PandoraPartyProject

シナリオ詳細

遠き森のマリシャス

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 拝啓、君へ――

 随分と涼やかな風が吹く様になりました。燦々と降り注ぐ太陽は、もう少し加減をして欲しいけれど。
 あと半月もすれば君に会いに行けるかと思います。君が好きだと言ったチョコレートも購入しておきました。
 変わった事と言えば、里長に交際相手が居ると宣言した位でしょうか。
 其れが深緑の、幻想種の女性だと知って驚いていました。砂漠の幻想種達と違って、君たちはまだまだ閉鎖的だから……。
 外の俺で良かったのだろうか、と悩むこともあります。
 君が待っていてくれると思うだけでどんな仕事だってこなせる気がする俺は君なしでは生きていけないから不安になるのでしょう。
 早く、会いたいです。会って、君に言いたい事があるんだ。
 どうか、此れから向かう大仕事を無事に終えられる事を願っていて下さい。

 君の恋人・セツより


 生きていく道が、違えていたと言われていた。それが歳をとるという『意味』で在る事に気付いた時には遅かった。
 私は彼より長く生きる。彼は私より先に死ぬ。
 私は彼より遅く歳をとり、彼は私より先に老いて行く。
 それを理解してでも尚、私達は共に在ろうと願った。
 幼い恋心のように、側に居るだけで幸せだと手を取り合って願うだけ。
 物分かりの良い女の振りをして「貴方が死ぬまで側に居ます」「だから、それまで」と誓った言葉が――今は、こんなにも苦しいんだ。


「ああ、イレギュラーズか。案内しよう」
 迷宮森林の出口――ラサに程近い場所に存在する集落へとルドラ・ヘスはイレギュラーズ達を誘った。熱気さえ感じさせる砂漠の太陽を返す乾いた緑の葉は青く、瑞々しさを失っては居ない。
「今回、皆に頼みたいのは人捜しと魔種の掃討だ。実は此れから向かう村というのはラサのキャラバン隊を受入れている商人の集落なんだ。
 その道に魔種らしき存在が現われていると聞いた。此の儘では商隊にも危険が及ぶだろう? そこで、君たちにお願いしたいんだ」
 簡単な依頼内容をなぞっていれば、直ぐに集落へと辿り着いた。入り口で待っていた銀髪の幻想種は「ルドラ様」と呼び、駆け寄った。
「あ――皆さんが、ルドラ様のお声かけに集まって下さったイレギュラーズですか? 自己紹介が遅れて申し訳ありません、ユレーラと申します」
「実は探して欲しい人というのがこのユレーラの恋人だ。ラサで傭兵稼業をして居る青年でセツと言うらしい」
 人間種の青年であるセツと幻想種のユレーラの恋は『命の尺度』で物を申せば辿り着く先は悲恋だ。
 だが、それでも、2人で手を取り合いたいと――何時かセツが死ぬその時まで共に居ると誓った仲であるそうだ。
「婚礼の話も出てきていたのだろう?」
「はい。……彼が『大仕事』から戻ったら、という話でした。けれど……その、仕事に行ってしまってから連絡が途絶えて……」
 ――幻想種と人間種の恋なんて、そんなものよ。
 ――死んでしまったんじゃない? 命なんて、脆いもの。
 そう、口さがなく言う人々にユレーラは首を振った。彼に限ってはそんなこと有り得やしないと。
「屹度、セツは『道を塞ぐ魔種』の所為で集落まで来ることができないのです。
 ですから、魔種を撃退して、何でも良いんです。何でも……もし、彼が死んでいても……彼が、何処に居るかだけでも、せめて……」
 声音が、震え小さく窄んでく。ルドラはそっとユレーラの肩を抱いて頷いた。
「……頼まれてくれるだろうか」
 魔種との戦い。それは『どれ程に困難』な事であるかを彼等は知っている。
 イレギュラーズ達にとっては有り触れた日常となりつつあるが、彼等は伝説上の生き物と称された事も在るほどの驚異なのだ。
「彼が帰ったら私に何か言いたい事があると、言っていました。……何だったんだろう。
 もし、結婚しようと言ってくれるなら、よろこんで、って、何時だって……何時だって、こ、答える準備はして居たのに――」
 泣かないように、目尻を赤くしてユレーラは微笑んだ。ぎこちない、壊れかけた苦い笑顔で。
「せめて、彼が何処に居るのかだけでも……。どうか……どうか、宜しくお願いします」


 街道は深き木々に覆われていた。迷宮森林の中でも人が辿ることの出来る開けた道――此れより先に向かえば迷い込んで無事には済まないだろう。
 そんな場所にぽつり、と一人の男が立っていた。木々のざわめき、葉の擦れる音が迫り来る雨のように響いた。
 背の高い木々により、黒い影がのっぺりと落とされる。その下に立っていた男に気付いてからクロバ・フユツキ (p3p000145)は「下がっていろ」とアイラ・ディアグレイス (p3p006523)に声を掛けた。
「……誰だ?」
 問うた言葉に青年はゆっくりと顔を上げた。変質しているその姿――だが、そのかんばせを見てアイラは息を飲んだ。

 ――セツですか? 黒い髪に、赤い瞳の……ふふ、頬に傷があるんです。
 あと、何時も首から私と揃いのリングをチェーンに通して掛けて……。

 揺らいだリングはプラチナの淡い輝きを返す。赤い瞳に、頬に切り裂かれた傷。
「セ、ツさん……」
 名を呼べば、『魔種』は静かに反応した。魔種は、倒さねばならない。

 ――もし、彼が死んでいても……彼が、何処に居るかだけでも、せめて……。
 死んでしまっても良いと思えるほどに、一世一代の恋でした。だから、どうか、どうかお願いします。

「……俺を――」
 彼女の、待ち人を。結婚を誓った愛しい人を、『世界の敵として殺さねばならない』
「――俺を、殺してくれま、せんか。……彼女を、殺してしまう、前に」

GMコメント

 部分リクエストありがとうございます。夏あかねです。

●成功条件
 魔種の撃破

 魔種が相手ですが、難易度はノーマル相応。彼は何かに思い悩み戦闘に注力しません。
 どちらかと言えば心情依頼です。彼の恋人とは皆さんは出発前に会っていますから……待っている彼女を知りながら、今から『彼』を殺さなくてはならないのです。

●場所情報
 ユレーラの集落へと繋がる迷宮森林とラサのハザマの街道。とても静かですが木々がざわざわと揺れています。
 周辺に人影はありません。ただ、ぽつりとセツが立っています。

●魔種『セツ』
 黒髪に赤い瞳、頬に傷を持っています。人ならざる様子に変質しているその姿は魔種であることが解ります。
 下半身は砂と木で作ったハリボテのような姿です。上半身はセツそのものです。首から掛けたリングもそのまま。
 青年は何かをブツブツと呟いています。何があったのかは定かではありません。

 自我は僅かに。此処に現われたという事は『愛しい恋人に会いに行く』為なのでしょう。
 何かに思い悩んでいるかのようです。苦悩し、『ユレーラに会いに行かないように』己を律しているかのようです。
 屹度、愛しい彼女を目にすれば手に掛けてしまう。ですから――此処で、留まっているようです。
 戦闘は大凡は放棄していますが、それでも魔種です。油断はなさらず。

●幻想種『ユレーラ』
 セツの恋人、依頼人。幻想種と人間種であった命の物差しの違いも飲み込んで、彼の命が潰えるまで共にと誓っていました。
 愛しい彼のことを待ち続けています。心の何処かで、「彼が帰ってこない予感」を感じています。
 せめて、彼が何処で何をしているか。其れを知れたら――彼女にとっては満足なのです。
 その命が終わってしまっても良いと思うほどに激情と言えるほど愛した人であっても。傭兵とはどんな職業か『物分かりが良い』から。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

 一つの恋の終わりに。

  • 遠き森のマリシャス完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年05月31日 22時20分
  • 参加人数6/6人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
※参加確定済み※
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶
※参加確定済み※
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
メリー・フローラ・アベル(p3p007440)
虚無堕ち魔法少女
トゥーラ(p3p009827)

リプレイ


 幻想種と人間種。同じ混沌に生まれ落ちる命でありながらも、生きる刻を違えた彼等。そんな二人、有り触れた『恋人同士』
 その関係性が甘いことばかりではない事を知っていても。これはとびきり苦いことなのだと『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は感じていた。
「奇跡を起こすには未だ力不足。出来る事は楽にしてあげる事だけか。それでもこれ以上悲劇が広がるよりは大分まし……だよね」
 苦々しく。言葉を絞り出してから、ウィリアムは首を振る。
 ユレーラを、幻想種で待ち人を探す彼女を連れ出すかどうかを『死神二振』クロバ・フユツキ(p3p000145)は最後まで悩んでいた。
 もしも最期を看取れたとしても、変わってしまった彼を見て、彼女はどの様に感じるだろうか。彼女はどんな傷を負うか。
 悩み苦しむクロバの横顔を伺ってから『横紙破り』サンディ・カルタ(p3p000438)は小さく嘆息した。
「俺はレディの味方だが……なんだろうな。ほら、反転とかって死ぬ瞬間だけ正気に戻ったりするだろ?
 そういう時の別れの言葉とか、あったらさ。
 それぐらいは生でやりとりさせてやんねーとさ。100年後とかに振り返った時にさ、つれーと思うんだ。
 愛してた証、愛されてたことの実感、というかさ。そんな感じの奴の手掛かりがさ」
 上手く言葉に出来ない自分がもどかしい。それでも、その意味は彼に伝わったのだろう。サンディの言葉に「……彼女を連れ出そう」とクロバは呟く。
「にいさま」
『白き牙』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)は苦渋の決断を下した『義兄』の顔を見詰めて目を見開いた。
 ここから先は、叶わぬ恋の片道切符。いつかのとき、恋人が魔種へと落ちた依頼。その全てに『ただのアイラ』は何を出来るだろうか。
 気付くことも出来なかった。何一つ、その気持ちにすら、わかったつもりになっていたのだ。『ディアグレイス』と愛しい人と姓を得て、ともに歩む道にその苦難があったならば――?
(ボクに、気付くことが、できるのかな。他人の気持ちが。どれ程の痛みが、其処にあるのかな。ボクは。ボクは……)
 唇を噛む。胸が酷く、苦しいとさえ感じられた。
「摂理から、逃れることは難しい。良きも悪しきも、人も獣も、関係なく。
 今回は、逃れる術を探す時間もない。だから、殺すしかない。痛ましい、ことだが」
 それがこの世界の『真実』であるのだとトゥーラ(p3p009827)は呟いた。ユレーラが共に、と言うならばその身を挺してでも守ると誓って。
 運命が決定付けられているとは考えたくは無かった。
 だが、摂理から逃れることは難しい。アイラが幾ら苦しもうと、クロバが幾ら悩もうともトゥーラが言う通り『決断』の刻は直ぐ傍に迫っているのだから。
「魔種がいるのよね」
『汚い魔法少女』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は一人、浮き足だった。ぼんやりとしている魔種。それは楽をして魔種を倒す実績を得るチャンスに感じられたからだ。
 相手は一人きりで森の中に佇んでいる。そうでなければ、ユレーラを連れて行くことは出来まい。
「決して離れない様に」とウィリアムはユレーラに念を押した。彼女を同行し、連れて行きたいと願った仲間達。
 彼女に「辛く苦しいことがあるかも知れない」と念を押すアイラは唇を噛んだ。
「ユレーラさん」
「……はい」
「ごめんね。ボク達は、あなたを傷付けるかも知れない」
 彼女はとんでもありませんと首を振った。何かの予感を、感じながら。


「……俺を――」
 木々のざわめき。その下に人ならざる姿をした魔種が一人立っている。黒い髪と、赤い瞳。
 変質していたとしても、彼であることは分かる。傍らでひゅうと息を飲む音がして、クロバは唇を噛んだ。
「――俺を、殺してくれま、せんか。……彼女を、殺してしまう、前に」
 魔種は、そうせずには居られない。何れは狂気に身を灼かれるその時までに。
 困惑したままにクロバはゆっくりと紅と黒の太刀を構える。その剣に乗せるのは鬼人の如き炎の剣戟――の、筈であった。
(ユレーラはどう思うのか。傷つきゆく愛する者を見て、変わり果てた姿で自身を殺そうとすることも)
 だが、その脚は留まった。届けようとした剣を納め飛び出そうとするユレーラの腕を掴んだアイラに頷いてから頬を書く。
(嗚呼、似ているな――無力だった自分と)
 クロバの目に映ったのは項垂れた男だった。魔種。強敵である気配はするが、脱力しきった彼。
 サンディはユレーラの前へと飛び込み彼女を護るべく手を広げていた。レディを護るのは俺の役目だと、小さく揶揄うように笑みを浮かべて。
[悪いな、皆。……やっぱり、俺、『物分かりが悪い』みたいだ」
「はは、構わないって。……俺も、お前も、レディだって、ここで終わりは辛いだろ」
 なあ、とサンディはユレーラを振り仰いだ。驚いた様に目を見開いて、涙を浮かべた彼女はこくりと小さく頷く。
「ユレーラさん……」
 アイラは願う様に彼を見た。少しでも良い。彼女に届く声を――どうか。
 殺してしまう前に殺してくれ。その懇願に、アイラは幾つもの問いかけを行いたかった。貴方はどうして、と。そう言葉を重ねたくとも、重ねられない。
(心中……? それとも、また別の何かか。
 どちらにせよ、ボクはあの子を護ることしかできないし、語る言葉も持たない……ボクには、それは身に余ることだから)
 それはアイラ・ディアグレイスが『彼女の心の傍ら』にも居ないことを顕わしていた。幸福の随に立っていた自分と今から恋人を失う彼女。それは余りにも違っていて。
 愛を囁くことさえも難しい。そんな彼等をまじまじと見遣るウィリアムは「ユレーラ」とその背を撫でた。同じ、長耳の、長命の種。
「……ごめんよセツ、ユレーラ。こんな終わり方しかさせてやれなくて」
「いいえ。彼が――セツが、ここに居て。私を思ってくれていることが分かって、それだけで」
 なんて、悲痛なる言葉であろうか、とウィリアムは感じていた。苦しくなるほどの悲しみ。
『終わらせる』と言うことは彼を殺す事だ。トゥーラは出来る限りセツの言葉を届けるべく、攻撃を行うタイミングを見計らっている。
「ユレーラさんは、アイツを……セツを見て、どう思った? 一緒に死にたいとか、思ってないよな?」
「え、ど、どうして」
「レディ、君がやけに冷静だから。どうやら、あいつは君を護って欲しいみたいだぜ? 大役だよな。
 見ず知らずのローレットのイレギュラーズに、愛しい人を護って欲しい、なんてさ。……形がなくても彼の思いを感じて仕方ないだろ」
 思わず妬ける位の、と揶揄うように告げたサンディにユレーラは膝から崩れ落ちた。

「……お願いしたいことが、あるのです」

 涙が混じったその声だ。クロバは「ああ」と小さく頷く。彼女の言葉の先を知っているように。
「どうか――彼を、彼の儘……」


 殺してくれ、と嘆願する声に腹が立ったのは仕方が無かったのかも知れない。己を重ねてしまった。馬鹿らしいとは思うが、それが一番の理由だった。
「甘ったれた事を抜かしてるんじゃねぇ!!」
 迷ってる場合もない。諦めたいと思うことももう止めた。傲慢に、不遜に、独善だとしても、縋らずには居られなかった。
 クロバ・フユツキは叫ぶ。武器など必要は無い。彼の胸ぐらを掴み上げて、友人にでもそうするかのように叫ぶ。
 ユレーラに『あんなにも悲しい決断』をさせておいて、セツは一人で逃げるとでも言うのか。
「死んで楽になる話なんて何処にもない! 自分が逃げて終わるだなんて思わせない!
 同じ時間をずっと生きられなくても、”選んだ”んだろう!? だったら、最後の最後まで言ってみせろよ!」
 護れなかった後悔なんて、死んでも御免だとクロバは叫び続けた。
 ユレーラの一世一代の恋。もう二度とはない、恋心。此れが最初で最後。人生を賭けたすべて。
 其れを護る為にクロバは叫んだのだ。だが、その腕を退ける様にセツが動く。首を振り、唸り声を上げて魔力の刃がクロバを襲う。
「アイラ!」
 頷いたアイラの蝶々が踊った。まだ、届けたい言葉は沢山あるのに。
 死にたい彼を一撃で死なせてやることは出来ない。彼は魔種で、精鋭のイレギュラーズが揃っても『苦しむ事』を与えることしか出来なくて。
(ああ、……彼は、――彼は、長命である彼女と一緒に、死にたいのではないか。
 魔種であれば永きを共に生きられる。魔種であれば、『彼女という個を殺してでも』共に生きていられる。強欲な、己の心で)
 アイラは悍ましい事に気付いたとでも言うように息を飲んだ。
 サンディが手を伸ばす、ユレーラに降り掛かる禍全てを退けるべく身を張って。
「私は貴方の個人的感傷なんてどうでも良いの。所詮は魔種でしょ?」
「ああ、そうだ。
 そうなんだ……俺は、誰も彼もを傷付ける――! どうして、俺は……」
 叫んだセツの周辺から魔力で作り出された刃が投擲された。苛立ちに、狂気を孕んだそれがメリーの頬を掠める。
 メリーにとってセツの事情もユレーラの事情も関係は無かった。自分自身が魔種を倒したというその功績が欲しかった。
 それは功績を追い求めたセツと同じだ。彼とて、仕事をこなすために強欲にも魔に体を委ねたのだろう。ユレーラに会いたいが余りに、生き残る術として。
「俺は――……ただ、彼女に……」
 目映い光を放ったメリー。その耳朶を伝うように「君は俺なんてどうでも良いんだろう」と恨みがましい声が聞こえた刹那、体がとん、と地へと打ち付けられたことを知る。
 何が起こったのか、とトゥーラはその様子を睨め付けた。
 多くの言葉を遺してやりたいと考えていたトゥーラはメリーが告げた「興味が無い」という言葉に彼が苛立ったことに気付く。
 魔種を刺激したことで、戦闘意欲を有していなかったセツが彼女に手痛い攻撃を繰り出したのだろう。
(……流石に魔種、か)
 トゥーリはセツを真っ直ぐに見詰める。もうリミットが近いのだろう。彼が、彼である為のリミットが。
「ああ……ああ……ユレーラ……」
 名を呼ぶ声に、サンディの背に隠れていたユレーラの肩はびくりと震えた。
「俺は、君を」
 手を伸ばす。だが――その手を掴む事が許されないことをクロバは知っていた。

 ――死んでしまっても良いと思えるほどに、一世一代の恋でした。だから、どうか、どうかお願いします――

 けれど、彼の手を掴んで死ぬなんて。許せるわけがない。
「君が、消えてしまったとしても、君の思いだけは消えないで居て欲しいんだ。
 どれだけ奇跡を願っても、力不足で、ごめん。せめて、君の心を教えて欲しいんだ」
 願う様に魔力の風が吹いた。それは神秘的な破壊力を放った一世一代。プロメーテウスは燃える情熱を燻らせる。
 ウィリアムの深淵秘奥に迫る魔導の探究心が生み出す魔術がセツのその体を貫いた。
 手足を暗闇のエンチャントを施した弓で穿ち、トゥーラは苦しげに眉を顰める。せめて、多くの言葉が欲しい。
「俺は、恋とか、愛とかは……経験がないから、わからないが。
 誰かを大切に思う気持ちは、わかる。だから、安心しろ、手は抜かない――だが、言葉だけなら拾ってやる」
 愛しているとか。
 離れたくないとか。
 そんな、甘い言葉を連ねること何て簡単だったはずなのに。
「ユレー……ラ、どうか、共に――」
 セツが吐き出したその言葉にアイラは苦しいと唇を噛み締めた。飛び出しそうになるその体をサンディは抑えた。
「ダメだ」と告げれば、ユレーラは俯き涙を流し続けるだけだ。
 共に。共に死んではいけないとサンディは首を振る。共に来て欲しいという意味ならば。それは、どれ程苦しいことか。
(護らなきゃいけないのは、ユレーラさんじゃない。セツさんの、心だ)
 アイラは悍ましい真実を知るように息を飲んだ。
「あなたは、魔種へと墜ちたことで……きっと、許されない欲を覚えた。
 死ぬときは、彼女と共に。そんな、叶わないはずの願いを実現することができる力を、持ってしまった……ちがう、かな」
 屹度――違わないのだと、アイラは確信していた。
「……其処で止まることができたのは、最後の理性でしょうか。そうなら。尚一層、ボクは攻撃する刃を止めることはできない」
 それがセツが『愛しいユレーラ』を護る為であったのならば。
 庇うサンディの腕に一層の力が入った。彼女を護りたいというセツの思いを継ぐように――
「ユレーラさん、良い恋人だな。最後の最後まで、護る為にああなってまで耐えてるんだぜ?」
「……大切に思う気持ちなのだろうな。其れは分かる、だからこそ……終わらしてやろう。苦しみなく」
 トゥーラが放つ弓がセツへと届く。藻掻くように地へと落ちた砂。ざらざらと毀れ落ちていく其れが、命が溢れるように見えて、クロバは唇を噛んだ。
 死が二人を別つとも、そこに在った心を俺は。その心を掬い上げたかった。
 それがクロバの生き方だから。
「手を貸せアイラ。俺の我儘に付き合ってもらうぞ」
 その言葉に、傍らのアイラはくすくすと笑った。
「にいさま、格好付け」
 揶揄うアイラに「莫迦言え」とクロバは小さく呟く。
 誰もが分かっていた。ユレーラは一人遺されてしまう。残酷な現実の前に、クロバは己の中に彼を遺しておきたかったから。
「にいさま。……ボクにも、出来ることがあったみたいです」
 彼と彼女の恋の終着点へ――
 アイラとクロバ、ウィリアムとトゥーラ。彼等がその心を汲むために攻撃する様子をユレーラは眺めて居た。
「覚えているよ。君と彼の恋を。ずっと、ずっと」
 涙を噛み殺して、そう、静かに言った。クロバの心の中に彼の心は生きている。彼が愛しているとユレーラに微笑んだその言葉全てが。
 息衝いて、今にも風となってユレーラを抱き締めてしまう程に、強く強く生きている。
「セツ、憶えて居るから――ずっと」
 そう告げた言葉が、一筋の涙となって落ちた。
 消えて往く、まるでラサの砂漠に溶けるような砂となって、風に踊って。

「――セツ!」

 ユレーラが立ち上がった。サンディは、彼女を留めることはない。行ってこいと背を押して、走る彼女が我武者羅に落ちて往く砂を抱き締める。
「セツ……! セツ!!」
 砂を掻き抱いても、直ぐに毀れ落ちて往く。
 アイラは、その様子を唇を噛んで見詰めていた。最後の瞬間を彼女に見せたことが正解なのかさえ分からない。
 それでも、ただ、分かるのは――死んでしまっても良いと、そう思えるほどの一世一代の恋が、今、終わったという事だけだった。


 砂となり、風に攫われて消えていった。ユレーラの掌には僅かな砂だけが纏わり付いている。
「……終わったのか」
 トゥーラは小さく呟いた。人にも獣にも関係なく万人に訪れる死。それがこれだというのは恐ろしいとも思う。
 落ちた服は布きれのようにずたずたであった。その中から、髪を拾い上げてからトゥーラは唇を噛む。
「どう、思う」
 問うたその言葉に、サンディは首を振った。書き殴られた無数の言葉。彼女に伝えたかった愛に混じった狂気。
 彼は、任務に失敗し、死を覚悟した。刹那に聞いたその声が『彼女と共に生きてゆく未来』を描かせてしまったのだろう。
 共に歩む為に狂気に身を委ねることは、どれ程に恐ろしいか。其れが許される世界ではない事をトゥーラは知っていたのだから。
 転がり落ちた指環をそっと拾い上げてからウィリアムはユレーラのもとへと近付いた。
「……これを」
 ウィリアムはもしも、彼女を連れ出すことが叶わなかったならば優しい嘘を用意していた。

 ――彼はもう手遅れだった。
 ――魔種に遣られてしまってたんだ。
 ――彼は、君を最後まで愛していたよ。

 自分たちで終わらせたことは、伝える。それでも、彼が魔種で在る事を言うのは忍びないとさえ感じていたのだ。
 だが、彼女はその目でしっかりとその最後を焼き付けた。涙をこぼすアイラの背を撫でて、クロバは俯いた。
「皆さん、ありがとうございました」
 震える声で、ユレーラは砂を抱きながら呟いた。
「これで……これで、わたしは、彼と共に、進むことができます。最期に、彼を抱き締める事ができて、わたしは……」
 人ならざる姿であれど、愛おしかった。毀れ落ちていく砂を拾い集める彼女はぼろぼろと涙を流しながら、ゆっくりと立ち上がりイレギュラーズに一礼をした。
「……わたしは、……最期に彼と出会えただけで幸福だった。それを、貴方方がくれたのです。
 ありがとう、ありがとう。最期に、……最期に、あのひとの傍で、あのひとの言葉を聞かせてくれて」
 言葉が窄み、泣き崩れてゆく。そんな彼女を抱き留める人間はもういないのだと、サンディは唇を噛み締めた。
 礼を言う余裕さえなかっただろうに。それでも、彼女にとって『恋を終わらせる方法』なのだと気付いてウィリアムは適うはずがないと小さく呟いた。
「それにしても、一世一代の恋か。……羨ましいな。僕もそんな恋が出来るだろうか」
 ――彼女にはあって、自分には無いもの。それは、死んでも良いと思えるほどの、命がけの恋だったのかもしれない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

メリー・フローラ・アベル(p3p007440)[重傷]
虚無堕ち魔法少女

あとがき

 お疲れ様でした。

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