンナは静かな声音で告げる。
「母は、私の妹が死んだ場面を目にし反転したのだと思っていました。幼い頃の話ですから……記憶も曖昧ではありますが」
 彼女は懐かしむように目を細めて語る。自身の出自について深く話さないのは、彼女が傭兵であったからだ。
 同情が欲しい訳ではなかった。故に、
 何時死ぬかも分からぬ己は出来る限り他の誰かと縁を酌み交すことは避けていたかった。
 あの様な風体ではあるが情の深いハウザーは人間の娘を引き取って育てていた。
 あれで居て、ラサを愛している節のあるディルクは自身こそがこの連合の王である矜持がある。
 イルナスはいつまで経っても空っぽだった。
「……こんな私の話を聞いて下さって有り難うございます」
 困ったように笑った彼女は、古宮カーマルーマの入り口に立っていた。
 イルナスが母を殺してから、随分の時がたった。あの時と比べれば、謎だらけだった。けれど――
「やっと、今分かりました。謎が解けて晴れ晴れとした気分です」
 イルナスはゆっくりと前へと進み行く。
「あの日、砂漠に居るはずのないモンスターがいた。
 ……私は何時も情報収集のために『先兵』として進むことが多かった。その欠片を探すことが出来ればと思ったからです」
 イルナスは目を伏せる。そして、深く息を吐いた。
 妹が死んだ切欠の糸を掴むことが出来たならば――自分の中にある痼りがなくなる気がした。
 妹の死を目の当たりにして母が反転してしまったあの日を思い出しながらイルナスは弓を番える。
「単身、カーマルーマに来て、吸血鬼……あの娘は、アツキと言いましたか……にはしてやられましたが、この身に花が残った儘でも構いはしません。
 後遺症が残るのであればそれで良い。其方の方が奴のことを覚えて居られるでしょう」
 イルナスは眼前に存在していた『錬金術で組み上げられたモンスター』を睨め付けた。
「あの日のモンスターは、錬金術によって作られたものだったのですね。
 つまり、博士とやらが戯れに作っただけのもの、だったと」
 イルナスは忌々しげに眼前の獣を睨め付けた。
『月の王国』と呼ばれた異空間は大精霊カーマルーマが作り上げたのだそうだ。
 しかし、カーマルーマは自らの権能を維持するために定期的な祭祀が必要となるという。
 悪しき者の手に渡ったカーマルーマ。その祭祀は『烙印の効果を早め』る事と合わさり、『偽命体』を産み出すために利用されていた。
 阻止した今、カーマルーマの力は揺らぎ、『月の王国』そのものの維持が出来なくなるという。

 ――ならば、だ。
 その中で実験をして居た『博士』を始め、彼に付き従う吸血鬼達はこの場を抜け出す可能性はある。
 吸血鬼とは名乗って居るが、実質的には『魔種』と相違ない存在だと言える。
 この心地良い研究エリアを失えど目的の為に為せることがある、と、そう考えるはずだろう。
「カーマルーマを出て、人の出払った『ネフェルスト』を襲うつもりだと言うのですね。
 イレギュラーズだけではない、このイルナスと『レナヴィスカ』が相手になりましょう」

GMコメント

 夏あかねです

●成功条件
 造獣アンベシルの撃破

●フィールド情報
 古宮カーマルーマです。月の王国からの出口に当たり、ネフェルストに繋がっていく道が後方にあります。
 イルナスとレナヴィスカがカーマルーマ周辺の警戒に当たっています。
 『月の王国』より飛び出してきたアンベシルの撃退をしましょう。
 周辺は朽ちた遺跡が存在するほか何もない砂漠です。砂漠であることから他のモンスターの横槍も警戒が必要となります。

●造獣アンベシル
『博士』が作ったキマイラ君。イルナスの妹『エリナス』を殺したモンスターに酷似しています。
 巨体です。大きな鰐の頭、獅子の体に、ひょろりとした尾を持った融合生物です。
 凶暴で暴力的。退路を開くために解き放たれたことが推測されます。
 周辺に『烙印』をばら撒きます。物理的な攻撃が中心ですが、凍て付くブレスを吐出すなど様々なモンスターの要素を寄せ集めているようです。
 その動きを止めるには三名程度必要です。非常に堅牢であり、BSの付与などイヤらしい攻撃が多いようにも見受けられます。

●晶獣『サン・ルブトー』 10体
 ラサに多く生息する砂狼が変貌したもの。群を作って行動しています。
 連携攻撃を来ない、主に牙やつめによる物理属性の攻撃を行います。EXAなどが高めで、手数が多い敵です。

●味方NPC
 ・イルナス・フィンナ
 レナヴィスカ団長。砂漠の幻想種。紅血晶の一件では索敵やネフェルストの管理に奔走していました。
 先んじて古宮カーマルーマを発見した際に吸血鬼アツキによって烙印を負った事から、その状況変化のためにもネフェルストにお留守番していたようです。
 ファレンと共にネフェルストの紅血晶の回収を終えたため、カーマルーマ周辺の索敵にやって来た所、アンベシルを発見したようです。
 ある意味で妹の敵は間接的に『博士』ではあります。が、モンスターにあって死ぬのは砂漠なら日常茶飯事だと割り切っています。
 また、妹の死を見て反転した母を殺したの自らの選択であると認識し、復讐心などを抱いているわけではないようです。
 ただ、ネフェルストが平和であれば良いと言うことだけが彼女の原動力です。
 弓を使っての遠距離攻撃が中心です。

 ・レナヴィスカの幻想種 3名
 イルナスと共に行動していたレナヴィスカの幻想種です。サフィア、エイシャ、リーズァの三名。
 弓を駆使して戦います。
 現状のイルナスは「苦しそう」「復讐だって言えれば楽でしょうに」「お母様を殺してからうんと大人びてしまったから」と話しています。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <月だけが見ている>造獣アンベシル完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月24日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
皿倉 咲良(p3p009816)
正義の味方
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ


 砂漠に吹き荒れた風は乾いていた。暗い夜闇に臆することなく、一層感覚を研ぎ澄ませる様は『赤犬』の右腕とも呼ばれた『砂漠の長耳乙女』の本質を表しているようである。
 ――イルナス・フィンナ。
 彼女は母殺しの咎を負っている。イルナスは目の前で妹を喪った。
 母は死に絶えた娘の亡骸を見てその心を深い苦しみの淵へと叩き落としてしまったのだ。どの様な声に彼女が応えたのか、どうしてそうなったのかをイルナスは分からない。
 弓を携え、佇む彼女の背を眺めながら『夢の女王』リカ・サキュバス(p3p001254)は目を伏せた。
 黄昏の色彩を宿した夢魔はその眸でイルナスを射ない。古傷とは晒すことさえ臆す。無闇矢鱈と触れるものでもないと認識していたのだ。
「天候よし! 視界よし! 足場は……うん。絶好の試合日和だぜ!
 あっちの選手はやる気満々みたいだが……なんかしまらねーな。ちゃんりか! ぺぇぺぇ揉ませぐはぁ!」
「何を云ってるんだか」
 飛び付こうとした『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の頭をぐっと押さえ付けてからリカはひしひしと感じられる異形の気配に肌を粟立たせた。
「……如何にも、の生物ね」
 嘆息した『剣の麗姫』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)はちらりと後方を見た。イルナスの様子が気にならないと言えば嘘になる。
 彼女にとって博士とは間接的に妹の仇で母を喪う切っ掛けを作った元凶だ。割り切っていると告げたからにはそれ以上、踏み込むことはないが――
「……本当に奇怪な生き物としか言う余地がありませんね」
「ええ。しかも、それが人目を忍んで這い出してくる。いっそ徹底抗戦でもしてくれれば良いのに。
 ここを出て別の場所を襲おうとするだなんて……まあ自分達が不利だと把握する嗅覚は良いのかしら」
 嘆息して見せたアンナにイルナスは弱々しい笑みを浮かべた。相対すれば、腸が煮えくり返るような感覚がしたのだ。
(……そうだよね。表情が硬い。闘いに身を置く以上は、いつ命を落とすか分からないっていうのはもちろんそうなんだけど……。
 妹さんを殺されたイルナスさんからしてみたら、辛いものは辛いよね。
 言葉ではあぁ言ってるけど、お母様も反転しちゃったってことも考えると心配なところは沢山あるな)
『正義の味方』皿倉 咲良(p3p009816)はイルナス・フィンナが常ならば割り切れていたとしても現状ではその体に花が咲いていることを知っている。
 褐色の肌に白く刻まれた烙印が彼女の精神を揺さ振り掛けるものであることだって、十分に理解していた。
(……イルナスさんだけじゃない。他の人達だって、コンディションが良いとはとても思えないし、そういう意味でも造獣には近づかせないほうがいいね)
 出来うる限りを担わねばならないと咲良は強く決意する。烙印とは見目鮮やかではあるが、それがどの様な不利益を及ぼし続ける乃化の全容は謎だ。
 例えば――太腿の烙印が疼こうとも。喉が渇き、血を欲し、無遠慮に啜れと脳裏の何処かが囀ろうとも。
(……まったく。曲がりなりにも厄狩である私がこうなるとは)
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は嘆息した。蒼白い顔をして居たが、この場で全てを回避できるとは思ってはいない。
「……分厚い熨斗を付けて返さねば、気が済まぬな」
 呟いた汰磨羈の表情にも苦痛の色が滲んでいた。烙印とは、人の心を蝕む物だ。幾タイ的な負担よりも、尚も重苦しい事が気にも掛かるか。
 気丈に微笑んだ『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)が柔らかな尾を揺らした。金色の眸には決意と、期待が込められている。
「イルナスさん。みなさん。サポートはメイが行うです。一緒にがんばろ、です!」
 幼い肉体を持った彼女とて、脇腹に疼く烙印を抱えている。それでも、だ。自身に出来るのは明るく微笑み、皆の『たいせつ』を護る事だけなのだから。
 何を思って此処に立っているのか。それは、メイにとっても立ち入ったことは聞きづらかった。皆が、大切に思っていることを傷付けたくはない。
 ――ああ、けれど、この姿は『ねーさま』が愛してくれた物だから。自分が自分でなくならないように、前を向かねばならない。
 這い出してきたキマイラの足が蠢いた。巨大な顎を動かして飛び跳ねるようにやってくる。獅子の肉体を弾ませた其れを睨め付けて『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の蒼き刀身を有する魔術礼装が閃いた。
 イルナスがこの地に留まった理由は母のことだけでは無いのだろう。レナヴィスカという存在を存続するためだ。本当は逃げ出したかっただろうか――?
 ラサと深緑との友好関係には『熱砂』の伝説もあるが、レナヴィスカの存在も少なくはなく影響している。ならば、幻想種としてドラマとて協力を惜しまない。
「……今回の一件、多数の深緑幻想種が誘拐されているようですし、中には吸血鬼として変異させられているモノも居るようです。
 それだけでも元凶に居る月の女王、博士の思惑を打倒するに足る理由となります。ぶち壊してやりましょうか!」
 唇を吊り上げて、地を蹴った。砂は走りにくいけれど――見上げた空の美しさに飲み込まれてややらない。うなり声を上げる『人造生物』を真っ向から睨め付けた。


 飛び出してきたキマイラ。それは正しく歪な存在であった。これこそが、博士の研究とは何であるかを象徴しているかのようでもある。
 駆けだした『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は仲間達の様子を一瞥した。烙印を振り撒くことの出来るキマイラは博士の手の物という事が分かりやすくて嫌にもなる。
「にげようとしてるんだよね? そうはいかないよ……」
 アンベシルの眼前へと飛び出したリュコスの鼻先がすん、と鳴らされた。自身の有する感覚を、更には幅広い視界で周辺警戒をカバーする事を意識する。
「『烙印』は、ひどいことだ。だから……ゆるさないよ」
 イルナスがアンベシルを鋭く睨め付けている。その横顔を見れば分かる。彼女だって思う事があるのだろう。だが、それを許さないのはレナヴィスカの長として――人を率いる立場としての信念だ。
「逃がさないからね!」
 咲良はアンベシルを見上げ睨め付けた。かっこよさと実用性を兼ね揃えた乙女の勝負服。『正義の味方』として駆けだしていく乙女はアンベシルの進軍を赦しはしない。周辺に湧き出てくる晶獣は跳ねるように飛び出した。
「全く、大盤振る舞いね。それだけ焦っているのか、それとも――だけれど」
 眼を伏せったアンナが手にした漆黒の布がひらりと揺らめいた。如何なる災厄をも払い除け、逃れられぬ死すら遠ざけとされた『不滅』。
 その象徴を揺らがせたアンナは不吉の名を持つ舞を踊る。軽やかに月の下でステップを踏む様は正に兎そのものだ。
「外へと敵を裂いたのは退路の確保なのでしょう。嫌らしいこと」
 呟くイルナスに「奇遇じゃん?と秋奈は笑った。楽しげに軽やかに、声を弾ませようとも正直なところ正気とは言い辛かったのかもしれない。
 イルナスを見詰めながら秋奈は笑う。『烙印はエグい』。それはそうだ。もう何もかもが分からなくなってきたかのような奇妙な心地。
「イルナスっち、いけそ? 私ちゃん、結構キツいんだけどさあ。でも、誰かに邪魔されるようなんじゃ、私ちゃんのキラキラは止められないって訳よ!」
 ――大丈夫だ。勝手に躯体がどこかに行こうと最後までやれるってこと、私に信じさせて。
 視界が紅に染まろうとも、私ちゃんになら、きっと、それができるはずだから。出来なければ、顔向けも出来ないだろう。
 アンナの元に引き寄せられた晶獣達の中にも逸れた者が居る。それらを引き寄せながらも引き抜いた戦神の武装。
 決意とともに大事を蹴った。振り下ろしたのはある流派の殺人剣。秋奈にとっては親しんでしまった邪剣の三連。
「私にもお任せを――」
「イルナスさん達は晶獣の数減らしをお願いしたいです! 相手の数が多いことは、それだけで脅威になるですから」
 メイが拳を振り上げた。イルナスは小さく頷いた。イレギュラーズに任せ数を減らす事に尽力すべく長耳乙女は弓を構える。
 自らに展開されたまじないは侵すことをも許さない。大地に立ったメイが握り締めたのは小さな祈りの鐘。道行きを示す軽やかな音色――唇を、噛んだ。
(……駄目。保たないといけないのです。『猫のひとに対する想い』が今のメイをつくっている、いるですが――『善悪も何もかもどうでもいい。自我すらも朧げな』元々の自分に還るような)
 烙印が、視界を眩ませた。メイは唇を噛む。この戦場を支え抜くならば一番に必要なのは理性的判断だ。
 自らの判断が崩れてしまえば、前線の誰かが手酷い傷を負う。最悪の場合は死という尤もたる悍ましい現象にも直面するのだ。
「この場を支えきることが、鐘を受け継いだメイの役割。絶対にやり遂げてみせる!」
 許せやしないとメイは真っ向からアンベシルと睨め付けた。ふわりと薫った甘い薫り。桃色の煙に、王女の蜜、それらを湛えた夢魔の娘は魔剣へと変化を命ずる――アイツを、絡め取る蛇となれと。
「さて、かのような歪な魂に私の魅了(チャーム)が通じるかどうか――」
 アンベシルを惹き付ける事こそがリカの担った役割だった。ああ、けれど、あれは意思ある生物と呼んで良い物か。夢魔の秘術を放つ娘はアンベシルが大口を開き飛び込んできたことに気付いた。
「巨大な体で突然レディに飛び付くのはマナー違反では?」
 受け止めんとするリカの上空を飛び込んだのはリュコスの指先より産み出された堕天の輝き。
 ノロビを帯びた一撃にアンベシルが一瞬怯む。ならば、アンベシルを傷付ける全てを赦すまじと飛び込む晶獣。
 汰磨羈が構えた『愛染童子餓慈郎』に纏わされた破災の一撃。和魂と荒魂の一部を注ぎ込み、作り出した擬似的な太極。陰陽の狭間より飛び出したそれがサン・ルブトー達を薙ぎ払う。
「御主等の背中は守る。その代わり、烙印大安売りの阻止は任せたぞ」
 唇を噛んだ。厄介なことにアンベシルを視界に入れるとそれと戦っている暇はないとでも想わされるかのようだった。
(――女王の気配を纏わせるとは、厄介な)
 唇を噛み締める。だが、まだ『ギリギリ』保っていられるのだから、直ぐにでも制圧を心掛けねばならないか。


 キマイラ。それは合成生物だ。それぞれが異なる意思を持っている以上は、『パーツ』毎に対策を練らねばならないのが厄介だとドラマは認識している。
「イルナスさん」
「この様な物を作り出す為に幻想種を拐かし、犠牲にしてたなど……許してなるものですか」
 イルナスの眸にぎらりと苛立ちが滲んだ。ドラマは小さく頷いた。アンベシルを複数人で引き寄せその地から動かさぬ為に尽力する。
 空気が、張り詰める。揺らぐ、そして――
「ええ、許してやるものですか」
 ドラマは言う。深き森に『籠っている』だけではもう我慢も出来まい。外の世界を知ってしまった。眩き青は奇跡と共に彼女を晴天の下に連れ出したのだから。全ての和平が壊れてしまえば、同胞達は皆、深き森を鎖すのだろう。
(ならば――此処でラサが幻想種を狙った事件を断ったとするべき、それが外に踏み出した者の決意です)
 無数の影が切り崩す。『存在』の肯定を、自らが存在する意味にかたちを齎す様に、その剣戟は『教わったとおり』の鋭さを帯びている。
 ひらり、身を翻すドラマと入れ替わるように咲良が飛び込んだ。叩きつけた拳は、何処までも鋭く。早さこそが咲良の武器だった。
 皆が食い止めるというならば、咲良は疾風のように駆けて行く。必要なのは道だった――この先へと、届くようにと手を伸ばす。
「烙印? そんなのがどうしうたっていうの? ――こんな悪趣味な化物、さっさと倒しちゃおう!」
 その体に刻みつけられる花など、大したものではない。仲間達の血潮から溢れた花片が、眩い月の下に踊っている。
「おおきいね。おおきいけど、だからこそ……逃げられないよ。逃がさないから」
 リュコスの声音は地を這った。傷付いたって、苦しくなど無かった。誰かを護れるというならば、挫ける理由なんて何処にもなかったから。
「ぼくが、みんなのためにたたかうんだよ」
 恐れてばかりでは居られない。アンベシルの視線が咲良へ向いた。だからこそ、刻みつけるのは魔力で作り出した神滅の魔剣。
 鋭き一閃にアンベシルの肉体が傷付けられた。リュコスは見る。眩い、花。
 目を瞠るほどの光景だった。
 薔薇色の花片が月下に舞い踊る。引き攣った息を飲み込んだ。悪趣味で、悪辣なマッドサイエンティスト――この素体はもしかして。
「ッおらおらー! 今日はうちらでバーサーカー女子会だ!」
 硬直する空気をも切り裂くように秋奈が叫ぶ。
「ぶははっ! 待たせたのう、ここで散るとも知らずににのう! これだとこっちが悪役っぽいな?」
「正義の味方だって偶には悪いのです」
 こくんと頷いたメイはファミリアー達を駆使して晶獣の位置を確認し続けた。メイのサポートを受けながら、一気呵成に攻め立てるはアンナ。
「すぐに倒してあちらへ加勢しましょう。烙印、本当に厄介そうね……」
 狂気。女王への服従心の芽生え。考えただけでも反吐が出る――なんて傲慢な効果なのか。挙げ句の果てに博士の指示に従えというのだ。
「莫迦らしい話だ」
 端的に、そう告げて汰磨羈がサン・ルブトーの横面を弾き飛ばした。リュコスはつい、と顔を上げる。暴れ回ったアンベシルの『肉』の解れ。
 縫合した糸が解れ頭部と胴の繋ぎ目が露出している。「あそこ!」と声を上げたリュコスへと咲良は頷いた。
「ええ――!? もうッ! さっさと倒れてよ!」
 パーツ毎にバラバラになって終うのも見て入られない。その頭はどのモンスターのものだったのか。胴は――いや、腹の中身に何が入っているかさえ考えたくはない程のちぐはぐさ。
 それを人にも施して、作り上げる未来は不老不死? 死者蘇生? それから、『反転からの回帰』
「ばかみたい!」
 咲良は叫んだ。退けられたサン・ルブトー。メイが「残るはあいつです!」と声を張り上げた。頷けば、汰磨羈が走り出すまでは間は無かっただろう。
 引き寄せ続けるドラマとリカに募る苦痛も、鮮やかすぎた花の気配も、全てを遠ざける。獣の接近にいち早く気付いたのは幸運だった。
 それらが『烙印』を得たならば、末路は屹度――
 其処まで考えて「早期撃破です」とドラマは呟いた。
「Uhh……このまま、たおすよ!」
 頷くリュコスに咲良が大地を蹴った。アンベシルへと叩きつけた一撃に腕が悲鳴を上げる。
 押し込め、お前みたいな奴が『生きていてはいけない』のだ。存在も許されぬ獣をここで絶つ為に。
「すまんなイルナスっち! メインディッシュはウチが戴くぜ!」
 唇を吊り上げ笑った秋奈へとイルナスは鋭く言った――「さっさと、斬り伏せなさい!」と。
「ラジャー! え、何? 司令官ってワケ? ぶははは、承知したぜ、ボス!」
 秋奈が地を蹴った。「ちゃんりかぁ! たまきちぃ!」と天より叫ぶ声がする。見上げた汰磨羈が唇を吊り上げ笑った。
「落ちる場所を、見誤るなよ!」
 汰磨羈の一閃――アンベシルの肉体を切り裂いたそれの上に秋奈の片足がとん、と降ろされた。そのまま、刀を足場に秋奈が跳ね上がる。
 その先にはアンベシルを引き寄せたリカが立っている。蠱惑的に笑った彼女の唇が吊り上げた。
「さあ、眠る時間ですよ? 最も――永劫に醒めない眠りになるでしょうけれど」
 その笑みに宿された気配は夢魔の誘い。リカの言葉の通り秋奈が剣を振り下ろし、ぐりんと回転するようにアンベシルに弾かれた。
「っとォ――!」
「畳みかけますよ!」
 イルナスが声を上げた。アンナはその姿に察知する。ただのイルナス・フィンナで居れば膝から崩れ落ちてしまいそうだったのだ。傭兵団『レナヴィスカ』のイルナスでなくてはならない。
「貸しよ?」
 アンナが揶揄うように笑う。びゅ、と風を切った布は、何でもかんでも『しっちゃかめっちゃかのずったずた』にするかのようだった。
「もう十分に暴れたでしょう。いい加減に眠りなさいな」
 此処から先に征く道はない。ずん、と音を立てて崩れていくアンベシル。肉体の縫合痕は解れ、パーツごとに別れていくかの如く。
 眺めていた咲良がへろへろと膝を付く。メイは「大丈夫ですか?」と声を掛けた。鮮やかな花、水晶の気配。
 それでも気丈に笑っていた娘は古宮カーマ・ルーマを眺め遣る。
「もう……全てを終わりにするのですよ」
 ぽつりと呟くメイは腹に刻まれた花をなぞるように指先を這わした。乾いた夜風は少し肌寒ささえも感じさせる。
 何もない砂漠地帯。続いて行く白砂の海に残された獣の死骸は何者かの不幸を嘲笑うかのようだった。
 血を拭った咲良からふいと視線を逸らした汰磨羈は重苦しい気を吐く。
「済まない、血は見せないでくれ。どうにも、我慢が利かなくなってきている」
 ――諸悪の根源は、異空間に待っている。外界の夜と、あの世界の夜はまるで違う色をしているか。
 乾いた風の下佇んでいた彼女達は来るべき決戦に向け、歩き出した。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ドラマ・ゲツク(p3p000172)[重傷]
蒼剣の弟子
リカ・サキュバス(p3p001254)[重傷]
瘴気の王
皿倉 咲良(p3p009816)[重傷]
正義の味方

あとがき

 お疲れ様でした。
 イルナスにとっても、皆さんは心の支えであったかと思われます。

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