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イラスト詳細

【三周年記念SS】『花とエピタフ』/八島礼さま

作者 八島礼
人物 鳶島 津々流
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
登録されているアルバム
納品日 2020年11月15日

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イラストSS

『花とエピタフ』


 人も動物も植物も、子を残して死んでいく。
 子を残さぬ者も、その身は誰かの命の糧となる。
 命は大いなる環の循環で、死とは自然の摂理だから。

 頭に生えた枝の如き角を、優しく風が撫でていく。
 季節が巡れば咲く花も、冬間近の今は無いけれど。

 鳶島 津々流(p3p000141)がこの地を訪れるのは二度目。
 イレギュラーズの仲間を失うという経験をした初めての場所。

 それまでは死にゆく者をひととき惜しみはしても、永訣の嘆きを見ることはなかった。
 命はこの枝に咲く数多の花のように、一度は散ったとて、尽きせぬものだと思うから。

 なのに、何故。
 そんなにも悲しんでよすがを求めるのだろう。

 なのに、何故。
 そんなにも忘れまいと名を刻み込むのだろう。

 肉が滅べば木となり生きるあやかしに、肉が滅べば骨となる者の心は分からない。
 津々流の知らないその答えを、彼ならば知っているのだろうか。

「君に会いに来たんだ」

津々流はかつての仲間、今はこの墓石の下に眠る人、そし同じ花は二度と咲かないと言った彼と向き合った。


『よく見たらそれは角じゃなくて枝なのかい?』

 イレギュラーズとして同じ依頼に派遣された彼との初めての会話。
 盗賊団の襲撃を受けた村に向かう途中での他愛も無い話題だった。

 今ではそれが津々流の緊張を解くためにわざと振られたものだと分かるけれど。
 あの時は何故彼がこれから仕事という時に花の話なぞするのか分からなかった。

『ええ、本物の枝ですよ。でも頭から生えているので角には違いありません』
『葉が付いたり花が咲いたりはしないのかい?』
『春になれば咲きますし、夏には葉が付きますよ。でも今は冬だから枝だけです』
『君のその枝は本当に木として生きているんだね』
『はい、僕は四季告というあやかしで、この枝は季節に合わせて変化するんです』

 襲撃を受けた村へと向かう馬車の中は二人きりだった。
 身構える津々流に敬語は使わなくてもいいと彼が言う。

『春になると君を見つめながら花見が出来るね』
『僕の角を見つめながら、だよね? それじゃあ何だか口説き文句みたいだなあ。花が欲しいなら枝をあげようか? 小さな枝でよければだけど』

 隠れ里に住んでいた妖の身には、積極的な彼の態度も台詞も慣れなくて。
 彼の言葉を正してはみたけれど、消極的な性格なりに自分から申し出る。

 彼が冬の枯れ枝を見ながら緩やかに首を振る。

『枝を折ってもまた生えてくるし、花もまた咲くのに?』
『同じ枝は生えないし、花も同じに見えて違うから、やっぱりそのまま君の頭に咲く方がいい』

 けれど津々流には分からなかった。
 何故同じでないなどと言えるのか。

 そして津々流は覚えなかった。
 仲間の一人である彼の顔も名前も。

「名を刻んでおいて良かった」

 津々流は墓石に自ら彫った彼の名をそっとなぞる。

 Felix Weber.
 津々流は重傷を陥った彼を救おうとして敵に援護攻撃を仕掛けた。
 だけど攻撃は届かず、後衛であるはずの津々流の方が先に倒れた。
 彼は最期の力を振り絞ると津々流を仲間に託して盾になったと聞く。

 防備録のように刻んだ名は、彼が生きてここで死んだという証。
 津々流が彼にしてあげられた、唯一のことだった。


「おや、あんた、ローレットの人だろう?」

 墓前に花を備える津々流に声をかけたのは中年の女性。
 村の住民なのだろう、彼女もまた腕に花を抱えている。

「覚えているよ、その枝。あんたには夫の墓を作るのを手伝って貰ったからね」

 女は微笑むと、死んだ仲間達の墓にも持参の花を供えていく。

「いつもいらしているんですか?」
「もちろんさ。夫を今でも愛しているし、この人達に感謝しているからね」
「今でも? もう死んでいないのに? 別の何かに生まれ変わっているとしても?」

 津々流が矢継ぎ早に問いかけると、女は微笑んで殉職した仲間達の墓を見る。

「死生観の違いってやつかね。死んだら終わり。でも生き残った者にとっちゃ想いは続くし、別の誰かは別の誰か。例え生まれ変わったとしても私が愛しているのは夫だけさ」

 棺桶に入れて埋めるのも、火で焼き骨にするのも、肉は土に還らない。
 墓石を立てれば目印と記録にはなるけれど、草木が生える訳でもない。

 同じ枝は咲かないと言った彼。
 別の誰かは別の誰かと言う彼女。

 ああ、そうか。
 彼らにとって死んで続くのは命ではなく想いなのだ。

 ああ、そうか。
 彼らにとっては姿形を変えれば済むものではないのだ。

 村を振り返ると、あの日瓦礫と化した教会は建て直され、住家では人々が営む。
 だけど彼女が夫と共に暮らした思い出の家は失われ、新たな住まいに愛しい人の面影はない。
 新しく造り変えられた建物が元の家とは異なるように、新しく生まれた命は別のもの。
 新しい住人が住む建物が別の人の家と見なされるように、受け継がれた生は別のもの。

 肉体という器に入った形なき命。
 それを象る心という魂のあり様。
 記憶と感情とが作り上げる、ただ一輪の命の姿だ。

「少し解った気がする」
「そうかい。それはきっとあんたにも大切なものか出来たってことさ」

 女が風と共に去るのを見送り、津々流は再び墓石と向き合う。
 今日ここへ来た意味、彼に報せたいことを語るために。


「僕はあれから考えたんだ。土に葬り墓石を立てることに何の意味があるのだろうって。答えが出た訳じゃないけれど、僕は思うんだよねえ。一緒に過ごした時間を終わりにしたくないんじゃないかなぁって」

 津々流の白い髪が靡くと、風音は彼の声のよう。

 復興した村とそこで暮らす人々の様子。
 ローレットと《混沌》を取り巻く情勢。
 海の向こうに新しい国が発見されたこと。
 あれから春が来て角枝に花が咲いたこと。

 彼に話す徒然の後、口から出たのは感謝と謝罪。

「ごめん、それからありがとう。助けようとしたのに結局助けられてしまって。本当はもっと早くここへ来るべきだったのに、君が何処かで生まれ変わると思ってここへ来る意味を感じなかったんだよねえ」

 身代わりに死なせた罪悪感を、転生を信じることで軽くしたと言われれば、そうとも言えるだろう。
 だけど転生はあやかしである津々流の思想であり生き様。

「でも僕は今、あの日君が言った言葉を噛みしめてる。もっと話したかったって思ってるんだ。他の誰でもない君と。君だから聞いて欲しいんだよねえ」

 津々流の指が彼の名をなぞる。
 刻んだのは名前だけではなく。

 花は君の頭に咲く方がいいと言った彼のこと。
 津々流がいるから安心だと言ってくれた他の人。
 それから仲間と呼んでくれた多くの人達。

 名前に触れれば記憶の欠片が甦る。

「無くなったら、それで仕方ないって、今までは思っていたけれど。今は、無くしたくない、無くしても忘れたくないって、そう強く思うんだ。君やみんなのお陰かなあ……。だから必ずまた会いに来るよ」

 今度はこの枝に花が咲く頃、一期の桜を酒の肴に、一夜花見と洒落込んで。

 これまでのことも、これからのことも。
 話せなかったことも、話したいことも。

 君と語りたいことがたくさんあるから。

『君の頭が花盛りになったら、きっと綺麗だろう』

 人と木のあわいのあやかしは、彼の言葉をまた一つ思い出す。
 時の風が攫おうとするけれど、忘れまいと墓石は佇んでいた。

挿絵情報

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