PandoraPartyProject

シナリオ詳細

あなたのための正餐会

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――めだまがまっしろの人が居ます。

「はい。あなたの目がまた見えますように」

 ――からだがまっくろな人が居ます。

「はい! きれいな『ひふ』になりますように!」

 ――いきがくるしそうな人が居ます。

「はい、たくさん空気をすえますように」

 ぼくらは『いやしの子』。からだを悪くしただれかのために、自分のからだをささげる子。
 いたみはよろこび。死ぬことはぼくたちとあなたのすくい。
 どうか、どうか、しあわせになってください。
 だって、それこそが。

「いたい。いい、いたい。いい、ああああああ、ち、ち、ち。
 くるしい。いきが。おぼれて。まっかで。しししあわせですしあわせですしあわせですああああああああああ」

 それこそが。のぞまれなかったぼくたちの、生まれてきたりゆうなんです。


「……要るか?」
 平時より幾許か青い顔をした情報屋が投げたのは、干し肉を詰めた缶詰らしかった。
 せめてそこはスイーツとかでは? と若干首を傾げる澄恋 (p3p009412)はそれを丁重に断り、耀 英司 (p3p009524)は「酒の肴にゃ早すぎるだろ」とあっさり受け流した。
「で? 比較的急ぎの依頼って聞いたけどな」
「……あー……そうだな。
 此度の依頼は、亜人を食い物にする幻想貴族たちの『農場』を破壊すること、だ」
 どうにも語調が覚束ない情報屋は、しかしそれを訝しむ特異運命座標達を気にすることも無く、淡々と説明を続ける。
「運営元はとある幻想貴族だ。闇市場を通して発展させたそのマーケットは、主に差別の対象となった亜人……特に善悪のつかない子供達をターゲットにして拉致し、自分たちの都合の良い商品として育て上げては顧客に出荷している」
「……主な用途は?」
 少しだけ、語調を強めて聞く澄恋だが、それも致し方ないこと。
 情報屋は『亜人』と言うワードを敢えて使ったが、それはつまり「人間種以外の総ての人型種族」を指すのだという意図は十分に伝わっている。
 他人事ではない。まさにそれを理解していた澄恋は、しかし返された言葉に息を呑んだ。
「食用」
「……。え」
「食用だ。彼らは十分に食べ応えのある身体に成長したのち、顧客が必要としている部位ごとにバラされて調理される。その解体の様子も見せながらな」
 緩やかに息を吐いた情報屋が、座っていた椅子の背もたれに身体を預けながらも言葉を続ける。
「医食同源、と言う言葉は分かるか?
 年を取り、老いぼれ、或いは暴食や娯楽の限りを尽くした一部の幻想貴族は、そうして出来た自分の体の中の『悪くなった部分』を癒すべく、健康に育った亜人たちの『同じ部位』を食べることで癒そうと考えたんだ」
 幾多の医者や癒術師に頼り、しかしそれすら治せない病気や怪我。
 それを、しかしどうしても治したいと願う強欲な者が居るとするなら、こうした方法に頼るのも一つの結果ではあろうと。
 ――そう語る情報屋に、澄恋は顔を青ざめ、英司は小さく舌打ちのみを返した。
「……そうしたマーケットの破壊が今回の作戦目標だ。可能なら運営主である貴族の殺害か捕縛も、だな」
「場所は?」
「メフ・メティート内部の地下道から行くルートが一本だけ。尤も襲撃を警戒してか、向こうとて兵は用意している」
 何より。そう言葉を置いた情報屋は、特異運命座標達に再び視線を戻した。
「先にも言った通り、商品である亜人たちは元々が虐げられた境遇から『満足に食べさせてもらえる』環境に連れて来てもらえた運営主に深い忠誠を誓っている。
 貴様らがソイツの敵であると解れば、その亜人共はお前達の妨害に回るだろう。対処の仕方を考えておけ」
「心温まる依頼だね。エドワード・ゴーリーを思い出すよ」
 言うべきことは言ったとばかりに、席を立った情報屋に、しかし英司は。
「因みにさ。
 この缶詰って……アンタの怪我と関係してんの?」
『右腕の一部を包帯で巻いた』情報屋は、生気のない表情で一瞬だけ彼を見て言った。
「……偶然『同業者』が品切れだったらしくてな。
 対価に貰ったのが先の情報と、その『余り物』だったというだけだ」
 ――狂気を容認するか、或いはその全てを否定する者でしか、此度の依頼には関われないのだと。


「角はね。角質層はほとんど食事に向かないんですよ。
 一部の亜人はその中に神経や血管を通しているので、そうした部位から溢れるモノをソースにご利用ください」
「あっ、ありが、ありが、と、ござい……いいいぃぃぃぃ」
 鬼人種の少年の角が、骨ノミで綺麗に割られていく。
 その中ほどから溢れるどろりとした血液に、周囲の客人たちは小さな歓声を上げた。
「獣混じりの亜人は、獣化している部位が特に美味だ。……ああ、肉食動物はモノに因りますが。
 しっかりと熱を加え、一本一本丁寧に毛抜きをし、皮を剝いだ後の肉質は口の中で溶けると言ってもいい」
「いっ、いたいです、ごしゅじんさま。いたいです。
 きこえない。きこえない。ごしゅじんさま、どこですか」
 片手と両耳を肉切り包丁で断たれた女性は、失血する前にすぐさま断面の血管を結ばれて、素材としての『価値』を残される。
「ともあれ、まあ、何といっても素晴らしいのは旅人でしょう!
 種々様々な身体をした彼らは、その一人一人に個別の調理法が必要となります。異界の彼らを召し上がれば、皆様のお身体も世俗に塗れた病魔などからは解放されること間違いなし!」
 再度、歓声が沸く。今度は先ほどのそれよりもはるかに大きく。
 微笑み、一礼した人間種の幻想貴族は、そうして自らの背後を振り返った。
「さあ、どうぞご覧ください。此度の素材は皆様の為だけに用意した一品です。
 より良き素材を、誰よりも早く召し上がるために。皆様からの多くのご支援をお待ちしております!」
 ……其処に居たのは、少女や少年であり、青年や女性であり、或いは老人や老婆であった。
 身体には下が透けて見える薄衣を一枚纏い、そうして誰もが、喜びの笑みを浮かべている。
 今まさに『調理』されている同胞たちを、正に、羨ましいとばかりに見つめながら。

 ――――――さあ、今日も狂気の正餐会が幕を開く。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエストいただき、有難うございました。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・戦場となる『農場』の完全破壊

●場所
 メフ・メティート内部の地下道から走る通路の先に存在する巨大な円形広場です。
 地下であるため日光は届きませんが、設置されている豪奢な灯りによって支障なく行動することが可能です。
 シナリオ開始時点では、敵となる『私兵』たちは入口地点に多数が無警戒状態で立っており、少数が広場の最奥に居る『運営主』の傍らに配置しております。
 その他、中央の円卓に『顧客』である幻想貴族たちが、それらを取り囲むように、壁沿いを埋め尽くす形で『商品』である亜人たちが並ばされています。
 シナリオ開始時、入口付近に居る『私兵』との距離は3m、『運営主』との距離は100mです。
 最後に、この場所に至る道は一本だけと在りますが、それはあくまで情報屋によって集められたかぎりの情報の範囲内で、の話です。

●敵
『私兵』
 下記『運営主』に雇われた私兵です。数は50名。
 うち35名は戦場の入り口の警備に、残りは『運営主』の護衛として配置されています。
 配置されているうち、前者のスペックは個々人で玉石混淆と言えますが、後者は安定した能力でPCの皆様に立ち向かいます。
 傾向はそれぞれ『物理前衛型』『物理耐久型』『神秘後衛型』『神秘補助型』の四つ。妨害役は存在しません。それぞれの人数がどの程度かは不明。
 また、彼らはその人数如何によって取る行動が変化します。

●その他
『運営主』
 幻想内部での食人産業を陰ながら興した幻想貴族。風貌は大きめのローブを被っているため不明。その実力に関しても同様。
 シナリオ開始時の段階では、PCの皆さんの戦いぶりを観察しつつ、適宜『私兵』と下記『商品』に指示を下します。
 本シナリオでは、このキャラクターの殺害、捕縛は必須ではありません。

『顧客』
 上記『運営主』主導の食人ビジネスの顧客である幻想貴族たちです。数は8名。
 何れも身体の内外に大きな疾患を抱えており、中には自力での行動も困難な者も。
 医者にすらさじを投げられた疾患を癒すべく、こういったオカルトめいた方法に縋って『商品』達を食す毎日を送っています。
 本シナリオでは、このキャラクターたちの対処はPCの皆様に任されています。

『商品』
 上記『運営主』による食人ビジネスの商品です。通称『癒しの子』。数は広場の壁を埋め尽くす程度。
 種族は人間種以外であることを除いてバラバラ、また老若男女を問いません。装備は薄衣一枚のみ。
 戦闘技術は全くありませんが、上記『運営主』の指示によっては幾らかPCの皆さんの行動の阻害を行います。
 基本的に彼らはその思想、倫理観を『運営主』に支配され切っているため、説得に因る翻意は一名ごとに長い時間を要します。
 彼らをどのように扱うかは、PCの皆様に任されています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。



 それでは、リクエストいただきました方々、そうでない方々も、参加をお待ちしております。

  • あなたのための正餐会完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年02月19日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

白薊 小夜(p3p006668)
永夜
襞々 もつ(p3p007352)
ザクロ
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
※参加確定済み※
耀 英司(p3p009524)
諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°
※参加確定済み※
暁 無黒(p3p009772)
No.696

リプレイ


「……剣を以って人を救うのが私の道、けれど時には剣だけでは救えない者もいる」
 既に、場は喧騒の只中だった。
 騒ぐ『顧客』。目を丸くする『商品』たち。統一された武具を構える『配下』。
 何よりも――会場となるホールの最奥にて、小さく笑んだ『運営主』が。
「亜人達を本当に救うならば長い時間が必要になるのでしょうね。それを……」
 ――貴方たちは、本当に理解しているの?
 口にはせず、けれど問うた『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)の相手は、仲間たちへのものだ。
 此度、特異運命座標らが集った目的は、奴隷たちを使った食肉農園の破壊。
 けれど、依頼とは関係のない所で……秘めたる決意を抱く者も居る。
「それでもだ。救わなければ、あいつらは死ぬしかない」
 例えか細くても、選択肢がありながらそれを無視して見殺しにするなら、それは殺すことと同義だと。
『ヒュギエイアの杯』松元 聖霊(p3p008208)が言う。言って、努めた笑いを小夜に向けた。
「殺されていい人間なんかいねぇ、そこは揺らがねぇ。……だからこそ俺は、今からすることから目を逸らさねぇ」
「何とも素晴らしい決意だ! あなたと私は、善き友人になれると思います!」
 農場の『運営主』である幻想貴族が、笑いながら聖霊にそう言った。彼我の距離を加味すれば聞こえることも難しい会話を聞き遂げ、言葉を返すその表情は満面の笑顔そのもので。
「……はあ」
 雄弁な『運営主』に対し、歎息一つを返したのは『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)だった。
「この手の見世物は嫌いじゃありませんが……自分に忠実な奴隷などという、幾らでも利益を生み出せる貴重品を胃に収めるとは。大人しくブランド肉でも取り寄せれば良いものを」
「っ、な、ん……! 貴様……!!」
 ぱくぱくと口を開け、声なき声を上げる『顧客』。
「食すれば癒える」。自らの思想を丸侭否定するその物言いに、病で弱った老爺は必死に叫ぼうとするも。
「まあ、奴隷共の事などどうでもいいですが、この馬鹿な会合に出席している連中には退場して地位なり領地なりを空けてもらいましょう」
 私の利益の為にね。とは口の中で呟くウィルドに、ひっ、と言う声が聞こえたのは、きっと気のせいではないのだろう。
「……生物ってのは、世界を渡ろうと根本は変わらないって事か」
 度し難い。怯える『顧客』達にそう吐き捨てたのは『No.696』暁 無黒(p3p009772)だった。
 普段の人懐こそうな在り方とは大きく異なるその様子を、しかし気にする仲間たちは居ない。
『それ以上に目を惹く醜悪さ』が眼前に広がっていれば、それも無理からぬことであろう。全身にまとわりつく不快感を苛立たしげに無視する無黒は、せめてこの依頼を手早く終わらせることだけを考える。
「……私を除け者にしておにく食べる?」
 それとは別に。
 不快感を満身から立ち昇らせる者も、また存在する。
「おにく食べるんなら愛情込めて、正気の儘『食べて』って言わせねぇとダメです。
 ご主人様なら嬉々として肉片渡してくれます、見倣えってんですよ」
 今日の依頼の為に、態々「食事を抜いてきた」と語る『同一奇譚』襞々 もつ(p3p007352)の言葉に、『運営主』は商売人の笑顔を浮かべたまま言葉を掛ける。
「ならば、私の『商品』は如何です? 貴方のような女性に食べられるなら本望と言ってくれますよ」
「だから! 正気の儘って言ってるじゃないですか!」
 ――ヒトがヒトを食すること。それが異常であり、当然ではないこと。
 その倫理観を与えられず、自らが食されることを自然と考える彼らの、何処が『正気』なのかと、もつは『運営主』に噛みついた。
「残念ながら、彼らは私たちの顧客にはなり得ないようですね――衛兵」
 その言葉を合図に、配置されていた警備兵たちが構えた武具を遂に振りかざす。

「……英司様」
「どうしたよ、澄恋」

 両者の会話は、その刹那。
『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)と『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)。襲い来る数十名の兵士たちを前に、しかし二人の様子は平時と変わらぬ――否、平時よりも穏やかで、落ち着いた様子で。
「わたしは、あなたがこの依頼にいて良かったと思っています」
「……。そうかい」
 普段、雄弁な彼はその言葉だけを返し。そうして彼らは互いに得物の術式を励起させる。
 戦闘が、開始された。


「嗚呼……良き"悪"の香り。
 沼地の泥の煮凝りのような、腐肉を漬け込んだかのような……反吐の出る悪です」
 ――陶酔を孕んだ声音が私兵たちの耳朶を叩いたのは、気のせいではなかった。
 自身の気配を保護していた『影』を解除した『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)が私兵たちの中後方から現れる。それまで存在しなかった彼女の存在に、私兵たちの何人かが瞠目と共に声を上げるも。
「ご機嫌よう、目が眩んだ貴族の方々。
 今宵の正餐は特別な趣向を凝らし……"そちらの御方"もメニューに加えてご覧に入れましょう」
 だが、それに素早く対応する私兵も存在した。
 槍撃がヴァイオレットの脇腹を劈くも、その一発は精撃と至るには程遠い。
 突如現れた彼女によって、戦線は一気に混戦状態を作り上げる。
 彼我に於いて不利となり得るこの状況に、しかし明確な指標を作り上げ、隊列を再構築する者は二人いた。
「……誘い込め、澄恋!」
 一人は、作戦の号令を担当する英司。
「補助後衛。敵前衛の挑発を受けない位置をキープ。癒術準備」
 もう一人は、敵方の『運営主』。
「大多数の敵が存在する場合、その攻撃を味方全体に散らさないよう耐久型、或いは回避型に攻撃を集中させ、その間に攻撃班が相手の戦力を削っていく」と言うセオリーは、向こうも当然理解している。
「――――――っ」
 澄恋の咆哮。名乗り口上に熱を抱いた私兵たちがそうして彼女を強かに叩くが、それを直ぐに敵後衛が癒す。
 ……が、澄恋はそれを確認すると、再び名乗り口上を挙げて敵のアンカリングに注力する。
 通常、こうした耐久役は「自己付与」「敵の誘導」「万一の味方へのサポート」等、時としては他の仲間よりも行動の範囲が多岐に渡ることすらある。
 が、今回の澄恋の役割は真の意味で「呼んで耐える」だけの単一。
 敵が直ぐ癒すという、状態異常の持続時間の短さを、その行動によっていたちごっこに縺れ込ませたのは、彼らにとって最もの僥倖であったと言えるだろう。
「お掃除しますよ! もう我慢できませんからね!?」
 そして、その隙を見逃すような者も居るはずなく。
 叫ぶもつ。両手で拳を作って前方に突き出せば、仕込んだ魔導具が起動して双腕を『砲身』と為す。
 破式魔砲。黒と赤の混在する光条が戦場を奔ると、その進路上に立っていた私兵が堪らず頽れる姿が確認できた。
 そして、それは無黒と英司もまた。
「とっとと……」
 倒れろ。そう言って時砕きの光撃を私兵の一人に叩き込む無黒。
 非戦スキルを介して敵方の手練れを探すという目論見は、敵にそれを隠す意図が無かったこともあって上手く成功した。発見した対象には即座の無力化を念頭に攻撃を仕掛けている。が、
「舐め、るなッ!!」
 返す刀のシールドバッシュ。それをひらりと回避する無黒ではあるが、一体ごとの倒す時間の長さに彼自身強く臍を噛む。
 敵全体が数に任せた編成であるゆえに個人個人の実力はおしなべて低いものだが、それでも手練れは手練れ。一撃で倒れるほどの耐久性能はしていない。
「……時間がかかりすぎてるな」
「ですが、彼方の『運営主』様には未だ逃げる様子が在りません」
 舌打ちする英司に、尚も貼り付いた笑顔で応えるウィルド。
 斧槍を突き出した私兵の攻撃をウィルドが腰だめに抱え込むようにして受け止めれば、そうして無防備になった肉体を英司が叩き昏倒させた。
「何より、あの方の逃げ道も私のファミリアが見つけております」
「そいつは安心、と言いたいが……」
 返す英司は、幾度目かの『重み』にその視線を向ける。
「やめて。……おねがい、です」
 その先には。
 幾人かの、幼い子供が、泣きそうな眼をしていて。
 それを、振り払ったのもまた幾度目。
「……頼むぜ、聖霊」
 私兵たちはその数を順調に減らしている。
 ならば、後は残された『商品』足る子供たちを説得するだけ。
「――みんな、聞いてくれ」
 故に。
 それを託された青年が、今朗朗と声を上げた。


 振り下ろした一刀を、横への体捌きで躱された。
 ならばと刀を返し切り上げようとした刹那、敵が持っていた万年筆が鍔元を押さえ、その隙に距離を詰められる。
「天真正伝香取神刀流……!」
「流派は知りませんよ。とある旅人の使っていた技を真似ただけです」
 苦虫を噛んだような小夜の言葉に、飄々とした声を返す『運営主』。
 私兵の数が減ってきた段階で逃走されることを考慮した小夜は、単身彼を追うべく一気に接近したが、対する相手はそれに焦ることも無く、一人で小夜の力量に抗し切っている。
「一つ聞きますが、取引をしませんか?」
「……。何ですって?」
「あなた方は私を見逃す。その対価として、私は去る前に彼らがあなた方に従うよう口添えしましょう」
 ローブの中に隠れた『運営主』の表情は、目が見えぬ小夜をしても笑っているだろうと想像できた。
「あんな『商品』達すらも、あなた方は『救おうとする』。それは素晴らしい心意気だと思います。
 ですが、あのように育てられた彼らを、あなた方だけの言葉で翻意するのは難しいでしょう?」
「……お断りよ」
 お前がそれを言うのか、という言外の圧力を込めつつも小夜は応えた。
 そもそも応じるメリットが無い。敵の私兵は既にその七割が倒され、現在小夜と『運営主』との戦闘も拮抗状態。
 あとは時間を待てば仲間たちも小夜の元に辿り着き、『運営主』を無力化できる。口添えはその後無理やりにでも行わせれば良い。
「成る程。ではお手並み拝見と行きましょう」
 そう言った『運営主』は、その視線を聖霊の方向へと向けた。

 ――私がこれまでも、これからも人を斬る道を行くように。貴方も思うままに医者の道をお行きなさい。
 そう、自身の背を押した剣士が居た。
 だから、進まなくては。
「……お前ら、自分の命を捧げれば、他人の命を治せるんだっけ?」
 最初に、聖霊はそう聞いた。
 頷く『商品』達はほぼ全て。それを信じて疑わない彼らに対して――聖霊は哀しそうな顔で、頭を振った。
「そっか、でもな。
 残念な事にお前らが生命を捧げても彼らの病は治らない。寧ろ悪化するんだ」
「……そんな」
 ぽつり、そう呟く声が聞こえた。
「お前らを拾った男は、それを知っててお前らを利用した。
 お前たちの身体を食材にして、貴族たちに食わせた。お前たちはあの男と、貴族たちの想いの犠牲に、金儲けの材料にされたんだ」
「でも、だって、じゃあ」
『商品』達は、何かを言おうとして、口を噤む。
 反論する材料を探す。その程度の教育すらされていないのだと、直ぐに聖霊は理解した。彼らは何れ消費される命なのだから、と。
「……皆さん。私を、見てください」
 次いで、口を開いたのは澄恋。
 精霊の一歩前に進み出て。すらりと白魚のような細腕を見せれば……自ら、それを食いちぎる。
「っ、な……!」
「私は『健康な腕の肉』を食べました。
 では、なぜ今こうして『怪我をした腕の肉』は治らないのでしょう?」
 眼前の光景に、『商品』達は瞠目して、言葉を発さない――――――発せない。
「貴方達が、自分の身体を差し出しても。
 そんなのは痛いだけです。貴方達が信じる癒しは、自己犠牲と言う土台が有って成り立つものではありません」
 だから、どうかと。
「どうか、ご再考ください。ご自身で、考えてみてください。
 ヒトの身体を癒す術は、あなた達の命しか有り得ないのか」
『商品』は、互いに顔を見合わせる。
 聖霊の、澄恋の真摯な言葉に対して、自身たちの『主』と全く異なるその主張に対して、彼らは。
「………………あ」
 彼らは、手を伸ばしたのだ。


「教わったことが在りませんか?」
『運営主』は。
『商品』たちへの指示として聞こえぬよう、小声で小夜に問い掛けた。
「『知らない大人の誘いに乗ってはいけません』と」

「……うそだ」
 最初に呟いたのは、子供の一人だった。
 瘦身の少年だった。彼は傍らに居た同じ『商品』である老婆の腕を引くと、その首にがぶりと噛みつき、その肉を食い千切った。
「ぇ、あ」
 吹き出す血。斃れる身体に更に食いつき、身体の各所をむさぼる少年。
「貴族さま! ぼくたちは『いやしの子』です!」
「何を……!?」
「たくさん治せます! どこでも食べられます!
 うたがうなら、ほら、ぼくたちを見てください!」
 その言葉が、皮切り。
 聖霊が反応するよりも早く、『商品』達は互いに互いを食らいあい、その価値を未だ生き残る『顧客』に示し続ける。
「……何、で」
 歯が折れる者も居た。
 顎が砕けた者も居た。
 それでも、必死に。涙を流しながら傍らの同類を食い合う姿に、澄恋が震えながら声を上げる。
「――――――」
 英司は、強張らせた全身から力を抜き、息を吐いた。
 信用は失われた。これから彼が「お前たちを食べてやる」と言って慈悲ある殺害を行おうとて、彼らはそれを拒み、誰かに食われての死を選ぶであろう。
「……英司様」
 つ、と横に現れたのはヴァイオレット。
 敵の中心に単身現れての戦闘を行ったため、その身体には隠し切れぬ傷が見えているが、その表情は笑顔の侭。
「ここから先は、私たちにお任せいただけませんか」
 彼女が視線を向けた先には、肩を竦めながらも拳を整えるウィルドの姿だ。
 これから先に行うこと。その意図を理解しておきながら、英司は小さく首を横に振る。
「……俺は、全ての涙を拭う。そういうモノだ」
『慈悲ある殺し』。『商品』たちの願いを叶えたふりをして、喜びの内に殺すことはもう叶わなくても。
『無慈悲な殺し』。今恐慌し、自己のアイデンティティを喪った彼らを、一瞬の内に殺すことは、未だ叶うのだからと。
「………………ぁ」
 言葉が終わり。
 怯え狂った『商品』達の元へと歩を進めた三人に、頽れた澄恋は手を伸ばすだけ。

 ――英司様。わたしは、あなたがこの依頼にいて良かったと思っています

「待っ、て」
 今となっては、その言葉は。
 あたかも、彼を『自身が説得を失敗した際の後始末役』として指したかのように、思えて。
 ヴァイオレットがタロットを手挟む。ウィルドが双拳を構え、英司が二剣を鞘から抜く。
 ……自らの手を朱に染められぬ澄恋に、それを追うことは出来なかった。


「子供でも、人に植え付けられたセカイでも。
 彼らには彼らの主張があります。あなた方はそれを理解しながら、それと真っ向から反する理論しか用意しなかった」
『商品』達を理解しなかった。その考えに寄り添うことを放棄した。
 だから、彼らはそれに怯えた。怖がって、立ち向かう力も反論する知識も無くて、だから狂うことしかできなかった。
「特に、彼女の説得は面白かった。
 自らを傷つけてまで、彼らの世界を、自己価値を完全に破壊して差し上げるとは」
「……言いたいことは、それで全部?」
『運営主』の首筋に切っ先を突き付けた小夜は、氷のように冷え切った声で言葉を返す。
 彼女の傍らにはもつと無黒も居た。双方ともその視線に安穏な感情が見えることは無く、それに『運営主』はにこやかに問うた。
「私を殺さないので?」
「……残った私兵とあの子たちの説得にお前を使う。断ればどうなるか分かるだろう?」
 小夜の言葉が氷であるなら、無黒の言葉は何も見えぬ闇そのものだった。
 表情すら抜け落ちた彼の言葉に、『運営主』は未だ、くつくつと言う笑いを止めない。
「商品も、顧客も、私兵も、みんないただいちゃダメって言うんですよ。残念です。
 でもですね、『運営主(おにく)』。あなたは調理してもいいってみんな言ってくれたんです」
 ――今までの『商品』たちと同じように。そう言ったもつに対して、『運営主』は三度、笑いつつも言う。

「ええ。どうぞ美味しくいただいて下さいね」

「ッ!!」
 首筋に突き付けた刀の切っ先目掛けて、自ら身を乗り出した『運営主』へ、小夜が咄嗟に身を退く。
 それが「相手の挙動を止められなくなった」ということに、彼女は気づくのが遅れた。
 無黒の対応も間に合わず。間髪入れずに握っていた万年筆を自らの頸動脈に突き立てた彼は、それを無理やり真横に引き、大量の血を零しながら倒れ込んだ。
「……っ、クソったれ」
 それもまた、無黒たちの誤算。
『運営主』は、最初から自らの命を尊重してはいなかったのだと。



 真に、止める者も居なくなった正餐会は、只の地獄と化した。
 慌てふためき、逃げ回る貴族たち、互いを食い合う老若男女、或いは今尚怯え交じりの無駄な抵抗を続ける私兵たち。
 それを根本から解決する術を持たぬ特異運命座標達は、せめて、一人でも多くを救うため、会場を走り回ることしか出来なかったのだ。
 ……結果、その正餐会にて生き残ったのは、会場に居た総員の内、たった六名だけだったという。

成否

成功

MVP

松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ

状態異常

なし

あとがき

本文中の描写こそありませんが、その説得によって翻意した『元商品』は確かに存在いたします。
そのキーパーソンを務めた松元 聖霊(p3p008208)様にMVPを。澄恋(p3p009412)様に称号「ましろのひと」を付与致します。
ご参加、有難うございました。

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