PandoraPartyProject

SS詳細

ただ雪が降っている

登場人物一覧

結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
結月 沙耶の関係者
→ イラスト
トール=アシェンプテル(p3p010816)
つれないシンデレラ


 暖炉の中の炎が人もまばらなローレットの床を穏やかに照らしている。
 結月 沙耶 (p3p009126)は、トール=アシェンプテル (p3p010816)を探して辺りを見回した。
 トールは壁際の椅子に背筋をピンと伸ばして座り、なにやら古そうな赤茶けた表紙の本を読んでいた。
 魔道書だろうか。
 文字の一つ一つの愛おしそうに追う青い目が、新たな知識を得た興奮で宝石のように輝いてみえる。
 沙那は胸に手をあてると、まぶたを伏せた。
 さっきから胸のときめきが収まらない。
(「落ちつけ、私。静まれ、私の心」)
 なんとか平常心を取り戻したところで、沙那はゆっくり歩いてトールが本を読むテーブルに近づいた。
「あ……。沙那さん」
 いま、笑顔が少し陰ったような。気のせいだろうか……。
 沙那は萎れそうになる心に活を入れた。
「なに読んでるの?」
 明るい声が出せてほっとする。
「貸してもらった本です。何かの参考にって」
「へー。難しそうな本だね」
 トールは読んでいた本を静かに閉じた。
 誰から貸してもらったのか、聞きたいような聞きたくないような。なんとなく見当はつくが、それが当たっていたらと思うと辛い。
 嫉妬で笑顔が焼け落ちないうちに、約束を取りつけて退散しよう。
「ねえ、今度2人で遊びに行かない?」
「……沙那さん」
 立ち上がったトールは沙那より頭二つ分高い。真剣な目でまっすぐ沙那の瞳を見下ろす。
 急に輪郭の柔らかさを削ぎ落し、トールは青年の顔になっていた。
 沙那は息を止める。
 いやだ。言わないで――。
「沙那さん、ごめんなさい。僕は――さんが好きです。だから」
 トールの真摯な言葉が鼓膜を叩くたび、世界中の音が壊れていく。
「もう無理です」 
 終る時は唐突で一瞬だ。
 一緒にいた時の笑顔も、優しい言葉も、繋いだ手のぬくもりも。
 ガラガラと足元に崩れ落ちていく。
 唐突に耳の奥で蘇るのは、トールのあの時のあの言いかた。もしかして……。
 目の前がぐらりと揺れる。
 気づいてしまった。夢の時間はとっくに終わっていたことに。
 悔しいわけじゃなくて、ただ悲しい。
 ぽろり、と涙が零れ落ちた。
 止めようとしても、あとからあとから零れてくる。
 今までだったらトールが指で涙を拭って慰めてくれていただろう。だけど。
(「私は知ってる。トールが誠実な人だってこと」)
 トールのブーツの爪先が「回れ右」する。
 何かを、あの子の本を持ち上げる気配がする。
 ためらうような一拍の間。
 トールは何も言わず、沙那に背を向けたまま去っていった。


 気づいた時にはローレットを飛び出ていた。
 足を止めてはあはあと吐きながら、首を巡らせる。この辺りの風景にまったく見覚えがない。
(「どこかで休もう」)
 右手に公園が見えた。
 雪の降る日に公園を散策しようと思う人は少ないはずだ。あそこなら……。
 マフラーを巻きなおし、雪の積もる公園に入る。
 赤い三角屋根の小さなガゼボを見つけ、中に入って木のベンチに腰掛けた。
(「何がだめだったんだ……」)
 壊れないように大事に包んで温めてきたトールとの時間。そのうちいつか友だちと恋人の境界線を越えると思っていた。
 ぱん、と乾いた音が響き、沙那の頭に衝撃が走る。
「よう、リンネ。何しょぼくれてんだ、みっともねぇ」
「い……ったぁ」
 ぽろりと落ちた涙のしずくが頬に熱い。
「なんだよ。泣くほど強く叩いてねーぞ」
 きまり悪げにテンショウがいう。
 黙っていると、勝手に隣に座ってこちらの顔を覗きこんできた。
「何があった?」
「ほっといてくれ」
「らしくねーな。何があったか言ってみろ」
「テンショウ……」
 みっともなく鼻をすすり上げながら、流れる涙を拭いもせず、大切な人に思いが届かなかったことを告白する。
 最初のうちは相槌を打っていたテンショウだったが、沙那が肩におでこをよせて本格的に泣き崩れだした辺りで何も言わなくなっていた。
 テンショウは沙那の肩に手をついて乱暴に体を押し戻すと、チェック柄のハンカチを差し出した。
「とりあえず拭け! ――って、誰が鼻をかんでいいって言った!」
「……ん、洗って返す」
「当然だ、ばーか」
 テンショウは立ち上がると、憎まれ口を叩かれてもなにも言い返してこない沙那を見下ろした。こんなのはリンネじゃない。
「ちょっとツラ貸しな 」


 テンショウに連れられて店内に足を踏み入れると、目に飛び込んできたのはあふれんばかりの緑だった。店内のいたる所に植物が置かれており、天井にもツタのような植物が丸いガラスの鉢に入れられて吊り下げられている。
 全面ガラス張りのカウンター席からは、雪化粧した川べりを望むことができ、沙那はその景色をぼーっと眺めているだけで心が落ちついた。
「ここは?」
「俺の行きつけの店だ。ここはイレギュラーズには知られていない。たぶん……」
 ゆっくり話をするにはもってこいだろ、とまるでここが自分の店のようにどや顔で胸を張る。
 テンショウは沙那に確認もせず、ホットココアを2つ頼んだ。それと、自家製ビスケットも。
 しばらくの間、ガラスに映る自分の顔を眺めて過ごした。
(「知らない顔の女がいる……あ、自分か。ふっ……この顔、トールだってきっとわからない」)
 沙那は唇をかんだ。
 胸が苦しい。
「ボーっとしてないで飲め」
 沙那はいつの間にか置かれていたカップを、両手で包み、機械的に持ち上げた。
 カップに口をつける。
 優しい甘さが温もりと共に口の中に広がった。
 こんなに悲しくて、切なくて、苦しいのに、ちゃんと味がわかる。おいしい。
「うまいだろ」
 素直にうんと頷く。
「よーし、じゃあ始めるか」
「なに、を?」
「反省会だよ。まず、具体的にどうアピールしたか聞かせろ」
 沙那はチョコレートの匂いがするカップの中を覗きこむ。
 テンショウがクッキーを噛み砕く音が、長い間カウンター席に響いていた。
「何もしなかった」
「は?」
「好きっていうばかりで、具体的には何も……」
 それで十分だと思っていた。いや、できればトールから言ってほしいと思っていたのかもしれない。
「トールが刻印の吸血衝動に苦しんでいた時、トールの気持ちを無視して自分の血を吸わせようとしたことがあるけど」
 クッキーが割れる音がした。
 ガラスに映るテンショウの顔が怒っている。
「トールはどうした? ちなみに俺なら鬱陶しいって蹴る」
「蹴られはしなかったけど、断られた」
 結局、自分は2人の距離を図り損ねていたのだろう。自分が甘えてばかりいて、トールのことを本気で考えて喜ばせようとしたことがなかった。
 いまさら気づいても遅い。
 隣でテンショウが重いため息をつく。
「はぁぁ~、マジでわかってねーな」
 ホットココアを飲んで喉を潤したテンショウは、沙那にクッキーを食べろと言った。
「あのな、人の心はお宝みたいに一朝一夕で奪い取れるものじゃないんだよ。何度もデートに誘ったり、贈り物したりして、コツコツ、コツコツ、既成事実を積み重ていった結果、奪えるんだ。名言だろ、メモっておけ」
 テストに出るぞ、とガラスの中でおどける。
「お前は過程を全部すっ飛ばして、結果だけ求めていたんだ。トールもいい迷惑だっただろうさ」
「私、自分が甘えればトールが振り向いてくれるって勘違いしてた。間違っていたのは距離の縮めかただったんだ」
 クッキーを噛む。
 さく、さくっ。
 きらきらと輝いていたトールとの未来が割れる音――。
「一度もデートに誘うとかしなかったのか?」
「うん」
「アホか?!」
 テンショウは体をひねって沙那を直接見ると、ダン、とカウンターを叩いた。
 クッキー皿のうえでクッキーが小さく跳ねる。
「理由をいえ、理由を。ふつう、好きならどこかに誘ったりするもんだろ」
「だって、好きになったのはトールが初めてだったんだから! ただの友達から一歩先に進みたい……って、どう伝えればいいか解らなかった!」
 テンショウはふいっと体を回してまたガラスに向かうと、まるで独り言のように、ぶっきらぼうに呟く。
「ガキかよ。テーマパークとか、美術館とか、練達の映画館とか。いくらでも、何度でも、2人っきりで行きたいってただ誘えばよかったんだ」
 沙那は天井を見上げ、目を瞬かせた。
 誘えばよかった。いや、勇気を出して誘おうとした。そして――。
 その時、テンショウがオーロラの髪飾りを乱雑に掴もうとした。


「やめろ!」
 沙那はテンショウの手を払った。
「この髪飾りはトールにもらった大切なものなんだ。誰にも触らせない、触って欲しくない!」
「そんなに大切な物なんだ。だったら写真とか撮れよ。ていうかお返しはしたか?」
 言葉を詰まらせた沙那に、テンショウは軽蔑の眼差しを向ける。
「その程度かよ。リンネ、てめーのトールへの思いはよ」
 沙那は言い返したくとも言い返せなかった。
 自分がどれだけトールに失礼なことをしていたか、改めて自覚したからだ。
「何も言い返さないんだな。だったらオレが盗って売り飛ばしてやる。そうすりゃ、ウジウジした気持ちにケリをつけられるだろ!」
 沙那は再び頭に伸びてくる手を両手でつかむ。
「やめろ!」
 揉み合いはテンショウが先に折れて終った。
「つか俺も恋愛したことないし、全部想像だぜ? 強いて言うならリンネ、てめーに執着してるくらいだ。そんな俺でもわかるのに、なんでオマエがわかんねえんだよ? 色ボケして馬鹿になったか?」
 悔しいがテンショウの言う通りだ。
「最後ぐらい何か贈れよ、髪飾りのお返し。それできっぱり気持ちに整理をつけろ。ちっ、真面目に話してたら萎えちまった」
 テンショウはカウンターに置かれた伝票を掴み取ると、店を出ていった。
「お返し……か」
 沙那はぱん、と音をたてて両の頬を叩いた。
 空になったカップをさげに来たマスターに笑顔を向ける。
「この近くに布屋さん、あったら教えて」

おまけSS『ある戦い』


 視界を真っ黒に塗りこめたのが、こちらに降り注ぐ矢と知って結月 沙耶 (p3p009126)は息が止まりかけた。
 天地を満たさんばかりの量の矢が飛んでくる。放たれた矢の飛翔音は、何十もの鞭が唸るようだ。
「トール!!」
「沙耶さん、伏せて」
 結月 沙耶が叫ぶよりも早く、トール=アシェンプテルが輝剣『プリンセス・シンデレラ』を幾度も振るって降り注ぐ矢の雨を薙ぎ払う。
 しかしそれで防ぎきれる数でもない。
 いくつもの矢が空に虹を引く輝刃を抜けて沙耶たちに降り注いだが、ほとんどがトールがまとうオーロラドレスで弾かれることになった。
 背中から輩出される巨大なエネルギーリボンが傘となって沙耶を矢から守る。
 トストストス、と小気味の良い音を立てて空振りに終わった矢が地面に突き刺さり、地面が林のようになる。やや遅れて輝剣に切り払われた矢と、オーロラドレスを構成する無数のナノマシンに弾かれた矢が地面に散らばり落ちた。
「いまです」
「わかってる、任せて」
 弓などの遠距離武器には必ず隙ができる。次の矢を番える時間が必要になるからだ。それゆえ隊列を組んでタイミングをずらす事でその隙を無くすのが定石――。
 沙耶は敵が隊列を入れ替えることで生じる一瞬の隙を狙った。
 廃墟となった聖堂を占拠した敵のスケルトン弓兵は、関節部の動きを阻害しないように甲冑の類いをつけておらず、脚を守るレギンスとブーツ、腕を守る鋼の手甲のみだ。二重三重に骸の壁を張って大将であるリッチを守っているが、所詮は骨である。
 分厚い雲を割って一筋の光が沙那を照らした。
 髪をとめるオーロラの髪飾りが白銀に輝く。
「我は怪盗リンネ、夜の闇に紛れ、光を盗む者。我が一撃で貴様らの隙を突き、聖なる聖堂から侵略者を追い払うのみ。骸よ、怪盗リンネの前ではその骨の壁も虚ろと知れ!!」
 髪飾りから零れ落ちるキラキラを全身に纏い、一気にスケルトンたちとの距離を詰める。
 沙耶は怒りを攻撃力に変え、全身から迸らせた。
 周りにいた敵の骨が砕け、ガラガラと音を立てて地に崩れていく。
 攻勢一転、追い込まれて慌てたリッチが魔道書を開いた。
 足元から不気味に光る魔方陣が広がっていく。
 オーロラ色に輝く花びらを撒き散らしながら、トールは粉骨の野を飛び越えた。
「無駄です。なぜなら――」
 トールの輝剣が巨大化し、オーロラ状の刀身が細長く伸びる。
「私の剣が北の夜空を舞うオーロラの如く輝き、貴方の闇を打ち払う!」
 リッチは魔法を放つことなく、眩いばかりの光に焼かれるように切り臥せられた。

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