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イラスト詳細

リースリット・エウリア・ファーレルの白夜ゆうによる三周年記念SS

作者 白夜ゆう
人物 リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

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イラストSS

●アフタヌーン・ティータイム
「分かってはいましたが……やる事が、やはり多いですね」
 細かい作業や、事務的な作業は苦手でないものの。リースリットがドゥネーヴ男爵から引き継いだ務めや資料、毎日舞い込む領民からの届け出が、リースリットの私室をも圧迫する。
 彼女とてずっと集中して居られる訳ではなく、ひと段落して溜め息をひとつ。
「そういえば、ベネディクトさんの方は……」
 領主代行である彼ーー形ばかりの婚約者とは、朝食の際に少し顔を合わせたきりか。互いにずっと執務に明け暮れ、顔を合わせていない。
 窓から差し込む陽光は微かな茜色を帯び、そろそろ傾き始めようかという頃。
「お茶の時間……ですね」
 ベネディクトの来歴は凡そ戦い詰めと聞いている。こういった仕事は自分以上に不慣れだろうと、様子見がてら紅茶を淹れていく事にした。

「お疲れ様です。そろそろ、ひと休みしませんか」
 領主の部屋の戸を控えめに叩き、執務を取るベネディクトを訪ねると、リースリット以上の仕事量に埋もれている。
「……本当にお疲れのよう、ですね。お休みは取られましたか?」
「いや……やる事が随分と多くてな」
「やっぱり、そんな事ではと思ったのです」
 作業の進みは見るからに悪く、本人は見ただけで気疲れと分かる。
「少しは休まないと、却って効率が悪くなります。……戦場と同じです」
「戦場、か。……確かに、これもこれで戦いだな」
 命のやり取りにおいては、一瞬の油断が文字通りの命取りとなる。その時の癖が、机の上でも出ていたか。
「ああ。そういえば、昼食も忘れていたな……」
「私も少し休みたくて。お茶の時間にしましょうか」
 リースリットが手際よく机上にティーセットを並べ、砂時計で蒸らし時間を図りつつ、ティーポットに湯を注ぐ。ポットとカップは、予め温めてある。その様子に、ベネディクトは思わずほう、と感嘆する。
「茶ひとつ淹れるにも、随分な手間がかかるんだな」
「ええ。どれも細かい作業ですが、やるとやらないとでだいぶ差が出ますから」
 お茶受けに、と持参した皿の上には、一口サイズのサンドイッチやスコーン、クッキーなどの焼き菓子を並べてある。二段重ねが目を引く、いわゆるクリームティーセットだ。
「君が焼いたのか?」
「はい。急いで作ったので、簡単なものですが」
 蒸らし時間を終え、白いカップに均等に紅茶を注いでいく。本人の言通りやや簡素なものではあるが、ソーサーにはさりげなく季節の花が添えられている。
 忙しい中でも丁寧に。執務は一旦横に置き、二人は向かい合って小さなお茶会のテーブルに着く。
「こんなに丁寧な茶を飲めるとは。何年ぶりか……いや、初めてかも知れない」
「光栄です。熱いので、気をつけて…ゆっくりと」
「ゆっくり、というのも、実に久し振りだな」
 日々戦いに明け暮れ、混沌に訪れて思いがけず手に入れた領地と愛らしい婚約者。頼りになるのは、互いに既知の通りだが。
「婚約に、結婚……必要な事ですが、あまり実感が沸きませんね」
 リースリットが本音を漏らす。同感だ、とベネディクトも頷く。なにしろ急に降って湧いた話だ、状況はお互い同じ。そして、

「……忌み子」

 リースリットが瞳に宿す焔の刻印に、ベネディクトに流れる黒狼の血。それらがもたらした彼らの運命、生まれ育ちは決して明るいものではない。更に聞けば、お互いに妾腹の生まれでもあり。
「共通点は多いようですね。色事の事は、よく分かりませんが……」
「間違いなく『上手くやっていける』だろうな。何しろ君は優秀だし……というか、俺が出来る事といえば、戦う事くらいしか無かったからな」
「それで良いのでは? 領主とはいえ、何から何まで一人でやらずとも」
 つい先日イレギュラーズ達で賊を退けたとはいえ、領主不在の間にドゥネーヴの地は相応に荒れている。
「恐らくは先日の残党も居ます。こういった時に頼りになるのはやはり、強いリーダーに他なりません」
 上に立つ者に民が求めるのは、やはり英雄(しょうちょう)だ。国単位でも小さな土地でも、どの世界にあってもそれは変わらない。
 ドゥネーヴという土地についてや領主の務めなど、まだまだ知らない事ばかりでも。
「焦らず、少しずつ。参りましょうね」
 学ぶべき事を学ぶ時間も、互いについて知っていく時間も、まだまだたっぷりとあるのだから。

●潮風のテラスでお茶をどうぞ
 領主の館からも見える美しい海には小さな港があり、海産物を扱う店が散見される。マナガルムの主産業だ。
「改めて、良い処だな」
 翌日の昼下がり、町の視察へと赴いた二人。街そのものも美しいと、ベネディクトは改めて思う。そこかしこに置かれた花壇には四季の花が咲き、白地建物と青い海が、それぞれの色彩をよく引き立て合っている。
「そうですね。私も、この町並みを歩くのが楽しみでした。勿論、今も」
 自分達が背負っていく場所をゆっくりと見て回り、この地の『これから』に思いを馳せる。
「落ち着いた暁には、観光に力を入れるのもあり……だろうか?」
「観光。それも良いですね。外貨があれば、生活基盤をもっとこう……」

 一番最初にすべき事は残りの賊を徹底的に叩き、土地の守りを強固にする事。
 それと同時、内からの綻びを防ぐ為に領民の心と生活を中長期に渡って安定させなければならず、その為にはまずーー
「……しっかりと引き継ぎを済ませる事、かな」
「ええ。私も領主補佐として、精一杯務めさせていただきます」

 手にしたもの、背負ったものはあまりに大きい。
 それも全てにおいて形から入ったものだが、形もまた他者や世界、そして自身を認識する上で重要なのは疑い無い。
 リースリット達は、この『形』をどう変えていくのか、育てていくのか。未来の地図には、まだ何も記されていない。路を書くのは、自身の手で。
「……さて、少し疲れたな。何処かでひと休みしないか」
「そうですね。……あ、あちらのお店はどうでしょう。季節のフレーバーティーが美味しいのです」
「リースリットの薦めなら間違いないな。……ゆっくり休むのも大事、か」
「はい。時々は気を緩めないと。どんな人間であれ、ずっと戦い続ける事は出来ませんから」
「……そうだな。全くもって、その通りだ」

 とは言うものの。カフェで自然に交わした会話も、実務的な話題が殆どだった。
 やはり似た者、真面目同士か。お互い軽く笑い合う。

 これからのドゥネーヴと二人の征く路に、どうか実り多からん事を。

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