PandoraPartyProject

シナリオ詳細

焔のデセール

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 棚引く雲に冬の冴えた月は隠された。その黄金はなんと鮮やかな蜜色をしていたことか――幾重にも重なった白磁の霞は蜜色の月を飾るクリームのように思われた。
 綺羅星の如き星屑は口にせずともその甘さを感じさせる。この大窓から見える景色は全て胃の中へと放り込んで仕舞いたい程のものなのだ。
 この屋敷から見る景色は心が洗われる。外へ出る事が叶わぬこの身が『外界』を感じる事ができる唯一の場所がこの大窓なのだ。
 ……それなのに。
 幾重にもヴェールを重ねたカーテンが皿盛りのデセールを隠してしまうかの如く。
 空腹の胃を虐めるかのように晩餐会の会場が未だ遠いと告げるかの如く。
 大窓から見る景色の中――小高い山の上には慈善事業を好むという貴族が新たな建築を作り始めたのだ。
 嗚呼、なんと憎らしいか。沸々と湧き上がるのは灼熱のマグマの如き怒り。
 シルクのワンピースの裾を握りしめ、私はこの手紙を認めたのだ。

 拝啓、名も知らぬ冒険者の諸君。
 我が癒しの窓より見える何物にも代え難きデセールを冒涜する汚らしい木々の小屋を燃やしては呉れまいか。


 きゅう、と腹を鳴らして情報屋たる少女は「お腹が空いてしまうのですよ」と頬を掻いた。
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は愛用のバインダーを手にした儘、唇に指先当ててヒミツと悪戯っ子のように笑って見せた。
「幻想の小さな領地の貴族のお嬢様からのご依頼なのです。
 曰く――自分の部屋から見える小高い丘に新たに建設されている『孤児院』を焼き討ちしてほしい……なのです」
 ギルド『ローレット』にそう言った依頼が舞い込む事は少なくない。貴族の少女は自身の部屋から見える眺望が汚されることを心の底から忌々しいと毒吐いて居るのだそうだ。
 どこか困ったように言う少女情報屋。仕事とは斯くも辛いものなのだ。
「ボクはその、焼き討ちとかはあんまり……えっと、想像はつかないのですが。
 ご依頼はご依頼、なのです。はい。冒険者たるもの依頼はしっかりと熟さなくてはいけないのです」
 曖昧に笑うユリーカ。純粋無垢なる少女にとって、令嬢からのご依頼は『想像の範囲外』なのかもしれない――
 父には内緒のご依頼なので、とユリーカは一応名を伏せた。本人は砂糖菓子の如く甘やかな美少女であるが性格は焔の如く激しいのだという情報だけ付け足して。
「まだまだ建設途中ではありますが、用心棒として10名の貴族お抱え冒険者が守っているようなのです。
 オーダーは『孤児院』の焼き討ちなのですよ。なので、用心棒さんたちとの衝突は免れないかと思いますが……」
 どのように対応するかはおまかせするのです、とユリーカは付け足した。
 現場付近は大きく開けており、何より貴族の少女が愛好する美しい眺望の場所だ。月明かりも美しく視界に困ることもないだろう。
「お嬢様は病気がち。だからこそ、自分の部屋から見える景色に固執しているのだと思います」
 良心の呵責と言い出せばキリもない。ここは、ひとまずその大窓から見える眺望を守ってやろうではないか。

GMコメント

菖蒲(あやめ)と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。

●成功条件
 指定された場所に建設途中の孤児院の焼き討ち。
 用心棒への対応は成功条件へ含まれませんが、対応は必須となるでしょう。

●大窓の向こうの景色
 薄幸の美少女曰く、大窓の向こうにあるのはおいしそうな眺望だそうです。
 木々は薄らと色づけばチョコレイトのよう。星屑は砂糖菓子の如く。
 霞さえも甘やかなものにみえている――景色はとても美しい場所です。
 戦闘に関しても開けており周囲に気遣う必要はありません。

●用心棒 10名
 孤児院を建設している貴族お抱えの冒険者たち。そこそこの実力者。
 基本的にはゴロツキと何ら変わりありません。孤児院を守るべく立ち回ります。

●孤児院
 ある貴族が慈善事業として作成しているという新規孤児院。
 依頼主たる少女からは「美しい眺望を汚すものだ」として非難されています。
(街からの評価は特になく、道楽で作成したものではないかと少女は告げています)

●注意
 この依頼は悪属性依頼です。
 通常成功時に増加する名声が成功時にマイナスされ、失敗時に減少する名声が0になります。
 又、この依頼を受けた場合は特に趣旨や成功に反する行動を取るのはお控え下さい。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

  • 焔のデセール完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年01月21日 21時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
メリンダ・ビーチャム(p3p001496)
瞑目する修道女
シロン・ポチリュアス(p3p001787)
まおうさま
リカナ=ブラッドヴァイン(p3p001804)
覇竜でモフモフ
ヒグマゴーグ(p3p001987)
クマ怪人
ムドニスカ・アレーア(p3p002025)
暗夜司教
八束 奏(p3p002310)
ブラックバレット
エスラ・イリエ(p3p002722)
牙付きの魔女

リプレイ


 ぱちぱちと――爆ぜる音がする。木々の燃え落ちる音がする。燻る薫りが鼻孔を擽った。口内に灰が入り込む。
 ひゅ、と息を飲めば背後から視線を感じた事だろう。けたたましく響く笑い声の背後より燃え広がった焔の海をうっとりとした眼差しで見つめる女の視線だ。
「――……」
 恍惚とした女の視線は鮮やかなる赤と星屑煌めく空を見詰めていることだろう。砂糖菓子の如く甘く蕩けた星々の下、八人の冒険者達はゆるりと視線を巡らせる。
 其処にあるのは誰かの悪意か。それとも単純なる好奇心であったのかもしれない。
『暗夜司教』ムドニスカ・アレーア(p3p002025)の聖書が音立て閉じられる。
 さて、幻想の夜の話、何処からしたものだろうか――?


『建設中の孤児院の焼き討ち』と張り出された文字列を見たときに『ディンテ・ドーブルの魔女』エスラ・イリエ(p3p002722)は頭を隠すフードを引っ張り下ろした。幼さを感じさせる容貌の中にちらりと映り込んだ硝子の様な大人のおんな。銀装飾に指先寄せて、ざわめく木々に耳を貸す。
「そう、」
 ささめきごとのように。雑木林の中を抜け、開けた丘の上を見遣る彼女の視線は未だ建設途中で人気ない一つの屋敷へと寄せられる。貴族の慈善事業なのか、果たして道楽なのかは分からないが完成を間近とした建築は新しい木のかおりをさせていた。
 穏やかなかんばせを隠す様にフードを覆い隠し『サイネリア』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は前往くムドニスカの背を追い掛ける。
(なんだか悪者になった気分になれるお仕事だけど、私は元気です……)
 編んだ銀の髪が月の光を僅かに返す。色違いの瞳は不安げにゆるりゆるりと揺れ動いた。世界が彼女に与えた贈物は天真爛漫な少女から発される天真爛漫さをその不安で覆い隠してしまいそうなほどに。
「賊に追われるなど恐ろしい……! ああ、もう大丈夫よ。司教様、きっと、きっとあれです!」
 スティアの背を撫で大仰な仕草を見せた『瞑目する修道女』メリンダ・ビーチャム(p3p001496)は建設途中の孤児院の周囲をぐるりと見回す青年たちの許へと駆け寄った。
「……何だ、お前たちは」
「孤児の保護をし帰路についた道中で賊の襲撃を受け、一人の孤児が……はぐれてしまいました!」
 声を荒げたムドニスカはスティアとメリンダの前で両手を広げ嘆き悲しむ様に己が言葉を用心棒たちへとぶつける。
 山道の険しさに、幼い子供の不安、そして然るべき貴族の慈善事業を讃える司教に用心棒たちは僅かに怯む。孤児役を務めるスティアの顔色は僅かに悪くなり――『己が孤児でないことが伝わらぬよう』に声を震わせる。
「……寂しがりやの子で私より小さい子だから心配なの、助けて」
「ああ、神よ。我々をお見捨てにならなかった――! お礼は何なりと致します。どうか……」
 逸れた子供を探して欲しいと懇願するスティアの指先がメリンダの袖をきゅ、と握りしめる。騒ぎを聞きつけた様に用心棒たちが彼女達の許へと集めり始めた時、ゆるりと燻る音がした。

 焔の色は赤かった。『特異運命座標』八束 奏(p3p002310)ははあ、と深く肺深くの息を吐き出した。
 どんな依頼であれど仕事は仕事だ。内容がどうであれどオーダーを満たすのが冒険者としての生業であることを彼女はよく理解していた。
『金銀異瞳』リカナ=ブラッドヴァイン(p3p001804)はよやみに息を潜め乍らランタンの中に燻る火種が消えぬようにとマントでぐるりと包み隠す。冬空の下、感じる温もりにその形の良い唇からは静かに息が漏れた。
(燃えるのね……、恨みなんてないけれどこれも仕事だもの)
 宵の色にマントを揺らし『まおうさま』シロン・ポチリュアス(p3p001787)は白い獣の尾を風にゆるりと揺らす。
「孤児院の焼き討ち、のぅ。
 大魔王のデビュー戦としては些か規模が小さい気がするが……最初の一歩は肝心じゃ」
「くっくっく、その通り。この仕事が我らが秘密結社『ジャークデス』の威光をこの世界に広める第一歩よ……!」
 木々の間、用心棒たちの足音を聞きながら『クマ怪人』ヒグマゴーグ(p3p001987)はその両碗を大きく広げる。大真面目に世界征服をたくらむ悪の勢力――その巨悪が一つ秘密結社『ジャークデス』の怪人たるヒグマゴーグにとっては孤児院の焼き討ちは肝要なる世界征服の一歩であった。
「大魔王らしい活躍をしてわらわが最強の魔王であることを世に知らしめなくてはな!」
 無論、幼きかんばせを歪めて見せた大魔王もこの世界に己が威厳と威光を知らしめんとその細腕に力を籠める。
 悪役とはどの様な時であれど果敢に立ち向かい――そして、言うのだ。
「この『幻想』の夜空に、見事な火柱を上げようではないか! グマハハハ!」
 がさり、と音立て幼き子供を探す様に懇願した神父一行と共に木々の合間を縫うように訪れた用心棒たちの前へと踊りだす。
「賊か――!」
「んん~? 奴らめ、冒険者に助けを求めたか……!」
「そのようじゃのう。しかし、わらわが前に『冒険者』が数匹……意味があると思うてか?」
 怯えた様な声を上げたメリンダとスティアに対して下卑た笑みを浮かべたシロンはヒグマゴーグと共に用心棒たちを引き付けんとじりじりと歩み出す。
「罪もない婦人たちへの暴虐、許せるか」
「ほう? わらわの眼光を目にしてもその様な事を! 魔王からは逃げられぬ、それがどの世界でも共通の理じゃろう?」
 シロンは声高に宣言する。ただ、その声を聴きながらエスラはフードを指先で確かめて深く息をついた。
 エスラとリカナ、そして奏の許にある燻る火種は好意と慈善事業でこの場を作成しているという『貴族』にとっては酷く驚嘆に満ちたものとなるだろう。
(結局、弱っちい私は魔女になるしかなかったってことなのよ――今だって、仕事だけれど、これは『魔女』と同じことだわ)
 その罪が寛容に生き永らえた事であれど、その罰が酷く傲慢な事なれど、エスラはゆっくりと火種を撒き散らす。
 赤々とした焔の色は奏にとっても見慣れた物であったのかもしれない。脂の燃える香も、『ひとごろし』と平たく述べられる言葉だって静謐溢れるその両眼を揺れ動かすことはない。
「……求められた仕事だもの」
 オーダーは『孤児院を燃やす事』。この景観を維持するためにと我儘でオーダーを下した依頼主の事を彼女は気に留めることもない。己の放った焔で焼け落ちてゆく木々の音を聞きながら短命たる依頼主は満足するのだろうか。
「恨みはないけど、燃やさせて貰うわ」
 かんばせを歪めることなくリカナは銀の髪を風に揺らした。背負いし二種の翼に対照的なまでの昼と夜の瞳を僅かに歪め、落ちてゆく焔を彼女は見下ろし続ける。
 噛み締めた唇の端より、犬歯がちらりと覗き吸血種と呼ばれしおんなは赤々と燃え広がる焔の行方を見守った。
「孤児院が――!」
 誰ぞが一人。その鼻先に付いた燃え燻る香に驚愕の声を上げた。
 何が起こっているのかと口々に言う冒険者達を見詰めてスティアは何処か表情を歪めるしかなかった。
(依頼内容はよく確認しましょうって思った次第まあお仕事はきっちりするのが大事だし、気持ちを切り替え頑張ろう!!)
 通常で言えば、彼女自身も孤児院を護る側の存在なのだろうが――偶然、そう情報屋の話を聞いた事で純粋なる心に僅かな悪意の芽を見せるしかなかったのだ。
「グマハハハ! 俺の名はヒグマゴーグ! 命がいらんならかかってくるがいい!」
 名乗り上げたその言葉に用心棒たちが歯噛みする。目の前の存在は賊としてここに存在していただけのはずだ。
 さて、炎は何処から上がったのか――?
 警戒するようにぐるりと周囲を見回した冒険者の許へと飛び込んだのは一つの銃声。
「余所見ね」
 淡々と告げた奏が目を伏せる。ちらりと揺れたリカナのランタンの焔は赤々と冒険者たちの顔を赤く照らし上げていた。



 頬を赤く染め上げる様な焔の中で、煤を纏わせながらリカナは小さく息を吐き出した。
「良く燃えるわね。もっとも、燃えた後の景観がかつてのものと同じ、なわけはないけど」
 その言葉に用心棒たちは「何をしているかわかっているのか」と「あるお方の善意を踏み躙って」と告げた事だろう。
「貴方達も仕事でしょう? じゃあ、同じ事よ」
 二つの翼に、昼と夜の瞳は不思議そうに細められる。そうだ、これは仕事なのだから『己が心情などは此処には反映されぬ』ものなのだ。
 射干玉の瞳がゆっくりと細められる。表情を歪めることなく、どうしてとかけられた声に奏は手にしたライフルの感触を確かめながら「そうね」と呟いた。
「……求められるなら戦うだけよ」
 硝煙の香に、濃い焔の色に。静謐湛えた瞳には年の頃より大人びた雰囲気を感じさせる。善悪ではなく仕事として携わった以上、彼女にはそれ以上の感情は存在していないという様に弾丸が放たれ続ける。
「ッ、司教様!」
 声を発したメリンダに用心棒達が慌てて振り仰ぐ。そうだ、彼らには守るべき存在がそこにあったのだ。
 逸れたという孤児も、賊に襲われ震える修道女と司教、そして未だ幼い孤児の少女――嗚呼、それで。
 ……それで?
 用心棒の瞳が見開かれる。瞳を伏せり、スティアを安堵させるように柔らかに声をかけていた筈のメリンダの瞳は開かれ、其処からぎょろりと覗いていたのは恐怖と呼ぶに相応しい。
「ッ――!?」
「嗚呼、神は我々を見捨てはしていなかったのです! ねえ、そうでしょう?」
 ハンマーがかちりと音たてる。骨のぶつかる感覚に慌てその身を反転させてももう遅い。
 用心棒の許へと飛び込んだメリンダの一撃はその肚の奥深くから響く様に届かされる。まさか、と誰かが口にした。
「……ごめんなさい!」
 首を振ったスティアは『怯えていた子供』ではなく気丈なる冒険者としての表情を其処に映しこんだ。
 慌て、動き始めた用心棒たちは悟った事だろう。そう――
「かかったな、俺たちはグルよ! 貴様らの雇い主が道楽で建てたこの建物が気に食わんのさ!」
 ヒグマゴーグの言葉にその表情をかあと赤らめた用心棒達は己らが司教の扇動に乗っていたことに気付かされる。
「黄金は惑いを生むのです! 嗚呼、嗚呼、何という事か!
 矜持があればぶつかり合うに相応しい。我等が矜持が違えただけに違いない。どうか、刃を収めるのです我らが同胞よ。そして、今此処で淑女の願いを叶えてみせましょう!」
 ムドニスカの言葉に心が凪を生み出した。足元に倒れた野花にも構わぬ儘に飛び交う魔弾を受け止めて用心棒達は幾度も「ちくしょう」と繰り返した。
「こんなことをして何になるって言うんだ!」
「何に? ……聞かれたって困るわ。だって、『仕事』だもの」
 悪い魔女だわ、と口遊みエスラは困った様に肩を竦める。草木の声を聴き、一歩踏み出せば彼女を狙う凶刃が振るわれた。
 その刃を受け止めたのはヒグマゴーグ。グマハハハ、と何度も笑う彼の声を受け止め乍ら淡々とその拳を振り上げる奏は忠実にその仕事を熟し続ける。
「……!」
 息飲む用心棒に構う事無く、銀の髪先を遊ばせたリカナが、ぐん、と肉薄した。近距離での一撃に用心棒の体が吹き飛ばされれば、それを追い掛けてメリンダは楽し気に焔の前へと飛び込んでいく。
「お祈りは済んだかしら?」
 信心深い修道女と称するには余りに歪み切ったかんばせは只、愉悦を乗せている。長いスカートが揺れ動き、ステップを踏むメリンダに合わせスティアはぎゅ、とスペルブックを抱き締めた。
「女ッ!」
 用心棒の上げた声に、スティアは、は、と息を飲む。なりふり構っていられないと幼い子供を思わせたスティアを狙った凶刃は何気なく受け止められる。
「……ま、負けません……!」
 正義と呼ぶか、悪と呼ぶかは定かでない。只、用心棒たちの攻撃を受け止めた特異運命座標は目の前にあるオーダーの達成の為にその得物を奮い続ける。
「ところで……ココに魔王城を建設するというのはどうじゃろうか。
 もしくは大魔王がこの世界に来て初めて焼き討ちをした建設物跡地として観光スポットにするとか」
「貴様ッ」
「―――言葉を遮るではない。不敬であるぞ」
 冷めきったシロンの言葉に男たちがぐ、と息を飲む。魔弾が飛び交い、攻撃交わし合うその中で、それを遠くより見つめる令嬢は楽し気に笑っているのだろう。
 己が外界へと何かを齎す事の少ない病がちな令嬢は『己の手で景観が少し変化した』という細やかな好奇心と喜びに胸を震わせているのだろう。嗚呼、それを喜びだと感じてしまえば、この場所の特異運命座標達の闘いさえもどの様な英雄譚より輝いて見えているはずだ。
 銀の装飾を揺らしエスラは植物たちの声を耳にする。叡知溢れるその知能を回転させて、神秘への親和性を高めた彼女は全力でその一撃を放たんと動き始める。
「出されたデザートは残さず味わう主義なのよね」
 ゆっくりと、未だ見開かれた瞳は悍ましさを感じさせたままにその拳を震わせる。逃げ果せんと背を向けた冒険者を猟犬の如く見据えたメリンダは焔に構う事無くゆっくりと歩き出した。
「嗚呼……悲しき子よ。貴方もまた絢爛なる愚者の黄金に拐かされた一人。
 今こそ武器を下ろし、償いましょう。彼女の怒りを、治めるのです──」
 扇動者は燃え広がる焔へと飛び込む事を促した。愚者の黄金は魔的な光を帯びて、用心棒達を神への供物の様に身を捧げんとムドニスカは手招いた。
「……燃えてる」
 ぽそり、と呟いたスティアの声にシロンは「美しい焔じゃのう」と小さく返す。
「……本当に焼き討ちしたんだ」
「グマハハハ! よく赤く燃えている! これぞ悪の結社の本領という所よ!」
 ヒグマゴーグの声高に響いた声が夜闇に木霊する。この美しい月夜に広がる焔と煙は、鮮やかに盛り付けられたデセールをどのように彩っているのだろうか。
 ちら、と振り仰いだリカナは「どんな気持ちなんでしょうね」とだけ遠く見える屋敷へ向ける。
 開け放たれた窓より一部始終を伺い視ていた令嬢が何所までも喜びにその表情を歪めている事など知りもしない儘に。


 足元に転げ落ちていたぬいぐるみは此処に来るはずであったであろう孤児たちの為に寄付されたものなのだろう。捥げた頸は煤汚れどこか悲観的な表情を浮かべながら燃え広がる焔の海を眺めている。
 拾い上げたスティアは何処か困った様に目線を揺れ動かす。未だ、勢い衰えぬ焔の中へと目を伏せて投げ込んだ人形はぱちりと音立て乍ら静かにその姿を消していった。
「くっくっく……はーっはっはっはっはっは!!」
 込み上げる笑いを抑えられぬままシロンは手を叩く。燃える焔を見詰めながら大魔王はその矜持と共に只、笑い続けた。
 焼け落ちてゆく木々の中、奏は背後より感じた視線を受け止めてゆっくりと目を伏せる。
「……報酬さえ貰えればそれで良いのだけれど、『彼女』は満足するのかしら、ね?」
 嗚呼、星屑は砂糖菓子のように甘く。この燃え落ちてゆく木々は令嬢のデセールの上を僅かに煤汚すチョコレイトでしかないのだろうか。
 エスラは僅かに唇を噛み締める。『貴族の少女』と我儘放題に生きる令嬢は幾重にも重ねた柔らかなレエスを指先撫で、シルクの感触を確かめながら『己の我儘が叶った』事を歓んでいるのだろう。
 きっと、彼女には良心の呵責たるものは存在していない。誰かが抱く倫理観と令嬢の抱いた願いは其処をイコールでは繋いではいなかった。
 こうして燃えた火種が収まればこの場に残ったしがらみの如き滓は令嬢が撤去することだろう。何ら『心の痛み』さえ感じることもなく、だ。
(いつか、依頼主のお嬢様が人の痛みや自分の依頼の意味を分かってくれる日が来たらいいけれど――)
 さあ、混沌世界に蔓延る幻想の闇色は幼き心に焔の如き欲求を宿らせる。胸中揺れたエスラの言葉は何気なく吹く風に隠された。
 ――その焔は鮮やかなれと爆ぜる音たてて。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 また、ご縁がありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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