PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Closed Emerald>Ptolomea

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『物語』に色を添えて
「準備は出来ましたか?」
 穏やかに男はそう言った。ソファーに腰掛けていた男が視線を向けた先には鏡と睨めっこをしている桃色の少女が立っている。
「あーーーー、もう……ちょ……っと」
「十分愛らしく出来ていますが?」
「十分じゃだめでは? ひめの姫かわいさは世界に広げなくてはならなくてですねー!」
 前髪がいまいち纏まらないと憤慨する少女の側でティーカップを傾けていたモノクロームの少女は「ひめはこだわりが強いのね」と何食わぬ表情で男へと投げかける。
「言い間違えました。レディに十分なんて言葉を使った俺が悪いですね。そうでしょう? 『アリス』」
「ええ。プリンセスは何時だってとびきり可愛いと決まっているのだから。賛美の言葉はとっておきでなくてはね? 『ツルギ』」
 アリスと呼ばれたモノクロームの少女。彼女は『ジェーン・ドゥ』とも呼ばれるこの世界のバグNPCの一人である。
 彼女に声を掛けた男の名は九重ツルギ。プレイヤーのアバターをコピーしバグNPCと化した『パラディーゾ』の一人である。
 デスカウントが多く重なった彼は『原動天』の座としてアリスに付き従っている。彼が視線を投げかけた先のプリンセスはその相棒だ。
「はー! やっとできました。これでひめの可愛さは完璧ですね!
 お待たせしました。アリスちゃん。『原動天』さん! やれやれ。これでひめも出陣できますよ!」
 にんまりと微笑んだ少女は『天国篇第八天 恒星天の徒』ひめにゃこである。曰く、『少し位階が下の方が女の子は可愛い』のだそうだ。
 ツルギに着いていく理由は彼なら女の子は護ってくれるだろうという認識である。専ら、デコイであるのは……気にしないでおこう。
「他の『原動天』さんも皆、翡翠に?」
「いいえ。『私の友人』はどうだったかしら……ピエロじゃないわ。ピエロは『きうり』と一緒に翡翠で遊んでいるでしょうしね」
「なるほどー! いやあ、アリスちゃんも優しいですねえ。『原動天』さんとこのひめを派遣するんですから!
 何します? 森林伐採? それとも火でも放ちましょうか。炎に照らされたひめも可愛いと思うんですが!」
「……そうね。ええ、決めたわ。ツルギ、ひめ。お願いしたいことがあるの。わたしったら、とびっきりを考えちゃった」

●『希望』
 ――翡翠が閉ざされた。

 アレクシア・レッドモンドは研究室に匿った『外の人間』シャルティエ・F・クラリウスと向き直る。
「……国境は完全に封鎖されてる。此処から出るのは難しいと思うよ。しばらくは辛抱しておいてね」
 石花病の治療薬を完成させるべく研究を続けるアレクシアの背を眺めるシャルティエはゆるゆると頷いた。
 以前まで『長耳の炎の魔女』であると認識していた翡翠の幻想種はそれぞれで随分と個性があるのだろう。例えば、この神官は気さくで治療薬の研究に熱心だ。自身の母が罹患した患者であることを何度も伝えれば熱意に折れてくれた。
 それもこれも、自身と共に彼女との交渉の場に立ったイレギュラーズのお陰ではあったのだが。
「レッドモンド殿。何か力になれることはあるだろうか?」
「ううん。今は特には……」
 ノックの音が響きアレクシアはシャルティエを見遣った。姿を隠すようにと言うジェスチャーに彼は応じて物陰に身を隠す。
 幻想種達に自身が見つかればアレクシアも立場が微妙になるのは確かだ。
 リュミエ・フル・フォーレはそうでもないらしいが、彼女の周りの幻想種達の中には『外』が悪いと主張する者も多く居る。
「どなたでしょ――」
 扉を開いたアレクシアの声が途切れる。シャルティエは何が起ったのかとそっと伺った。
 立っているのは白髪の男と、桃色の髪の女だろうか。

「あれ? 『原動天』さん! 中にどなたかいらっしゃるみたいですよ。誰を匿ってたんですが? レッドモンドさん!」
「……だ、誰もいな――」
 白髪の男に押さえつけられているアレクシアのかんばせを掴んだ桃色の娘は「おやおや?」と首を傾ぐ。
「ひめ、嘘つきは嫌いですよ」
「ああ、俺も嫌いです。で、どなたがいらっしゃったんですか?」
「……友人です。彼は関係ないから、『石花病の研究者』に用があるのなら私だけで」
 ――様子がおかしい。
 シャルティエは直ぐに剣を手繰り寄せ、目を見張った。体が宙に浮いたのだ。其の儘、壁へと叩きつけられた衝撃で剣が零れ落ちる。

「いけない子ですね。……おっと、失礼。レッドモンド神官。『試薬』を割ってしまいました」

 そんなとアレクシアが悲痛な声を上げた。薄れる意識でシャルティエは己の周囲に散らばった液体を眺める。
 鮮やかな蒼。彼女の瞳の色。『希望の蒼穹』……。
「それでは、騎士(ナイト)の君。我々は君の『希望』を頂いて参りましょう」
「ご用があれば、また逢いに来て下さいね! かわいいひめに会いたくなってしまうのは生き物のサガですし!」

●緊急クエスト
 神官『アレクシア・レッドモンド』が拐かされたという情報は翡翠に大きな不安を齎した。
 石花病の研究者であることを知っての犯行。そして彼女の研究室で意識を失い倒れていた『外』の青年の姿にフランツェル・ロア・ヘクセンハウスは驚愕したという。
「貴方たちが、外の冒険者ね? 初めまして。翡翠の神官、アンテローゼの『魔女』。フランツェル・ロア・ヘクセンハウスよ。
 折角の出会いにファルカウの祝福を捧げたいけれど、そうは言っていられないの」
 フランツェルはイレギュラーズに向き直ってから、椅子に座りうなだれている『青藍の騎士』シャルティエ・F・クラリウスへと視線を送る。
「彼との面識はあるかしら? なくても、まあ、問題は無いのよ。
 伝承の騎士。『青藍の騎士』のシャルティエ・F・クラリウスさん。彼、レッドモンド神官の研究所で倒れていたのよ。
 レッドモンド神官は彼が言うには『原動天』と名乗る男が連れ去ったって――……何か知っているみたいね」
 原動天――それはパラディーゾと呼ばれた『バグNPC』である。イレギュラーズのアバターをコピーしたそれらが翡翠で悪事を働いているというのか。
 コレまでの外の者への迫害や、奇妙な怨恨は『バグNPC』が生み出した者なのだろう。
「彼らからレッドモンド神官を取り戻して欲しいの。石花病の治療は私たちにとっても悲願なのだから……。
 木々も怯えている。森が震えているわ。……ごめんなさいね。あなたたちは『外の人間』。
 本来ならば『私たち』とは関係ないと知っているのに。どうか、力を貸して。この木々の怯えもレッドモンド神官を襲った彼らの仕業でしょう。
 どうか、どうか……この大樹の嘆きを発生させている彼らをこの森から追い出して、神官を取り戻して。
 そのときには私は必ずリュミエを説得するわ。固く閉ざした門を開くように――どうか、お願いね」

 原動天、その一人である九重ツルギと恒星天のひめにゃこがどうしてアレクシアを狙ったのかは分からない。
 ただ、唯一分かることはある。
「彼女が石花病の研究者であることを彼らは知っていました。試薬があることも。
 母を、そして『大勢の人々』を治すためには彼女の力が必要です。皆さんと、もう一度戦わせて下さい」
 シャルティエは剣をするりと抜いてイレギュラーズへと向き直った。
「この剣は伝承が為にあるわけではない。誰かを護るための者だ。
 騎士は、国家の犬ではなく信条によって形作られる。そんな事を忘れてしまって居たなんて、騎士失格だな……。
 頼みます。アレクシア・レッドモンド殿を。我らの希望を悪辣なる者共から奪い返したいのです」

GMコメント

 夏あかねです。パラディーゾ。

●クエスト達成条件
 『アレクシア・レッドモンド』の保護

●シチュエーション
 翡翠国内。周囲に存在するのは大樹の嘆きと呼ばれる周囲を無差別に襲う存在です。
 大樹の嘆きが活発化する方角と木々による『ささやき』を頼りにアレクシア・レッドモンドさんを探して下さい。
 翡翠内のサクラメントは使用可能です。それぞれの地点にまばらに存在しています。
 翡翠が『封鎖』されていたためにロケーション情報は少なくなっています。また、襲撃であるために敵の思惑も知れません。

 ・『パラディーゾ』
 『天国篇(パラディーゾ)階位』――それは現実の『冠位魔種』に相応するバグエネミー達の私兵です。
 彼らはログアウト不可能となったプレイヤーデータをコピーして生み出されて居るようです。

 ・『天国篇第九天 原動天の徒』九重ツルギ
 スマートに微笑む穏やかな青年です。内心に抱えた焦燥は感じさせず、任務を淡々と遂行します。
 タンク。全戦で戦います。とても強力な存在であり、『プリンセス』ことひめにゃこと共にアレクシアを『目的地』にまで連れ去る予定のようです。
 その目的地がどこであるのかは分かりません……。

 ・『天国篇第八天 恒星天の徒』ひめにゃこ
 はいぱーぷちりーな女の子です。自信満々に自分が一番可愛いと自慢げに宣言します。とてもおしゃべりさん。
 遠近両方得意としており、前に出てタンクの役割もこなせます。攻撃は全てハートやピンクのエフェクトで彩られているようです。

 ・『大樹の嘆き』 ???個
 モンスターです。様々な姿(獣やゴーレムなど)を形取っており、傷つけられた大樹の防衛機構が暴走しているようにも見受けられます。
 それらは撃破することで沈めることが出来ます。ツルギ&ひめにゃこがわざと大樹の嘆きを発生させているためにアレクシアの元に辿り着くためにはこれらを倒さねばなりません。

 ・アレクシア・レッドモンド
 R.O.Oのアレクシア・アトリー・アバークロンビーさん。石花病と呼ばれる奇病の研究者であり大樹ファルカウの神官です。
 パラディーゾに拐かされています。戦闘行動は不可であり、皆さんの助けを待っています。

●味方NPC
 ・『青藍の騎士』シャルティエ・F・クラリウス
 アウイナイトの称号を有する青年騎士。伝承に愛想を尽かしていますが、お家のためにも騎士として働いていました。
 シナリオ『<大樹の嘆き>花、咲く勿れ』でアレクシア・レッドモンドと邂逅し彼女に匿われる形で翡翠内で過ごしていましたがパラディーゾの襲撃を受け、アレクシアを拐かされて今に至ります。
 リベンチマッチを掲げており彼女の研究に協力したいと宣言しています。彼の中にあった幻想種への偏見は今は存在しないようです。
 非常に分かり易い前線ファイターです。皆さんの指示には従います。

●重要な備考
 <Closed Emerald>には敵側から『トロフィー』の救出チャンスが与えられています。
 <Closed Emerald>ではその達成度に応じて一定数のキャラクターが『デスカウントの少ない順』から解放されます。
 但し、<Closed Emerald>ではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

●『パラディーゾ』イベント
 <Closed Emerald>でパラディーゾが介入してきている事により、全体で特殊イベントが発生しています。
 <Closed Emerald>で『トロフィー』の救出チャンスとしてMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
 MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
 指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
 但し、当シナリオではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。

  • <Closed Emerald>Ptolomea完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年11月10日 22時35分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヨハンナ(p3x000394)
アガットの赤を求め
アレクシア(p3x004630)
蒼を穿つ
白銀の騎士ストームナイト(p3x005012)
闇祓う一陣の風
シャル(p3x006902)
青藍の騎士
九重ツルギ(p3x007105)
殉教者
トルテ(p3x007127)
聲を求め
イデア(p3x008017)
人形遣い
ひめにゃこ(p3x008456)
勧善懲悪超絶美少女姫天使
アズハ(p3x009471)
青き調和
ルージュ(p3x009532)
絶対妹黙示録

リプレイ


「今回の大型イベントは深緑……翡翠だったか? が舞台か。混沌と似て異なる、もう一つの世界なぁ」
 世界だけならば『模倣したのだ』と納得できる。登録したユーザーデータをコピーして、敵キャラクターとしての実装を可能とした、等というトピックスが目に入れば『秋月 誠吾のアバター』トルテ(p3x007127)は頭を抱えて嘆息するしかあるまい。
 パラディーゾ。そう名乗るユーザーデータの模倣。其れ等が敵エネミーの手先だというのだから「さっさとクリアといきたいものだな」の一言に限るのだ。
 ざわざわと風が吹く。翡翠の神官を名乗ったフランツェル・ロア・ヘクセンハウスはアレクシア(p3x004630)の姿を何度も確認して「似ている」と呟いたという。それもその筈だ。彼女がイレギュラーズへと協力を申し込んだのは彼女、アレクシアを『R.O.O』が再現したNPCの奪還目的だからだ。
 アレクシア・レッドモンド神官。大樹ファルカウに仕えるレッドモンド家の娘であり、石花病の研究者である彼女は原動天に拐かされた。
 フランツェルの傍らで沈痛の面差しを浮かべていた『青藍の騎士』シャルティエ・F・クラリウスは己が居ながらもレッドモンド神官が拐かされたという結果に酷く狼狽している様子であったという。当初、フランツェルは彼がレッドモンド神官が拐かされたことに関連しているのではないかと考えた。話を聞く内に彼と彼女の縁を結ぶ切欠となったイレギュラーズに救援を要請することに決めたのだそうだ。
「済まない……」
 部屋の中に散らばっていたのは硝子瓶の欠片であった。ある程度は片付けておいたというフランツェルだが「『試薬』は割れてしまったね」と彼女は困ったように肩を竦める。シャルティエは其れまでの事を語った。
 語る言葉に耳を傾けて『闇祓う一陣の風』白銀の騎士ストームナイト(p3x005012)は唇を噛みしめる。その怜悧な瞳には怒りの焔が燃え滾る。
(わざわざ目の前で『試薬』を割って見せたり、多くの人の『希望』だと知った上でさらっていくやり方……気に食わねえ……)
 石花病に悩まされる幻想種は多い。アレクシア・レッドモンドは長命の種となる己の人生を賭してでも多くの人々を救いたいと願っていた。石花病の治療は翡翠にとっても重要視されている。彼女もその研究を誰かから引き継いだのかも知れない。それでも、試薬に辿り着くまで途方もない道のりであった事は窺える。
「気にくわねー」
 呟いた『絶対妹黙示録』ルージュ(p3x009532)にストームナイトは頷いた。気に食わない。そのやり方が人々の希望を砕く為である事は分る。
「レッドモンドを攫ったのは何でだ? 石花病と関係があるはず。連れて行く必要がある場所……。
 そうだよな、アイツらが『翡翠に混乱と絶望を齎そう』って考えるなら、ねーちゃんはどうすると思う?」
 ルージュの問いかけにアレクシアは「『アレクシア』しか知らない、石花病に重要な場所に向かう……」と返した。頷くルージュは「だろうなあ」と呟く。
「パラディーゾは石花病の研究をしてる人をやたらと狙うな。俺のパラディーゾもそうだし、何か理由があるのか……?」
『アルコ空団“路を聴く者”』アズハ(p3x009471)が首を捻れば、ルージュは「後ろに居る奴がそうしろって指示してるのかもなあ」とぼやく。
「レッドモンド神官は、『希望の蒼穹』には翡翠でしかない材料が必要だと言っていた。
 彼女がその研究を継承した際に目星を付けた前代の神官がいたと。……こんな事なら聞いておけば……いや、外様が相手では教えないか」
 苦笑を滲ませるシャルティエに『シャルティエ・F・クラリウスのアバター』シャル(p3x006902)は「それでも彼女が攫われるときに抵抗してくれてありがとう」と告げた。
「守れなかったのに?」
「それでも、守ろうとしてくれた。あの人の研究は翡翠と、伝承と。
 ……それに、ROOにいる母上と――大勢の人々の希望を奪われる訳にはいかない。ネクストの中だとしても、苦しむ人や死んでいく人なんて見たくないんだ」
 誰かの希望を、守ろうとしてくれた彼は騎士だった。そう感じるだけでシャルは安堵を覚える。此方の『自分』は立派な騎士だった。信じたことが間違いではなかったと思わせてくれるから。
「それで――」
 シャルティエの視線が向けられたのは『特異運命座標』九重ツルギ(p3x007105)と『勧善懲悪超絶美少女姫天使』ひめにゃこ(p3x008456)であった。
「何ですか? ひめが可愛いから見惚れちゃいました?」
「いや……レッドモンド神官を拐かした『あいつら』に似ていて――」
「そりゃーそうでしょうね。ひめのコピーですし。って、最近ひめコピー多くないです? 結構な頻度で見るんですけど。
 でも有名な美術品レベルの可愛さですから複製されちゃうのも仕方ないですね☆ でもその顔で悪さするのは駄目です! 懲らしめます!」
 ひめにゃこは愛でる為に存在しているのだと彼女が胸を張ればツルギもふ、と笑みを滲ませる。
「我々の『コピー』であるのは確かです、が、味方ですよ。しかし、悔しいですね。
 原動天の俺は、俺が欲した全てを持っている。滾りますねぇ! 『理想の俺』と違って、執念深いもので!」
 唇を吊り上げるツルギにひめにゃこはシュッシュとシャドーボクシングの構えを見せた。何にせよやる気は十分なのだろう。
 ゆっくりと、レッドモンド神官の研究室から出れば、木々のざわめきが響く。体にひりついた気配を与えたのは気のせいではないのだろう。
『ノスフェラトゥ』ヨハンナ(p3x000394)は息を呑んだ。森が、木々が、叫んでいる。
(――……痛かったよな、傷付けられて)
 大樹の嘆きが聞こえるような。それらは、自身等を敵だと認識している。現実世界よりも外部を遮断したこの森で、彼らを傷つけるのは『外の人間』だと。そう思われることは致し方がないのだ。
「さて。木を隠すなら森の中とは言いますが……
 森の中で人を探すのもこれまた大変ですね。今回の尋ね人も手早く見つけてしまいましょう」
『人形遣い』イデア(p3x008017)はゴールデンアウェイクニングをアクセサリーの一つに身に付けていた。其れ等を身に付けることで精霊達の聲が彼女には聞こえ始める。くすくす――笑う聲を耳にして、イデアは「教えて頂けますか?」と虚空へと語りかけた。


 光に吸い込まれるように、その身が解ける。シュン、と効果音が響き自身の体が転移したことにルージュは気付く。
 植物の意思を感じ取るのは『夢はお花屋さん』であるから。黄色い猫型妹ポケットから取り出したのはペンとノートであった。
 地点をチェック。複数箇所で木々の囁きを聞き続ける。

 ――あっちで誰かが泣いてるわ。

 チェック。

 ――あっちで誰かが悲しんでる。

 確認は完了。そすいて複数箇所を探し続ける。翡翠全般のサクラメントを飛び回るルージュは仲間の調査に合わせるように地図を確認していた。
 翡翠内のサクラメントを有効活用し、転移を行うのは何もクエスト開始地点に向かうだけではないという作戦立案は流石の妹力か。
「大樹の嘆きの場所が試薬『希望の蒼穹』の原料となる植物の群生地にあったりして……。
 まったく的外れかもしんねーけどなー。少なくとも、あいつらがロクでもない事を考えてる事だけは判るぜ」
 呟いたルージュは一度、仲間達が調査を行う地点へと帰還する。班を分断しパラディーゾを探るヨハンナは「来たか」と手を振った。
 五感を共有する鷲が天より索敵を続けている。『鷲』の大賢者たる■■■の血を引く加護にして呪い。
 それは彼女の目となり、耳となり、広域からの視野を確立させている。
「済まないな、任せることになるが……その分、その身の安全は任せてくれ。
 奴らの行いを赦しては置けない……そうだ。ああ、気にくわぬ。
 人々の希望を奪い、失わせることをことさら『遊び』のように行なう……まさに外道の所業!
 白銀の騎士ストームナイト! 悪を挫き、希望を取り戻すため、全力で剣を振るおう!」
 故、『大樹の嘆き』から仲間達のその身を守ると轟雷剣『ストルムガング』を掲げるストームナイトの周辺に光の壁が展開された。
 道中に至れば、仲間達を害するものが現れる。ならば、出し惜しみせずにその刃を振るうのだ。いかなる傷も苦境も彼女を苛む事は無いと告げるかのように。
「あァ、任せた」
 頷くヨハンナの傍らでは、情報を整理するツルギがエレガントに一人がけソファーに座っていた。何もサボタージュではない。曰く、『美しき考察を生み出すには美しく魅せるポーズ』から。座って熟考をすれば何か閃きが得られる。
 例えば、ルージュが収集した情報に。ヨハンナが上空から確認を重ねる。異質な『ざわめき』を聞きながら、敵影が多くなる方角を目指すことを提案するストームナイトへと耳を傾けて。
「……このゲームの精霊ってどんな存在なのでしょう?」
 ふと、イデアが呟けば、aPhoneーalter越しにひめにゃこが『ひめより可愛くないのは確かではー?』と揶揄い笑う。
「ひめにゃこ様と同じくらい可愛い方をお探しすればよろしいでしょうか」
『いやいや、ひめのコピーでもひめのほうがうんっと可愛いですよ?』
 楽しげな声音に耳を傾けてイデアは成程と頷いた。弾む声音のひめにゃこは別働隊だ。彼女は華々しき超絶くんかくんか――やたら良い嗅覚は美味しいお菓子や可愛い子、それに『金の匂い』をキャッチするらしい――を行いながら移動中だ。姫らしくないとは言う勿れ。レアアイテムのためならなりふり構ってられないのだ。
「ざわめいている方角はあっちのようだから、纏まって皆で動こうか。……危険な気配がする」
 アズハは『音』を頼りに動く。木々のざわめきは其れ等の嘆き。その大きさ故に、警戒には輪を掛けて。出来うる限りの臨戦体勢を取った方が良いというのはツルギの言だ。
「さて、そろそろ行きましょうか。エレガントに美しく、優雅に考えるだけの安楽椅子探偵であるのも良いですが……。
 矢張り戦闘は大切です。まずは別働班と合流するために――『目の前の存在』を片付けた方がよろしいかと」
 浮かび上がった無数のモンスター。それらが大樹の嘆きと、木々の慟哭、怒り。『防衛機構』と呼ぶべき存在の顕在化であることを差した彼はゆっくりと立ち上がった。

「仲間を助けるために、どうか力を貸して!」
 アレクシアの声を聞き、木々が示したのは『自身に似た存在』の居場所であった。
 パラディーゾを追跡するにも木々の嘆きが自身等の行く手を苛むことは知っている。アレクシアの側ではシャルが植物たちの嘆きを聞きながら、どう動くべきかと魔剣グランティーヴァを構えていた。
「もうすぐ、向こうの班と合流できるはずだから……そこまで気をつけて動こうか」
「分った。なら、其れまでに『アタリ』を此処からの位置で定めておこうか」
 ヨハンナの鷲が自身等の居場所を補足してくれているならば、此処で待機しやり過ごすべきだろう。何せ、相手取るパラディーゾは二人なのだ。人質までいるというならば万全を尽くした方が良い。トルテは耳を傾ける。
 響くは万物の聲――それは生きとし生けるものが発する生きている証。命ないものがハッする自身の証。其れを聞き分ける獣の耳がぴこりと由来だ。

 ――どうして!

 その声に聞き覚えがある。其れなりに近いのだろうか。だが、直ぐにその声音は木々のざわめきに隠された。トルテはふとアレクシアを見遣る。
「……どうかした?」
「ビンゴ」
 矢張り、彼女と同じ声だ。NPCであるアレクシア・レッドモンドは彼女を『ネクスト』が反映した存在だ。性格や家庭環境は違えども大凡の外見データなどに変わりは無い。故に、声も同じだ。
「あっちが『アタリ』だ。目星は付いている。けど――そうだな……」
「いやーーーひめが人気だったばかりに!」
 申し訳ないと微笑んだひめにゃこはにんまりと微笑んだ。トルテは「ひめにゃこ、それ押してくれね?」と彼女がアクセサリーのように身に付けている自爆スイッチを指さした。
「え?」
「いや、なんとなく」
「いやいやいや、これは本当に消耗したときにリセットボタンとして押すんですよ? ひめが可愛すぎて照れちゃました!?」
「押してくれね?」
 軽口を交わせるのは同じ黒狼隊の仲間だからだ。ひめにゃことトルテの様子にアレクシアとシャルは顔を見合わせて小さく笑った。
 この和やかな時間が少しでも続いてくれていればそれでいい。だが、それも赦されないのだ。
 自身等の前に無数に迫るのは大樹の嘆き。どうやらパラディーゾ達も此方を捕捉しているらしい。
「ひめの鼻とツルギさんの頭脳を駆使してこっちを見付けたんですかねー? いやはや、ひめが有能すぎて困ります!」
『どうやら、隊を分断したことにパラディーゾは気付いているようですね。お気を付け下さい。直ぐに追いかけます』
 イデアの声を聞きひめにゃこは頷いた。できるだけ被害は少なく、急いで突破したい。あちらも思考回路を有する存在である以上はそれも難しいか。
 イレギュラーズ達は共通して考えていた。戦線を維持できるならば大きく損傷した場合は近くのフラグメントへと一度死に戻り、リトライをする。
(……もし、相手がこっちのデスカウントを狙ってるとしても――守り切るためには仕方ない、かな……)
 アレクシアはデジタルファミリアーにの鳥越しに別働隊の様子を確認する。警戒するシャルとトルテが「来る!」と叫んだ声に、構えたのは天穿の弓。
「此処は耐えきって合流を目指そう――!」


「どうですか? 『原動天』さん。何か良い考えは浮かびましたか?」
 エレガントなソファーに腰掛ける原動天ツルギに椅子を寄越せと言わんばかりにパラディーゾひめにゃこが詰め寄った。
 彼の前にはへたり込んだレッドモンド神官が佇んで居る。光の輪で出てきた手枷と足枷は彼女の自由を奪っているかのようだった。
「一先ずは大樹達の悲しみを受け入れて貰うこととしました。外の人間は木々を害する――それは幻想種達の考えでしょう。
 貴女とて、そうだったでしょう? アレクシア・レッドモンド。あの騎士の青年が信に足りる存在であるかを図りかねていた。
 ……いいえ、その境遇に同情はせれども同胞でないからと一線を引いていたことには違いは無い」
 原動天の言葉にレッドモンド神官は唇を噛んだ。否定は出来ない。自身が彼にとって『母を救う唯一の希望』である事は分っている。
 助けに来る。其れは確かだ。彼が、彼らと共に自分の前に現れた時に――口を酸っぱくして、自身の事を害さないようにと言いつけられている様子は微笑ましくも思えた。
 翡翠の幻想種は排他的だ。外の人間を基本的には信頼しない。小枝を折られれば腕の骨を折れと。燃やし尽くしてしまえと過激な思想が横行しているこの国は、種が持ち得た寿命の差故に『短命種族』の思想を理解することは出来ない。
(でも――彼は『私が思うよりもずっと短い命』だ。それに、彼のお母さんだって……)
 屹度、アレクシア・レッドモンドが少しのサボタージュだと過すときの間に彼の母は死に、彼も年老いていくのだ。それをまざまざと見せ付けられたかのような感覚が、彼女には過っていた。
「神官さん。気にしなくっても良いんですよ。だって、外の皆さんは『長耳の炎の魔女』って翡翠をバカにしていましたし!
 それに、それに、研究だってのんびり続ければ良いんですよ。未来に誰かが救われれば良いじゃないですか。今全てを救えるなんてあり得ないんですから」
 にこりと微笑んだパラディーゾひめにゃこはふと、振り返る。鼻をすん、と鳴らした彼女の仕草に原動天ツルギが立ち上がった。
「来ましたか。さて、『どれ位』死んできてくれたのか」
 その声に応えるように飛び込んだのはストームナイトの一閃。鋭くも、その切っ先が狙うのはパラディーゾのひめにゃこ。
 歎きに対しても出し惜しみのないストームナイトは尽力し続けた。各地のサクラメントの位置を確認済みのルージュの甲斐もあり、仲間達も大きな打撃を受けたのならば死に戻りを行い復活を果たしている。

「――我らの『希望』、返してもらうぞ!」

 ストームナイトの刃を受け止めたのはパラディーゾひめにゃこの展開した桃色のバリア。その背後から猛る大樹の嘆きを前に、アズハは宙より隙を狙い続ける。
(レッドモンドさんの位置は分る。彼女は自分で走ることが出来ないなら……奪い返すには、距離が必要かな……)
 敵であるパラディーゾのひめにゃこを狙えば、原動天ツルギは自身の堅牢さを盾にする。その隙さえ狙えば、レッドモンド神官を取り戻すことは易いはずだ。
「……目的がどうあれ、思い通りにはさせない。この剣に誓って……希望は絶やさせはしない!」
 シャルが叫ぶ。後方で光るサクラメントの位置は『死に戻り』にも適しているか。叩きつけたアクティブスキル。
 踏み締めれば靴跡が僅かに土をへこませた。泥が跳ね上がろうと構うことはなく剣を叩きつける。
 鈍い音と共に桃色のバリアに僅かな亀裂が走った。
 パラディーゾひめにゃこが笑っている。上空から偵察するアズハは虎視眈眈と時を狙う。
「にーちゃんたちはレッドモンドのねーちゃんが知ってる『希望の蒼穹』の原料の植物を探してるのかと思ったぜ」
「ああ。探してましたよ。ですがね、中々口を割らないのですよ。この方は……強情でしてね」
 肩を竦めた原動天ツルギをルージュは睨め付ける。トルテはまっすぐにパラディーゾひめにゃこを眺めた。
「ひめにゃこ。お前に似たような奴がいるんだが、より可愛いのはどっちだろうな?」
「「は??」」
 それは挑発の意思であったが、本物釣れた。
「は? お前に言ったんじゃねーよ! 作戦だから!」
「そうですよね。可愛いのはこっちですよね」
「は? こっちですよ?」
「いやいや」
 ――可愛い戦争が勃発している間に、レッドモンド神官を救い出せば良い。トルテがちらりと一瞥すればヨハンナは大きく頷いた。
「ごきげんよう虚像の俺。<神異>でログアウト不可を解除する目途が立ちました。この意味が分かるでしょう?」
 微笑んだツルギに原動天の眉が動いた。彼らの強さはデスカウントに比例する。ならば現実に自分自身が逃げれば都合が悪い。
 ここから先『自分がデスカウントを重ねなければ?』――そう、彼の強さもストップしてしまう。
 今のうちに殺せと言わんばかりのツルギに原動天が身がメル。
 ぞう、と背筋に走るひややかな気配にもシャルはごくりと息を呑んだ。もう一人の自分は緊張を滲ませながら剣を構えているか。
「シャルティエ、大丈夫?」
「……作戦は了解している。……貴殿も、気をつけて」
 彼はいざとなればレッドモンド神官を抱えてでも撤退する段取りだ。シャルの言葉に息を呑んだシャルティエは『希望』をその手に護る事を考えていたのだろう。
「さて、だが、気負うな。気兼ねなく盾にしてくれ」
 笑うストームナイトは勢いよく飛び込んだ。光の壁がぱちん、と音を立てた。
 勢いよく原動天の体を押し込んだ彼女に続き、ヨハンナはアズハに視線を送って直ぐ様に己が魔術で焔を吹き出した。
 命を喰らえ。焔の対価は己の命。不死なるその身を突き動かしたヨハンナは酷く苛立ったように原動天を眺め見た。

 ――俺はこんな事をした奴を赦さない。お前達を傷付けた奴は何処にいる?教えてくれ。

 木々は、それに返答した。ヨハンナに、そして仲間達に。恨むような言葉を残して。
 この国では外よりやってきた存在は皆同じ。だとしても、彼らのような悪逆非道なる存在を同列に扱われるのは気に食わない。

「ひめにゃこはー、今日も~超絶カワイイー☆」

 ひめにゃこは見計らったように叫んだ。それは圧倒的な注目を得る力。ついでと言わんばかりに七色にその体は輝き始める。
 アズハは今だと飛び込んだ。ルージュが放った貫通の愛の力。その軌跡を追いかける。
「ッ、」
「レッドモンドさん!」
 その体を抱え上げたアズハを狙うように、原動天が動く。素早い、とトルテが息を呑むが、その導線を防いだのはイデア。
「無視なさるだなんて」
 騎士人形が指先で踊っている。その身柄をアレクシアへと預けなくてはならないか。
 イデアが盾となりその身を張れば、その隙にアズハはレッドモンド神官をアレクシアへと預ける。
「アリスのねーちゃんの姿が見えねー。最悪の場合、いきなり出現する可能性もあるかんな」
 警戒するルージュにパラディーゾひめにゃこは「アリスちゃんを探してるんですか?」と微笑んだ。
 桃色の髪を揺らがせた彼女にルージュは小さく頷いた。色彩を喰らう深淵の気配がルージュより漂い始める。
 背後ではレッドモンド神官を護るシャルティエとアレクシアを振り返るひめにゃこは「いやあ、コピーのひめも可愛いですね」と小さく笑う。
 アレクシアは『二人』で逃げて欲しい。そして、其れにはシャルティエも護衛として。二人へと視線を送ってからアズハは「ひめにゃこさん」とパラディーゾへと呼びかけた。
「少し話をしないか? 可愛い貴女に聞きたいことがあるんだ」
「……! いーですよ?」
 可愛いという言葉に胸を張った彼女にひめにゃこは「チョロい」と呟いた。トルテが「お前も」と囁けば、その目がぎょろんと此方を向く。
「……貴女達はどこに向かうつもりなのかな? 石花病のことも教えてくれたら嬉しいな。
 大樹の嘆きと関連があるのかな、なんてな? ……そうそう。隠し事はしない方が可愛いと思うよ、俺は」
「石花病は皆さんの方が詳しいんじゃないですか? ひめは『パラディーゾ(バグ)』なので知っていますが、それは現実にもある病ですよね」
 パラディーゾひめにゃこが振り向けば、原動天ツルギは頷いた。可愛い彼女の言葉を引き継ぎましょうかと彼はヨハンナと相対したまま微笑んだ。
「我々は『物語の娘』に遣わされてきたパラディーゾですから。其れなりに知っては居るのですよ。
 まずは、アレクシア・レッドモンドを拐かし、研究資料を全てデリートします。彼女の身柄は『此方の目的が達成されていれば』引き渡しても構いません。試薬が今すぐに完成しなければ、皆さんは絶望するでしょう?」
「……そんなこと、させるか」
 ヨハンナが睨め付ければ原動天ツルギは「ああこわい」と芝居がかった口調で笑う。
「所詮は我々も『貴女方』も『余所者』なのですよ。分りますか? 翡翠において、我らに違いは無い。
 大樹の嘆きが関係するか、と聞きましたがこれは木々の防衛反応。詰まりは、余所者である貴方方を除外しているだけです」
 原動天ツルギに「そちらも除外されるべき存在では?」と問いかけたのはツルギであった。
 じり、と後退するアレクシアを支援するようにストームナイトは剣を構える。
「目的って?」
「さらに『ログアウト不可能』を増やし我らの同胞を作ること、と言うのはいかがでしょう?」
 ヨハンナの指先がぴくりと動いた。己の血液から生成された『不死の王』の概念。それは慈悲と死を併せ持った権能。
 生と死の境界線に立った深紅の獣は月下美人の香りと共に、パラディーゾへとその攻撃を叩き込む。
「木々を傷つけた責任、とって貰う――!」
 赦しやしない。汝、森の歎きが聞こえるか。
 ならば頭を垂れよ。この身こそが森の代弁者である。告げるかの如く放たれた焔は、憤怒を称えていた。


「ひめにゃこはー、今日も~超絶カワイイー☆ あ、勿論、私のことですけどー!」
「はー?」
 ひめにゃこは追いかけようとするパラディーゾへ向けて叫んだ。『言われっぱなしでは彼女は納得できない』と自分自身であるが故の戦法だ。
 ぴたりと足を止めたパラディーゾの前にヨハンナが滑り込む。
「おっと、お姫様を庇うのはおしまいか?」
「どうやら『宝物』を奪われましたからね」
 原動天ツルギの言葉に、トルテが厳しい視線を送った。ざわめく木々の声を聞きながらアズハはルージュを振り返る。
「アリスのねーちゃんが出てこないならそれでいい。けど、アレクシアのねーちゃんはこっちのもんだ!」
 愛の力が炸裂する。引き寄せるイデアにシャルが続き剣を振るった。何方も、なりふり構っていられない。持ち得るリソースは最大開放。
 死に感じた抵抗など、この際、置いてけぼりにして。
「ッ――、大樹の嘆きまで……!」
 アレクシアは弓を番える。木々のざわめきが、己の体を包み込む。不和の気配を打ち払うように煌めく天を穿つ。
 その一打では逃げるには届かない。放ったのは貫く一撃。希望を救うための――蒼穹の矢。
「シャルティエさん。後少し……病で苦しむ人達の為にも、こんなところで奪わせはしない! だから、『私』をお願いします!」
 その言葉だけでシャルティエは頷いた。己の平行世界の存在がシャルであるように。
 アレクシア・レッドモンドとアレクシア・アトリー・アバークロンビーが平行世界の存在である。
 シャルティエは走り出す。此処は任せて欲しいと宣言するアレクシアの小さな青い鳥が彼らを追い縋る。
「ああー!」
 びしりと指さした原動天に「行かせない!」とルージュが愛の力を叩き込む。
「まあ、深追いする必要はもうないみたいなんですけど! 其れは其れとして悔しくないですか!? せめて、此処で『死んだ回数』稼いで下さいよ!」
 パラディーゾひめにゃこに「そんなに新しい仲間が欲しいんですか?」と原動天ツルギが笑う。
「仲間にしたいわけじゃないですけど。折角なら『人質』は多い方が嬉しいじゃないですか!」
「そうですね。空の体は素晴らしいモノですから。ねえ?」
 どういう意味なのかと眉を吊り上げたアズハの前へとツルギが滑り込んだ。その合間に飛び込んだのはツルギ。


「余裕めいたツラの本性(なかみ)、抉り出して差し上げましょう!! ――聞かせて貰おうか! お前達が悲劇を起こす意図は、何だ?」
 生き残るための執着。それを支援するようにトルテが大樹の嘆きを巻込んで行く。
「簡単ではないですか。世界を壊してしまいましょう。
 生憎ですが、『物語の娘』にとっては皆さんの活躍が我慢ならないのですよ。……ええ、彼女は『崩壊した側』の存在ですからね」
 斯うして、この世界で生き延びた。彼女にとっては、生存のための一歩に他ならない。
 可哀想な物語の娘。そんな風に芝居がかって笑う原動天の至近距離へと飛び込んで、イデアの糸がきゅるりと音を立てた。
「崩壊……その目論見を許容する事も出来ませんが、希望の花を摘むような無粋なことはやめていただきましょう」
「さて。もう少しだけ踊って下さいますか? どうせなら手土産に『皆さんのデータをいただけた方が』嬉しいので」
 笑う原動天を前にイデアは小さく呟いた。『経費』は存外掛かるものだ。これが後々に響く可能性はある。
 だが、希望となる彼女を此処で失うわけにはならないか。トルテは「まるでデスカウントを稼げって言われているようだよな」とぼやいた。
「はい。ですが……此処で、死を恐れればサクラメントからの復帰以前にレッドモンド様をアチラに奪われます」
「だな。よし、覚悟しろ、ひめにゃこ!」
 指さすトルテに『本物のひめにゃこ』が「そーだそーだ!」と同調した。
「コピーより、日々可愛さが進化している本物のひめの方が可愛いです!」
 取っ組み合いでもする勢いで飛び込む彼女は殿として粘る。その間にも仲間達は大樹の嘆きを撃退し、後退していく。
 此処でパラディーゾを斃す事ではない。アレクシア・レッドモンドを護るため。
「あの人を連れていかれると知った顔が悲しむんですよ! 例えコピーだろうとゲームだろうと鬼メイドを泣かせるのは本物のひめが先です!」
 キャットファイトが開始される。それでも、撤退には数が多いかアズハが「どうする?」と問いかければ、ストームナイトは刃を握り直した。
「アレクシア」
「うん。大丈夫……!」
 アレクシアは振り返る。シャルティエは、レッドモンド神官を庇うように剣を構えていた。
 彼の位置であれば、パラディーゾからは、何とか逃げ延びられる。パラディーゾひめにゃこも集中的な攻撃に撤退の意思を見せている。
 ならば、死ぬまで食い下がろうとトルテは身構え――シャルは叫んだ。

「シャルティエ! 彼女を……『希望』を、任せるぞッ!」

 ――息を切らして、走った。
 縺れる足など、気にすることはなかった。唯、まっすぐに走るしかなかった。
 己に任せると告げた彼らは強敵と戦っているのだ。己は何のために騎士となったのか。人を守れずして何が騎士か。
 手を引いた。小さな掌だと感じた。自分よりもずっと長く生きていくことになる神官の娘。
 長耳の炎の魔女だと貶んだ長命の――偏見などかなぐり捨てた。

『希望』

 そう言ったイレギュラーズの言葉は正しい。彼女の研究が続けば、多くの命が救われる。
 護らなくては。護らなくては。護らなくては。護れずにして、何が『青藍の騎士』か!
「シャルティエさん」
 呼ばれた名に、シャルティエはぴたりと足を止めた。息を切らしたアレクシア・レッドモンドが立っている。
「もう、大丈夫です」
 気付けば喧噪は遠く。彼女と自分だけ。あの希望の青色が笑っている。
「ありがとう。……助けてくれて」
 互いに、偏見だらけだった。彼女にとっては生きている時間さえ違う自分。自分にとっては閉鎖的な国の魔女。
 それでも、手を取り合うことが出来ると。今、実感しているのだから。

「頑張りましょう。試薬を、作り上げるんです。
 私たちが『希望』を実現するんです。……彼らが、私たちの架け橋になってくれたから」

 ――石花病の試薬の研究はまだ暫くは掛かるだろう。
 だが、イレギュラーズが居なければ、彼女は生き残ることはなく。石花病の患者も咲き、崩れるように散っていくだけだった。

『未来』という不確定事項を少し覗き見したならば。これから先の希望をそして命を繋いだのは紛れもなく『箱庭の外の住民』達だったのだから。

成否

成功

MVP

ルージュ(p3x009532)
絶対妹黙示録

状態異常

アレクシア(p3x004630)[死亡×2]
蒼を穿つ
白銀の騎士ストームナイト(p3x005012)[死亡×2]
闇祓う一陣の風
シャル(p3x006902)[死亡×2]
青藍の騎士
九重ツルギ(p3x007105)[死亡×2]
殉教者
トルテ(p3x007127)[死亡]
聲を求め
イデア(p3x008017)[死亡×2]
人形遣い
ひめにゃこ(p3x008456)[死亡×4]
勧善懲悪超絶美少女姫天使
ルージュ(p3x009532)[死亡]
絶対妹黙示録

あとがき

 クエストクリアお疲れ様でした!
 パラディーゾとNPCと盛り沢山なシナリオでした。ifの自分やら偽の自分やら、沢山の可能性と出会えるのもR.O.Oならではですね。

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