PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Noise>再現性東京2010:明日も空があると思ってた

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 振り子時計の針がぴったりと重なり12時を告げる小さなメロディが鳴り響く。
 正午。
 日差しは窓辺から優しく降り注ぐ筈だった。

 窓の外は真っ暗な空――
 ある人は空が割れたと言った。
 またある人は空が落ちてくると言った。
 時折思い出したように白い光を放っては明滅して暗くなる。
 自分達が見上げていた空の正体は、ただの光学映像で思った寄りも近くにあった事を知った。
 真っ暗な空に比例するように、人々の悲痛な思いが『希望ヶ浜』に渦巻いていた。

 異常事態。
 普段は魔法やファンタジーのような無辜なる混沌の出来事に目を瞑っている希望ヶ浜の人々とて。
 今の自分達の置かれた状況が異常だという事が分かるだろう。
 それ程までに希望ヶ浜の――否、練達全土の都市機能が不調をきたしていた。
 テレビ番組のテロップは災害時のような無機質なものに変わり、アナウンサーの声も務めて落ち着いた声色でニュースを告げている。
 アナウンサーはしきりに落ち着いて行動するようにと呼びかけ、異常事態の原因を調査中だと繰り返していた。それは、希望ヶ浜に住まう人々の心身を守る為の言葉だったのかもしれない。
 練達という国を統べる『マザー』の機能不全。
 この国の『神』とも呼べる存在が、R.O.O側からの干渉『コンピュータ・ウィルス(クリミナル・オファー)』に侵され、窮地に陥っている事を希望ヶ浜の住人は、理解出来ない。しようとしない。
 されど、普段は現代日本の風景に浸っていた人々もマザーが『防衛』に回らざる終えなくなった瞬間に、夢から覚める思いをしただろう。
 自分達の住んでいる場所は『こんなにも狭い』のだと思い知っただろう。

 この異常事態は希望ヶ浜だけではない。
 練達全土『セフィロト』の都市機能が麻痺している。
 地域によっては安定している場所もあるようだが、電気やガス、水道などのライフラインも不安定な状態が続いているのだ。インターネットも繋がらない場所がある。
 最低限の電力供給では空調設備や天候管理システムさえ制御困難だった。
 人々の不安は高まる一方で、一部地域ではデマによる騒動が発生しているらしい。

『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は滅多に近寄らない『澄原病院』の通用口から中に足を踏み入れた。
 館内は少し空気が澱んでいる。空調が最低限しか効いていないのだろう。
 電気は非常灯に切り替わっていた。
 スーツ姿の暁月はしっかりとした足取りで澄原病院の通路を奥へ進んでいく。
 診察室のドアの前に立ち、ゆっくりとスライドさせた。

「やあ、晴陽ちゃん。停電だねぇ。花火でもしよっか」
 突然ドアを開けて入って来た暁月に澄原 晴陽(p3n000216)は心底嫌そうな顔をする。
「祓い屋が何故ここへ? 花火は結構です」
 視界に入れるのも億劫だと再びデスクに向かう晴陽。
「じゃあキャンプはどうだい?」
「予備電源がありますので不要です」
「ああ、本当だね。この部屋は明るいや。じゃあ私も此処に居ようかな」
「帰って!」
 声を荒らげる晴陽に暁月は目を細めた。

「昔は学校の屋上で一緒に花火してくれたのに」
 高校時代。暁月と晴陽、詩織、■■で一緒に花火をした。
 先生に見つかるから手持ち花火だけだったけれど。薄い星空の元、子供みたいにはしゃいだ。
「……何なんですか! 帰って下さい!」
 デスクの上にあった紙ファイルを暁月に投げる晴陽。あまり感情を表に出さない彼女が頬を赤くして怒りを孕んだ瞳で暁月を見上げている。
「もう、『俺』に対してだけは乱暴なんだから。これでも心配して見に来たんだよ」
「結構です。心配されるような子供ではありませんので」
「俺にとっては、可愛い後輩だけどね」
「暁月先輩は早く帰って家の面倒でも見てて下さい」
 この病院に晴陽が必要なように。燈堂には暁月が必要なのだ。
 夜妖に向き合う姿勢は違えど、暁月を慕う人達が居る事を晴陽は知っている。
「ふふ、優しいね。晴陽ちゃんは」
「良いから早く出て行って下さい」
 晴陽に押し出されるように診察室を出た暁月は、思い出した様に振り返った。
「――ああ、そういえば龍成の事なんだけどね。こっちに帰って来てるかい?」


 昼間の『真っ暗な空』を見上げた男は、どうせまた直ぐ修復されて元の日常が戻ってくると思っていた。
 たまに経年劣化で空のスクリーンが補修される事がある。
 目が良い男は光学迷彩を微妙に隠し切れていないロボットを見つけるのが上手かった。
 けれど、今はどうだろうか。
 時折思い出した様に明滅して、すぐに真っ暗になる空。
 何日経ってもそれは変わらなくて。
 現実を見たくない希望ヶ浜の住人は、すぐに修復されない空に不安を抱いた。
 もしかして『このまま元に戻らないのではないか』という恐怖。
 最低限の電力供給と、映ったり映らなかったりするテレビ。
 混乱、不安、苛立ち――
 人々の感情の隙間から夜妖は湧き出して来る。

 燈堂家から西に少し行った所に、古びた灰色の廃墟があった。
 この場所は燈堂の地下に眠る真性怪異を避けた夜妖が風の流れに乗って自然と集まる所だという。
 地価の安いこの場所を誰かが買い、雑居ビルを建てるも、すぐに退去していく。
 そんな事が数回繰り返され、今は誰も近寄らない廃墟となった。
 ひび割れたガラスが嵌った窓枠。コンクリートは経年劣化でボロボロになっている。

「その廃墟に夜妖がたくさん集まってるみたいなんです」
『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)は溜息を吐くように視線を落した。
「元々夜妖が溜る場所なんですが、今回起こったマザー機能不全で、希望ヶ浜の人達に不安が広がって」
「その不安や苛立ちの感情から夜妖が生まれてるという事ですね?」
 首を傾げるラクリマ・イース(p3p004247)にこくりと頷く廻。
「はい」

 普段は燈堂一門の門下生がその夜妖を定期的に祓っている。
 しかし、練達全土のシステム障害により人々の不安が増大し、夜妖が各地で発生してしまった。
 その対応に門下生達は出払っている。 
「自分達の生活が脅かされている状態は恐怖を感じるでしょうね」
 ラクリマは視線を上げて燈堂本邸のリビングを見渡した。
「そういえば、暁月さんと龍成さんは……?」
「暁月さんは澄原病院に行ってます。病院って夜妖が集まりやすいから晴陽さんを心配して。龍成は最近R.O.Oにはまってるみたいで帰って来ない事があるんですよね」
 結界と真性怪異の力を忌避し燈堂の地には夜妖があまり近寄らない。だから、門下生や暁月は外へ出払っているのだろう。
「じゃあ早速行きましょう廻さん」
「はい!」
 廻とラクリマは立ち上がり廃墟へと走り出す。

 ――――
 ――

「そっちはどうですか!?」
 心配そうに振り返る廻にイレギュラーズは大丈夫だと手を上げた。滴る汗が額から頬に流れ落ちる。
 視界いっぱいに広がる無数の夜妖。
 イレギュラーズは呼吸を整え、夜妖の攻撃をひらりと躱した。
 ダメージは小さいけれど、積み重なれば傷が深くなる。
 注意深く間合いを取った。靴底が剥がれ落ちた天井の塗装を食む。

「あれ……こんな所に子供?」
 廻の声に視線を上げれば、小さな兄妹が廃墟の片隅で蹲っていた。
 しかし、本物の子供だろうか。疑似餌は自然界の動物でも常套手段。
「お兄ちゃん……怖いよお」
「大丈夫。兄ちゃんと居れば大丈夫だから」
 疑似餌か、そうでないか。なんてものは、後から考えればいいのではないか。
 今この瞬間を逃せば、彼等の命は夜妖に飲まれてしまう。
 たとえ少しぐらい窮地に陥ったとしても。自分には仲間が居る。

 ならば、この背を預けても構わないだろう!

GMコメント

 もみじです。練達全土、希望ヶ浜にも影響が出ているようです。

●目的
 夜妖を祓う

●ロケーション
 希望ヶ浜南地区、燈堂家を西に進んだ所にある廃墟。
 三階建ての灰色の雑居ビルです。
 一階の天井を見上げると吹き抜けになってます(上階は底が抜けています)
 暗いので灯りは必要でしょう。足下は瓦礫が散乱しています。
 ビルの奥には子供が二人蹲っています。

●敵
○夜妖『集う者』灰澱×無数
 ドロドロとした穢れや澱みです。
 姿形を変えることが出来き、無数に湧き続けます。
 練達全土のシステム障害による日常の消失。それに付随する人々の混乱、不安、苛立ちが集まって出来た夜妖です。
 イレギュラーズに襲いかかってきます。また『悲涙』の兄妹を取り込もうとしています。
 ある程度数を減らせば、今回の依頼は成功です。

 オールレンジタイプです。触れると毒のBSを受けます。
 個体の耐久力自体は少ないです。

○怪異『悲涙』の兄妹
 悪性怪異<夜妖>と呼べる程の力も無く、かといってこの場所から出て行く事も出来ず。
 迷い込んでしまった思念体です。
 彼等の元になった子供は存在せず、少しずつ思念が集まって出来たものです。
 兄は妹を守るもの、妹は兄の心の支えである、そんな儚い思いが集まって形を得ました。
 ただ存在する、精霊に近いものといえるでしょう。

●NPC
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
 希望ヶ浜学園大学に通う穏やかな性格の青年。
 裏の顔はイレギュラーズが戦った痕跡を綺麗さっぱり掃除してくれる『掃除屋』。
 お世話になったイレギュラーズを尊敬しとても好意的です。
 後衛に居ます。魔力障壁で攻撃を防ぎ、月の魔法で戦います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <Noise>再現性東京2010:明日も空があると思ってた完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年10月26日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)
孤独の雨
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
すみれ(p3p009752)
薄紫の花香
御子神・天狐(p3p009798)
鉄帝神輿祭り2023最優秀料理人

リプレイ


 真っ暗な空に視線を上げる。
 時折思い出した様に明滅する空が案外近くにあるのだと『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は眉を寄せた。
「当然であったことが、そうではなかったと気付いてしまった……その時自分に何が出来るのか、考える事が最近、あったのでな」
 希望ヶ浜の住民を夢見がちだと笑えないと隣に居る『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)に顔を向ける。
「はい」
「思い込みで視界を狭めるのは危険な事で。広く、ありのままの現実を直視するのは勇気がいる事だ」
 例えば、自分達が立って居る場所が氷上で、その下は凶暴な海獣が生息しているなんていうのは、常に氷の上に居る人々からすれば意識できないものなのだ。
「しかし、信仰……そうか、確かに。希望ヶ浜の『現実』への想いの強さは確かに『信仰』と呼ばれるに相応しい。故に逆に夜妖との親和性も高いのだな」
 現代日本という幻を信じたいから信じている。それは『信仰』そのものだとアーマデルは金瞳を伏せる。
「壊れて現る真っ暗闇……」
 いかにも夜妖が現れそうな色合いの空だと『しろきはなよめ』すみれ(p3p009752)は顔を上げた。
「極光の一つでも見えたら好きになれそうなのですが……日常の奪われた今は俯くばかりでそれどころではないのが現状ですかね」
 誰しもが不安に駆られ小動物の様に怯えている。
「永遠の平和。「おはよう」の挨拶。隣にいる人の笑顔」
 白無垢を持ち上げながら歩いて来る『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)は瞳に憂いを乗せた。
「日々戦場へ赴くイレギュラーズとなった今、このような日常が非日常的で特別であるとはわかっていたはずなのですが……」
 同じ背格好の澄恋とすみれ。白い指先が互いの肌に触れ、絡まり固く結ばれる。
 可能性を違えた『自分』の瞳を見つめ、澄恋は口元を緩めた。
「流石にお空が失くなるのはちょっと想定外でしたけど。すみれはそう思いませんか?」
「ふふ、確かに。けれど其処に住む人達は不安でしょう。また青空の下で皆笑えるよう、全力を尽くして戦いましょうか澄恋」
「ええ。これ以上の混乱を防ぐため眼前の敵を倒しましょう。……所で、その少年は? 何処で拾って来たんですか?」
 澄恋はすみれの隣で顔を覗かせる周藤日向に首を傾げる。
「僕は周藤日向だよ! 君はすみれにそっくりだね? 双子のお姉さん?」
「まあ、似たようなものですね」
 澄恋は元気な日向の声に目を細め、前に向き直った。
 道の先に異様な瘴気を放つビルが見えてくる。
「行きますよ」

 ――――
 ――

 有象無象の怪異にも満たない瘴気が廃墟に渦巻いていた。
『はらぺこフレンズ』ニル(p3p009185)は恐る恐る進んで行く。
「みんなの不安が集まったのがコレなら、やっつけたら、みんなの不安を取り除くこともできるのでしょうか?」
「そうですね。既に吐き出されたものが此処に流れ着いたなら、取り除いても不安は解消されないかもしれません。でも、この不安を消す事で更なる不安を呼ぶ事は防げるかも」
 ニルの問いかけに『守る者』ラクリマ・イース(p3p004247)は頷いた。
「連鎖を断ち切って……ひとつひとつ、不安を取り除いていくしかないのですよね」
「はい。頑張りましょう」
「練達が早く元通りになるように、早く元の空が見られるように」
 ニルは自分の出来る事をやるのだと拳をぎゅっと握りしめる。
「だってこの国は、ニルの大好きな人たちがいるのです」

 廃墟の中に侵入したラクリマ達に気付いた無数の夜妖が身体を揺らめかせ近づいて来た。
 奥には小さな兄妹が見える。
「俺はあまり数の多い敵は得意ではないのですが、今はわがままを言っている場合ではありませんね」
 ラクリマは青き光を放つ魔導書を手にタクトで宙に弧を描く。
「とにかく、この無数に沸く夜妖を祓う事と……あの兄妹の保護です」
 疑似餌である可能性は否めない。けれど。
「何者であろうと今は関係ない、このまま放ってはおけません助けましょう――!」
 透き通るラクリマの声が伽藍洞になった廃墟に反響した。
 ラクリマの背後から『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)が歩み出す。
 グリムの視線は廃墟の奥で震えている兄妹に向けられていた。
 彼等がどういう存在であるかはグリムには分からない。
 けれど。
「怖がっている。震えている、守ろうとしている。なら守る理由としては十分だ」
 それが死せる者の安寧を守護する守人の矜持。
 疑似餌だったなら、その段になって考えればいいだけの話しだとグリムは一歩前に出る。
「少なくとも一発程度でくたばるほど自分は軽くない」
 グリムの言葉に『淡き白糖のシュネーバル』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)はこくりと頷いた。
「僕にお兄ちゃんも妹もいないけど、少し親近感がある……かな」
 記憶は曖昧だけれど、祝音には年の離れた双子の姉達が居る。
「大丈夫だよ……僕等が、戦うから」
「にゃー」
 祝音を守るように白猫が足下にすり寄った。
「珍しい。白雪が外に出てくるなんて」
「そうなの?」
 白雪と呼ばれる白い猫は燈堂の家に住み着いている猫の夜妖である。
「はい。きっと祝音さんを守る為に着いてきたんですね。白雪は仲良しのお友達には優しいですから」
 普段は燈堂の敷地に入ってくる小さな夜妖を狩っているのだ。魑魅魍魎の塊である廃墟の夜妖に対して役に立つだろう。祝音は白雪の喉を撫でてから灰澱に向き直った。

「困っているなら見捨てる訳にはいくまい!」
 大きな声が廃墟に反響する。
 目が眩む程の後光を背負い、大きなシルエットが廃墟の入口に出現した。――屋台である!
「うどん屋出張サービスじゃ!」
 にかりと得意げな笑みを見せる『至高の一杯』御子神・天狐(p3p009798)は愛車の引手を握る。
「今宵運ぶのは兄妹の命、練達仕込みのドライブテクニックを魅せてやるぞ!!」
 カリッカリにチューンされたWジェット付きリヤカー屋台が爆速で戦場を駆け抜けた。
「それにこのドロドロした連中の好き放題やらせるのも癪に障るしのう」
 灰澱を華麗に避けて、戦場を縦横無尽に屋台が走る――


 先陣を切る天狐の前に灰澱が車輪を巻き込むように行く手を阻んだ。
「ええい! 邪魔するでない!」
 その灰澱をアーマデルの剣がなぎ払う。
「此処は俺に任せろ。兄妹を頼む」
 アーマデルは天狐と屋台を見遣り頷いた。天狐の持つ屋台はこれでも武器に分類されるらしい。アーマデルの中で『武器』というものの定義が崩れそうになるけれど。敢えてそこには言及しないでおくことにする。
 彼の視界は暗闇でもきちんと敵の位置を見抜いていた。
 アーマデルの背後に駆け寄るのはグリムだ。
 安心して背中を預けるアーマデルの向こう側に廻の姿が見える。
「気を付けろ。そいつは廻の偽物だ」
 グリムは廻の見た目をしたものの中身にドロドロとした負の感情が蠢いてるのが分かったのだ。
「なるほど。灰澱は姿を変えるのだったな。まあ、例え外を似せても、全然違う」
 アーマデルの友は。こんな濁った目をしていないと一蹴する。

「――守護の誓いは此処にある、自分から離れることは許さない!」
 グリムの叫びに夜妖が吸い寄せられるように動き出した。
 廻の姿をした灰澱はグリムの首に手を掛ける。
「……っ」
 次々とグリムの身体に纏わり付く灰澱。虚ろな瞳でグリムを見上げ、白い肌に爪を立てて切り裂いた。
 アガットの赤が腕から伝い、廃墟の床にポツリと落ちる。

 ニルは転ばないように足下の瓦礫を避けながら、結界の基点となる魔素を自身のコアに集め解き放った。
 シトリンの色彩を帯びる結界はビル全部を覆う事は難しい。
 それをカバーするようにすみれが薄紫のブーケを手に花陣を形成する。
 二重に掛けられた結界によって、戦闘の余波で崩れる心配は無くなった。
 ニルは戦場の奥に居る怪異に視線を向ける。
「きょうだい……怪異?」
 それは助ける必要があるものかと逡巡するニル。首を振ってその思考を否定する。
「……いいえ、人じゃなくってもねらわれているなら助けなきゃ。もし捕まったら、不安に飲み込まれて、大変なことになっちゃうかも」
 天狐に向かう灰澱に降り注ぐ白い粉雪。吹き荒ぶ氷の宝石はニルが解き放つ魔法。
「手出しはさせませんよっ!」
「子は身が熟れてません、食べてもきっと美味しくないでしょうに。取り込むのはお止めなさいな」
 すみれの薄紫のブーケから花弁が舞い上がる。
「肉弾戦は不得手ですが、肉弾戦を避けることなら自信があります」
 美しい微笑みを浮かべたすみれは、戦場を見渡し敵の中で強いであろう個体をはじき出した。
「ラクリマ様、アーマデル様、あちらの剣を持った廻様へ集中攻撃を!」
「分かりました!」
 すみれの指差したのは剣を持った灰澱。
 見た目が親友そっくりな事に胸がささくれ立つけれど、ラクリマは小さく息を吐いてタクトを振るう。
「これは廻殿じゃない、から」
「ええ。全然違いますね」
 アーマデルの言葉にラクリマは青の魔法陣を呼び寄せた。アーマデルの蛇剣が地を這うように走り、重なるラクリマの青の魔法が迸る。
 砕け散る灰澱の奥から、また這い出てくる影。
「キリが無いですが。できる限り御子神さんへ敵を近づけないようにしなければ」
「向こうへ敵を追い込めばいける。あと上に飛べばショートカットできそうだな」
 退避経路の確保と逃げ場となる空きスペースを作れば、自ずと経路は確保出来るだろう。アーマデルとラクリマは灰澱の群れに走り込んだ。
「日向様はこちらを子供達に届けてください」
 小さな灯りを差し出したすみれは日向にそれを託す。
「夜妖憑きのあなたに夜妖討伐を見せるのは酷かもしれませんが、私には日向様が必要なのです。頼みましたよ日向様」
「うん! 任せて!」
 廻の戦術も見ないとだしねと小さな声で微笑んだ日向は刀を抜いて走り出した。
 その背を見つめ、すみれは彼の道を開くように敵を引きつける。
「さあ、何処からでもかかってきなさいな」
 風にウェディングドレスのレースが靡いて、花弁が戦場に舞った。

 ――――
 ――

 戦場に光りが差す。眩しくも優しい輝きに兄妹は震える顔を上げた。
「助かりたくば乗るがよい! なぁにちょっと廃墟の中をドライブするだけじゃよ!」
「あ……」
 天狐の笑顔に兄は小さな声を漏らす。きっとこの手を取れば自分達は助かるのだと安心出来る笑顔だ。
 兄妹は天狐の屋台に乗り込み蹲る。
「ちょいと運転は荒いが勘弁してくりゃれ? しっかり掴まっておくんじゃぞ!兄も妹をしっかり離さんようにな!」
 ジェットエンジンを吹かせながら、天狐の屋台は戦場をギャイン――と駆ける!
 多少の屋台への攻撃は気にも止めず、兄妹を安全な場所まで避難させる事を優先するのだ。
「生憎、うどん生地を踏み続けて鍛えた足腰と機動力には自信があるからのぅ!」
 天狐の行く手を阻む灰澱。されど、彼女は止まる事を知らない。
「失せるがいい穢れし者共よ、貴様らが気安く触って良いほど互いを想うという絆は安くないぞ!」
「そう。子は宝です。きっと夜妖と共に風に乗って迷いこんでしまったのでしょう。それに……うふふ、汚すならその子たちより白無垢の方が楽しいですよ」
 灰澱の前に立ちはだかった澄恋は唇を三日月に歪め微笑んだ。
「よく血で濡らすわたしが言うのですから間違いありません。子らもわたしたちが来たからにはもう大丈夫ですよ」
 怪異とやらはよく分からないけれど。泣く子を慰めるのは大人の仕事。
 自身に引き寄せた魑魅魍魎。
「自由な形を取るというのなら、せめて旦那様になってくれれば」
 本物を虐げる事は出来ないけれど。そっくりな見た目のものを苛めることが出来るのは、愉快であるのにと澄恋は目を細めた。
「えっ」
「……冗談ですよ?」
 廻の困惑した声に、くすりと微笑む澄恋の心の内は知る事は出来ないけれど。
 彼女を取り巻くように集まってくる灰澱には効果があったようだ。
「ええ。ええ。そんなに叩き潰されたいのですか。良いですよ。思う存分、愉しみましょう」

 澄恋の集めた敵に向けて祝音の小手が光を放つ。
「砂嵐、届け……間に合って!」
 熱せられた砂の嵐が巻き上がり、灰澱を包み込めば敵の動きが緩慢になった。
「助かる!」
 祝音の足止めが功を奏して、天狐は灰澱の群れを切り抜ける。
「それにしても……燈堂さんの姿を取るのは、攻撃がしにくいね」
「僕も、すごく気持ち悪いです」
 自分と同じ顔が沢山戦場に居る光景に身を震わせる廻。
「燈堂さん、危ない!」
 祝音は廻の背後に迫る灰澱の攻撃をはじき返す。腕に走る傷痕に眉を顰める祝音。
 けれど、このぐらいは平気だと、笑って見せる。廻や仲間が傷付く方が痛いと思うから。
「気を付けて。敵は後ろからも来るから」
「はい。ありがとうございます」
 自分は小さくて頼りないかもしれないけれど。それでも廻を助ける事が出来た。
 祝音は奮い立たせるように魔法陣を展開する。
「にゃーお」
 その魔法陣に重ねるように白雪も鳴いた。

「――聖光よ、光翼よ、不浄を祓い清め給え」
 グリムのよく通る声と共に戦場が真っ白に輝けば廻の姿をした灰澱が光の中に消えて行く。


 灰澱はボロボロと崩れて行き、廃墟には何の気配もしなくなった。
 ラクリマは警戒をしながらブルーグリーンの瞳で注意深く探る。
 敵だと分かって居ても親友の姿をした灰澱を攻撃するのは嫌な気分にさせられたから。
 ひとまず、夜妖の気配が無くなった事に胸を撫で下ろしたラクリマ。
「ラクリマさん、お疲れ様です」
 アメジストの瞳を細め、自分に駆け寄って来る廻の頬を両手で包み込む。人の温かさがある本物だ。
 廻は安心させるようにラクリマの背に腕を回し抱きしめる。
「大丈夫ですよ。本物ですよ」
「ふふ、確認したのばれてましたか。まあ、全然似てませんでしたけど」
 灰澱が真似たのは見た目だけだ。廻はあんなに濁った瞳はしていないとラクリマは首を振った。

 グリムは警戒を重ね周囲に視線を送る。
 この場所は澱が集まる場所だ。今は良くとも、直ぐに集まってこないとも限らない。
 それに、とグリムは助け出した兄妹に顔を上げた。
 もし疑似餌だった場合、仲間を護るためにこの身を晒す覚悟は出来ている。
「少なくとも自分に出来るのは守ることと倒すこと以外には死者に関することだからな……」
 されど、その心配は無さそうだとグリムは兄妹に背を向けた。
 無責任だと思われても、自分は適正が無いのだから他人に託すのが最適解なのだろう。
「まあ、無事守りきれたのなら良かったが」
 グリムの零れた言葉に優しい響きを聞き取ったニルは頬を緩める。

「……きょうだい。ニルには家族はいないですが……それがすてきなものだっていうのは、ちょっとはわかるのです。……ニルにもいもうとがいたら、あんなおにいちゃんみたいになれるでしょうか?」
 兄妹を見つめ首を傾げたニル。その隣に廻がお疲れ様ですと並ぶ。
「ニルにもおにいちゃんがいたら、あんないもうとみたいになれるでしょうか?」
 誰かに甘えるのは、自分の弱さを曝け出すということ。何も知らぬまま、他人を拒絶して一人で居た方が気楽ではあるのだ。それでも、やはり憧れや羨望はある。
「廻様もお兄様がいるのでしたっけ。きょうだいってあんな感じなのですか?」
「お兄様……暁月さんの事ですかね。僕は記憶を失って保護してもらったので血は繋がってないですが、家族なので、暁月さんには頼ってばかりですね。やっぱり」
「……家族ですか」
 果てない憧れ。ニルにとって不確かで手を伸ばす事さえ躊躇われる煌めくもの。

「怪我は無いですか?」
 澄恋は子供達を抱きしめて擦り傷を癒していく。
「怖かったでしょうに、よく頑張りましたね」
 彼等、兄妹からは敵対意思が感じられない。祝音もグリムに回復を施しながら大丈夫そうだと振り返る。
「二人が良い怪異なら、そっとしておきたくはあるけど」
 祝音は様子を伺うように首を傾げる。
「……彼等が良性の怪異になる可能性って、あるのかな」
「にゃーぉ、にゃー」
「あ、そっか。燈堂のお家には良い怪異も、居るんだよね。なら、大丈夫そう?」
 同意するように白雪が祝音の足に身体を擦りつけた。

「兄は妹を守り、妹は兄の心の支え……か」
 自身の『兄弟』はそこまで近しいものでは無かったと思い浮かべ首を振ったアーマデルは悲涙の兄妹を見つめる。
「ヒトの想いが怪異を生み、育て、時には神にまで昇華せしめる、か」
 アーマデルは兄妹の傍に寄り添いビルとは反対方向の道を示した。
「行こう、子供は『帰るもの』だろう?」
 悪しき者に囚われる前に、帰る場所があるのならとアーマデルは彼等の背を押す。
「こんな所に居ては風邪を引いてしまいますからね」
 すみれは妹を抱っこし、澄恋は兄を背負った。
「道は分かりますか?」
 すみれの言葉に首を振る二人。
「それじゃあ、燈堂につれて行けば良いよ。不安や悲しみが解消されれば、きっと『成仏』すると思う」
 日向はすみれが、子供を抱え重くないか心配そうに見つめる。
「確かに。燈堂家は沢山夜妖が居ますからね」

 子供達を連れて、澄恋達は燈堂家に帰って来た。
「さあ、安全な所に来た事だし。皆でうどんでも食べるかのぅ」
 天狐の言葉に兄妹も顔を綻ばせる。
 温かいうどんの湯気が屋台に立籠めた。ふうふうと息を吹きかけ冷まし、うどんを啜る音。
 子供達の笑い声が響いていた。

成否

成功

MVP

御子神・天狐(p3p009798)
鉄帝神輿祭り2023最優秀料理人

状態異常

耀 澄恋(p3p009412)[重傷]
六道の底からあなたを想う
御子神・天狐(p3p009798)[重傷]
鉄帝神輿祭り2023最優秀料理人

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 無事に夜妖を祓い、兄妹の笑顔を取り戻せました。
 MVPは危険を顧みず突き進んだ方へ。

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