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シナリオ詳細

<神の王国>理想郷の死闘

完了

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 それは天啓だった。
 イレギュラーズを滅せよ。冠位傲慢たるルスト・シファーから遂行者へと下された命令である。
 この主からの命にティツィオは歓喜で打ち震える。これまでは預言者ツロを介してのみ指示が出されていたのだが、ここに来て直接その御言葉を聞くことが出来たのだ。
 これを喜ばずしてなんとしようか。その場に跪きただ言葉を聞いていたティツィオは、その余韻に浸っていたい気持ちを堪えつつイレギュラーズとの決戦へと備える。
 主の命令を全うするため、手抜かりがあってはいけないのだから。
「ここが貴殿の”理想郷”か。殺風景なものだな」
「ふふ。機能美と言ってください」
 イレギュラーズを待ち受けるため用意した空間。巨大な大理石の立方体を無数に繋ぎ合わせて床と壁を作った白き部屋である。
 その白き部屋に彩りを与えるのは、天井一面にはめ込まれたルスト・シファーその人を象ったステンドグラスである。
 信仰にはこれだけがあれば十分とでもいうかのようなその空間は、まさしくティツィオの心の内を表しているのだろう。
「ティツィオ様。こちらを……」
「少し待ちなさい。――ここに置いてください」
 ティツィオの足元に跪くトレが恭しく差し出したもの。それは黄金の聖杯であった。トレにそのまま持たせておくと、ティツィオは指を弾いて床の一部を変形させる。
 巨大な十字架と、その前に作られた祭壇。指示を受けたトレが静かに祭壇に聖杯を祀ると、ティツィオはこれまで一度も外したことのない仮面をその中へと入れる。
 すると、仮面が力強さを感じさせる光を発しながら僅かに浮き上がった。
「なるほど。それが切り札という訳か。それにしても、見事に同じ顔が並んでいるな。少々気味悪いぞ」
「仕方ないでしょう。あれらは私を元に複製した物なのですから」
 素顔を露わにしたティツィオ。そして、その配下たるウーノ、トレ、クワトロ。その四人はほぼ同じ顔をしている。ティツィオの顔はほか三人に比べてやや成長しているようにも見えるが、十分に同じと判断して差し支えない範囲だろう。
 致命者たちを見て多少慣れているつもりでいたインディゴだが、勢揃いしているところは見たことが無かったらしく、思わずといった調子で声を漏らす。
「さて。私の準備は整いましたが、盛大な歓迎をするにはまだ足りませんね。ウーノ、トレ、クワトロ。」
「……はい」
「はい」
「はい!」
 配下たる致命者三名に声を掛けると、その三人がティツィオの足元へと跪く。
「あなた達にはこれを渡しておきましょう」
「……はい」
「チェスの駒、ですか?」
「あの、これは一体……」
 疑問を挟むことなく受け取ったウーノだが、トレとクワトロは受け取りつつもよく分からない様子だ。
 渡されたのはチェスの駒。ウーノがポーン、トレはビショップ、クワトロがクイーン。よくよく見てみると、駒の底面には羅針盤の刻印が刻まれており、それがティツィオの力を宿した聖遺物であると分かる。
「命令です。この戦いにあなた達の命を捧げなさい。ちなみにクワトロ、今回ばかりは手加減は許しませんよ?」
「……我らが主の御心のままに」
「私たちは元よりその覚悟です」
「…………くっ分かり、ました」
 ティツィオの命令と共にそれぞれが渡された駒を握りつぶすと、砕け散ったその破片が光の粒子となってそれぞれの身体へと吸い込まれていく。
 そして、聖遺物の中へと封じられていた力が流れ込んでいった。
「そちらの準備は万端なようだな?」
「えぇ、出来ることはしました。インディゴ殿も傷は癒えておりますね?」
「無論だ。あの日の雪辱、ここで晴らして見せようぞ」
 準備を整えていたのはティツィオだけではない。眷属たる騎馬を召喚していたインディゴはその背に跨ると好戦的な笑みを浮かべる。
 イレギュラーズがこの場に乗り込んでくるまであと少し。ティツィオ一派は白い空間の向こうから迫る気配を感じながら、静かに決戦の時を待つのであった。


 静寂を破って幾人もが駆ける音が聞こえる。
 審判の門、レテの回廊、そしてテュリム大神殿。それらを突破し、イレギュラーズたちは遂に神の国の深奥にまで到達するに至ったのだ。
 このまま進めば、天義を中心に混沌各地で様々な被害を出してきた『煉獄篇第一冠傲慢』ルスト・シファーの喉元に刃を突きつけることも可能かもしれない。
 だが、ルスト陣営がそれを座して待っているはずもなく、イレギュラーズたちの前に扉が立ちはだかる。
「……他に道は無し。引き返すにしても時間のロスが大きすぎますね」
「であれば進むしかないか。明らかに待ち伏せされているが……戦闘の準備はいいか?」
 最後に分かれ道を見てから暫く経つ。『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)がそう言うと、『君を全肯定』冬越 弾正(p3p007105)が扉に手を掛け問いかける。
 当然、ここにいる全てのイレギュラーズはそのつもりで来ている。全員が静かに頷いたのを見ると、弾正は勢いよくその扉を開いた。
「ようこそ、イレギュラーズの皆さん。歓迎しましょう」
「お前か、ティツィオ……!」
 自らの領域へと足を踏み入れたイレギュラーズに慇懃に一礼するティツィオを見て、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は眼光を鋭くさせる。
 素顔を見るのは初めてだが、言動やその容姿から本人で間違いないだろう。
「どうやら、あちらも相当追い詰められているらしい。正しく総力戦だな」
「ふむ。同じ顔が幾つもあるのう。ぱっと見で誰が誰やら……」
 ティツィオ側の布陣を見て、『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)はそう分析する。少なくとも、ティツィオ一派との因縁はここで決着がつくことになるだろう。
 同じように敵陣を見渡していた『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)もそれは感じ取っていたようで、軽い調子の言葉とは裏腹に油断なく剣の柄に手を掛け、いつでも動けるようにしていた。
「よお、トレ。この前ぶりだなぁ? また俺が遊んでやろうか?」
「ふん。言ってなさい」
 トレの姿を目ざとく見つけた『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)が嗤いながら挑発的な言葉を投げかけるが、それに対するトレの反応はつれないもの。目的のためには個人の感情は排するつもりでいるようだ。
「クワトロ君……」
「……どうしても、戦わなければだめなんですか?」
「すみません。もう、僕の意思ではどうすることも出来ないんです……」
 敵であることは知っていた。だが、触れ合ううちにどうにか戦わずに済む方法がないかと手を尽くした。しかし、クワトロをティツィオから引き離すことは叶わず、こうして対峙することになった。
 頭では理解しているし、戦いが避けられないと知った時に覚悟は決めている。だが、それでも思わず声がこぼれてしまうのは無理からぬことだろう。
 覚悟を決めてクワトロを見据える『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)の隣で、一縷の望みをかけて『氷雪剣舞』セシル・アーネット(p3p010940)が問いかけるが、やはり戦いは避けられないようだ。
「様子見はこのくらいでよかろう? さぁ、存分に殺し合おうではないか!」
「死ぬのは御免被りたいなぁ。……せやから、そこ退いて貰うで?」
 痺れを切らしたらしいインディゴの言葉がに『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)がのんびりとした調子で、しかし明確に敵意を向けて答える。
 立ち並ぶのはいずれも強敵ばかりで死闘は必至。その場の誰もがそれを理解していた。
 ――そして、両陣営が動き出す。

GMコメント

●ご挨拶
 当シナリオを担当する東雲東です。よろしくお願いします。
 天義編の最終決戦ということで、これまでに登場した遂行者及びその配下との総力戦となります。
 非常に手強い相手が多数いますが皆さんの健闘を祈っています。どうかご武運を。

●目標
 全てのエネミーの撃破
 ※ティツィオが戦闘不能となった時点で、致命者三名も戦闘不能となります。
 ※インディゴはティツィオと無関係なので、その後も戦闘可能です。

●フィールド
 決戦のためにティツィオが用意した、ティツィオの”理想郷”です。
 その内部は巨大な立方体の大理石を幾つも組み合わせて床と壁を作った、非常に広い空間です。高い天井は一面がルスト・シファーを象るステンドグラスとなっており、その上から差し込む光で空間内が色とりどりに照らされています。
 中央には成人男性の背丈くらいの十字架とその前に作られた祭壇があり、祭壇にはティツィオの仮面が収められた黄金の聖杯が祀られています。

 初期段階では前衛にウーノと影の天使、中衛にティツィオとインディゴ、後衛にトレ、遊撃にクワトロを配置した陣形を組んでいます。
※黄金の聖杯(後述する『神霊の淵』)は中衛の位置で、ティツィオとインディゴに守られています。

●エネミー
・ティツィオ×1
 『冠位傲慢』ルスト・シファー配下の遂行者と呼ばれる者たちの一人です。
 純白の軍服に身を包み、同じく純白ののっぺらぼうのような面を被って顔を隠していましたが、遂にその素顔を露わとしました。
 その容姿や体格は配下の致命者とほぼ同じですが、20代くらいまで成長させたものとなっています。
 ステータス傾向としては、全体的に高い水準のオールラウンダータイプのようですが、やや物攻に偏っているようです。
 主な攻撃手段としては以下のようになります。

 『剛撃』
 戦斧を振るう、近距離単体の通常攻撃です。

 『壊旋』
 戦斧を回転させながら投げ飛ばす遠距離攻撃です。
 【出血系統】【乱れ系統】

 『崩撃』
 周囲に衝撃波が広がるほどの強力な一撃を放ちます。
 【物近範】【防無】【ブレイク】

 『乱撃』
 短距離転移を繰り返しながら行う遠距離範囲攻撃です。
 【スプラッシュ】

 『???』
 現時点では不明です。

 『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』(パッシブ)
 黄金の聖杯という形状をした、遂行者の核となる聖遺物を入れるための容器です。
 ここに聖遺物を入れることで、遂行者自身の能力を大幅に高めることが可能となります。
 ただし、ルストの命令には絶対服従となる。この力を使えるのは一度限りなどの制約があるようです。
 全能力を大幅に引き上げ、【怒り】や【封殺】といった行動制限を、特殊抵抗判定とは別に一定確率でレジストします。
 ※破壊することで無効化することが出来ますが、ティツィオ側も防備を固めています。

 『名もなき殉教者の仮面』(パッシブ)
 ティツィオの核となっている聖遺物で、これまで顔を隠すために身に着けていた無貌の白面です。
 大昔の天義で信仰に殉じて命じられるままに異教徒の殺害を繰り返し、そして都合が悪くなった上層部によって人知れず処分された暗殺者が被っていたとされています。
 暫くして天義が過去の腐敗を戒めると共に、信仰心の高かった殉教者を祀ることで供養しようと後年になってから聖別され聖遺物に加えられましたが、滅びのアークによって汚染されてティツィオの核となってしまいました。
 現時点では効果の詳細は不明です。

・ウーノ×1
 ティツィオ配下の致命者で、外見的な年齢は15歳前後、中性的な容姿をしています。
 最初に製造されたこともあって自我形成の調整が上手くいっておらず、ティツィオに命じられるまま無機質に動きます。
 剣を扱う戦士タイプでステータス傾向としては、全てのステータスのバランスが取れたオールラウンダータイプですが、突出した強みがないとも言えます。
 主な攻撃手段としては以下のようになります。

 『光剣』
 近距離物理の通常攻撃です。
 本来は通常のロングソードでしたが、ウーノの力によって光を宿し威力が上がっています。

 『光刃』
 剣から光の斬撃を飛ばす遠距離神秘攻撃です。
 【麻痺】系のBSが付与されることがあります。

 『光雨』
 剣の形をした光を上空に多数召喚し、雨のように降り注がせる自域物理攻撃です。
 【出血】系のBSが付与されることがあります。

 『断絶』
 一振りの巨大な光の剣を生み出し、それを落とすことで攻撃します。強力ですが、乱発できるものではないようです。
 【遠列】【復讐】【必殺】

 『天使の翼』(パッシブ)
 反応を上昇させ、【飛行】が可能となります。

 『天使の輪』(パッシブ)
 輪から降り注ぐ加護の光がウーノを守ります。
 防技・抵抗が上昇しています。

 『ポーン』(パッシブ)
 ティツィオより与えられたチェスの駒は『偽・不朽たる恩寵(インコラプティブル・セブンス・ホール)』と呼ばれる聖遺物です。
 使用したことで戦闘力を大幅に引き上げられたほか、【怒り】や【封殺】といった行動制限を、特殊抵抗判定とは別に一定確率でレジストするようになります。
 ただし、レジストする確率はティツィオの『神霊の淵』に比べると低くなっているようです。
 なお、その強化は命と引き換えであり戦闘開始直後から、体の一部が少しずつ光の粒子となって消えていきます。
 【ダメージ】

・トレ×1
 ティツィオ配下の致命者で、外見的な年齢は15歳前後、中性的な容姿をしています。
 ステータス傾向としては、AP、神攻、抵抗が高く、HP、防技、回避が低い遠距離神秘型となります。
 一部弱点を後述のパッシブで補ってはいますが、相殺できるほどではないようです。
 主な攻撃手段としては以下のようになります。

 『光球』
 神秘属性の光の球を撃ち出す、遠距離単体の通常攻撃です。

 『励起』
 自身を中心に、味方の力を引き出す領域を発生させます。
 【識別】【自域】物理攻撃及び神秘攻撃にプラスの補正を加える付与スキルです。

 『守護』
 味方を守り治癒させる領域を発生させます。
 【識別】【遠範】【治癒】【HP回復】【BS回復】防技及び抵抗にプラス補正を加える付与スキルです

 『浄滅』
 聖なる光によって都合の悪いものを浄化し消し去ります。トレの切り札であり、消耗も大きく何度も使えません。
 【識別】【遠自域】【ブレイク】

 『召喚』
 影の天使を自在に召喚することが可能です。最大で10体程度まで召喚・制御が可能なようです。

 『天使の翼』(パッシブ)
 反応を上昇させ、【飛行】が可能となります。

 『天使の輪』(パッシブ)
 輪から降り注ぐ加護の光がトレを守ります。
 防技・抵抗が上昇しています。

 『ビショップ』(パッシブ)
 ティツィオより与えられたチェスの駒は『偽・不朽たる恩寵(インコラプティブル・セブンス・ホール)』と呼ばれる聖遺物です。
 使用したことで戦闘力を大幅に引き上げられたほか、【怒り】や【封殺】といった行動制限を、特殊抵抗判定とは別に一定確率でレジストするようになります。
 ただし、レジストする確率はティツィオの『神霊の淵』に比べると低くなっているようです。
 なお、その強化は命と引き換えであり戦闘開始直後から、体の一部が少しずつ光の粒子となって消えていきます。
 【ダメージ】

・クワトロ×1
 ティツィオ配下の致命者で、外見的な年齢は15歳前後、中性的な容姿をしています。
 努力に反してドジや不運が重なり任務達成率0%を記録する不憫な子です。
 仲良くなったイレギュラーズとは戦いたくないと思ってはいるものの、ティツィオの命令に縛られその想いとは無関係に全力で戦闘を行います。
 ステータス傾向としては全ての能力が高い水準で纏まっているオールラウンダータイプで、同系統のウーノを超えてティツィオに迫るほどの能力を有します。
 ただし、代わりに後述の『死兆星』に加えて、それとは別にFBが極端に高くなっています。
 主な攻撃手段としては以下のようになります。

 『双短剣』
 二つの短剣を使った至近物理攻撃です。

 『光闇刃』
 短剣から光と闇の斬撃を飛ばす遠距離神秘攻撃です。
 【毒系統】【麻痺系統】

 『連斬』
 二刀流による素早い連撃を行う近接物理攻撃です。
 【連】

 『不幸玉』
 己の不運を一点に収束して放ち、着弾点で炸裂させる遠距離神秘攻撃です。
 ただし、効果切れと同時に戦闘不能となります。
 【神遠範】【無】【識別】【範囲内の対象に『死兆星』を付与】【一定時間、自身の『死兆星』を無効化】【一定時間、自身のFBを大幅にマイナス】
 ※PCに付与される『死兆星』は各種BS対策で抵抗・軽減可能です。

 『天使の翼』(パッシブ)
 反応を上昇させ、【飛行】が可能となります。

 『天使の輪』(パッシブ)
 輪から降り注ぐ加護の光がクワトロを守ります。
 防技・抵抗が上昇しています。

 『死兆星』(パッシブ)
 常に解除不可能な【不調】【不遇】【不発】【奈落】【不吉】【不運】【魔凶】【塔】が付与された状態となります。

 『クイーン』(パッシブ)
 ティツィオより与えられたチェスの駒は『偽・不朽たる恩寵(インコラプティブル・セブンス・ホール)』と呼ばれる聖遺物です。
 使用したことで戦闘力を大幅に引き上げられたほか、【怒り】や【封殺】といった行動制限を、特殊抵抗判定とは別に一定確率でレジストするようになります。
 ただし、レジストする確率はティツィオの『神霊の淵』に比べると低くなっているようです。
 なお、その強化は命と引き換えであり戦闘開始直後から、体の一部が少しずつ光の粒子となって消えていきます。
 【ダメージ】

・インディゴ×1
 『煉獄篇第一冠傲慢』ルスト・シファーより各遂行者に与えられた戦力の一つ。
 『死を齎す』とされる青騎士の一人で、聖痕を持たない者を殺そうとする性質を持ちます。
 出自が異なるため、致命者たちとは全く異なる存在です。
 外見はその名前の通り青い騎士鎧で身を包んだ騎士であり、同じく青い装甲を纏った馬に騎乗しています。
 ステータス傾向としては、HP、防技、抵抗、EXFが高く、回避、反応、機動力、EXAが低い、物理タンクタイプとなっておりますが、後述のパッシブで一部弱点を相殺しています。
 また、主な攻撃手段としては以下のようになります。

 『ランス』
 馬上槍による近距離物理の通常攻撃です。

 『ポイントショット』
 鋭い突きによる衝撃を飛ばす、遠距離物理の通常攻撃です。

 『シールドバッシュ』
 大盾によって殴打する、近距離物理攻撃です。
 【ブレイク】【飛】

 『アイシクルスラスト』
 冷気を纏わせた刺突によって、近距離扇へ物理攻撃します。
 【凍結系統】

 『コンプレッション』
 冷気と死の気配によって威圧し、自らに注意を惹きつけます。
 【自域】【怒り】【識別】

 『アブソリュート・ゼロ』
 絶対零度の冷気を放ちながら行う非常に強力な突撃です。
 【物遠貫】【移】【防無】【凍結系統】【出血系統】【溜1】【高速詠唱1(コバルト騎乗時のみ有効)】

 『???』
 現時点では不明です。

 『ナイト・オブ・プライド』(パッシブ)
 ルスト・シファーより与えられた加護で、防技・抵抗が上昇します。
 【凍気無効】

 『コバルト』(パッシブ)
 青騎士が乗るコバルトブルーの装甲を纏う白馬で、反応・機動力が上昇し、騎乗状態になっていますが、倒すことで無効化出来ます。

 『???』(パッシブ)
 現時点では不明です。

・影の天使×??
 トレによって召喚される影の天使です。剣を持った者や弓矢を持った者など、武器や戦闘スタイルは個体によってまちまちです。
 単体としては非常に弱いですが、トレの指揮によって特攻を仕掛けてくる上に、上限を10体として倒れてもすぐに補充されるため、放置するのも厄介となっています。

●サポート参加
 解放してあります。
 シナリオ趣旨・公序良俗等に合致するサポート参加者のみが描写対象となります。
 極力の描写を努めますが、条件を満たしている場合でも、サポート参加者が非常に多人数になった場合、描写対象から除外される場合があります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <神の王国>理想郷の死闘完了
  • 決戦の刻、来たる。ティツィオ一派を撃滅せよ!
  • GM名東雲東
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月20日 22時06分
  • 参加人数12/12人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC3人)参加者一覧(12人)

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
冬越 弾正(p3p007105)
終音
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ニャンタル・ポルタ(p3p010190)
ナチュラルボーン食いしん坊!
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

リプレイ


 遂行者ティツィオ率いるルスト陣営対イレギュラーズの戦いは開幕から大いに荒れた。
 戦いのセオリー通りに後衛の支援役――トレを倒すために戦力を集中させ、一丸となって前へと出たイレギュラーズだったが、その側面にクワトロが現れたのだ。
「……っ!」
「っ! 俺が守る!」
 一瞬だが、視界の端に映ったクワトロが構えているのを見て悪寒を感じ取った『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が両腕を広げると同時に、漆黒の球が打ち出されて直撃する。
 クワトロの宿命とも言える不運が凝縮されたその球は、直撃と同時に炸裂し昏い靄でイレギュラーズを包み込もうと広がっていくが、それを阻むようにイズマから強い輝きが放たれた。
 渦を描く光に吸い込まれ、靄は広がることなくイズマへと収束していく。イレギュラーズ全体への被害を肩代わりしようというのだ。
 本来であれば直後に致命的なまでの不運がイズマを襲った事だろう。だが、己が描く「最強」を纏うことで不運を跳ね退けてしまえばその心配もない。
「まさか、初手で使ってくるとはね……。皆、先に行くんだ。クワトロくんは僕たちで抑える」
「これも縁。仕方ない……仕方ないんやろなぁ……」
 だが、不運を防げたとしてもそちらはあくまでも副次的なものに過ぎない。クワトロの真の狙いは自身の不運を放出することで、不運によって全力が妨げられない状況を作ることにあったのだ。
 クワトロの身体から舞い散る命の輝きを宿した光の粒子の量が目に見えて増えた事を痛ましく思いながらも、『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)が一歩前に出ると、『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)もそれに続く。
 この状態となったクワトロは脅威ではあるが、この二人であれば抑えきれるだろうと信じて仲間たちは前へと進む。


「邪魔だ、退け!」
 飛び出してきたクワトロには驚かされたが、それを凌げば順当に前衛として配置されているウーノや影の天使が立ち塞がることになるが、『『心臓』の親とは』冬越 弾正(p3p007105)が声を上げると共に、不気味な不調和音が響き連鎖的な爆発が巻き起こる。
 味方を避けた精確な爆撃は、影の天使を怯ませるには十分な威力をもっており、広く展開される前に押さえつけるとそのまま更に先へと進んでいく。
 その場に数名を残して

「ほう? こいつを防ぐとはのう!」
 雷光を纏い突撃していたのは『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)の狙いは最初からウーノだったのだ。
 雷速となって突撃すると同時に振るった二剣の一撃を、ウーノが光輝く剣で真正面から受け止めたことに感心するように眉を上げる。
 と、そこに追撃が迫った。
「夜空をかけるほうき星、怪盗リンネ推参! ウーノの心と魂、貰いに来たよ!」
 怪盗リンネを名乗る『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)が、名乗りを上げると共に昂る感情の奔流を解き放ちウーノを飲み込んでいく。
「影の天使は僕が抑えます!」
 一方で、『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)は影の天使の群れに狙いを定めていた。
 後方で指揮を執るトレの指示で分散してイレギュラーズを襲おうとする影の天使に、身体の内側から溢れ出る炎を放ち自分へと注意を引きつけるのだ。


 当初の予定通りとはいえ、一人、また一人と数を減らしていくイレギュラーズの前に立ちはだかるのは、この戦いにおける最終目標たる遂行者ティツィオその人である。
 純白の軍服を翻らせると、飛び掛かりながら巨大な戦斧を振り下ろす。と、イズマが振り抜いた細剣と交わり火花を散らす。
「おや。一人で私を止めると? 舐められたものですねぇ」
「舐めてなどいないさ。その証拠を直ぐにでもみせてやろう!」
 最大戦力たるティツィオを引き受けたイズマから放たれるのは、覚悟を決めた者の覇気。面白い。そう口角を上げたティツィオが戦斧を乱舞させ、それを弾くようにイズマも細剣を振るう。
 そうして二人が激しく打ち合う横では、青騎士インディゴと『活人剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)が矛を交えていた。
「俺の相手は貴様か。退屈はさせるなよ?」
「期待に沿えるかは分かりませんが、貴方に仲間の邪魔はさせませんよ」
 先制して振り抜かれた毒を塗った刀が大盾によって阻まれると、馬上槍による反撃が迫る。
 インディゴの盾を蹴って横に跳びつつ、トレへと向かう仲間との直線を塞ぐようにルーキスが立つと二人は互いの出方を伺い睨み合う形となったのだった。
「えぇ。ここなら全体を見渡しやすいのだわ。……安全とは言えなさそうではあるのだけれど」
 イズマとルーキスのやや後方。戦場全体の中心近くに陣取るのは『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)。
 他のイレギュラーズとは異なり、支援に特化しているため特定の相手を選ばず支援をしやすい立ち位置を選んだのだが、おそらくここが最も激しい戦場となるだろう。
 イズマやルーキスを前にしつつも、ティツィオもインディゴも常にいくばくかの意識を華蓮に割いており、隙あらば狙ってやろうという意思がひしひしと感じられた。
 だが、そこは二人を信じて華蓮は仲間の支援へと力を尽くすのだ。


「なんとか辿りつくことが出来たみたいだな」
「だが、それだけが目的ではない。手早く倒して他の仲間の援護に向かうぞ」
「あぁ。あんまり時間もかけてられねぇ。恨みはねぇが、さっさと倒させて貰うぜ、トレ!」
「……私をそう簡単に倒せるとは思わないことですね」
 イレギュラーズはそれぞれが対応する敵へと向かい、それらの前に立ちはだかることでこうして最初の目標であるトレの下に最大数の戦力を届けることに成功した。
 弾正の言葉に『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が応えて、トレに視線を向ける。
 だが、トレとしてもこうなることはある程度想定していたのだろう。動じる気配はなく静かに杖を構えている。
「ぜったい負けないよ。ここは通らせてもらうから」
「俺たちの因縁もこの辺りで終わりにしようぜ?」
 悪たる白を断罪するため、黒衣を纏いし『薔薇冠のしるし』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)が決意を宿した瞳で見据えると、『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)はいつものように軽い調子で言葉を投げかけるのだった。



 戦場を見据えるのは『世界で一番幸せな旦那さん』フーガ・リリオ(p3p010595)と『貴方を護る紅薔薇』佐倉・望乃(p3p010720)の二人。
 イレギュラーズはそれぞれの相手を見定め、この広い空間へと散っていった。そんな彼らのために自分たちが出来る事。それは奏でること。
「やろう、望乃」
「はい、フーガ」
 言葉は短くとも以心伝心。互いの想いは通じ合っている。
 フーガの右手に光り輝く粒子が集まると、黄金のトランペットがその手の中に現れた。
 トランペットを口元に持ってきて構えると、深く息を吸い込み、吐き出す。高らかに鳴り響く旋律に乗せて、望乃も喉を震わせる。
 混沌世界の歴史に名を遺す英雄たちによる数々の偉業を讃える壮麗な詩は、今この場で戦う今代の英雄たちに力を与えるのだ。
「させるか!」
 トレが杖を構えて魔力を集中させたのを見てすかさずアーマデルが剣を振るう。蛇鱗の波紋によって正しく生きた蛇のように伸びる刃は、自らを後押しする勇壮な音色とは対照的に、絶望を宿した旋律を奏でながらトレへと迫る。
 毒蛇が牙を突き立てるように、その刃がトレの身体へと食い込み鮮血を散らす。だが、アーマデルの手に伝わる感覚は鈍いものだった。
 命を引き換えに最大まで力を引き出しているトレの周囲には膨大な魔力が渦巻いており、これが防具の代わりとなっているのだろう。
 思ったよりも傷は浅く、トレを止めるには至らない。
「ティツィオ様……!」
 聖句を読み上げると同時にトレを中心として光が迸る。どうやらトレは影の天使を抑えられ、多数のイレギュラーズが集中したことでティツィオや他の致命者との合流も諦め完全に支援へと振り切ることを決めたようだ。
 自分がどれだけ傷付きそして命果てようとも、それまでの間に可能な限りの支援をティツィオたちへと施す。それが自分の役割であると。
「そっちがその気なら……!」
 聖句を唱え続けるトレの周囲を闇が包み込むと、その内側にはリュコスの姿があった。
 無明の闇を照らす炎が放たれ、無抵抗なトレの肌を焼いていく。だが、トレはその熱に歯を食いしばって耐えながらも聖なる言葉を紡ぎ続ける。
「覚悟を決めた相手の厄介さは知っているが、ここまでいくともはや狂気だな……!」
 直後に響くのは甲高い悲鳴のような音。音波によって震える弾正の腕は鋭利な刃物へと代わり、トレの身体を斬り裂く。極限の集中状態から放たれる斬撃には確かな手応えはあったが、眉を顰めつつもやはりトレは動かない。
「おいおい、俺たちは無視か? つれねぇなぁ」
 主より借り受けた権能によって守りを固めつつ、クウハは言葉を投げかける。どこまで言っても戦い方は変わらない。その言葉で、しぐさで相手の集中をかき乱すのがクウハの戦いだ。
 言葉に乗せた魔性はトレに届く前に弾かれるが、これも想定の範囲内だろう。一度で通じなければ、二度三度と通じるまですればいいのだ。
「華奢な見た目をしているが、やはり致命者か……」
「まさか反撃すら捨てて使命に殉じるとは」
 アーマデルの刃が奏でる音色と、弾正の蜘蛛が響かせる音色が重なり不気味な旋律となってトレを襲う。
 鞭のように伸びた剣で縛り上げたトレを引き寄せながらアーマデルも前進して反対の手に握るもう一つの剣――ジャマダハルと呼ばれるそれを強く握りこみ、拳の先端から伸びる刃を突き出し魔力の防護を貫くと、朱に染まる毒液を直接体内に注ぎ込む。
 すかさず、背後から迫っていた弾正も刃の如き鋭さを得た両腕を振るい、容赦なく斬りつけていく。二人の奏でる斬撃の二重奏は確実に、そして着実にトレの身体を刻んでいく。
「……ぐぅ。私はまだやれます。ウーノ、クワトロ……!」
 再び広がる光によってトレの傷が癒えるがそれだけではない。結界のようなものが展開され、トレの守りが硬くなったのだ。
 恐らく、ティツィオたちもその影響を受けて更に厄介になっていることだろう。トレをどれだけ早く倒せるか、それがこの戦いの鍵となり得る。
「もっと……! もっと力を!」
 だからこそ、今のうちに最大の火力を叩き込んでおく必要があるだろう。闇に紛れて至近まで迫っていたリュコスは、そのまま己の魔力を両手に集めて一振りの剣を創造していた。
 神をも殺す魔の刃。迸る魔力の量は凄まじく、圧倒的な威圧感を放つほどの業物。それを渾身の力で振り抜けば、トレの守りすら打ち砕く一撃となる。
「どうした? その程度で終わりか? なら、俺らは他の連中の所に行かせてもらうぜ」
 リュコスの一撃を受けて吹き飛ばされたトレを見てクウハがそう嘯く。やはり魔性の言葉は届かないが、こうして何度も仕掛けていくことで、なんとなくではあるがトレの精神防御が弱まっているのを感じる。
 もう何度か仕掛ければこれを突破できるだろう。そんな確信がクウハにはあったのだ。



 戦場に光が奔る。
 その光の出元はイレギュラーズ側から見て戦場の最奥、即ちトレのいる場所だ。最大戦力を投入してはいるが、やはり相手も追い詰められて限界以上の力で抗っている。即座に討伐に至るということは無いのだろう。
「ですが、僕たちがやることは変わりません。スモーキーさん、お願いします!」
「おうよ、こっちは任せな!」
 心に滾る熱き炎を顕現させた鏡禍の言葉に、『自称ハードボイルド探偵』スモーキーが応える。
 弾正の依頼でこの戦いに参戦したスモーキーは、鏡禍と共に影の天使を抑える役回りを受け持っていたのだ。身体から放たれる煙がもくもくと膨れ上がると、巨大な手となって影の天使を捕らえる。
 影の天使は全部で十体。一体ずつ倒していくことは簡単だが、問題はその後である。仮にこの場で倒してしまえば、トレが即座に追加で召喚してしまい、自身の護衛や他の遂行者陣営の援護に向かわせることだろう。
 だからこそ、全ての影の天使を倒さないように手加減しつつ、この場に縫いとめておかねばならないのだ。
「これで、最後です!」
 スモーキーの捉えていた影の天使の前に現れた鏡は鏡禍が持っている手鏡と通じている。
 鏡禍がその鏡面に妖力を注ぎ込めば、鏡に移る天使の顔が苦悶に歪む。そうして攻撃を受けた影の天使たちは鏡禍を脅威とみなして狙いを定めるが、これこそが鏡禍の策である。
 こうして自分に引き付けることで、他への援護に向かわせないようにするのだ。
 だが、問題が無いわけではない。計十体もの影の天使の注意を惹きつけつつ、召喚を使えるトレが倒されるまでスモーキーと二人で耐えきらねばならない。
 影の天使一体あたりの強さは本来たいしたことは無く、十体いようが耐えきることは本来難しくない。しかし、今回はトレが攻撃を受けてなお支援を続けているのだ。
 トレによる支援を受けた影の天使は、決して侮ることのできないほどの力を持っており、少しずつではあるが鏡禍の硬い守りの上から攻撃を通せるようになっていたのだ。
 それが十体もいるとなれば、スモーキーと連携したとしても厳しい戦いになることは想像に難くない。
「そっちは大丈夫か?」
「ふぅ……。えぇ、まだまだ耐えられます」
 太い縄のように変化させた煙で影の天使を縛り上げつつスモーキーが問いかけると、鏡禍は呼吸を整えつつ答える。
 剣、槍、弓……。影の天使がそれぞれ持つ武器で鏡禍に攻撃を仕掛けてきたが、注意を引き終わった鏡禍はそれらを新たに張った障壁によって完全に防ぐ。
 しかし、影の天使の一部には魔法を扱える個体もいたようで、闇の球体が飛んでくることもあった。鏡禍の障壁は対物理に特化しているため、魔法による攻撃は素通りとなってしまうため、すり抜けてきた分は身を固めて耐えるしかないのだ。
「後の方にいる杖持ちの個体を抑えてください。それ以外は僕が受け持ちます!」
「了解だ!」
 攻撃を受けつつも、障壁を越えて魔法を当ててくる個体の場所と数を見切ると、それをスモーキーに任せて鏡禍は目の前の剣や槍を持った個体に炎を放つ。
 魔法による攻撃さえ受けなければ、まだ暫くは耐えられることだろう。



 純白の輝き、若緑の煌めき、雷光の輝き。三つの光が交錯し、剣と剣がぶつかり合う鋭い金属音が響き渡る。
「相変わらず君は無口だな」
「……」
「顔見知りであったか。じゃが情けは無用じゃぞ?」
 火花を散らした鍔迫り合いの中で沙耶がウーノに言葉を投げかけるが、その返答はやはり無言。ウーノたちに対して、沙耶がなにやら感じているものがあるらしいことは察するが、この戦いはお互いに引くことのできるものではない。
 釘を刺すようにニャンタルが言いつつ二振りの剣を閃かせてウーノを斬りつければ、分かっていると視線で語って沙耶は一歩分横にずれてニャンタルに道を開けると、身体をくるりと回転させてウーノの背中を斬りつける。
「浅いか……!」
「気を付けよ、来るぞ!」
 敵陣深くから広がる光がウーノを包み込むと僅かに気配が変わった。上に飛び上がりつつウーノが頭上へと剣を掲げると、無数の光が剣となって雨のように降り注ぐ。
 咄嗟に横に跳んで躱そうとするニャンタルと沙耶だが、想定よりも速く力強い光剣の雨を避け切ることは出来ずに、腕や脚から鮮血が流れる。
 傷は深くはないため戦うことに支障はないが、直撃を受けていればどうなっていたことか。
「逃がすか!」
 地面を転がる勢いを利用して立ち上がったニャンタルがすかさず飛んでウーノを追う。
 二つの剣を巧みに操るニャンタルの剣術は、荒々しいまでの力任せなもの。だが、的確に隙を突く鋭さも併せ持っていた。
 嵐のような怒涛の攻めを防ごうとしたウーノの剣を右の剣で跳ね上げると、即座に左の剣を振り抜けばトレが与えた祝福の光すらも斬り裂かれる。
「休む暇は与えない!」
 ニャンタルだけでなく、沙耶もワイバーンを駆って飛んでいた。
 一撃を受けてウーノが高度を下げた所に狙いを定めて、若緑に輝く聖剣を振るい追撃を仕掛けた。身体を回転させて剣を割り込ませたウーノではあったが、体勢が不十分であることは否めず力比べは沙耶が勝ったようだ。
 強く弾き飛ばされたウーノが受け身を取りつつ着地すると、鋭く剣を振るい光の刃を飛ばした。
「このまま仕留めるぞ!」
「あぁ、合わせる!」
 左右に分かれたニャンタルと沙耶は、多少の被弾は覚悟の上で連続して放たれる光の刃を掻い潜ってウーノへと肉薄すると、まずはニャンタルが仕掛けた。
 先ほどの荒々しい剣術が嘘のように研ぎ澄まされた冷徹なる刃を振るい、人体の急所を容赦なく狙う。
 ほぼ同時に反対から迫った沙耶はというと、聖なる大剣を握る手に力を込めて再び渾身の力で振るう。昂る感情を力に変えた必殺の一撃だ。
「……」
「なん、じゃと!?」
「まさか、これほどとは……!」
 二人の同時攻撃を受けたウーノであったが、ニャンタルの剣は自前の剣で受け止め、沙耶の聖剣を腕で受け止めてしまった。
 無論、二人の攻撃が弱かったという訳ではない。ウーノがこれまで受けていた傷も一部が治っており、攻撃の直前になにか光が広がっていくのも見えていたことから、恐らくぎりぎりのところでトレの支援が間に合い回復と身体強化が行われたのだろう。
 驚きはしたものの手は止めず、再び激しく斬り結ぶ三人。二人掛かりでも詰め切ることが出来ず、ニャンタルと沙耶は歯噛みをする思いではあるが、それだけの強敵であることは最初から分かっていた。
 この苦境を乗り越え勝利するのは自分たちだ。そう信じて剣を振るい続ける。



 予測を超えて最初に仕掛けてきたクワトロに対して向かい合うのは史之と彩陽、そして史之を支えるために出てきた『刀神』ミサキの三人。
「クワトロくん……残念だよ」
「僕もです。貴方たちとは、ずっと友達でいたかったです……」
「……こうなったらもう、手加減はせえへんよ」
 思わぬ出会いから始まった関係。仲良く過ごした記憶。これまでにあったことは忘れられない。こうして戦うことは悲しいが止めることなどできない。
 こうして話している最中でも、ティツィオの呪縛によって刃を振るうクワトロに、史之と彩陽もそれぞれの力と技で応じていた。
「いくで……!」
 この場にはティツィオらの被害者だろう人々の霊紺が漂っている。彼らに力を貸して欲しいと祈りを込めて彩陽が弓を引くと、その願いに呼応して霊たちが集まってきて矢の中へと入っていく。
 放たれた矢は天に浮かぶ綺羅星の如く光り輝きながら放物線を描くと、その頂点で弾けて降り注ぐ。無数の光矢は凍てつく冷気と弾ける稲妻を纏い、クワトロを逃がさないように広域へと広がっていった。
 目にも止まらぬほどの剣捌きでその全てを弾き落としていくクワトロだが、上ばかりに注意を向けてはいられない。
「はっ!」
「やれ、史之!」
 降り注ぐ彩陽の矢の合間を縫って低空を飛ぶ史之が迫り、クワトロを射程に収めると太刀を振るう。
 ミサキの加護によって鋭さを増した太刀筋から放たれるのは、斬り払った軌跡がそのまま広がっていくような衝撃波。その波に飲まれると紅き雷光が包み込んでクワトロがよろめく。
 一瞬ではあるが手が止まり彩陽の矢も受けてしまうクワトロだったが、それらを受けてもまるで効いた気配を見せないのは、命を燃やして限界以上の力を強引に引き出しているからか。
 直後に遠くから広がってきた光がクワトロに触れると、筋力と魔力が引き上げられる。トレによる祝福によるものだろう。
「二人とも、避けてください!」
「くっ!」
「ただでさえとんでもないっちゅうのに!」
 戦いたくない。そんな思いとは裏腹に勝手に動くクワトロの身体は、これまで以上の力強さで短剣を振るい光と闇の斬撃を飛ばしてきた。
 左右に分かれ円弧を描くように移動して躱そうとする二人だが、逃げ切れずに傷が増えていく。だけでなく、彩陽は自分の身体が強力な毒素に蝕まれていることに気付いた。
「……信じとるで!」
 本来ならば放置することのできない状況だが彩陽は敢えて無視して矢を番えると、その言葉に応えるように体の中から毒素が消えていくのを感じる。
 離れた場所から的確に支援をしてくれる仲間がいるのはクワトロたちだけではないのだ。
 毒を無視して放たれた矢には仄暗い輝きが宿っており、クワトロの肩に突き刺さるとその内側に込められた呪詛が姿を現す。
「流石だね、彩陽さん」
 明らかに動きの悪くなったクワトロに再び仕掛けた史之は、細身の太刀を一振り。芸術的なまでのその一撃は、クワトロの胴に直撃した。
 元々の頑丈さからか、直撃とはいえさほど深い傷とはなっていないようだが、鋭い太刀筋による斬撃で生まれた傷は容易に塞がることは無く、切り口から滝のように血が流れていく。
 苦悶の表情を見せるクワトロの姿に思うところが無いわけではないが、それをティツィオへの怒りへと変えて史之も彩陽も戦いを続ける。
「またトレが……! 気を付けてください!」
 クワトロが叫んだ直後、再び戦場に光が広がる。今度は癒しと守護の力が込められているらしい。
 鈍ったはずのクワトロの動きが精彩を取り戻し、先ほどの出血も嘘のように止まっている。時間制限ありとはいえ、単独で遂行者と並ぶ強さを持つクワトロに、広域の支援を行えるトレが加われば脅威というほかない。
 回復したクワトロが間合いを詰めて史之と激しく斬り結ぶ。横から彩陽の放った矢が飛んでくるが、ぎりぎりのところで上体を逸らして躱すと、反撃に光の刃を飛ばしてくるので今度は彩陽が横に跳んで避ける。
 二人掛かりであっても劣勢と言わざるを得ない状況ではあるが、二人の瞳に諦めの色はない。この状況を打破し打ち克つのだという決意が折れることは無いのだ。



 白き戦斧が風を切る。
 流石に正面から受け止めるのは不味いと見たイズマは戦斧の横を夜空の如き黒の細剣で弾きつつ、反対方向へステップで躱す。
 しかし、それもいつまで続くか。流石に遂行者というだけあって手強い。それがイズマが思った素直な感想だった。重量のある武器を軽々と振り回し動きも素早い。
 ティツィオと戦うのはこれで三度目であるが、その中でも今が一番強いのはティツィオの背後で祭壇に備えられた聖杯の力によるものもが大きいのだろうが、それ以上に最終決戦に不退転の覚悟で臨んでいるからだろう。
「よそ見をしていていいんですかねぇ?」
「くっ!」
 どうにか聖杯を狙えないかと視線を向けた瞬間にティツィオが斬りこんでくる。咄嗟に障壁を張って防ぐが、続く二撃目でその障壁ごと粉砕されて吹き飛ばされてしまったが、床に剣を突き立てて勢いを殺しながら着地し、すかさず剣を構えて反撃を行う。
 研ぎ澄まされた鋭い刺突の先から魔力を帯びて飛んでいくと、ティツィオの身体に突き刺さる。が、僅かによろめくだけでさほど効いているようには見えない。
 しかしそれで構わない。効かずとも何度でも打ち込むのだ。驟雨の如く放たれる刺突がティツィオに迫り、ティツィオも戦斧を回転させてそれを防いでいく。
 あまり効いてはいないが全くもって無傷という訳でもなく、無防備に何度も受ける理由もないと判断したのだろう。
 この状況こそがイズマの望むもの。イズマとて、単身で遂行者を仕留められるとは思っていない。こうして自分に引き付け、仲間が合流するのを今は待つのだ。
「貴方の狙いは分かりますが……それまで貴方が持ちますかねぇ?」
「ぐわぁっ!?」
 拮抗しているように見えた二人の戦いだが、第三者の介入によってその危ういバランスが脆くも崩れ去ってしまう。戦場に広がった光はティツィオたちを包み込むと、その力を大きく高めたのだ。
 ぐっと脚に力を込めて飛び上がったティツィオが、体重を乗せた重い一撃を振り降ろせば、再度張っていた障壁ごと粉砕されてしまいそうな痛撃を浴びてイズマは膝をつく。
「まだだ! 俺がここで倒れるわけにはいかない!」
「ほう、粘りますねぇ」
 ここで自分が倒れてしまえばティツィオが自由になってしまう。そうなれば、ぎりぎりで保っているこの状況が崩れ、戦況が一気に取返しのつかないほどまで傾いてしまってもおかしくはない。
 傷つくほどにイズマの力は高まっていく。その力を振り絞って細剣を振るい、再びティツィオから距離を取りながら少しずつでも削り、注意を引こうとする。
 しかし――。
「トレはいい仕事をしているようで何よりです」
「くっ、またか!」
 再び戦場に広がった光は、これまでにイズマが付けた傷を瞬時に癒してしまうどころか、守護の力をティツィオに授けてしまったのだ。
 ただでさえ手強いティツィオが、二種の強化受けただけでなくほぼ全快の状態にまで戻ってしまったというのはあまりに絶望的な状況ではあるが、それでもイズマは切っ先をティツィオに向け続ける。
 この場で戦っているのはイズマだけではないのだから。



 絶対零度の凍気を纏いし死の象徴に単身で立ち向かうルーキスは、美しくも鋭い二振りの刀で斬り結ぶ。相手は馬に騎乗しており、得物は長大な槍と巨大な盾であればその間合いの内側に入った方が有利だろうと、強敵を前に滾る闘志のままに突き進んだのだ。
「まだまだいきますよ!」
「チィ、小癪な!」
 距離を取ろうとするインディゴを逃さないように間合いを詰めつつ、鋭く振るわれる二刀。右で盾を弾き僅かに怯んだ隙を突いて左を伸ばせば、甲冑の隙間に入り込んだ刃が確かにインディゴの乗る騎馬の身体を傷つけた。
 そう。ルーキスの狙いはインディゴ本体ではなくその馬だったのだ。
 浅く有効打とは言えない一撃ではあったが、その刃には強烈な毒が仕込まれている。身体を蝕む不調を訴える愛馬コバルトの様子にインディゴが気を取られた隙に、更なる一撃を叩きこもうと踏み込んだルーキス。
 だが、その視界が突如として青に染まる。
「いつまでも好きにやらせると思うなよ!」
「ぐぅっ……!」
 巨大な盾による殴打。何とか足を踏ん張って耐えようとするルーキスだが、トレが放ったと思われる祝福によってインディゴの力が増し、遂に耐えきれず弾き飛ばされてしまう。
 床を転がりながら衝撃を逃がすことは出来たが、立ち上がれば身体の中に衝撃の残滓が残りじんわりと痛みが広がっていくのを感じる。
 決して侮っていた訳ではないが、流石は大魔種ルスト・シファーが生み出した騎士といったところか。
「ならば!」
「恐れずに向かってくるか、面白い!」
 距離が開いてしまったが問題ない。また詰めればいいだけの事。
 駆け出したルーキスは正面から頭を貫こうと迫ってくる槍の切っ先を、首を傾けて紙一重で躱す。頬の辺りが熱く感じたことから恐らく肉が抉られたのだろうが、足を止めるほどではない。
 そのまま更に一歩を踏み込むと、歯を食いしばり全身に力を込める。
 盛り上がった筋肉は鬼の如く。その力の全てを叩きつけるように刀を乱舞させていく。
「はぁああああっ!」
「くっ! やりおる!」
 限界を超えた力を引き出し自らをも傷つけてしまうほどの力による激しい攻め手に、インディゴはコバルトを守るため守勢に回らざるを得なくなるが、守りを固めた上でなお全身に響く衝撃に少しずつ押されていく。
 そこへ再びトレの祝福が届くが、傷と毒の影響を取り除くまでで留まる。力任せの攻めではあるが、ルーキスは決して考えなしではないのだ。
 剛力による一撃の裏に秘された研ぎ澄まされた殺意の一刃は、インディゴが纏う強化と守護の魔力を斬り裂くのだ。
「そこっ!」
「何度も同じ手は食わん!」
 治療を受けたと感じ取るや再び毒を帯びた刃をコバルトに伸ばすが、それは盾によって防がれてしまう。
 それだけではない。横薙ぎに振るわれた槍には極低温の冷気が込められており、咄嗟に守りを固めたルーキスが刀でそれを受け止めると、触れた場所から凍りついていくのだ。
「ふんっ!」
「くっ!」
「させないのだわ!」
 凍った身体ごと砕こうとでもいうかのような盾による殴打が放たれる。が、直前でルーキスとインディゴの間に華蓮が割り込むと、身を挺してルーキスを守りつつ、その盾を受け流す。
 直後に、ルーキスの頭上には光輝く円環が現われ優しく温かな光によって傷を癒すと共に氷を溶かしてくれた。
「助かりました!」
「大丈夫なのだわよ。私がこの場に立つ限り、あなたの事は護り通すのだわ!」
 華蓮のお陰で無傷のルーキスは再び至近距離で激しく斬り続ける。きっと仲間たちはそれぞれの敵を倒し合流してくれる。それまでに少しでも優位な状況を作っておくのだと。



「先ずは落ち着いて……軽挙は戦場のバランスを崩すのだわよ」
 広大な白き部屋の各所で戦端が開かれようとしているその時。
 中央で全体の支援を行うと決めていた華蓮は、素早く周囲へと視線を巡らせると、自らが使える神に向けて祈りを捧げる。
 どうか彼らに武運を。
 その願いに応えるように華蓮を中心として風が渦巻き、戦いへと望む仲間たちの背中を押していく。
「敵は精強。であれば、私たちは力を合わせて打ち破るのだわ!」
 遠くから広がってくる光は恐らく、遂行者陣営で華蓮と同じく支援に徹している者が魔法を使ったからだろう。相手の支援が手厚いのであれば、こちらはそれ以上の支援で戦線を支えればいいのだ。
「鏡禍さんや、トレさんの方に行った皆さんはたぶん大丈夫だと思うのだわ。問題はそれ以外……。こちらも総力戦で行くのだわ!」
「分かった! おいらが全体を支えてる間に望乃は重傷者を!」
「任せてください!」
「わたしも手伝います、手分けをしていきましょう」
 華蓮の淀みない指揮により、直接戦う仲間たちだけでなく支援を主とするこの場にいる者たちもまた一個の生命であるかのように連携し、個人では到達できない領域にまで力を高めていく。
 フーガが黄金のトランペットを高らかに響かせれば、周囲に癒しの力が広がり仲間の傷が癒えていく。
 望乃が手を合わせて捧げる祈りに応えて、天の御使いが重傷者の傷を塞いでいく。
 『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)がエレキギターをかき鳴らす旋律に乗せて叱咤すれば、心を震わせる音楽が活力を与える。
 それぞれがそれぞれの力を尽くすことで、この死闘の中であってもまだ誰一人として倒れていないのだ。
「っ! ルーキスさんが危ないのだわ!」
「ここはおいらたちに任せて!」
 兼ねてより、ルーキスからは優先的に見ていて欲しいと頼まれていた。だからこそ、危機的な状況に気付くことが出来たのだ。
 半身が凍りつきその場に縫いとめられていたルーキスのその姿を見て、用意していた薬を一気に呷ると翼を広げて矢のように鋭く飛翔する。
 あとの事はフーガたち三人に任せて大丈夫だろうと判断し、迷うことなく一気に加速した華蓮はルーキスの前に立つと、今まさに叩きつけられようとしていたインディゴの盾を受け止め、横方向へと流していく。
「助かりました!」
「大丈夫なのだわよ。私がこの場に立つ限り、あなたの事は護り通すのだわ!」
 直後にルーキスの傷を癒して氷を溶かしたのは涼花によるものだろう。やはり、あの三人がいれば間違いはない。ルーキスが再びインディゴとの戦いに戻っていくと、華蓮はフーガたちに合図を出して他の仲間の下へと向かう。
 元から華蓮は中央で支援に徹するのは最初だけのつもりであったのだ。十分に支援を施した今は、戦場を素早く駆け巡り、必要な人へ必要な支援をより効果的に行っていくのだ。



 ティツィオ一派との決着が長引く原因は、まず間違いなくトレにあった。どれだけイレギュラーズから攻撃を受けようとも、攻撃や反撃をせずに祝福の聖句を唱え続けていたのだ。自分が受けた傷も治療しながら。
 だが、それも永遠に続くわけではない。治療を行ったとしても、イレギュラーズが三人による苛烈な攻勢によって受けた傷を短時間で治し続けることなどできるわけがないのだから。
「お前、もう限界だろう?」
「何を言っているんですか!」
「ほらな?」
「っ!!」
 そんなトレに言葉を投げかけたクウハがにやりと笑う。クウハは他の三人による攻撃には加わらず、言葉でトレと戦っていたのだが、その戦いの中でなんとなく感じ取っていた感覚が遂に確信へと至ったのだ。
 ティツィオから授けられた力は確かにトレの精神を守っていたのだが、クウハが言葉、表情、視線、ちょっとしたしぐさといったものに乗せた魅惑の魔性が遅効性の毒のように少しずつトレを蝕んでいた。
 開戦当初は無視を決め込んでいたトレが激昂して反論したのは、限界を迎えた証左と言えるだろう。
「おいおい、強がんなよ」
「このっ!」
 畳みかけるクウハの言葉にトレが杖を振りかぶって反撃する。が、それがクウハに届くことは無い。金色に輝く障壁が決して攻撃を通さないのだ。
 そしてそれはトレの支援を途切れさせるだけでなく、致命的なまでの隙を生み出す事にも繋がる。
「すきありだよ」
 リュコスが紡いだ呪文が完結し、トレの足元に魔法陣が現れると光が立ち上り結界を構築する。
 守るためではない。内側に閉じ込めた者を滅するための結界だ。
 浄化の光が満ちた結界の内部でトレは光によってその身を焼かれると共に、身を守るように纏っていた魔力も霧散していく。
「弾正」
「任せろ!」
 攻めるならば今しかない。
 踏み込んだアーマデルは最高速度まで加速してトレ目掛けて突撃する。
 あわや衝突といったところの直前、交差させた腕を振り抜き鋸刃の直剣とジャマダハル、二つの刃で切り上げると、圧倒的な速度から繰り出されるその一撃により、トレが空中へと打ち上げられる。
「まだ、まだ私は斃れるわけにはいかないんです!」
「……」
 翼を広げて体勢を立て直そうとするトレだが、その背後には跳びあがっていた弾正の姿がある。
 音もなく、姿も見せず放たれるのは致命の一撃。これまでにアーマデルが注ぎ込んでいた数々の呪毒の力を高め、容赦なくその命を摘み取らんとする。
「ごふっ……」
 受け身を取る余裕すらなく地面に叩きつけられたトレは杖を掲げ、最後の力を振り絞って浄化の聖句を唱え始めた。これまで何度か使われているため、それが意味することはこの場の誰もが知っていた。
 濁った血を吐き出しながらたどたどしく紡がれる詠唱を止めるには、今すぐにとどめを刺す必要がある。
 その役目を担うのはリュコスだ。
「……ねぇ、きみは何のためにきずついて命をすりへらしてたたかうの?」
 トレの身体は戦闘開始直後から力の代償として少しずつ崩れていた。それは治癒の祝福を使っても治ることなく、今ではトレの身体が虫食いのように穴だらけとなっている。
 どうしてトレはそこまでして自分たちと戦うのか。その心情を推し測ることはリュコスには出来ない。ただ、ティツィオに縛られているその姿を痛ましく思う。
 だから、ここで解放させるのだと。
 両手で握りしめた神殺しの剣を上段に構え、そして振り下ろす。
 込められた膨大な魔力が光の奔流となって解き放たれると、トレの身体を飲み込み跡形もなく消し飛ばしたのだ。
「……どうやら、最後の自爆は防げたようだな」
 弾正が呟いたのはこれまでに二度、ティツィオ配下の致命者が命尽きる時にその意志に関わらず、自爆やそれに近い行動を強制させられていたことを知っているからだ。
 だが、光に飲まれて消失したのであれば、その心配もないだろう。
「……さぁて、戦いはこれからだぜ! 早く援護に向かおう!」
 消えたトレが最後にいた場所を一瞥したクウハだったが、すぐに表情を切り替えると仲間たちに声を掛ける。
 支援役のトレが倒れ、更にはこの場にいる四人が他の仲間に合流できるのだ。ここから戦局は加速度的に動いていくことだろう。
 クウハの言葉にそれぞれが頷くと、予め決めていた通りに次なる目標に向けて走り出す。



 トレが倒れたことで最も動きやすくなったのは鏡禍とスモーキーだろう。祝福で強くなっていたとはいえ、影の天使は元から倒すだけならばさほど難しくはないのだ。
 トレによる再召喚を防ぐために耐え続けなければならなかっただけで、トレがいなくなり再召喚の心配がなくなった今は遠慮なく戦うことが出来る。
「まずは魔法型を仕留めます。そのまま抑えていてください!」
「いいぜ、やってやりな!」
 剣や槍といった物理攻撃は鏡禍が展開する強固な障壁の前には意味を為さない。影の天使の群れの中を突っ切ると、スモーキーが抑えてくれていた後衛の魔法型を優先して狙う。
 頑健さに比例して高まる妖力が薄紫の霧となって現れ、鏡禍の周囲のを漂い始めた。高密度に圧縮されたその霧をゼロ距離で解き放てば、その衝撃によって影の天使ごときは一撃で粉砕できる。
 防御こそ最大の攻撃。とでもいうかのように、鏡禍は次々と影の天使を消し飛ばしていく。
 スモーキーが煙を操り絡めとり、そこに鏡禍が攻撃を仕掛ける。魔法型の影の天使を倒しきれば、この連携を止める術は影の天使に残されていない。
「最後の一体も終わりましたし、僕たちも援護に向かいましょう」
「あぁ。残ってるのはどれも厄介なのばかりだからな」
 手早く影の天使を殲滅すると、鏡禍とスモーキーは仲間の下へと駆けていく。



「よしっ! やってくれたか!」
「ならば……!」
 トレが倒れたことは沙耶とニャンタルも感じ取っていた。これで、これ以上ウーノが力を増すことは無いだろう。祝福の残滓も暫くすれば消えると思われるが、わざわざそれを待つ意味もない。
 若緑の聖剣による沙耶の一撃をウーノが光剣で受け止める。が、直後に聖剣を横に薙ぎながら反対側へと跳び退く沙耶。
 そうして力の流れが狂い、体勢を崩したウーノに沙耶の影に隠れて前進していたニャンタルが迫れば、豪快で力任せな二剣による剣撃を叩き込み、ウーノの身体に残る祝福を斬り裂き霧散させたのだ。
「……」
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ……。これで条件は互角じゃな……?」
 ニャンタルの剣を受け、その衝撃で後ずさるウーノの身体はところどころに拳大の穴が開いている。沙耶やニャンタルが付けた傷ではなく、勝手に崩れていったのだ。この穴は治癒の力も受け付けていないようで、これまでトレの力で二人の攻撃による傷が塞がる一方でずっと残り続けていた。
 常人であれば命を落としているであろう痛ましい外見となってもなお戦えるのは、普通の生命とは体の造りが違うからだろうか。
 対して、沙耶とニャンタルの消耗も決して小さくはない。時折、援護を受けて傷や魔力を回復して貰ってはいたが、激しい戦いによる疲労までは抜けず肩で息をしているのが現状だ。
 しかし、勝利への道は半ば。ここで満足は出来るはずもない。
「来るぞ!」
「我を狙うか!」
 翼を広げて突撃してきたウーノをニャンタルが迎え撃つ。
 袈裟斬りを引掛けてきた光剣を左で弾き、続けて右で反撃。しかし、ウーノは力の流れに逆らわず身体を回転させつつ横に半歩分ずれてそれを躱すと同時に、ニャンタルの胴に蹴りを入れると背後から迫っていた沙耶の聖剣を、両手で支えた剣で受け止める。
 受け止めきれずに左腕が光の粒子となって砕け散ったものの怯むことなく、斬撃を放ち沙耶も深手を負ってしまう。
 追い込まれてなお高い戦闘能力を発揮するウーノだが、やはりトレの有無は大きかったようだ。
 こうして戦い続ける沙耶とニャンタルは深手を負っても仲間が治療してくれるが、もはやトレを治療してくれる相手はいない。
 翼で飛ぶことで倒れないようにしているが、右脚も今にも消えてしまいそうな状態だ。
「……」
「あれは! 不味い、デカいのを使うつもりだ!」
「なんじゃと!? ここからでは間に合わん!」
 限界まで追い込まれたウーノが選べる選択肢は少ない。故に、この一手を選ぶのは必然だったと言えるだろう。
 全速で後ろへ跳んで距離を取りつつ頭上へ掲げた剣。その先には光の剣が浮かんでいた。これまで範囲攻撃として飴のように降り注がせていたようなものではなく、城を崩せるだろうほどに巨大な一振り。そこにウーノの全てが込められている。
 それは沙耶がかつて見たものとは比べ物にならないほどの大きさと輝きを放っていた。距離が離れており撃たれる前に倒しきることは不可能。回避は間に合わない。ならば迎撃? 二人だけで? 守るのはどうだ? 本当に受け止めきれるのか? 思考が加速するも結論が出せずにいた沙耶とニャンタルの視界の端にあるものが映る。
 その瞬間、二人は同時に走り出した。後ろではなく前へ。
「二人は前へ! あれは僕が受け止めます!」
「任されたのじゃ!」
「必ずウーノは仕留める! それまで死ぬなよ!」
 二人の視界に映ったもの。それは援護に駆けつけた鏡禍の姿だった。鏡禍の耐久力は沙耶やニャンタルを上回る上に、今まで相手にしていたのが影の天使だったこともあって、消耗も少なく十全な状態で受けることが出来るのだ。
 颯爽と二人の間を駆け抜けた鏡禍が正面から巨大な光の剣を受け止めると、沙耶とニャンタルはそれを飛び越えてウーノへと迫る。
「はぁあああああっ!」
「ぬぉおおおおおっ!」
 昂る感情に反応し、一際強く輝く聖なる大剣を沙耶が振り下ろす。
 城壁すら打ち砕く、渾身の力を込めてニャンタルは二振りの剣を同時に振り下ろす。
 二人が同時に炸裂させた必殺の一撃は、ウーノの身体を見事に粉砕し光の粒子へと変えたのだった。
「無事か、鏡禍!?」
 倒した余韻に浸かる間もなく、ニャンタルは振り返って単身でウーノの切り札を受け止めた鏡禍の下へと駆けよるが、十分な体勢で受けられたこと、そしてニャンタルと沙耶が即座にウーノにとどめを刺したことが重なり、命を落とすという事はなかった。
 しかし、傷が深い事には変わりなく、呼吸を整えで体内を巡る気を賦活することで回復に専念する必要があった。
 遠くからその様子を見ていた望乃が放った天使を象った光も鏡禍の身体に溶け込んでいき、受けた傷を治してくれている。
 この分であれば少し休めば次なる戦いに向かう事も可能だろう。
「助かったよ。君が来なければ危うかった」
「いえ。僕は自分が出来ることをしたまでですよ。それよりも、次に向かいましょう」
「うむ! 敵はまだおるようじゃしのう!」
 傷を癒した鏡禍に沙耶が手を伸ばして助け起こすと、三人は更なる戦いへと向かっていく。



 短剣と太刀が閃き、一度二度三度と火花を散らし互いに一歩も引かぬ攻防が繰り返されるが、クワトロと対峙するのは史之一人ではない。
 史之が力を込めてクワトロに鍔迫り合いを強いると、素早く側面に回り込んだ彩陽が流星の如き矢を放つ。
「どうやらトレはんは倒せたようやな」
「そうだね、これで随分と戦いやすくなるよ」
「トレ……」
 先ほどまで絶え間なく戦場を駆け巡っていたトレの祝福が齎す光が途絶えた。ということは、仲間たちがやり遂げたという事だろう。
 これでクワトロの力を高める支援はなくなり、今もクワトロを守っている残滓が消え去れば底上げされていた能力ももとに戻るだろう。
 だが、それが無くとも今のクワトロは手強い。二人掛かりとは言え、こうして時間稼ぎをするのが精いっぱいだ。フーガや望乃、涼花たちが的確に回復をしてくれなければ、もっと早い段階でクワトロに敗れていたかもしれない。
 それだけ力を引き出した分、クワトロ側の制限時間もかなり減っている様で、胸から腹にぽっかりと大きな穴が開いており、頭も半分欠けているような状態だ。
 しかしそれでも技の冴えが衰えることなく、気を抜けばすぐにでも戦況を覆されてしまうという予感が史之と彩陽にはあり、息つく暇のない激闘を繰り広げることとなっていた。
 仲間の死に複雑な表情を見せつつも、意志とは関係なく動くクワトロの身体は容赦なく史之と彩陽を殺すために短剣を振るう。
「しまっ!? がはっ!」
「史之はん!」
 斬り合いのなかで史之の太刀をするりと躱したクワトロが鳩尾を狙って膝蹴りを叩き込むと、更に追い打ちを仕掛けるべく目にも止まらぬ速さで何度も斬りつけた。
 激しく鮮血を散らす史之を救うべく彩陽が矢を放つ。輝く矢は精確にクワトロの手元を撃ち短剣を弾く。即座に飛んで逃げようとするクワトロだが、彩陽の放った矢は一発だけではない。
 五月雨の如く連射される矢はクワトロの手を、足を、翼を次々と撃ち抜き身動きを取ることさえ許さない。
 その間に史之は仲間の援護を受けて傷を癒し体勢を立て直すと、ここで遂に待ち望んでいた援軍が到着する。
「待たせてしまってすまない!」
「ここからは俺たちも加わるぞ」
 史之と彩陽の下に現れたのは弾正とアーマデルの二人だった。クワトロという強敵を相手に、この二人の援軍はとても心強い。
 持ち直した史之が再び太刀を構えると、弾正、アーマデルの二人と並び立ち、更にその後ろからは彩陽が油断なく弓を構えている。
「クワトロくんの身体はもう限界が近いはず。なんとか隙を作ってくれたら俺がとどめを刺すよ」
「……分かった」
「動きを止めればいいんだな」
 史之が隣り合う二人にそう言うと、弾正とアーマデルは小さく頷く。それが合図となったのかは分からないが、再び接近してきたクワトロの短剣をアーマデルが受け止め、横から弾正が仕掛ければ片方の短剣を即座に閃かせて、弾正の手刀を受け止める。
 宙を飛んでクワトロの頭上を越え背後に回った史之が一太刀入れようとするも、まるで頭の後ろに目がついているかのようにそれを察知して弾正とは反対側に飛び退いて躱し、すかさずそれを狙っていた彩陽が射った矢さえも斬り払う。
 驚異的な戦闘力をいかんなく発揮するクワトロは、四人を同時に相手にしてもなかなか隙を見せず互角の戦いを繰り広げる。
 だがそれも長くは続かない。
「これならばどうだ」
 脚が消えて僅かに身体が傾いだその刹那の隙を見逃さず、アーマデルが剣を振るえばどこか冬の雨を思わせるような音色を響かせながら伸びていき、クワトロの身体を遂に捕らえた。
 驚異的な力で拘束を引き千切ろうとするクワトロだが、耳をつんざくような高周波によって細かく振動し、刀剣と等しい切れ味を持つに至った弾正の手刀が炸裂して右腕が斬り飛ばされた。
「逃がさへんで、クワトロはん……」
 再び嵐のような乱射でクワトロの動きを止めたのは彩陽だ。クワトロと交流があったのは史之だけではなく彩陽も同じ。この戦いで感じていたが敢えて無視していた感情が溢れそうになり、思わず顔が歪んでしまうがそれで狙いを違えてしまうことは無い。
 感情を理性で制御し容赦の無い矢を浴びせれば、その間に史之が間合いを詰める。
「っ! 史之はん! 早くとどめを!」
 死をさとったらしいクワトロの身体は、死なば諸共とでもいうのか、矢の嵐の中でも強引に動き史之の首に凶刃を突き立てようとした。
 攻撃態勢に入った史之がそこから防御や回避を行うことは不可能。クワトロに留めの一撃はさせるだろうが、このままではその代償に史之が致命的な傷を受けてしまうだろう。
 それを阻止するために動けたのはこの場においてただ一人。
「これ以上、私の身体は隙にさせません!」
「クワトロくん!?」
 短剣が史之の首に迫った瞬間、その手を止めたのは他ならぬクワトロであった。途中から沈黙を続けていたのは、どうやら確実に自分を倒せるようにと力を溜めていたからだったようだ。
 驚愕する史之ではあるが、もはや太刀を振るう手を止めることは出来ない。そのまま最後まで振り切り、クワトロの身体を肩口から袈裟斬りにして両断するのだった。
「クワトロくん、まさか……」
 ティツィオの支配から脱却できたのだろうか。そうだとしたら、自分はなんてことをしてしまったのか。そんな表情を見せる史之に、倒れたクワトロはゆっくりと首を横に振る。
「なんとか抵抗できたのはあの一瞬だけです。それに、もともと私はこの戦いで果てるしかありませんでしたから。寧ろ、史之さんにとどめを刺して貰えてうれしかったです。ありがとうございます。奥さんにはよろしくお伝えください」
「……クワトロくん。少しの間ではあったけど、君と過ごした時間は大切な思い出だ。こちらこそありがとう」
「ふふ、僕も楽しかったですよ」
「さよならは言わへんで。なんの因果か今回はこうなってしまったけど、また縁が結ばれて会えるっておれは信じとるからな」
「こんな私にもそんな機会があるのなら。今度こそ柵もなく皆さんと遊びたいですね……」
 そう言うとクワトロの顔が苦悶に歪む。どうしたのかと心配そうにする史之たちだが、クワトロがそれを制止した。
「この身体は間もなく自爆するでしょう。私がなんとか抑えている間に離れてください。……速く!」
「自爆に巻き込まれるのは不味い。行くぞ」
「こっちだ!」
 史之と彩陽がアーマデルと弾正にそれぞれ連れられてクワトロから離れていくと、やがてその背後から爆発音が轟く。
「クワトロくん……」
「またな……」
 またどこかでお会いしましょう。爆発音の中でもやけにはっきりと聞こえたその言葉が、四人の背を押して次なる戦いへと向かわせるのだった。



「トレは倒れましたか。やれやれ、どうせ死ぬのであれば、最後に敵の一人や二人巻き込んで死ねばよかったものを……」
「ぐぅ……それでも、あの子たちの、主人か……!」
 トレからの支援がなくなったことでトレが倒されたことに気付いたティツィオではあったが、その言いぐさは使えない道具に対するもののようであった。
 怒りを露わにするイズマだが、首を鷲掴みにされて身体を持ち上げられている状態では何もすることが出来ない。必死にティツィオの手を引き剥がそうとするも圧倒的な膂力で掴まれており動かす事さえできない。
 身体を捻ったり細剣を振ったりなどして暴れるも意味を為さず、徐々に息が苦しくなってきた。
 手足に力が入らなくなり、視界が霞み、意識が遠のいていく。
「イズマはやらせない!」
「おっと、もう来ましたか。もう少しで締め落とせそうだったんですがねぇ」
 ティツィオの腕目掛けて振り下ろされた神殺しの刃だったが、即座にイズマから手を放して一歩下がることでそれを避ける。
「かはっ……!」
「だいじょうぶ?」
「すまない、助かった。正直危ない所だった」
 イズマの窮地を救ったのは、トレを倒した直後にティツィオに向かったリュコスだった。そして、救援はリュコスだけではない。
「さっきの言葉、しっかり聞こえてたぜ?」
「だとしたらなんだというのですか?」
「はっ! お前が気に食わねぇってだけだよ!」
 イズマを庇うように立ったのはクウハだ。
 挑発するように声を掛けつつ、もっとも危険度が高いと思われるティツィオに向かう判断は正解だったとイズマの状態を見て思う。
 フーガたちが治療を施してくれてはいるが、思ったよりもひどい状況に改めてティツィオの強大さを実感する。
「時間稼ぎに付き合う義理はないのでねぇ。さっさと片付けさせてもらいますよぉ!」
「生半可なことで殺せると思ってくれるなよ?」
 床を抉りながら放たれる、掬い上げるような一撃の途中でティツィオが戦斧から手を離せば、勢いそのままに回転しながら戦斧が飛んでいく。
 対するクウハはそれを正面から受けとめた。予め張っていた黄金の障壁と戦斧がぶつかり、ごりごりと削られるような音が響きあまりの威力に押し込まれていくが、やがて戦斧が上に跳ね上げられてティツィオの手元に戻っていく。
 肝心の障壁は無傷であり、なんとか耐えきれたようだ。
「ふむ。やはり厄介ですねぇ」
「ぼくをむしするの?」
 戻ってきた戦斧を今度は肩に担ぎ、上段からの振り下ろしを狙うティツィオに、今度はリュコスが仕掛ける。膨大な魔力によって創造された神をも滅する魔剣の一撃。
 だが、ティツィオはそれさえも片腕を割り込ませるだけで防いでしまう。そして逆にリュコスの剣を弾くと、戦斧を振り下ろしから横薙ぎに切り替えて容赦なく打ち込んでいく。
「がっ……!」
 直撃を受けたリュコスは自分の肋骨が砕ける音を危機ながら吹き飛ばされると、床を転がっていく。あまりの衝撃に受け身すら取れずに転がり続けやがて止まると、口の中から大量の血液を吐き出し白い床を朱に染め上げる。
 直ぐに集中的な治療が開始されるが、これほどの深手を治し斬るには時間が掛かるだろう。
「まずは一人……」
「させるかよ!」
「誰一人死なせるものか!」
 リュコスにとどめを刺そうとしたティツィオを止めるため、クウハが割り込み回復したイズマも背後から斬りかかる。だが、ティツィオも学習している。イズマの斬撃を背中に受けても傷は浅いと判断し、クウハの排除に全力を注ぎ体重を乗せた一撃で障壁を粉砕。その先のクウハをも斬り裂いた。
「やっぱ強ぇなぁ……」
 流石は頑丈さが取り柄のクウハといったところか。深手は負ったが、倒れることなくティツィオを睨み続ける。
 まさしく化け物と呼ぶに相応しいだけの力を見せつけるティツィオに対して、クウハとイズマが交代で守りを受け持ち、その間にリュコスが仕掛ける。
 今できる最善の手で戦ってもなお、ティツィオに有効な一打を与える事すらできず、回復の手も間に合わなくなり始め徐々に追い込まれていく。
 ――そんな折だった。突如響いたガラスの砕け散る音にティツィオが動きを止めたのは。
「お、やはり効いたみたいじゃな?」
 ウーノを倒したニャンタル、沙耶、鏡禍の三人はそのままティツィオの下へと向かおうとしていたのだが、どうしても頭上で煌々と輝くルスト・シファーを象ったステンドグラスが気になったニャンタルは、宙を飛び渾身の一撃をそこに叩き込んで粉砕したのだ。
 降り注ぐ色とりどりのガラス片は、光を乱反射させて美しく煌めきながら落ちていく。
 信仰の対象を砕かれたティツィオは、あまりの事に茫然自失となっているようだ。
「今だ!」
 いまだかつてない最大の好機。この機を逃す訳にはいかないと、ワイバーンを駆る沙耶が突撃する。勝利を掴むのだという強い意志を力に変えて。若緑に輝く巨大な剣を振り抜いたのだ。
「我も続くぞ!」
 ステンドグラスを砕いた張本人たるニャンタルも雷光を纏い、音さえも置き去りにする超加速でティツィオに肉薄すると、そのまま二つの剣で斬りつけた。
 二人の同時攻撃を受ければ流石のティツィオにも聞いたのだろうか。ぐらりと身体が傾き後ろへと倒れそうになる。が、すんでのところで足を一歩引いて踏みとどまる。
「っ! いけない、すぐに離れてください!」
 人間であれば誰しもが持つ野性の本能。普段は眠っているはずのそれがいきなり目覚め、最大限の警鐘を鳴らす。それほどの怒気を放ったティツィオが腕を伸ばすと、鏡禍の言葉も虚しくニャンタルの頭が鷲掴みされた。
 万力のように締め上げられる痛みに苦しみながら暴れるニャンタルとそんな彼女を救うために攻撃を仕掛けるイズマたちイレギュラーズだが、怒りが臨界点を突破したティツィオは止まらない。止められない。
 大きく振りかぶってニャンタルを頭から床に叩きつけると、あまりの衝撃によって床が多くへこみ、小さなクレーターが出来上がる。
 叩きつけられたニャンタルはと言うと、その衝撃で一瞬意識が飛んで白目を剥いていた。すぐに意識を取り戻して危機を告げる本能に従い離れようとするが、既にティツィオは追撃の構えに入っている。
 ダメージが抜けきらず思うように動けないニャンタルに容赦なく振り下ろされる戦斧は、肉を斬り裂き骨を砕き、その身体を寸断することで命を刈り取るのだった。
「ニャンタルさん! 良かった!」
「イタタ……」
 常人であれば死んでもおかしくはない。事実として身体が真っ二つになったのだ。しかし、イレギュラーズにだけ許された奇跡の力がその命を繋いだ。
 時間が巻き戻された可能ように斬られた身体が再び接合し、ニャンタルが死亡したという事実を否定する。だが、完全に傷が癒えた訳ではなく、ぎりぎり動けるという程度。すぐに治療を始めなければ今度こそニャンタルの命が危うい。
 鏡禍がニャンタルを守るように立ちはだかり、その間にニャンタルの治療が開始される。
「……ふぅ。いけませんねぇ。怒りで思わず我を忘れてしまいましたよ」
 睨む鏡禍の前で落ち着きを取り戻したらしいティツィオは、乱れた髪をかき上げながら自分の状態を確かめると、ニャンタルへの攻撃を止めようとしたイレギュラーズからの攻撃で随分と傷ついてしまっていた。
 まだ余裕はあるが、反省はしなければならないだろう。そんな事を考えていたティツィオに声を掛けるものがいた。
「よぉ、ティツィオ。おまえのそんな顔が見れて嬉しいよ」
「怒りたいのはあんさんだけやあらへんで?」
 クワトロの最期を看取ってきた史之と彩陽。
「冷静になったつもりのようだが、怒りの表情が消えていないな」
「かつての俺ならば、お前に共感を示したかもしれないな」
 そして弾正とアーマデル。
 ここに、この戦いに臨んだイレギュラーズのほとんどが集結したのである。一対十。通常であれば圧倒的な戦力差であるが、ティツィオはそれでもなお余裕を崩すことは無い。
「いいでしょう。全員纏めて屠って差し上げますよ」
「その余裕、いつまで持つか見ものやね?」
「ティツィオォオオオオオッ!」
 狙い済まされた彩陽の一射が鋼糸となってイレギュラーズが攻勢を強めていく。煌めく矢の雨に紛れてティツィオに肉薄するのは史之。
 矢と共に飛んでティツィオを間合いに捉え、裂帛の気合と共に両手で握った太刀を振り抜けば、迎撃に振るわれた戦斧と激突し周囲に紅い稲妻が広がっていく。
「あの程度で我の心が折れるとは思わぬことじゃな!」
「合わせるよ。こんな危険なヤツ、放っておけないから」
 支える腕に伝わる衝撃に眉を顰めつつも、史之を弾き返したところに左右から挟みこんでニャンタルとリュコスが攻める。
 先ほど奇跡によって一命を取り留めたばかりというのに、ニャンタルの意思は折れることなくティツィオを打倒するために剣を振るう。
 攻城兵器もかくやと言う尋常ならざる威力を秘めた一振り。
 そして同時に振るわれるリュコスの魔剣。神をも滅するその力は、リュコスが負った傷が深いほどに高まっていく。敢えて完全には傷を治さないように頼み、動ける程度に留めて貰ったお陰でその威力はこの戦いの中で最高を記録する。
「小賢しいんですよぉ!」
「守りを固めてください!」
「チィ! やってくれるぜ!」
 ニャンタルとリュコスの同時攻撃に耐えきったティツィオは、転移術式を連続起動しまるで分身でもしているかのように散らばると、周囲一帯を斬り裂き砕き蹂躙した。
 鏡禍がリュコスを、クウハがニャンタルを庇い、イズマも障壁でそれを防ぐ。だが無事に凌げたのはその五人だけだった。
 残りの半数の被害は甚大であり、特に弾正やアーマデル、彩陽といったもとから守りをそこまで得意とはしない者たちは、パンドラの奇跡が無ければここで命が潰えていただろう。
 それでも、この戦いには負けられない理由がある。ふらつきながらも立ち上がると、アーマデルは異なる形状の二つの剣を振るい、狂気的な不幸和音を響かせながら斬りつける。
「ここで決めろ!」
「あぁ! スモーキー殿、あれを頼んだぞ!」
「遂にか! 盛大に行くぜ!」
 苛烈に攻めるアーマデルが声を上げれば、それを聞いた弾正がスモーキーへと合図を送る。
 これまで援護に徹していたスモーキーだが、それはこの時のための布石だったのだ。これまでと同じように煙を使った拘束で援護する。そう見せかけて辺りを煙で満たし、ティツィオの視界を塞ぐ。
「これは……! えぇい、邪魔ですよ!」
 アーマデルを戦斧で払い飛ばしその勢いで煙も晴らそうとするが、この煙はスモーキーの能力によるものでそう簡単には払うことなどできない。
 その煙の中で、弾正は懐から取り出したUSBを自分の脚にしがみ付くように装着された状態の、平蜘蛛という専用武器に差し込めば、そのUSBに記録された情報を読み取って平蜘蛛が赤く明滅する。
 とうっ。と、高く跳びあがった弾正は、空中で身体を回転させて体勢を整えると、加速しながら落下しそれに合わせて平蜘蛛の装着された足を蹴りだす。
 螺旋を描き回転する鎖へと姿を変えた平蜘蛛と共に突き進む先はティツィオ――ではなく、その先の聖杯である。
「まさかっ! させませんよ!」
「それはこちらのセリフだ」
 弾正の狙いに気付き聖杯の元へと向かおうとしたティツィオに若緑の閃光が襲い掛かる。沙耶の放ったこの一撃によりティツィオが一歩出遅れれば、その一歩の差が致命的なものになり、弾正渾身の飛び蹴りが聖杯へと届いたのだ。
「はぁあああああっ!」
 蹴りによって叩きつけられる、掘削機のように回転する赤い鎖。気合を込めて弾正が更に押し込めば、魔術的な守りを突き破ってがりがりと聖杯の表面を削り始める。
 だが、思いのほか聖杯は頑丈に作られていたようで、その全てを受け止めた上で罅が入る程度で踏みとどまったのだ。
「くっ、これでもダメなのか!?」
「よくもやってくれましたねぇ……!」
 聖杯を狙った弾正に怒りの矛先を向けるティツィオだったが、それがいけなかった。
 目を離してはいけない人物がここにいたのだ。
「十分だ、弾正さん。離れて!」
「しまっ!?」
 イズマが必死になってティツィオの攻勢に耐え続けていたのは、聖杯を破壊する隙を伺うため。
 追い込まれながらも、決して諦めず虎視眈々とこの瞬間を狙っていたのだ。
 構えた細剣を指揮棒のように振るえば、ち密な魔法陣が宙に描かれて術式が完成していく。その速さはティツィオが止めに入る間もなく、ならばと身を挺して聖杯を守ろうとするが、一点に収束させた魔力砲撃はティツィオの身体を越えて聖杯に届く。
 光に飲まれた聖杯は、弾正の攻撃で入れられた罅がある。それが、徐々に広がっていき、やがて聖杯全体に罅が広がると音を立てて砕けたのだった。
「ここまでだ、ティツィオ。おまえの核は聖杯と共に砕け散った」
 史之が力なく倒れるティツィオに太刀の切っ先を向ける。
 その言葉通り、聖杯と共にティツィオの根源である名もなき殉教者の仮面は消滅している。心臓を失ったに等しいティツィオは、辛うじてその姿を保ってはいるものの配下の致命者たちがそうであったように、身体が光の粒子となって消え始めていた。
「えぇ。そうですね。認めましょう。どうやら私に”勝ち”は無いようですねぇ」
 だがしかし、”勝利”がなくともせめて”敗北”避けて見せるのだと、力を振り絞って立ち上がったティツィオは戦斧を構え、そこに全ての力を注ぎ込み始めた。
「これがティツィオの隠していた力か!」
 切り札があると読んで、戦闘開始からずっとティツィオの分析を続けていたイズマは、どこか底知れない不気味さを感じていたのだが、遂にその正体が姿を現したのだ。
 魔力の奔流が荒れ狂い、近づくものを拒み遠距離からの攻撃からも防いでしまう攻防一体の大技。
 やがてティツィオの戦斧が日輪の如き輝きを放ち始めた。
「なんとしても止めるぞ!」
 誰が言ったのかは判別もつかない。直後、世界から音と色が消えて、全てが眩い白に塗りつぶされた。
 迸る閃光は爆心地を中心として十字に広がり、その中に存在する悉くを破壊し尽くしていったのだ。その中心にいたティツィオ自身ごと。
「はぁはぁ……。おい、死んでるやつはいねぇか?」
「ぎりぎり生きてはいるが……」
 凄まじい破壊の後でも生き残ることが出来たクウハが声を上げると、イズマが起き上がりそれから一人ずつ無事な者が集まってくる。
 幸いにも命を落とす者はいなかったのは、全員が死力を尽くして魔力の波動を突き破り、完全な形で最後の一撃を放たれる前にとどめを刺しきれたからだろう。
 暴発した魔力の濁流に飲み込まれてはしまったが、まだ戦うことは出来る。
 ティツィオが消えた今、あとはこの戦いを終わらせに行くだけだ。最後の一人、インディゴを倒しに。



 青騎士の突き出した槍を華蓮が受け止め、その背後から飛び出したルーキスが刀を閃かせる。トレが倒れたことで、トレに割いていた戦力が別の相手の下へと移り、勝敗の天秤はイレギュラーズ川に傾きつつあった。
 それ故に、華蓮はルーキスの支援に専念できるようになっていたのだ。
「惜しいですね……」
「倒せるまで何度でもやるだけなのだわ!」
 華蓮が仕える神に捧げた願いによって後押しを受けたルーキスは、紫電と疾風を纏い執拗なまでにインディゴの騎乗する馬を狙って攻撃を仕掛ける。
 人馬一体の戦いこそがインディゴの強みだが、逆に言えばどちらか片方でも失えば全力を発揮できなくなるという事であるからだ。
 しかし、インディゴの方もそれは分かっている様で、ルーキスの狙いを潰すべく愛馬への攻撃は優先的に盾で防ぐようにしている。
 華蓮が守りを固めつつルーキスを支え、ルーキスは攻撃に専念する。そしてインディゴはルーキスの攻撃を丁寧に捌き消耗を最小限に抑えつつ的確に反撃を叩き込んでいく。
 そんな千日手のような戦いが続いていたある時。すぐ近くでとんでもない魔力の迸りを感じて思わず両者共に戦いの手を止めてしまう。
「これはティツィオの仕業か!?」
 インディゴが驚きの声を上げるも束の間。煌めく閃光から一拍遅れて衝撃波広がっていき、それに巻き込まれて吹き飛ばされそうになるのをルーキスと華蓮は脚を踏ん張って堪え、インディゴはコバルトに姿勢を低くするように言って耐え忍ぶ。
 幸い、といっていいのか分からないが、三人はいずれも無傷でやり過ごすことが出来たが、爆心地近くにいた仲間はどうだろうか。
 などと心配している暇はなかったようだ。
 爆風が過ぎ去った直後、槍を構えたインディゴが突撃してきたのだ。絶対零度を纏い、周囲を凍てつかせながら突き進むのは死の化身。
「仲間の生死を心配すらしないというのだわ!?」
「俺は主君に言われて奴に力を貸しているだけだからな。生きていようと死んでいようと知った事ではないわ!」
「ぐわぁっ!?」
 華蓮もその背後に守られたルーキスも纏めて撥ね飛ばして駆け抜けていくインディゴ。
 上空で翼を広げて体勢を整えて安全に着地出来た華蓮はいいが、ルーキスは半身が凍り付きその氷が流れる血によって赤く染まっていた。
 これまでならば、この状態でも仲間がすぐに治療を施してくれたのだが、今は先ほどのティツィオの攻撃を受けた者たちの治療で手一杯なのだろう。
 すぐに治療が開始されず、ルーキスは氷と出血で休息に体温が落ちていくのを感じていた。
「これくらいは覚悟の上です!」
 刀を握る両腕からが放たれる神々しき輝きが氷を砕き、不思議と出血も収まっていく。その光を纏ったまま刀を振るいインディゴの馬を仕留めようとするが、すぐに逃げられてしまう。
「よく、今まで耐えてくれはったね。ここからは全員でいくで!」
「ぬぉ!?」
 逃げた先のインディゴを強襲したのは彩陽の矢だった。乱れ打ちされる無数の矢を、インディゴは盾を構えて防ぐが、あまりの圧力に足が止まる。
「こいつを倒せばこの戦いも終わりだ」
「一気に畳みかけるぞ」
「ティツィオめ、まさか一人も倒せずに散るとはな。部下も部下ならば所詮はアイツもその程度だったという訳か!」
 インディゴが足を止めた隙を狙って、アーマデルと弾正が素早く近づき前後左右を素早く入れ替えながら、一糸乱れぬ連携で追い詰めていく。
 巧みな盾捌きでそれらを凌ぐインディゴも流石ではあるが、既に包囲は完成している。
「無事でよかったのだわ!」
「クワトロくんを侮辱するような発言、許せないなぁ?」
 ティツィオと戦っていた者たちが遂に合流し、この戦いに参加した全てのイレギュラーズが揃ったのだと察した華蓮は歓喜の表情を浮かべると再び祭神へ祈り、追い風の加護を仲間たちに授けて貰うと、その追い風に乗って史之が飛んできた。
 赤い雷光を纏わせた太刀が閃き、インディゴはそれをたてで正面から受け止める。
 だが、史之の痛烈な攻撃は度重なる攻防でぼろぼろになっていたインディゴの盾を打ち砕くに至る。
「なんだと!?」
「驚いておっていいのかのう?」
「たてがなければ防げないよね?」
 明確な殺意をもって放たれる急所を正確に断ち切るニャンタルの三連斬りに続き、リュコスの魔剣がインディゴに触れると同時に内包する魔力の全てを解放する。
「ぐはっ! ……コバルトはやられたか、だが!」
「何かやるつもりらしい、抑え込むぞ」
「分かりました」
「いまさら何やっても手遅れだってことを教えてやるぜ」
 集中砲火を受けて地面に投げ出されたインディゴが見たのは愛馬が消滅する瞬間であった。
 しかし、それでも主君からの命令を完遂するため戦い続ける道を即座に選ぶ。槍を地面に突き刺すと、そこから周囲に冷気が広がり極寒の猛吹雪がイレギュラーズに襲い掛かる。
 それを防ぐために動いたのは、イズマ、鏡禍、クウハの三人。硬い守りに自信のある三人で皆を守ろうとするが、流石にこの範囲の広さでは守り切れそうにない。
 だが、まだ切り札は残されている。クウハの周囲に光が広がっていくと、猛吹雪を吸い込みクウハがその全てを一新に受け止める。
 いかに生命力に自身のあるクウハと言えども、これには耐えきれず身体の芯まで凍りついてしまうが、直後に奇跡による助けによって氷が砕け蘇生する。
「最後は任せた、確実にとどめを刺してくれ!」
「この一振りに全てを乗せます!」
 攻撃直後の隙を狙って若緑の閃光となった沙耶が突撃し、聖剣による一撃をお見舞いすればインディゴが纏う甲冑が砕け散った。
 そして――。
「うぉおおおおお!」
 再び鬼の力をその身に宿し、雄叫びを上げながらルーキスが二刀を交差させる。
 何としても直撃を避けようとするインディゴではあるが、コバルトのいない状態で彩陽が引きだしたルーキスの速度には敵うべくもない。
「ぐわぁあああああ!」
 致命の一撃を受け、断末魔の叫びをあげて消えていくのであった。



 先ほどまでの戦いが嘘のように静かになる白亜の空間。しかし、随所にみられる戦いの痕が真実を物語っている。
 ウーノ、トレ、クワトロ、ティツィオ、そしてインディゴ。イレギュラーズの前に立ちはだかった全ての敵は討伐され、完全なる勝利を収めたのだ。
「ようやくおわったね」
「激しい戦いだったけれど、一人も欠けることが無かったのは僥倖なのだわ」
「実際危ない所ではあったのじゃ……」
「あの時は流石にひやっとしましたよ……」
 リュコスの呟きに、最良の結果で終われたと華蓮が帰す。
 だが、ニャンタルのように奇跡の力が無ければ危うかった者がいたのも事実。思い返してどっと疲れが出てきたのか、ニャンタルは床に寝転がり身体を休め始めれば、ニャンタルの身体が両断される瞬間を間近で見ていた鏡禍が溜め息を吐く。


 リュコスたちが今回の戦いを振り返りつつ身体を休めている一方で、戦った相手に対して思い入れのある者たちはそれぞれが戦った場所へ向かっていた。


「俺、別にお前の事嫌いじゃなかったんだぜ?」
 クウハは何度もトレと戦ったが、それは互いの立場が敵同士だったというだけでトレ個人に対しては、殺したいほど憎いといった感情は持ち合わせていない。
 敵同士だったのだから仕方ない。そう表現するしかないのだ。
 しかし、こうなってしまえば敵味方はもはや関係ない。ティツィオによって生み出され、ティツィオの命令に最後まで縛られていたトレは、果たして幸せだったのだろうか。
 今ではもうその答えを知ることは出来ないが、最後に贈るならばこの言葉が相応しいだろう。
「オマエ達はよく頑張ったよ。お疲れさん」


 沙耶がウーノと戦ったのは今日で二回目だ。しかし、沙耶がウーノに対して情を感じるには十分であった。
 倒さなくて済むのならばそれが良かったが、ティツィオの命令に逆らえない以上、戦いは避けられない。
 戦いを避けられなかったのは悔しいが、だからせめて死力を尽くして戦った。後悔を残さないために。
「……笑えるんじゃないか」
 いつも無表情だったウーノだったが、とどめを刺したその瞬間にティツィオの呪縛が解けたのだろうか。身体が粒子となって砕け散る直前に、ウーノは微笑んでいたように見えた。ありがとう、と。


「ほんま、最後までいい子やったなぁ。クワトロはん」
「そう、だね……」
「まさか、こんなことになるなんてね……」
 偶然の出会いから始まったクワトロとの付き合い。
 最初は警戒もしたが、あまりに無邪気なクワトロと過ごすうちにすぐに敵視する気持ちはなくなった。短いながらも濃密な時間を過ごし、史之に至っては容姿として引き取ろうとさえ考えていたほどだ。
 しかし、現実は残酷だ。ティツィオの命令で強制的に戦わされたクワトロを、史之と彩陽は討ったのだ。
 その場に居合わせなかったが、この戦いに参加したという意味で言えばイズマもまた同じと言える。
「すべて終わったら泣くがいい、史之、勝利が喜びばかりとは限らないのだから」
 戦いの流れに飲まれて希薄になっていた人格がもとに戻ったミサキが、震える史之の頭にそっと手を置いてそう告げる。
「でも、これで永遠のお別れではないんやろ?」
「うん。また会おうって、確かに言っていたからね。いつか必ず……」
「そうか、そんな事が……。俺もまた会いたいな。今度は敵味方でなく、友人として」


 今回の戦場で最も破壊の痕が酷い場所。それは間違いなくティツィオが最後の一撃を放とうとした場所だ。ぎりぎりで止めることは出来たが、もし止められずに完成させていたらこの中の数人は消えていてもおかしくなかった。
 そう感じさせるほどの破壊の痕跡が残されている。
 そんな爆心地を前に、弾正とアーマデルが並んで立つ。
 弾正はイーゼラー教に入信し、その主神たるイーゼラーのために人を殺めた過去がある。そして、アーマデルも元は死の神を祀る教団に生まれ、その中で暗殺者として生きてきた。
 どこかの運命の分岐点を別の道に進んでいたら、ティツィオの核である名もなき殉教者の仮面の本来の持ち主と、同じような末路を辿っていたのは自分かもしれない。
 そう思うと、ティツィオに対してもどこか他人ではないような気がしてくるのだ。
「……いつか俺も、報いを受ける時が来るかもしれないな」
「ありえないとは言わない。だが、その時は俺も共にその報いを受けよう」
 いつか訪れるかもしれない未来の可能性の一つを想像して、二人は互いの手を握り合うのだった。


 ティツィオの斃れた場所を訪れた者は他にもいた。
「再会は喜ばしいかったのですが。……もうお茶を飲みながら語らうことも無いと思うと、残念ですね」
 ティツィオが主催したティーパーティーに参加していたルーキスは、そう呟いて爆心地を眺める。敵なのだと漠然としか認識していなかったティツィオだったが、ティーパーティーで話してみればその人となりが見えてくるところもあった。
 顔を隠し、”あの人”などと名乗り、徹底して自分という個を消そうとしていたのは、核となる聖遺物に由来した性格だったからなのかもしれない。
 戦うことなく話す機会がもっとあれば。ルーキスはそう思わずにはいられない。

 そして、クワトロとの別れを済ませたイズマもまたティツィオの事を想う。
 果たして、ティツィオの核になっていた聖遺物にはどのような由来があったのだろうか。誰が被って、その人物は何をしたのか。疑問は尽きず、されどその答えを知る者はおらず。
 ただせめて――。
「俺は貴方の事を覚えていよう」
 それぞれがそれぞれの因縁に決着をつけていると、空間の主が消えたことでこの場所が維持できなくなったようだ。部屋全体が大きく揺れ始め崩壊が始まっていく。
 せっかく強敵たちを倒したというのに、生き埋めになっては元も子もない。イレギュラーズは余韻に浸る間もなく、慌てて部屋の奥にあった扉を潜りその先にいるだろうルスト・シファーを目指すのだった。

成否

成功

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結
冬越 弾正(p3p007105)[重傷]
終音
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)[重傷]
神殺し
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切
結月 沙耶(p3p009126)[重傷]
怪盗乱麻
イズマ・トーティス(p3p009471)[重傷]
青き鋼の音色
ニャンタル・ポルタ(p3p010190)[重傷]
ナチュラルボーン食いしん坊!
火野・彩陽(p3p010663)[重傷]
晶竜封殺
クウハ(p3p010695)[重傷]
あいいろのおもい

あとがき

ウーノ、トレ、クワトロ、ティツィオ、インディゴ。全員の討伐に無事成功しました。
皆さん、お疲れさまでした。

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