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文化保存ギルド

【SS依頼】フラーゴラ・トラモント(p3p008825)より②

●2022/7/18 AM05:00
『次は、貴方の番よ』
 お師匠先生にそう言って貰ったのは、あの冬のことだ。
『届いて――!』
 ワタシがそう言って放った渾身の突きを踏み抜いたのは、それよりもずっと前のことだ。
 ワタシが15歳でいられる最後の7月に、お師匠先生はワタシに、フラーゴラ・トラモント(p3p008825)に何をくれるのだろう。
 期待と、諦め。
 ワタシの中にはそれが鎮座していた。
 朝日が登るのをベッドから見ながら、噛み締めた。

●2022/7/18 AM06:00
 イーリン・ジョーンズ(p3p000854)――お師匠先生は、無茶をする人だ。
 お師匠先生は、強い人だ。
 お師匠先生は、案外ポンコツだ。
 英雄で、少女で、大人で、卑劣で、勤勉で、怠惰で、いくつも名前と顔を持つ。きっと、ワタシにしか見せていない顔もあるんだと思う。
 それは、お師匠先生がいろんなものをワタシに、弟子に与えてきたからこそ見えてきたものだと思う。
 だからずっと、考えてきた。
『ワタシの番に、何をすれば良い?』
 だからワタシは、薬の入った瓶を手に取った。
 だからワタシは、盾を手に取った。
 だからワタシは――ずっと使っている。お師匠先生がくれたドレス。もうお師匠先生の匂いは取れてしまった、を着た。
 だからワタシは、お師匠先生の面影を想った。

 ワタシが、お師匠先生の物語を紡ぐために。

●あの日の、この時。
 誕生日プレゼントが欲しい、とフラーゴラが完全武装で言ってきたとき、私は正直驚いた。
 冬の王との戦いを終えて。冬の王、オリオンを生かすことができた私にとって、フラーゴラの誕生日は完全に忘れられていた行事だったから。
 ああ、ごめんなさい。それじゃあ何が良いかしらと体を起こしたら、フラーゴラはまっすぐに私に言った。
「手合わせを、お願い」
 多くは語らない。しかしきっと伝わると信じた瞳が、私を見ていた。
 きっと、得るものがある。だから、よこせ。
 それは弟子としてとても正しく、強欲で、私は――嬉しくなった。
「わかったわ、それじゃあ。屋上へ」
 悠然と立ち上がるつもりの私は、思ったより勢いよく立って、踵が軽く浮いてしまった。
 フラーゴラは笑っていない。ちょっと恥ずかしかったけれど、よかった。

●この日、ワタシは。
 初夏の朝、降り注ぐ快晴の日差し。わずかな風が肌を撫でる中。師匠と弟子は、今一度相まみえた。
 互いの手の内は知っている。そして、今戦えばどういう結果になるだろうかも。
 二人は、同じ脇構えで――フラーゴラは刀を持っていないが、半身を向けるようにした。体の当たる部位を最小限に抑え、盾で最大の範囲を守る、守りのための構え。
「ルールは?」
 イーリンがゆるりと戦旗を召喚する。
「いつも通り、気絶するまでお願いするよ」
「よしなに」
 イーリンが軽く微笑むと、フラーゴラは赤のドロップを舐めた。
 感覚が、加速する。
 今なら彼女の、腕の一本の筋の動きまで見られる。瞬間記憶に等しい集中力で、魔術を唱え始める。
 その速度たるや――
「絶海拳――」
 彼女の構えを許さない速度で、最初にフラーゴラが踏み込んだ。
 彼女は避ける構えを見せるが、逃さない。「必中」の魔術が込められた呪いは、構えを崩し、魔力の停滞させた。
 彼女の目が見開く。とっさに振り抜いた反撃の一閃を、フラーゴラはたやすく盾で弾いた。だが、重い。しかし、多少痺れるだけで手はまだ感覚が残っている。
『受けてその程度しかない』のだ
 彼女はフラーゴラを見て、楽しげに笑った。
「まだだよ!」
 フラーゴラは更に駆ける。足を止めるな、対策をさせるな。彼女の弱点がわかっているのなら。次にフラーゴラが取る手は同じ。先手を取って。
 豪炎。
 屋上のレンガが焦げる音、ガラスのようなチリチリとした音。
 一発では終わらない、二度、三度、視界を奪う炎が、彼女を襲う。
 呪術で動きを止めて、屋上一帯を燃やし尽くす。イーリンの観察眼を徹底的に塞ぐ戦術。
「嗚呼――」
 彼女の声が、炎の中から聞こえる。踏み込んで、一閃。ではない。
 至近距離で、燃え盛るの炎から流星のように飛び出た彼女は、フラーゴラの眼の前で改めて、構えを取る。絶海拳――星砂。燃え盛る呪いの炎を纏いながら、静かに構えた。
 綺麗、とフラーゴラはつぶやきそうになった。それを飲み込み。鋭く息を吐く。
 ここで、押し込む。
 彼女の物語を編む。そばにいれば分かる、彼女が不幸になる可能性。それを全て編み上げ、目の前に広げて絡め取る魔術。
「お師匠先生、知ってるよ」
 小さな挑発に、イーリンはどれほどの影を見たのか。呪術の網は彼女を捉え。あっという間に構えを砕く。
 早く、速く、疾く――!
 舌の裏に隠しておいたドロップを、もう一つ飲む。
 お師匠先生の飲み込んだ言葉を引き出すために。飲み込む前に、吐き出させるために。
 シンプルな斬り上げは、速いがいなせる。
 彼女の連撃が更に重くなり、襲いかかる。
 両手で盾を支えて打ち返し、押し込む。
 崩れた姿勢に更に炎を浴びせかけ、視界も、精神も、全て焼き尽くす。
 ワタシの――お師匠先生のための、檻だ。
 そして――アナタについて行くと決めたから。
 今、ここに居ない人を思い出す。
『次は』
 彼女と、フラーゴラの言葉が重なる。
 イーリンが、抜いた。自分の心身を追い詰められねば抜かない。あの冬の王、遙かなるオリオンに手を伸ばした剣を。フラーゴラに向けた。
 それは絶技に等しい速度。封印も、何も関係ない。不幸と自らを嘲る彼女の因果が、それを「振るうチャンスを与える」に等しい、絶技。
 フラーゴラも、来るとわかっている。だからこそ覚悟は容易だった。これをいなせずに、物語は紡げない。
 生と死の境目を疾るその一閃は、フラーゴラの目でも捉えきれない。しかし、何処を狙うか分かっていた。
 勝敗を決めたと断ぜられる、腕だ。
 両手で盾を支える、上半身を渾身の力で守る。
 受け止めた衝撃だけで、意識が飛びそうになる。
 少なくとも、優勢だった状況が一気に対等以下になる。
 わかっている、わかっているのだ。
 フラーゴラは顔に出さない。吹き飛びそうになるように見せた体を軽く浮かせて、全力の、あの時の彼女を思い出すように蹴り抜いた「反」撃。
「あ、は――」
 額を切った彼女が笑う、それを見逃さない。まだ、慢心がある。
 戦場にいるときのように、フラーゴラは冷徹だ。
 一気に距離を取り、炎を撒き散らす。視界を塞ぎ、彼女に着けた何重もの呪術(BS)で圧殺する。
 じわり、じわり。
 高鳴る心臓が限界まで視界を狭める。それほどの状況であろうと、心は冷静。だって、彼女だけを見れば良いのだから。
 戦争では、八面六臂で背中にも目をつけないといけなかった、そうじゃない。
 ワタシは今、彼女のためだけに全能を向けている。
 だから、逃がすことはない。
 だから
「届いた――」
 爆炎を纏った流星。彼女が踏み込み、フラーゴラに放った一閃はたしかに届いた。しかし、言葉を紡いだのは、フラーゴラだ。
 賭け。ギリギリまで追い詰められた彼女の放つ、乾坤一擲を致命傷にならないよう避け、止める。種はシンプル、盾ごと砕く一撃を、彼女から貰ったドレスの最も強靭な部分で受け止める。ただそれだけ。それは、フラーゴラが幾度も彼女の剣戟を見て。彼女の知らない実戦を幾度も経て、命の使い方を学んだからこそ天秤の上に載せられたチップ。
 だからこそ、全て分かっていたフラーゴラのほうが速い。二の矢を放たんとする彼女の胸ぐらを掴み、彼女から学んだ体術で――イーリンを書庫の屋上に。叩きつけた。

●後でお二人とも話がありますからね?
 陽炎立ち上る屋上。
 膝で立ち、肩で息をするイーリン。
 立ったまま、それを見下ろすフラーゴラ。
 二人はしばらく息を整えながら、一緒に青いドロップを舐めた。
「誕生日プレゼント、もらえた?」
 彼女が聞く。
「うん、お師匠先生。ありがとう。ねぇ、強さが対等なら、お師匠先生はワタシに背中を預けてくれる、もっと信頼してくれる。違う?」
 目を見開く彼女の、口元が緩む。
「それは、プレゼントとして名前を付けるなら、どうなるのかしら」
 汗まみれのまま笑った彼女に、フラーゴラは少し考える。
「お師匠先生と対等に戦えるって認められる上に、頼ってもらえる。しかもお夕飯を豪華にしてもらえるプレゼント、かな」
「じゃあ湯屋の招待券もつけましょう。今日はいっぱいお喋り、したくなっちゃった」
「わぁ、素敵。うん、お師匠先生と一緒に、行きたい」
 一触即発の空気はもうどこかに行って、二人は和やかに談笑する。
 ワタシの番だよ――それは、貴方に与えてくれたものがどれだけ素晴らしかったかの証明。
 それが証明できれば、一番のプレゼント。
 ささやかで、だからこそ。お夕飯も、お風呂ももっと楽しみになって。
「あ」
「ああっ」
 急いで書庫の階段を駆け上がってくる。一番弟子の足音に気づいた二人は、一緒に屋根から駆け出し、飛び降りていく。
「まさか朝一番からデートがスタートするなんて思わなかったわ」
「ちゃんとエスコートしてね、お師匠先生」
 どうか、今日はもっと素敵な日になりますようにと。
 どうか、貴方の物語が素敵になりますようにと。
 二人は誕生日に、そんな風に笑った。


<了>

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