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シナリオ詳細

<廃滅の海色>狂王は踊り、雅客は絶海を征く

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 静寂は切り裂かれ、代わって響く雷鳴と雨、波濤は絶望の声であった。
 常夏の楽園は廃滅の気配が濃くなりつつある。
 赤茶色の髪をした純白の騎士は帆船の甲板に立ち、静かに時を待っていた。
 荒々しく打ち付けられた波が船体を呑みこみ、バケツをひっくり返したような雨は帷のように降り注ぐ。
 やがて、波に、雨に混じって甲板にそれらは姿を見せる。
 それは人のような外見をして、けれど背中に帯びてを生やし、ヒレを持っていた。
 あるいは、下半身がたこのようになった美しい半裸の女であった。
 船を呑もうと立ち上がる波に紛れて迫る巨大な海洋生物であった。
 多種多様な怪物は、かつて絶望の海で名をあげた突然変異、『狂王種(ブルータイラント)』と称された生き物だ。
 唯一の共通点は、明確なる敵意と悪意を持って男を見ていることだろうか。
 対する男は、いっそ傲慢なほどに落ち着いている。
 片手に持つ魔導書を紐解き、冷たい視線が狂王種どもを見据えていた。
「生とは罪である。死もまた、罪である。故に、あらゆる生き物は須く罪に贖うものだ。
 廃れ、滅び、絶海の果てに鎖ざされよ。海とは絶望である、果てなき死の根源である」
 男の語る声に合わせ、その手に携えた魔導書は怪しい光を放つ。
 若々しい声色に絶対的な自負を纏い、男はもう片手に握る剣を天へと掲げた。
「ナルシス・ベルジュラックにおいて我は視る。
 貴様らは、死である――絶望である、滅びの感傷である。貴様らを連れる者は、我である」
 魔導書の光は一掃と激しく瞬き、男――ナルシスは魔導書に剣を突きさすように押し込んでいく。
 剣は本を貫通することなく、剣身が全て本の中へと埋没し、勢いよく引き抜かれた。
 その剣身には複数の魔法陣が刻まれ、淡い光を放っていた。
「ではこれより、貴様らに懲罰を執行する。罪に溺れて我が名のもとに触れ伏すがいい」
 ある個体は警戒し、ある個体は怒り、けれど共通して、狂王種達は一斉にナルシスへと飛び掛かった。
 そこから始まるのは、一方的な蹂躙である。
 ――ナルシス・ベルジュラックは魔種である。真の歴史なる物の遂行者である。
 たかが狂王種風情、後れを取ることなどあろうか。
「……これぐらいで事足りよう」
 幾つもの狂王種を撫で斬りにしていたナルシスは、やがてそう呟いた。
 甲板には夥しいまでの数の狂王種の死体――が1つも存在していなかった。


「……父が何を目論んでいるのか、私には皆目見当もつきません」
 申し訳なさそうに謝罪した男の名をシルヴェストル・ベルジュラック(p3n000319)という。
 天義と幻想の国境近辺に小さいながらも肥沃な土地を領する軍人貴族である。
 数年前まで保守強硬派めいた立場だったが、シルヴェストルの家督相続を経て家門存続のために中立的な立ち位置になった家である。
 保守強硬派めいた言動や動きを見せた先代当主ナルシスに至っては『遂行者』の一角であるという。
「1つずつ潰していくべきですね」
 シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が言うと、シルヴェストルが頷いた。
「その前に……海洋を見てきて頂きたい。父の頃の記録を遡ったところ、シレンツィオ・リゾートで父が出資した事業があったようだ」
「シレンツィオ・リゾートに?」
 すずな(p3p005307)が首をかしげると、シルヴェストルはこくりと頷いた。
「神の国は海洋にも手を伸ばしている。ならば、彼が出資した事業とやらも怪しいことは確かですね」
 ふむ、と考える様子を見せつつリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は言う。
「ランブラを攻撃した方が良いのは分かっている。
 だが、敵の戦力も狙いも不透明だ。
 こちらが気づいたと勘づいただろう父を相手に、攻めかかるのは無貌だろう」
「何とか敵の戦力を把握するため、手掛かりになりそうな海洋へ、行って欲しいという事ですね」
「どうして海洋にヒントがあると?」
 リースリットに続けすずなが結ぶと、シルヴェストルは小さく頷いた。
「幻想を父が攻撃しなかったからですよ。
 父は『幻想は腐敗した果実、滅びるべきだ、魔種の温床だ』と中央に上奏していた。
 それならば、幻想を攻撃している時に姿を見せた方が納得できる」
「……それなのに聖女ルルの幻想攻撃に付き従っていない。何らかの理由で海洋に赴いた可能性の方が高い、と」
 ナルシスの祖国への態度に思うところはあれど、リースリットは頷く。
「ところでナルシスが言っていたことを思い出したのですが、少しよろしいですか?」
 シフォリィはふと気になっていたことを口に出す。
「『俺は貴様に奪われた物を取りに行く』……ですか」
 シフォリィの言葉に聖騎士はしばらく沈黙した。
「領土や身分の事かと思っていましたが、どうにもそうではなさそうです」
「……そうだな、それについても考えた方が良さそうだ。しかし、『取りに行く』か」
 ぽつりと彼の呟いた声に首をかしげれば。
「いや、奪われた物に対して言うのなら『返してもらおう』とかの方が一般的ではないか、と」
 シルヴェストルはそう呟き――けれど解き明かす鍵は未だ少ない。


 絶望に満ちたフェデリア諸島――かつての大戦を彷彿とさせるその光景の中、イレギュラーズはその男を見つけた。
 幾つかの魔者達の向こう側から、男は闇の乗ったハイライトの薄い目でこちらを見る。
「……ふむ、実験にちょうどいい連中が来たようだな」
 傲慢の使徒、『遂行者』ナルシス・ベルジュラックが抱く感情は定かではない。
「しばらく見ない間に、風貌が少し変わっているようですが」
 シフォリィは男を見やる。
 赤茶色の髪とひげを蓄えた騎士は、かつては銀髪だったように思う。
「なに、少しばかり力が馴染んだだけよ」
「魔種の変化としては、大したものではありませんが……警戒はさせていただきます」
 すらりと愛刀を構えるすずなは静かに。
「貴方の周りにいる……狂王種ですか?」
 リースリットは魔物の姿を見た。それらは水棲の魔物に見える。
「流石に分かるか……そう、これらは嘗てこの海に巣食い、深き嫉妬と眠れる竜と共に大海の王者であった者共よ」
 小さく笑う男は、そう語りながら全身に魔力を迸らせる。
「貴様らがここに何をしに聞いたかは知らぬが――罪に生き罪に死ぬ子羊ども。
 神に仇なす傲慢よ、貴様らの求めるはこれらの中にある。欲しければくれてやろう」
 そう語りながらも、魔導書の輝きが強くなっていく。
 ――ただで探させてくれる気は無さそうだ。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは春野紅葉です。

●オーダー
【1】触媒の破壊

●フィールドデータ
 フェデリア海域に存在する小さな島の1つです。
 トロピカルな雰囲気のある木々の生える曇天の無人島です。

●エネミーデータ
・『鷹将』ナルシス・ベルジュラック
 シルヴェストルの実父。
 ベルジュラック領の先代当主であり、遂行者の一角。
 エル・トゥルル近郊で暴動事件を起こした他、何らかの目論みの下で行動している様子。
 傲慢の名にふさわしい野心的な性格をしています。

 戦闘能力の詳細は不明。
 前回の戦いから【反】などの迎撃方法を持つことが予測されます。
 また、剣技と魔術を高い水準で駆使する物神両面タイプです。

 皆さんが触媒を破壊するまで適度に攻撃して邪魔をしてきますが、明らかに手を抜いています。
 むしろ狂王種がどれほどやるかを見ているといった雰囲気さえ感じます。
 ある程度の段階で撤退します。

・『狂王種』共通項
 イレギュラーズへの敵意を露骨に向けてきます。
 まるで、最初からそう言うふうにプログラムされているかのようです。
 いずれかの個体が『触媒』を持っているのかは不明です。

・『狂王種』アダロ・リーダー
 白目部分のない真っ黒な目とやや長い印象を受ける頭部が特徴的な男性風の姿をした魔物です。
 全体的にひょろりと長く、細長い手の指は爪と一体化しています。
 耳の後ろや横腹から太腿にかけてエラを持ち、水陸両用を思わせます。
 ほぼ後述のアダロと変わりませんが、他のアダロよりも能力値が全般的に強力なボス個体です。

・『狂王種』アダロ×3
 白目部分のない真っ黒な目とやや長い印象を受ける頭部が特徴的な男性風の姿をした魔物です。
 全体的にひょろりと長く、細長い手の指は爪と一体化しています。
 耳の後ろや横腹から太腿にかけてエラを持ち、水陸両用を思わせます。

 全体的にぬめりけのある肌は高い防技や抵抗として反映され、反応速度も高め。
 武器は両手にそれぞれ持つ銛のような何か。
 武器の形状から、貫通属性や中距離まで届く単体攻撃などが予想されます。
 【出血】系列や【毒】系列のBSを与える可能性があります。

・『狂王種』スキュラ・レディ
 下半身が蛸のような触手になった女性の魔物、所謂スキュラです。
 ほぼ後述のスキュラと変わりませんが、他のスキュラよりも能力値が全般的に強力なボス個体です。
 他の個体と異なり、パッシブに【復讐】を持ちます。

・『狂王種』スキュラ×3
 下半身が蛸のような触手になった女性の魔物、所謂スキュラです。

 HPが豊富で多数の足を利用した高いEXAや神攻が特徴的です。
 多数の足を利用した多段ヒット攻撃の他、多数の魔術を行使します。

 水圧カッターの要領で撃たれる攻撃には【出血】系列や【致命】の可能性を有し、
 大気中の水分を利用した攻撃は【窒息】系列、【足止め】系列の可能性があります。
 この他、それらを凍らせることで【凍結】系列の警戒も必要となるでしょう。

・『狂王種』シーサーペント×4
 いわゆるシーサーペント、巨大な大海蛇です。
 巻き付きや噛みつきなどの攻撃の他、口から水流を放射する攻撃を持ちます。

 水流攻撃には多段ヒットする単体【スプラッシュ】、直線上を薙ぎ払う【貫通】型の2種類があります。
 これらの水流には【不吉】系列のBSを呼ぶ効果があります。
 また、辺りどころが悪ければ【ブレイク】や【飛】なども考えられます。

●NPCデータ
・『沃野の餓狼』シルヴェストル・ベルジュラック
 天義の聖騎士であり、軍人貴族。
 ナルシスの実子であり幻想との国境近郊に小さいながらも肥沃な土地を有する領主です。
 かつてナルシスの天義への謀反を察知してナルシスを追放、家名の存続を図りました。
 リプレイでは登場しません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <廃滅の海色>狂王は踊り、雅客は絶海を征く完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月17日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
すずな(p3p005307)
信ず刄
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

リプレイ


「……研究所のモルモットに向けるかのような視線というか何というか。気分の良いものではないね」
 こちらを、というよりも自分達を含めた戦場を観察するような瞳に『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)はそんな感想を抱いていた。
(こちらが探すこと自体を止めないということは損失になっても困る程のことではないということだし……とはいえ、情報源になりうるものは何にでも手を伸ばさないといつまでも後手に回るだけ)
 冷静に観察するその意識は広域を俯瞰するように戦場を見定めている。
 そのままの勢いで振り抜いた指の先から射出された自らの血液は戦場を翔ける。
 徐々に矢のような形状へと変化したそれは空で炸裂すると、血雨となって戦場に降り注ぐ。
 シーサーペントを撃ち抜いたそれらは内側に籠められた魔力の効力により、狂王種達の動きを抑え込む。
「男子三日会わざれば、というのは異界の格言でしたか。もはや男子という歳でもなさそうですが」
 そう告げる『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が剣を払う視線の先、若々しさを取り戻したような魔種はその場で立っている。
「呉下の阿蒙にあらず、という奴か。誉め言葉と受け取っておこうか」
 ふ、と笑ってみせたナルシスはけれどその瞳に笑みはなく、獰猛な闇があるだけだ。
「どんな理由があろうとも、私達はこんなところで負けませんから」
「そうでなくては実験の価値もないわ」
 夜の闇を思わす片刃剣が打ち出され、描いた切っ先は堕天の呪いを撃ち落とす。
 牙を剥くシーサーペントへと叩きつけられた堕天の輝きはさながら獲物を取り囲む結界のように広がりを見せる。
「懐かしい海の色だ。絶望の青に挑んだ頃を思い出すよ。
 だが……私の冒険を否定されているようで面白くない景色だね」
 義腕の出力を上げる『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)の言葉は何も彼女だけの思いではあるまい。
「何を持って間違いと言うかは知らんし、真の歴史とやらがあるというなら学者の端くれとして興味はあるけれど……私たちの足跡を否定はさせないよ」
「そうか、お前達の足跡なぞ、消えようが消えまいが俺には興味もないが」
「触媒の在処、どうして教えてくれるんですか?」
 気づけば『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)はそう問いかけていた。
「実験……狂王種の戦闘力を図りたいなら高みの見物をした方が確実です。
 手を出してくるなら……触媒の在処を言わなければ、もっと私たちを手こずらせられると思うんです。
『欲しければくれてやろう』……触媒は大切じゃないような言い方。本当の思惑は何ですか?」
「さてな、それを知りたければ、戦ってみれば分かるのではないか? 俺はそう多くを語る方ではないぞ」
 ユーフォニーの問いかけに、そうナルシスは答え――けれど、小さく笑い。
「だが、しいて言えば――そうだな。俺は意外と、貴様らを『買って』いるとしたらどうだ?」
 思ってもいなさそうなことをさらりと告げ、ナルシスは剣を振り上げた。
 それが号令であるかのように、魔獣たちが動き出す。
 その有様に驚きつつも、ユーフォニーはドラネコのリーちゃんを空へ。
「ナルシスね。水面の自分へ見とれてそのまま溺れ死ねばいいのに」
 愛刀を構える『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)は明確な敵意を見せるものだ。
「なんだって海洋まで来ちゃったかなあ。ここはね、俺の愛する国なの。
 好きになんてさせないからね。女王陛下へはむかうやつは、なで斬りにするよ?」
「はっ、海洋の女王なんぞどうでもいいが、撫で斬り? 出来るものならしてみせろ」
「その余裕がいつまでもつかな」
 そういうや、史之は動き出す。
 立ち向かうように行く先でアダロたちが銛のような武器を構えだす。
 滑るように飛び込んだままに開いた斬撃が戦場を一閃する。
「ふむ、実によく動くものだ」
 ナルシスの持つ魔導書の輝きが強まり、剣へと集束していく。
「どう見ても本気ではありませんが……卿を好き勝手させておくのは厄介極まりない。
 下手な横槍で万が一があってはいけませんので。お相手願いますよ――ナルシス卿」
 切っ先に集めた魔力を打ち出さんとするナルシスへ割り込んで見せたのは『簪の君』すずな(p3p005307)である。
「ふ、剣客の犬っころか」
「狼ですが!」
 激しい競り合いと金属音が響く。
「前に対峙したのはノルトケルクでしたか。久方ぶりにお会い出来ましたね」
「そうだったか。そうだったな?」
 熱を帯びるようなすずなの剣閃がナルシスの意識を絡め取る。
(この狂王種……制御されている?)
 静かに構える狂王種らの動きに『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)はそんな感想を抱く。
「……実験と言いましたね、ナルシス・ベルジュラック。
 では、貴方が此処で何をしているのか、暴かせていただきましょう」
「はっ、やってみせよ。ファーレルの小娘」
 すらりと緋炎を構えたリースリットはナルシスが笑う声を聞いた。
 既に戦いは始まっている。
 数多の精霊達へと働きかけ振り払った精霊光が眩く煌き、スキュラたちの群れを猛威の裏に叩き落とす。
(一体ナルシスの狙いは何なのだろう……
 今は目の前の状況を打開するしかないけれど、もう少し追いかけて探る必要がありそうだね)
 キューブ状の魔力を浮かべながら、『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)はナルシスの思惑を推測するように試みていた。
 既に戦闘は始まっている。
 切り替えるようにして放つ魔弾は戦場を駆け抜けスキュラを中心とした一帯へと降り注ぐ。
 キューブ状の雨は戦場に昏き帳を下ろし狂王種達を苦しめて行く。


 こうして始まった戦いは、イレギュラーズの優位を以って進んでいる。
「君たちそんなんでイレギュラーズを相手にできると思ったの?あー言葉通じないかあ。ま、いいか、ここで終わるんだものね、アハハ」
 狂笑するままに打つ史之は愛刀をアダロの集団に向けて斬り払う。
 無数に紡ぐ苛烈なる連続斬撃はその一太刀一太刀さえも美しく。生み出される衝撃波が作り出す不可視の檻。
 それは実りの果実を振り落とす雨の如く、アダロ達を諸共に削り落とす。
 悲鳴のようにも、ただ呻いているだけのようにも思える独特な嗄れたような声が戦場を揺らし、刻まれた傷口からは黒い靄が溢れ出す。
「騎士としての誇りを捨て、同じ騎士であったものの矜持をも踏み躙った――何れ、報いは受けて頂きますよ、ナルシス卿」
「騎士の誇りか。面白い冗談にもならぬな。そんなもので国が守れるか」
 百花繚乱の剣戟を磨り潰すような力業の反撃を受け止めながら、すずなの眼差しは真っすぐにナルシスを見据えている。
 澱んだ昏い瞳には揺らぎはない。
 紡がれる連撃、それを遮るように雲雀が動く。
 追撃とばかりに紡がれるナルシスの斬撃を打たせまいと放った血の矢は天に輝く星を描いた。
「……目障りな」
 舌を打つナルシスが顔を上げた。
 空に輝くは血色の星。
 あらざる星は今この時にのみ輝く死兆星。
「すずなさん、少し下がって大丈夫だよ」
 矢を模る緋血傷器が壮烈に輝く死兆星となりて空に輝いているのだ。
 眩き星の輝きの如き一撃がナルシスの動きを封じ込める。
(シーサーペントは確実に止めなくては……)
 シフォリィは愛剣を振るう。
(……とはいえ)
 少しばかり考え、シフォリィは眼前に浮かぶシーサーペントへ視線を向けた。
(この際です、1体ずつ確実に落としましょうか)
 振り抜いた愛剣は夜の闇に咲く花火のような火花を幾つも浮かべ、シーサーペントの動きを絡め取っていく。
 力戦する4人が敵の動きを封じ込める中、他の4人の攻めは順調にスキュラを撃退しつつあった。
 反撃の攻撃の重いスキュラ・レディとの戦いは順調に進んでいる。
 スキュラ・レディを結界の内側に封じ込めながら、リースリットはちらりとナルシスを見やり、その手の書物に視線を向けた。
(あれは確かエル・トゥルルから持ち出したという聖書の写本。
 ノルトケルクの惨状はあの本の力だったようだけれど……まさかそれしか使い道が無いという事は無いでしょう)
 ――ならば、とリースリットは更に推察を重ねるものだ。
(あの足の間合いに入るのは拙い)
 マルクは冷静に分析しながらワールドリンカーに術式を構築する。
 浮かび上がるキューブ状の魔弾は膨張と凝縮を繰り返し、たった一つの魔弾となる。
 射出された魔弾は尾を引きながら緩やかな放物線を描いてスキュラ・レディへと炸裂する。
 合理性と技巧の粋を極めし魔弾は究極の一。
 爆発的な一撃がスキュラ・レディの半身を削り落とす。
 穿たれた風穴から溢れ出すのは、黒い靄のような何か。
「先程から狂王種の様子を伺っているようだけれど、何か気になる事でもあるのかな?
 質問があれば答えてあげよう。これでも狂王種に関しては専門家なのでね」
 ゼフィラは注意を惹きつけるようにしてナルシスへと問うものだ。
「いいや結構。何も気になっているわけではない故な」
 素気無くそう返すナルシスの視線は興味があるが故の視線というよりも、確認しているような故のように見える。
「ふむ、それは残念だ」
 術式を発動し、浮かび上がった魔法陣に魔力を落とす。
 美しき聖歌の音色が戦場を包み、仲間達の傷を癒していく。
「じゃあ、何が気になってるんですか?」
 ユーフォニーは耳に入ってきた会話に問いかける。
 美しくも恐るべき燐光の魔術をスキュラ・レディへと撃ち込みながら、そう問いかける。
「ふ――言っただろう、娘。そう簡単に話すような男ではないと」
 笑うナルシスは、ユーフォニーが撃つあまりにも壮絶なる天運と輝きに魅入られるように目を細めている。
 それ受けるスキュラ・レディは――昏い靄さえも塗り潰す万華鏡の輝きの内に消えていく。


 鮮やかに散る燐光に導かれるように、世界も変わる――と思われた。
「……どうやらスキュラの中には触媒は無かったみたいだね」
 雲雀は状況を把握しながら声をあげた。
 地上に円を描いた魔法陣が堕天の色濃き光を放つ。
 眩いばかりの光は戦場を包み込み、シーサーペントたちを締め上げて行く。
 低い声をあげたシーサーペントたちは敵意を見せつつも、締め上げられ動きを封じ込められている。
「……シーサーペントの中にもいるわけではなさそうですし、あるとすれば」
 その様子を見つつ、シフォリィは手に馴染む結界を籠めた刺突を叩きつける。
 踏み込みと共に放たれた一撃がシーサーペントの身体を貫き、同時に術式が起動する。
 視線の先には、抑え込まれるアダロのリーダーがあった。
「狂王種との戦いは、あの海に挑んだ者にとっては慣れたものさ。狂王種を従えて何をする気かは知らないが、相手を間違えたね」
 自分の中にある狂王種の知識を参照にしながら愛銃の引き金を弾いた。
 炸裂する魔弾は幾つもの魔力で出来た小さな鳥のようになってシーサーペントを撃つ。
「そうか……ならばこそ、都合がいいな?」
 対するナルシスはどこまでも余裕であった。
「都合がいい……?」
 ユーフォニーは再びその声に疑問を持つものだ。
「私達が狂王種を倒すのが都合が良いんですか?」
 疑問を呈しつつも、既に彩波揺籃の万華鏡は戦場を包み込んでいる。
 鮮やかなる燐光と共に空に浮かび上がった万華鏡が、その輝きを強め――炸裂する。
 放たれる燐光はあらゆる物を美しい物として魅せる無数の鏡となり、内側にあるシーサーペントに壮絶なる魔力を叩き込む。
 ナルシスを単身で相手取るすずなは敵が露骨な手抜きをしていることもあって比較的余裕を持っていた。
「根比べと参りましょう? ――それとも、此処で本気を出しますか?
 良いですよ、此処で手の内を見せて貰えるなら喜んでお付き合いしますが!」
「はっ、きゃんきゃんと良く吼える。やはり犬か? そんなに見せてほしければ一太刀ぐらい見せてやろう」
 出された脚を天性の直感で躱したすずなの視線の眼前に白刃。
 それも何とか躱せば、直後に追撃かあるいはそもそもそういった技であったか、斬撃が大きくすずなに襲い掛かる。
 愛刀で何とか受け流し、間合いを整える。
「自分が血まみれになる気分はどう?
 ねえねえ、何とか言ってみせてよ。期待はしてないけどさ」
 そう、笑いながら愛刀を振るう史之の声はいっそ愉しそうにさえ聞こえようか。
 洗練された動きから放たれた外三光、流れるままに描く連撃は大瀑布を思わす夥しい出血を伴う物。
 けれど、それが流すは血には非ず、ただ黒い靄のような何かだけ。
(やはりこれは写本の使い方に関する実験。狂王種を従えているのはその力……というより……触媒の事も考えれば、普通の狂王種である筈がない)
 リースリットは精霊剣を振り払った。
 アダロ・リーダーの身体に刻まれた傷が黒い靄をこぼす。
(他の遂行者は皆、影の兵の類を率いて居た。あれらの由来は致命者同様アークの人形という程度の認識でしたが……)
 小さく、リースリットは吐息を漏らした。
「この一撃で、確実に決める!」
 紡がれる連撃の終わり、マルクは魔力を束ねる。それはいつか蒼穹へと至る誓いの剣。
 暁闇を裂く旭光の斬撃がアダロリーダーの身体を両断、蒼穹を拒むような昏い靄が雲を作り消えていった。


 世界が、変わる。頁をめくるように、塗り替えるようにして、景色が切り替わる。
 穏やかな静寂の海が齎す潮風が鼻をついた。
「ふむ、素晴らしいな、貴様らを相手に良く戦ったものだ」
 ナルシスが小さく頷き笑った。
「で? これで終わりじゃないんだろう、ナルシス? そんな顔だよ?」
 史之は剣を構えるままにナルシスへと問う。
「いいや? これで終わりだ。充分、満足のいく成果も得られた。
 貴様らの事だ、どうせまた追ってくるのだろう――また会うこともあろうな」
「貴方が恨んでいるのは幻想の筈! この海洋で一体何を企んでいたのですか!?」
 すずなは愛刀を振り抜き、競り合うままに問う。ナルシスの視線が僅かに背後を見た気がして――小さく頷くような声がした。
 再び蹴りつけられそうなところ跳躍すれば、敵の追撃はなく。
「幻想か……あの腐った果実はいずれ滅びればいい。だが俺にはその前にせねばならぬことがある」
 ナルシスはそう言うと、剣をだらりと下げた。
「これらは、狂王種ではありませんね? いえ、正確に言うならばそれを使って生み出したコピー、といったところでしょうか?」
 リースリットは戦場から消えた狂王種達から視線をあげた。
「正解だ、ファーレルの娘。そう、これらは写本より生み出した狂い果てた魔物の群れよ」
「……取りに行くと言っていたものとは別件ですか?」
「ふむ、取りに行く、だと?」
 リースリットの問いに、ナルシスが不思議そうに首をかしげる。
「奪い返すではなく取りに行く。この言葉に違和感を感じていました」
 立ち去らんとするナルシスへと、シフォリィは剣を構えるものだ。
 その声が耳に届いたか、ナルシスが立ち止まる。
「以前から持っていた物なら、返してもらうと言う筈です。そこから推察するに、元々それを持っていなかった……いえ、機を熟した今ようやく身を結んだものではありませんか?」
「ふむ、俺はそんなことを言っていたか? だとすれば、どうにも浮足立っていたらしい。
 それで、どう思う、シフォリィ・シリア・アルテロンド」
 冷やかな瞳が、真っすぐにシフォリィを見る。
「貴方が出仕していた事業というのはなんだったのでしょうか? もしやそれが関係しているのでは?」
「正解だ」
 ナルシスは笑った。誰かを嘲るような色合いが含まれているのは気のせいではないのだろう。
「『奪われた物を取りに行く』……当主としての地位と力を維持する、歴史そのものが狙いか?」
 続けて問うたのはマルクである。
「ふ、魔術師よ。それは取りに行くものではない。俺が奪うべきものだ」
 叩きつけられた極大なるキューブ状の魔力を斬り裂いたナルシスが短く笑って答えた。
 圧倒的破壊魔術の余波はナルシスの身体に少なくない傷を刻み、反撃の斬撃がマルクにも浅からぬ傷を生む。
「単刀直入に聞きます! 奪われた物を取りに行く、って何があったんですか?」
 ユーフォニーは不意に問うもので。
「それを知って何とする?」
「……私はナルシスさんのことも知りたいです。自由でこそ命で、命あってこそ世界ですから」
「……自由、か。きっとお前の世界は色づいているのだろうな、万華鏡の娘……
 ふむ、そうだな。随分と大昔、我が家が軍門として台頭するよりも遥か昔のことよ。
 どこぞの馬鹿が我が家の家宝――聖遺物と言い換えても良いが、それを国外に売り払ったことがある」
 それは一見するとあまりにも突然な答えだった
「……それがどうして奪われた物になるんです?」
「買い戻したそれを、うちの愚息は愚かにも聖都に返却したらしい……全く、はらわたが煮えくり返る。
 あまりに不愉快ゆえ、その代償を取ってもらう、ただそれだけだ」
 自嘲するような声で笑った男は小さく何かを口走り――閃光が放たれた。
 光が収まる頃、ナルシスの姿はどこにもなかった。

成否

成功

MVP

ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

状態異常

寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結
すずな(p3p005307)[重傷]
信ず刄

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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