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シナリオ詳細

<孤樹の微睡み>ピアノによる"神の国の導きと音色" (Guidance and Melodies of the Divine Realm)

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 すぐ隣は砂漠なれど、ステージの後ろには深緑らしく3本の大木が音響板のかわりに立っている。その3本の大木を要にして扇型に広がる広場の周りを、さまざまな屋台が取り囲んでいた。
 街々でピアノコンサートが行われる度に屋台は増えゆき、この街ではとうとう出店場所でもめ事が起きるまでになった。
 広場で開演を静かに待つ大人たちと、はしゃぎながら屋台を巡り歩く子供たちの笑顔。平和そのものの光景の中に、紛れ込んでいる異分子にイレギュラーズは目を光らせる。
 一つはステージ前の最前列に座る『遂行者』アルヴァエル。もう一つは、警備という名目で広場のあちらこちらにいる『影の艦隊(マリグナント・フリート)』ら。
 まもなく、海洋のさる貴族の屋敷から奪われたと思われるグランドピアノにスポットライトが当てられ、『遂行者』のピアニストがステージに姿を表すだろう。

●前日
 漆黒の蹄がレンガ道を踏むたびに、黄色い砂塵が舞い上がる。
 黒に金の装飾を施した立派な4頭立ての馬車が、後ろに大きなコンテナ車をいくつも従えて、ラサとの国境沿いにある深緑のまだまだ小さな街に入った。
 街の入り口にかけられたアーチには、「緑のオアシスへようこそ」と書かれた看板が掲げられている。
 そのアーチの手前で、4頭立ての豪華な馬車は厳かに止まった。
「おい、あれ。もしかして……」
「やっと来てくれたのね」
「わーい、楽しみ」
 二つ折りのリーフレットを片手に、興味津々な顔でアーチ近くに集まってきた住民たちが、馬車から降りて来た長身の貴婦人を見て感嘆のため息を漏らした。
 貴婦人が纏う白絹のアフタヌーンドレスは、シンプルなシルエットながら全体にやはり絹糸で作られた繊細なレースが縫いつけられており、胸元に光る真珠の二重連ネックレスとあわせて、誰が見てもひと目で高級品だとわかる。
 貴婦人は漆黒の髪を上品に結いあげ、顔は目元までレース付きのオーセンティックなトーク帽で隠されていた。
 『遂行者』アルヴァエルは馬車から降りると、遠巻きにする住民たちには目もくれず、物々しく武装した従者のさし掛ける日傘の下から「緑のオアシスへようこそ」と書かれた木の看板を見あげた。
 遅れて馬車を降りたピアニストにだけ聞こえるよう、小声で呟く。
「……『イレギュラーズが居なければ冠位怠惰が何もしなくとも、深緑は国境を鎖したままであっただろうに』」
「預言の書の言葉ですね」
 ピアニストは看板を見て、血の気のない薄い唇を微かに歪ませた。
 埋め込まれたものが痛みをもたらすのか、シャツの胸をギュッと手で掴む。
「嘆かわしい……。ですが、アルヴァエルさまたち遂行者が帳を降ろすことで、深緑は本来の姿をまた取り戻すことでしょう」
「うむ。堕落した者たちも、良き音を耳にすれば神への信仰を取り戻すであろう。アルトゥールよ、貴様もピアノも、もう慣らしはいらぬ。明日、この街に帳を下ろす。コンサート本番を楽しみにしておるぞ」
 恭しく体を折ったピアニストをその場に残し、アルヴァエルは人垣を割ってやってくる街の長と思わしきエルフの元へ歩み寄る。
 体を起こしたピアニストの後ろで、開いたトラックの荷台から黒い布で覆われたグランドピアノが降ろされようとしていた。

●前々日
 幻想で『ぬいぐるみの国』の帳を壊したのち、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)と『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)、結月沙耶の3人は、それぞれ『ぬいぐるみの国』で得た情報を元に『遂行者』アルヴァエルの足取りを追った。
 3人はほぼ同時に、アルヴァエルが向かったと思われる海洋国のある貴族の屋敷を突き止め、急いで向かったのだが――。
 一悟はポンチョについた砂を払い落とし、待ち合わせ場所の酒場の扉を押し開いた。
「よっ! 2人とも元気だった?」
 先にテーブルで飲み物を飲んでいた イズマと沙耶が、リーフレットから顔をあげて幻想からやってきた一悟を迎える。
 イズマはここラサで、沙耶は蹄鉄で他の『遂行者』が下ろした帳起や事件を解決してきたところだった。
「おー、久しぶり。海洋であったきりだっけ。あの時は悔しかったな、もう少しだけ早くたどり着いていれば……」
「いや、どのみち俺たちは間にあわなかったよ」
 イズマは沈痛な表情で言葉を継ぐ。
「俺たちがたどり着く前に、アルトゥール・ルーシュタインさんは殺され、グランドピアノは運び出されていたんだ」
 イズマたちが駆けつけた時には襲撃が終わり、貴族の屋敷が大渦に飲み込まれ、崩れながら沈んでいくところだった。
「でも、目の前で『遂行者』たちにお宝のピアノをまんまと奪われたなんて。……屋敷の人たちを多く助けることはできたけど、私はめちやくちゃ悔しい」
 まあまあ、と一悟はイスを引きながら沙耶を慰める。
「助けた館の人たちから話を聞いて、ピアノがアルヴァエルの聖痕が刻まれた『触媒』であることが判ったんだ。収穫はあったよ」
 その『触媒』を使って、ラサと深緑の国境沿いの街々でコンサートが行われているという情報を3人が得たのはつい先日のことだった。
「それで、一悟さん。ローレットに話はつけてきてくれたかい?」
「バッチリ。情報屋のクルールに伝書鳩を飛ばして助っ人を頼んだ。もうそろそろここに着くんじゃね?」
 沙耶はグラスを掴むと、一気にレモネードを飲み干した。
 カツ、と音をたててテーブルにグラスを置き、勢いよく立ち上がる。
「助っ人、何人来るのか知らないけど、さっさとヤツラの企みをぶっ壊しに行こう!」
 3人がいる国境近くの酒場から数時間ほどラクダで向かった先で、帳を下ろすためのコンサート準備が粛々と進んでいた。

●今
 国境沿いにある深緑の街の道路は、やや砂っぽいものの、概ねきれいに整備されていた。砂漠の熱風に負けない木々や花々が道路の両側に立ち並び、風に吹かれながら歩くことができる。
 街の家々は、砂漠の国に見られるような厳しい建物とは異なり、優雅で色とりどりの外観を持っている。家々の屋根には、緑の陶器瓦が使われていて、それもまた街の美しい景観を形成していた。
 夕暮れ時、街で一番の大樹の大広場に人々が集まっていた。
 大広場の周りには屋台が立ち並び、子供たちがはしゃぎまわる様子は、まるでお祭りのようだ。大人たちはステージ前に並べられたイスに座り、熱心に演目が綴られたリーフレットを読み込んでいる。
 このところ、深緑の各地で出没した『終焉獣』が暴れまわり、人々を不安に陥れていた。だから、みんな今日のコンサートを楽しみにしていた。素晴らしい音楽を聞いて、一時でもいいから不安を忘れたいと思っている。
「……で、警備の数は?」
 沙耶がクレープを齧りながら隣を歩く一悟に聞く。
「9体だ。『影の艦隊(マリグナント・フリート)』が警備の指揮を隠れたところで取ってる。すげー物騒そうな武器を持ってるぜ。見つけられたのは偶然、騒ぎが起きるまでは表に出てこないんじゃね。ま、オレたちが介入したらソッコーで姿を現すだろうけどさ」
 そぞろ歩く2人にイズマが合流した。
「気をつけろ、最前列にアルヴァエルらしき人物が座っている。鎧を身に着けていないが、たぶん間違いない」
 沙耶が周りの人々に聞こえないように小声でいう。
「どうするイズマ、いますぐコンサートを中止させる?」
「いや、アンコールまで待とう。おそらくアルヴァエルが帳を下ろすのは、人々がすっかり演奏に魅了されたそのタイミングだ。それまでは人々が憩うひと時を邪魔したくない」
 アルヴァエルが帳を下ろす仕草をし始めたら、『終焉獣』がきたと叫んで、まず人々を逃がすことにした。
 そう叫んだら、『影の艦隊(マリグナント・フリート)』たちも形だけは『終焉獣』の姿を確認するためにステージから離れるだろう。
 なるほどね、と沙耶。
「そうして生じた隙にピアノを壊し、アルヴァエルたちを倒すんだな」
 それができれば一番だけどな、と一悟。
「今回は人々の安全が最優先だろ。落としどころは、帳をおろさせない、アルヴァエルたちを追い払うってところじゃね?」
 イズマは足を止めると、黒幕で遮られたステージに顔を向けた。
「そうだな。無理はしない。たが、やれるならやる、で行こう」
「それまでは、街の人々に紛れて音楽を聴いたり屋台を回ったりして楽しむ、と。わかった、私、みんなに伝えてくる」
 沙耶が去ってすぐ幕が開き、、ステージに照明が当てられた。
 宵闇の中にぽっかりと、グランドピアノが浮かび上がる。
 ステージ端にタキシードを着た男性が姿を現すと、人々は歓声を上げ、拍手をした。
 イズマが驚愕したように大きく目を開く。
「――!! バカな、彼は」

GMコメント

依頼条件
・コンサートに集まった人々の保護
・『遂行者』とその配下の撃退

ラサとの国境沿いにある深緑のとある街に、『遂行者』が帳を下ろそうとしているので阻止してください。
『遂行者』ならびにその配下の者の撃破は問いませんが、人々の半数が怪我、または死亡して街が恐怖に包まれるようなことになれば失敗です。

コンサートが終わり、アンコールが起こるまでは一般の人々に紛れて屋台を楽しんだり、音楽を楽しんだりしながら襲撃の準備をしましょう。
コンサートは3時間、間に15分の休憩があります。演奏前や休憩中に『遂行者』と話をすることも可能です。
アンコールが始まったら、誰かが「『終焉獣』が襲ってきた」と叫んで人々を逃がし、帳を下ろそうとする『遂行者』とそれを守る『影の艦隊(マリグナント・フリート)』らを退けてください。


●敵、『遂行者』アルヴァエル1体
白い外骨格のような鎧を脱ぎ、ドレスを着ています。
コンサート中はイレギュラーズたちが手を出さない限り、攻撃してきません。
演奏前や休憩中は、話しかければ愛想よくお喋りに興じてくれるでしょう。
人々が感動のあまり興奮し、アンコールを始めると立ち上がり、帳を下ろそうとします。
現在、判明している攻撃方法は蹴りを主体とした体術と、転移術、影の天使を召還などがあります。
剣を使ったり、他の魔法を使ったりできるようですが詳細はわかっていません。


● 敵、『影の艦隊(マリグナント・フリート)』1体
警備長です。
コンサート中は人々を怖がらせないように隠れて警備の指揮を執っていますが、イレギュラーズの介入と共に姿を現します。
高射砲(中遠/列)を両肩に担ぎ、膝から空中魚雷(遠/単、追尾)を発射します。手にコンバットナイフ(近/単)を持っています。

●敵、影の天使8体
 状態異常を起こす歌声(近中/複数)で攻撃してきます。雑魚です。
 レイピア(近/単)を装備しています。

●敵、ピアニスト1体
アルヴァエルに殺された、海洋のさる青年貴族アルトゥール・ルーシュタインに似ているようですが……。
何か胸に埋め込まれています。
攻撃すると、狂気の叫び声をあげます。

●アルヴァエルの聖痕が刻まれた『触媒』
海洋のさる貴族屋敷から持ち出されたグランドピアノです。
元々はアルヴァエルの持ち物だったようですが、アルトゥールに期限付きで貸し出されていたようです。

●その他
街の人々は、『終焉獣』が襲ってきたという叫び声が聞こえたとたんにパニックに陥ります。
安全に逃げられるにように誘導してあげましょう。
避難がスムーズに行わなければ、『終焉獣』の撃退(?)に向かった『影の艦隊(マリグナント・フリート)』たちが戻ってくるなり人々を無差別に攻撃します。


イージーよりのノーマルです。
相談期間が短い依頼ですが、よろしければご参加ください。
お待ちしております。

  • <孤樹の微睡み>ピアノによる"神の国の導きと音色" (Guidance and Melodies of the Divine Realm) 完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月12日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談4日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

奥州 一悟(p3p000194)
彷徨う駿馬
冬越 弾正(p3p007105)
終音
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
えくれあ(p3p009062)
ふわふわ
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女
トール=アシェンプテル(p3p010816)
つれないシンデレラ

リプレイ


 『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)は、街の長(おさ)に挨拶をしに行くという『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)と別れた後、避難ルートを確認しながら屋台を冷やかしていた。
「この石、危ないな」
 買ったドーナッツを口に咥え、大きな石を持ちあげる。そのまま屋台と屋台の間に入り込んだ。
 屋台の横に積まれた薪の横に石を下ろし、ちょうどアンコールぐらいで火が途絶えるように何本か隠す。
 ついでに陰に潜んだ敵の姿を探す一悟の耳に、大当たりと叫ぶ声が入った。
 少し先の屋台で、『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)はくじ札を手にガッツポーズしていた。
 弾正を囲む子供たちがぬいぐるみを手に大はしゃぎする。それに比べ、籤引き屋台の店主は気の毒なほど萎れていた。
「すごーい、また当たった」
「まだ貰ってない子はいるか? よし、じゃあ君にあげよう」
 弾正はもっと欲しいとせがむ子どもの頭を撫でる。
「もう席に戻らないと。みんなもコンサートが始まったら、お父さんお母さんのところに戻るんだぞ」
 はーい、と渋々返事をする子供たちに目を和ませながら、『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)はなだらかな階段を静々と下る。
 アンクル丈のドレスはモカの肌の色を際立たせる紫色で、素材はサテン。シンプルなパールのネックレスが、実にセレブっぽい。深緑ではまだまだ無名だが、全身から実力経営者のカリスマが溢れていた。
 モカはコンサートをせいぜい楽しむつもりだが、その前にやることがある。
 追ってくる視線の数々をスルーしながら、避難ルートの確認をしなくては。
(「これだけ幅が広くゆるやかな階段なら将棋倒しは起こらないな。暗いのが難だが、なんとかなるだろう」)
 『ふわふわ』えくれあ(p3p009062)は、モカが下る階段通路から客席を挟んで1つ西側の階段通路を駆け上がっていた。
 コンサートを十二分に楽しむために飲み物を買いに行くのだ。
 コンサート中は邪魔にならないように三脚を立ててビデオカメラを回し、動画を撮る計画を立てている。
 今のところ演奏者たちが遂行者の手下かどうかはわかっていない。もし違ったら……。
(「コンサートを台無しにされて悲しむよね。だから、動画に残しておきたいな! そしてサヨナキ・チャンネルの登録者さんたちに見てもらうんだ!」)
 ステージに置かれている立派なピアノを壊してしまうことに悲しみを覚えるが、深緑のためにも心を鬼にしなければ。
(「あのピアノがあると深緑が大変なことになっちゃう、それは止めなきゃ!」)
 『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)は『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)とともに屋台巡りを楽しんでいた。
「む、これ美味しいな……トールもひとつどうだ?」
 沙耶がトールに、中にクリームが詰まったウサギ形の焼き菓子を勧める。
「いただきます」
 トールはどこから食べようか迷った挙句、遠慮がちにお尻を齧った。
「これ、本当に美味しい。だけど、ちょっと可哀想になりますね」
「トールらしいなぁ」
「そういう沙耶さんはどこから食べました?」
「私? 私は耳――」
 沙耶は言葉を途切れさせると、木々の間の暗がりに目をこらし、「テンシ……?」と呟いた。
「天使? 近くに影の天使でいるのですか?!」
 トールが体を強張らせる。
 この近くに隠れていることはわかっているが、いま戦闘になったら被害は甚大だ。
「違う違う。ちょっと知り合いによく似た人を見たような気がしただけ。あ、あっちに行ってみよう。木に馬を繋ぐ人がいる」
「あの方に、何かあったら馬車でみなさんを運んでもらえないか頼んでみましょう」
 歩きながら沙耶はコンサート会場へ目を向けた。
「しかしアルヴァエルもずいぶんと不用心なんだな……」
 会場は夕闇に沈んでおり、最前列に座る執行者の姿は見つけられない。事前に得た情報では、左右2席分ずつ空けてはいるが、護衛もつけず、遂行者は1人で座っているということだ。
「いや、遂行者たちも私達と同じ生活をする1市民で、ただちょっと異常者なため排除する必要があるだけ……とも考えられるかもな」
「そうかもしれませんね。あら?」
 トールの目の前に小さな光の精霊がふありと飛んできた。
 『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)が水風船を手に駆け寄ってくる。
「トールお姉さん、沙耶お姉さん。ルシェ、すっごくいい場所見つけたのよ。一緒に来て!」
 キルシェは2人を連れて、コンサート会場から少し離れた場所にある噴水公園にきた。
「ここならみんな入れるわ。ここまで道もほとんどまっすぐだし、誘導も簡単でしょ?」
 キルシェが召喚した小さな光の精霊たちが体から発する光を強めたり、弱めたりさせながら、噴水の周りをふあふあと飛び回る。
「戦いが始まったら、ここで妖精さんたちにみんなを励ましてもらうの。少しでも怖い思いさせちゃうけど、その後はまたみんなに笑って貰えるようにルシェも頑張るわ!」
 公園で開演ギリギリまで陣地構築を行うというトールを残し、沙耶とキルシェは一足先に会場に戻った。


 街の長(おさ)との会見を終え、イズマは最前列の客席へ向かった。
 歩きながらフクロウの目を借りて、ステージ上のピアノをつぶさに観察する。
 譜面台の中央に金で縁取られた黒の紋章を見つけた。執行者たちが聖痕と呼んでいるものだ。
「隣に失礼するよ」
 イズマは返事を待たずにアルヴァエルの左隣の席に座った。
 笑ったのだろうか。アルヴァエルの顔を覆い隠す黒いベールが微かに揺れる。
 直後、沸き起こった拍手に迎えられて、ステージの端にピアニストが現れた。
 その顔を見た途端、イズマは腰を浮かせそうになった。
(「バカな、彼は亡くなったはずだ!」)
 間違いない。海洋の青年貴族アルトゥール・ルーシュタインだ。アルヴァエルに殺され、屋敷と共に海の底に沈んだはずだが。
(「つまり、舞台の上の彼は致命者か?」)
 イズマの戸惑いをよそに、コンサートは始まった。
 ニ長調のまるで雲の上にいるような幻想的な曲から始まり、変ロ短調の森の中で繰り広げられる幻想的な物語を思わせる曲へ。深いコード進行の響きに、聴衆のみならずイレギュラーズまで魅了したところで小休止に入った。
 イズマからアルヴァエルに話しかける。
「貴婦人さん、音楽は好きかい?」
「勿論。音楽ほど神の存在を身近に感じるものはない」
「俺も音楽が好きでな。小さい頃からずっと音楽と共に生きてるよ」
 その後しばらく音楽談義に花を咲かせた。
「ところで今日の曲目、貴女はどの曲が良いと思った?」
「ふむ、まだコンサートは終わっておらぬが。強いて挙げるなら、ラストに演奏されるセレナーデか。まあ、大人しく聞くがよい、背教者よ」
 ピアニストが舞台に戻った。
 ホ長調の、森の中で鳴り響く生命の調べを捉えたような曲が演奏される。ふとした瞬間にピアノの音色がまるで鳥のさえずりのように聞こえた。人心を掴む穏やかなリズムと明るいメロディだ。
 夜に染み込むような最後の一音が耳から消えると同時に、人々が立ちあがり、熱狂的に拍手をし始めた。
 アンコールの大合唱に紛れて、隠れていた影の天使たちが影の艦隊に率いられ、木々の間からすぅっと現れる。
 イズマが我を取り戻したとき、隣に座っていたはずのアルヴァエルはピアニストの横にいた。
 いつの間に。
「機は熟した。帳よ――」
 アルヴァエルが帳を下ろそうとした瞬間、ステージの後ろに隠れていた一悟が偽の襲撃を叫ぶ。
「終焉獣だぁー! 終焉獣が襲ってきたぞ、逃げろっ!」
 影の艦隊が影の天使たちを連れて、声がした方へ走っていく。
 会場はパニックに陥った。
 誰もが恐怖に顔を引きつらせ、我先に逃げ出す。
 モカがスピーカーボムを使い、「観客の皆さん! 避難路はこちらの方向です!」と誘導する。
「押し合わず、冷静に避難してください!」
 客席にいた沙耶とトールも立ち上がり、避難誘導を手伝った。逃げ遅れている人がいないか気を配りながら、なるべく早くステージから遠ざける。
「沙耶さん、私――」
「行って!!」
 トールはこくりと頷くと、先に目星をつけていた商人を探しに行った。怪我をした人や足の遅い人たちを3台の馬車にのせて避難場所へ運ぶためだ。
 避難を助け、影の艦隊たちが戻ってきたらみんなに知らせるために、沙耶は口笛を吹いてタイニーワイバーンを呼び寄せた。背に跨るや、夜空へ上がる。
 その下をキルシュが避難場所へ向かって走っていた。
 恐怖に怯えている人々を励ますため、体から暖かい風光を発し、慈愛の息吹を吹き続ける。
(「みんなを安全な場所に連れて行くのは当然だけど、怪我した人を癒すために、誰も死なせないためにルシェはここにいるんだもの!」)
 避難場所に着いたら、聖水をいっぱい作って、ポルボローネと一緒に避難してる人たちに渡して回るつもりだ。
 イズマはステージに駆け上がり、アルトゥールとピアノを庇うアルヴァエルと対峙した。
「音楽語りはカモフラージュか」
「貴女と音楽を語りたかったのは正真正銘、本心だ。だが帳は降ろさせない」
 アルヴァエルが長いドレスの裾を掴み、引き裂く。
 イズマに脚を振ろうとした所に、弾正が飛び込んできた。
 弾正は鞘に納めたまま双刀『煌輝』を胸の前でクロスさせ、アルヴァエルの蹴りを受けとめた。
「やるな」
「冬越弾正だ、覚えておけ。で、貴殿はどこの派閥だ?」
「派閥?」
「星灯聖典やら聖女ルルやら、貴殿らも一枚岩では無いのだろう?」
 答える必要がないとばかりに、アルヴァエルが拳を鋭く繰りだす。
 ギリで交わしたところで、空で沙耶が「影たちが戻ってきた!」と叫んだ。
「ぼく、応援おうえんするよ。みんな頑張れー」
 えくれあはオールハンデッドを発しつつ、勝利と栄光を象徴する指揮棒を振るう。続けて、天使の歌を歌い、ステージの裏で影たちと交戦する一悟とモカの傷を癒す。
 イズマはアルトゥールの腕を捕えた。
「アルトゥールさん、しっかり!」
 無理やり胸をはだけさせ、そこに何があるのか確認する。
「これは……」
 胸の縫い口から聖典の一部らしき紙が飛び出していた。心臓の代わりに、やつらの経典の一部が詰め込まれているのか。
 影の天使と組み合ったまま、一悟がステージに上がってきた。爆彩花で影の頭を吹き飛ばし、アルトゥールの胸を見て、彼が死者であることを悟る。
「……助けてあげられなくてゴメン」
 森で激しい砲撃音が立て続けに鳴り、樹々が倒れた。
「モカおねーさんが危ない! ぼく、助けに行くね」
 えくれあに続いて沙耶もモカの加勢に向かう。
 弾正が声を張った。
「早くそのピアノを壊してこっちに回れ。帳が降りる!」
 弾正に攻撃されながらも、アルヴァエルは帳を下ろそうとしている。
「帳は降ろさせねぇ! 楽器に罪はねぇが、ぶち壊す!」
「音楽の感じ方は人それぞれ。それを塗り潰す無粋な真似はさせないよ」
 一悟とイズマが同時に武器を振り上げたその時。
「ここまで。せっかく直したピアノを壊されてはかなわぬ。アルトゥール!」
  アルトゥールはイズマを突き飛ばして遠ざけると、ピアノを激しく弾きだした。
 神々しいまでの音が激流となって迸り、周囲にいたイレギュラーズを遠くへ押し流す。
 弾正たちが立ち上がった時、アルヴァエルは上空にいた。半死半生の影の艦隊とアルトゥール、そしてピアノも一緒だ。
「帳を下ろせなかったのは残念だが、楽しい夕べであったぞ」
「降りて来いッ」
「縁があればまた会おう」
 沙耶がタイニーワイバーンを駆って戻ってきたが、アルヴァエルたちは背後に開いた虚ろな影穴の中に消えた後だった。


 全てが終わって辺りを見渡せば、ステージは破壊され、その一部は地面に沈み込んでいた。屋台の光る装飾や飾りつけも粉々に砕け散り、夜空には星の代わりに粉塵と煙が舞っている。
 トールはこの状況に心を痛め、大急ぎで瓦礫を撤去することにした。
 協力者の商人たちと街のはずれに瓦礫を捨てに行き、馬車を空にして戻ると、有志の人々が瓦礫を集めていた。
「みなさん、瓦礫の撤去は後回しにしましょう。まもなく私の仲間たちが演奏会を開きます。是非、みなさんも聞いてください」
 いいとも、という声が上がったのをきっかけに、次々と人々がコンサート会場へ足を向けはじめる。
 魔物の襲撃に人々は怯え、一時的な避難所を求めて広場から遠ざかっていた人々の顔にも、次第に安堵の表情が広がっていきていた。
 1人で残って馬車に瓦礫を積み込んでいると、沙耶がきた。
「トールも街の修復は音楽会が終わったあとにしないか? 私も手伝う」
「ありがとうございます」
 トールは手にしていた瓦礫を荷台に投げ入れると、スカートで手をぬぐい、沙耶が差し出した手をとった。
 一緒に会場に戻り、観客席の最前列に仲良く並んで座る。
 沙耶は首を伸ばして周りを見た。
「少し集まりが悪いようだな。私がみんなを連れてこようか」
「それならだいじょうぶだよ!」
 えくれあがやってきて、沙耶に8ミリビデオカメラを手渡しながら「キルシェちゃんたちが連れてきてくれるから」という。
「そうなのか。で、これは?」
「ぼくの8ミリビデオカメラだよ。壊さないでね」
「もしかして、私にこれで撮れってことか?」
「もしかしなくてもそうだよ。ぼくもステージで演奏するんだ!」
 えくれあはスズランの形をした白銀のハンドベルを鳴らした。
 クリアで鮮やかな音色が会場に広がる。まるで水晶の音が風に乗って届いてきたかのようだ。
「そういうこどたから、ちゃんと撮ってね沙耶おねーさん」
 えくれあが動画の前説をニコニコ顔で沙耶に撮ってもらっている頃、避難所ではキルシェがまだ恐怖に身を寄せ合っている人々に声をかけていた。
「怖い思いをさせてごめんなさい。でももう大丈夫だから」
 それでもまだ立ち上がろうとしない人々を見て、キルシェは小さな光の精霊の力を借りることにした。
(お願い、妖精さん。その光でみなさんを導いて)
 キルシェの願いを聞き入れた小さな光の妖精たちが、うずくまる人々の間をふあり、ふあり、と飛び回る。
 蛍のような淡く温かな光で、挫けている人々の気持ちを惹き、視線をキルシェに集めた。
「あのね、せっかくのコンサートが台無しになったでしょう? 代わりじゃないけど、ルシェたちの音楽聞いてくれませんか?」
 ぜったい楽しいから、とキルシェは小さな胸を張る。
 そのすぐ近くでは、イズマが肩を落としながら家路を急ぐ人々に声をかけていた。
「待ってくれ。もう少し音楽を楽しんで行かないか? 今日という日を思い出した時のために、恐怖の体験を上書きしたい。僕はみんなに音楽を倦んでほしくないんだ」
 イズマの真摯な呼びかけに、大勢の人々が足を止めた。
「演奏会で一緒に鳴らそう!」
 小さな楽器を詰め込んだバスケットに手を入れて、戻ってくる人々に渡す。
 イズマとキルシェは人々を連れて会場に戻った。
 弾正は急遽、修復されたステージの中央でマイクを調整していた。イズマたちが戻ってきたことに気づいて軽く手をあげる。
 弾正は一悟とモカを呼び寄せた。
「2人とも頼んだぜ。上手くみんなをのせてくれ」
「おう、オレも歌いながら踊るぜ……って、みんなを踊りに誘うタイミングはモカに任せるけど、いいかな?」
「いいとも。音楽に合わせて歌いながら客と踊るなんて、店でも時々余興としてやってることだしな。まず私が客席から男性を1人連れだして踊るから、しばらくしたらキミも女性を1人ピックアップして踊ってくれ」
「子供たちは?」
 モカはギフトの効果を使って、ほんの少し胸を大きくした。踊っている時に揺れ過ぎず、それでいて男心をくすぐるサイズに微調整する。
「私たちが楽しく踊っていれば、ほっといても勝手に踊りだすよ。ということで、弾正、とびきり陽気でハッピーな歌を頼んだよ」
「たっぷり聞かせてやるさ。音楽でついた心の傷は音楽で癒す。そうだよな、イズマ殿!」
 イズマが片手をあげて応える。
「準備オッケー。いつでも始めてくれ」
「まってまって~」
 慌ててステージに戻るえくれあと入れ替わるように一悟とモカがステージを降りる。
 キルシェは全員が位置についたことを確認してから、照明を全て落とした。
「えっと、スポットライトのスイッチは……これよね、たぶん?」
 マイクを握る弾正が照らし出されると、会場のざわめきがすぅっと静まった。
「待たせたな。コンサートがめちゃくちゃになった代わりに、俺達の演奏を聴いて欲しい」
 光るフォルテッシモ・メタルから流れ出した軽快な曲――人々の好奇心を集めるような音楽――にあわせてイズマがアクセル・チタンを奏でる。
 観客が叩くカスタネットの音に合わせ、モカが踊り始めた。一悟も手を叩きながら、モカにあわせて踊る。
 撮影を続ける沙耶の横で、トールも手を叩く。
 えくれあが、ひと際高く澄んだベルの音を響かせた。
 腹の底にぞくっとするほどの楽しさが湧いてくる。
 マイクを強く握り、立ち上がった人々を熱く見据え、弾正は自らの激越な感情から迸る歌声をそそり立たせた。
「響け、俺達の奇跡!」

成否

成功

MVP

冬越 弾正(p3p007105)
終音

状態異常

なし

あとがき

皆さんの活躍によって、執行者アルヴァエルの企みは頓挫しました。
ステージが壊れるなどの物理的被害は出ましたが、街の人々やコンサートや屋台を目当てに集まった近隣住民は全員無事です。
イレギュラーズが開いた演奏会も、また来てやってほしい、とせがまれるほど大好評のうちに終わりました。

アルヴァエルのピアノとピアニストとは、いずれまた戦場で出会うことになるかもしれません。
ご参加ありがとうございました。

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