シナリオ詳細
パレヱドの暴れ牛
オープニング
●喝采は血の香り
喜怒哀楽の感情において、もっとも他者の介在が難しいものは『楽』である、とロンド・ラングドンは考える。もっとも、人間種かそれに近い旅人以外の感情にそれらが備わっているか、までは彼は考えたことがない。なぜなら、彼は人間種であり、他種族の意思を尊重したことがないからである。
ロンドは、地球の言い回しでいえば旅芸人である。『幻想』の街から街、三貴族の所領をも渡り歩き芸を見せて路銀を稼ぐのがもっぱらの仕事だ。評判は悪くないし、護衛をつけて移動できる程度には稼ぎがよく、安全な旅を続けている方だ。
だが、それが決して『身分のはっきりした、良き芸の提供者である』という意味とは限らない。
彼の行く先では必ずと行っていいほど『事故』が起きる。死人も出る。それでも旅を続けられるのは、貴族達が庶民に関心がなく、庶民は『事故の原因』を排除できず、ならず者も『原因』と護衛を相手取ってまで利益が釣り合わないと知っているからである。とはいえ、すべてがうまく回るわけではない。『原因』が護衛を殺してしまうことも往々にして有り得るわけで、ロンドは楽ではない旅路を続けているのだった。
……そんな興行を続けているのだから恨みに事欠かないのは子供でも分かる。王都に彼が訪れると噂が立った時点で物好きは喜び、恨み持つ者は色めきだった。
彼が王都のすぐそばで雇っていた護衛、その最後の1人が『事故死』したのは、果たしてどんなめぐり合わせであったのか。
●喜びの母数
「護衛の依頼が来ている。依頼人は旅芸人のロンド・ラングドン。王都で興行を行う間、自分と芸をする獣とを守ってくれ、という依頼だな」
レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)は、集まったイレギュラーズに対して依頼主の顔写真を見せ、説明を始めた。依頼人はどこにでもいそうな無個性な人間種。とくに目立つような化粧をするわけでも、装飾品を身に着けているわけでもないらしい。芸人としてはどこか中途半端な気もするが‥‥。問題は、獣の側の資料である。
「姿は牛だ。体高4m、体長3mのそれを牛って呼んでいいかは別だけどな。これが気性が荒くてよく暴れるらしい。この巨体に見合わないくらい色々と芸はできるらしいんだが、暴れるたびに周囲を巻き込むもんだから、死者も少なくないらしいけどな」
恐ろしいことをしれっと語るレオンだが、この世界と『幻想』の現状を思えば街で1人、2人死んだ程度では騒ぎにならないのかもしれない。それなり儲けているのなら、街の権力者や貴族達に還元していてもおかしくはない。話は続く。
王都には何度か訪れているため、他の街に比べれば『事故死』の件数が多く、取るに足らない相手からの恨みも買っているということ。彼を恨む手合いが、ならず者を雇ったという噂があること。
連れの暴れ牛は気まぐれで、彼の身を守ることはしないので護衛は必須であるということ。
最後に。護衛が暴れ牛に殺されることもままあったが、たいていは『護衛未満』の実力の人間しか雇っていなかった、という彼のケチ臭い性根についてである。
「護衛はこの街での一度きりの興行の時、だそうだ。人通りが多い場所で芸を見せるとき、守って欲しいらしい。ならず者は6人、人混みの中でことに及ぶから全員近接武器だろう、ということだ。それと、暴れ牛は特に、芸の合間、30秒に一度くらいは暴れたくなるらしい。ロンドが巻き込まれることはないが、戦闘の邪魔にはなるかもな。最低でも1人、暴れ牛の対応にあたってくれ。なに、腕前なら今までの護衛よりはお前達のほうがずっと上だ。ちょっと力が強いだけの獣だと思っていいだろう」
頑張れよ、と送り出すレオンの言葉に、イレギュラーズはなかば無理やり、自分達に言い聞かせて依頼へと向かう。
簡単な仕事だ、何とかなるさ、と。
- パレヱドの暴れ牛完了
- GM名三白累
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年01月21日 00時40分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
ロンド・ラングドンは人間種であり、人間種以外との関わりをあまり多く持つことはない。今まではそうだった。だが、これからは?
以来当日、早朝に訪れたイレギュラーズを見た彼は、自分の狭量な日常の終わりを肌で理解した。
「アンタがロンドだな! 俺達が護衛にあたるからには大丈夫だ! 全部任せな!」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)はロンドに大きな手を差し出し、握手を求めた。ロンドはしばし呆けたように、ゴリョウの顔と手とに視線を往復させる。
「……よろしく頼むよ。しかし、なんだ。『旅人(ウォーカー)』というのはみんな、こう。個性的なものなのかね?」
「みんなかは知らねえな。変わってるヤツは多いだろうけどな!」
おずおずと差し出された手を力強く握り、程々の力で軽く振る。豪快な言葉とともに手を話したゴリョウに、ロンドはあらためて周囲に目を向けた。
「君、芸も出来るしムキムキだしかっこいいなぁ……触ってもいい? いいんだね? ありがとう」
ぺちぺちと牛の腹部を叩きながら一方的な会話(ロンドにはそう見えた)を繰り返す少女は、『翼の無い暴食の竜』ヨルムンガンド(p3p002370)、と言っただろうか。どこか竜種のような外見を持つ彼女が『混沌』にあらざる存在であるのはひと目でわかる。
「とっても強そうだね! これだけ大きければ襲われても簡単に返り討ちにしちゃいそうだけど、怪我はしたくないよね」
『輝煌枝』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)は、興味深げに牛の周囲を回り、観察を続けていた。彼も、旅人である。頭に生えた角の輝きは、ロンドをして強い興味と、幾ばくかの敬意(美にたいする啓蒙のようなものだ)を抱かせた。
無論、すべてのウォーカーが異形なわけでもないし、純種にだって多様性はある。
ロンドの視線が、牛のいる位置から逆方向へと流れる。すぐそばには、浮遊する水泡が……否、『九本足のイカ』エルラ(p3p002895)の姿があった。マイペースに浮き沈みしつつ『眠っている』彼の姿は、疑問を抱く前に理解を促す。彼に言葉を投げかけても、希望通りの答えを『すべて』引き出すことは難しかろう、ということを。
「朝も早いうちから依頼だなんて……眠くて堪らない……」
『宵の狩人』サーシャ・O・エンフィールド(p3p000129)は『眠そう』なだけで、寝ているわけではないからセーフ……なのだろうか。スカイウェザー、こと梟の特性をもつ彼女は昼に弱い。早い時間から対策を講じたり依頼人と会うというのは、まあ確かに辛いものなのかもしれない。それでもきっちり現場にいるのだから、やる気はあるのだろう。
ふと、ロンドは近くにいたオールドワンの青年、『破片作り』アベル(p3p003719)を見た。
他のメンバーほど活発に交流しているわけではなく、かと言って彫像のように立ち尽くしているわけでもない。絶えず周囲に視線を配り、注意深く振る舞っているように見受けられた。尤も、ここにいる『彼』は本人と似て非なる存在なのだが、ロンドがそれに気付くのはもう少し後のことだ。
「恨みを買うような芸……って、芸風の変えどきじゃないの?」
「どうかな。今日の依頼でうまく行ったら続けるだろうし、でも今日は被害は無い方が当然、いいに決まってるし……悩ましいね」
『山岳廃都の自由人』メルト・ノーグマン(p3p002269)の当然すぎる疑問に、『文具屋』古木・文(p3p001262)は曖昧な表情で応じた。当然、ロンドに届かないよう心掛けた会話ではあるが、彼女の言葉に同意を示すイレギュラーズは少なくあるまい。お互いに立場や言い分があるのだろうし、結果として儲かっている商売方針を変えることはないだろうが、難しい話である。
なお、文は会話をしつつアベルをしきりに観察し、どこかそわそわしているようだが……旅人、こと日本人であるという彼の出自が想起させるある職業を、アベルに感じていたのかもしれない。
「……個性的、なんだな」
「大丈夫だよ……漁の相手が人間になったようなものだから……たぶん……」
ロンドの言葉に、目を覚ましたエルラがぽつりとつぶやく。ぎょっとしたように自分をみた依頼主の姿が、エルラはよくわからなかった。日々の糧を得る行いという意味では、『海洋』で漁の手伝いをすることも、不心得者を罰することも同じだと思うのだが。
「考え方は色々だと思うけど、僕達のことは信頼してほしいな。信頼には応えたいと思う」
「そーいうこった! アンタは大船に乗ったつもりで芸で盛り上げることを頼まぁ!」
目を白黒させるロンドに、文とゴリョウが気遣うように声をかける。初めてマトモに触れ合うイレギュラーズに戸惑い、かたや初めての依頼人の扱いに困りつつ。あらゆる感情を巻き込みつつ、芝居の開始へ突き進む。
●
王都の広場は人いきれ。暴れ牛の危険性を度外視してまで人が集まるのは、それだけロンドが多くの人に認められ、求められてきた証左である。
「大人気だねえ‥‥君が頑張ってきたからなのかな?」
ヨルムンガンドは人々と牛とに視線を往復させ、問いかける。先程から根気強く牛に話しかけているが、牛の方はといえば決して好意的ではなく、反応は返すが言葉少なだ。すべての言葉、行いに怒りの感情が混じっているため、元から沸点が低いだけなのかもしれない。……思考が絶えず渦を巻くように錯綜している様子なので、もしかしたら芸の数が牛の思考を圧迫しているだけ、かもしれないが。
「大道芸は楽しく見てもらうためにあるからね。安心して見ていってね」
文は、観客たちに柔らかな声で語りかけ、安心感を与えようとする。彼の誠意ある態度は人々に多少の安心感を与え、一部のご婦人方にはその甘いマスクがより好感をもたらした。文は同時に、視線を左右に動かし、敵意を探る。仲間達も、敵意を感知するその目を頼りに守りを固め、今や遅しと警戒を強めていた。
「さあお立ち会い! 今日も皆さんに楽しい時間をお届けしよう! 私と、彼とで!」
ロンドは先程までの態度とはうって変わって、闊達な話しぶりで観客たちに話しかける。『彼』とは当然、牛のことだが。どうしても観客たちの視界は、新顔であるイレギュラーズに向いている。
外見だけのインパクトでいえば牛より遥かに目立つ彼らだが、彼らはロンドの傍らにいるだけで、つとめて目立とうとはしなかった。例外があるとすれば、助手役を装い、大道芸の道具を受け渡しするメルトと、牛に寄り添うヨルムンガンド。特に後者は、暴れぶりをよく知る人々からすれば明らかに危険な立ち位置だ。外見から普通の手合いではないのは分かっていても、やはり不安を煽るもの。
だが、彼らの危惧はすぐさま、杞憂に変わる。
ロンドが投げたボールを牛が鼻先で打ち上げる。戻ってきたボールを、ロンドはやや弱めに投げ返す。牛が返すには距離が足りないが、そこにメルトが割って入り、トスを上げる。ギフトで設定した『拠点』での行為は、周囲からすればボールがひとりでに跳ねたに等しいインパクトがあった。受け止めた牛は、その場でボールを何度も何度も打ち上げる。
「すごいね、あんなに大柄なのにあんなに器用だなんて!」
ムスティスラーフは、近場の屋根から様子を見つつ驚きと歓喜がないまぜになった声音を上げる。無論、『隠れている』ことがバレぬ程度には声を潜めているが、その興奮は隠せまい。元の世界ではみることのなかった出来事の輝きがそこにはあった。
だが、楽しい時間はそう長くは続かない。魅了する相手の数が多ければ、必然としてそれに紛れる不心得者を覆い隠す。
そして、ならず者というのは得てして悪事を働く機を逃さない。牛がボールを取り落とし、鼻息を荒くしたのを見計らったように、人混みの中で混乱と怒号が響き始めた。
「邪魔だ、どけっ!」
「どかないよ……仕事だからね……」
人混みから真っ先に現れた襲撃者の前には、すでにエルラが陣取っていた。文や仲間の合図に合わせ、一足早くカバーに入った格好だ。水泡の中から伸ばした脚で組み付き、相手の動きを鈍らせる。反射的に振り下ろされたブラックジャックは空を切り、用をなさない。
新手の襲撃者が人混みから続々と現れるが、立ちはだかったアベルに触れた男は驚きとともに一瞬、足を止めた。そして、次の瞬間に足を撃ち抜かれ、膝を折る。
そこに居たのはアベル本人ではなく、彼が『愚か者のBACCANO』なるギフトで生んだ分身だ。触れれば消える脆いシロモノだが、虚仮威しには十分すぎた。
「荒事慣れしてる割には迂闊すぎやしないですかね? こちとら楽でいいですけどね」
本体は、遠く離れた屋根の上。ロンドと合流した時点ですでに狙撃ポイントについていた彼は、広場のどの位置から敵が現れようが気にも留めず、狙える状況にあったのだ。
「これよりこの場は喧嘩場だ! 怪我したくなけりゃちと下がりなッ!」
周囲から響く騒乱と開かれた戦端に、観客は不安を煽られ、慌てふためく。だが、絶妙のタイミングでゴリョウが一喝を入れれば、混乱はすれど無理に前に出ようとしたり、逃げ惑うものは格段に減った。『避けろ』『逃げろ』の類であれば、混乱の中で観客が転倒し、怪我もあり得た。具体性があったからこそ、有効だったといえるだろう。
「動ける連中はそいつらの足止めを頼む! ……ヨルはそっち、任せていいんだな?!」
「どんとこいだよぉ……暴れたいなら、暴れさせてあげないとぉ……」
ゴリョウはそのまま、その場に陣取った仲間に指揮を飛ばす。すでに足止めに回ったエルラと、新手に対応すべく踏み込んだメルト、隠れ潜んでいたサーシャはそれぞれ襲撃者の妨害を行い、ゴリョウもまた、接近してくる手合いを抑えに回る。ヨルムンガンドは、牛の角を正面から受け止め、がっしりと押さえつける。たっぷり10秒かけて組み合うと、牛も徐々に落ち着きを取り戻す。……彼女に届くのは、やはり怒りを多分に含んだ興奮の声、そして襲撃者に対する過敏な不安であった。
「確かに素早いけど、速すぎるわけでもないのです……」
「十分追いつける、かな」
サーシャとメルトは、それぞれ相対した敵へ間合いを詰め、蹴りを入れる。先んじて相手の武器が振るわれ、その身を傷つけるが、しかし敏捷性に秀でた分、腕力は然程でもないらしく、十分無視できる傷だったのが幸いか。
「まだ、皆は大丈夫そうかな……僕も頑張らないとね」
文は手近な襲撃者に踏み込むと、レイピアを真っ直ぐに突き立てる。いかな原理か、衝撃を受けた相手は大きく吹き飛び、転がっていき、そして仲間と激突した。アベルに足を撃ち抜かれた手合いだろう。不運なことだ。
実戦の感覚、武器の重みは慣れるものではない。だが、相手を傷つけることなく、確かな成果を挙げている。喜ぶべきか、否か。思い悩みながら、文はヨルムンガンドへと視線を向けた。守りを固め、牛の角を受け止める彼女が不利に回る様子は、未だ見られない。今、彼がやるべきは目の前の敵を排除し、仲間の負担を軽くすること。ただそれだけだ。
足を撃ち抜かれ、仲間ごと転がされた不幸な襲撃者は、己の身に降りかかる理不尽に怒り心頭であった。牛と男を殺すだけの依頼で、こんな目に遭うなど割に合わぬと憤った。だが、投げ出すことはできなかった。怒りを糧に立ち上がり、猛然と前進しようとして、しかし彼はなおも不幸であった。
「駄目だよ、自由になんてさせないからね」
彼を狙い撃ったのは、ムスティスラーフだ。己の血潮を昂ぶらせ、『我が見えざる手』で持ち上げた杖に収束させた術式を放つことで、相手に尋常ではない一撃を叩き込む。……不幸な襲撃者は、しかし『幸いにも』死にはしなかった。立てるほどの体力はなく、一息で死んでしまうほどに消耗してしまっただけで。
遠間からとはいえ、それだけの術式は流石に、目立つ。襲撃者の何人かがムスティスラーフの方を見たが、彼を狙うほど手勢は充実していなかったのも事実。幸不幸の区分で言えば、彼らはロンドに襲撃をしかけた時点で不幸だった、といえるだろうか。
●
「オラぁ! 依頼人に手ぇ出したけりゃまずは俺を倒してからにするんだなぁッ!」
「ぬかしやがって……!」
ゴリョウの盾と、襲撃者のブラックジャックが撃ち合い、甲高い音を立てる。互いに傷つきはすれど、打ち負けたのは襲撃者だ。ゴリョウの盾による強打は、経験ある襲撃者といえど何度も食らって立てる威力ではない。それでも逃走を選択しないのは、雇われの悲哀か。
「覚悟だけはご立派だけど、それだけじゃ食っていけないんですよねえ。残念」
アベルは淡々とつぶやきながら、襲撃者を狙い撃つ。文に吹き飛ばされた相手の脛へと狙撃し、バランスを崩した手合いは再度、文によって吹き飛ばされた。文の攻撃に敵を傷つける威力はない。だが、絶えず足取りを乱されれば、平常心ではいられない。
「見た目がイカだからって油断したらダメだよ……イカって意外と素早いし、獲物を捕まえるのも上手だから……」
エルラに組み付かれた襲撃者は、しかし彼を侮っているわけではなかった。繰り返し振るわれた得物は確かに彼を傷つけたし、善戦した方ではある。ただ、その姿に見合わぬ動きの素早さと文字通り『手数が多い』相手に後手後手に回ってしまった、というだけ。
ぐったりと動かなくなった襲撃者を、エルラは脇へと押しのけ、仲間の支援へと向かう。死んではいない。ただ、死ぬほど痛かっただろうが。
「ちゃんとお裁きを受けてもらわなきゃ、ね。だから殺さないよ」
メルトは至近距離で剣を振るい、襲撃者のナイフを打ち払う。与えた傷は深いが、相手はそれでも立ち向かってくる。‥‥殺さぬように、倒されぬように戦うというのは難しい。しかし、殺して終わりでは寝覚めが悪い。その合間を見定めるのも、また戦いである。
「まだまだ大丈夫だよぉ……! 思いっきり向かっておいでぇ……!」
ヨルムンガンドは、大きく両手を広げた。迫る牛の一撃は、さきに増して重く感じられる。だが、それでも彼女は受け止めた。無傷で、とは流石にいくまいが、足を踏ん張り、巨躯を受け止める姿はその姿もあいまって竜種を想起させ、襲撃者とてその威容においそれと手出しすることは許されぬ凄みがあった。
猛禽の爪を振るって牽制するサーシャと得物で応じる襲撃者の間を貫いたのはムスティスラーフの放った術式だった。彼女の蹴りは、人間相手には特に強力だった。だが、猛禽のそれと同列に並べるほどに用途が広いわけではない。至近距離での戦闘において、優位に立つことはまだ、難しいだろう。
だからこそ、ムスティスラーフの強力な一撃は両者の均衡を一気に傾けた。襲撃者はその一撃でよろめき、サーシャの蹴りを避けることはかなわない。側頭部に正確に決まった一打は、襲撃者の意識を綺麗に刈り取り、その場に引き倒した。
「……ってぇワケだ。残ってるのはお前さんだけだぜ。まだやるかい?」
周囲に絶えず視線を配り、戦局を見定めたゴリョウは、眼前の襲撃者に対して威圧的に問いかけた。死亡者は1人もいないが、いまだ戦える者は彼1人。護衛の側はといえば、深い傷もなく一方的な状況。……襲撃者は、ブラックジャックを放り出して両手を挙げた。
「それじゃあ、降参っていうことでこれはいらないよね?」
ヨルムンガンドが得物を拾い上げ、丸呑みしたのを見れば、立っている気力すらも奪われたわけだが……彼は、生きていることを喜ぶほかあるまい。
「……でもさあ。あの暴れ牛、器用だよね?」
メルトが、目の前で繰り広げられる大道芸を見てつぶやく。
襲撃者を引き渡した一行は、そのままロンドの興行を見ていくこととなった。ヨルムンガンドのお陰で存分に暴れたからか、それとも何か変化があったのか、牛は暴れまわることはなかったが‥‥蹄で器用に紐を踏みつけ、引っ張り、ロンドと組んでディアボロを扱うさまは、成る程、人気があるのもうなずける。
「いいんじゃないですかね? 人気があるのも、器用なのもいいことです」
これで暴れなければ最高なんですけどねえ、とアベルが続ける。暴れないのが今回限りなのか、どうなのかは分からないが……疲労でへたりこんでいるゴリョウを含む仲間の苦労分くらいは、平穏であってほしいものである。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
正直、襲撃側に死者が出なかったのに驚いています。皆凄い。
MVPは非常に悩んだのですが、場の空気に一番寄与したあなたに。
ご参加、ありがとうございました。
GMコメント
はじめまして、三白累(みつしろ・かさね)です。自己紹介はさておき、初依頼です。
補足説明を致しますので、ご確認ください。
●依頼達成条件
・ロンド・ラングドン及び『暴れ牛』の護衛を完遂させる(ここでの『護衛の完遂』は両者の生存を指します)
・両者が生存していれば、両者の負傷の程度、襲撃者(ならず者)の生死は問いません。軽傷の範囲ならロンドは機嫌よく終わるでしょうし、襲撃者が死んでも彼が大体『根回し』をしてくれます。
・勿論、観客である一般人の生死も不問……と言いたいのですが、ロンドが今後王都で襲われないよう、ゼロに近づけるのが望ましいでしょう(彼の稼ぎがよくても『根回し』には限度があります)。
●情報確度
Aです。想定外の事態(オープニングとこの補足情報に記されていない事)は絶対に起きません。
●ロンド・ラングドン
旅芸人。彼はとても弱いですが、保身を第一にするので全員敗北でもしない限りは死にはしません。
●暴れ牛
巨体の牛らしき生物。30秒(3ターン)に一度暴れる(『物至単』の攻撃として判定)ということです。1人が至近距離で守りに徹すれば、十分止められますし、危なげなく対処できるでしょう。
その場合、守りに入った相手以外を狙うことは『絶対に』ありません。
フリーになった場合に暴れ始めた場合は事故が起きる(ロンド、および戦闘している者を除く対象に全力移動後に攻撃し殺害する)まで暴れるのをやめません。
●ならず者
人間種の盗賊上がりの暗殺者。6名います。武器はナイフ、ブラックジャックがそれぞれ3人ずつ。多少敏捷性が高い程度です。
依頼を受けているため、他者を巻き込んだりすることはなく、ロンド、およびその護衛(皆さんです)以外に害を及ぼす意識はありません。
●王都内広場
そこそこ人が集まる広場です。ロンド、および暴れ牛と一般人の間は20m以上離れているので、戦闘で巻き込んで命を奪ってしまうことはありません。
ただし、暴れ牛を放置した場合は話は別です。逆に言えば、暴れ始めても猶予はありますが、放置するのは推奨しません。
お目通しいただきありがとうございました。
お気に召しましたら、是非。
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