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クルミを買う予定は無いけれど
クルミを買う予定は無いけれど
イラストSS
夕暮れが石畳を照らし、通りに点在する街頭にぽつり、ぽつりと灯りが灯り始めたころ。
石畳を蹴るように駆けていく彼女。その両手には抱えられるほどてはあるが、大きな箱が収まっていた。
時は数日前。まだ太陽が煌々と辺りを照らす昼下がりに彼女はそれを見つけた。
雑貨店の窓辺にぽつんと、佇むくるみ割り人形。その姿と、くるみ割り人形という存在自体にとても、惹かれた。
黒い衣装を身に纏った、その人形はくるみ割り人形にしては珍しく女の子の容姿をしていて、それにも興味をひかれた。
そして何より、忘却の泉の水底。
自身のとなりに確かにいた……、ような、気がする大切な人の面影を一瞬、みたのだ。
その日からずっと、その店の前を通りかかっては人形を見るのが続いた。
時には数時間、ウィンドウにベッタリと張り付くように凝視していた日もあった。
何度か、店主とおぼしき人物と目があって走り去った日もあった。
何日も通って、何度も迷って。そうして迎えたシャイネンナハトの日。
「ありがとうございました」
幾度も通い続けた雑貨店の窓辺から、くるみ割り人形は姿を消した。
石畳を蹴るように彼女は駆ける。
はやく、はやく、家にもどってこの子を箱から出してあげたい。
そしてまた、一緒に暮らしていく。あの頃と同じように。
聖夜。忘れてしまった筈の記憶は、思い出したくない真実を置き去りにして彼女を突き動かす。
※SS担当者:樹志岐