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シナリオ詳細

<月眩ターリク>悠久プラセボ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――ぬうぉぉおおおお!!

 ソル・ファ・ディールは想起する。あの日を。あの刹那を。
 彼はタウロスの一族であった――『力のある者が長』となるしきたりがある、その一族の長であったのだ。故に彼は当代随一の力を宿しており……だからあの日も至った外敵に対し、自ら率先して戦士となった。咆哮と共に至る外敵を押しのけんとしたのだ。
 だが、彼は敗北した。
 いや厳密には負けはしなかったが――彼は『牙』を受けたのだ。
 つまりは吸血鬼へと至る道。女王の配下へと至る道を……
 ――だが。彼は今、揺蕩う様な幸福の中にある。
 長としての重責。皆を導く責務。
 それらを解放され、一個の戦士としてだけ振舞える今が――どこまでも幸福だ。
 ……『ソレ』が烙印による蝕みの影響かは知らぬ。
 だがいずれにせよ彼はもう後には戻れなかった。

「我が一族須らく『力』に従うべし――それが唯一にして絶対の掟だ」
「拡大解釈だな。だからといって、一族をアレに注ぎ込むかね」

 ――月の王宮城門前。
 語るは件のソルとガルトフリートという――魔種だ。
 彼らの目の前には竜……を模して造られた紛い物、晶竜(キレスアッライル)なる存在がいる。それは以前グラオ・クローネの日にネフェルストへと襲い掛かった一体であり――そしてソルの一族の者も素体に組み込まれて造られた『怪物』であった。
 そう。彼は差し出したのだ。女王への忠誠の為、自らの血筋を。
 全員ではない、まだ生き残っている者もどこかにいるかもしれない。
 だがそれでも彼は狂い果てている。この竜こそがその証左……
「愚問。全てにおいて優先されるは女王の身よ。
 後はルナも至れば、奴の身より『黒き獣』の因子を――」
「あらあら。そんな事言いながら、聞いたわよ。彼から。
 招待状をうっかり送り忘れていたと……ひどい兄ね?」
「……ベルンティアか」
 同時。ソルの言に続いたのは――一人の女性だ。
 その者はベルンティア。吸血鬼の一人である。
 彼女もまた女王に魅せられし者。
 この地を守護するべくイレギュラーズに立ちはだかった者。
 そして彼の『弟』にも烙印を刻んだ者。
「勝手な事を。奴の血に混ざりものが出来たらどうする」
「あら。確かあなたの一族に伝わるのは只の御伽噺じゃなくて?」
「御伽噺だろうが伝説だろうが、人々が感じ得る念より作られる存在もあるものだ」
「それは、ピオニーからの受け売りかね?」
「さて――とにかく。そろそろ我々も任に付かねばならんようだな」
 刹那。ソルらは『侵入者』の気配を感じるものだ。
 ――恐らくイレギュラーズであろう。月の王国に対して、幾度のかの偵察があった事は既に報告を受けている。いよいよもって大規模に踏み込んできた、と言う事か。だが、此処は通さぬ。女王の赦しなく城内に踏み込むことなど――許さぬよ。
「ベルンティア。確認だが、城門が破られる事はないのだな?」
「ええ。あの城門は強固に固められているわ、ただし……」
「それも結界あってが故の事。守護の軸が潰えれば話は別――と言う訳だ」
 ガルトフリートが視線を滑らせた先。そこには、球体型に光り輝く魔法陣の一種があった。
 ――これは月の王国を護るモノが一つ。
 要は王国には結界が張られており、維持されている限り不法なる侵入は出来ぬという訳だ。故にイレギュラーズ達は王国各地に存在する魔法陣を壊さんと一斉攻撃を仕掛けてきている。
 が。そうはさせぬと立ちはだかるのがベルンティア達だ。
 頭が高い。女王の御前だぞ――首を足れよ。
「私達の忠誠を示す場でもあるわ。頑張りましょうね――?」
「ふむ……ガルトフリート、お前は魔法陣を固めておけ。前面は我らが出る」
「承知した。存分に暴れてくるがいい」
 彼らは往く。女王への忠誠を示す為に。
 吸血鬼たるソルにベルンティアは――強き願いが胸の内より溢れんばかりだ。
 お前達も分かるのではないか、イレギュラーズよ。

 烙印の蝕みを受けている者は――特に、な。


 王国へと踏み込むイレギュラーズ達。
 『紅血晶』の事件に纏わる敵の本拠――それが月の王国だ。
 彼方には立派な王宮が見えようか。あそこに今すぐにでも進撃したい所だ、が。
「流石に一気にはいけねぇって事だったな。
 ――まぁいいさ。こっちもこっちで用がある『奴』がいるし、な」
「……あぁ、そうだな」
「……ラダ、大丈夫か? やっぱ烙印が痛むのか?」
 言の葉を紡ぐのはルナ・ファ・ディール(p3p009526)にラダ・ジグリ(p3p000271)である――が。ラダには些かの異変が生じていた。それは、彼女の首筋に宿っている……烙印の影響であろう。
 かの印が進行しているのだ。
 なんとなし以前より太陽が眩しい。夜が恋しい様な、妙な感覚が渦巻く。
 水を飲んでも潤されぬ――飢餓感もどこかに感じようか。
 であれば。それは同時期に烙印を受けたマリエッタ・エーレイン(p3p010534)も同様。
「……厄介ですね。なにより厄介なのは――この感覚がどこか『心地良い』気がする事でしょうか。迂闊に気を抜けば身を委ねてしまいそうな……」
 頬に咲く花の刻印。それがマリエッタの烙印の証か。
 指でなぞれば確かにある魔術的感覚――だが、死血を司る魔女としての性もあるのだろうか。心中に芽生える高揚感の如き感情が彼女の心を満たさんとする。塗りつぶす程ではない、が。
「ベルンティアをなんとか……してもまだ消えないのかな、これは」
「大元の女王を打ち倒さなければならない気がしますね。
 吸血鬼……これはきっと『親』たる女王の力が根源なのでしょうし」
 更には烙印を気にするのは藤野 蛍(p3p003861)に桜咲 珠緒(p3p004426)だ。
 蛍はベルンティアより烙印を受け――やはりその痛みに蝕まれている。
 マリエッタやラダに比べれば比較的まだ蝕みの深度は浅いものの……しかしこのまま時が流れゆけば、やがては同じことだ。ベルンティアの様に魂が『女王』に囚われる――女王に一生を捧げる様な存在になってしまうのだ。
「だけれども、まぁまだ絶望するには早いもんだ。
 見た所猶予はありそうだ。まだ『戻って』これるだろうさ」
「――婆様」
「あぁ。その為に此処に皆で来ているのだろうし、な。流石にこの規模の戦いになると私の出る幕はなさそうだが……代わりに役立ちそうな代物を幾つか持ってきた。使ってくれ」
 直後。告げたのはラダの親族であるニーヴァ・ジグリにラルグス・ジグリか――放浪癖のあるニーヴァだが、孫娘の危機に久しく一定の場所に留まっている様だ。此度も助力せんと駆けつけた次第。
 父であるラルグスは本職が商人であるが故に、荒事に特化している訳ではない。だからだろうか、本格的な戦争状態に突入せんとしている今、自らの力ではなくイレギュラーズの力になりそうな代物を持ってきたようだ。
「父さん。これはたしか、取り扱ってた品物の一部では」
「何。今回ばかりは使い所を惜しむ場でもないだろう。それより必ず無事で戻る事だ」
「――ギバムント。いやガルトフリートの事も気になるしね」
 と、その時だ。ニーヴァが彼方を見据える――
 ラダの祖母である彼女は知っている事がある。故郷『ヴァズ』に祀られていた大精霊『ギバムント』の守護者であった者の事を……たしか名はガルトフリートと言うのであったか。
 ギバムントとは深緑で幻想種達が罹患する『石花病』にもよく似た奇病を齎す存在。つまりは負を齎す精霊を封じていた――のだが。もしやギバムントによる影響でおかしくなったのか? それとも何か干渉した者でもいたか。
 いずれにせよニーヴァとしては気に掛かる存在であった。
 出来る事ならば接触を果たしてみたいと思う……まぁ状況が許すかにもよるだろうが。
 蝕みは、刻一刻と酷くなる。
 だがまだだ。まだ絶望する程の時ではない――

 城門を抉じ開けろ。かの国の満月を砕け。

 ――紅き宝石の導きを、跳ねのけるのだ。


 ガルトフリートは思考する。烙印を身に宿すソルやベルンティアを見据えながら。
 ガルトフリートは吸血鬼ではない。傲慢の魔種であり、根本的には女王に対する想いは欠片粒程にもない者。ピオニー……『博士』と呼ばれる者に誘われ傭兵団『宵の狼』に身を寄せたにすぎぬ。
 だが、まぁ。いいだろう。

「私は私の儘に在り続ける」

 女王よ。
 望むのならば、ギバムントの名を轟かせよう。
 望むのならば、万物を恐怖の渦底に落としてくれる。
 女王よ。この月の王国で永遠の頂点者で在り続けるが良い。
 ――私は世界を手に入れる者。こんなちっぽけな月の果てなどに留まる者ではないのだから。

GMコメント

●依頼達成条件
・敵勢力の撃退。
・魔法陣の破壊。

 いずれかを達成してください。

●フィールド
 『月の王国』と呼ばれる地。その城門付近の一角です。
 夜空には満月があります――と言ってもこの地はどうやらいつ来ても夜で、満月のようですが。ともあれ満月であるからか夜なのに視界は良好です。特に問題はない事でしょう。
 後述する敵戦力が既に展開されています。
 敵戦力後方側には球体型の魔法陣が存在しています。これは城門を護っているモノで、この依頼を含めて多くの魔法陣が壊されると城門が破壊されると思われます――その為、敵勢力を撃退するか、魔法陣の直接破壊を試みてください。

●敵勢力
●ソル・ファ・ディール
 タウロスの一族。その長であった人物です。
 現在は『吸血鬼』と化しています。どうやら完全に女王なる者を崇拝しているようです……『力のある男が長』とする一族で長だっただけはあり卓越した戦闘力を宿しています。素早い機動力と繰り出される膂力は脅威でしょう。
 戦場をかき乱す様に移動し続け、イレギュラーズへと攻勢を仕掛けてきます。また、吸血鬼化しているからか『烙印』を付与しようと噛みつく行動を行う場合もあるようです。

●『吸血鬼』ベルンティア
 月の王国に属する吸血鬼です。元々人間種の女性であったように窺えます。
 ベディートを使役し、己は物理・神秘に優れた魔術を放ってくるようです。

 彼女から行われる攻撃には全て【出血系列】のBSが付与される可能性があります。そして彼女から受けた出血系列のBSは効果発動時、ダメージが二倍になる事が時々ある様です。この二倍効果に関しては『特殊抵抗』の値が高いと発生確率が減ります。

 また、彼女は隙あらば『吸血』しようとしてきます。
 吸血された場合、後述される『烙印』が付与される可能性がありますのでご注意を。

●『晶竜』ベディート×1
 晶竜(キレスアッライル)と呼ばれる存在です。
 竜の如き姿を持つ、紛い物の存在――なのですが。しかし以前の戦い(<晶惑のアル・イスラー>ビドアの采配)において大規模な負傷をしており、更にほとんど癒えていない様ですので前回程の力は残っていないものと思われます。

 主に巨体を活かした突撃などを行ってきます。
 以前は『左の翼』『右の翼』『尻尾』がそれぞれ別個に動いていましたが、今はもう『尻尾』しか動かぬようです。尻尾は高攻撃力の薙ぎ払いを行ってきますので、ご注意を。
 なお尻尾は本体とは別に行動を(つまりベディートは確定で複数回の攻撃を)行う事がある様ですが、本体のHPが0になると、尻尾も撃破扱いとなり動かなくなります。

●ガルトフリート
 ラダ・ジグリさんの故郷『ヴァズ』に祀られていた大精霊『ギバムント』の守護者にして守人――であった人物ですが、今はもう魔種となり果てています。どうも『博士』なる人物と関わりがあるようですが、それ自体は今回は重要な事ではないでしょう。
 ガルトフリートは魔法陣を護る様に後方に位置しています。
 前に出てくる様子はありませんが、接近する者がいれば迎撃の姿勢を見せる事でしょう。

 独特な呪術を用い、幾重ものBSを付与する術を得意とします。また、暗殺術にも優れているようでいきなり背後に回ってくる一撃も行使します。恐らく先述の呪術との合わせ技だと思われます。
 その他になにがしかの技能を宿しているかは不明です。

●『晶獣』リール・ランキュヌ×10~
 紅血晶が付近の亡霊と反応し生まれたアンデッド・モンスターです。
 強力な神秘遠距離攻撃を行ってきます。が、耐久面は左程でもない様です。多くは『晶竜』と共に皆さんに相対しますが、一部はガルトフリートと共に魔法陣の防衛の為後方に位置している者もいるようです。ここは敵地ですので、長期戦になるとある程度の数の援軍が訪れる場合があります。

●味方勢力
●ニーヴァ・ジグリ
 ラダ・ジグリさんの祖母です。後方より皆さんの支援を行ってくれます。
 支援の術や治癒術、その他幻想種として攻撃魔術も幾つか振るえるようです。ガルトフリートの事を気に掛けており、可能であれば魔法陣側に赴きたい様子もあるようです。

●ラルグス・ジグリ
 ラダ・ジグリさんの実父です。本職は商人である為、激戦が予想される今回はシナリオ上には直接登場しませんが、代わりに支援物資を用意してくれたようです。選択肢のいずれかを選ぶと、ステータスにある程度の上昇補正がつきます。
 どれを選んでもデメリットはありませんので気軽にお選びください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。


ラルグス・ジグリの支援
 ラルグス・ジグリより支援物資が届いています。
 以下のいずれかの補正を付与する事が可能です。
(本シナリオでのみ扱う事の出来る携行品のようなモノです)

【1】トゥエン・ディーダ
 ラルグスが取り扱っている物品の一つで、護符の一種です。
 ステータス補正:HP++、物攻+、防技+

【2】レプトラ
 ラルグスが取り扱っている物品の一つで、護符の一種です。
 ステータス補正:AP++、神攻+、抵抗+

【3】ヴィニス・ゲール
 ラルグスが取り扱っている物品の一つで、護符の一種です。
 ステータス補正:命中+、反応+++

  • <月眩ターリク>悠久プラセボ完了
  • GM名茶零四
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月03日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

リプレイ


 ――空に月が浮かんでいる。
 偽りの満月だ。ソレはいつでもこの地を照らし、この地を存続させ続ける。
 正に吸血鬼の為の世界。正に吸血鬼の為の永遠――
「いつ来ても夜とは、また幻想的な場所だね。偽りに偽りを重ねているとはいえ、これもまた一つの世界と言えるだろう――願わくばこの場所を心行くまで冒険したい所だ、が。その前に成すべき事がある、か」
 然らば『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)の好奇心が胸の内で渦巻くものだが、周囲を俯瞰する様な視点で眺めれば……敵の姿を即座に捉えようものだ。晶竜に晶獣が展開し、こちらの動きを阻まんとしてくるか――
 故に先手を取って穿つ。
 ミニペリオンの群れを敵陣中枢に放ちて道を切り拓こう――さすれば。
「――見つけた。こんな汚らわしいモノ押し付けてくれた落とし前、付けさせてもらうわよ! ベルンティア!」
「あら。前に見かけた子ね――ふふ。そんなに私の事が忘れられなかったのかしら?」
「蛍さんに不躾なしるしをつけてくれた礼を返さなければなりませんね。
 ええ――このようなモノ、地を扱う身として甚だ不快なのです」
 次いで『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)と『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)は晶竜と共にあるベルンティアへ敵意と闘志を滾らせるものだ――月の王国へ至った蛍は、ベルンティアによって烙印を身に宿す事となった。
 身を蝕む感覚が常に蛍の内にある。
 ――だけど変わらない。変わってたまるかこんなモノで。
 御礼参りと行こうではないか。魂の果てより信ずるは、見た事もない女王なんかじゃない。
(珠緒さんなんだから……!)
 噤む口。惑わされる事なく彼女らは進もう。
 珠緒が先陣切る様に駆け抜ければ、繋がる心が間髪入れずに蛍の道筋も作るのだ。連鎖する様な行動――反射的に晶竜が迎撃の尾を振るわんとするが、珠緒らの動きの方が一手早い。跳躍し躱してベルンティアらへと挑みかかる。
 敵陣を抉じ開けるのだ。
 蛍の炎獄たる撃が地に炸裂し、更に晶獣らも纏めて珠緒の一撃が舞いて。
「晶竜ベディート、ですか。ネフェルストを襲ったあの時の個体……
 みすみす見逃してしまいましたが、二度目はありません。
 此処で。今度こそ決着を付けさせてもらうとしましょう」
「――ったく。面倒な連中がぞろぞろと出てきやがって。ただでさえ知らねえ女に惹かれる気がして、こちとらうんざりしてるのに……これを更に先に進めようなんざ承知出来るかよ。邪魔するってんなら――」
 ぶっ潰してやるぜ、と。紡ぐのは『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)だ。すぐ傍には『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の姿もあれば、敵勢力の中でも……晶竜の姿を見据えようか。
 特にシフォリィは以前ベディートと刃を交えた事もある。惜しくも敵を逃してしまった苦き面もあるのだが……故に『次』はないのだと意思を纏えば、蛍らに続いて晶竜の戦線へと一気に跳躍しよう。
「邪魔ですッ……! そこを退いて頂きます!!」
 一喝する声と共に狙い定めるは――周囲に展開していた晶獣らへと。
 まずは多数展開する晶獣らを討ち祓うのが先決だ。
 故に一閃。戦線が開かれたばかりであり、まだ混戦と言える程の接近が果たされていないこの瞬間であればこそ味方を巻き込まぬ位置に撃を叩き込めるものだ。
 シフォリィは呪いを帯びた一撃をもってして、魔法陣側に位置する者すら纏めて狙おう。ルカも振るう斬撃は――まるで掃射の如く。地に蔓延る悪意の者共を誅殺せしめん。
「ほう。手練れだな、流石はイレギュラーズ……と言っておこうか。
 尤も。貴様らの躍進も全て――女王へ捧ぐものだが、な」
 であればソルが前線へと出でるイレギュラーズへ視線を巡らすものだ。
 強い。が、強いからこそ烙印を刻む意味もあるのだと。
 狙う。この牙を誰に突き立てようかと――思考した、その時。
「――よぅ、今度はちゃんと相手してくれや、兄上様よ」
「ルナか」
「そっちのベルンティアから話は通ってるだろ。俺が来るって事は、な。
 まさか、下が上に喧嘩売るなとかだせぇこと言わねぇよな?
 何てったって、それぁてめぇの女王様がやってることだろ?」
 『黒き流星』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)は斯様に戦場を巡る者らに狙い定めんとしていたソルへと相対しようか。ルナであればこそソルの縦横無尽たる速度にも追いつける。
 ――崇高なる女王様の在り方を学ばさせて頂こうっていうんだぜ? なぁ、ソル。
「初めての本気の兄弟喧嘩といこうぜ」
「ぬかせ」
 駆け抜ける。超速と超速のぶつかり合いが、幾重にも――
「ソル・ファ・ディールにベルンティア……見た顔が幾つもありますね。
 そしてベディートも……事態が大きく動き始めた今、全てが集いますか」
「あのソルとか言う奴ね――マリエッタに烙印を刻んでくれたのは」
 さすれば『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は周囲の状況を見据えつつ想いを巡らせるものだ。烙印を身に宿されたあの日から続く因縁……事情を聞いた、マリエッタと親しい『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は奥歯を噛みしめようか。
 感情が渦巻く。滾る様に。
 ――だけど冷静にならなくてはならない。
 今、成すべきは感情の儘に動く事ではないのだから。
 往く。マリエッタはまず晶竜たるベディートを狙いて血鎌を紡ぎ。
 セレナは魔女の相棒たる箒と共に飛翔し――獣らを引き付けよう。
「さぁこっちよ。マリエッタの邪魔はさせない……わたしが相手をしてあげる」
 名乗り上げるように彼女はあえて大仰に立ち回ろうか。
 ……マリエッタ、大丈夫よね。烙印なんかに惑わされないで。
(わたしの祈りと願い……お守りだってあるんだもの)
 彼女は信ずる。親しき者の心を。その強さを……
「ラダ、大丈夫ですこと? 烙印を受けた者の中でも、貴方は……」
「ああ……大丈夫だ。飲まれている訳ではない。私は正気だよ」
「……そう、それなら良いのだけれど」
 続け様、動きが見えたのは『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)に『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)だ。思ったよりも烙印の進みが速い――リミットが迫っていればこそ、早く解決策を見つけねばならぬとヴァレーリヤは思考するものだ。
 故にこんな所で足止めされる訳にはいかない。
 道を抉じ開ける。邪魔立てする晶獣らがいれば、ヴァレーリヤは薙がんとしようか。そして。
(ああ、大丈夫さ――こんな程度、まだ何の問題もない)
 ラダも銃を構え、ベディートを中心として銃撃の雨あられを降り注がせようか。近付く個体がいれば銃床で思いっきり殴りつけてやる。
 ……烙印の症状を隠しているわけではないが、影響を受けた姿を晒すのは癪だ。
 故に彼女は背――いや、うなじ――に存在しているソレを、見えないようにしている。時折滲む様に脳髄に『何か』の感覚が走る事があるのだ、が。そんなモノはラダにとってただただ不快なだけに過ぎない。
 ――敬愛? 忠誠?
 そんなものを印を伝いて強要など、吸血鬼は神経を逆撫でするのが上手な事だ。
「だからこそ――殴り甲斐がある」
 であれば。ラダの内に渦巻くのはむしろ『怒り』だ。
 吸血衝動など塗りつぶす程の――怒り。
 この感情をもってして突き進もう。
 あぁむしろ感謝しているのさ。殴り甲斐のあるお前達で良かったってな。

 狙うは魔法陣。一気呵成に攻め立てるのだ――!


 魔法陣を防衛せんとする者。月の王国へ踏み込む為、破壊せんとしている者。
 それぞれの意思は交差し――激化の一途を辿っていた。
「ベディート、そうよ。暴れなさい。思うがままに命を燃やし、女王に尽くしなさい」
 渦中。ベルンティアは雷撃の魔術を操りてイレギュラーズに迎撃の一手を放っていようか。更には彼女の指示により晶竜も派手な動きを見せる――巨体を活かし敵対者を薙がんとするのだ。その直後には晶獣らの援護も入れば攻勢の圧は強まろう。
「ぞろぞろ雁首揃えた所で、質が伴ってなきゃ大したことはねぇんだよ――一気に蹴散らしてやる!」
 が。ここに集ったイレギュラーズも生半可な戦力ではない。
 晶獣らの魔術に臆する事なくルカは突き進むものだ――むしろ連中の一撃程度、その手に抱く黒き剣を振るいて撃ち落としてみせよう。ラルグスの支援もあってかイレギュラーズ達の動きは洗練さを増してもいるのだ。再びの斬撃が敵陣へと振るわれれ、ば。
「長期戦になってしまうと敵にも増援がある筈ですわ……その前に流れを掴みましょう!」
「婆様、私達の傍へ。ガルトフリードに関しては、また後で――」
「あぁそうだな。うんうん、分かってるさ。流石に無茶して一人ではいかないよ」
 更にヴァレーリヤがメイスを構え、聖句と共に吶喊しようか。
 とにもかくにもまずは数を減らすべきだと。先のルカに続く形で晶獣らへと圧を重ねていき……さすればラダは一度、己が祖母であるニーヴァの様子も確認しておく。常日頃から飄々とした婆様だが流石に危険地帯でも自由奔放……ではない筈だ。
 ニーヴァは皆に治癒の加護を齎しつつラダは万全の状態で集団を薙いでいこう。
 そうすれば晶竜ベディートはまだ健在だが――晶獣の方には亀裂が見え始める。
 イレギュラーズの大攻勢の方が勝っている、と言う事か。故に。
「援軍が着いても各個撃破になるほど、早く倒せばよいのです!
 この程度で私達を抑えられるとは思わない事です……!!」
 珠緒も数の有利を握る為、歩みを止めぬ。
 自らの振るう藤陣術を幾重にも繰り出し敵を翻弄せしめるのだ。ベルンティアが邪魔だとばかりに彼女に向けて術を振るうが――されど止まらぬ。むしろより深く踏み込みて、雷撃を背筋に掠めるに留めさせようか。
「ベルンティア――こっちだよ! ボクを見ろッ!」
 同時。珠緒の動きに続く形で蛍が跳んだ。
 血。血を見る度に、彼女の心の奥底が微かに疼く。
 烙印が進行すればもっともっとこの疼きが強くなるのだろう――だけど。
「ボクは変わらない。ボクは思い通りになんてならない。ソレを証明してみせる!」
「抗っても苦しいだけよ? 只人でいるのがそんなに誇らしいの?」
「只人とか特別とかそんなのどうでもいい。ボクは……珠緒さんの隣にいられれば、それでいい!」
 彼女の気は揺らがない。心に混ざり物をされたぐらいで変わったりしない。
 自らの心を鼓舞しながら――蛍はベルンティアへと一撃紡ごうか。
 奴の魔術は数多の干渉を遮断しうる術をもってして防ぎ切る。出血までは防ぎ切れぬものの、しかし直接的な被害が軽減できれば効果は大きいものだ。多少程度の傷であれば自らの治癒だけでも十分に間に合うのだ――抑えきれるッ!
「連中の目論見通りにはさせないよ。リベンジでもあるんだ、負けられないね。
 ――全力で行かせてもらおうか」
「獣の方は片付きつつあります――後は竜を! そして――魔法陣を!!」
 直後にはゼフィラの治癒が前線で戦う者達に降り注げば、戦う力となりえようか。
 戦線を支えているのだ。ベルンティアの血を伴う魔術やベディートの強力な一撃が振るわれようともそう簡単に脱落する者が出ない一助となっており、シフォリィは晶獣らの体力が限界に近付きつつあることを察して攻め立てる。
 剣撃紡がれ獣が砕かれれば――いよいよイレギュラーズ達の作戦は『本番』となろうか。
 防衛を担っている中核の連中を穿ちに往くのだ。
「マリエッタ!」
「ええ――セレナさん。あの竜の中に込められている魂を、解放しましょう」
 であればセレナは魔力を収束させつつマリエッタへと言を飛ばすものだ。
 狙うは晶竜ベディート。数多の命を犠牲に作られた、過ちの存在。
 ――あの時の不始末は、此処で決着を付ける。
 セレナの砲撃が如き一閃が戦場に瞬こうか。破壊魔術の一端が放たれれば、ベディートの腹部を穿つ。甲高い悲鳴のような声が響いたと思えば……間髪入れずにマリエッタも続くものだ。
 戦いの加護を纏っている彼女は正に万全の状態。
 死血の魔女としての血が疼こうか――あぁ。
 顕現せしめるは神滅の血鎌。ベディートを両断せんと直上より斬り落とそう。
「チィ――幾らか削れていたとはいえ晶竜をこうも押すとは!」
「何処見てんだ? 余所見なんざするもんじゃねぇだろ――喧嘩の途中だぜ」
 刹那。その戦場の光景を見たのはソルか。
 ルナとは熾烈な攻防が続いていた。ソルも尋常ならざる速度で翻弄せんとしてくるが……一挙手一投足、もう間違えるわけにはいかないのだ。ルナは喰らい付く。仮に力じゃ敵わなくても――
「負ける訳には――いかねぇんだよ」
「気概だけで全てが成せるものか。身の程を知れッ!」
 一瞬の隙を見切りて一撃叩き込もう。極限の速度の中でこそ穿てる一閃が、ソルを捉える。
 が。ソルも甘くはないものだ。交差するその刹那、ルナの首筋に手刀が抉り込む。
 ――激痛。首の骨を折られるかと思う程の一撃だ。
 ああ、クソ。昔から腕力じゃ上だったな。
「だが、よ!」
 それでもルナは意識を途絶えさせない。
 俺は所詮獣一匹だ。慢心するなと常に意識を張り巡らせる。
 ソルの一撃を見据えろ。どこから来る。奇襲の一撃なんてさせない。
 強い意志を瞳に宿し――ソルを自由にさせまいとギアを上げ続けるものだ。
 もう二度と、目の前で間に合わないなんざ御免なんだ。
「ソル。何をしているの、遊んでないで手伝ってもらえないかしら?」
「泣き言はガルトフリートの方に言え。暇をしている事だろう――!」
「ふ、ははは。いいのか? 私がそちらに赴けば陣が危険となるだろう」
 然らばイレギュラーズ達の攻勢を一番受けているベルンティアがやや顔を歪めながら、ソルへ言を紡ごうか。しつこい弟なんぞさっさと振り払えと。
 一方で些か奥に控えているガルトフリートは、動きが鈍い。
 魔法陣防衛を最優先にしている為だろうか。イレギュラーズ――特に遠方への一手を持つシフォリィ――から幾度か干渉こそあったものの、それに対して時折反撃の動きを見せるだけで、前に出てこようとはしない。
 此処こそが敵の隙であった。
 戦力自体は魔種たるガルトフリートを含んだ吸血鬼側もイレギュラーズに比べ劣っていた訳ではない。むしろガルトフリート、ソル、ベルンティアを中心とした数は有利であったかもしれない――が。連携に穴があるのだ。
 或いはガルトフリート側に攻勢を積極的に仕掛けていたり、ソルが縦横無尽にイレギュラーズ陣をかき乱す動きが成されていれば混乱が生じ話が別だったかもしれないが。後者はルナの決死の動きによって大きく動きを制限されている。
 無論、余裕で止められている訳ではない。
 ルナにも大きな負傷が見え始めているが……それでも。
「魔法陣への道が見えましたわ――行きますわよ。正念場の時ですわ!」
「増援が増えまくる前に片を付けるぞ!」
 晶獣の数が減りヴァレーリヤやルカの攻勢が強まれば。
 ソルが自由となる前に状況は更に進むものだ――
 態勢を立て直させる暇など与えない。敵陣を……押し潰すッ!


 晶獣らを狙い、数を減らす事を狙ったのが功を奏したかイレギュラーズ達は随分と動きやすくなっていた。それは連中を纏めて薙ぎ払える手段を宿した者が多くいたが故に成しえた事でもあろう。各個人の地力の高さだけではこうはいかない――
 懸念されていた晶獣の増援の姿も見えている、が。大群と言える程ではなかった。ならば。
「姿を模しただけの存在など……真の竜種に比べれば、如何程だというのです!」
 珠緒の狙いは変わらない。晶竜ベディートをこそ潰しにかかる。
 『本物』と比べれば、こんな程度の紛い物はまだ攻略はしやすいものだ。
 勿論、舐めている訳ではない。ベディートの身には幾つもの負傷の跡が目立ち始めており、もう少しで完全に倒す事も叶うだろうが――それでもイレギュラーズに一矢報いるだけの強大な力はあろう。
 だからこそ彼女は油断しない。少しずつその身を削りて、より動きを鈍らせよう。
 脚を。身を。
 必要なのは刹那の一時だけ。
『――、-―――!!』
「見えた――そこぉ!!」
 さすれば。数多の痛みに苦悶の声を発したのを見逃さなかった。
 斬撃一閃。抜刀神速。巨体の内へと、恐れる事なく踏み込もう。
 正面から――巨体を真っすぐに貫くのだ。
 ベディートが反射的に尾を横薙ぎに払ってくるも、間に合わない。
 閃光の様に至る珠緒が――ベディートの身を貫いた。
「くっ。晶竜がこのような……! だけど逃さないわよッ!」
「逃さないのはこっちのセリフだよ、ベルンティア! 君も終わりだ!」
 巨大なる身が倒れ伏す。轟く音の狭間に繰り出されるは、ベルンティアの一撃か。
 ベディートを倒した珠緒を狙いて魔術を振るう――せめてお前だけはここで仕留めるとばかりに。だが、そんなベルンティアの意思が其方に向いたと同時、蛍は跳躍する。
 珠緒さんを狙わせたりしない。ボクが相手だと――!
 真正面から受け止めよう。ベルンティアの放つ、雷撃を。
 身が痺れる。血がまるで沸騰するかの様だ。
 ――けれど。
「言ったよね……落とし前、付けさせてもらうって!!」
「なッ――」
「蛍さん、行きましょう一緒に! 勝つんです――二人で!!」
 全ての痛みを無視するかのように蛍は踏み込んだ。直後には珠緒も機を合わせようか。
 ベルンティアを倒す。そして仲間を、守り抜くと誓ったんだ。
 その意思と共にベルンティアへと――桜色を纏う剣を、一閃しよう。
 彼女に終焉を齎す為に。彼女の所業に終わりを導く為に。
「ふたりの炎による瞬間撃滅……名付けて『藤桜焼結陣』! なのです!」
 再びの抜刀から納刀まで、誰が目に捉える事が出来ただろうか。
 超速に達する連携が至高を紡ぎ――ベルンティアの魔術すら絶ち切って、その命に刃を届かせる。ベルンティアの胸から血飛沫舞いて、彼女の絶叫に近しい声が轟いた――その時。
「――ぁ、あ。血?」
 蛍は見た。ベルンティアの身から血が溢れるのを。
 同時――蛍は、喉の奥から『渇き』を得るものだ。
 これ、は。これ、が吸血衝動、か?
 飲みたい。潤したい。どんな綺麗な水よりも美しく煌めいて見える。
「くっ……はや、く、ボクの目の前から、消えなさいよ……!!」
「――蛍さん!」
「は、ぁ、はぁ……! 大丈、夫。それよりも、まだ魔法陣が……!」
 危険な感覚が蛍を襲っていた。思わず一歩踏み出ていた歩みは、血を呑む為、か?
 油断すれば意思が、魂が飲まれそうだった。
 ――だが踏みとどまる。珠緒の顔を見据えながら正気を取り戻し、て。
「ベルンティア。逝ったか、あの女。女王の為に今一歩尽くせばよかったものを」
「だから――余所見するんじゃねぇって何度も言わせるんじゃねぇよ!!」
 同時。ソルを抑えているルナが再びの一撃を繰り出そうか。
 だが、劣勢だ。流石に一人で抑え続けるのには限界があった。
 元よりソルは卓越した膂力に脚力を宿している人物ではあったが……更に吸血鬼化という要素が彼の力を後押ししているのか、ルナが知る時よりも一段以上強い気がする。雷撃の如き動きの一閃を――しかし次第に見切られ始めて。
「――づ、ぉ!」
「ルナよ。烙印に抵抗するな――お前も女王の為に尽くすのだ。その身、その魂。全て全てな」
「ざけんなよ、ソル。お前みたいなザマを晒す気には……なれねぇんでな!」
 返しの一撃。ルナの腹部に直撃し、苦悶と悶絶が内に渦巻こうか。
 表情に出さなかったのはルナの意地だ。負けられてねぇ。二度目はねぇ。
 以前、俺を止めたガルトフリートの奴も許せねぇが――
(ソレを許しちまった俺自身が何より許せねぇんだよ……!)
 もう二度と目の前で間に合わないなんざ勘弁だ。
 だから立ち続ける。身が魂が焦がれようと、彼は彼の儘に在り続けるのだ。
 何も厭わない。譲れないのは只一点、仲間を――『彼女』を救う事。
「ふむ。何か、考えているな? ルナよ。だがやめておけ。奇跡ほど不確かなモノはないぞ」
 だがその時。ソルが――ルナへと言を紡ぐ。
 ルナが『何か』考えている事に気付いたのは何故か。
 それは曲がりなりにも兄弟であるからだろうか?
「烙印は女王に結び付くもの。根源を断ち切るならば根源の場でなければな」
「――オイオイいきなり親切のつもりか?」
「無為は見過ごせんだけだ。一応、血を分けた相手であればな」
 烙印をどうにかしたいのならば女王を直接どうにかするしかない、と。
 ソルは再び五指を握りしめ、痛烈なる一打を放ちながら――言うものだ。
 血反吐が出る。ルナの身がいよいよ限界に染まった、その時。
「そうはさせませんよ。兄弟喧嘩に割り込むようで申し訳ありませんが、私が相手です」
「――マリエッタか!」
 であればとソルは、ルナの心の内にあるラダを仕留めんと視線を巡らせ。
 しかしその時――介入してきたのはマリエッタであった。
 ルナが声を張り上げると同時。変幻自在の連撃が舞い降りよう。
 ソルの脚を止めんとする攻め立てが彼を捉えんとして。
「他者に刻むのならば、貴方も覚悟は出来ている事でしょう?」
「覚悟だと?」
「ええ――貴方にも呪いが刻まれても文句はありませんね。
 ……貴方を狩るという死血の魔女の烙印を、その魂で知っていただきます」
「小娘如きが。図に乗るなよ」
 続け様。マリエッタはソルの注意を引くべく血の魔術を展開しよう。
 かの魔術で刻まんとする血の聖印は、マリエッタなりの烙印と言った所か。
 ――逃さない。疲弊しているルナを援護する目的もある、し。
 それに、試したい事もあるのだ。
(……烙印はどのようなメカニズムなのか。魂に作用しているのでしょうか、ね)
 血と血による感染症。或いは、魂と魂の魔術作用。
 それが疑似的な反転を齎しているのではないかと。
 探る。彼女は、この烙印の真髄が――どこまであるのかと。
 もしかすれば『死血の魔女』としての自らを表に出す事が叶うのだろうか? しかしそれを試すには危険が大きかった。知ろうと思えば、意思が女王に従わんとする心に塗りつぶされる感覚もあるのだ。
「……ッ」
 危ない。瞳の奥が痛みに疼く様な何かがあった。
 それでも耐える。セレナからもらったお守りと……『想い出』があるのだから。
「さて――彼方も佳境の様ですが、こちらも『借り』を返させて頂くとしましょうか」
「ほう。見たことがある小娘だな……だが『借り』か。貸した覚えもないが」
「不遜な物言いですね。一度私達を出し抜いたからといって……次も上手くいくと思わない事です!」
 同時。ソルの方を抑える動きが強まれば、シフォリィはガルトフリートの方へ至ろうか。
 ガルトフリート。以前のネフェルスト攻防戦の折に、姿を見たことがある。
 ――今度はない。今度は此方の思惑を通させてもらう!
「ふッ!」
 短い息遣い。狙うのはガルトフリート――と纏めて魔法陣も、だ。
 ガルトフリートを倒せればそれはそれでいいが奴は魔種。簡単には打ち倒されないだろうし、元々最大の目的は王宮への突破……そしてそれを成す為の魔法陣の破壊である事を忘れてはいないのだから。シフォリィは斬撃を放ちて――しかし。
「そう簡単には通せんな。小娘……『ギバムント』の名を知るがいい。そして」
 恐れよ。
 ――その言葉と同時。ガルトフリートはシフォリィの身を絡めとらんとする『黒き腕』を顕現せしめよう。背筋に悪寒が走りてシフォリィは、その手から逃れるように跳躍して躱す――さすれば。
「……ッ! 砂が、まるで鋼の様に……!?」
「これはまずいね。どうやら相当に悪質な術を持っている様だ……!!
 この場で対応できるか分からない! 皆、奴の術に囚われるなよ!」
 その手が触れた箇所が――一度『鋼』の様に硬くなった後に、崩れた。
 なんだこれは。もしも人体に命中していた場合、どうなるのか……
 ゼフィラは最大の警戒を要するものだ。治癒の術を前線に振るいて援護しているが、しかしあの術は一目見ただけでは全容が知れない。俯瞰する視点と共に隙を見せぬ様にして。
「……やはりギバムントの名を。キミは、元守護者だね?」
「――ニーヴァ・ジグリか。幾年経っても変わらぬ姿だな」
「婆様……あまり前に出ると、今度は父さんが本当に倒れるよ」
「大丈夫だよ。あの術を受けたって、そうそう死には直結しまいよ。
 なんたって――あれはヴァズに伝わる大精霊そのものじゃないだろうから、ね」
 直後。そんなガルトフリートへと言を投げかけたのは――ニーヴァであった。
 ニーヴァは幻想種として永き時を生きる人物だ。故に顔が広い面がある。
 ラダの故郷『ヴァズ』で、ある精霊の守人をしていた者の事も、だ。
 それが目の前の存在。ガルトフリート。
 ……尤も仮面と外套で全てを隠しているが故にこそ、昔の面影など一切ないが。
「自分がギバムントだとでも? 誰だい、そんな事を吹き込んだのは」
「吹き込んだ? 愚かな。ただ我は気付いただけだ。疫病は我の力であると。ピオニーによってな」
「紛い物だ。竜を模した存在も、この王国に浮かぶ月も、君も。何もかも」
「斯様な言葉は、我が力を知ればほざけなくなろう」
「――来る。婆様、後ろに!」
 刹那――ラダは気付いた。ガルトフリートから殺意が膨大に膨らんだと。
 故に彼女は穿つ。砂漠の砂嵐を思わせる連射で、魔法陣ごと狙うのだ。
 直後に生じたのはガルトフリートの干渉、いや呪術か。
 ガルトフリートの周囲に黒き粒子が展開される。
 ……そうして放つは『疫病の杭』だ。黒き粒子が集合し、杭となり射出される。
 ラダにも劣らぬ連射。着弾すれば負の要素を貯め込んだ粒子が炸裂しようか――
 吸い込めば体の内から『何か』が侵食してくるよう、で。
「この程度ならば治癒できるはずだ。強い呪いだけは躱すんだよ。
 紛い物だと信じろ。『危険なモノ』だと思えばこそ――呪術はより強靭となるものだ」
「成程、ね。呪詛の類だとは思っていたけれど、面倒なものだわ……
 ただ『恐ろしい』と私達が簡単に信じ込むと思わない事ね!」
 されどニーヴァは気を確かにもつんだ、と周囲の者に伝えよう。
 ガルトフリートを。奴の使う力(ギバムント)を恐ろしいと思えばより強く効果が侵食してしまうのだと……治癒の力を張り巡らせながらニーヴァは告げる。さすれば負の要素に関しては強き加護を持つセレナは吐息を一つ零すものだ。
 厄介な力に合わせて、魔法陣から離れずに展開しているガルトフリート。
 あぁ一筋縄ではいきそうにない――だけど。一人で戦っている訳でもなければ。
「その結界……断ち分かち砕いてあげる! 永劫不変など無いと知りなさいッ!」
「向かってくるか。ならば、ギバムントを恐れぬ代償を知れ」
 往こう。セレナはガルトフリートの注意を引き付けるように立ち回る。
 だが狙いはガルトフリートよりも彼の後方にある魔法陣。
 故に――放つものだ。本来防御に用いる結界を刃の形に凝縮し。
 攻勢の一閃として形成しよう。
 断絶結界。ガルトフリートの放つ黒き粒子を辛うじて掠めつつも一閃する――ッ!
「無駄だ。私を超えられるものか」
 だが常にガルトフリートが控えているが故にか、一歩その芯まで届かない。
 先程から展開されている黒き粒子が刃を阻む様に壁となろう。
 一撃では足りぬか? ならば――
「やれやれ! ラダの身内の知り合い……のようですわね。申し訳ないのだけれど、そこを通して頂いてもよろしくて? 私達、ちょっと急いでいますの。ええ。貴方が退いて頂ければすぐにでも終わる事ですので――ダメでも押し通らせて頂きますが!」
「そっちは任せたぜラダ、ルナ! 魔法陣は俺達がぶっ壊す!
 任せろ――こんな奴になんかに阻まれてたまるかよッ!」
 更に続くのがヴァレーリヤにルカだ。セレナの抉じ開けた一撃を、より深く。
 抉る為に往く。
 ヴァレーリヤの振るうメイスはガルトフリートの振るう疫病の杭を打ち砕く様に。全霊をもって振るいて迎撃せしめよう……一、二、三、四の五。近付けば近付くほどに雨の様に激しくなる、が。ヴァレーリヤにせよルカにせよ構うものか。
 多少の無理は承知の上ッ!
「押し通らせて、もらいますわッ――!」
「何……?」
 ガルトフリートの、しわがれた声の中に微かに混じっていた感情は『驚愕』だったろうか? ヴァレーリヤは無傷でガルトフリートを突破しようなどと最初から思っていない。例え魂を燃やす事になろうとも突っ込むつもりなのだから――!
 ぶちのめす。メイスに宿る炎はまるで太陽の輝きの如く。
 ガルトフリートの黒粒子を押しのけ――亀裂を走らせよう。そして。
「ガルトフリート、だね。退いてもらうよ、後は、それだけ、なんだ……ッ!!」
「ベルンティアを超えてきたか。だが烙印が苦しそうだな?」
「蛍さんッ、前に出すぎると危ないです――!」
 蛍もまたガルトフリートの戦線へと到達しよう。やや息を切らしているのは、ベルンティア戦での消耗か。それとも……戦場に流れ出でる『血』に、本能が反応してしまっているが故か――?
 だが正気は保っている。終焉を刻む一撃によって、ガルトフリートの身から出血を促そうか。やや、様子がおかしいと珠緒は心の内に焦燥の色が混じるものだが……しかし一刻も早くこの戦いを終わらせるべく、今は支援の一手を紡ぎ。
「止まると思ったか? 恐れるとでも思ったか? 甘いな」
 更にはルカも踏み込んだ。その瞳は、魔法陣の球体を捉えよう。
 ――だがただ見ただけではない。その本質を解析せんとする技能も宿して、だ。
 細かい仕組みはどうでもいい。ただ、一部だけ分かればいい。
 いわば結節点、魔法陣の結び目のような場所さえ分かれば――十分!
「見えたぜ。此処だッ……! 砕けろッ――!!」
 刹那。ルカが込めた力は正に全身全霊。
 両手で黒き刃を抱きて――一刀両断する。
 それは彼にとっての至高。赫い斬撃にして、いつか竜を超えんとする意思の一撃。然らばラダの射撃に、セレナにヴァレーリヤの撃もあればこそ――ガルトフリートの手も流石に回り切らぬ。
 ――魔法陣が破壊される。
 走る亀裂は止まらない。この地の防衛は崩れたのだ。
「見事だ。見事。只人の足掻き、見せてもらったぞ」
「ぐ――ッ!」
「ルカさん! くっ、ガルトフリート……それ以上、好きはさせません!」
 直後。ガルトフリートは気配もなくルカの背後に回り込んでいようか。
 それはルカが魔法陣に集中した微かな一瞬を突いたガルトフリートの足掻き。
 タダでは終わらせんと、ルカに疫病の杭を打ち込んだのだ――
 至近で撃ちこまれたその一撃は絶大なる衝撃波も生じさせようか。
 ――ルカが倒れる。であれば追撃の一手を防ぐべくシフォリィが即座に割り込もうか。
 桜花を思わせる無数の炎片を奴へと叩き込み振り払う――ガルトフリートは後方へと跳べば、そのまま距離を保とうか。魔法陣を破壊出来た以上、戦いの結果は変わらないのだ。
「止むを得ん。ソル、退くぞ。この場で戦い続ける意義はない。ベルンティアも塵になったしな」
「なんだと――貴様。女王に近付かんとする不届き者を」
「どうせ城内に来るのならば、そこで返り討ちにしてやればよかろう」
 続け様、ガルトフリートは戦場に疫病の杭を大量にばらまくものだ。
 特に治癒を担っていたゼフィラを狙いて陣形を崩さんと試みるか――
 だがそれも勝利を狙っての事ではない。ただ逃げるだけの一時を稼がんとするだけの事。
「婆様の話を聞くと、どうも同郷らしいが――女王への尊敬は見えないな。
 もしかしてお前も女王は嫌いなクチかい?」
「さて。女王は『どうでもいい』とだけ言っておくか。我個人としてはな。
 好きも嫌いもない――我が身はただ、ギバムントの恐怖を伝えるのみだ」
 であれば。姿を消さんとするガルトフリートへ、ラダは最後に言を紡ごうか。
 ……ガルトフリート。あのような存在が、同郷として存在していたとは。
 それよりも敵の気配が消えれば……あぁ。
「晶竜……死体となった、か。一部ぐらいなら持ち帰ってもいいだろうか」
 ラダは見据えよう。息絶えた晶竜ベディートを。
 ……一部はルナの故郷の者が入り交ざりて作られているという。
 ルナから色々あったのは聞いてるが墓くらい作ってやってもいいだろ。
「ケジメだケジメ」
 吐息零す。
 空には月が浮かんでいた。相変わらず、一寸も欠けない満月だ。
 ――この空の終焉は近いのだろうか。

 王宮への城門が――開かれんとしていた。

成否

成功

MVP

ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き

状態異常

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)[重傷]
夜明け前の風
藤野 蛍(p3p003861)[重傷]
比翼連理・護
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)[重傷]
運命砕き
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)[重傷]
ヴァルハラより帰還す
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)[重傷]
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)[重傷]
夜守の魔女

あとがき

 依頼お疲れさまでしたイレギュラーズ。
 ――後は月の王国の内部にて。
 ありがとうございました。

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