PandoraPartyProject

シナリオ詳細

宿敵だった者たちへ。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 澄み渡る空の下、心地よい風が吹き渡る。
 天義を中心として混沌各地へと襲撃を仕掛けていた冠位傲慢ルスト・シファーが討ち果たされたことにより、その配下である遂行者も一斉に消滅し、天義にようやく平和が訪れたのだ。
 終焉による侵略の気配もないわけではないが、この束の間の平穏を天義国民たちは享受し、被害からの復興を目指しているのだ。
 そんな折、『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)はかつてリンバスシティと呼ばれた土地を訪れていた。ここにはルストの本拠地である神の国へ繋がる審判の門が存在したのだ。
 ルストの手に落ち神の国と混沌を繋ぐ接点となっていたそこは、まるで壊れたテレビに映った崩れた画像のように複雑怪奇で異様な光景をしていたものだが、ルストが討伐されたことで元のテセラ・ニバスという巨大都市へと戻っており審判の門も既に存在しないが、この場所が最も強く”彼ら”を感じることが出来るような気がして。
「ごめんください?」
「はいはい、どなたですかな?」
「おや、貴方は……! その節はお助けいただきありがとうございました」
「いやいや、えぇって。俺らは俺らの仕事をしただけなんやからな」
 テセラ・ニバスの一角にある小さな教会を訪れた彩陽が扉をノックすると、がちゃりと扉を開けてその奥から一人の神父が顔を出し、彩陽の姿を見て一瞬驚いた表情をするも、すぐに気を取り直して深々と一礼する。
 この神父はブランドンという名前で、天義のとある教区を取りまとめる司祭なのだが、かつてルスト陣営に誘拐されかけたところをイレギュラーズに救われていた。
 そして、彩陽はその時の救出メンバーの一人だったのだ。
 ルスト討伐の報せを聞いてブランドンがテセラ・ニバス復興の手伝いに来ていると知った彩陽は、その時の縁もあって様子を見に来たのだ。
「復興は順調層やねぇ?」
「えぇ、お陰様で順調に進んでおりますよ」
 教会の中へ入れて貰った彩陽は、奥の部屋で紅茶を飲みながらそんな会話をして、冠位傲慢との戦いが本当に終わったのだと実感する。
「それで、今回はこちらへどのようなご用件でしょうか。単に様子を見に来た、というだけではないのでしょう?」
「はは、やっぱり分かるかぁ。いやぁ、実はある人らを弔いたいんやけどちょっと問題もありそうなんで、どないしよかなと思っとったんよ」
「……ふむ。察するに、その弔いたい方々というのはルストの配下ですかな?」
 ブランドンの問いに、ご明察と彩陽は答える。
 天義を巡る戦いの中で出会った、遂行者ティツィオ。そしてその配下の致命者である、ウーノ、ドゥーエ、トレ、クワトロ、チンクエ。同じ顔をした奇妙な集団と彩陽は何かと縁があり多くの戦いを繰り広げ、そして遂に勝利した。
 敵ではあったが敬意を表するに値する相手だと感じていた彩陽は、なんとかティツィオらを弔えないかと考えていたのだが、天義内で国を襲った張本人であるルストの配下に対して、そういったことが許されるのかという疑問もあった。
 散々迷ったもののやはり弔いを行いたいという想いが勝った彩陽は、こうして知り合いであるブランドンを頼ったのである。
「確かに、ルストの配下を弔うというのは憚られますな……」
「……さよか」
「ですが、他ならぬ彩陽さんの頼みです。なんとか致しましょう」
「ほんまでっか!?」
「えぇ。私に出来る範囲でになりますが」
「それでも十分や。他にも気になってる人はおるやろうし、ちょっと声かけてくるわ!」
 ブランドンは長年天義に仕える司祭であるため、上に気付かれないようにひっそりとであればティツィオらを弔う場を設けることは可能だという。
 それを聞いた彩陽は顔を綻ばせると、自分と同じようにティツィオらと浅からぬ縁がある者たち声を掛けに、ローレットへと向かうのだった。

GMコメント

本シナリオは
・『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)様
のアフターアクションですが、その他にもティツィオ一派と縁のあった方々にも優先を出しております。
天義決戦から時間が空いてしまいましたが、よろしければ最後のお別れの時間をどうぞ。

●目標
 特に無し

●ロケーションなど
 冠位傲慢ルスト・シファーの侵攻によってリンバスシティとなっていた巨大都市テセラ・ニバスです。
 ルストが倒れたことで、元の姿を取り戻し現在復興中となっています。
 参加者の皆様は彩陽様に声を掛けられ、その一角にある小さな教会に集まりました。
 本来、宗教国家である天義としては大魔種やその配下を公的に弔う訳にはいきません。
 しかし、窮地から助けてくれただけでなく天義をも救ってイレギュラーズのためならばと、テセラ・ニバスの復興を手伝いに来ていたブランドンが一肌脱ぎ、教会に併設された墓地の一角に墓を建てることになりました。
 墓はティツィオ、ウーノ、ドゥーエ、トレ、クワトロ、チンクエの六人分ありますので、それぞれに何かあればご自由に想いをぶつけてください。
 ※ご希望があればインディゴの墓も追加します。

●人物
・ブランドン
 天義国内のとある教区を治める司祭です。
 高位聖職者を自陣に引き入れようとしていたルスト陣営にさらわれかけましたが、イレギュラーズの手によって救われており、今回の件に手を貸してくれました。
 何か聞きたい事があれば分かる範囲で答えてくれるでしょう。

・ティツィオ
 「名もなき殉教者の仮面」という聖遺物を核にした遂行者です。
 遂行者たちのトレードマークである白い軍服に身を包み、無貌の白面で素顔を隠していました。
 ルストに心酔しており徹頭徹尾ルストのために戦い抜きましたが、イレギュラーズとの死闘の末に敗れて消滅しました。

・ウーノ、ドゥーエ、トレ、クワトロ、チンクエ
 ティツィオ配下の致命者です。
 ティツィオが自身の身体を元に作ったコピーの肉体に、傲慢の権能によって呼び出された死者の霊魂を定着させて人格を植え付け、さらにそこに精神支配をかけることで都合よく動く駒として操られていました。
 その出自から、全員が同じ容姿をしていました。
 タイミングに多少の前後はありますが、全員がイレギュラーズとの戦いにやぶれて消滅しています。

ウーノ:自我が希薄で機械的。もともとは別の人格がありましたが、最初の一人ということで精神支配の際に加減が上手くいかず、元の人格が消滅していました。
ドゥーエ:生意気かつ享楽的。ウーノとは反対に、精神支配が甘くやや暴走気味でした。
トレ:ティツィオ曰く「最初の成功体」です。丁寧で物腰穏やかですが、ティツィオの命令は絶対です。実は腹黒。
クワトロ:純粋無垢で好奇心旺盛。不運とドジが重なり、任務達成率は0%を記録しています。ティツィオの支配には逆らえませんでしたが、イレギュラーズと交流を重ねて友情を感じていました。
チンクエ:真面目な委員長タイプ。戦力不足を感じたティツィオが補充要員で追加しましたが、初陣にて撃破されてしまいました。

・インディゴ
 ルストによって遂行者たちに下賜された四騎士の内、死を司るという青騎士の一人です。
 愛馬コバルトと共にイレギュラーズと戦い、敗れて消滅しました。
 性格はルストに生み出されただけあって傲慢の一言に尽きます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 宿敵だった者たちへ。完了
  • GM名東雲東
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2024年01月30日 22時46分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC1人)参加者一覧(8人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺

リプレイ


「改めて、今回はおおきに」
「いえいえ。私に出来る事でしたらなんなりと」
「俺からもお礼を言わせてください。火野さんもブランドンさんも、今回のような機会を設けて頂きありがとうございました」
 ローレットで仲間たちに声を掛けて教会に戻ってきた『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)をブランドンは柔らかな笑顔で迎え入れる。
 そんな二人に声を掛けたのは『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)。ルーキスもまた、遂行者たち思うところがあった一人のようだ。
「息災なようでなによりだ」
「弾正殿。あの時は助かりましたぞ」
「今回は世話になる」
 そこへ『終音』冬越 弾正(p3p007105)も合流する。弾正は彩陽と同じく、ブランドンの救出依頼に参加していた一人だ。今日は恋人の『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)と共に宿敵たちへの別れを告げに来たようだ。
「ここにクワトロくんたちのお墓が出来るんだよ」
「……そうですか」
 『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)に連れられて入ってきた『秋縛』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)の言葉は少ない。
 接した時間は短いが、思いの深さには関係ない。過ごした日々を思い返して偲んでいるのだろう。
「花とかは一度ここに置かせて貰いたいんだがいいだろうか?」
「掃除の道具も借りたいんだが……」
「えぇ、構いませんよ。掃除用具はこちらですね。ご案内しましょう」
 これまでの戦いを振り返り感傷に浸りつつも、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)がブランドンに声を掛けると、それぞれで持ち寄った花や菓子、飲み物などは一か所に纏めておきこれからの段取りに備え、『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)もそれに気付くと、ブランドンの案内でバケツや雑巾といったものを借りておく。
「今回の件、上にバレればキミの立場も危険だろう? 誤魔化すには我も手を貸すよ」
「おぉ、それはありがたい。私の事はともかく、せっかく建てたお墓を撤去されたくはないですからな」
 ひとつの教区を任されるほどの上位聖職者ではあるが、この一件が上層部に露見すればブランドンの処分は免れないだろう。そんな綱渡りをしてまでこの機会を設けてくれたのだ、『闇之雲』武器商人(p3p001107)としてもブランドンを守るために打てる手は打っておこうというのだろう。
 それが、武器商人の部下たちと関わった致命者たちの弔いにも繋がるのだからなおさらだ。

 こうして、戦友たちと天義での戦いの日々を想って語らい合っていると、ブランドンから準備が出来たと告げられ、イレギュラーズは教会に隣接する墓地へと向かっていく。


 イレギュラーズが向かったのは墓地の一角。他の墓から少し離れており、木陰のかかっている区画だ。あまり目立っても無用の諍いを生むだけなのでこの立地が最善と言えるだろう。

 場所を確認したところで、次は墓の用意だ。既に用意してある墓石が別の場所に纏められているため、それらに名前を刻み、この場所まで運んでくる必要がある。
「――こんなものか?」
 墓石にはイレギュラーズの手によってそれぞれの名前が刻まれていく。
 ウーノ、ドゥーエ、トレ、クワトロ、チンクエ、そしてインディゴとコバルト。ティツィオの墓はイズマの提案によって無記名ということになり、最後に沙耶が漏れや間違いがない事を確認して完成だ。

 墓石が出来上がったところで、イズマの相棒のドレイクであるチャドに手伝って貰って運ぶと、決めていた場所へ設置していく。
 遂行者も致命者も死体は存在せず、棺を埋めることもないのが少し寂しい気もするがそればかりは仕方ない。
 せめて、風雨で倒れるような事がないようにと、しっかりとその場に固定していく。


「……カンちゃん、これを」
「……うん」
 史之が取り出したのは幾つかの飲み物だ。クワトロたち致命者には炭酸のジュースを、ティツィオとインディゴにはワインを。
 睦月と二人で墓前に供えていき、最後に睦月がクワトロの墓の前に一輪の花を置いて手を合わせる。
 二人がクワトロと出会ったのは、自身の領地でのことだった。行き倒れていたクワトロを助けたら、なんと致命者だったというから驚きだ。
 天義が不穏な気配にあったため警戒はしたが、当のクワトロからは全く後ろ暗さが感じられず、それどころかその後も遊びに出かけるような関係となった。
 いずれ敵対する事になると分かっていても。
 与えられた使命に一生懸命でひたむきだった。よく見せるドジや不運も可愛げがあった。だからこそ、失いたくなかった。
 しかし、現実は非情で決戦で史之はクワトロと直接対峙し、自らの手で幕を引くことにした。それがせめてもの救いになると信じて。
 一瞬で終わらせることが出来ればよかったのだろうが、そうもいかず戦いは激しいものとなり、史之もクワトロも満身創痍といっていい状態だった。
 両者共に身も心も痛く辛い戦いだっと言えるだろう。
 そんな厳しい戦いを終えて、今こうして史之は睦月と共にクワトロの墓前に立っている。
「ねえ、しーちゃん。しーちゃんは僕のこと、一人にしないよね。信じてるよ」
「当たり前だよ。俺がカンちゃんを一人になんてさせないよ。絶対に」
 クワトロに心残りはなかっただろうか。望むままに生きることが出来ただろうか。今となってはその答えが出ることは無いが、きっと楽しい日々を送れたのだと信じるしかない。
「お前のせいだよ、まったく」
 そう言って視線を向けるのはティツィオの墓だ。
 クワトロの生みの親でありティツィオがいなければクワトロと出会うことは無かった。
 ティツィオがクワトロを操らなければ戦うこともなかった。
 史之のティツィオに対する感情は複雑だが、唯一確かなのはそんなティツィオを嫌いにはなれなかったということだ。


 木陰に並ぶ七つの墓。その中で唯一名前の刻まれなかった墓の前に弾正が立つ。
 ティツィオと初めて対峙したのは鉄帝のとある街だった。鐘の音を使って住民たちを恐怖に陥れるという手法には、音を司る精霊種として複雑な心境を抱いたものだ。
「これを見て、貴方はなんと言うかな?」
「俺からはこれを」
 ルストを模した人形を墓前に置く弾正。最後までルストを妄信していたティツィオにはお似合いだと思って自作してきたが、それ故に拘りが強く色々と文句を言われるかもしれないと考えると少し笑ってしまう。
 アーマデルにとって、死者への供えるものと言えば手紙や香木、食べ物を描いたカードなどだったが、混沌式に近付けようとアーマデルなりに考え、カードではなく実物の菓子を備えることにした。
 とはいえ、ティツィオの食の好みまでは分からないので、練達で買ってきた季節ものの菓子のアソートになってしまったが。
「そもそも。合理性の塊だった彼が、魂すら残っているかも分からない彼らの墓を建て、弔いをしている俺たちをどう見るのだろうな?」
「分からない。だが、これが無意味なものであると俺は思わない」
 不合理を笑うだろうか。少なくとも、ありがとうと感謝することはなさそうだ。
 ティツィオにとっては意味のない行為かもしれないが、故人を偲ぶことは死者のためだけではない。生者がその想いを整理し、次へ進むためにも必要なことだ。
「どうか安らかに。俺達が同道する事は決してなかった。しかし、心を通わせられる部分もあった」
「叶わぬ未練を抱いて死出の旅路へと向かう彼らの足元を、夜告鳥のランプがさやかに照らすように」
 弾正の言葉にアーマデルが続き目を瞑る。
 出自がどうであれ、願いと祈りを持って生きていたのであれば、遂行者も致命者も二人からすればヒトの範疇に含まれる。
 であれば、その安らかな眠りを祈ることに間違いはないのだから。


 新しく出来たばかりの七つの墓。そのひとつひとつにルーキスは花冠を掛けていく。
 最後の決戦のあと、ティツィオの”理想郷”はすぐに崩壊を始め感傷に浸る余裕もなかったが、今であればその心配もない。
 ゆっくりと手を合わせ、瞑目して故人への祈りを捧げる。
(インディゴ、手強い相手だった……)
 決戦の時に対峙した相手であるインディゴは、愛馬のコバルトと正しく人馬一体の戦いを繰り広げ、ルーキスも苦戦を強いられた。共に戦う仲間がいなければ、今の立場は逆だったかもしれない。
 そんなインディゴも、ルストによって生み出され、ルストのために戦う事を定められていたというのは、ある意味では可哀そうな存在だったのかもしれない。
 「ルストのために」それだけの為に動いていた時は、もしかしたら心休まる時もなかっただろう。
 ルストも倒れ、何も縛るものが無くなったのだから、一人の騎士として愛馬と共に安らかな時を過ごして欲しいと願わずにはいられない。
(そしてティツィオ。最後まで油断できない存在だった)
 特に最後に放った一撃の破壊力は凄まじかった。
 もしあれが完全な形で撃たれていたらと思うと今でも悪寒が走る。
 だが、それも仲間と共に乗り越えることが出来たからこそ、ルーキスはここにいる。
 それほどの強敵だったティツィオもまた、ルストという存在に縛られていた。妄信、或いは狂信か。呪縛とも言えるほどの信仰心の対象がいなくなり、ティツィオ自身も死という終わりを迎え、今は何を思っているのだろうか。
 その答えを出すことは今のルーキスには出来ないが、もし次があるのならば。その時は敵ではなく、もっと別の立場で出会いたいと思う。


 沙耶の眼前に建つ墓には、ウーノの名前が刻まれていた。
 常に無表情で、機械的に与えられた命令を淡々とこなしていた。
 最後の戦いでは、自らの身体が時間と共に崩れていくことも気にせず、全力で沙耶たちと戦っていた。
 そんなウーノの姿を思い返すたびに過去の自分が重なって見える。混沌に召喚される前の自分を。
 しかし、そのウーノも最後の最後で笑っていたように見えた。
 恐らく、ウーノがあれほど無機質だったのはティツィオによる呪縛もの。意思を封じられてなお、ティツィオにいいように使われていたのであれば心が痛む。倒してしまったこと、救えなかったことに対する申し訳なさが胸中に渦巻く。
「でも、笑えるじゃん」
 小さく呟く沙耶は柔らかく微笑んでいた。
 あの時の笑顔を、今際の際ではなく生きている内に見たかったと、ついつい考えてしまうのは我が儘なのだろうか。
 恐らく、沙耶が混沌に召喚されていなかった場合、ウーノと同じように心を失っていただろう。
 どれだけ傷付こうとも一切感情が動かず、ただ命じられるままに使われる機械のような存在に。
 それを想うと、最後に笑えただけウーノは幸せだったのだろうか。考えても仕方のない事だというのは分かっているが、ついそんな考えが脳裏をよぎる。
「もし次があるのなら……」
 もし、輪廻転生なんていうものがあるのなら。生まれ直しまったく別の生を歩むウーノとまた出会いたい。今度は戦場で敵としてではなく、日常の中で仲間や友人として。


 ティツィオたちの墓は、綺麗に切り出されたままの直方体の墓石で飾り気もない非常にシンプルなものとなった。それがティツィオらしいと感じながら墓石を眺めるのはイズマ。
 決戦の際に訪れたティツィオの理想郷は、頭上に燦然と輝いていたルストのステンドグラスを除けば、全体が白で統一され他には何もない殺風景なものだった。
 だが、イズマにとっては極限まで無駄を排したその理想郷は悪くないものに思えた。
「……」
 天義を揺るがした戦いを思い返しながら、墓の一つ一つをじっくりと眺める。
 チンクエとは結局一度も会うことは無かったが、どんな人柄だったのだろうか。他の四人もそれぞれに個性があり、チンクエもまたそうだったのだろうということは想像に難くない。
 無機質で感情を見せなかったウーノ、血気盛んで傍若無人なドゥーエ、物腰穏やかではあったがどこか底知れないものを感じたトレ、鉄帝の海で一緒に楽しく遊んだクワトロ。
 今でもその姿をはっきりと思い起こすことが出来る。
 そんな致命者たちを従えていたティツィオは、ルストを妄信する遂行者という存在でなく、例えば偶然町でであった一般人であったのなら、程よく付き合うことが出来たかもしれない。そう思うと、いなくなったことが少し残念な気がしないでもない。
「ブランドンさん」
「あぁ、イズマさん。お邪魔でしたかな?」
「いえ。もう終わったので」
 インディゴにこれからも生き続けていくと心の中で宣言していたところで、ブランドンが近くにいることに気付く。
 何か話したそうにしていたのは、頼んでいた調べものについてだろう。他にも知りたい者がいればついてくるように言って場所を移す。
「結論から言えば、ティツィオと呼ばれていた存在は実在しないと考えられます」
「……というと?」
「名もなき殉教者の仮面を使用していた組織は、所属する人員全てが番号で呼ばれ常に仮面を被って行動していたようです。
 そして……不要になった際には纏めて処分されてしまったため、個別の名前や顔が分かる者はいなかったと記録にありました。
 これはあくまで私の推測ですが、あなた方が見たティツィオとは仮面を使用していた特定の誰かではなく、その全員の集合体のようなものなのではないかと」
「……なるほど。貴重なお話、ありがとうございます」
 少しでもティツィオについて知れたらと思って頼んでいたが、残されている資料も少なく推測を多分に含む内容となっていた。
 ブランドンは申し訳なさそうにしているが、手を尽くしてくれた結果なのだから文句はない。礼を言うと、イズマは深く呼吸をしてから顔を上げる。
 イズマにとって埋葬とは生きる者が感情に折り合いをつけるためのもの。知るべきを知り、感情にも決着をつけた今はもう、振り返らず一歩を踏み出すだけなのだ。


 近くの花屋で花束を買っていた彩陽は、クワトロの墓の前にその花束をそっと置く。
 もしかしたら生きているかも。と思ってはいたが、同時にとても薄い望みであることも理解していた。そして現実はそう都合のいいものではなく、確かにクワトロはあの戦いで命を落としたのだ。
 頭では理解しつつも、なかなか感情の折り合いがつかずにいたが、それでも弔わなければならない。
「ありがとうね。友達」
 そう呟きながら手を合わせる。
 依頼を受けて手伝ったり、敵として戦ったり。時間は短かったがクワトロとは濃い時間を過ごした。だからこそ、また会いたいと、また会えると信じている。
 その時は互いに全く別の姿と名前になっているかもしれない。或いはお互いの事を覚えてすらいないかもしれない。それでも、きっとどこかで。そんな縁がありますようにと。
「……あんさんもな」
 ちらりと視線を向けたのはティツィオの墓だ。
 ティーパーティーに誘われたときはあまり話せなかったが、クワトロと同じように次の機会があるならば、今度はとことん話したいと願う。
 じっくりと時間をかけて祈りを捧げると、彩陽は仲間たちのもとへと向かっていく。


「さて。こんなところかね」
 皆がそれぞれに別れを告げたり気持ちの整理をつけたりといった事を終えた後で、武器商人は墓の周りに細工を施していた。
 細工は流々。あとはそれを起動させるだけ。魔力を込めると地面に刻まれた魔法陣が僅かに輝き、直後に結界が展開されていく。
 結界といっても、物理的に侵入を妨げるようなものではない。近づこうとした人がいた時に、なんとなくこの場所を避けたくなるように働きかける程度のものだ。
 しかし、これがあれば天義の上層部に遂行者の墓を建てたことが露見する可能性は大きく下がることだろう。それは、別れの機会を用意してくれたブランドンへの義理でもあり、ティツィオやその配下と関わっていた武器商人自身の部下たちの想いを守るためのものでもある。
 いくつもの魔術を組み合わせてより強固にしたその結界の出来栄えに満足すると、武器商人は花束を取り出してそれぞれの墓前へと供えていく。
 この場に来られなかった部下たちの代わりに、死した者たちを送り出すために。


 墓地に穏やかな旋律が響き渡る。
 その音色がどこから来ているのかと視線を向ければ、イズマがヴァイオリンを奏でていた。それは、ついぞ聞かせる機会の無かったティツィオたちへの手向け。
「俺たちも合わせよう」
「あぁ。外すなよ?」
「誰に言っている」
 イズマの旋律を聞いて弾正がアーマデルに声を掛ければ、既にケマンチェと呼ばれる弦楽器を取り出して構えている所だった。
 イズマとアーマデルが即興で音を合わせている中で、弾正も音の精霊種の本領を発揮して見事な歌声を響かせた。死者たちが心穏やかに眠れるような、優しく温かな鎮魂歌を。
「どうやら、迷子はいなかったようだね」
 旋律に合わせて武器商人が死霊術でティツィオたち呼びかけてみるが、どうやら現世に取り残されているものはなく、全員が無事に成仏しているらしく呼びかけへの反応は見られない。
「あーあ終わってみりゃ、はかないもんだね。命ってものはさ」
 クワトロが無事に逝ったのだとそれをもって実感し、史之があっけらかんとした調子でそう言うのは、いつまでも沈んではいられないと自分を奮い立たせるためだろうか。
「さて、そろそろ行こうか」
「はい。ティツィオたちには見守って貰うとしましょう」
「俺らは前に進まなあかんからな」
 これからは天義だけでなく、混沌全体が激しく動くだろう。
 その行く末は、今はまだ誰にも分からないが、倒して乗り越えた宿敵たちに恥じぬようにとイレギュラーズはそれぞれに想いを新たにし、前へと進み始めるのだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

これにて天義におけるティツィオ一派との物語は幕を閉じます。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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