PandoraPartyProject

シナリオ詳細

揺蕩う白雫

完了

参加者 : 2 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――シレンツィオにおける戦いが終わってから暫く。
 海は静寂と平穏を取り戻しつつあった。
 荒波の如き騒乱の傷跡も、いずれは全て癒えるだろう――故に。
「わぁわぁ! 久しぶりね十夜さん――元気だった?
 えにちゃん、この人がお父さんなのよ! ふふ、そっくりよね!」
「…………えにちゃん?」
「あー……まぁ、その。そういう感じなのは、そっちだってよく分かってるだろ?」
「ふふ。縁さんのお母さん、元気なお人やねぇ」
 十夜 縁(p3p000099)は蜻蛉(p3p002599)らと共に此処に至っていた。
 蜻蛉『ら』と述べたように二人だけではない……傍に在るのは冽・十夜にキリエの二人である。その二人は縁の父と母。そう。長年再会できていなかった二人が遂に再会した訳だ――
 事の発端はシレンツィオの戦いに姿を現した冽・十夜の噂をキリエが聞きつけ、胸に抱く熱の儘に駆けつけたのが始まり。『とーおや、さーん!』なんて声を挙げながら冽・十夜
に抱き着いてきて……そして、あれやそれやとしている内、に。

「ふふ! ねぇねぇ折角だから、皆で海に行きましょ?
 なんでもね。『白雫』が見れるらしいのよ――!」

 キリエが皆を(返答聞く前に)海へと連れ出したのだ――流石は『恋多きゆるふわ暴走乙女(バーサーカー)』とも形容される魂の持ち主である。彼女の愛は万物に降り注ぎ、そして愛を与える事に関しては猪突猛進が如く!
 そうして辿り着いたのはシレンツィオ近海の海中。
 透き通る様な海の色。眼下を眺めれば穏やかに魚達が動き、珊瑚なども見られようか。
 よい景色の場所だ――が。キリエの目的はソレだけではない。
 彼女が言う『白雫』とは。
「あぁ……たしか、海でも溶けない雪だったか。
 そう言えば昔も似たようなモノを見た事がある、な」
「ふふ、そうね。あれは何処だったかしら――王都の浜辺だった? それとも郊外のテンターランドだった? 綺麗だったわよね! そう『二人で見ると仲が深まる』なんて伝説もあって、十夜さんと見れてあの時はホントに嬉しかったわ!」
 水中に振る『雪』である。『白雫』もしくは『パウダー・ホワイト』とも呼ばれるモノで……海や水に浸ろうとも消えぬ性質を宿している。厳密には永遠に溶けない訳ではなく、海底などで長い時間が掛かればやがては同様に蕩けるらしいが。
 しかし瞬時でなければ水中にすら降り注ぐ雪として――景色を楽しめる。
 ……冽・十夜とキリエの胸中にあるは、過去の記憶だろうか。
 遠い、縁がこの世に生れ落ちる前に紡がれた――二人だけの世界の記憶。
「……やれやれお熱いもんだ。俺に見えねぇ所でやってほしいもんだが、な」
「でも。海でも見える雪なんて珍しいもんやし、折角だから一緒に――っと?」
 そんな二人の背姿を見ながら縁はなんとなし吐息を零すものだ、が。(当初こそ無理やりであったが)ここまで来たのだからその雪を一目見てみようと微笑みを宿す蜻蛉と共に進んでいく――
 されど。そんな彼らの視界の前に現れたのは。
「……なんだ? クラゲか? それにしちゃ妙に大きいな」
「わぁ。ふわふわ浮いてて可愛いわね。ちょっと触っても――」
「――待て」
 少し大きめのクラゲだ。体は透明な様な、白い様な……
 キリエが思わず手を伸ばす――が。それを素早く冽・十夜が押しとどめる。
 ――直後に感じるは電流の一端だ。
 それはクラゲの自己防衛だろうか。それとも彼らなりの攻撃だろうか。いずれにせよ彼らは近付いた者に無差別に電流を叩き込んでくるらしい――こんな者達がいては、おちおち雪を楽しむのもままなるまい……
「……あまり前に出すぎるな」
「十夜さん、心配してくれるの? ふふ。変わらずずっと――優しいのね」
「なんにせよ、まずはこのクラゲさん達を払った方がええやろね――」
「ああ。そうさせてもらうとしようか。雪が降るまで、もう少し余裕はありそうだしな」
 短い言葉ながら、キリエを護る様に前へと立つ冽・十夜。
 同時に蜻蛉も縁もクラゲ達を追い払う為に――動き始めようか。
 早々に片して、純粋に雪の景色を楽しませてもらうべく。
 あぁ――白い雫が少しずつ、少しずつその気配を見せ始める。

 その光景が見れるのは、今だけなのだから。

GMコメント

 お待たせしました、リクエスト有難うございます――以下詳細です。

●目標
 クラゲを追い払い、ゆったりとした一時を過ごしましょう。

●フィールド
 シレンツィオ・リゾート近海の海中です。
 この辺りで、珍しい『雪』が降る事が観測されました。
 それは『白雫』とも呼ばれ、海や水に溶けない(厳密には非常に溶けにくい)性質を宿しているモノです――水中から眺める事も出来る雪の光景は正に絶景と言えるでしょう。手に取ってみれば儚く消えたり、暫く残ったり。
 なんでもキリエ曰く『二人で見ると仲が深まる』伝説があるのだとか。
 白い雫を眺めながら、今までの想い出やこれからの未来に想いを馳せてもいいかもしれませんね。
 かつてはキリエと冽・十夜も――本島近くの方で眺めた事があるそうです。

 シレンツィオの戦いも終わり、この辺りは今穏やかな海となっています。
 当然、海中も……なのですが。どこから流れ着いたのか、ちょっと大きめのクラゲが揺蕩って来ているようです――近付くと電撃をびりりと流してくる様子。このままでは落ち着けないので、追い払ってから景色を楽しみましょう――

●敵戦力
『ホワイト・デメ・ジェリーフィッシュ』×複数
 一言で言うとちょっと大きめのクラゲです。
 ふわふわと浮かんでいますが何かしらの生物が近付くと狂暴となり、電撃を発生させ獲物を麻痺させて捕らえんとする能力がある様です。しかし全体的な能力は決して高くない為、落ち着いて戦えばそこまで労せずに倒せることでしょう。

●冽・十夜
 亜竜集落ウェスタ出身の亜竜種にして縁さんの父親。
 クラゲたちに対しては、キリエさんを護るようにしながら戦う事でしょう――
 キリエさんが近くにいても表面上、いつも通り冷静な風ですが……? なんとなし顔や視線を合わせてない様に感じます。それは久々の再開であるからか――もしかしたら気恥ずかしいのかもしれませんね。

●『揺蕩う恋華』キリエ
 縁さんの母親。久々に出逢う事が出来た冽・十夜さんにふわふわテンション。えにちゃんとも一緒にいれて胸の奥は高揚感で一杯の最中です。クラゲさん達にも「まぁまぁ!」と興味津々。落ち着きなんてありません。
 『恋多きゆるふわ暴走乙女(バーサーカー)』は何もかもが楽しいのです!
 白雫を見る事が出来れば、かつて冽・十夜と過ごした日々を想起する事でしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 揺蕩う白雫完了
  • GM名茶零四
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年11月30日 23時15分
  • 参加人数2/2人
  • 相談7日
  • 参加費---RC

参加者 : 2 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(2人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜

リプレイ



「えにちゃん! えにちゃん! クラゲさんが一杯よ、ほらほら!」
「……やぁれやれ。この歳でその呼び方は勘弁してほしいんだがなぁ、ったく……」

 零す吐息。『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)が視線を向ける先にいるのは――未だ心も体もふわふわと朗らかなキリエに対して、であった。先程警告されたばかりだというのに、彼女は未だクラゲに対して大した警戒心を持ってすらいない。
 或いは。好意的に解釈するならば――信じているから、であろうか。
 久方ぶりに会えた冽・十夜や、息子たる縁の事を。
「随分と綺麗なお人よねぇ……ふふ。いきなり縁さんに抱き着くから『誰やのその女!』なんて。たてはちゃんみたいな事を言うてしまう所やったわぁ」
「母親だぜ? 勘弁してくれ」
「ふふ。一度くらい、たてはちゃんみたいに言うてみたかったんは、本当」
 ……母上様で良かった、と呟くのは『曙の花』蜻蛉(p3p002599)か。
 なんとなし、あの縁さんが振り回されている様な気もする。
 だけれどもソレが嫌な訳ではないのだろう――
 吐息を零す刹那の中に、縁に陰たる気は一切見えぬから。
 ……ま、何はともあれまずはクラゲ達を追い払うとしようか。
「お袋の方は――親父に、な」
「……」
 と。再度縁が視線を滑らせた先にいたのは、冽・十夜である。
 『十夜』。その名を姓だとキリエが勘違いし、それが故にこそ縁は『十夜 縁』なのだ。
 全てを悟った今となっては――本来たるべき名は『冽・縁』なのだろうか。
(まぁ、細かい事は――いいだろうなぁ)
 だけれども今更『十夜 縁』たる己の本質が変わる訳でもなし。
 苦笑の色を口端より零し、そして蜻蛉と共に至る。
 まずはクラゲ達の気を引くとしようか。彼が前へと出でれば、少なくともキリエの方に向かう個体は少なくなるはずだ――同時に蜻蛉は一歩引いた所で、周囲の状況を俯瞰する様に眺めるモノ。
「母上様の方に電流が流れたりしたら、大変やもんねぇ」
「すまない。助かる」
「ええですのよ。ふふ」
 それは縁の治癒や支援を主とする為――ではあるが。
 それだけではない。同時に冽・十夜やキリエの方にも注意を向ける為でもある。
 冽さんの方は戦う事に慣れてるからそう心配はいらんかもしれんけど。
 母上様の方は、ちょいと心配やろうしねぇ。
「……すまねぇな。頼んだぜ。
 あの通り、色々とぶっ飛んだ母親だがね。これでも感謝はしてるのさ」
「勿論。任せといてぇなぁ」
 その気遣い。受けて縁は蜻蛉へと言を紡ぎ――そして往く。
 クラゲ共を一掃すべく。『気』の流れを操りて穿つその術は。
「まぁまぁ! あれって昔、十夜さんが見せてくれたやつよね!」
「あぁ……そんな事も、あった気がするな」
 そう。キリエが『懐かしいものを見た』――と述べる様に、それは冽家に伝わる術が一つ。
 それこそ縁と冽・十夜の結びつきの一端でもあろう。しかし。
「へぇ――お袋に見せた事があるのかい?」
「成り行きで、な」
「そうねぇ! たしかアレは、えーと。夜に海を歩いてたら、とっても狂暴なイルカさんに襲われちゃった事があるのよね! その時に十夜さんがね! ばーってして、びゅーってして! どーんってしたのよ!」
 身振り手振り、大きく動いて昔の事を語るキリエ――
 全くもって微笑ましいものだと蜻蛉は何処か思うものだ。
 気恥ずかしいのかなんなのか、冽は額に手を当ててキリエから眼を逸らす様にするが――キリエは止まらない。『あの時はすごかったわよねー! 十夜さんが飛び出して来てくれたのよ!』なんて嬉し気に語り続けるものだ。
 まるで昨日の出来事であるかのように。
 縁が生まれた前の出来事であれば最早十や二十所ではない筈なのに。
「愛が深いお人やね」
「俺の記憶にある限りから、ずっとあんな調子なんだけどな」
 ともあれ、と。縁はそのままクラゲ共へと術を幾度も撃ちこもうか。
 さすれば冽もキリエを庇える位置にいながら、同様にクラゲ共を薙ごう――
 本家本元の秘術。しかし――まぁ。
「やっぱり似てるわねぇ、こうして見てると」
 キリエは言うものだ。彼らの後ろ姿は――そっくりだと。
 勿論、冽の方には亜竜種としての翼があり縁の方には無い。
 だから姿恰好が完全に一致しているか、と言われればそうではないが。
 だけど。雰囲気が似ているのだ。初めてキリエが冽を背中から見た時の様に――
「やれやれ。お袋がまたはしゃぎ出しそうだし……ちょっとばかし急ぐかね」
「そうだな。危機意識があるかも分からない所だ。注意が逸れれば『ちょっと通るわね!』なんて」
「ああ言う言う。絶対言う。こっちの心配も他所に、気ままなんだよなぁ……」
 さすれば縁と冽は攻撃を苛烈へと導こうか。
 クラゲ達も電流を放ちて抵抗してくるものだが――しかし蜻蛉が逐一に治癒の力を降り注がせれば大した問題ではない。あぁ、そうだ。
「そういや、今日はこっちの方でもええかもねぇ」
 ふ、と。思い出したように蜻蛉は指先を向けるものだ。
 彼女が新たに紡ぐのは――愛を求めた天使の口付け。
 愛しい人に向ける秘儀。愛しい人の為の、秘術。
 ……好きなお人には、よお効くみたいやし。
「海の雪が降る日には――相応しいやろね」
 包まれるは暖かな流れ。
 そうして傷が癒えれば――縁にしろ冽にしろ、早々にクラゲ共を追い払えるものだ。
 大した傷もなく。これにて邪魔する輩は馬に蹴られ……いや。
 竜と海の化身に蹴られて――いなくなったと言えるのだろうか。


「えにちゃん凄かったわね! あんなことまで出来る様になってるなんて!」
「だからえにちゃんって言うのは――ああまぁ良いかもう。
 とにかく。これで危険はなくなったろうさ。後は『雪』を楽しむとしようかね」
 まーた息子に抱き着こうとしてきたキリエを、指一本彼女の額に当てて押しとどめるものだ。腕をぐるぐる回すキリエを冽が背後より回収すれば――さて。此処からが今回の本番だ。
「……俺達は向こうの方で見てみるとしよう。
 白雫はたしか、局所的に多く降り注ぐ様な箇所もあった――と聞いている。
 別地点に赴いても、十分に楽しめるだろう」
「あっ! それ昔私が十夜さんに教えた事よね! もが!」
 と。積もる話もあるからであろうか……冽はキリエを連れて、少し離れた所へと赴く様だ。口から言葉が止まらない彼女を連れていけ、ば。
「ふぅ……ま、暫くゆっくりさせてやるとしようかね。
 正直俺も、どんな顔で見てりゃぁいいのかわからん。
 仲睦まじいのはいいことなんだが」
「ふふ――あっ。見ぃひん? 縁さん。これが白雫、なんやねぇ」
 縁は本日何度目か分からぬ吐息を零すものだ。
 しかし――その時だった。蜻蛉が言葉と共に指差してみれば。
 天より雪が降り注いできている。降り止まぬ雪、だ。
 クラゲさん達がおらんようになった視界で――世界に白い雫が満ちていく。
「わぁ……手の平の上でなら、消えるんやねぇ。話に聞いてた通りや」
「成程な。こいつぁ確かに、珍しい光景だ」
「ほんに、冬景色の中におるみたい。綺麗やねぇ」
 然らば蜻蛉は手を伸ばし、その雫を一片手の平に招待しようか。
 見てくれは地上で降る雪と変わらぬ。
 だけれども、海の中の静けさの中にある雪が消える時は――淡く。世界に蕩ける様に。
 儚く消えるのは一緒なのだけど。海の青に漂う白は、また別の世界の雪の様で。
「……お袋たちも、今ははしゃいで見てるかねぇ」
「やっぱり、気になるん?」
「ん。まぁ、な――」
 刹那。縁が、自ら認識したかも怪しい程に自然に漏らした言の葉は、母の事であった。
 それはこの幻想的な空間が誘ったのだろうか。
 ……まぁ。別に蜻蛉を相手に隠しておくほどの事でもなく。
「お袋みたく何でもかんでも素直に愛せてりゃぁ、もうちっと生き易かったんだろうが……流石に、そう都合よく似なくてな。むしろ俺は、親父の方に似たと言えるのかね――今となっては」
 そのままに。口を動かし続けるものだ。
 眼を細めればやはり雪が煌めく様が目に映りて。
「ま、その親父と過ごした記憶は一切ねぇ訳だが……
 その分お袋が愛情注いで育ててくれたんでな」
「あんな風に?」
「あぁ……そりゃもう胃もたれするくらいに、な」
「ははぁ……でも、愛情たっぷりやったのに、どないしたらこないに捻くれてしまうのやろ」
「……手厳しい事で。ま、強く反論も出来ねぇもんだが」
「手厳しいことない、素直な感想よ」
 苦笑。あぁ……蜻蛉にとっては、なんとも嬉しい一時なものだ。
 だって。珍しく自分の事を語ってくれるもんやから。
 いつもだったら揺蕩うように、どこか流れに身を任せて『はいはい』的に。
「迷って、遠回りして――たった一つ掴むだけで精一杯だ」
 なのに。今日はどこか。
 彼を感じる気がする。いいや、ずっと縁は傍にいてくれてるのだけど。
「……綺麗なものを見ると、心も素直になるんやろか。この雪のおかげやね」
「ははっ――そうかもな」
 だから。
「今からでも遅いことあらへんよ──これからでも、愛したらええやないの」
 だから。共に在ろう。
 彼が手をそっと握ってきてくれれば、それを受け入れる様に。
 天より降り注ぐ雪を。同じ世界を。共に――眺めながら。

 同じ時を、歩んでいこう。
 同じ世界を、見ていこう。

 ……ほんまに、どうしようもない人。
 自分でも呆れるくらいに求めた人。
「……もう、離したらあかんよ」
「……あぁ勿論だ」
 握られた手、そっと導いて指を絡めれば、それは『恋人繋ぎ』
 誰ぞに許す訳ではない。彼だからこそに絡ませる、たった刹那の触れあい。
 ……ひとつ願いが叶えば、またひとつ想いが果て無く膨らむ。
 蜻蛉も。縁も。
 二人の水面は今、穏やかな静寂だろうか。それとも微かにさざ波立っている、だろうか。
 まぁ。なにはともあれ伝説はさて置き。
 もしももう一度。またこの光景を見られる日が来るんなら……
(……その時も隣に願うのはこの温もりだ)
 他の誰かではない。
 きっと小指の先に糸が見えるなら――彼女に、繋がっているのだろう。
「えにちゃーん!! かげちゃーん!! いるー!!?」
「……あぁ。そんな事言ってたら、お袋が来たな」
「か、かげちゃん……?」
「分かるだろ? 俺がえにちゃんなら」
 それは蜻蛉の事だ、と。縁は口端に笑みの色を微かに浮かべながら――呟くものだ。
 そしてふと、声のした方を振り向いてみれば……やはりそこにはキリエと冽がいて。
「かげちゃんかげちゃん! えにちゃんの事、よろしくね!」
「え、ええ……あの、えっと?」
「……すまない。縁――息子――が共に見に来ている間柄ならば、いずれは我々と同じ関係になるだろう、などと色々と話をしていたら……彼女の気がご覧の有り様でな」
「どんな風に話を進め……いやいいわ。お袋の事だからなんとなく想像は付いた」
 キリエが蜻蛉の手を握って大きく振る――『かげちゃん』呼びになんとなし一瞬呆気にとられたものだが……あぁもう。ほんに可愛らしい人。元気なお母上。縁さんの事を深く、深く知ってる人――
「あの。それと……聞きたい事がよおけあるんです、本人には内緒で。だから後で……」
「ん? なにかしら? えにちゃーん! かげちゃんが何か聞きたい事があるらしいわ!」
「あの、本人のおらん所で……ちょっと!」
 今『本人には内緒で』って私、言うたよね?
 誰も彼もキリエのペースを害する事は出来ない。あぁこれがお母上なのか、と。
 蜻蛉は思うものだ。
「お袋は相変わらず、だな」
「あぁ。久方ぶりに語らったが……変わらんな」
「だろう?」
「止めないのか?」
「んっ。ああ――なに。下手に止めて、こっちが質問攻めに合っちゃ堪らねぇからな」
「……同感だ」
 なんて肩を竦める様も、どこか似ているものだが。
 しかし逃げられよう筈も無い――キリエの熱意は。その魂はある意味尋常じゃないのだ。
 天より降り注ぐ白い雫は――まだもう少し、降りやまぬ。
 『二人で見ると仲が深まる』伝説でも、あるのだったか。
 ならばこの四名に今暫くの時を与えてほしいものだ。
 一刻でも長く。二刻でも共に。

 あぁ――白い世界を、今だけは彼らのものにしてあげて……




 ――なお。時は少し巻き戻して冽がキリエを連れて行った先。
「ぷはっ! 十夜さん、お久しぶりね! 元気にしてた?」
「……あぁ。しかし、相変わらずだな」
「あれからもう随分と経ったわね!
 ふふ! でもそれは十夜さんも、よね! あ、ホントは『冽』さんが正しいのかしら?」
「好きに呼べばいい。どちらでも、俺は俺だ」
 分かったわ! などとキリエは紡ぐものだ――
 幾年経とうとも変わらぬ笑みが、そこに在る。
 ……なんともはや驚くものだ。彼女と出会ったのは随分所ではない前だ。
 だというのに彼女は変わらない――外見が? そうではない。
「それにしてもやっぱり伝説の亜竜種だったのね」
「ああ――あの時は、まだ覇竜領域が拓かれていなかったからな」
「だから言わなかったのよね。大丈夫、分かってるわ!」
 気質が、だ。
 朗らか。陽気。ゆるふわ。いやなんと言えばいいのだろうか……
 彼女は万物をも抱擁するかのような――気質を秘めている。
 年の差や種族の壁すら容易に破壊し、誰も彼をも愛するのだ。
「だから、だろうかな」
「んっ?」
「俺が――――好ましい心を抱いたのが、だ」
「あ、つまり私を好きになってくれた事、って言う事ね!」
 そうだが。随分と直球な発言を好むものである……やれやれ。
 冽はウェスタの住人。密命を帯びて混沌各地を旅する事はあったが、あくまで自らの心は故郷にあった。しかしその心が崩れたのが――キリエとの出会いだ。
 海洋にて彼女と出会い。語らい。恋し。愛し。そして一夜を共にした。
 勿論そんなつもりは、最初は無かった。『想像し得なかったハプニング』と言えるだろう。
 しかし彼女の熱意が全てを乗り越えた。
 ……まさか子を成している、とは思わなかったが。
「ふふ。えにちゃん、とっても十夜さんに似てるでしょ!」
「……そうか?」
「そうよ! だって、後ろから見たらソックリでビックリしたもの!
 あの子ももう随分大きくなってね。それから蜻蛉ちゃん……
 いや『かげちゃん』かしらね! あんないい子も出来ちゃって――」
「……あぁ。共に雪を見に来たのならば、そういう事だろうな」
 然らばキリエの弁の先は息子へと往くものだ。
 想い出から現在へと、心の移り変わりもまた激しい。
 ……だがその激情こそ冽を『落とした』鍵なのだろう。
 そして何より。冽にとってももしかすれば――
「あっ!」
「んっ?」
「そうだ! それならかげちゃんに、正式に挨拶しておかないとね!」
「……いや待て。今はまだもう少し……」
 二人っきりにさせておけ――と。手を伸ばした時にはもう駆けだしていた。
 ……全く不思議だ。幾年経とうとも、彼女の魅力は変わらぬとは。
「……雪、か」
 同時。冽は天を見上げる。
 ああ、いつかこんな風に――キリエとこの雪を眺めた事があったろうか。
 まさか。もう一度彼女と眺める事が叶おうとは。
 ……雪よ、降り積もれ。今少しの間。
 雪を見る為に此処に来たのだから。

 雪が降れば――もう少し時を共に、することが出来るのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――ありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM