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シナリオ詳細

<竜想エリタージュ>飲まねば地獄

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●憤怒と強欲
「この役立たず!」
 ヒステリックな叫びにつづけて、頬を打つ音がけたたましく鳴る。紅い髪を揺らしながら朝葉 游夏(あさは ゆうか)は肩で息をしていた。
「イボロギ様の眷属を増やす重大な儀式にもかかわらず、そなたたちはいったい何をしていたのです! 乱入者へ抵抗もせず、ただぼんやりと突っ立ったままで、私とそなたたちが力を合わせれば秘薬を取り戻すことだって可能だったはず。ああ腹立たしい!」
 頬を打たれたのは一人。青い髪の女だった。サメの牙のネックレスをいじりながら、女、阿真はぼそぼそとくちごたえをする。
「だって裂が……裂が居たの……。まるであたしを取り返しに来てくれたみたいで、違うってわかっていても、とても手を出す気になれなかった……」
「そんな、そんな理由……!? 恥を知りなさい恥を! そなたたちが一番に忠誠を誓うべきはどなたですか! そなたたちが何をおいても優先すべきなのはどなたですか!」
「……イヴォン、さま」
「わかっていて何故!」
 阿真へ游夏が詰め寄る。瞳の端に涙をきらめかせ、阿真はかすれた声で言の葉を綴った。
「それでも、あたしは裂が諦めきれない……」
 肩を怒らせた游夏は阿真の襟首をちぎれんばかりに握りしめ、勢いよく突き飛ばした。しおれるように床へ倒れ伏す阿真。
「もはや何も言うことはありません。私はそなたたちの命令は聞きませんからね、阿真」
 阿真を置いて屋敷の外へ出た游夏は眷属間の精神ネットワークへ入り込むべく集中した。先日村の神事を邪魔してのけたイレギュラーズの足跡をたどるためだ。認めるのは悔しいが、敵ながらあっぱれな手腕だった。名うてのイレギュラーズが噛んでいるのだろう。やつらは秘薬を強奪していった。ならば足跡をたどるのは容易い。ざわめく影と影の連なりの内から、自分の分身を探せばいいのだから。
 だが今日のこの日に限って、游夏はなかなか精神ネットワークへ接続できなかった。理由はわかっていた。自分でも。邪魔な懸念のせいだ。よけいな煩悩のせいだ。イライラする。ムカムカする。どうして私などより、あんな女を愛でられるのです。イボロギ様……。

●秘薬
 いちどシレンツィオの無番街へ集まった一行は、安ホテルの一室で前回シラス(p3p004421)がスリとった秘薬の調査をしていた。
「うう~虫、虫、虫、虫だらけ。なにこの虫のプール。精霊たちまで、いやがって避けてるじゃない」
 オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はテーブルの上のシャコ貝から面をそらした。ピーマン嫌いな子が騙されて食わされたときみたいな、いーって感じの顔だ。
「見たくない聞きたくない、いーやーよー、追加情報は他の人におねがい精霊さん」
 シャコ貝の中にはとろりとした赤い液体がたっぷりと入っている。何人かがくりかえし調査した結果、これが不老不死の秘薬などとは真っ赤なウソであり……。
「寄生虫の塊だってのか、旦那?」
 型破命(p3p009483)が隣に立つ武器商人(p3p001107)の顔を覗き見た。艶光る銀髪の下の切れ長の瞳が、赤い液体へ写りこんでいた。
「そうだよ。我(アタシ)の調べたところによると……。この虫が不老不死のカラクリなんだ。個々の寄生虫は脆弱な小さな虫だけれども、ひとたび体内に入るとすさまじい勢いで増殖し、体内の重要器官を食害。感染者を死へ追いやる。これだけでも厄介なうえに、感染者を害した寄生虫群は脳から抽出した記憶を共有して、死亡した感染者の容姿を再現する特性を持ってるんだ」
「えーと、つまりどういうことなんだ、旦那」
「ひとたび感染すると、寄生虫の塊に生まれ変わって魔種の眷属になっちまうのさ、ヒヒヒ」
「そしてその寄生虫の親玉が……」
 話を聞いていたシラスが裂(p3p009967)を見た。愛する女を魔種に奪われた男を。
「イヴォン・ドロン・シー」
 裂はごつい手で顎をさすった。
「やつとはいずれ決着を着けなけりゃならん、ならんが、どこにいるか検討もつかねえ。何度か追ったこともあるが……煙みてぇに消え失せちまう」
「これは俺の予想だけれども」
 シラスが口を挟む。
「眷属がなんらかの情報を親玉のイヴォンへ送っている可能性はないだろうか。そうでなければこの魔種が武器商人ですら舌を巻くほど長い年月を生き延びてきた理由がわからない」
「眷属ね。精霊たちにも眷属を増やして力をつけていく一派もあるもの。イヴォンがそうでないとは言い切れないわよね」
 オデットが顎をつまんでふわりと空中へ座る。

 などと相談しているその時だった。ぞわりと冷気が皆の背筋をなであげたのは。

 皆は反射的に外へ飛び出した。そのほうが被害が少なくなると感じたのだ。いかに無番街がアウトローたちのたまり場だとしても、理由もなく巻き込む訳にはいかない。
 コツコツと罅の入った舗装をたどって足音が近づいてくる。
「游夏、とか言ったか」
 裂が唇を噛んだ。
「今日はあの女はいねえのか」
「答える必要があるとでも?」
 高飛車な物言いはそのままに、紅い髪を揺らして、女が一人夜道へ立っていた。
「秘薬を返しなさい。そなたたちが飲むというのならば話は別ですが」
「ケッ、しゃらくせぇ! 己れたちがやるべきことはただひとつだ、アンタをぶちのめしてイヴォンの居所を吐かせる! 以上だ!」
 血気盛んな命の言い分を聞いた游夏は鼻で笑った。
「できるものならばやってごらんなさい。私はイボロギ様への信仰心より生まれた女。並の眷属と侮るのはご勝手に。ただし、私は殺せません。ええ、どんな方法を使おうとね」
 殺気が吹き付けた。がやがやとざわめきが大きくなっていく。
「まずいねぇ、人が集まってくる」
「ストリートファイトかなんかと勘違いしてるのかよ」
 武器商人がめざとく周囲へ視線を走らせる。シラスが毒づいたとおり、酒気を帯びた人だかりができつつあった。
「おいおい、女相手にその人数かよ」
「腰抜けどもがー、とっととやっちまえー」
「うるさいぞ、散れ!」
 裂がどなりつけるも酔っ払いどもは引く様子がない。いつしか四方を人に囲まれていた。
「今宵は眷属志望者がずいぶんとたくさんいること。先日の失態を補って余りあります」
 游夏は高笑いすると自ら二の腕を引き裂いた。芳醇な血と、どうしてだか潮の香りがした。

GMコメント

みどりです。
游夏ちゃんをキャイン言わそう。相談機関が4日しかないのでお気をつけください。

「●憤怒と強欲」はPL情報ですが、フレーバーなんで気にしないでください。
また、このシナリオは『<深海メーディウム>飲めば極楽』(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8278)の続きです。前回を読んでおくと、にやりとできます。

やること
1)游夏の捕縛

●エネミー
朝葉 游夏
 ガイアキャンサーオリジン。第一形態と第二形態があります。必殺も不殺も効きません。イヴォンが存在する限り彼女は不滅なのです。なのでいま打てる最善手は捕縛です。

・第一形態
 妙齢でたおやかなニンゲンの姿です。しかし魔種レベルの能力を有しており、特に反応、機動、命中および攻撃力はすさまじいです。反面防技や抵抗、EXAはそこまででもないようです。
 神自域 ダメージ大【魅了】【滂沱】【必殺】【識別】
 神近扇 ダメージ特大【塔】【呪い】【重圧】
 物超域 ダメージ大【怒り】【鬼道・中】
 神自域 HP回復大・BS回復中【副】【識別】

・第二形態
 アハ・イシュケのごとき不気味な体躯に変形します。飛行・水中行動を有しています。なお、両者のペナルティは軽減されるようです。攻撃スキルは変わりませんが、攻撃力が飛躍的に上昇し、すべての攻撃へ【防無】がつきます。また、この形態の時、游夏は積極的に眷属を増やそうとし、逃亡を図ります。そしてなにより、HPがゼロになると一時的に気絶するようです。

眷属
 游夏の返り血を浴びたよっぱらいです。EXFが非常に高く、低ファンブルです。致死毒、窒息、退化などのBSを使用してきます。また、マークブロックを使用します。殺しても差し支えはありません。

●戦場
夜の無番街、うらぶれた街角です。暗闇による-10程度のペナルティが機動・FBのぞく全ステータスへかかります。二階建ての建物が密集しており、スラムの様相を呈しています。
周囲によっぱらいが集まっており、囲まれています。よっぱらいの布陣は直径40mのリング状になっており、游夏はその中心に立っています。皆さんの初期位置はおまかせします。人混みに紛れて奇襲、なんてのも可能です。
また、周囲の建造物への被害はないものとしますが、都合よく建物を利用することは別に問題ありません。

●戦場補足
よっぱらい
 酒で気が大きくなっているだけの小市民です。血が見たくてやってきました。プレイング次第で増えたり減ったりします。殺すと差し障りがあるので気をつけてください。

●特殊ルール・寄生虫
游夏の返り血を浴びると、強烈な麻痺系列に似た状態に陥ります。これはBSではなく、麻痺耐性では防げません。また、返り血を浴びた判定の後25T以上経つと受動防御しかできなくなります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●特殊ルール『竜宮の波紋・改』
 この海域では乙姫メーア・ディーネ―の力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
 竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。

●特殊ドロップ『竜宮幣』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
 竜宮幣を使用すると当シリーズ内で使える携行品アイテムと交換できます。
 https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru

  • <竜想エリタージュ>飲まねば地獄完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年09月19日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談4日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
武器商人(p3p001107)
闇之雲
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
シラス(p3p004421)
超える者
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
型破 命(p3p009483)
金剛不壊の華
裂(p3p009967)
大海を知るもの

リプレイ


「参ったな、これだけよっぱらいにあふれてるんじゃうかつに手が出せんぞ」
『大海を知るもの』裂(p3p009967)は苦虫を噛み潰したような顔だ。
 游夏は周りを睥睨している。まるで女王のように。
 はやくしろ、なにぼさっと突っ立ってんだ。そんな声が人混みから投げかけられる。游夏はイレギュラーズへと視線を走らせた。
「そなたたち無価値なものがイボロギ様の眷属という価値ある存在へと変わるのです。喜びなさい」
「……凄え自身だなあの姐さん。この数の差を目にしてまだ吠えるか」
『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)は、いや、と思考を切り替える。
(話を聞いた感じだと、本気で死なねえんだろう。だが、どうだろうが己れ達がやる事には変わりがねえ。ぶっ飛ばして、親玉の居場所を吐かせるまでよ)
 命は拳を打ち合わせ、気を吐いた。四大八方陣がするするとツタのように命の体へ絡みついていく。それは命の肉体を強化するためであり、同時に獲物を屠るためでもある。
「絶対ぇ、逃さねえからな!」
「逃げ散るのはそなたたちの方です。聞き苦しい悲鳴をあげて。安心なさい。イボロギ様は寛大です。そなたたちのようなゴミムシどもであってもお許しくださいます」
「イボロギ様、イボロギ様、俺の前でその名を出すなよ。命の言うとおりだ。さっさとぶちのめしてイヴォンの居場所を吐かせる。以上だ」
 そう言い捨てた裂はぐるりと周りを見回した。
(……にしてはめんどくせぇ状況になってやがる。なんだってこんな時に! 仕方ねぇ、この状況もあの女も全部まとめてなんとかすりゃいいだけの話だ)
 目の前に迫る驚異は游夏だけではない。このよっぱらいたちだ。いつ眷属にされるともわからないくせに、事情を知らないものだからのほほんとしている。竜種をも断ち切ると噂の得物をかまえ、游夏へ向けて大見得を切る。その眼光は鋭さを増し、さながらサメの歯のよう。
「死なねぇなら結構、結構。手が滑って殺しちまうこともねぇ。縛り上げたうえでキリキリ情報吐かせてやらぁ!」
「やってごらんなさい。口先ばかりの虚仮威し。羊頭狗肉ではないと証拠を見せてご覧なさい」
「あの女、気が強すぎて結婚できないタイプだな」
 なんて『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)は人混みの中からやりとりをみていた。
「ちーっとばかりみてない間にめんどくさい奴が来てたもんだ。……酔っ払いは割とどうでもいいんだが、街を汚すわけにはいかねーからな。そうだろ十夜、オデット?」
『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)と『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は同時にうなずいた。
 縁はめんどくさそうに、オデットは神妙なかおをして。
「調べても気持ち悪い情報しかないし、自分が虫になり変わられるなんてもっと嫌よ! しかもこんなタイミングでくるし……シレンツィオがあの気持ち悪い眷属で一杯になっても困るわね。何とかしないとだわ」
 精霊さん、精霊さん、とオデットは声をかける。呼応した精霊が彼女の要請に答えて光る。しかしそれは蛍火のようで視野を照らすには心もとない。だがそれでいい。精霊たちが応援してくれているあらわれなのだ。オデットの心は高ぶり、勇んだ。
 縁は独り言のようにつぶやく。
「不老不死の秘薬って時点で十分胡散臭いが、正体を知っちまうとなおさらぞっとしねぇ代物だな」
 かつて所属していたギャング団と同じ名の愛刀を腰に佩き、うっとおしげに潮を含んだ夜風にからまる髪をかきあげる。
「そのイヴォンなんとかやらイボロギやら……生憎と詳しい事情はよく知らんが、海洋に危険が迫ってるとなりゃあ話は別だ。悪いが邪魔させてもらうぜ、嬢ちゃん」
 游夏をして、嬢ちゃん、と呼べるだけの度胸。その行為がかりそめでもつくられたものでも、一時のものであったとしても、根っこにある肝の太さは本物だ。オデットと、ミーナは彼を敵に回さなくてよかったと内心安堵した。
 游夏へ対峙している側へカメラを戻そう。そこでは『闇之雲』武器商人(p3p001107)が頬をかきながら呆れた風に言の葉を操っていた。
「全く……我(アタシ)の眷属の法も大概外法だが……」
 ぞわり、武器商人を取り巻く空気が変わる。愛されてその形を保っていたものが、すこしだけ本性を見せたのだ。
「ここまで悍ましくはないと断言するよ」
「……。悍ましい? なにがです? そなたたちは今から喜びに包まれるのです」
 一瞬気圧された游夏だったが、すぐに態度を取り繕い、言い募る。武器商人は袖で口元を隠し、薄い笑みをもらした。
「やれやれ、寄生虫”如き”のために海洋まで追ってくるとは、随分と主人にご執心だこと」
「……その言葉、後悔なさらぬよう」
「どうだろうね、するのはキミのほうかもしれないよ、ヒヒ」
「そうだとも」
 靴音を建てて『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が一歩前へ出る。上から下まで値踏みするように游夏を見つめ、肩をそびやかした。
「寄生虫の塊に作り変えておいて『不老不死の秘薬』とは、ここまでわかりやすい詐欺も珍しい」
 ククッとのどを鳴らし、ゼフィラは続ける。
「病に倒れて歩くことすらできなかった身の上としては、その手の悪徳商売は叩き潰すと決めているんだ。不滅だろうがなんだろうが、これ以上なめた真似はさせないとも」
「だ、そうだ。俺も歓迎するぜ」
『竜剣』シラス(p3p004421)は思いを巡らせた。指先をピンとのばし、いつでも動けるように用意。それは普段から戦いへ身を置くシラスにとって無意識の仕草だった。
(純正肉腫の驚異は魔種と同等かそれ以上だ。単体で来たならばむしろ好都合。不死身だろうがなんだろうが此処で討ち取る。絶対に逃がす訳にはいかない)
 緊張にこわばる体をほぐすように一息長く吐いて。
「俺らはテメーみたいな化け物の相手が生業なんだからよ」


 シラスが指を鳴らした。とたんに足元の影が不自然に四方へ伸び、よっぱらいたちにひっかかって大きく天へのびあがる。それは大蛇と化してよっぱらいたちを食らわんと大きく口を開けた。
 ひっ、なんだ。蛇だ! 声が飛び散り、動揺した気配が広がり、幾人かは走り去る。血の気の多いよっぱらいが酒瓶で蛇をなぐりつけるもそこは幻。となりの相手を殴っただけに終わった。なにしやがるてめえ、助けてやろうとしたんだよ、ありがたく思え。罵声が響き渡り、シラスは無番街がなぜ無番のままなのかを知るはめになった。
 そこへ、ぬっと現れた巨大な竜。その威容、その巨体、並の人間なら失神してしまうだろう。実際、幾人かは悲鳴をあげて逃走を図った。だが、しなくていいやせ我慢をして場に踏ん張っているいる者がまだまだいる。竜はよっぱらいたちへ襲いかかるような風体で口を大きく開けた。
「死にたくねぇならすぐ逃げろ!」
 命の声によって臆病風に巻かれた何人かが走り去る。やはり命あっての物種だと無番街の連中はよくわかっているのだ。竜は大きく開けた口で人混みへかぶりついた。数人が気を失い、それ以上の人数が逃げ出す。しかし漏れ聞こえてくる声。……なんだ幻じゃねえか。驚かせやがって。なぁに、戦いの余興ってもんよ。やっちまえ、その女を裸にひん剥けよ。特にガラの悪い連中が場に残っている。
 どおん、腹に響く大きな音がしてよっぱらいどもが後退した。ゼフィラがアシカールパンツァーをよっぱらいの足元めがけて撃ち込んだのだ。
「悪いけど、今夜の私は少し気が立っていてね。ほら、巻き込まれないうちに帰った帰った」
 なんだと、姉ちゃんなかなか美人じゃねえか。いいってことよ、今のはゆるしてやらあ。下卑た笑みをたたえたよっぱらいたちにゼフィラは内心辟易する。
「いけないねぇ」
 ゆるい声があたりへ響いた。人混みをかき分け姿を表したのは。周りを護衛で固めた……。よっぱらいたちの顔が青くなる。
「游夏ちゃんだっけ。いけないよお、おいたは」
「何者ですか」
「ただのか弱いおっちゃんだよ。けど、おっちゃん、これでも一応、ここの仕切り役だからさぁ。勝手に変なもの持ち込まれるのは、ちょーっと困るんだよねー」
 アズマ、アズマだ。さざなみのように声が広がっていく。こりゃどえらいもんが出てきたぞとよっぱらいは体を固くする。アズマは周囲をねめつけると、縁から目を離さず言った。
「ほら散った散った。たいしておもしろい見世物でもないだろう? 酒瓶抱えておうちへ引きこもってる方がいい夢見れるよお?」
 ひとり、またひとりとよっぱらいたちはこっそりと場を離れていく。あれほど分厚かった人混みが嘘のようだ。
「ひとつ貸しだ、縁」
 別人のように冷たい声音を受け、縁は背筋に汗が吹き出すのを感じていた。
「アズマ……」
「それじゃあおっちゃんは散歩へ戻るから。あとはまかせた」
 ゆうゆうとした足取りで、取り巻きを連れたアズマは消え去った。その上空ではオデットが渋い顔をしていた。
(む~幻影とアズマのおかげで動ける人はだいたい逃げたけど……思ったより酔いつぶれてるよっぱらいが多いわね)
 オデットは空中で腕を組んだ。
「どうしたオデット」
 聞き慣れた声が耳を打った。
「珠!」
 オデットの胸に光が差した思いだった。
「珠、どうしてこんなところに?」
「騒ぎに気づいてやってきたんだ。オデットこそここで……ははあ、なにか巻き込まれたな?」
「あなたに言われたくないわよ。そのへんの動けないよっぱらいを安全なところまで引っ張っていって」
「ああ、わかった。まかせておけ」
「あ、人間じゃない変なやつもいるから気をつけてね」
「えええ!?」
「びっくりしてないで、これも仕事仕事! よろしく頼んだわよ」
 オデットの光の翼が煌々と輝きだした。まるで真昼のようなまぶしさにあたりが包まれる。それは戦いの火蓋を切って落とすものだった。
「神気閃光!」
 最初の一撃がまばゆく放たれた。


「くっ、ここまで周到に計算していたとは……」
 周りをシラスの幻の炎に囲まれながら、游夏は歯噛みをした。眷属にすべき相手が、がくんと減った。同時にシラスの幻術である炎は外から自分たちの姿を隠すと同時に、游夏からよっぱらいの姿を隠すという副次的な効果もあった。それが見事に決まり、游夏は孤立無援の状況へ追い込まれていた。
「冴えないおっさんが相手ですまねぇな。不満だろうが、暫く付き合ってくれや」
「ヒヒ、朝葉の方、ひとりぼっちでさみしいかい? その不安、ぶつけてくれてもいいんだよ?」
 縁が游夏へ肉薄し、ただならぬ気配で足止めをする。
「おどきなさい!」
 游夏の回し蹴り。どこへそんな力が眠っているのかと思うほど素早く、重い。武器商人が己の身を削って盾となる。びしゃ。返り血がはねる。マンホールの蓋を盾代わりに、こちらも存外な膂力でもって武器商人はそれを防ぐ。
「大口をたたいた割に、ずいぶんと気の小さいこと」
「それはあとでそっくりお返ししてあげようね」
(十夜の旦那、そこのゴミ箱の蓋がいい盾になる)
 十夜は武器商人のハイテレパスにこくりとうなずくと、すり足で移動しようとした。
「私の返り血が、その程度で防げたとお思いですか?」
 耳をつんざく風の音がした。気がつくとおそろしい魔糸が張り巡らされていた。その魔糸が染まっていく、赤く、赤く。
「……まさか! 逃げろ、十夜、武器商人!」
 後方から裂が叫ぶ。同時に魔糸が襲いかかった。
「ぐっ!」
 縁をかばっていた武器商人が膝をつく。影から小さな手がいくつも伸び上がり、主を心配するように撫でる。
「商人、商人、無事か!?」
 裂が背後から游夏を狙う。遮蔽物はないが仕方がない。緊急事態であるし、両手は刀でふさがっている。輝きに満ちた一刀が游夏の背中へ吸い込まれた。とたんに裂けて溢れ出す血。游夏はにいと笑うと、裂へ向けて攻撃を繰り出した。もろにそれを浴びた裂は、しかし奇妙な幻を見た。
(裂……裂……どこにいるの……)
 岸壁でデバスズメダイの海種のような女が歌っている。さながらローレライのごとく。
(阿真!?)
 その女はふとこちらへ気づいたようだった。
(裂、裂! ああ嬉しい、裂!)
 頭を振ったところで幻は消えた。代わりに残ったのは悪寒。ぞわぞわと体を蝕む奇妙な感触。
(あー、くそっ! 何ごちゃごちゃやってんだ俺は!! あの女は阿真じゃねぇ……わかってんだろ……。いい加減わかれよ!!)
 自分で自分を叱咤し、再び攻勢に入る。
「……こいつ、自分の攻撃に返り血を乗せることができるのか」
 冷静に游夏の攻撃を分析していたシラスが両足を広げた。ざっと砂埃が立つ。
「それなら封じてしまえばいい話だ」
 オニキスのごとき不吉な輝きの宝石がシラスの手に生まれる。
「いけっ!」
 その後ろを追いかけるように、ピューピルシールの赤い迫力。游夏が体を折り、何かを吐き出すように咳き込んだ。無理もない、致命的な一撃の後、敵へダメージを与える方法の大半を失ったのだ。さらにさらにシラスは。
「焔まといて黄金となさん。金色の蜜は爾を浄土へと連れゆくだろう。あふれだす火の粉は祝福なり、祝福なり、爾、甘んじて受けよ、己の罪深きを!」
 夜葬儀鳳花が舞い散る。業火が游夏を焼いていく。唇の端から血を垂らし、游夏は整った顔を歪めた。
「よ、くも……おのれ、この姿を、ゴミムシごときに見せることになろうとは……」
 游夏の姿が変わっていく。
 ぶくぶくと膨れ上がり、枝分かれしていく下半身。まるで内臓をぶら下げたようなその姿に一同の背筋に冷気がまとわりついた。整った、美しい、游夏の、これが本性だと、すべてのものが理解した。理解したからには生かしてはおけぬ。
「血だけでなく、見た目まで醜いみたいだな!」
 ゼフィラは蹂躙の殲滅頌詩を歌い上げる。霜をまとう刀身がさらに凍え、ゼフィラの周りは絶対零度の空間をなす。じゅうぶんに冷え切ったと知ったゼフィラはその空間ごと、衝撃を游夏へぶつけた。放たれるはずだった魔糸が凍りつき、耳障りな音をたてて折れていく。急所にゼフィラの一撃を食らった游夏は空へ登り始めた。回復の禍々しい光が游夏を包む。
「きょ、今日のところは、見逃して差し上げます……!」
「そうはさせないわ!」
 オデットが上空へふたをするように回り込む。
「満ち足りた思いも、かそけき欲望も、すべて吹き飛ばせ、風よ、炎よ、大地よ、水よ、この怒りに答えよ、我はこの者の滅びを願わん!」
 フルルーンブラスターの極大威力が游夏を包んだ。
 そこへすべりこんだ命。ダーティピンポイントでの感電付与へ功績を上げていた彼は、竜宮のネオン・サインを使用して一気に游夏へ近づいた。
「ぬおおおお!」
 空中で游夏へ組み付き、持ち上げると、下へ向けて叩きつける。
「逃さねえって言ったよなぁ!?」
「……あうっ!」
 游夏は地へ落ちた。
「無様だな」
 それまで回復を務めていたミーナがその前に立つ。
「アンタの信じる神様はアンタを助けてくれるのか? アンタの信じる神様は、アンタを愛してくれるのか?」
 游夏の爪が地を掻く。それはなによりも雄弁な答えだった。
「イボロギ様へお使えすることこそ我が使命!」
 いっそ悲痛なまでの叫びを聞き、ミーナは頭を振った。
「わからん。わからんなあ。自分の価値を他者へ任せるってのはわからん。そんなんだからアンタはいいように使われてるんじゃないのか?」
「だまりなさい!」
「図星か」
 呪いの鎖が游夏を縫い止めた。地べたへ縫い付けられ、醜い巨体を晒すのは游夏にとって屈辱以外の何物でもあるまい。
「それならそれでいいさ。ほら、皆アンタを仕留めたくてうずうずしてるよ」
「悪いね、”死ぬほど痛い”よ?」
 武器商人が動いた。断末魔じみた悲鳴が游夏の口から上がる。
「逃がすかよ」
 シラスは攻撃の手を休めない。炎が游夏を取り巻いている。
「おのれ、おのれえええ!」
 ころがりまわって苦痛を回避することもできず、追い詰められた游夏は恨み言を吐き続けている。
「こいつでカンバンだ」
 縁がジャックポットとつぶやきながら放った黒きアギト、それが游夏を包み、破裂した。
「不滅というのはじつにいいね。死ねないという苦痛を味わうがいいよ」
 ゼフィラが再び巨体を蹂躙した。たたみかけられた游夏は小さく肩を震わせ、やがて「イボロギさま……」とだけつぶやいて、白目をむいた。


 安ホテルの一室にて。游夏は安置されていた。姿は醜いアハ・イシュケのままだ。腐臭すらまとっている。ホテルの支配人に多めに握らせるだけで事足りたのは、ここが無番街だからだろう。
「手枷と……口枷もいるかもしれんね。舌を噛まれて、それで眷属を増やされても困る」
 こんなときまで冷静さを失わない武器商人がそう提案した。
「それで漁師の旦那。具合はどうだい?」
「ああ、寄生虫は回復魔法じゃとりきれない。どうなったんだその後」
 ミーナの言葉に、裂はこれは推測だが、と前置きした。
「俺の中のパンドラが守ってくれたみたいだ。それと……妙な幻を見た」
「幻? 寄生虫が原因で?」
 縁がだるそうに口を挟む。
「そうだな、なんというべきか、順番に説明していくと、まず異空間へ入った感触がして、光る道が見えた。道はでたらめにつながっていて、俺には越し方も行く末もわからなかった。そこへ俺の名を呼ぶ声がして……そっちへ行ってみたら見覚えのある女の姿が見えた」
「むむ~? どういうこと?」
「俺にもわからん。わかるのは、向こうの方も俺に気づいたってことくらいだ」
 オデットの言葉に裂が返事をする。その内容を吟味し、ゼフィラは人差し指で唇を撫でた。
「精神が相互につながっている、ということか? 光る道はネットワークのようなもので……」
「精神ネットワークか……、それをたどっていけばイヴォンにも会えるだろうが、なにせ危険すぎる」
 シラスがそういったときだった。
 ごくん。
「旦那、なにしてんだよ!」
 命の声が裏返った。武器商人が秘薬を飲んだからだ。
「なぁに、体内で虫を、殺して、殺して、殺して、殺していけばいいだけの話だよ。我(アタシ)にはそれができるとも。ついでにその精神ネットワークとやらを間借りさせてもらおうね」
「旦那……無茶だぜ」
 しかし游夏の口を割らせるのが難しい現状、そうするしかないのもまた事実だった。
 やがて武器商人の口から語られたのは……。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

武器商人(p3p001107)[重傷]
闇之雲
裂(p3p009967)[重傷]
大海を知るもの

あとがき

おつかれさまでしたー!

よっぱらいの追い払い、見事でした。
おかげで游夏はなーんにもできませんでした。

またのご利用をお待ちしております。

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