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イラスト詳細

ライセルの樫木間黒による三周年記念SS

作者 樫木間黒
人物 ライセル
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

3  

イラストSS

 コンコン。二回、ノックの音。
 ドア越しに最愛の人の返事。次いで駆け足の音。次第に近づいて行く愛しい音。
 今は姿が見えないはずなのに彼の姿は手に取るようにわかる。愛らしい姿を脳内で噛みしめ、ライセル(p3p002845)はノブを回した。
 同時に一人で開くよりも強い力が手にかかる。壁が取り払われた先の空間には彼がいた。ライセルにとっては誰よりも大事な人――ラクリマ・イース(p3p004247)の姿。
 ラクリマは氷のように麗しくも冷たい容姿が魅力的な美青年だが、彼がライセルに向けてくれる表情の何たる愛くるしい事か! 普段は美しさを際立たせる澄ました相貌が、今や眼前にいる恋人のため、朗らかに崩れている。ライセルは愛おしさに浸る気持ちを抑え、彼の笑みに相応しいように軽く笑んだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 夫婦のようで少し可笑しかった――尤も人生の伴侶以外の存在になるつもりもない――が、不審な有様を玄関先で見せる前に家の中に入る。

 家の中は少し物が散らかっていた。特にソファの上、縒れた毛布の存在が目に付く。ライセルが依頼から戻ってくるまで待ちくたびれて寝てしまったのだろう。待たせた事に申し訳なさも感じるが、つい転寝する彼の姿を想像してしまう。
 笑みの意図に気づいたのか、ラクリマは急な様子で部屋の片づけを始める。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、とライセルは思ってしまった。ますますラクリマの顔が赤くなる。
 このまま微笑ましい姿をついつい眺めていたくもなるが、ライセルは上着を脱ぎ仕事着から外出向きのラフな服装に切り替える。
「今日は家で作って食べるから買い物に出ようか」
「いいですね」
 散らかした物を片付け終え、ラクリマも外行きように服装を整える。
「備蓄も少なくなってきた所です」



 二人が出会ったのは2年以上前の話になる。
 この時はローレットから受けた依頼で偶々居合わせた冒険者の一人だった。お互いに。
 大きく変わったのは去年のクリスマスに再会した折、意気投合した二人はその後も色々あって――現在は恋人関係にまでなっている。ライセルがラクリマの家に住んでいるのは彼の酒癖を心配しての事だったが、今では同棲状態とも言えるだろう。
 改めてこれまでの事を振り返ったがライセルとラクリマが親しくなってからはまだ一年にも満たない。出会ってからの年月に未だ届かない、比べると短い期間にもかかわらず気持ちはそうとは感じなかった。
 実際の期間がどうでもよくなるくらい二人は濃密な時を過ごし、想いを育み、今に至った。育んだ想いの深さに比べれば期間など関係ない、それに何れ二人で過ごした日々が付き合うまでの日々の長さを追い越すだろう。
 共に生き、共に歩くというのはそういう事だ。

 今もこうして市場を歩く。二人の時間を作り出していく。
「ラクリマは何が食べたい?」
「肉とマヨネーズ」
「それだけでいいの?」
 思わず素っ頓狂な声が出た。しかしラクリマは大真面目な様子で。
「本気です。マヨネーズは何にでも合う万能調味料なのですよ。これに体を作る肉を合わせればもう完璧です。これだけで人は生きられます」
「本当にマヨネーズが好きだよね。でもそれだけじゃ偏るから野菜も食べようね」
「はーい」
 ライセルと一緒なら何を食べても構わないと思ってるのは内緒だ。彼に揶揄われるから。

 美青年二人が歩いているというのにやり取りは親子のようだ。
 親――のように見えるライセルが子――のように思われるラクリマのために、献立を考える。
「野菜は何がいいと思う?」
「ブロッコリー。マヨネーズに合います」
「他には……あ、今日は卵がお買い得だって」
「いいですね! ゆで卵にするとマヨネーズとの相性が最高になります!」

 実際年上がラクリマの方なのはご愛嬌。兎にも角にも幸せ気な二人の前に外面など些細な話なのだから。





「買いすぎちゃったね」
「大丈夫ですか? 俺もちょっとだけなら手伝えますよ」
「問題ないよ。もうすぐ家に着くし、ラクリマの両手も塞がってしまうよ。先に玄関のドアを開けてくれないかな?」
「! わかったのです」

 自宅に帰った彼らは荷物を下ろし一度冷蔵庫の中に片付けて、少し休んでから料理に取り掛かる。

 まずは下ごしらえ。
 まず用意するのはステーキ用の肉。塩胡椒、その他臭みを取るためのスパイスをふりかけ、隙間を残さないかのように揉み込む。
 手際よく済ませたらスパイスが染み込んで焼きやすくなるように常温で置く。
「今のうちに付け合わせを用意しようか」
「はい……あっ、ブロッコリー。ブロッコリー茹でますか?」
 マヨネーズに合うと興奮するラクリマ。しかし周りが見えなくなってしまったせいか、彼の肘がうっかり先に出していた卵に当たる。
 割れはしないがコロコロと転がって今度こそ割れてしまう――前にライセルがキャッチ。
「あ、ラクリマ危ないよ」
「あぅ……すみません、ライセル」
「気にしないで。俺は君が困ってる時は力になりたいし、支えるのが務めだから」
「ちょ、ちょっと大袈裟ではないでしょうか?!」
「顔が赤いよ。かわいいなぁ……と、ブロッコリーを切って卵も一緒に茹でようか」
「も、もうもう翻弄させないでください! 困ってまた落としてしまうのですよ!」
「その時は何度でも掬うよ」
「もーう!!!! お湯の準備を! します!!」
 また堂々巡りをしてしまいそうでライセルは「かわいい」を心の中に留めた。

 熱湯の中にちょうどいいサイズに切ったブロッコリー、別の熱湯の入った鍋に卵を入れる。
 この頃になれば肉も焼いていいだろう。熱したフライパンにバターを投入。固形が完全に崩れた辺りでステーキ肉をじゅわっと焼き上げる。
 どちらもいい具合に熱が通ったら……完成だ。

 テーブルの上に食事を並べる。食材に、自身の恵みとなる糧へ感謝の言葉と祈りの仕草。
 それが済んだらいよいよもって「いただきます」となる。
 顔を上げたラクリマは即座にマヨネーズを構える。
「本当にマヨネーズかけるの?」
「ええ、ライセルさんもどうです?」
 勢いよく肉に、卵に、ブロッコリーにマヨネーズがかけられる。主食に置いたパンも敢え無くマヨネーズが和えられた。
 一通りマヨネーズの海に沈めると今度は容器をライセルに渡す。
「そこまでいうなら試してみようかな」
 それにラクリマの“好き”を共有してみるのも悪くはない。
 ラクリマみたくとは行かないが添え物として程々な量を出す。
 ブロッコリー、ゆで卵は分かるが肉とマヨネーズの相性はどれほどか……確かめるためにマヨネーズと合わせた食材に口を付ける。
 咀嚼し、嚥下する。なるほどマヨネーズの柔らかなスパイスが元々旨みのある食材を包み込み、味を際立たせる。ラクリマが夢中になってるのも分かる気がした。
「意外とおいしいね」
「でしょう! ライセルもどんどんマヨネーズのよさを知っていくといいのですよ」

 ラクリマは自信満々に鼻息を荒くする。
 それが何よりも堪らなく愛おしくて。
 きっと彼は自分にも話せない苦悩を抱えているのだろう。でも、話してくれなくてもいい。地に落ちかけた卵のように、脆くとも愛らしい君を救い上げてみせるから。
 だから今はこの「何もない」を謳歌しよう。

 それはきっと重過ぎるが故に、ただ心の中で誓う。

 最愛の君と過ごす、この何でも無い時間を守り続けるよ。

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