PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ふりかえる気なんてなかった

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●とある少女の胸の内
 どうして私をかまうのかしら。
 主上はお隠れになった。もはや私が生きている意味は無い。
 めんどくさい、なにもかもめんどくさいわ。
 振り返ってみれば、私の人生ってなんだったのかしら。
 こんなバカバカしいことを考えるのもイレギュラーズのせいよ。
 あの希望でキラキラしたヒトたち。やる気に満ち溢れていて、ぞっとするわ。気分が悪いの。
 そう思ってしまうのは、どうしてかしらね。
 私が落伍者だからかしら。なにもかもすべて言われたとおりにがんばって、それでもうまくいかない。そんな鬱屈した日々を投げ出して滑り落ちたからかしら。
 だとしたら私は……。

●ターゲットはすぐそこに
 森の中を一行は駆け抜けていた。
 先頭を走っていたラウラン・コズミタイドがとつぜん足を止める。枯れ葉がひるがえり、一行は何事かと彼へ顔を向けた。
「この先だ。俺はここで待っている。これ以上近づくと、自分で自分が保てなくなるからな」
 それはつまりラウランの契約者である魔種、トリーシャが近くにいることにほかならない。
 トリーシャを仕留める最後の機会だ。ここで逃せば二度と彼女を捉えることはできないだろう。
 エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はそう考え、自ら猟犬役を買って出た。トリーシャの匂いを覚えているのはエクスマリアだけであるがゆえに。
 一行がふたたび踏み出そうとした時、ラウランが口を開いた。
「あー、変な言い方だが、トリーシャのこと、よろしく頼むな」
 そういう彼の瞳は湖のように澄んでいた。何かを覚悟したかのように。
「魂が繋がってるんだろうな。いまのあいつはひどく弱ってる。そう感じる」
「ラウラン殿……」
「きっちり引導を渡してやってくれ」
 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の声掛けにも、ラウランは首をふって答えた。これ以上やり取りする気はないということだろうか。
「ラウラン殿、妙な気は起こさないでくれよ?」
 冬越 弾正(p3p007105)が軽口を叩き、場を温めようとしたが失敗したようだった。ラウランは泣きだしそうな笑いだしそうなふしぎな笑みを浮かべ、手を振った。
 そのどこか含んだ笑い方に、一行は後ろ髪を引かれながらも先を急いだ。

●戦場
 快い匂いが漂っている。森の奥の花畑の中央へトリーシャは座っていた。以前の戦いで失ったはずの片腕は再生している。周りでは鹿や栗鼠が眠っている。まるで少女を慕って眠りに落ちているかのような神々しい光景。だが、眠っているのではない。トリーシャに心を喰われてしまったのだと一行は知っている。
「動物って絶望しないからまずいわ。まあないよりましね」
「なんてことを……許せないわ」
 タイム(p3p007854)がその細面に怒りをあらわにした。
「いよいよ畜生以下に堕したか。追い詰められてなりふり構わなくなったのか」
 アルトゥライネル(p3p008166)は短く黙祷を捧げたあと戦闘態勢を取った。平穏そのものの花畑。しかしここはこれから戦場になるのだ。
「あなたたち私を殺しに来たのね……逃げるのも面倒になったからべつにいいけれど」
 トリーシャは静かに立ち上がった。両腕がだらんと伸びる。ありえない長さに。
「私を殺せばラウランも死ぬわ。わかっていてやっているのよね?」
「なっ!」
 アーマデルが声を上げた。トリーシャが呆れたように言う。
「魔種と契約しておいてなにもないはずがないでしょう?」
 トリーシャの長い髪が風に揺れた。
 常に何かの影に隠れていた彼女が牙を向くのを、一行は感じ取った。
「悪いけど、私、やさしくないの」

GMコメント

トリーシャちゃんをやっつけよう

やること
1)魔種トリーシャを倒す
A)オプション・彼女に人の心を取り戻させる

●エネミー
魔種トリーシャ
属性は怠惰、役割はなくした、ひそかに愛していた冠位魔種カロンが消えたゆえに行き場もなくさまよっている。だからといって彼女の罪が赦されるわけではない。人間であった頃は抑圧された「良い子」であったようだ。そんな日々から逃れるために反転したと推測される。なにもかも遠すぎる過去のこと。
 シンプルですが強力なBSで足止めしてガンガン殴ってくるタイプです。意外とパワー系。EXAがべらぼうに高いですが、他の能力は魔種にしては低いです。
・呼び声 戦場全体 毎ターン開始時に判定 ダメージ中 不吉・不運・魔凶・塔 この判定はターンが進むごとに強力になっていく
・伸びる腕・脚 物レンジ無視扇 ダメージ特大 飛・移・怒り・封殺大
・魔眼 神至単 ダメージ小・疫病・封印・重圧
・再生 失われた体の部位を再生させる HP・APは回復しない

●特殊ルール 部位破壊
トリーシャの腕、脚は一定のダメージを与えることで破壊することができます。また部位を破壊されることでトリーシャのステータスが一時的に弱体化します。

●戦場
森の中の花畑 美しい景色が広がっています
特にペナルティはありません

このシナリオは「<太陽と月の祝福>ふりかえってもなんにもないの」の続きですが、前回を読むとニヤリとできる程度です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ふりかえる気なんてなかった完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年09月06日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC2人)参加者一覧(10人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
冬越 弾正(p3p007105)
終音
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
アルトゥライネル(p3p008166)
バロメット・砂漠の妖精
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
リドニア・アルフェーネ(p3p010574)
たったひとつの純愛

リプレイ

●知らないはずのぬくもり
 また私の心へ入り込んできたのね。何が楽しいやら。こんな焼け野原へ座り込んで空へ私の過去を映して見ている。
 べつにいいけれど、理解できないわ。魂がつながってるからって、こんなにひょいひょい覗きに来てなにか納得したみたいに去っていくのは何故。
 あなたみたいな人は初めてよ。契約者はみんな自分のことに夢中か、私が魔種と気づいた瞬間絶望して自決するかだったわ。
 私の過去なんか見て楽しい?
 私は見たくないわ。勝手にして。思い出したくもないし、あの頃の自分を見ていると消えてしまいたくなるの。
 それをあなたはポップコーン片手にでもしているような気楽さでずかずかと私の心へ入り込んできては、恥ずかしい過去を掘り起こす。
 プライバシーの侵害ってやつよ。正直言ってやめてほしいわ。
 見終わったあとに、頭をぽんぽんするのもやめてくれる?
「つらかったろうなあ」
 なんて、どういうつもりなの?
 たしかに主上と出会えたことが唯一絶対の私の救いであり誉れよ。
 ほかはもう流れるだけ。日々を怠惰に過ごすだけ。たまに美味しい絶望が見つかればそれで満足よ。私はいまの生活で満ち足りているの。これ以上も欲しくないし、これ以下にもなりたくない。明日のことなんか考えただけでいやになる。めんどう、めんどくさい。昨日のことはもうどうでもいい。そんな昔のことなんか。覚えていたくない。めんどう、めんどくさい。流れていたいだけよ、くらげみたいに。面倒事は全部契約者に押しつけて、私は惰眠を貪っていたい。
 それだけよ。それだけ。
「ねえラウラン、私が死ねばあなたも死ぬのよ。イレギュラーズに与するのは遠回りな自殺よ?」
「それでも俺はイレギュラーズの側に回るけども。村や家族や、守りたいもんはたくさんあるし」
「あ、そう。好きにすれば、あなたの都合なんか私考えないわ、めんどくさいもの」
 だから私好きにしたわ。子供を集めて絶望を食らったわ。あなたの大事な村も家族も無茶苦茶にしてやったわ。
 なのにその憐れむような視線は何?
 ぎゅーってしないで。うっとおしい、うっとおしい。
「まあ最後の瞬間、俺くらいはそばにいてやるよ」
 うっとしい、うっとおしい、うっとおしい男ね。愛して愛されて育ったあなたに私のことなにがわかるっていうのよ。なんでこんなのと契約しちゃったのかしら。なんで契約を解かないのかしら。私……。


 イレギュラーズは散開した。
「さぁ、もう冠位魔種はいない。それでもまだやろうというのなら……戦うだけだ!」
『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)が檄を飛ばす。オッドアイの中の炎が揺らめき、漆黒のコートがそれを反射してきらめく。紅と黒の太刀をすらりと抜き放ち、ガンブレードと共にかまえる。
 自分を取り巻くイレギュラーズたちの面差しをひとりひとり眺め、トリーシャは小さくため息をついた。
「始めてちょうだい……。あなた達から来てもいいのよ、めんどうだもの」
「その言葉、後悔させてやる!」
 クロバは大きく踏み込んだ。ガンブレードを巡るエーテルが仄かに輝きを増し、回転速度を上げる。太刀は焔をまとい、ごうごうと燃え盛る。放たれるは邪道の極み。数奇な運命を辿ってきたクロバだからこそ撃てる剣撃。
「無想流・邪道、三光梅舟!」
 トリーシャは迫りくるクロバを無感動に眺めている。それはその身へ刃が食い込んでも変わらなかった。細い脚が思った以上の頑強さでもってクロバを迎える。
(チッ! 硬いな! だが押し通るまで!)
 まるで大樹へ斧を入れるように、何度も何度もクロバの二刀流が脚を削ぐ。細いはずの骨がたまらなく硬い。刃のほうが折れてしまいそうだ。それでもクロバは躊躇せず自分にできる最大のことをくりかえし続ける。
 成った。それは成った。頑丈な皮膚を切り裂き、骨を削りぬき、クロバはトリーシャの脚を断ち切った。小さな足が飛んでいく。黒い血があふれだすも、そんなことは些事であると言いたげにトリーシャはぼんやりとしたままだ。脚が飛んだというのにバランスひとつ崩さない。空中へ縫い留められたようにトリーシャは立っていた。驚愕するクロバへ露ほども関心を向けず、トリーシャは遠くを見つめている。
 つづいて『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)が切り込む。巨大な鎌である本体を振り上げ、大きく体をそらす。蝶の羽を背負ったかりそめの肉体の背骨がきしんだ。青い鎖がちゃらりと鳴る。膨大な魔力を循環させながら。
(腐っても魔種か、禍々しいな。茨事件の残党め……あの事件で妖精武器としてはプライドとか心とかボロボロにされてトラウマ植え付けられたからな……思い出すだけで憂鬱だ……。だが久しぶりの深緑の依頼……全力で当たらないと!)
 静電気が走り、黒い火花が舞い散る。
「妖精に害を与えるかもしれない。理由はそれで充分だ。俺はキミを絶対に斬る!」
 叫ぶなりサイズは振り下ろされた。空気を両断する衝撃波が地を穿ちながらトリーシャへ迫る。それは黒いアギトを持っていた。それは龍の頭のようだった。それは呪われた苦悶を思わせた。それは……。それはあやまたずトリーシャを喰らった。トリーシャの着ていた白いワンピースへ裂け目が入り、その下の肌へ深い傷が入った。黒い血が流れ、ワンピースへ吸い込まれていく。うまくいった、サイズのかりそめの肉体が唇の端を引き上げる。
(部位破壊してもHPを削りきらないと意味ないからな!)
 再び己を振り上げ、次の攻撃準備に入る。 
「俺はキミを絶対に許さない、絶対に、絶対にだ!」
 叫ぶサイズを見るともなく見ながら、『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)は大きくため息をついた。
(はー……なんでマリカちゃんこんなところにいるんだろ、めんどくさ)
 マリカは憂いていた。深緑という国が存続したことへだ。サイズとは正反対に、彼女は深緑へ思うところがあった。
(深緑も幻想種も皆いっそ滅んでしまえばいい。そう思ってたから冠位魔種カロンは見て見ぬふりをしてきた。……でも結局滅んでくれなかった。なんでだろうね)
 めんどうで、めんどうで、しかたなかった。召喚された地獄の軍勢が玉座へ彼女を座らせ、神輿のように担ぎ上げる。
(内心、彼らには期待してたのだけれどね。この役立たず)
 マリカは玉座へ深く腰掛け、魔力の塊を生成するとトリーシャへ向けて放り投げた。息苦しい窒息が、少女を蝕む毒が、暗雲たちこめる不吉が、足元を汚す泥沼が、トリーシャを穢す。これで最低限の義務は果たした。向こうが仕掛けてこない以上、こっちがなにかしてやる義理もない。ここで観戦と行こう。勝手に争えばいい。何が悲しくてこの国へ害をなしてくれる存在を狩ってやらねばならないのだ。
 だが果たしてそうだろうか。それだけなのだろうか。彼女の深緑へ寄せる思いは。その胸には傭兵王の遺訓が息づいている。深緑、護るべし。クラウス・アイン・エッフェンベルグがラサの末裔に命じた遺訓。それが彼女をこの場へ立たせたのかも知れなかった。
「ラウランを、人質に取ったつもり、か? 生憎だが、お前が魔種であり、既に多くの被害者が出た以上、見逃す選択肢は、ない。その結果、失われるものがあっても、だ。」
『宝玉眼の決意』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が言い捨てる。ぴくりと魔種が反応した気がした。脚を断裂され、胴を切り裂かれても、なんの反応も返さなかった魔種が。
「そのとおりよ……。あれであなたたちが諦めてくれたらよかったのに」
 ざわざわとエクスマリアの髪がうねる。怒るように、警戒するように、非難するように。いくつもの感情を乗せて忠実なしもべのごとく、美しいダークゴールドが彼女を取り巻く。
「聢唱、せよ」
 彼女の髪から音が響く。最初は単調ないくつかの音が、やがて流れるように流麗な連なりに、そして壮大なオーケストラへと変わっていく。同時に魔力が花開き、エクスマリアの周囲に展開する。七色に光る楽譜に囲まれて、エクスマリアは、すうと息を吸った。
「歌う、歌う、光、を。歌う、歌う、怒り、を。鬱屈した、努力は、今日この時、寿がれる、揺れろ揺れろ、大地、よ。落ちろ落ちろ、蒼穹、よ。我らの敵を、討ち滅ぼさん」
 まっしろい光弾が発射された。すさまじい勢いでトリーシャへ迫り、その肉体を破壊せんとする。いくつもの光弾が尾を引いてトリーシャに着弾した。轟音が弾け飛び、閃光が起きる。その中からぼろぼろの服をまとったトリーシャが現れた。
(これが、魔種)
 エクスマリアは唇を噛み締めた。
『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は闇の帳の中で思い悩んでいた。
「トリーシャをたおしたら、ラウランも死ぬ……? 魔種であるトリーシャをほうっておくわけにはいかないけれど、だからといって見殺しにもしたくない」
 やさしいリュコスらしい悩みだった。紫がかった銀の毛並みが心の中を体現するかのように揺れる。
(どうしよう、どうしよう、ラウランは死なせたくない。それに……トリーシャからはとてもかなしいにおいがする……)
 空中に立つトリーシャを眺め、リュコスは心を決めた。
(お話しよう、そうしよう、トリーシャにラウランとのけいやくをかいじょしてほしいだけじゃない。かなしいままでおわらせないためにもぼくはトリーシャと話す……!)
 リュコスは一気にトリーシャとの距離を詰めた。怒りと哀しみを胸に秘めて、拳を握り込む。死角からのアッパー、だらんと垂れたままの腕を狙って。
「Urrr……Urrrraaaaaaaaaaa!」
(ごめんね、トリーシャ、そのためにもまずは君のぶきをこわさせてもらう……!)
 拳が腕を削ぐ。硬い、とても少女のそれとは思えない頑丈さ。それでも打ち込む、打ち込む、さらに打ち込んで。奇妙な硬度を誇る骨を砕かれ、腕は空へと飛んでいった。あっけにとられるほど、軽い音を立てて。
『夢先案内人』リドニア・アルフェーネ(p3p010574)が祈る。
(神は乗り越えられる試練しか与えない。そう何度も教えられた物です。ですが、目の前の彼女をどう救えというのですか。神よ……)
 信じているはずの神は、信じるはずの神は、いつだって答えをくれない。行動するしかないのだ。神を信じて。ならば往くのみ。心を強く持ち、リドニアは駆け出した。残った腕を狙い、疾駆する。風が共に駆けていく。花畑を踏み散らし、猛スピードでリドニアはトリーシャへと。
「参ります!」
 コマンダーガードに仕掛けた戦闘用マクロのおかげで神経は冴えに冴え渡っている。直進の速度を乗せた一撃が、トリーシャに残された腕へと吸い込まれていく。最低限の動きで、最大限の成果を。それは神鳴るがごとくの力となってトリーシャの腕を肩から切り落とした。
(どうしてそう無表情なのですか。なぜにそう無感動なのですか。追い詰められているのですよ、あなたは)
 トリーシャに残されたのはもはや片足一本だけだ。なのにぼんやりとしたままで、思いにふけっているかのよう。まるでこのまま倒されてもいいというかのように。
 そんなトリーシャを見つめ、『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)は心を痛めた。
(あの時取り逃がした魔種……倒さなければまた誰かが死ぬ。だからここで決着をつけるしかない。わかってる。やるしかないわ。憎い筈なのにどうしてかな……)
 ――彼女が辛そうに見えるのは。
 それでも、と、タイムは気持ちを切り替える。いまは打ち倒さねばならない。そのためにここへ来たのだから。
 ぴっと利き手を掲げ、人差し指でトリーシャを指す。逆の手を利き手へ添えて、魔力を流し込む。桃色の光が指先に灯り、徐々に、徐々に、大きくなっていく。
「ぼうっとしてないでわたしとも遊んでくれないかしら」
 ドン! 空気が揺れた。タイムが放った号砲は星となってトリーシャへ命中する。すると今まで何事にも無関心だったトリーシャの視線がタイムを捉えた。ぞくりと背が寒くなる。トリーシャの瞳の底知れぬ虚無に。どれだけ膨大な時間をさまよってきたのだろうか。何もかも過ぎ去った時間の向こうへ置いてきてしまったのか。
(だとしたら……あなたはどれだけ……! 夢もなく希望もなくたださまようだけの日々をどれだけ、あなたは……!)
 トリーシャはまた興味なさそうに視線を戻した。
 だがその視線の先に影が立ちはだかった。
「……俺達には何も言わず、覚悟を決めたつもりか。ラウラン」
『努々隙無く』アルトゥライネル(p3p008166)だった。
(救ったつもりで何も救えない。そんなのは二度と御免だ。エゴだろうと『救う』と決め、約束した。殴ってでも村へ連れて帰る。怠惰の道連れになど、させてたまるか)
 一本心に筋を通し、アルトゥライネルが魔力で育て上げたテリハノイバラをトリーシャのほうへ押しやった。白い花の茨が細い体へ絡みつく。反動をつけ、ドロップキック。紫染をトリーシャへ巻き付け、独楽を回すように一気に引き抜く。ショウ・ザ・インパクトの一撃を受けたトリーシャは大きく後退した。
「独りでは眠れない我儘なお姫様を振り向かせてからだが!」
 その覇気に満ちた声音に応と答える者がいる。
『残秋』冬越 弾正(p3p007105)。アーマデルと共に時を重ね、アーマデルと共に歩んでいく熱き男だ。
「トリーシャ。君は以前戦った時にこう言った。『支え合う人を失った人ほど脆いものは無い』と。今の君はまさにそれなんだな。魔種にだって、きっとまだ残っている。心という泥をこねたままの部分が。俺はそれを破壊ではなく、包み込む為にここに来た!」
「ラウラン殿は『いいヤツ』だ……。自分の命だけでなく、残される弟妹の事だけでなく、縒り合された糸を通じ、トリーシャの行く末を案じる気持ちもあるのだろう」
 呼応するように『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)がつぶやく。
「そのいいヤツを、失いたくはない、が……」
 語尾がしりすぼみになっていく。アーマデルの胸には懸念があった。
(ラウラン殿を救いたい。その為には彼女の方から手(契約)を離さねばならぬのだろう。だが、その為の口先だけでは納得はするまい。……俺がその立場であったとして、納得などしないからな)
 ふたりは同時にトリーシャへ接近した。未練の音が聞こえる。アーマデルの召喚したそれは逡巡。秒針の音が響き渡る。そりそりと心が削れていくかのような焦燥。アーマデルはそれをトリーシャへ叩きつけた。トリーシャはアーマデルを見ている。アーマデルはトリーシャを見ている。その顔めがけてアーマデルは容赦なくデッドリースカイを撃ち込んだ。トリーシャの顔が半分削がれ、血と脳漿が飛び散る。無惨な姿になって、なおトリーシャの瞳は茫漠としている。いや、すこし、毛色が変わってきたような。
 その変化に気づかない弾正ではなかった。
「まるで俺達を試すかのようだな。じっと動かず、されるがままになっている。なぜだ、何を企んでいる?」
「……」
 トリーシャは答えない。事実、弾正の言う通り、トリーシャはここまで全く動こうとしなかった。戦場にはただ呼び声が鳴り響いているだけだ。やがてトリーシャは大きく息を吐いた。
「あと一歩だったわね……」
 再生していく。腕が、脚が、顔が、ずるりずるりと肉肉しい音を伴って。
「まずは……忘れていた痛みを思い出させてくれてありがとうと言うべきかしら。それともうひとつ……」
 再生した自分お手をみやり、トリーシャは独り言のリズムでつぶやく。
「死んでしまってもいいかと、思っていたわ……。だって未来なんてめんどうなものはいらないし、過去なんかわずらわしいだけだから。そう思っていたの、ついこの間まではね。だけど……」
 トリーシャが半眼になる。風船が膨れ上がるように殺気が立ち上り、弾けて戦場全体へばらまかれた。強くなった呼び声が衝撃波を伴ってイレギュラーズへ襲いかかる。
「殺されるのだけは死んでもごめんよ……!」
 トリーシャは攻撃手たちの囲みから抜け出すと、最大限彼らを巻き込む位置でぶうんと腕をふるった。白蛇のように伸びた腕が固まっていた攻撃手たちをまとめて吹き飛ばす。ばらばらに吹き飛んだ攻撃手たち。タイムがサンクチュアリを歌うも回復が追いつかない。
「みんな立って! 次の攻撃が来るわ! ガードして!」
 一度火の付いたトリーシャはあれがあの怠惰かと思わせるほどの暴風雨だった。タイムが必死にリリカルスターを放つが、そのどれもがかするだけだ。
「おねがいこっち向いてよ! おねがいだから!」
 白蛇がぶうんと唸るたびに誰かが血を吐き、骨の折れる音がする。エクスマリアは走り回って癒やしを届けた。そんなエクスマリアの後頭部ががっしりと掴まれる。
「なん、だ!」
 振り向くとトリーシャが立っていた。
「存在自体が奇跡に近しいのね、あなた。いいわ、私と力比べと行こうじゃないの……」
 トリーシャがずいとエクスマリアに顔を寄せる。魔眼がきらめき、エクスマリアの意思へ介入しようとする。なんという不快感。いまにもヘドを吐きそうなほど。逃げようにもトリーシャは細身に似合わない膂力でエクスマリアの頭を両脇から挟むように押さえつけている。
「くううう、う……!」
「ぐううううう」
 トリーシャの瞳から黒い血が流れ、エクスマリアが苦悶の表情を浮かべる。彼女の視界が暗くなっていく。
(ここまで、か。そんな、そんな。)
「……やめろ」
 かぼそくも強い声が聞こえた。弾正だった。トリーシャの足にすがりつき、必死に顔をあげている。
「こんなことで、君の喪失がうまるのか。こんなことが、君のやりたいことなのか、トリーシャ!」
 トリーシャは顔を歪め、弾正を蹴り飛ばした。
「ぐうっ!」
「弾正!」
 吹き飛んだ弾正の体をアーマデルが受け止める。お互いぼろぼろだ。にも関わらず懸命に支え合おうとしている。
「あなたたち、本当にいらつくわ、ずっとそう……あとでふたりまとめてなぶり殺しにしてあげる。そのためのオードブルといきましょうか……」
 再びトリーシャはエクスマリアの瞳を覗き込んだ。
「貴様ごときに、屈したりは、しない。」
「かまうものですか……もうめんどうだからその荒ぶる魂ごと私の糧となりなさい」
 トリーシャの手がエクスマリアの顔面をつかんだ。華奢なはずの手が鉄の楔のようだ。同時に恐ろしいほどの目眩にエクスマリアは襲われ……。
(いやだ、こんなところで、終わりたくない。まって、くれ!)
 その時だった、妙に澄んだ音が間近で聞こえたのは。見えたのは紅閃の刃。むりやりねじこまれた刃がトリーシャの顔面をざっくりと突く。片方の瞳を潰され、トリーシャは反射的に後ろへ下がった。
「名乗るほどのものではないが、窮地とあらば駆けつけよう」
 そこには『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)の姿があった。
(この戦いに僕は本来なら入る余地はない……だが、偶然にもそんな機会が訪れた。なら、僕は戦う者たちの引き立てに徹しようじゃないか)
 踏み込む、かわされる。さらに踏み込む、逃げられる。トリーシャはいまいましそうに増援を睨みつけた。
「この場に貴族騎士は不必要かもしれない……けど、この貴族騎士が、仲間たちを一人でも生かして見せる!」
 数々の不調を背負った彼は、アームズレギオンの一撃をトリーシャへ叩き込み自らの不調を取り除く。
「くっ……この……!」
 トリーシャが食いそこねたエクスマリアのほうを見ると、そこには聖域を歌い紡ぐタイムともうひとり『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)の姿があった。
「女神はまだまだ見捨てて無いようだよっ!」
 ふくよかな美しい女神が召喚される。現世へ久方ぶりに姿を表した彼女は、疲弊した仲間たちへ次々とくちづけをほどこしていく。精神が澄み渡るような、砂漠に一滴の水を得たような、清涼なるくちづけであった。
「大丈夫だって。思うがままにやりなよ。」
 ふにゃりとやわらかな笑みを浮かべ、ランドウェラは引き続きサポートを続ける。
「もういちど吶喊する、ぞ。今度は、胴狙いで、本体を黙らせ、よう。」
 荒い息をつきながらも調子を取り戻したエクスマリアがシューヴェルトの戦略眼からの情報を元に指示を出す。
「さきほど、は、やってくれた、な。そのぶんは、取り返させてもらう、ぞ。聢唱せよ、聢唱せよ」
 魔力砲撃がトリーシャを襲う。
「ぐ、ぎいいいいい!」
 次々と着弾するとてつもない嵐にトリーシャが地に跡を付けて滑っていく。
「倍返しだ!」
 クロバが研ぎ澄ました力量のすべてを魔種へと叩きつける。細い体を切り刻み、ついでに腕を落とす。まちがいない、耐久力があからさまに下がっている。これまでの攻撃は無駄ではなかったのだ。そう確信したクロバは気合を振り絞った。
「おおおおおおおおおお!」
 脚を落とす。トリーシャが姿勢を崩した。両足を叩き切る。トリーシャは残った腕を伸ばし、クロバを殴り飛ばす。
「怠惰すぎて考えるのをやめたというなら大人しく斬られてほしいもんだがな! 主を亡くして心神喪失って割には生きようと必死じゃないか!!」
「うるさいっうるさあああいっ!」

 ――だって私が死んだら。

「ほっといて、ほっといてよ! まだ死ぬわけにはいかないのよおおおおおおおおおお!」

 ――あいつも死んじゃうから。

 花畑でのたうち回りながらトリーシャが大きく息を吸った。大技がくる。誰もがそう思い防御姿勢を取った。
 けれどもその時は訪れなかった。最後に残された彼女の武器、腕の一本を、タイムがその身を犠牲にして受け止めていた。
「……何もかも面倒くさいと顔をしている割にはラウランさんを手放さないのはどうして? それでも生きつづけようとするのは何故? 未練が、ある? それはどんな?」
 トリーシャは答えない。深海の底のような重い沈黙が花畑に落ちた。
「わたしの絶望が見たいのかしら。でもごめんね、死んでも絶望なんてしてあげない。代わりに最後の悪あがきくらいは全部わたしが受け止めてあげるわ。怒りも、悲しみも、全部、ぜんぶ。――おいで」
 タイムが四肢を失い小さくなってしまったトリーシャを抱き上げる。自身も重症を負っているにも関わらず、その美しい顔には慈母の如き笑みがあった。それは心からのもの。嘘も偽りもない、まっすぐに向けるまなざし。
「あなたが抱えた絶望をもっと早く分かればよかったかな。必死に生きていたこと、知れたらよかったのかな」
 エクスマリアがついとタイムへ近寄った。その腕の中のトリーシャへ語りかける。もはや部位再生すらできなくなった彼女へ。
「なあ、トリーシャ。お前は魔種になってまで、なにがしたかったんだ?」
 魔種は小さく笑った。
「……なにもしたくなかったのよ、たぶん」
 それを許してくれる主上に依存していった。愛されたいと願ってしまった。ばかね。主上は怠惰の権化、こんな木っ端魔種なんか最初から目に入ってないわ。わかってたのに。
「あ、あ、あのね……!」
 リュコスが進み出た。一生懸命に言の葉を探す。
「トリーシャがラウランをあやつってけいやくしたのは何のため? めいれいされたから? それともさびしかったから? だれでもいいからそばにおいて……認めてほしかったから?」
「……」
 トリーシャがリュコスへ顔を向けた。リュコスはだらんと垂れていたままのトリーシャの手を取る。
「もうやめようよ。めんどうなことはもうしたくないのにわざわざめんどうなことをするとか、むじゅんしてる。ごめんね、あとから『やめよう』としかいえなくてごめん。でもおねがいだからだれかをつれていこうだなんてしないで」
 ぽつん、ぽたん。リュコスの大きな瞳から涙がこぼれた。心底相手を思って流す涙は聖水にも例えられると言う。その涙が、トリーシャの手へ降り掛かっていく。
「何もかも失ったと嘆く貴方。百点満点を取らなければ生きている価値は無いと教えられた貴方」
 リドニアが深く潤んだ声を出した。
「そうですわね。誰もかれもそんな人生歩めませんわ。その気持ち、私も理解できますもの。人の上に立つ者としての規律を常に纏え――よく言われた物ですわ。本当は競馬して煙草吸って酒飲んで堕落した生活していたい。真面目に生きるって、めんどくさいですわよね」
 くすりと自嘲に満ちた笑みをこぼし、リドニアはトリーシャへ語りかけつづける。
「でも、報われなくても努力したことに意味はあるんですわよ。貴方がどんな道を歩んで、どんな結末を迎えたとしても、その過程で得た物は次の一歩の為の力になる。百点なんて取らなくても良いのですわ。十点でも、価値のある十点が貴方にもあったはず。見方を変えたり、受け止め方を変えたり、自分が変わってみたり、あるいは環境を変えてみたり、ほんのすこし、ほんのすこしのきっかけがあなたにあったなら。……幸せになるためなら、なにをしてもいいのですよ」
 トリーシャは聞き入っている。静かに。末期の吐息をこぼしながら。時間がない。契約を破棄させなくては。だが魔種はいまだ警戒を解いていない。そこへ……。
「……その腕は、届かぬものへ手を伸ばそうとするが故か?」
 アーマデルが近寄った。いまだ長いままの腕。もはやもとの長さに戻すことすら、トリーシャにとってつらいのだろう。
「俺の師、師兄は才の不足を努力で補い、結果として報われず堕ちた。謗られも傷つけられもした。それでも生きて欲しい、他の星を見つけて欲しいと思っていた。……思うだけでは何も伝わらない。皆のように出来るようになりたかった、諦めたくなかった。よく頑張ったと、必要だと言われたかった。やり遂げたと胸を張りたかった。トリーシャ、あんたはどうだ。諦念はその熾火すら消し去れたか」
「……そう見える?」
 しばらく時間を於いて、アーマデルは首を振った。
「最後の咆哮。あれが、本音だと、俺は願いたい」
 アーマデルの隣に立っていた弾正が彼の肩を抱く。
「救われたいと嘆いた事は沢山あるさ。出会った頃を覚えているか? あの時は子供のフリをしていた君を殺せなかった。その後だって失敗続きだ」
 弾正は苦々しい顔で愁眉を寄せた。だがすぐにおとがいをあげ、トリーシャを正面からまっすぐに見据える。
「だが、俺にはまだ支えてくれる人がいる。アーマデルが俺の背中を押してくれる! どんなに煽ろうと俺の心は揺るがない。君もラウラン殿も救いたいんだ。応えてくれ、トリーシャ!」
 トリーシャは、ほうとため息を吐いた。
「……おろしてくれる?」
 タイムは言われた通りトリーシャを花畑へと。彼女はころりと横になった。梢がさやさやと鳴り、小鳥の声が静寂に華を添える。うつくしい、芳醇な森の静けさが一行を包んだ。
「……ピクニック日和だった」
 ぽつんとトリーシャはつぶやいた。
「いい天気だったわ。ちょうど、こんなふうにね……。両親がまだ私に期待していた頃、いちどだけ森へ遊びにいったことがあった……」
 魔種はまぶたをとじる。
「そうね……悪いことばかりじゃ、なかったわね……」
 アルトゥライネルが彼女の側へ膝をついた。
「逃げても死は選ばなかった。それは何故だ?」
 静かな声でアルトゥライネルは語りかける。
「さあね。馬鹿な魔種が誰かさんにほだされたんじゃないの……?」
「カロンが消えたいま、お前自身は何を思って此処にいる? 子供らの絶望は自分のものよりも甘かったか?」
「……黙秘するわ。自分で自分のことを棚卸しするのは、めんどうだし恥ずかしいものよ」
「そんなだからだ。誰かを押し退け、奪い、傷付けるから追われる。面倒なのは自業自得だ」
「そうね……今ならあなたたちの言うことも受け入れられるわ」
「俺はお前の境遇を知らない。面倒とは何かを諦めた自分への言い訳か?」
「さあ、心なんてものは矛盾しているものよ、いつだってね」
「それでも、ただ生きていたかったんだろう?」
「……」
 沈黙。ただそれはふしぎと不安定なものではなかった。こもれびに包まれたトリーシャは、眠りに落ちる寸前のようにうとうとしている。
「まだ目を背けたいなら独りで眠れ……子守唄が必要なら、俺が歌ってやる」
「で、でも、ラウランは、たすけてあげてほしいなって、その……」
 リュコスがおそるおそるトリーシャへ言い募る。
「どうなんだトリーシャ……」
 アルトゥライネルの言葉にトリーシャは微笑んだ。その頬をすっと涙がつたった。澄んだ、あたたかな涙だった。
「……あいつのせいで、私こんな目にあってるんだわ。せっかく契約したのに、ハムレスとは大違い。私に逆らってばかりで……あんな役立たず、こっちから願い下げよ」
「では」
 アルトゥライネルの声が熱と期待を孕んだ。トリーシャが笑みを深くする。たおやかな、いつかあっただろう日の面影そのままに。
「ふん……契約なんか、なかったことに、してあ……がっ!」
 眼の前が魔種の黒い血に染まった。アルトゥライネルはインクにまみれたような顔で呆然とした。目を凝らしてみると、トリーシャは頭を踏み抜かれていた。黒い血で汚れた靴が見えた。細い足首が見え、そこから視線を上げていく。ふくらはぎをつたい、ひざを抜け、ふとももを通り越し、一気に上を向いたそこに立っていたのは。
「ねぇ、いつまで続けるわけこんな茶番劇。めんどくさいから早く帰りたいんだけど」
 マリカだった。いまだ現実を受け止めきれないままアルトゥライネルは声を押し出した。
「ア、ア、アンタ、なにして……」
「なにってだからもう最初からマリカちゃんはこんな依頼めんどうでしょうがなかったわけ! とっとと帰りた~い、ケーキとキャンディとおふとんに包まれた~い」
「う、うう、ぐ……」
 トリーシャが死にきれず呻いている。小さな手が地面をひっかき、跡を作った。
 ざくり。
 横合いからとつぜん現れた大鎌がトリーシャの首を両断した。地面をかいていた手が止まる。今度こそ死体となった魔種は、ゆっくりと黒い塵になっていく。ほうけたままのアルトゥライネルが首を動かすとサイズがいた。
「なにをする、まだ、まだ完全に契約が切れたわけでは……」
「はっきり言って俺は妖精以外どうでもいい。ラウランとかいうのも接点ない人だし。この魔種が急所であるはずの頭部を踏み抜かれて、なお動いているから危険と判断したまでだ」
「サイズ様……!」
 リドニアが怒気もあらわにサイズへ迫った。
「そういうキミも、いざとなったらとどめを刺す気でいたんだろ? 顔にそう書いてある」
「それは、イレギュラーズとしての本分を果たすためで……!」
 一触即発、空気に火花が散った。
「おいよせ」
 クロバがサイズとリドニアの間に割って入る。
「これ以上はハイ・ルール違反にな……」
「あ~もう、うるさい、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ! マリカちゃんはー! たのしいことしか考えたくな~い! 帰るのもだるーい! ここでもいいよん、パーティー会場♪」
 言うなりマリカは両手を広げた。人魂が現れ勢いを増していく。アーマデルがよもやと口を動かす。
「マリカ殿? マリカ殿、何をして……」
「もっちろーん、こーするのっ☆」
 マリカが手を打ち合わせた瞬間、炎が四方へ飛び散った。着弾した場所が勢いよく燃え上がる。マリカは次々と火種を撒き散らし、花畑は業火に包まれた。
「なにしてるんだ! ここは妖精たちのすみかだぞ!」
 激怒したサイズがマリカへ斬りかかろうとし、ランドウェラとシューヴェルトがあわてて取り押さえる。
「サイズ、それより周りの木を伐って! 延焼を止めるのよ、森が丸焼けになる前に!」
 タイムが悲鳴のような声をあげている。サイズはぎりぎりとはがみし、木々を切り倒し始めた。
「なんで、なんでこんなことに? なんで、なんで……」
 ふるえるリュコスは涙目だった。さっきまでトリーシャはたしかに、味方の言霊を受けて人の心を取り戻しつつあったはずだった。孤独で凍えきった魂に寄り添えていた、そんな気がした。それが、どうして。なにもかもおじゃんだ。いまごろラウランはどうなっているのだ。
「や~だ~! もっとあそぶ~! ハロウィンするのー!!!」
「やめろと言っている! これ以上はローレットでもかばいきれない!」
 クロバがマリカを止めようと必死になって追いかけ回している。マリカはそれすら楽しいのか、笑いながら跳ね回る。
「リュコス」
 エクスマリアが声をかけた。状況へまっさきに順応したのか、その声は落ち着いたトーンだった。リュコスの心がほんの少しだけ冷静になる。エクスマリアは長い金髪をうねらせ、花畑のまわりを円状に掘っていた。燃え広がる炎を止めるためだろう。
「マリアは、掘る。リュコスは、堀を飛び越えた、火花を、踏み消して、くれ。できることを、やろう」
「う、うん、わかった!」
 リュコスはすぐに飛び出していった。
 アーマデルと弾正が切り倒された木々を炎から遠ざけている。煤まみれになりながらもふたりは次々と木を運んだ。
「……トリーシャ」
 アーマデルは炎に飲み尽くされたその亡骸を隠した目で追いかけた。弾正は唇を噛んだまま小さく震えている。
 声は届いていた。トリーシャは、耳を傾けてくれた。なのに、なのに……。だが起こってしまったことはどうしようもできない、今二人にできることは山火事を防ぐ、それだけだ。


 どうにかこうにか消火が終わり、クロバがマリカをとっつかまえるなり、一行はラウランのもとへ急いだ。
 芝草に倒れ伏した人影が見えたとき、アーマデルは心臓が縮み上がった。
「ラウラン、どの」
 かたわらに膝を付き、こみあげてくる何かをこらえる。それがなんなのかアーマデルにはわからなかった、だが弾正の弟を亡くしたときのそれによく似ていた。あの重い、暗い、冷たい、何か。
「俺は、俺は、また……」
「アーマデル」
「弾正、俺は」
「アーマデル、触れてみろ」
「しかし」
「いいから」
 弾正はアーマデルの肩へ手を載せ、後を押すように微笑んだ。アーマデルがおそるおそるラウランの頬へ触れる。
「……っ。あたたかい」
「だろう?」
 アーマデルは急いでラウランの頸動脈へ手を動かした。まちがいない、脈がある。
「生きている」
「ほんとう!?」
 リュコスが飛び上がった。
「いきてるんだラウラン、よかったあ!」
「ラウラン。ラウラン」
「ラウランさん、起きて」
 エクスマリアとタイムがふたりがかりで治癒を施す。
「外傷は、ないですよね。いまので消えましたもの。ラウラン様、ラウラン様?」
 リドニアがゆさぶるが反応がない。
「まさか」
 弾正の胸に不安の影が刺した。
「意識がないのか?」
 こもれびがさざめく。契約のあわいで強制遮断された影響だろうか。ラウランはこんこんと眠っている。静かに。穏やかに。まったくこんな美しいピクニック日和に、ふさわしいほどの寝顔で。

成否

成功

MVP

ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
ツリー・ロド(p3p000319)[重傷]
ロストプライド
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)[重傷]
愛娘
冬越 弾正(p3p007105)[重傷]
終音
タイム(p3p007854)[重傷]
女の子は強いから
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)[重傷]
神殺し
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切
リドニア・アルフェーネ(p3p010574)[重傷]
たったひとつの純愛

あとがき

おつかれさまでしたー!

MVPは本体を狙い敵HP減少へ多大なる功績を上げたあなたへ。

またのご利用をお待ちしています。

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