PandoraPartyProject

イラスト詳細

おまつりとともだちとボクと――ひとつの唄

作者 水平彼方
人物 ハルア・フィーン
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

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イラストSS


「ユリーカ!」
「ハルア? そんなに急いでどうかしたですか? はっ、もしやハルアがドジって事件に発展したとか……」
 それは大事件なのです! と一人慌てふためくユリーカ。
「そんなことしてないよ。心配性だなあユリーカは」
 さり気なく含まれた言葉の毒を知らず受け流したハルアは、じゃーん! と口で効果音をつけながら、一枚の紙をユリーカの目の前へ突き出した。
「ふむふむ……『音楽フェスティバル』?」
「そう! 今度近くでやってるみたいだから一緒に行かないかい?
 出店も沢山出店するみたいだから、美味しいものもたくさんあるよ」
「なんですと!」
 きらーんと輝く瞳。『美味しい食べ物』というワードをユリーカの地獄耳が聞き逃すはずがない。
「いいともー!」
 拳をぐっと天に突き出して元気よく返事をしたユリーカと共に、ハルアは祭り会場へと繰り出していった。

 善は急げと会場は既に人々で埋め尽くされていた。
 ステージ外でもあちらこちらにピアノが顔かれていて、自由に弾いて言い様になっている。自分の楽器を持ちだして即興のセッションが始まり、更に人が加わったり入れ替わったりして常に音楽が溢れていた。
 まだ日の高い内からビールやワインなどのアルコールが振る舞われ、所々で呑めや歌えやの大騒ぎ。
 串に刺した肉が焼ける香ばしい匂いがしたかと思えば、フルーツたっぷりのケーキが誘ってくる。
 子供達は絞りたてのジュースが、好きなフルーツを選べるようになっていた。
「ど、どれも美味しそうで……」
「目移りしてしまうです……」
 会場に着いた後、とても全部は食べきれないと判断した二人は一番食べたいものを選ぼうと決めたのだった。「とりあえず一通り見てみようよ」とハルアが提案したものの、ユリーカのメモ帳にはこれまで見聞きした情報がびっしりと書き込まれている。
 売り子や実際に食べている人から感想を聞いたりしていると、どれもが魅力的に見えて仕方がない。
「これは難問なのです」
 にらめっこを続けるユリーカに、ハルアは「ねえ」と声をかけた。
「それなら、全部買って半分こしよう!」
「ナイスアイデアなのです、ハルア!」
 善は急げ。二人は来た道を戻り、お目当ての店へと向かって走り出した。
 
 焼きたてのパンに新鮮な葉物を挟み、そこに表面をカリッと香ばしく焼いた肉に甘辛いタレをかけて挟む。
 勿論串焼き肉も美味しい。塩と香辛料、ハーブを混ぜてしっかりと味付けされた肉はかぶりつくと肉汁が口の中に溢れてくる。
 口直しにはさっぱりとしたジュースを一口、ひんやりとしたソルベも絶品だ。
 食べやすい様にとスティック状に整形されたフルーツケーキは、食べながら歩くのに丁度良い。でもこれはもう少し後で。
「美味しかった!」
「もう食べられないです」
「でも歩き回ったらまたお腹がすくよ」
「無限ループって怖いですね……、ハルア太りますよ?」
「ユリーカも同じくらい食べてたよ。二人で頑張ってその分運動しないと」
 流石に食べ過ぎたかな、と一休みしてからもう一度会場を見て回る二人。
「そういえば、音楽フェスティバルなのにまだステージを見てなかったですね」
「はっ、目的を見失っていた」
 これは一大事。だが祭りは逃げるものでも無いし、と歩いて噴水広場の方へと足を向けた。


 溢れるほどの音楽が満ちていたのに、そこに近づくと不思議と一つの旋律だけが耳に届くようになった。
 つま弾くギターの音が鮮明になるにつれて、聞こえて来たのは朗々と響く男の声。
 ――皆様にお聞かせするのはとある英雄の冒険譚、幾多の困難を乗り越えた男の、一幕でございます。
 はた、と足を止めて聞き入るハルア。
 仰々しい前口上だが、絵本を読み聞かせる大人のように優しげな口調だった。
 観客に子供が多いからだろうか、目を輝かせて前のめりになる少年少女達の表情を一度見回すと、詩人はゆっくりと口を開いた。

 これはまだ、一人の冒険者として仲間と旅をしていた頃。一匹の竜が谷に降り立ちそこを|塒《ねぐら》にすると、下流の村へと食料を求めて荒らすようになった。
 旅の途中に訪れた村で悪竜討伐を依頼された青年一行は、快く引き受け竜の巣へと向かう。
 荒れた地を何日も歩き、竜の住まう谷へと赴いた。
 人の姿を認めた竜は、怒りを顕わにして炎を吐きかけた。
 術者の魔法障壁が炎を割り、青年が剣を振るい爪を受け止める。
 間断なく矢と魔法が飛び交い、傷を負いながらも一行は果敢に攻め続ける。
「竜よ、何故人を襲う? 竜とは、永久にも等しい時を生きた賢きものと聞く。
 その知恵で時に人を助け導く者もいるのに、あなたは何故人を害するのだ」
「黙れ! 知った風な口を利きおって。
 人は愚かよ。いくら我らが人を助け導こうとも、欲のままに道を外れ過ちを犯す。
 水を腐し、森を焼き、過分に命を奪い調和を乱す。
 一時の欲を満たすために払う犠牲と、何も釣り合わぬではないか!」
 羽ばたき一つで立っていられない程の旋風が生まれ、矢と魔法ごと弾き返す。
 弦をかき鳴らし、続く哀愁のアルペジオ。
 強大な存在の前に、青年は己の無力さを痛感した。
「だが人は学び成長する、過ちを正して行ける。
 私の言葉を信じて貰えないだろうか」
「出来ぬ」
 竜は青年の言葉を撥ね付けた。
 鋭い爪に身を裂かれても、青年は再び立ち上がる。
「あなたが出来ぬと言うのなら、私が人を導こう。水を浄化し、森を育み、生命を敬うように。
 もし私が約束を違えたのなら、その時は遠慮なくこの命を差しだそう」
 その姿に、竜は一つの疑問を持った。
「何故、見ず知らずの人間のために命を差し出せる」
 問いかけに、青年は穏やかな声で答えた。
「私は人を愛しているからだ。愚かと言われようと、人は助け合い正しい答えを見つけられると信じ願っている。
 それを証明するために、時間が欲しい。
 人を信じられぬと言われようと、私の言葉を聞いてくれたあなたの事も信じたい」
「――よかろう」
 その真摯さに打たれ、竜は遂に矛を収めた。
「だが忘れるな。約束を違えば即座に飛んでいき、その身を引裂いてやろうぞ」
 竜の言葉に、青年は満面の笑みで「もちろんだ」と答えた。
 ――それ以降村が襲われることはなかった。
 その青年が王となり、約束を果たしたのは後の話。

 語り終えた詩人へと、拍手喝采を送る観客達。
「壮大な物語でしたねー、ねえハルア」
 拍手を送っていたユリーカが、返事がないことを不思議に思ってハルアの方を見ると、呆けた表情で聞き入た様子だった。
「ハルア、もしかして……あの詩人のおにーさんに惚れたんですか?」
「え? そ、そんなことないよ! ただ」
 意地の悪い笑顔で追求するユリーカを見て、ふと英雄譚の竜を思い出す。
 彼の怒りはどこか覚えのあるような気がした。けれど、竜とハルアは違う。
「ううん、ユリーカもボクの大切な友達だなって考えてただけ!
 そうだ、ユリーカのお父さんエウレカの冒険話もまた聞かせてね!
 クッキーと飲み物あれば一晩中でも!」
「もちろんです! お代はハルアのクッキーで良いですよ」
「まかせよ!」
 約束だよ、と指切りをして再び祭りの喧噪の中へと歩き出す二人。
 これから先も、楽しいことで溢れていますように。そう願いながら。

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